オセロ 第20話(スザルル)

20


 思いがけないスザクの告白。
 ルルーシュはスザクの肩にしなだれかかったまま、ピクリとも動かなかった。
 ただ、馬鹿みたいに晴れ上がった空を遠い気持ちで見上げながら、もし今日が雨だったとしたら、もっと違う展開になっていたのだろうかと考えただけだ。
(いや、きっと変わらなかっただろうな)
 変わるとしたら状況だけだ。屋上でなく、屋内で――おそらくはルルーシュの部屋で。以前と同じように。
 不思議と驚きは無かった。……いや、一瞬たりとも動揺しなかったかと問われれば嘘になる。正に晴天の霹靂。
 ――だが、これで全て得心はいった。
(何かについて心から納得する時というのは、何かを諦める瞬間にとてもよく似ているんだな)
 ただ、嘘のように心が凪いだ。それだけだ。
 恋慕に塗れ、ひたすらスザクを欲し、煩悶していた一年前の自分に教えてやりたい。そして、言ってやりたかった。
『さあ、これからどうする?』と。
 ほんの僅かに身じろぎしたスザクに気付き、ルルーシュが体を引こうとする。
 寛げていた前面を既に閉じていたスザクは離れるのを許さず、手繰り寄せた自分の制服をルルーシュの下肢にそっと被せてきた。
 汚れるのではないかと思ったが今更だ。スザクにとっても別に構わないのだろう。抵抗する気もないルルーシュは黙ってそれを受け入れ、再びスザクの肩へと凭れ掛かった。
 一年ぶりに感じるスザクの体温。特に深い感慨も無い。
 暖かく感じるか、それとも冷たく感じるか。きっと気持ちの温度にもよるだろう。
 生温い風がそよぐ中でルルーシュが詮無きことを思っていると、スザクがおもむろに尋ねてきた。
「驚かないんだね、ルルーシュ。この話を君にするのは、初めてだったと思うけど」
「……驚いて欲しかったのか?」
 スザクの父殺しを知った記憶は失った事になっている。
 けれど、ギアスという名の超常によって暴かれたスザクの過去を知ったあの時も、酷い恐慌に陥ったスザクとは対照的に、ルルーシュはやはり冷静だった。
「お前に何らかのトラウマがあるらしい事には気付いていたさ。気付かない方が変だろ?」
「…………」
 沈黙するスザクの背中は痛々しいほど強張っていた。
 だが、ルルーシュは気付かない振りをしながら話し続ける。
「自殺したんじゃなかったんだな。お前の親父さん。確か、俺とロロが一時帰国して……戦争が始まる直前に自殺したと報道されていた筈だが」
 スザクは何も答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
 触れ合った肩越しに伝わる振動。激しい情事の後でさえ乱れなかったスザクの呼吸が小刻みに震えていた。
 何故なにも話してくれないのかと詰ったルルーシュの前で、瘧のように震え出した一年前のスザクを思い出す。
『周りの大人たちが皆で揉み消してくれたおかげさ』
 マオはそう言っていた。そして、ルルーシュはこう答えた。
『物語は必要だ』と。
「あの雨の日以来、お前が片時も木刀を手放さなくなった理由はそれか。……俺たち兄弟を、護る為に」
 尋ねた瞬間、ルルーシュの背中をかき抱くスザクの腕にぎゅっと力がこもった。
『もう二度と、自分の為に自分の力を使ったりはしない』
 ルルーシュの胸に縋りついて泣き崩れたスザクが、搾り出すような声で口にした言葉だ。
 ずっとおかしいと思っていた。どこがどうと具体的に言えなくとも、あの日を境にスザクの性格――寧ろ性質そのものが大きく変貌してしまった事には何となく気付いていたからだ。人の心理的変化に聡いナナリーは勿論のこと、ルルーシュでさえも。
 だから、スザク自身の本質をも揺るがすような出来事に遭遇したのだろうとは思っていた。そして、その出来事というのが、おそらく自分たち兄妹に関わる何かなのだろうとも。
 前後の出来事を考えれば辻褄が合う。全てを悟った今となっては、何故今までその可能性に思い至らなかったのか不思議に思える位だ。
 沈黙を守り続けるスザクへと、ルルーシュは重ねて問いかけた。
「あの日、ロロが何者かに連れ去られ、俺も薬で眠らされていた。しばらくしてロロは何事も無く戻ってきたが、連れ去られていた間に何があったのか、あのロロでさえ決して俺に話そうとはしなかった。……ただ、よく解らなかったとだけ言っていたな。どこかの部屋に置かれていたようだと。眠らされる前後の記憶が曖昧すぎて、俺も覚えていないんだ」
「…………」
「何があった。……聞かせてくれ。スザク」
 ナナリーの居た位置がロロにすり返られているだけで、八年前の記憶はそのまま残されている。
 どしゃぶりの雨の中、外にいるスザクに気付いて駆け寄るまで、何故か離れに立ち寄った筈のスザクが入り口に背を向けていたことも。
(あの日からずっと、お前は言えずに苦しんでいたのか。たった一人で抱え込んだまま、誰にも言えずに)
 スザクの腕を解こうともせず、ルルーシュは抱かれる腕に任せたまま、じっと目を閉じていた。
 理由など言われずとも想像がつく。
 スザクが動機を含めた一切を頑ななまでにひた隠してきたのも、ルルーシュに、そしてナナリーに、父殺しの責を負わせたくなかったからだ。
 だが、そのスザクが何故今になって言う気になったのか。ルルーシュは、その理由にも既に気付いていた。
「何故隠してきたのかなどと問う気は無い。だが、俺には知る義務がある。そうだろう? スザク」
 敢えて権利とは言わずに義務という単語を持ち出す事で、ルルーシュはスザクに先を促した。
 八年前も、そして一年前にも聞けなかったスザクの本音。
 後には引けない本気のゲームを仕掛けても、結果は予想通り。最後の最後まで頑なに閉ざされ続けた心の扉。
 ずっと探していたその扉の鍵を、今ようやく手渡された気分だった。
「俺の弟を攫ったのは、お前の父親だったという事か……」
 確認の意を込めて疑問形を避けたルルーシュの台詞に、スザクはぐっと息を詰まらせたまま項垂れた。
(今までもそうやって、ずっと飲み込み続けてきたのか……スザク)
 どんな猛毒となって身の内に巣食っていたことか。
 例えこれがどんな策略による告白だろうと、事実は事実。受け入れざるを得まい。
 作りが杜撰な割に、よく出来た冗談もあったものだとルルーシュは思った。本来の記憶と照らし合わせてみると、より滑稽さも際立ってくるように思える。
 改竄された記憶の中でのルルーシュたちは皇族ではない事にされているが、当時の状況を鑑みれば、例え一般人だったとしても人質として扱われる可能性は無くもない。
 日本側に対する批判も免れないだろうが、侵略を仕掛けているブリタニア側が見殺しにしたとなれば、国際批判の対象にはなる。実際に殺されなかったとしても、その場しのぎの牽制くらいにはなっただろう。
(いや、それもどうかな……)
 ブリタニアは弱肉強食を謳う実力至上主義の国だ。いずれにせよ、見殺しにされる結果に変わりはないだろうが。
 但し、権謀術数渦巻く皇族関連の人間ではなく一般人である場合、遺族が騒ぐのは必至。その死を内々で片付ける訳にはいかない。
 しかし、理由など、後付けにすれば幾らでも捏造出来るのだ。――嘗て、スザクの周囲にいた者たちが用意した物語のように。
(しかし……こんな所だけ合っていてどうするんだ?)
 憤死したくなるのと同時に、酷くせせら笑いたい気分だ。辻褄が合っていようがいまいが正直どうでも良かった。
 過去を改変されたとて、大筋に変わりは無い。そして、スザクもそれを知っているからこそ告白してきたのだろう。
 スザクはルルーシュの肩口に顔を押し当てたまま話し出した。
「僕はね、君たち兄弟が来る前から、父とはずっと肌が合わなかった。……それでも、殺したいくらい憎んでいた訳ではなかったよ」
 最大の秘密を吐き出した事で少しは落ち着きを取り戻したのだろう。スザクの震えはいつの間にか止まっていた。
「君も気付いてると思うけど、僕の父は、ブリタニア人である君たち二人を殺そうとしていた。そうすると、どうなるかは解るよね?」
「下手をすれば、国際問題になるだろうな」
 本当は、最初から人質として送り込まれていたのだが。
 ルルーシュはどうにかその思いを飲み込んで、続くスザクの台詞を待った。
「父は徹底抗戦を望んでいた事になってるけど……。でもね、本当は違うんだ」
「違うとは?」
 ルルーシュは尋ねながら体を起こしかけたが、スザクは離れていこうとするルルーシュの体を留めるように強く引き寄せてくる。
「戦争になる前、ブリタニア側が色々と挑発行為を仕掛けていた事は知っているよね」
「ああ、知っている」
 当時のブリタニアは戦争を仕掛けるというより、ただ攻めていける口実を作る為に、日本の領海内に侵入して威嚇射撃を誘うなど、実に侵略戦争らしい手口で日本を挑発していた。
 放っておいても、いずれ戦争にはなっていただろう。
「だけど、荒れていたのは世界情勢だけじゃなかった。父は戦争の仕掛け人だったんだ。彼は裏で、戦争の引き金を引いていた。巧妙に、周囲にそれが故意であるとは気付かれないように……。彼は、当時の日本を実質支配していた別の権力者への当て付けに、日本をブリタニアに売り渡す事を考えていた。彼らを完全に出し抜く為の手段として、最悪の方法を選択したんだよ」
「そこで目を付けられたのが、俺たち兄弟だったという訳か」
「そうだ。つまり、目の上のコブに対する腹いせだった訳だけど……。キョウトに勝てるなら、日本を売り渡しても構わない。それが父の考えだった。開戦に持ち込む為にブリタニアを煽って、日本に反ブリタニアの気風を刷り込んでいたのも、全部父の仕業だ」
 つまり、ルルーシュにとって知り得ない裏事情も、密かに絡んでいたという訳だ。
(事実は小説より奇なりだな)
 病んでいるにも程がある。
 ルルーシュは深く嘆息しながら、スザクの背中に回した自分の手を見つめていた。
 おおよその事情は把握した。だが、それはあくまでも故・枢木ゲンブ首相個人の事情であって、元々人質として差し出された立場であるルルーシュ達にはあまり関係が無い。……何故ならルルーシュたちは、元々その辺りの事情も考慮された上で差し出された人質だったのだから。
 ともあれ、先の展開は読めている。これ以上スザクに話させる必要も無いとルルーシュは思った。
「ねえ、ルルーシュ」
「何だ?」
「前、僕が言ったこと、覚えてる?」
 体を起こしたスザクが、ようやく目を合わせてくる。
「……いつの事だ」
 内心「来たか」と思いながら、ルルーシュは尋ねた。
「君に、もう危ない事はしないでって言った事」
 案の定、スザクから返されたのは、予想と寸分違わぬ答えだった。
 真剣な表情で凝視してくるスザクの瞳に屈さぬよう、ルルーシュは困ったような顔で笑みを浮かべてみせる。
(つくづく予想を裏切らない男だな、お前は)
 この段になって、ようやく八年前の事を切り出してきた理由など知れている。
(これがお前にとって、最後の切り札だったという訳か。スザク)
 だとしたら、ジョーカー並の手札だったとしか言いようが無い。
 ――はっきり言って、劇薬だ。
「ああ。覚えているよ、スザク。お前は昔から、やけに心配性だったからな」
 合わせた目を逸らすでもなく、ただ回想に耽るように伏せながら呟くルルーシュを前に、スザクは真意を探るような鋭い視線を向けてくる。
「解っていると思うけど、父を殺したのは僕自身の情が原因だ。自分勝手に力を求めた僕が……いや、俺が、自分自身の業として犯した罪なんだよ」
 スザクの言葉はルルーシュに言っているというより、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだ。
 事実、そうなのだろう。
(何が「解っていると思うけど」だ)
 呪詛のようにしか聞こえない。
 ずっとスザクを縛り続けていた解けない呪いは、単なる友愛を遥かに超えた憎悪となって心に絡み付いているらしい。……今も尚。
『僕と同じになって欲しくない』
 嘗て言われた言葉の重みが、全く違ってくるではないか。イレギュラーもいい所だと思いながら、ルルーシュはようやくの思いで言葉を紡いだ。
「だから、俺たち兄弟に責は無いと? 馬鹿を言え」
「ルルーシュ、」
 途端、眉を顰めて咎めるように名を呼びかけたスザクを、ルルーシュは無言で首を振って遮った。
「お前が今まで言わずにいた理由に気付かない俺だとでも思ってるのか? ……お前の言いたい事くらい、ちゃんと解ってる」
 ルルーシュはスザクを安心させる為、ふっと笑みを浮かべながら首を傾げてみせる。
 そう、あくまでも、冷徹に。
 今まで秘密を隠し通してきたお前の思いを、決して無駄にはしない。――そう言ってやれない事が、今、心の底から残念だ。
 せめてナナリーを返してくれたら、少しは考えてやってもいい。そうも言いたい所だが。
(でも、もう遅いんだよ、スザク)
 ――何もかもが。
(だから、早く話せと言ったのに)
 ルルーシュは一年前に経験した数々のすれ違いを思い返しながら、いつかスザクにされた時と同じようにスザクの手を取り、その甲へと恭しく口付けた。
 スザクはきっと知らないのだろう。
 止まれぬ悍馬を止めるには、殺してやるしかないのだと。
「ルルーシュ……」
 顔を上げて泣き笑いのように微笑むルルーシュを、スザクがきつく抱きしめてくる。
 息も詰まるような抱擁に身を任せながら、ルルーシュは猫が懐くような動作でスザクに頬をすり寄せた。
「……君は、僕を僕のままで居させてくれる人ではなかったよ」
 ぽつりと落とされたスザクの声。
 底に滾る憎しみを帯びながらも酷く乾いていたその声は、さながら傷口から滲み出す真紅の血液、もしくは膿。
 しかし、それでいて、何故か哀切にも聞こえる不思議な響きだった。
「……っ、ス、ザク……」
 抱き込んでくるスザクの腕が、高まる感情のままに力を増していく。
 締め付けられたルルーシュが苦しげに呻くのも構わず、スザクは腕を緩めぬまま話し続けた。
「君はいつだって、一番見たくない俺の姿ばかり見せ付けて、引きずり出し、暴こうとする、僕にとって誰よりも最悪な友達だった。それなのに、君はどうして僕を惑わせる? 何故惹きつける。こんなにも……!」
 苦しげに吐き捨てるスザクの声を、ルルーシュは無言で聞いていた。
 本来なら責められる謂れの無い事ではあるが、先に仕掛けたのは確かにルルーシュの方だ。
「僕は君が憎いよ、ルルーシュ。まるで病気だ。いつだって君の事ばかり考える。朝も昼も夜も、眠っている時でさえも! ……もう気が狂いそうだ。君の所為で!」
 想いの丈をぶちまけるようなスザクの独白が続いた。自分の所為ではないと思いながらも、ルルーシュは敢えて否定しなかった。
 憎悪に染まった叫びを聞かされるのは初めてではない。……だが。
(血を吐くような声だと思ったのは、これが二度目だ)
 パーペチュアル・チェック。いや、今の状況で言えばスティール・メイトだろうか。
 いずれにせよ、実は負けではなく、引き分けで終わっていたのかもしれない。――無論、仕掛けたあのゲームをチェスに擬えるならの話だが。
(だが、盤面は真っ黒だ)
 憎しみという名の黒で隙間無くびっしりと埋め尽くされ、打つ手など無い。もう、とっくに。
 少なくともチェスならば、盤上の升目全てを黒一色で埋め尽くす事など出来はしないのだから。
「……スザク。だからお前は、俺ではなく、皇女殿下を選んだのか?」
「!?」
 掠れた声で尋ねた瞬間、弾かれたように顔を上げたスザクが酷い形相で睨んでくる。
 信じられないものを見る目つきに、歪んだ口元。険しかった表情が一瞬消え失せ、顔を伏せたスザクは地を這うような声で呟いた。
「君は……。そう……。そうか。まだ、解ってないんだね……」
 一度だけ空笑で肩を揺らした後、ねめつけるような角度で上げられたスザクの顔に、見るも凶暴そうな怒気がじわりと広がっていく。
「だったら、解らせてやるよ」
 言うや否や、間髪入れずにスザクの手がルルーシュの胸元へと伸びた。
 力任せに胸倉を掴まれたルルーシュが、引っ張られる勢いに上体をよろめかせる。
「……!?」
 驚愕に目を見開いた瞬間、降らされたのは怒りに任せた荒々しい口付けだった。
「……っ、ん! う―――っ!!」
 噛み付くようなスザクの口付けに、ルルーシュが苦しげな呻きを漏らす。
 息継ぎの暇も与えられず、乱暴なキスは立て続けに繰り返された。甘さなど一切含まない強引さは嵐のようだ。
 互いの唇が唾液に塗れていく中、激情に任せて穿たれる感覚がルルーシュの脳裏にフラッシュバックする。
 いっそ獰猛にさえ感じられるスザクの野蛮さは、去年の誕生日に無理やり部屋へと連れ込まれ、意識が飛ぶまで抱き潰された時の激しさに酷似していた。
「っは! はぁっ……!」
 ようやく引き離されたのは、息の続かないルルーシュが涙目になった頃だった。
 鬼気迫る勢いでルルーシュの胸倉を掴んでいたスザクが苦しげに顔を歪め、そのまま胸へと倒れ込んでくる。
 皺の寄った制服を握る両手の間に顔を埋めたまま、何かに耐えるように伏せられていた頭はすぐに上げられ、スザクは溺れるようにルルーシュの体を力強くかき抱いた。
 もう二度と、自分の為に力を使ったりはしない。そう言いながら泣き崩れたあの日と同じく、ルルーシュに救いを求めて夢中でとり縋っている。
「本当の俺は、凄く自分勝手だ。放っておけばすぐにでも、自分の思う侭に力を使いたがる。例えば父を殺した時のように。……だから、一生縛っておかなきゃいけなかったんだ。固く、きつく、錘をつけてでも! でなきゃ僕は、今を生きる僕には、もう生きる価値なんか……だから………!」
「ス、ザク……」
 血を吐くようなスザクの叫びは続いた。
 ルルーシュが呼びかけてみても、声が届いているのかどうかさえ定かではない。
 悲鳴を上げたくなる程の強さで抱き竦められ、これ以上無くぴったり重なり合ったルルーシュの体が耐え切れずに軋みをあげている。
 深く息を吸い込む音と同時に耳元で響いたのは、噛み締めた歯がぎりっと鳴らされる音だった。
「本当の俺が常々思っていることを、君に言うよ」
 低く押し殺した声を搾り出すように、スザクが告げてくる。
「え……?」
 何を、と問いかけた瞬間、一際強く羽交い締めにされ、ルルーシュの背が反り返った。
 肩口に顔を押し当てられた所為で上手く息が出来ない。苦悶の表情を浮かべたルルーシュは空気を求め、スザクの腕から抜け出そうと必死で身を捩じらせた。
 耳元に、苦痛に塗れたスザクの声が降ってくる。
「……俺は、君自身の意思なんか何もかも捻じ曲げて、好き勝手に縛り付けておきたい。いつも目と手の届く所に繋いでおきたい。そう思ってるんだ! 君が危ない事なんか何一つ出来なくなるように……僕が、俺自身が、安心していられるように! だって君は、八年前からずっと、僕の守るべき人なんだ。失ってしまえば、僕はきっと、今よりもっと苦しむに違いない。……今だって、僕がどれほど君を想っているのか、君は全然解ってない。知ろうともしない! 八年前から君はずっとそうだった。解ってないんだ! 何一つ!」
「―――!?」
 スザクの激情は凄まじかった。絶句したルルーシュが恐怖に顔を引きつらせる。
 落ち着けと叫びたかったが声にならない。スザクの気迫に気圧された頭は完全にフリーズし、かける言葉さえ見つからなかった。
 あらん限りの勢いでぶつけられたのは、ほとんど狂気にも近い妄執だ。
 だが、それでもまだ収まらないスザクは止まらず話し続ける。
「ずっと封じていたのに。君を傷つけたくなかったから。……でも、もういっそ、俺に従わないなら殺してやりたいよ!」
 息を荒げたまま向き直ってきたスザクは酷く興奮していた。
 こういうのをキレたというのだろうか。不規則に強弱の付けられた危うげな話し方といい、昏い光を宿らせた目元といい、明らかに普通の状態ではない。
 力任せに掴まれた両腕が痛む。喉を鳴らして息を飲み込んだルルーシュは、体の奥底から湧き上がる怖気にひたすら背筋を震わせていた。
「君は、僕の気持ちを理解するべきだ。今すぐに! 僕は君を離さない。逃がさない。嘘を吐くことだって、もう一切許さない。ゼロに傾倒する事も、興味関心を持つ事でさえも許さない! ……絶対、思い通りになんかさせないよ。させてやるもんか! だって僕は、君に直視しろと迫られて、八年前に決めた筈の生き方まで歪められて、もう元の僕のままではいられなくなってしまった……!」
 頬をピクピクと痙攣させながら一息に話し切ったスザクは、ルルーシュの頭へと手を伸ばした。
 後頭部へと滑り落ちた手が、一瞬だけ髪を掴みかけてから離される。
 悔しげに唇を噛み締めたスザクは、やり場の無い哀しみに顔を歪ませていた。正視に堪えないその様に、見上げるルルーシュの顔にもまた、遣る瀬無い苦渋の色が滲んでいる。
 ルルーシュから顔を背けたスザクは、離した手を最後の最後で辛うじて握り拳へと変え、そのままフェンスに向かって思い切り叩き付けた。
「……だから言っただろ、ルルーシュ。僕を煽ると、後悔するよって」



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※以下、文中用語説明有。畳んであります。

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オセロ 第19話(スザルル)

※R18シーンを含むので畳みます。
大人の方のみ「追記を読む」をクリック。よろしくです。
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オセロ 第18話(スザルル)

※大したこと無いので畳んでませんが、一部BL的描写がありますのでご注意下さい。





18


 目を合わせないルルーシュの様子を横目で伺っていたスザクは、遠い記憶に思いを馳せるように茫洋とした眼差しで空を見上げていた。
「僕と離れている間、君は泣いたかい?」
「……お前はどうだったんだ?」
 全身に拒絶の空気を纏わせたまま、質問に質問で返すルルーシュを見て、スザクが僅かに目を伏せる。
「僕は、泣けなくなったよ」
 君と離れてから一年間、ずっとね。
 ぽつりとそう漏らした後、スザクがするりと視線を逸らした。
「そうか」
 酷く耳に残る台詞だ。
 だが、今のルルーシュにとっては、この問いかけに答える意味などさして無いようにしか思えない。単に、それはそうだろうと他人事のように思うだけだった。ユーフェミアを殺された恨みと憎しみで、身も焼き尽くさんばかりだったに違いないと。
「あの日、どうして泣いてたの?」
「何が?」
「はぐらかさないでよ。……泣いてただろ。君」
 記憶が戻っているかどうか探りを入れる事だけが目的ではないと察してはいたが、それにしても……。
(このしつこさには本当に恐れ入る)
 今更それを聞き出してどうしようというのか。
 辟易とする思いをひた隠したまま、ルルーシュは無言で俯いた。
 一年前、ルルーシュがスザクに心底傾倒し、依存していたのをスザクは知っている。
 まだこちらに好意が残っていると見込んだ上で仕掛けてきたのだろうとは思っていたが、会話の糸口としてチョイスする話題が一年前の関係についてとは……。とんだ悪趣味もあったものだ。
 スザクとて同じ思いではあるだろう。確かに、円滑な友達ごっこを続ける為にも避けて通れない話題ではある。
 だが、どのみち例の関係については、もう終わっているのだと強調しておかねばならない。
(自惚れるなよスザク。調子に乗るのも大概にしろ)
 あんな別離の後で、深く掘り返す話題でもないだろう。
 この期に及んでどういうつもりか知らないが、ユフィの件さえ持ち出せば、その話題に関する追求は恐らくクリアされる。
(大体、今のお前が俺に執着する理由など、とっくに無くなっている筈だ)
 スザクが『縛り付けておきたい』と口にするほどルルーシュに執着していたのは、ブリタニアに隔意を抱いていたルルーシュが、いつか自分と同じ父殺しになるのを恐れていたからだ。
 そのルルーシュがゼロだったと知った以上、嘗て『僕と同じになって欲しくない』と言っていたスザクの想いは完全に裏切られた事になる。
 だから、『本当の俺』を露にした今のスザクが、まだルルーシュに対して執着する理由があるとしたら、只一つ。
 ――ユフィを殺した仇に対する恨みでしかない。
(いや、だからこそ、か……)
 もし記憶が戻っているとしたら、敢えて以前の関係を引き合いに出して友達ごっこを仕掛けられた方が、ルルーシュにとってのダメージも大きいと判断したのだろう。
 規模は小さいものの、正に復讐にはうってつけだ。記憶が戻っていても、いなくても、甚振るという意味合いでなら、さぞかしいい嫌がらせとなるに違いない。
 いやらしい戦法だ――と、そこまで思った所で、ルルーシュの背筋にひやりとしたものが走った。
 記憶が戻っていると仮定した場合、揺さぶりをかける意味でこの話題を持ち出すのなら確かに効果的かもしれない。
 だが、記憶が戻っていないと判断した場合、スザクはどうフォローする気でいるのだろう。
(まさかとは思うが、もうとっくに終わっているあの関係を継続させるつもりでいるのか?)
 ……だとしたら冗談ではない。
 幾らなんでも有り得ない展開だ。ルルーシュは即座にその予想を打ち消した。
 ちらりと過ぎった考えに悪寒が走る。今更スザクに抱かれてやるなど、言語道断だった。
「どうして今更そんな事を訊くんだ? お前にとっては、もう関係ない事の筈だろう?」
 長らく俯いたまま黙り込んでいたルルーシュは、口にするどころか思い出す事さえ辛いとでも言いたげに、いかにも沈痛そうな面持ちでスザクに尋ねた。
「関係ない?」
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「お前は、ユーフェミア副総督と……その、恋人同士だったんだろ?」
 さりげなくユフィという愛称を避けたルルーシュは、スザクに向かって悲しげに笑んでから目を逸らした。
 上手くいったと聞かされたのはナナリーからだ。
 だが、今その名を口にする事は決して許されない。――ただ、誰よりも愛する妹の名を呼ぶ事ですら。
 水面に落とされた一滴のインクが波紋を広げていくように、ルルーシュの胸中に黒い染みが滲んでいった。
「誰かがそう言ったのかい?」
 もう終わったことだと言わんばかりに論点をずらそうとするルルーシュを、スザクは無表情で見つめていた。
「当時噂になっていただろう。お前も知ってたんじゃなかったのか?」
「知ってたよ」
「だったら、」
「付き合ってるって、本気で思ってたのか? 皇女だったユフィと、イレブン出身の騎士が。……随分、君らしくない発想だな」
 台詞の続きを遮るように尋ねられ、ルルーシュが一瞬口ごもる。
「……では、あれが只の下世話な噂だったとでも?」
 スザクは何も答えなかった。
 ルルーシュに対して一線引いていたスザクが、心の中での拒絶を解いてみせたのはユフィに対してだけだ。
 すぐに否定してこない事こそ肯定の証と捉えながら、ルルーシュは続けた。
「違うだろ? 少なくともお前は好きだったんだ。それを只の噂だなんて……。決してそうじゃなかったって事くらい、俺にだって見てれば解る」
 その間スザクは何か考え込むように口を閉ざしていたが、ルルーシュもまた無言だった。
 携帯をポケットに仕舞い込む姿が、視界の隅に映る。
(このまま番号を教えなければ、終わりだという意思表示にもなるだろう)
 ……だが。
 そこまで考えた時、突如視界が暗くなった。
「!」
 目前へと伸びてきたスザクの手に前髪を一房掬い取られ、驚きに硬直したルルーシュがびくりと全身を強張らせる。
 唐突、かつ前触れの無い接触に声も出ない。
「……逃げないの? ルルーシュ」
 毛先に絡ませた指で髪を遊ばせていたスザクに尋ねられ、ルルーシュは咄嗟に逃げを打とうと上半身を捩った。
 しかし、指先が髪からするりと離れた瞬間、素早くフェンスの両サイドを掴んだスザクの手に閉じ込められ、あっさり唇を塞がれてしまう。
「やめっ……!」
 首を振って抵抗する間に叫んだ抗議の声も、深く重ねられた唇に掻き消される。
 いつの間にか背丈を追い越されていたらしく、スザクの目線はやや上にあった。
 撓らせた背がフェンスに当たる。下手を打ってバランスを崩せば落下しかねない体勢だ。
「落ちるよ?」
 僅かな息継ぎの合間を縫うように、低く囁いたスザクが背中に腕を回してきた。
 パワーゲージに差がある事は知っていたが、力任せに両肩をかき抱く腕があまりにも屈強すぎて抗えない。絡んでくる舌を追い出そうと顔を背けても、角度を変えるごとに口付けの深さは増していくばかりだ。
(この男……一体何を考えている!)
 執拗に絡んでくる舌を追い出そうと試みながら、横暴な手段もあったものだとルルーシュは思った。
 言葉で陥落出来ないなら、実力行使も辞さないという訳か。
「……っは、お前……っ! いきなり何をする! ――っう!」
 ようやく唇を離され、荒げた息を整えようとしたのも束の間、襟にかけた手を後ろに引かれて仰向いた首が絞まりそうになる。
「じゃあ質問を変えようか」
「何っ!?」
「あの日君が泣いていたのは、僕のせい?」
「……っ!」
 ルルーシュは驚きに目を瞠った。
 その質問には答えられない。現時点でのルルーシュは、ゼロとしての記憶を失っている筈だからだ。
 ルルーシュがゼロで、スザクはユフィの騎士で。互いの道が違ってしまったのはどちらの所為でもない。
 ゼロだった事も、ブリタニアへの反逆を引き起こした事も、ルルーシュに後悔するつもりなど更々無かった。
 スザクの想いを知った時でさえ、謝ろうとは微塵も思わなかったルルーシュだ。……というのも、その行為が結局、自身の生き方全てを否定する事にしか繋がらないと割り切っていたからこそだったのだが。
(こいつ……この俺にどう答えろというんだ!)
 去年の12月5日に関するスザクとの記憶は、ほぼ手付かずのまま残されていた。
『特区に参加しないか』とスザクに尋ねられた時、結局断った流れに関しても事実に則している。
 ただ、本来の理由についての詳しい記憶が抹消されているだけだ。
「答えられないのかい?」
 歯を食いしばって睨み付けるルルーシュを、スザクは何の感慨も抱かない目つきで見下ろしていた。
 襟元を引いていた手は離されると同時に頬を辿り、人差し指と中指で挟み込むように耳を愛撫してくる。
「……ぅ!」
 途端、ぞくりと背筋を駆け抜けていく甘やかな疼きに、ルルーシュは心底総毛立った。
(これも俺の記憶回復を確かめる為の手段だというのか。こんな事が!)
 今のルルーシュの記憶に欠落箇所があると、スザクとて解っているだろう。皇帝との間でどういったやり取りがあったか知らないが、口裏合わせの為に最低限の情報くらいは得ている筈だ。
 何故特区に誘われた時に拒んだのか。
 ブリタニアに対する根拠の無い敵意と嫌悪。それを理由に断った。確かそんな流れだった筈だ。
(この場合、俺に打てる手はこれしかない……!)
 残る逃げ道はただ一つ。――ユフィに対する嫉妬だけだ。
 それだって、どのみちスザクとは離別せざるを得ない状況だったと匂わせておいたのに。
 しかし、追い詰めるスザクは一切容赦しなかった。
「あの日の事が君の中でどう捉えられているのか、これで大体解ったよ。でも、僕の中では違うから」
「何が言いたい!」
 お前だって泣いていただろうと叫びたくなるのを、ルルーシュは辛うじて堪えた。
 あの日泣いていたのはルルーシュだけではない。スザクだって泣いていたのだ。
 互いの間に別離の意思が込められていたのは明白だった。……それなのに、スザクは自分が流した涙の理由まで無かった事にするつもりなのだろうか。
「僕は、君を手放すつもりなんかない」
「―――っ!」
 耳元ではっきりと告げられたスザクの台詞に、一瞬頭が真っ白になる。
(正気か、スザク!)
 ユフィの喪が明けてから、まだ一年しか経っていない。
 にも関わらず、スザクは元の関係と全く同じ付き合いを続ける気でいるのだ。
 信じられない男だとルルーシュは思った。あの日の事を持ち出される事はあっても、憎しみも冷めやらぬ内に、またこうして手を出してくるなど誰が想像するものか。
(目測を誤ったのか、俺は!?)
 思えば、最期に会った日もそうだった。
 自分たち兄妹ではなくユーフェミアを選んでおきながら、最期に抱かれたあの日でさえも。
(だがそれは、あくまでも別離の意思があっての事だった筈だ!)
 ユフィの死に立ち会って尚、スザクがルルーシュとの関係を強要する動機などどこにも無い。
 あの日スザクがルルーシュを抱いたのも、それが最期の逢瀬だったから。……そう、解釈していたのに。
「理由は知らないけど、君はブリタニアが嫌いなんだろう? 出来れば軍を抜けて欲しがってたのも知ってるよ。でも、僕は軍属でいる事を選んだ。ユフィの騎士である道を。只の友達以上の関係はもう終わりだと君が思い込んだのは、それが理由かい?……だとしたら、間違ってるよ」
「なっ……」
 淡々と語られたスザクの言い分にルルーシュは絶句した。説得力の欠片も無い。
 ああまで穏やかになった顔を見せ付けておいて、只の皇女と騎士以上の関係ではなかったと言い通すなど、あまりにも無理がありすぎる。
「どこが間違ってるっていうんだ! さっきも言った筈だろ! お前が好きだったのは……本当の意味で心を開いたのは、俺ではなく皇女殿下の方だったんじゃないのか!?」
 心理的な面でスザクに拒絶されていた記憶もそのままだ。
 実際、スザクから直接ユフィとの件に関して聞いた事はない。
 けれど、スザクが本当に心を許していたのはユフィに対してだけだった。それだけは解る。
「誰よりもプライドの高い君だ。こんな事、正直に言ったところで信じる訳ないよね。いいよ。解った。だったら、口で言うより有効な手段を使わせてもらう」
 言うなり乱暴な手つきで制服の前を肌蹴られ、ルルーシュは一気に青ざめた。
「や、やめろ、こんな所で! 誰かに見られたらどうする!」
「言っておくけど、ここには誰も来ないよ。さっき君の弟が探してたみたいだけど、察した会長たちに引き止められていたからね」
「お、まえ……!」
 その台詞は嘘だとすぐに解った。
 おそらく自分からロロを足止めするよう周りに言い含めたのだろう。……何故なら屋上に向かう前、ルルーシュはすぐ戻れるよう、教師に呼び出されているとリヴァルに言っておいたからだ。
(クソッ、何が察しただ! スザクめ、最初からそのつもりだったのか!)
 とんでもない用意周到さだ。一年前と同じ人物とは到底思えない。
「知ってるだろ? 僕がどれほど君に執着しているかって事。只の友達以上の関係を持ちかけてきたのが君じゃなくても、僕はいずれ同じ事を君にしていたかもしれない。それなのに、ユフィとそういう関係だと思われてたなんて凄く心外だよ。……思ったよりずっと馬鹿だったんだな。君は」
 かっとなったルルーシュが即座に言い返す。
「馬鹿なのはお前の方だろ! 何考えてるんだ! 恋人を失って気でも狂ったのか!?」
 しかし、激しく暴れながら罵倒するルルーシュの腕を掴んだスザクは、付き合っていられないとでも言いたげに首を振り、目を閉じたまま軽く鼻で笑い飛ばした。
「何がおかしい! 離せ、この馬鹿がっ!」
 頭がおかしいのもスザクの方だ。憎しみに駆られて殺されるならまだ解るが、こんな形で陵辱されてやるつもりなどルルーシュには全く無かった。
「だから、ユフィとは付き合ってなかったって言ってるだろ?」
「うるさい! 信じられるかそんな事! このっ……離せと言ってるだろ!」
 スザクに体当たりを食らわせたルルーシュは、続けて蹴りを入れようと勢い良く足を振り上げた。
「頑張ってるね。でも、無駄だよ」
 苛立ったように目を眇めたスザクが、蹴り上げたルルーシュの足を肘で払い除ける。同時に、残る片足も同じように足で真横に払われ、バランスを崩したルルーシュの体が大きく傾いた。
「……っ!」
 もつれ合い崩れ落ちたルルーシュの体を仰向けに引き倒したスザクが、呆れたように溜息をつきながら覆いかぶさってくる。
「力で僕に敵うと思ったのかい? だとしたら、君はやっぱり大馬鹿だ」
「黙れよスザク。お前の気持ちはどうなんだ。例えそういう関係じゃなかったとしても、お前は皇女殿下の事が好きだったんだろう?」
 幾ら嫌がらせの為とはいえ、嘘をつくのも大概にしろというのだ。
 ……だが。
「確かに敬愛はしてたよ。でも、それは君が思ってるような感情じゃない。少なくとも、ユフィにこういう事をしたいとは思ったりしなかったしね。君を一年間もほったらかしにしてた事、怒ってたんなら謝るよ。ごめんね? ルルーシュ。……これでいいかな」
 ルルーシュの問いに返されたのは、完全に棒読みの謝罪だった。
 心などまるで篭っていないのを隠そうともしていないスザクの台詞に、ルルーシュは激怒した。
「ふざけるなっ!」
 起き上がって殴りつけようとしたが、逆に振り上げた腕を取られて地面に張り付けられてしまう。
「ふざけてなんかいないよ。だって、それ以外で君が僕に対して怒る事なんか、何も無いだろ?」
「何もって……!」
「無いよな? ルルーシュ……」
「―――っ!」
 息もかかりそうなほど間近で低く凄まれ、ルルーシュはそれきり沈黙した。
 互いの間にこれ以上わだかまりは無い筈だと断言されてしまえば、ルルーシュに返す言葉など、確かにもう有りはしないのだ。
 驚愕に目を見開くルルーシュを見て満足したのか、スザクは膝裏にかけた足で股座を大きく割り開いてくる。
「や、嫌だ……」
 ルルーシュは怯えながら首を振った。
 首筋に吸い付くスザクの唇の感触。早く逃げろと頻りに脳が命令を発している。
 けれど、どう考えた所でスザクを拒む理由など残されていない。竦み切ったルルーシュの体は、最早全く動こうとしなかった。
「どうして? 一年ぶりだから、怖いのかい?」
「ちがっ……!」
 違うと言いかけた台詞を遮ったスザクに「優しくするよ」と続けられ、ルルーシュはぎゅっと目を瞑った。
 一年前、スザクに抱かれた記憶が頭を駆け巡っていく。またあんな風にあられもなく身悶える姿を、今のスザクに見られるなんて死んでも御免だった。
「ルルーシュ」
 首筋を舌で嬲っていたスザクが顔を上げ、改まって名前を呼んでくる。
 ルルーシュが閉じていた目を恐々と開くと、真っ向から見下ろしてくるスザクの深緑が其処にあった。
「いつか君に言おうと思ってて言えなかった事、これから君に教えてあげるよ」
「! 何をだ……」
 訊き返したルルーシュを見て動きを止めたスザクが、昏い目をしながら呟いた。
「……僕が、君に執着しながら拒んでた、本当の理由だよ」

オセロ 第17話(スザルル)

17


 異変はすぐに訪れた。
 ゼロが現れたと知るや否や、エリア11配属となったスザクが学園に編入してきた為だ。
「久しぶりだな、スザク」
「会えて嬉しいよ、ルルーシュ」
 ルルーシュの弾けるような笑みとは対照的に、スザクが浮かべたのはどこか控えめな笑顔だった。
 本当なら今すぐ胸倉でも掴んで問い詰めたい位だろうに、昔に比べて随分と演技が上手くなったものだ。
(授業中にまで真隣で監視とは……。ご大層な事だな)
 ずっと隣が空席だったのはこういう理由だったのかと妙に感心した。
(根回しの良い事だ。これがお前の言っていた『本当の俺』という訳か)
 ブリタニア本国に連行される時に言われた台詞を思い出したルルーシュは、腸の煮えくり返るような思いを抱えたまま隣席のスザクに柔らかな笑みを向けた。――さながら、談笑出来るであろう休み時間が来るのを待ち切れないとでもいうかの様に。
 返されたのは、懐かしさと切なさの入り混じった淡い微笑みだった。スザクは嘗て、ルルーシュが壊した『僕』の仮面を、学園内でもう一度かぶる事にしたらしい。
 元々、童顔で柔和な雰囲気の漂う甘い顔立ちのスザクだ。大体の人間ならその微笑で充分騙せるだろう。
 ……だが。
(まだまだだな)
 目が、笑っていない。
 ルルーシュはテキストを開いて前を見た。
 演技の腕前ならこちらの方が遥かに上だ。なにせ、年季そのものが違っている。
 これで機情のトップはスザクになった。
 ロロは既に掌握済みだが、問題は、もうギアスの効かないヴィレッタをどう扱うかだ。そう考えていた矢先、もっと厄介な相手がやってくるとは。
(……とはいえ、こいつもまた、本性を隠して7年間仮面を被り続けてきた男だ)
 嘘の程度は違えど、偽っていたのはお互い様だろうに、一年前はすっかり騙されていた。
 これからたっぷり本性を拝ませてやるという事なのだろうが、何を仕掛けてくるか全く気が抜けない。
 学園内に仕掛けられたカメラの台数は、部屋にあるものも含めれば軽く百を越えていた。集音・録音マイクの数も半端ではない。
 ギアスの件も含め、ルルーシュの出自を知るスザクは、ある意味皇帝と秘密を共有し、結託している関係だ。恐らくエリア11配属となる前から、ルルーシュの監視報告は受けていたに違いない。
(さあ、楽しいお芝居の時間といこうか。……スザクめ。この俺を出し抜けると思うなよ)
 こうしてがんじがらめにしておく事がお望みだったとは。
 ゼロという人格を抹殺し、只の人形として自分の監視下に置く。ルルーシュが絶対受け入れられないであろう首輪とリードどころか、ご丁寧にも学園という名の巨大な檻まで用意して。
 昼休みになった途端、スザクは一斉に駆けつけてきた生徒達に囲まれていた。
 情報操作の為だろう。入れ替えられた教師や生徒達の中で、丁度一年前スザクが学園にいた事実を知る者は少ない。
 偽の平穏。作り上げられた偽りの世界。……だが、今のルルーシュからすれば、その作り自体かなり杜撰としか言いようがなかった。
 スザクが元生徒会役員だった事を知っているのも、同じ生徒会の面々だけだ。クロヴィス総督殺害の容疑者に挙げられていた事も、嘗てイレブンとして差別され、陰湿ないじめを受けていた事も……。
 中庭に移動して談笑し合っている最中、丁度向かいに座っていたスザクと目が合った。
 僅かに視線を逸らし、さりげない動作に見せかけながら、スザクが制服の襟を引く。
(……!)
 八年前に二人で決めた合図――『屋根裏部屋で話そう』
 皇族だった事に関する記憶は消されていたが、スザクと幼馴染だった部分は何故か消されていなかった。
 だが、いつ、何の為にそんな合図を決めたのかという所だけ綺麗に消されている。――同時に、屋根裏部屋でスザクと話していた内容も。
(早速仕掛けてきたか……。せっかちなこいつらしい選択だな)
 つくづくふざけた捏造もあったものだとルルーシュは思った。
 曖昧な点が多すぎる。
 よくここまで辻褄の合わない記憶のまま、何の疑問も抱かず丸一年間も生活してこられたものだ。
(いっそ交通事故に遭って記憶を失くしたとでも言われた方が、まだ納得出来たかも知れないな)
 記憶が戻る事も織り込み済みだったという事は、恐らく皇帝がかけたギアスの効果は永続的なものではなかったのだろう。
(つまり、自力で解こうと思えば解く方法もあったという事だ。……それなのに、俺は!)
 全てを忘れたまま安穏と過ごしていた日々を思い、ルルーシュは手元の飲み物に刺さっていたストローの先を無意識に噛み潰していた。
 不自然に欠落した記憶を抱えたまま、いつも感じていたやり場の無い焦燥と苛立ち。何故か拭えずにいた皇帝や祖国に対する生理的嫌悪。
 しかし、時々感じる違和感に対するもどかしさはあっても、原因にまで思い至る事だけはどうしても出来なかった。
 皇帝もスザクも許しがたいが、何よりそんな自分自身に一番腹が立つ。
 ベンチから立ち上がったルルーシュはひっそりと自嘲した。
 特に接点も無い中流階級のブリタニア人が、日本首相の息子宅に住むようになる理由など何処にも無いではないか。
 バカンスに来るような土地でもなければ、そんな時世でも無いのにだ。
 記憶が戻った時は、心底馬鹿にしていると思った。
 幾ら当時10歳とはいえ、理由も解らぬまま侵略戦争の渦中にあった土地に追いやられて、その後の親子関係が険悪にならずに済むものか。
 ――勿論、そうならなかったのも、後に反逆の原因となった父や祖国に対する憎しみそのものを忘れられるよう、もっと別の方向から記憶をねじまげられていた所為だ。
 何にせよ、スザクの合図に気付かなかった振りをする訳にもいかない。
 ルルーシュは空になったカップをベンチの近くに置かれていたゴミ箱の中へと苛立ち紛れに放り込み、そのまま輪を離れようと踵を返した。
「あれ? どこ行くんだよルルーシュ」
「ああ、ちょっとな。追試の件で先生から呼び出されてるんだよ。すぐ戻る」
 声をかけてきたリヴァルに適当な返事を返しながら、ルルーシュは先に一人で屋上へと向かった。
(面倒な話になりそうだな)
 すぐ帰ってこられるよう一応牽制をかけておいたが、二人きりで話すような用事となれば想定出来るルートは限られている。
(どうせなら、スザクとの関係ごと記憶を消されていた方が便利だったものを)
 幼少の頃も含めた記憶を敢えて消さなかったのも、出会い方を変える等、あまり入り組んだ設定にしすぎると、後に接触するであろうスザクの記憶との整合性に欠ける恐れが出てくる為だろう。
 そもそも、あの男――皇帝が、ルルーシュの感じるであろう戸惑いにそこまで配慮する筈も無い。
 その証拠に、記憶の抜け方、変え方は驚くほど大雑把だった。
 皇帝のギアスには、頭そのものに暗幕をかけるような効果もあったのだろう。辻褄の合わない箇所に疑問も抱かず過ごせていたのも、恐らくはその所為だ。
(この俺を散々コケにし、かけがえの無い宝まで奪った事を必ず後悔させてやる!)
 階段を一段踏みしめるごとに、どす黒い殺意が湧き上がってくる。
 性懲りも無く、こうして安易に接触を試みてくるスザクにも。
 忌々しい事この上ないが、記憶を失っている間、ルルーシュはほとんどロロと二人きりで暮らしてきたという風に記憶が改竄されていた。
 両親はブリタニアで働く中流階級の人間。エリア11が矯正エリアから途上エリアに昇格したと同時に、母と懇意にしていたアッシュフォード家に預けられ、社会勉強も兼ねてこちらで生活しているという設定だ。
 一年前、スザクが学園にやって来てからの記憶は概ねそのままだったが、あろうことか八年前の開戦時には、ロロ共々一時帰国した事にされている。
(あの男……。絶対に殺してやる)
 現皇帝である実父シャルルの顔と、書き換えられた記憶の中にある父の顔は全くの別人だった。
 当然だ。実父の顔と皇帝の顔が同じである訳が無い。
 二重三重に侮辱された気分だった。……本当に、許しがたいにも程がある。
 どうやってあの中から抜け出したのか、屋上に上がって暫くしてからスザクがやってきた。
 屋上全体を取り囲むフェンスに寄りかかりながら、ルルーシュは開いたドアの向こうから顔を覗かせたスザクへとにこやかに笑いかける。
「よく抜け出してこられたな。大変だっただろ?」
「まあね。予想はしてたよ。学校に来るのも、一年ぶりだったから……」
 歩み寄ってきたスザクが隣に来るのを待ってから、ルルーシュは遠景を見渡すようにフェンスの外側へと目をやった。
「いつかの時と逆だね」
「ん?」
「僕が、初めてこの学園に入学してきた時と」
 視界の端で、スザクがこちらへと顔を向けてくる。ルルーシュも応じて視線を合わせた。
「ああ、俺もそう思ってた」
 小声で「懐かしいね」と呟きながらフェンスの外へと視線を巡らせるスザクに合わせて、ルルーシュも「そうだな」と静かに相槌を打つ。
(何が「懐かしいね」だ)
 よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。
 学園で無事再会し、近況を語り合ったあの時の記憶とて改変されている。
 ゲットーで助けられた事も、CCと出会ってギアスを授けられた事も全て忘れ、スザクが軍人になっていた事実でさえ、ここで初めて聞かされた事にされていたというのに。
「こうして君と話すのも、去年の誕生日以来かな」
 よりにもよって、いきなり切り出してくるのがその話題とは。
(節操の無い男だ)
 デリカシーに欠けているのは知っていたが、その点に関しては相変わらずという訳か。
 ゼロとしてスザクと対峙した記憶が失われている以上、書き換えられた通りの流れからいけば、最後にスザクと会ったのはルルーシュの誕生日という事になる。
 一番触れられたくない過去が一気に蘇り、ルルーシュは苦々しい気持ちを表に出さぬよう無言で通した。
「ゼロを捕まえた後、すぐラウンズに昇格して、そのまま本国に居る事になっちゃって……。君とは、ちゃんとした挨拶も碌に出来ないまま、別れる形になってしまった。今までずっと連絡出来ないままで……ごめん」
 答えないルルーシュを一瞥したスザクは、逸らした目を伏せたまま話し続けた。
「いいさ。気にするな。忙しかったんだろ?」
 記憶が戻っていなくても、最後に会った日の事を持ち出された時の反応は変わらない。
 そう判じたルルーシュは、気まずい気持ちを押し隠す演技を続けていた。
「うん……。それもあるけど、ずっと本国にいたから、君の携帯番号解らなくて」
 言いながら、スザクがおもむろにポケットから携帯電話を取り出して見せた。
「まだ仕事以外では、一度も使ったこと無いんだ。この携帯」
 軍の人以外誰の番号も入ってないよ、と続けるスザクに、ルルーシュも「そうか」と軽く頷く。
 名誉ブリタニア人は携帯の所持を認められていないが、ラウンズに昇格した事で持てるようになったのだろう。
 ゼロを――ルルーシュを、皇帝に売り渡した褒美として。
「君の番号、聞いてもいいかな」
「え?」
「入れておきたいんだ。出来れば、君のを。学園の中にいる友達の中で……一番最初に」
 向けられたのは一年前とそっくりな、真摯で真っ直ぐな瞳だった。
 こんな目をしたスザクに幾度絆され、篭絡され続けてきたことか。……だが、一連の会話によって大体の意図は読めた。
(最悪の仕掛け方だな。スザク)
 今更そんな台詞を言われた所で、こちらが喜ぶとでも思っているのだろうか。
 すぐには応じない。
 まだあの日の悲しみを引きずっている風に装いながら、ルルーシュは愁いを含んだ瞳でスザクを見返した。
「またすぐに、ブリタニアに帰るのか?」
「任務で暫くはこっちにいるよ。……ゼロが、現れただろ?」
 携帯電話を握り締めたままゼロの名を口にしたスザクの声が、ワントーン低くなる。
 ルルーシュは「そうだよな……」と呟きながら、気遣わしげに眉を寄せてみせた。
 力の篭ったスザクの手元を横目で眺めているだけで、冷ややかな思いが胸に広がっていく。
「じゃあお前も忙しいだろ。良かったじゃないか。また学校に来られるようになって」
 そうだね、と答えるスザクの声が、心なしか硬くなった。
 フェンスに肘を付き、遠くへと目をやりながらルルーシュは続けた。
「でも、ゼロはとっくに処刑されたんだろ? だったらあれは、やっぱり別のゼロなのか? まさか実は生きてた、なんて事は無いに決まってるしな」
 スザクが発する声の硬質な響きに気付かない振りをしながら、ルルーシュは敢えて思慮を巡らせている風を装って訊き返した。
 決して話の流れとして不自然ではないものの、これはルルーシュを疑っているスザクからすれば、グレーゾーンな質問どころかはっきりと地雷だ。
(だが、自分がゼロだと知らない俺ならどうかな? なあ、スザク?)
 ここでゼロの話題を避けるのもはぐらかしたように見えるだろうし、まだ記憶が戻っておらず、ゼロに無関係なルルーシュであれば、当然抱くべき疑問だろう。
「ゼロの処刑は完了してるよ。だからあまり詳しい事は言えないけど、今調べてるんだ。……あの仮面の下にいるゼロが、一体誰なのかって事をね」
 案の定、スザクの声は更に硬く、そして低くなった。
 予想通りの反応に、ルルーシュは内心ほくそ笑む。
「そうか……。まあ、テレビ見た時は驚いたけどな。でも安心したよ。お前がラウンズのままで」
「……それ、どういう意味?」
 切り返すスザクの声が僅かに尖った。
「そりゃそうだろ。せっかく無事処刑も終わったのに、捕まえる度に新しいゼロが出てくるんじゃ、お前の功績にだって傷が付きかねない。ゼロを捕まえたい奴なんて、それこそごまんといるに違いないだろうからな。片っ端からラウンズに昇格なんて事になったら、いずれ自作自演する奴だって出てくるかも知れない」
 皮肉を皮肉と思わせず、あくまでもスザクの身を案じているからこそ思いついた事だと言わんばかりに、ルルーシュは冗談を交えた穏やかな口調で話してやる。
「…………」
 スザクは苛立ったような溜息をついてから沈黙した。
 聞きようによってはシニカルにも感じられる台詞の意図をどう捕らえるべきか、判断に迷っているのだろう。
「黒の騎士団の連中も、確か全員死刑が確定してる筈だよな。そいつらも、ゼロに触発されるような事が無いといいんだが……」
「触発って……。逃がしたりなんかする訳ないだろ。今も監視されてるよ。厳重にね」
「ふうん……監視か。それなら安心だ。こんな言い方はお前に悪いが、一般庶民としては、さっさと安心したいってのが本音だからな。国防の為にも頑張ってくれよ? 昔ながらの友人が皇帝直属の騎士だなんて、俺としても鼻が高いんだからな?」
 本心から誇らしく思っていると見せかける為、嬉しそうに微笑さえ浮かべながら話してやれば、苦笑したスザクも何とか気を取り直そうと強張った顔つきを改めてくる。
「ありがと。君のご期待にも添えるよう、精一杯努力させてもらうよ」
 結局、どうとも判断付かなかったのだろう。
 複雑そうな笑みを浮かべたスザクを見て、ルルーシュは心の中で嘲笑った。
「ルルーシュ」
「うん?」
「もうやめよう? こんな話は。ここは学園であって、軍じゃないんだし……。それに、今の僕はナイトオブセブンじゃなくて、只のスザクだ」
 フェンスに両肘をかけて背中を凭れ掛からせたスザクが、一度天を振り仰ぐように上を見た後、同意を求めるように視線を投げかけてくる。
 一体どの口が言うのかと思いながら、フェンスの外側に向かって肘をついていたルルーシュも柔らかく頷いて見せた。
「ああ。お前の仕事にさし支えると良くない。悪かったな。つい興味本位であれこれと聞いてしまった」
「いいよ、そんな事気にしなくて。……君と僕の仲だろ?」
 スザクの台詞に滲む友好の意思。
 いっそあからさまなほど明け透けな台詞に対しても、今は寒々しいものしか感じない。
 だが、ルルーシュは一見照れ笑いにも見えるような困り顔を浮かべ、どうにか居心地の悪さを紛らわせた。
「全く、お前って奴は……。たった一年で少佐からラウンズにまで大出世したってのに、全然変わらないんだな。こういう場合、普通はもっと鼻にかけたり、偉そうになったりするもんなんじゃないのか?」
 わざと騎士候という呼び方を避けた事に気付いたのだろう。スザクがふと、真顔に戻った。
「ルルーシュ」
「何だ?」
「訊いてもいいかな」
「? 何をだ……」
「うん。一年前のこと。君は、覚えてるかなと思って」
 二人の間に、奇妙な沈黙が下りた。
「……どういう意味だ」
 一度はぐらかした質問を蒸し返すしつこさも、一年前と何も変わってはいない様だ。
 明らかに変化した場の空気は、この話題から逃げた所でどうしようもない事を物語っている。
 解っている筈の事だった。
 去年の誕生日で記憶が途切れているならば、スザクとは、まだきちんと終わっていない事になるのだと。


オセロ 第16話(スザルル)

※DV警報発令中。一部暴力的な描写がありますのでご注意下さい。





16


 目覚めた今がいつなのか解らなくなったのは何度目の事だろう。
 覚醒と同時に、ルルーシュは枕元に置かれた携帯で日時を確認した。早朝かと思ったが、時刻は既に夕刻だった。
(夢、か……)
 頭から水を被ったように、全身がじっとりと汗で濡れていた。
 何もかも、夢から覚めたと思っていた自分が見た夢だったと気付いたのは、おぼろげになっていく夢の欠片を繋ぎ合わせる事にどうにか成功してからだった。
 そう遠くはない過去の反復。
 記憶が混乱し、現実を認識するのに時間がかかる。そう思っている間にも、見た夢の内容は薄れ、今にも消えていこうとしている。
 ルルーシュの部屋には今、何台もの監視カメラが取り付けられていた。
 軍に監視を受ける家畜の生活。だが、肝心の家畜が改竄された記憶を回復させ、王としての力まで取り戻している事など誰も知らない。
 ルルーシュは震える掌を無言で握り締め、荒々しくベッドサイドの壁を殴りつけた。
 照明を落とした部屋の中では、さすがに何をしているのか解るまい。
 盗聴器が仕掛けられているのも知っているが、電話その他の回線にだけだ。起き抜けに沸き立つ怒りのまま壁を叩き続ける音は、さすがに画面からは聞き取れないだろう。
 一年前のルルーシュが実際に見た夢。それが悪夢の始まりだった。
 目覚めたと思ったその後の展開も、全て現実に起こった事だ。スザクとの距離をどうにかして埋めたくて、夢の話を切欠にスザクを追い詰め、一歩も引けぬ本気のゲームを仕掛けた事でさえも。
(まさか、あんなふざけた夢が現実になるとはな)
 今となっては、消したくなるほど屈辱的な記憶の最たるものでしかない。
 ルルーシュ自身、想像さえしていなかった。……よりにもよって、自分から仕掛ける流れになろうとは。
 執着しているのを知りながら、そんな自身の気持ちに気付かぬ振りを続けようとするスザクが許せなかった。わざと拒めない形で『只の友達』以上の関係を強要したのもその所為だ。
 本当は、拒む事だって出来た筈だ。
 例えルルーシュを失う事になっても、内面に踏み込まれる事を本気で恐れていたのなら。
 けれど、スザクはそうしなかった。わざと距離を置こうとしながらも、初回から所有印まで残すほど強い執着を見せたのはスザクの方だ。
 そこまでしておいて、誘ったルルーシュだけに非があるとは到底言えまい。
 体の関係を持つような意味合いの「好き」ではない事くらい知っていた。それでも、一度関係したその時から、二人で転げ落ちるようにして深みへと嵌っていったのだ。
 まさか、二人して倒錯した性の快楽だけに溺れていた訳でもあるまい。どちらか一方だけではなく、互いの間に何らかの想いが無ければ、絶対に続かない関係だったと言える。
(チェスというより、オセロだな)
 まだ布団の中から一歩も動けず、ズキズキと痛む米神を押さえながらルルーシュはひとりごちた。
 仕掛けた時点で、背水の陣。必ず白のナイトを捕ると、チェックをかけるつもりで賽を投げた。
 けれど、嘗て望みのまま白く埋め尽くした筈の盤面は、今はもう黒一色だ。……まるで、がらりと色を変えてしまったスザクの心そのものの様に。
 夢の中のスザクは白かった。そして、あの頃のスザクも、まだ。
 勝負は互角。生まれて初めて、喉から手が出そうなほど、心の底から欲した相手。
 正真正銘、本気だった。
(愚かだな)
 こうして夢の中で過去の所業を反芻する度、未だに上手く息もつけぬほど激しい愛憎に塗れている自分に気付く。捕らわれているなどと思いたくなくても、只の憎悪だと割り切るにはあまりにも複雑すぎる感情だった。
 記憶が戻って以降、睡眠の質はガタ落ちだ。夢見が悪い分、最近は特に安定した睡眠をとるのが難しくなった。
 ゼロだとばれ、皇帝の前へと引きずり出された時以降、スザクとは一度も会っていない。時折テレビで姿を見かける事でさえ苦痛で、記憶が戻ってからというもの、見ない訳にはいかないニュースは全てネットでチェックしている。
 当時のスザクは、言い得ようのない歪んだ執着と愛情、それらと相反する拒絶を心の内側で交錯させながら、激しい葛藤に苦しんでいた。
 それでもそんな自分から目を逸らして欲しくなくて、出来る事なら求めて欲しいと恋焦がれ続けた日々。
 最後まで打ち明けられる事の無かった拒絶の理由も、今のルルーシュは気付いている。再会してから――いや、する前から、何故か過剰に美化され続けていた理由にも。
(スザクは、いつ俺がゼロだと気付いたんだ?)
 今となっては確かめる術も無いが、恐らくユーフェミアを殺すもっと前から疑念は抱かれていたのだろう。
 マオに心を暴かれた時、居合わせたルルーシュ以外知りえない父殺しをゼロに知られていたのだから。
 それ以降も、スザクは幾度かクラブハウスに来ていた。顔を合わせれば優しく笑いかけてくれたし、体を重ねれば互いに激しく求め合いもしたけれど、スザクからの心理的な拒絶がより明確化したのは、今思えばあの頃からだったように思う。
 ――スザクは何故、内面に踏み込まれる事をああまで恐れたのか。
 知られたくなかったらしい父殺しを知られてしまってからでさえ、まだ拒絶が続いていた理由。
 ルルーシュにとって解らない点はそこだけだった。
 戦争を止める為だけに父を殺し、それが結局開戦の引き金になってしまった事を悔いるあまり、軍に属し、戦って死ぬのを受け入れる事で償いに生涯を捧げるつもりでいながら、同時に、死そのものに救いを求めていた事も、あの時点でのルルーシュは既に知ってしまっていたというのに。
『僕と同じになって欲しくない』
 初めて気持ちをぶつけた時、スザクに言われた台詞の意味だけが、当時のルルーシュにはどうしても解らなかった。
 ただ、死に急ぐスザクの生き方を知って冗談ではないと思った。だからこそ、軍を辞めさせようと決意したのだ。ナナリーの騎士に据える事で、いずれスザクにとってもその道が新しく生きる為の意義になればと。
 今になって思う。あの時もまた、重要な運命の分かれ道だったのだ。
 技術部の者がクラブハウスへとスザクを呼びに来た時、去り際のスザクにルルーシュは『話がある』と言った。――『とても、大切な話だ』と。
 返ってきたスザクの返事はこうだった。
『何だい? 怖いな』
 スザクは本能的に警戒したのだろう。
 マオの件に関しては、お互い暗黙の了解的にタブー視している節があった。後々その判断が致命的な仇になるとも知らず、避けて通れない話題と知っていながら敢えてその話題には触れまいと。
 だが、ユフィがスザクを騎士に任じた事によって、状況は一変した。
 スザクが断れる立場に居ないと解っていながら、白兜のデヴァイサーがスザクだと知ったショックも相俟って、ルルーシュは運命の皮肉にただ笑うしかなかった。
 道が本格的に分かたれ始めたと意識したのも、この頃だったように思う。
 絶対にかけないと決めていたギアスも、とうとうかけてしまった。
 ただ、その件に関してだけは後悔していない。スザクを死なせないためにはそうするしかなかった。
 どう考えても、他に選択肢は無かったのだ。
 キュウシュウ戦役で初めてスザクとの共闘を果たした時、自決覚悟だったらしいスザクにユフィが想いの丈を打ち明けていたのも知っている。……何故ならあの時、切れたエナジーフィラーを補充させようと待機していたガウェインの中で、ルルーシュは二人の会話を聞いていたのだから。
 頑なに閉ざされていたスザクの心の扉を開いたのは、ルルーシュではなく、ユフィだった。
 彼女がスザクに言い放った台詞を、今でも覚えている。
『自分を嫌いにならないで』
 ユフィは、スザクにそう言ったのだ。
 あの後もスザクは学園に顔を見せてはいたが、ルルーシュはスザクと鉢合わせないよう徹底的に避けた。
 学園祭中も放送室に篭ったきり一歩も出ず、指示を出す以外極力人と顔を合わせないようにしていたというのに、一体何の因果だろうか、まさか皇女殿下本人が学園に来ているとは露知らず、外へ出た時に会ってしまったのだ。
 スザクと完全に道が分かたれたと悟ったのは、特区日本設立宣言を聞いたあの時だ。
『スザクと上手くいった』
 テントの中でナナリーからユフィと話した事を聞いた瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
 全てを奪われた。そう思った。
 その瞬間をもって、ユフィはルルーシュにとって最悪の敵となった。最早その存在自体が罪としか思えない。
 善意から生まれる、悪意そのもの。
 それでも、一番腹が立つのはユフィに対してではなく、無論、スザクに対してでもなく。
 ギアスを得て尚、無力で無価値な己自身に腹を立てている。……そう、思いたかった。
 神根島でゼロだとばれる前、最後にスザクと会ったのは12月5日。ルルーシュの誕生日だ。
 祝いにやってきたスザクと、その日だけはわだかまり無く過ごすつもりだった。
 久しぶりに顔を合わせたスザクは、この上なく穏やかで満たされた、まるで精神そのものが安定したような顔をしていた。
 そんな顔が出来るようになったのか。
 自分ではなく、ユフィの傍だからこそ、スザクは……。
 その時感じた想いを、一体どう表現すればいいのだろう。――諦観、とでも呼べば良かっただろうか。
 切なさや痛みとも違う、静かな諦めと落胆。
 あれは嵐の前の静けさだったのか。そうでなければ、もしくは凪か。モノクロームの世界の中、たった一人きりで立ち尽くしているような壮絶な孤独。
 ただ、静かにたゆたう川の流れの底に、ヘドロにも似た大量の澱が沈んでいる事にだけは気付いていた。
 食事も済み、穏やかな歓談が続く最中、スザクは僅かな緊張を浮かべた顔で切り出した。
『君も、特区日本に参加しないか』と。
 不安を感じているというより、その時のスザクは、既にある種の覚悟を決めてから駄目もとで切り出しているように見えた。
 出来れば聞き入れて欲しいけれど、これが聞き入れられないならば別離も辞さない。そんな顔だったように思う。
 その時のスザクはもう、ルルーシュがゼロなのではないかという疑念を確立させていたのではないだろうか。
 ルルーシュがブリタニアという国に根深い反感と恨みを抱いているのを知っているからというより、もしルルーシュがゼロであるならば、この手以外に歩み寄る術など無いと思い詰めていた可能性はかなり高い。
 実際、その場にもそういった空気が流れていた。
 まだ信じていたいと思っていたのかも知れないが、恐らく決定打に欠けていたから詰め寄らなかっただけの話だ。
 だからきっと、あの申し出は、スザクなりの最後通牒だったのだろう。
 来るだろうなと予想はしていた。スザクと同じ学園に通っていると知られてしまった以上、ゼロがルルーシュだと知っているユーフェミアなら、恐らく誘う事を思い付くだろうと。
 勿論、ユーフェミアがスザクにゼロの正体など明かす筈は無い。だから、スザクの申し出に裏が無く、まだ完全に正体を知られた訳でない事だけは確かだと思った。
 ユフィに頼まれたというより、スザク個人の思い付きだったのだろう。
 ……それでも、スザクは知らない。悪意の欠片も無く、ただ高みから差し伸べられる裏の無い善意に、反吐が出そうになっていたルルーシュの思いを。
 申し出を断った事で、スザクはてっきりそのまま帰るだろうと思っていた。
 理想を共に出来ない以上、同士ではないと判断されても不思議では無い。ユフィと上手くいったというのも本当なのだろう。スザクの表情がそれを物語っている以上、疑う余地も無い。
 互いの間に、もうこれ以上話す事など何も無い筈だった。それなのに、スザクはまだナナリーも居るリビングでいきなりルルーシュの腕を捕り、強く抱きしめてきたのだ。
 息も止まりそうなほど激しい抱擁。離れようともがく体は背に回された腕できつくかき抱かれ、叫びたくても声にならなかった。
 既にユフィがいるというのに、一体どういうつもりなのか。問う唇は言葉そのものを阻むように塞がれ、抗う間も無く部屋の中へと連れ込まれた。
 決別の意思が込められていたのか、名残を惜しまれていたのか、もしくはその両方か。
 自室のドアが閉まった直後、降らされた嵐のような口付け。溢れた涙はいつしか互いの間で混じり合い、どちらのものなのかさえ解らなくなり……その後はもう、お互いただ無言で貪り合うだけだった。
 狂ったように突き上げられ、声にならない嗚咽を漏らしながら、最後に途切れる意識の狭間で幾度も思っていた事。
(あんなゲームなど、仕掛けなければ良かった)
 過去を悔いる事に意味など無いと解っていても、今でも夢に見てしまう。――例えば今日のように。
 あの日から繰り返し、繰り返し、ルルーシュは永遠に覚めない悪夢の中に居続けていた。
(スザクにとっての神を殺した俺を、あいつは決して許さないだろう)
 取り返しのつかない悲劇が起こったのは、その五日後。
 暴走したギアスの力に翻弄され、完膚なきまでに破壊し尽されたルルーシュの義妹は、尊いその命を儚く散らした。
 スザクを切り捨てる。そう決めた後でさえ、まだ心のどこかで信じていた。
 信頼とは、信じて頼るという意味だ。たった一人、自分の背中を預けられる存在として認める。そういう事だと思っていた。
 ……けれど。
 ルルーシュが唯一誰よりも信じていたスザクは、追い詰めたその先で、躊躇う事無く銃の引き金を引いたのだった。

『ずっと、酷いって思っていたよ。君の事。
 見たくもない俺の姿ばかり見せ付けて、君は本当に残酷だって。

 僕はね、ルルーシュ。
 もっと綺麗で、もっと正しい形で、君を愛していたかった。
 だって、誰も望んでなんかいなかったんだ。君が、盤上に上がってくる事なんて。
 世界も、ナナリーも……そして、誰よりも僕自身が……そして俺が、こうなってしまう事を一番恐れていた。
 でも、もう決まっていた事だったんだな。もう、とっくに。
 再会する前、いや、本当は七年前に、君と別れたあの日から。

 見たかったんだろ?
 これから見せてあげるよ。
 君がずっと見たがっていた本当の俺を。

 ――嫌だったのに。怖かったのに。
 それなのに、君はとうとう僕を壊してしまった。
 だから今、とても君の事が憎いよ。……満足かい?』

 操縦桿を握り締めながら淡々と語るスザクの口調は、今にも底冷えしそうな響きだった。
 聞いた事も無い程どす黒い憎しみと、降りしきる雪のような寂しさを孕ませて。 
 意識的か、それとも無意識か、話すスザクの一人称がころころ変わる。……僕と俺、どちらの呟きなのか解らない。
『……満足か、だと? 今そんな話を蒸し返す事に、一体何の意味がある!』
 吐き捨てたルルーシュを一瞥したスザクは、殺せと続けたルルーシュの髪を掴んでゆっくりと引き上げた。吐息がかかりそうな程近くに顔を寄せられ、一言一言区切るようにして語られた言葉。
 明らかな狂気を声に滲ませながら、スザクは言った。
『殺してなんかやるもんか。……だって、友達だろう? 俺たちは』
 掴んだ髪を離されるなり、烈火の如く燃え上がる怒りのままルルーシュは怒鳴った。
『何を今更勝手な事を……! もう終わったんだよ、お前とは! 先に俺を否定したのはお前だろう!! それで何が友達だ。ふざけるなっ!! お前はもう、俺にとっては只の敵でしかないんだよ!』
 火を吹くような一喝。
 しかし、あらん限りの憎悪を込めて睨み付けたルルーシュの頬を、スザクは握り締めた拳で躊躇い無く打った。
『言っただろ。本当の俺を教えると。知りたがったのはお前だ。たった今言ったばかりなのに、もう忘れてしまったのか?』
 操縦席で無様に転がったルルーシュを見下ろす、スザクの無機質な眼差し。再会して以来、こんなスザクの姿を見るのは初めてだった。
 それでも、心のどこかで知っていた。気付いていたのだ。暴力的で獰猛なスザクの本質。その片鱗に。
『ふん、成程な。お前が俺に見せたがらなかったのは、こういう姿だったという訳だ』
 切れた唇の端を庇う事なく、ルルーシュはスザクの足元に蹲りながら嘲笑混じりに吐き捨てた。
 ――これにてようやく解禁か。そう思った。
 スザクが使う『俺』という呼称は、七年前に封印された筈の一人称だ。あの雨の日以来、何故かスザクは自分の事を俺とは一切呼ばなくなっていた。
 それからずっと被り続けていた『僕』という仮面を、ルルーシュがとうとう剥ぎ取ったのだ。
 いっそ愉快でたまらなかった。全く、とんだ臆病者もいたものだ。
 最早只の欺瞞としか思えなかった。何故そこまでして、本来の自分から目を逸らそうとし続けていたのか本気で理解出来ない。
『解せないとはこの事だな。お前にとって、自分の本質を偽り続ける事に、一体どれほどの意味があったんだ? 今までお前が何を恐れて隠してきたのか知らないが、こんな姿を見せ付けられたくらいで怯む俺だとでも思っていたのか。……だとしたら、俺も随分なめられたものだな』
『…………』
『答えろよスザク。お前は俺に、ただ守られるだけの存在でいれば良かったとでも言うつもりだったのか? 反逆など起こさず、鳥かごのような偽りの平穏の中で暗殺に怯えながら、ただ死んだように生きていろと? お前は一体、どれだけ俺を見下し、貶めれば気が済むんだ?』
 スザクは無言だった。
 話す価値も無いと思っているのか、操縦桿を握り締め、前を向いたまま微動だにしない。
 ルルーシュはそんなスザクに構わず話し続けた。
『それでは意思の無い只の人形と何も変わらないだろう。お前と同じように、過酷で残酷な現実から目を背け、お優しい嘘で塗り固められただけの理想の世界を求めろとでも? ……違う。間違っているぞ、スザク。それもまた支配に過ぎないと認め、抗う事こそ必要だ!』
『黙れ』
 低く呟いたスザクが、足元に這い蹲るルルーシュを見た。
 向けられたのは、ぽっかりと口を開いた黒い穴のような、がらんどうの瞳。
 いつか見たその瞳の奥に見えるものは、底無しの悲哀と失意、絶望――そして、憎悪だった。
『ずっと嘘を吐いていたくせに……本当に懺悔する事の意味すら知らないくせに……知ろうともしていないくせに!! そんなお前に、他人の嘘を責める資格があるのか? 只の偽善だ、理想だと、笑いたければ笑えばいい。でも、お前に言える事なんか何も無い筈だ。……何が意思の無い只の人形だ。英雄を装って悲劇を撒き散らす人殺しになるよりずっとマシだろ!』
『はっ……! 人殺しなのはお前だって同じだろ。軍に居て、今までずっと人を殺さずにきましたとでも言うつもりか? 随分とお綺麗な事だな』
『……それでも俺は、お前の言い分など認めない』
『では、お前はブリタニアの支配を受け入れ、夢物語のような理想と一緒に心中でもしてやるつもりだったのか、この馬鹿が!』
『黙れ……! 和解の道なら他にもあった筈だ。戦わず、殺さずに済んだ筈の道が! 今更方法論について語る権利がお前にあるとでも思っているのか! ユフィを殺したお前に!』
『……っ!』
 ルルーシュを撃って『許しは請わない』と言っておきながら、スザクはルルーシュを激しく詰った。
 激昂するスザクの剣幕に怯んだのではない。理想主義者のスザクに、これ以上何を言った所で無駄だと悟ったのだ。
 嫌悪に顔を歪めたルルーシュが黙り込む姿を冷ややかに見つめながら、スザクは続けた。
『こうなってしまった以上、責任はとってもらうよ。こんな最悪の結末を引き起こした、全ての責任を。お前が拒もうが関係ない。……償ってもらう。絶対に』
 どこかが壊れた風情だ。心の中の、とても大切などこかが。
『……ルルーシュ』
 暫しの沈黙の後、欠け落ちた硝子が立てる音のように、感情の抜けた声でスザクが名前を呼んできた。

『本当に、もっと早く、君を縛り付けておけば良かったよ……!』

 力任せにルルーシュを殴りつけておきながら、搾り出した語尾に嗚咽が混じる。
 肩を震わせながら滝のように滂沱するその姿こそが、ルルーシュが『僕』としてのスザクを見た最後になった。


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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