マジ顔なのに虚ろに怒ってるのが二期スザク。

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スザクさんが真面目な顔してる時は、贖罪のこととかギアスのこととかゼロのこととか、後はルルーシュのこととかルルーシュのこととかルルーシュのこととかで頭が割れんばかり。

騎士皇帝なる前までの表情を一言で表現すると
「もしルルーシュがゼロだったら絶対ぶん殴る」
みたいな。

セブン様だった時はまだ表情ちゃんとあったのに、ナイトオブゼロになったらほぼ能面もとい悟りの境地。

…とりあえずお腹空いたので麻婆春雨食べます。

長袖にしちゃった。夏なのに…。

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スザクさんを描くと、どうしても俺成分丸出しな顔になってしまう…。
スザクって幼少時からルルーシュに抱きつく時、何故か必ず後ろから腕回そうとしますよね。
狙ってやってるというより、ごく当たり前のように不意打ち狙う辺りが凄く雄くさいです。

そして、ルルーシュは何だかんだ言いつつスザクに抱きつかれ慣れてるとしか思えない。
絶対スキンシップ好きだよねルルーシュは…。ある意味スザク以上に…。
但し、あくまでも軽めのに限る!みたいな。

ルルーシュのちゅー顔描くの好きなんですが、ちょう無意識に描いてたらくがきがナチュラルにちゅーしてるトコだったので、描いてる最中に気付いてハッとしたww
自分で描いといてそれは無い…。
無意識こわいww

そしていい加減エアメールの裏にらくがきするのやめたらいいよ私は…。
筆圧高いので、紙がベコベコに波打つんです。

パソコン直って大分たつというのに、未だにスキャナのインストールさえしてません。ペンタブですら。
たまーにらくがきしたくなった時だけがりがり量産してしまうので、彩色に至る前に満足してしまう…。

なので、携帯写メでしか絵を更新していない、変なサイトです…。

そういや

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この学園って、夏服とか無いんですか?

これはカジュアルとは言わないッ…!

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スザクさんち泊まりに行ってシャワーのあと服借りようとしたら「ごめん、昨日洗濯したばっかりで今着られる服それしかないんだ^^」とか言われて残念なTシャツ着せられるルルーシュ。
…を、妄想してらくがきしてみたらば、なんだか物凄く可哀想なことに。

多分、二度と来ないよ!

いや、次回からお泊まりセットきっちり装備して懲りずに来るかもしれませんが。
で、玄関先でスザクさんに「ルルーシュ…。何その大荷物?」とか聞かれるといい。
引っ越しですか?

あ、そっか。
もういっそ、そのまま一緒に暮らせばいいんですよね。
そうですよね。

そんな妄想。

オセロ 第28話(スザルル)

28


 近所のカフェからホテルへと帰り着いた三人は、自然に部屋を分かれた。
 ルルーシュはスザクの部屋へ。C.C.は一人、今までの部屋へ。
 カフェに入って暫くしてから、示し合わせたようにスザクもやってきた。そういったタイミングの符合でさえ『神の贈り物』だと思えばいいのだろうか。
 開錠したスザクが先に室内へと入っていく背中を目で追いながら、ルルーシュは一年前、クラブハウスの自室に招いた時、促すように入口のドアを支えて待っていたスザクの姿を思い出した。
 こういう所が、以前と違う。……当たり前のことだが。
 三日ぶりに顔を合わせたスザクの一人称は、完全に『俺』に戻っていた。
 スザクの部屋に入ったルルーシュは、何とはなしに中を見渡した。部屋の片隅には、この街に入ってから調達した衣類が何着か置かれているだけで、飲食をしたらしき形跡は無い。
 しんとした部屋の中で空気が張り詰めていく。知らない人間とまでは言わないが、気の置けない友人と一緒にいる時のように馴れ合った雰囲気では決してない。
 ただ、ルルーシュは落ち着かない反面、これでようやくスザクと一対一で向き合える安堵をも同時に感じていた。
 隣室なので、窓から見える景色は変わらない。自室と同じく窓辺の椅子に陣取ったルルーシュが、ベッドサイドに座るスザクの方へと振り返る。
「俺は、皇帝になる」
 既に話していたことながら、ルルーシュは敢えてもう一度宣言した。
 スザクはルルーシュをひたと見据えたまま、感情の揺らぎがない顔でそれを聞いている。
「だからスザク。今、改めてお前に問う。……お前は、俺の剣となる覚悟はあるか?」
 悪としての片棒を担ぎ、ルルーシュの騎士となる覚悟が出来ているかどうか。
 スザクは絶対に否とは言わない。それでも、この質問をすることは、二人にとって必要な通過儀礼だった。
「君を護れというのなら、それは無理だ。俺の剣は殺す剣。もう、誰かを守る剣にはなれない。それでもいいのか?」
 固い表情のまま、スザクは即答した。
 軍人として、騎士として、殺戮を拒みながらも大勢の人間を手にかけ、自分という剣を血で汚してきたスザク。
 守りたい、助けたい、救いたいと願いながらも、人を殺すことが己の業なのだと悟った者の、壮絶な辛苦に満ちた心の内側が透けて見える台詞だった。
「それでいい。だからこそ必要だ、お前が。――それに」
「…………」
「八年前に約束してくれただろう。『俺がお前を皇帝にしてやる』と」
「!」
 ルルーシュの言いたいことを察したのだろう。スザクは一瞬息を飲んでから、すぐに唇を引き結んだ。
 本当は、お互いに解っている。言葉にこそしないものの、つい先程、カフェにいた時にも確認し合ったことだからだ。
 ここに居るのは、今スザクと向き合っているのは、ルルーシュ・ランペルージでもゼロでもない。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという、祖国に捨てられた元皇子。
 そして、ルルーシュを見つめるスザクもまた、只の枢木スザクでしかなかった。
「俺はまだ、君を赦していない。俺の思いを踏みにじって、ゼロの仮面を被り続けてきた君を」
 スザクは静かな声で断罪する。
 三人でいる時には口に出さなかった、スザクの本音だ。
(積もる話もあるだろうからな、か……)
 C.C.も言っていた通り、このスザクという男は、決して一筋縄でいく人間ではない。
「ああ。解っている。だから、俺たち二人で創るんだ。ユフィとナナリーが望んだ、優しい世界を。それこそがお前の望み続けてきた償いの道であり、今の俺に出来る懺悔……。お前と、明日を奪った人々、そして、世界に対する唯一の――」
 その為にも、まずは世界征服から。
 ルルーシュが同意を求めるようにスザクを見れば、察したスザクもルルーシュの意思を汲んで目を合わせてくる。
 共犯者としての、これは確約だった。
 スザクの纏う空気が押し殺した怒気ではなく静寂であるのも、過去を取り戻すことなど出来ないと悟ったが故の諦観なのだろう。だからといって、足掻くことをやめた訳ではない。土を噛んででも、成し遂げたい目的がある。
 今の二人に余計な言葉は不要だった。同じ位置に立った者同士だからこそ、思いを共有出来ると知っているから。
「ルルーシュ。君のシナリオを聞かせてくれ」
「それは、同意したと受け取っていいんだな?」
「ああ。俺に拒否する理由はない」
 スザクの答えを聞いたルルーシュの瞳に、峻烈な炎が点る。
 ……これで、駒は全て出揃った。
 背凭れに背中を預けたルルーシュは、練り上げた計画についての詳細を語り始めた。
「まずは、帝位の簒奪。これは、超合衆国を抑え、実質的な世界統治に至る前に打つべき最初の一手だ。ブリタニアという国そのものを、俺たち二人で制圧する。シュナイゼルはブリタニアには戻らない。クーデターの件を一時保留にし、超合衆国との交渉を継続する傍ら、俺たちを捜索していると見せかけつつカンボジアに逃げる」
「ダモクレスか」
「そうだ。つまり、いつでもペンドラゴンを占拠出来る」
「ギアスさえあれば……」
「ああ。まずはそこからだ」
 ルルーシュは一息ついてから、宙を睨んだ。
「シュナイゼルは、俺がこの先ブリタニアの帝位を狙うだろうと気付いている。俺たちの潜伏先についてもだ。だが……」
「解った上で、泳がせている?」
 打てば響く早さで切り返してくるスザクに向かってルルーシュは頷いてみせた。
 追っ手がかからない理由についてはスザクも察していたのだろう。
「皇帝と反目し合っていたシュナイゼルは、皇帝を破れるとしたら俺しかいないと考えていた。そして、俺が勝つだろうとも。お前を皇帝暗殺に差し向けたのも、奴なんだろ?」
 既に確定している予想ではあるが、更に立証させるべく言質を取ろうと水を向ければ、スザクは俯き加減になりながらも頷いた。
「そうだ。フレイヤの……ナイトオブワンになるための功績を、ギルフォード卿に渡すと。だから、皇帝暗殺は俺から進言した」
 やはりな、と言いながら、ルルーシュが目を細める。
 スザクを煽って皇帝暗殺を進言させたのも、シュナイゼル本人。その場にいたスザクは葱を背負った鴨にさえ見えていたことだろう。
(俺とスザクが接触することでさえ、奴にとっては織り込み済み。俺たちを逃したことも、全て)
 シュナイゼルは、黒の騎士団を追われたルルーシュが神根島に向かうだろうと知った上でスザクを向かわせている。
 手段は違えど、二人が目指す世界は同じ。その二人が、皇帝の死を前に結託することでさえ読んだ上での暗殺命令――。
 言ってみれば、一緒に逃げるであろうスザクは、ルルーシュに対するプレゼントのようなものだ。クーデターを起こした時点で皇帝になる気など更々無く、上手くいけば最善の手を打つことも可能だと考えたのだろう。
 シュナイゼルはスザクの性格や行動の動機、情などについても読んでいる。
 その後も有効活用するつもりではいるが、とりあえず皇帝さえ殺せれば、ルルーシュを駒とした最大の目的は達せられたこととなり、仮に、ルルーシュと接触したスザクがルルーシュを殺すとするなら、それはそれで構わない。
 煮るなり焼くなり好きにすればいいということだ。
(奴にとっては、俺の生死など所詮はゲーム。スザクが俺を殺す確立は限りなく低いと判断し、且つ、俺たちが結託すれば尚良しとし、どちらに転ぶかは高みの見物……)
 とことん人を見下し切った発想だと歯噛みしながら、ルルーシュは忌々しげに吐き捨てた。
「俺たちが生き延びた以上、あいつは俺たちを使う気だ。やりにくいこと承知の上で自分が皇帝になるよりも、悪者に一人出てきてもらって、それを討つ立場になるのが最も望ましい。でないと、ダモクレスによる支配でさえやりづらくなるからな」
「……それは、対抗勢力が出てきてしまうということか?」
 自分もルルーシュと同じく利用されたのだと知ったスザクとて同じ思いなのだろう。スザクは表情を僅かに険しくさせながら尋ねてくる。
「それもある。ついでに、出来ればそれも俺に潰してもらいたいという腹だろう。だが、あいつの本当の目的は、俺と一対一の構図に持ち込むことだ。自分を、世界にとっての正義とするために」
 シュナイゼルは、持ち駒と判じた者を骨の髄まで利用し尽くす。その為だけに、出来るだけ生かして使う方向で物事を考える。
 というより、執着が無いので失ったら失ったで構わないけれども、生きていればその時はその時という手を用意した上で、生かすか殺すか考える。
 ――そして。
(奴は、決して『死に物狂いの手』を打たない人物でもある)
 逃げたルルーシュに帝位を簒奪させ、父殺しの罪を背負わせ、更に、世界の敵として始末する立場になる。
 交渉中と見せかけている間にルルーシュたちが出てくれば、それで全部思惑通りという訳だ。
「本来、交渉には最低数ヶ月くらいは必要になる筈だが、あいつが欲しているのは、一応やるべきことはやったという形式だけだ。正式な手段を経たという体面さえ整えばそれでいいと考えるなら、そこまで時間はかけないだろう。精々、二、三ヶ月くらいが目処といったところか」
「それで出てこなければ……」
「ああ。自分が次の皇帝になればいいというだけの話だ」
 スザクに応えながら、ルルーシュは思った。
 皇帝・騎士という関係が形だけのことならば、シュナイゼルの演じる権威もまた、仮面でしかないのだと。
(ずっと対等でありたいと思い続けてきた。俺も、スザクも)
 ……しかし、それと同時に、心密かに願い続けてきたことがある。
「なあ、スザク」
 砕けた口調で呼びかけてみれば、向けられたのは一対の深緑。
 翡翠のようなその奥にどうしようもないほどの悲しみを湛えながらも、スザクの瞳は相変わらず生真面目そうだった。年月を経て厳しさを増してはいても、意思の強さだけは変わらない。
 肘掛を支えに頬杖をついたルルーシュは、微苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。
「皮肉なものだと思わないか?」
「?」
 意図を量りかねたスザクは怪訝そうにしていたが、すぐに気付いた。
「君が皇帝になるということが?」
「ああ。ブリタニアをずっと否定し続けてきたこの俺が……それに、巡りめぐって俺とお前が皇帝と騎士かと思うと、運命の悪戯にしては少々演出過剰だと思ってな」
 スザクは真顔のまま、
「気が早いよ、ルルーシュ。まだ本当になれた訳じゃない。これからだろ?」
 感慨に浸っている場合か、とでも言いたげなスザクの真面目さが、ルルーシュには妙におかしく思えた。
「いいや、なれる。それにこれは、なれるかなれないかという問題でもないだろう?」
 不可能を可能にする。いや、今までもずっと可能にしてきた。それが、この二人なのだから。
 所詮、形だけのことではあるが、と前置きしてから、ルルーシュが小さく息をつく。
「舵取りは俺がやる。お前は俺の騎士となり、剣となって、一度徹底的に世界を破壊しろ。それが出来るのはお前だけだ」
 ルルーシュはこの時、スザクに対して抱き続けてきた思いについて反芻していた。
 寧ろ、不満と言い換えてもいいかもしれない。再会してからというより、学園内で監視を受けていた頃は特に――。
 そうやって、お前は俺から全てを奪っていくのか。まるで、一本、また一本と、手足をもいでいくように。
 意思など持たぬ人形のように、家畜のように、お前の作り上げた鳥篭の中に居ろというのか。
 守りたい者を守る自由すら認めずに。
 そう思ったことも、あったけれど。
 まだ眉を寄せているスザクの顔を眺めながら、ルルーシュはふと表情を真剣なものへと改めた。
「スザク。お前は英雄になれ」
「―――!」
 ルルーシュが言い渡した瞬間、目を見開いたスザクの顔色がはっきりと変わった。
「……英雄?」
 意味を解しかねたスザクが尋ね返してくるのを横目で捉えながら、ルルーシュが「そうだ」と簡素に答える。
 自分一人が悪となって、平和をもたらす。そう考えていたスザクが望む、『贖罪』とは遥かにかけ離れた言葉。
『英雄』の示す、真の意味とは――。
「俺とお前がこれから演じる皇帝と騎士という役ですら、権威という名の一つの仮面であり、只の通過点に過ぎない。……問題はその後だ」
 硬直したスザクは身を竦ませ、身じろぎもせず台詞の続きを待っている。
 ルルーシュはスザクから目を逸らして先を続けた。
「シュナイゼルも同じように仮面を被り、権威を演じている。だが、奴には自分というものが無い。個としての顔――つまり、自分を持たない者は、仮面を被ることが出来ない。自分を持たざる者、持つことをやめたがる者。それは既に、人ではない」
 ギアスをかけられてしまった者や、ギアスを使う者自身も同様だ。卑劣な力を振るう者は悪魔となり、意思を捻じ曲げられた者たちも例外なく奴隷化し、人間ではなくなってしまう。
「人は死ぬまで『無』にはなれない。その一歩手前にいるのがシュナイゼル……。奴の本質は『空虚』であり、実体の無い『虚無』であるに過ぎない。力を持っただけの、只の幻想。でも、今のお前は『スザク』だろ?」
 本来の自分である『俺』に戻ったスザクにルルーシュが尋ねると、スザクもこくりと頷く。
「今の君は『ルルーシュ』だな」
「ああ」
 共に仮面を脱ぎ捨て、素顔になって向き合う二人がそこに居た。
「だから、世界を統一したのち、お前は『枢木スザク』ではない『ゼロ』となり、この俺を討て」
「――――」
 スザクは一時言葉を失ったものの、『ゼロ・レクイエム』の詳細について端的に言い切ったルルーシュをしんとした眼差しで見つめている。
 やがて瞼を伏せ、重苦しい声で呟いた。
「ゼロ……。『無』という意味か」
「そうだ。元々、ゼロという名前の意味は『無』。存在そのものが只の記号。お前も知っての通り、ゼロの真贋は中身ではなく、行動によってのみ測られる。だからこそ、中にいるのは個人であってはならず、世界にとっての革命の象徴でなければならない」
 少なくとも、新しいゼロは。
「ルルーシュ、俺は――」
 縋るように向けられたスザクの眼差しを振り切り、駄目押しのようにルルーシュは続けた。
「俺を討つと同時に、枢木スザクも死ぬ。この世から消えてなくなる。新たなゼロになるというのは、そういう意味だ」
「…………」
 傲然と告げられたスザクが沈黙する。
 ルルーシュの表情には迷いが無い。スザクが何を訴えたいのかは解っていたが、これはスザクにとっても罰なのだ。
 解放よりも、重い罰を。
 心の奥底で贖罪のための死を求めていたスザクだからこそ、この計画に賛同させ、納得してもらわねばならない。
「世界が『対話』という一つのテーブルに着く為にも、俺を殺す役が必要だ。俺の命を、最大限有効活用する。それしか方法はない」
 死は償いではない。本当の意味での罰にはならないと知っている。
(俺に明日を迎える理由は、もう無い。この俺の命ひとつ程度で全てを贖えるとも思わない。しかし、全てを失い、自身の価値を獲得する術ですら失ったこの命だからこそ、世界の礎になることが俺の罰。唯一の、償いとなる)
 ルルーシュは心の中で呟いた。今だけは悟られぬように、ひっそりと。
(解るか? スザク。ゼロとなって俺を討てば、お前はまた、俺を殺した罪を背負ったつもりになるかもしれない。でも、これは決してそういう意味ではないんだよ)
 ――新たなるゼロは『人殺し』であってはならない。
(ゼロ……あれは、仮面によってしか被れない仮面だ。生きて償う『僕』としてのお前にしか……)
『俺』としてのスザクが死に、『僕』という仮面だけを『ゼロ』として残す。
 その意味に、スザクは多分、すぐに気付くだろう。
 ルルーシュは沈黙し続けるスザクを平然と見返しながら、落ち着き払った声音で話した。
「俺のギアスによって意思を捻じ曲げられたお前だからこそ、担える役割だ。ゼロとなったお前は、世界を救った英雄として、その後も世界平和に貢献するべく仮面を被り続ける。それが、お前の償いだ」
 ルルーシュ自身が「生きろ」と願った、唯一の存在であるからこそ。
 そんな心の声が伝わったのだろうか。ルルーシュから目を逸らして沈鬱そうに黙り込んでいたスザクが、その時おもむろに口を開いた。
「『一度抜いた刃は、血を見るまで鞘には納まらない』――これは八年前、父を殺した俺に、桐原さんが言った言葉だ」
 スザクはぽつり、ぽつりと、一言づつ区切りながら語り出した。
 父殺しの件について話す度に震えていたスザクは、もう、そこには居ない。
 しかし、抑揚に欠け、感情そのものでさえ欠落している虚ろな声は、八年ぶりの再会を果たした頃からルルーシュが聞き続けてきたものと全く同じだった。
 今のスザクは、C.C.と会話していた時のルルーシュ同様、憔悴し、酷く乾き切っている。
 決定的に異なる部分を一箇所だけ挙げるとすれば、スザクが感じているのはルルーシュが抱く悲壮の果ての受容などではなく、今も冷めやらぬまま抑圧され続けている激しい怒りである点だ。
 理性と感情が鬩ぎ合い、プラスマイナスゼロの平行線を描く時、スザクの表情はいつも凪になる。
 今も、怒りは全て自身の内側へと向けられているのだろう。強烈な自身への憎悪ですら押さえ込むほどの精神力とは如何ほどのものなのかとルルーシュは思った。
「俺自身が、どこで自分の刃を納めるか。何を選ぶか。今流した血に、そして、これからも流し続ける血に対して、いかにして責を贖うか。……それが出来ないというのなら、この場で己の命を断て、と」
「…………」
 凍て付いた無表情になったスザクを、ルルーシュは無言で見つめていた。
 当時、弱冠十歳の子供でしかなかったスザクに叩き付けるには、あまりにも苛烈で残酷な言葉だ。
 自らの死を償いと考えるようになった、スザクの原点。まだ形成途中にあった人格の根幹でさえも揺るがすほどの、凄まじい衝撃。
『八年前に、引き離されたりしなければ良かったんだ』
 そう言っていたC.C.の言葉が、ルルーシュの脳裏を過ぎっていった。
(お前のその苦しみも、これで終わらせることが出来る。お前自身が望み続けていた償いの道。真の救済でもある『ゼロ・レクイエム』によって)
 果てぬ悲劇と後悔の連鎖。それら全てを断ち切り、許し合う為に。
 血に汚れた剣でさえ、正義を行う者が使えば生かされたのだろう。
(その存在ですら、スザクから奪ったのは俺だ)
 スザクが抜いた刃の、行き着く先。
 自身さえもが『刃』となった、『俺』としてのスザクが殺す、最後の――。
「抜き身の剣には鞘が必要だ。スザク」
「――!」
 その言葉を聞くと同時に、スザクはぱっと見では解らない程度にピクリと肩を震わせ、そのまま低く項垂れた。
(撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ)
 だから――。
「悪の皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、お前の行き着くべき鞘になる。この俺が、『枢木スザク』としてのお前が流す最後の血となるんだ」
「…………」
「この意味は、解るな?」
 スザクは顔を伏せたまま動かない。
 くせのある柔らかそうな前髪の下から、強張った口元が覗いている。表情こそ窺い知れないものの、僅かに見え隠れするスザクの顔色は紙のように白かった。
 スザクはゼロにならねばならない。ルルーシュが悪を為し、討たれねばならぬのと同じように。
 ゼロは、平和の象徴。英雄。
 ……ならば、スザクが新たなるゼロとなる前に、為すべきことは――。
 二人の思考が重なった。
 俯いていたスザクが顔を上げ、決然とした口調で呟く。
「君を殺すと同時に『俺』も死ぬ。君と共に、世界の礎に」
「そうだ」
「そして『無』となり、『ゼロ』になる」
「ああ……。人々が明日を迎えるために」
 そして何より、進み続ける時の針を、止めないために。
 通奏低音のように、今、二人の間でレクイエムが鳴り響き始める。
 ルルーシュという名の鞘に、自身が刃となったスザク――『俺』を納める。
 終わらせる。
 それこそが、『俺』としての『枢木スザク』を殺すということ……。
 ルルーシュが決意を促すようにスザクを見遣れば、真摯な視線が返された。
 スザクが被り続けてきた『僕』という仮面の、本当の名前。――それは『贖罪』であり、『優しさ』だ。
 正に、世界を救済する、新たなゼロとしては相応しい。
「出来るか、スザク」
 語り終えたルルーシュが尋ねると、スザクは少しだけルルーシュを見つめてから、頷いた。
 暫し間が空き、スザクの肩が次第に力無く落ちてゆく。
 視線が下がり、頭も徐々に下げられ、両膝の上で固められていた拳には力がこもり――そして、時折小さく震えているさまを、ルルーシュはじっと見つめていた。
 ……やがて、スザクはゆっくりと顔を上げ、ルルーシュを見る。
(『甘えるな』)
 唐突に、一年前の記憶が蘇った。
 向けられた拳銃と共に、突き付けられた言葉を思い出す。
(スザク)
 尊いものを喪失したが故に罅割れ、壊された仮面。
 抱えねばならなくなった、心の欠落。
(そんな顔をするな、スザク)
 深い、あまりにも深いかなしみ。
 負担ばかりを強いたがために、ぼろぼろにしてしまった。
 ――この自分、ルルーシュが。
(俺は、)
 まるで、打ち捨てられた子犬のような。……泣き出す寸前の、子供のような。
(俺はもう、お前には甘えない)
 正面から向き直ってきたスザクの顔は、ルルーシュがゼロだと知った時――嘗てブラックリベリオンで撃ち合った時、割れた仮面の中からルルーシュの素顔が顕になった瞬間の表情と同じだった。
 流れる沈黙の音。完全なる無音。
 ルルーシュの鼓膜がきん、と耳障りな音を立てる。
 一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる静寂が二人を包み込み、スザクとルルーシュはその間、お互い無言で見つめ合っていた。
 暫くしてから、スザクがようやく口を開く。
「覚悟は出来てたよ。――でも」
「…………」
「俺には君しかいない」
 スザクの瞳が訴えていた。
 その君が、また俺から君を奪うのか、と。
「八年前も、一年前も、君はちっとも守らせてくれなかった。それが『僕』の存在意義だったのに、拒むばかりで、強がるばかりで、全然大人しくしていてくれなかった。君は王様なんだから、戦うことなんかせずに守られていれば良かったのに。もう、誰一人失いたくなかったから戦ってきたのに。その為に、軍にも入ったのに」
「…………」
「それなのに、俺はとうとう、君まで喪わなければならなくなったのか」
「…………」
「ルルーシュ」
「……うん?」
「……君のせいだ」
 一言紡ぐ間でさえ、瞬き一つしようとしなかったスザクの顔が、不意にくしゃりと歪んだ。
 みるみるうちに大粒の涙が瞳に溜まり、頬に幾筋もの軌跡を描いていく。
(スザク)
 さめざめと涙を流すスザクの顔を、ルルーシュは無表情で見つめていた。
 ただ、ほんの微かに眉が寄る。
(泣くな。スザク)
 スザクがこんな風に泣くのを見るのは、ブラックリベリオンの時以来だ。
 憎しみの影に隠して、今まで凍り付かせていたのだろう。スザクの内側でずっと押し殺され続けてきた感情が、堰を切って一気に溢れ出しているのが解った。
 何年分の重みなのだろう。
 何年分の想いなのだろう。この涙は。
 それはきっと、八年分だけでは到底足りないほどの、もっと大きな――。
 昂ぶる感情ごと、スザクは涙でさえも、漏れる嗚咽と共に飲み込んでしまうつもりなのだろう。唇を真一文字に引き結んだスザクが息を詰まらせている。
 ぐっと、喉の奥が鳴る音が部屋に響いた。
「君は勝手だよ。酷すぎる。とことん俺を裏切って、傷付けて、怒らせて、憎ませてばかりで……。償いなんか、させたくなかった。それは『僕』の十字架だった。俺が、やるべきことだったんだ。それだけは――」
 肩を大きく震わせながら、顔を伏せたスザクが慟哭する。
 きつく握り締められて皺の寄ったズボンの上に、ぽとり、ぽとりと雫が滴り、重なり合った小さな丸い円は、やがて膝を覆う布地の面をワントーン濃い色へと変えていった。
 力任せに自分の膝を掴んでいるスザクの手元を見つめながら、ルルーシュはスザクの言葉に黙って耳を傾けていた。……涙の、零れ落ちる音にさえも。
 返す言葉などある筈も無い。全て解っていたことだ。
 顎を引いたルルーシュは肘掛に乗せていた両腕を胸の前で組んでから、気だるく二、三度ほど瞬いた。
 長く繊細な睫の先が、白磁の如く滑らかな頬にうっすらと影を落としている。
 フラッシュバックしたのは、いつかスザクに屋上で言われた台詞だった。
『僕を安心させるなんて、君には一生かかったって無理だ』
 内心そうかもしれないと思いながらも、ルルーシュの表情は終ぞ動かない。心は驚くほど平坦で、夜明け前の海のように静まり返っている。
 それは、己の進むべき道を定めたルルーシュ自身の決意に、全くぶれが無い証拠でもあった。
 ――あるいは、一ヶ月ほど前のルルーシュであれば、自問の一つくらいはしたのかもしれない。
 けれど、後悔など所詮は自己憐憫に浸るための手段。取り戻せない過去を惜しんでは嘆き、過ちを悔いては立ち止まってみたところで、結局たどり着く答えなどいつもと変わりはしないのだ。
(今まで、幾度も繰り返してきたことだ)
 ルルーシュは既に熟知していた。有り得ないifについて考え、捕らわれ続けることの無意味さを。
 一人きりになってしまった三人のうちの二人は、これから悪を為して互いに悲しく笑い合い、いずれこの世から去りゆく運命。
 最後の一人を、永遠という地獄に置き去りにして。
 例え、世界中の生きとし生ける者全てに謗られ、口さがなく罵られようとも、この生き様を愚かだと笑っていいのはルルーシュだけだ。
 だから「無為だ」と叫ぶ代わりにルルーシュが閉じた口の中で転がしたのは、仁義王道について説いた、ある思想家の言葉だった。
(善を責むるは朋友の道なり、か……)
『善の道を行うよう勧めるのは、友人としての大切な務めである』という故事。
『王道』とは、有徳の君主が仁義に基づいて国を治めるさま。……だが、その対義語は『覇道』。武力や権謀をもって人々を支配すること。
 これから、ルルーシュがやろうとしていることだ。
(スザク……。お前は、俺の全てを知る朋だ)
『朋友』とは、自分のことをよく知ってくれている友人のこと。――生涯、枢木スザク、只一人。
(過去はもう、変えられないから)
 胸の奥で一言言い置いてから、ルルーシュは切り出した。
「謝らないぞ。俺は」
 王様から動かないと、部下が付いて来ないだろ? と、今まで何度も口にしてきた台詞を持ち出したルルーシュが滔々と嘯く。
 これぞ、諧謔の極みだとさえ思いながら。
「スザク。お前の背負う十字架を、全て俺に寄越せ」
 途端、ねめつけるような角度で見上げてきたスザクは、閉じ込めた想いの全てを堪えた厳しい表情で言った。
「それが君の望みだっていうのか」
「そうだ」
 さらりと肯定してみせるルルーシュに対しても、スザクの顔つきは変わらない。
(もう気付いてるんだろ? お前も)
 ――これが、罪と罰の確認なのだと。
「俺たちには退路など既に無いんだよ、スザク。それに、お前の十字架の一部は、元々俺のものだろう?」
「違う」
「違わない」
 わからない奴だなと思いながら、目を閉じたルルーシュは緩く首を振った。
 スザクは相変わらず、頑なすぎるほどに頑固で強情だ。
 ルルーシュは目を閉じたまま、
「俺は、自ら世界を欲して盤上に上がった。だから、ギアスを手に入れ、反逆を始めた時から、いずれこうなることは決まっていたんだ。お前も言っただろ。『こうなってしまった以上、全ての責任はとってもらう。償ってもらう』と……。俺は、生まれた時からずっと死んでいた。生きてるって嘘を吐いて……。経歴も、名前も、全てが嘘。偽りだらけの世界で、諦めの中で、ただ死んだように生きているだけだった。だから、このまま何も為さずに撃たれて死ぬのを待つか、それとも、喪われた命に報いるためにも、この俺自身の命に価値を与えることを選ぶか。それを決めるのが、俺の最後の仕事だ」
 言い切った後、けぶるような睫に縁取られた瞳を緩やかに開いたルルーシュが、「そうだろう?」と首を傾げてみせながらスザクに問いかけた。
 スザクの返事を待たずに、ルルーシュは話し続ける。
「それこそが、今の俺に許される、たった一つの選択だ。そして、俺はこの道を選ぶ。その決意は変わらない。たとえ、引き止めてくる相手がスザク……お前であってもだ」
 ありったけの静けさを侍らせて、ルルーシュは穏やかに語りかけた。
 寂しげに細められたスザクの瞳が凪いでいく。
 儚げでありながらも、力強い意思の秘められたルルーシュの表情は、何故かこの上なく安らかだった。
「昔のお前に泣き落としが通じなかったのと同じ理由だよ。そう言えば解るだろ?」
 ――今の俺の気持ちも、今の俺の想いですらも、全て。
 殊更優しい声音を選ぶのも、本当は卑怯なのだろう。スザクには、こんな風に口に出さない心の声ですら筒抜けなのだろうかと思いながら、ルルーシュは窓辺の方へと顔を背けた。
「泣き落とそうとしたことなんか、無かったくせに」
 即座に反論され、ルルーシュは「そうだな」と答えながら淡く微笑む。
 嘘泣きの一つさえ満足に出来やしなかった。
 ……本当は、いつだって泣いてしまいたかったのかもしれないけれど。
「ゼロ・レクイエムは、俺たちが互いを許し合う為の儀式でもある」
 と、スザクに話しかけながら、ルルーシュはぼんやり窓の外を眺めていた。
 エリア11。スザクの故郷。日本は、今頃どんな天気なのだろうか。
 川の向こう側に広がる遠景からガラスに映った自分の顔へと視点を移し変えたルルーシュは、つらつらと詮無きことを考えた。
 鈴の音にも似て、いつも凛としていた優しいナナリーの声。
 目を閉じるだけで蘇る。可憐な容姿も、愛らしい笑顔も……。
 思い出すなり見事に曇った自分の顔から視線を逸らしたルルーシュは、ベッドに座るスザクの方へと、もう一度振り返った。
「俺たちの因縁に対するけじめ。そして、犯してきた全ての罪に対する決着でもある。お前だって解ってる筈だろう。この、けじめという言葉の意味が」
 誰あろう、黄昏の間で、スザク自身が口にした言葉なのだから。
 背を屈めてベッドに座っているスザクもそれに気付いたのだろう。膝の間に垂らされた腕がぎこちなく動き、ルルーシュにちらりと視線を送ってくる。
(なんて顔してるんだ。お前は)
 スザクの顔は、暗いとも静かとも寂しいとも言い表し難い複雑な表情だった。――まるで、半分死んだかのような。
 尤も、この先を思えば無理からぬことではある。自分の一部――それが半分なのかそれ以上なのかは確かめようが無かったとしても――本当に、逝くことになるのだから。
(人一人殺すのに、銃など不要だ)
 無論、刃物も。
 スザクから目を逸らしたルルーシュは思った。
 本当に厄介な人の死に方というのは、心の死のことを指しているのかもしれないと。
 これから先も続く、スザクの地獄。その身に肉体の死が訪れるまで。
(だからこその償いだ)
 ……ゼロの仮面はきっと、このスザクの顔を上手く覆い隠してくれることだろう。
「死なない積み重ねを生きるとは言わない。それは、只の経験だ。だからこそ、俺が生きたと証明するために、何より、犠牲になってきた大勢の命にも生まれてきた意味があったのだと証明するために、俺はこの計画を実行すると心に決めたんだ」
 既にとどめは刺した。あとは仕上げだけだ。
 そう言わんばかりにルルーシュは告げた。
 思えば、ずいぶん逆説的な発想になったものだ。存在価値、存在意義。口にするとあまりにも陳腐で笑えてさえくる。
 だが、それでもルルーシュにとっては必要だった。生きるための理由が。
 もっとも、その理由を見出す術ですら完全に喪失したからこそ、自らの死によって己の生きた証を創り出す他なくなった訳だが。
(同病相哀れむという訳ではないが……まさしくおあつらえ向きというやつだな。俺たち二人、いや、三人には)
 同じ境地に立つスザクに、この心理を理解出来ない訳がない。
 ルルーシュがそう思ってスザクを見れば、
「君は相変わらず、口が上手い」
 今までずっと沈黙し続けていたスザクが、諦めたようにふっと笑いながら呟いた。
 それは笑いではなく、嘆息であったのかもしれない。漏らされた吐息とは裏腹に、スザクには表情が無かった。
 ルルーシュが「そうだな」と返せば、そこにスザクの平坦な声が重なってくる。
「実際に口にした言葉を逆手に取れば、俺が何も言えなくなるってことを知ってるんだろう」
「ああ。その通りだ」
「……そういうの、何ていうか知ってるか?」
「何ていうんだ?」
「『人の褌で相撲を取る』っていうんだよ」
 ぶっきらぼうな口調ながらも、スザクの声は柔らかかった。
(言ってくれるじゃないか)
 思わず「酷いな」と呟きながら、ルルーシュも肩を揺らしてふっと笑った。
「俺は、世界を壊し、世界を創る男だ。だから、壊す覚悟が必要だ。――世界だけではなく、自分自身ですらも」
「君は相変わらず尊大だ」
「そうか?」
「そうだよ」
 スザクはやはり理解している。ルルーシュは確信しながら満足げな笑みを口元に乗せた。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという存在を創り上げ、完成させるためにも……。とはいえ、当然、この目的は今のルルーシュにとって最優先事項にはなり得ない。
 しかし、全ての条件をクリア出来る手があるというのなら、その手を打つのは必定。そして、計画は完璧であるに越したことはないというのも、また必定なのだ。
(悪魔とは本来、欲深いものだ)
 C.C.にも言ったことのある台詞だと、頭に浮かべてから思い出す。
 ルルーシュは「いや」と独白し、首を振ってから、
「生きる理由を失った者だからこそ、壊すことによって価値を生み出すことが新たなる創造に繋がる」
「……それは、世界のために?」
「そうだ」
 振り返ってスザクを見てみれば、既に涙は止まっていても、まだ少し睫が濡れていた。
「スザク」
 ルルーシュは足を組み替えてから、軽く吐息した。
「お前には俺と同じく、地獄への道行きに来てもらう。世界の敵となり、憎悪を一身に背負う悪となって……。俺たち二人が力を合わせて出来なかったことなど、何も無いだろう?――だから、もう一度だけ、この俺に力を貸してくれ」
 ルルーシュは決めた。
 ――スザクにはもう、何一つとして背負わせはしない。
(お前の罪は、全てこの俺が持って逝く)
『俺』としての『枢木スザク』ごと、人殺しとしての業ですら、全て。
 ルルーシュは椅子の背に凭れ掛かったまま、ゆるりと瞼を閉じた。
「……恐らく、これが俺からお前への、最後の頼みとなるだろう」
 すると、それまで一切口を挟まずにルルーシュの言葉を聞いていたスザクは、聞き終えた刹那、明瞭でありながらも辛うじて聞き取れる程度の小さな声で「引き受けた」と口にしてから、静かにベッドを立った。
 歩み寄ってきたスザクをルルーシュが見上げれば、目の前にすっと右手が伸びてくる。
「握手だ。ルルーシュ」
「共犯者としての?」
「そうだよ」
 ルルーシュも椅子から立ち上がり、差し出されたスザクの手に自分の掌を重ねた。
「約束だ」
「ああ」
「今度こそ、破るな」
「……勿論だ」
 これが、最後の我侭だ。
 そう思って触れ合ったスザクの手は、相変わらず体温が高くて節くれだっている。緩く握ってみれば、より強い力でぎゅっと握り返された。
 ルルーシュは、スザクと手を重ね合わせながら安堵した。
 ――これでようやく、スザクと嘘を吐かずに向き合える。傷付けなくて済むようになる、と。
 ルルーシュは、心の中でスザクに語りかける。……決して、応えは返らないと知りながら。

 ……なあ、スザク。
 愛も世界の真実であるならば、それもまた、無慈悲で残酷で、理不尽な側面を持っているのかもしれないな。
 好きで、欲しくて。
 どうしても手に入れたくて堪らなかった。――いつだって。

 そう。
 愛とは、どこまでも利己的で、勝手なものだ。


 ――お前の、俺への愛がそうであったのと同じように。

オセロ 第27話(スザルル)

27

 イラク・バクダード。
 ホテルのフロントにギアスをかけて二部屋確保したルルーシュは、C.C.と共に部屋の中にいた。
 黄昏の間を出る時、その場に剣を置いてきたスザクは別室だ。冷却期間として気持ちを整理する時間も必要だろうと判じた為の処置だった。
「今日で三日か。こんな街のど真ん中にあるホテルで……。そろそろ、別の場所に移動した方がいいんじゃないのか?」
 椅子に腰掛けて窓辺から街を二分する川を眺めていたルルーシュへと、テーブルの上に置かれたデーツを物珍しげに摘んでいるC.C.が問いかけた。
「木を隠すなら森というだろう? 追われていることは事実だが、少なくとも今のあいつらにとっては、俺を追いかけることが至上命題にはならない。それより先に、やることがあるだろうからな」
 片手間のように追われたところで見つけられない。
 ルルーシュは続けてそう呟いた。
「だからといって、ここまで追ってこないという保障も無いだろう」
 C.C.は腹でも空かせているのか、干したナツメヤシの実を口に運びながら「甘い」と顔を顰めている。
 腕組みしたまま優雅に足を組んでいたルルーシュは、C.C.に「いや」と返しつつ、この先に成すべきことへと思考を傾けていた。
 進む道はもう決まっている。しかし、先々に必要となるであろう駒をどう扱うべきか。そして、どう動くか。それが問題だ。
 その為にも、まずは敵となる者の心理を読み、今後の動向を把握しておくことが先決だった。
「追われているかどうかという観点で考えることじゃないんだよ。この場合は……」
 思索に耽りながら、ルルーシュが心ここに在らずといった表情で呟く。
 問題は、シュナイゼルに本気で次期皇帝になる気があるかどうかということ。
 これについては、移動中からずっと考えていた。そもそも、本気で捕まえる気があるのかどうかさえ定かではない。
 ――勿論、ルルーシュの読み筋が正しければの話だが。
「俺たちを捕まえたい二国にとって打てる手は、ギアス対策を施した上で、自分たちの直属にいる部下たちを動員して探し出すことだけだ。あくまでも事情を知っている上層部のみで片付けようとするだろう」
 C.C.は「それでも充分まずい状況じゃないか」と返してくるが、対するルルーシュはというと、ごく平然としていた。
 ブリタニアは勿論のこと、超合衆国、及び黒の騎士団側も、ルルーシュが皇帝を殺しに行ったことを知っている。
 神根島へとやってきた時も、ゼロの戦死を公的に発表している以上、何としても見つけ出して始末しなければならないと思っていた筈だ。
 何故なら、皇帝殺しがルルーシュ――ゼロであったとなれば、今後の交渉において、また新たな問題ともなりかねないのだから。
 しかし、皇帝が実際に殺され、ゼロ――ルルーシュも始末し損ねた以上、超合衆国側は皇帝殺しが自分たちの責となることをも回避せねばならない。であれば、ルルーシュがブリタニアの皇子であった事実を逆手に取り、処遇をどうするべきかブリタニア側へと判断を委ねる形を取る――つまり、生きたまま捕らえた上で、交渉材料としてブリタニアに引き渡すという手もあるのだ。
 ならば、現状で取れる手は、捜索しつつの静観。星刻、カグヤ、藤堂辺りならそうするだろう。それに……。
(シュナイゼルは、クーデターの件については厳重に緘口令を敷いている筈だ。そして、ギアスについての詳細も明かさない)
 自分たちも自国の皇帝を殺そうとしていたと知られてしまえば、責任の追及は難しくなり、混乱は必至。当然、言う筈が無い。
 あの時、神根島ではルルーシュのギアスにより同士討ちが発生し、大混乱中だった。
 この連絡は交渉中に入ったものと思われるが、しかし、シュナイゼルも同時にクーデター中。その場に全員が居合わせると、既にギアス済みと知られているスザクが何故加担しているのかということになってくる。
 これが明るみに出ないようにする為には、その場に待機しつつ遺跡に向かわせないよう操作するしかない。
 ルルーシュは思った。皇帝の元にスザクを向かわせたということは、シュナイゼルは皇帝が既に不死であったことを知らなかったのだろうか?
(となれば、倒せるのは俺だけ――いや、違うな)
 シュナイゼルが島へとやってきた本当の目的はゼロの討伐ではない。まず、クーデターの件について他国に知られるのを防ぐこと。
 ――だが。
 決してそれだけが目的ではないと、ルルーシュは敢えて断定する。
(あいつは元々、もっと別の思惑に基づいて行動している。ここに移ってからもう三日。様子見はこれくらいで充分だろう。大方この予想で正解だ)
 ルルーシュはすい、と目を細めてから、おもむろに口を開いた。
「まず、ギアスの件がどこまで漏れているか。これは不確定要素の一つでもあるが、あいつはこの先の交渉時においても、俺がギアスを使えることまでしか明かさない筈だ。お前が不老不死のコード所有者であることや嚮団のこと、皇帝でさえギアスに関わっていたことなどを知られてしまえば、ブリタニアそのものに対する糾弾にも繋がりかねないからな。全国各地に遺跡があり、そこを通して移動出来るということも、当然話さないだろう。……となれば、俺たちが逃げた場所に気付けるのは、たった一人。シュナイゼルだけだ」
 打倒ブリタニアを掲げていたゼロが皇帝シャルルを討ち、自ら作り上げた国と軍隊からも見放された今、一見ゼロにとっての目標は完遂され、この先に成せることなど何も無いように見える。
 そもそも、全てを失ったゼロには反逆を可能とするだけの要素が無い。――その目に宿したギアス以外は。
 シュナイゼルはルルーシュたちの逃亡先を察知し、今後の動きに対する予想も出来ている筈。
 にも関わらず、三日経っても包囲網さえ敷いてこない事実――。
「俺本人の罪状を捏造し、俺の素顔を一般に広く公開して情報提供を呼びかけるという手も無くはないが、ギアスの件もある。特別有効な手段とは言いがたい。今でこそ一国に認められた傭兵部隊となった黒の騎士団とて、元は単なるテロリスト集団。組織における逃亡者を指名手配するというのもおかしいだろう? 仮に、通常の犯罪を引き起こした者として手配するにしても、優先順位は低くなる。奴らなら、そんな意味の無い手など打たないさ。血眼になって探すより、俺を挑発出来る機会でも作って、出てきたところを叩く方がよっぽど早い」
 ルルーシュは、自分で言いながら目を伏せた。
 口ごもったルルーシュに代わって、C.C.が先を引き継ぐ。
「だが、お前をおびき寄せるだけの有効なカードが無い」
「そういう事だ。今のところは……」
 捕まえられる可能性が低いとなれば、ルルーシュの出方を伺うしかない。
 更に、ナナリーですらもう居ないため、人質を取る手も使えないという訳だ。
 唯一人質として使える可能性のあったC.C.はルルーシュと共に逃亡中。スザクはシュナイゼルから皇帝暗殺を命じられただけの行方不明者扱い。
 当然探されてはいるだろうが、ブリタニアに反逆したと断定されているかどうかはまだ不明だった。
(スザクが俺たちと一緒に逃げることなど、奴ならば当然察しているだろうが……。しかし、もし最初から、あわよくばと計算に入れていたのだとしたら……)
 シュナイゼルの思惑。
 その全容が見えてくるに従って、ルルーシュは戦慄にも似た思いが駆け抜けていくのを感じていた。
(チェスと同様、一手につき数駒取れる手を打つのは戦略における基本ではある。だが――)
 悪魔に悪魔と呼ばれる者がこの世にたった一人だけ居るとしたら、それはあの男を置いて他にはいない。
「いずれにせよ、超合衆国との停戦交渉が先だよ。元々、神根島に向かうまではその途中だっただろう。黒の騎士団との条約が一時的に締結されたとはいえ、実際、終戦にまで持ち込む為には……。ブリタニアの皇帝が不在の今、シュナイゼルも下手には動かない。一度皇帝に反旗を翻したとはいえ、戦争を終結させて新しい皇帝となるには、あいつは敵国の人間を殺しすぎているからな」
 ルルーシュは、視線を窓外からC.C.へと移しながら「それに」と続けた。
「今あいつが皇帝になれば、形はどうあれ、奴自身が父殺しの汚名を被ることにもなる……」
 仮に皇帝の病死を発表したとしても、皇帝の責務放棄を理由にクーデターを起こした事実は、他の皇族たちにもすぐに知れ渡ることとなる。
 加えて皇帝直属のラウンズたちは、ほぼ全員がシャルル側。
 つまり、その後の関係構築が困難なのだ。
 シュナイゼルはトウキョウ決戦を読んでいた。それというのも、ルルーシュが政庁目指してナナリーを取り戻しに来ると踏んだからだろう。
 スザクにフレイヤを撃たせ、黒の騎士団を使ってルルーシュを排斥し、更に皇帝の暗殺に走らせ、決して自らの手を直接汚そうとはしないシュナイゼルが、この段階で自ら帝位に就こうとするとは考えにくい。
(それは奴にとって最善の手ではない。とはいえ、ブリタニア国内に、奴の能力に匹敵するだけの有力な対抗馬は居ない)
 C.C.と話しながら、ルルーシュはシュナイゼルの思考をトレースし続けていた。
 これらもまた、予想を確定する事実のうちの一つだ。
 超合衆国連合と交渉中であったとしても、シュナイゼルは恐らく、ダモクレス計画を進める方に重点を置こうとするだろう。
 C.C.は食べ終わった指先をぺろりと舐めてから「それでもだ」と口にした。
「お前は次期皇帝になるつもりでいるんだろう? だったら、あの男に帝位を奪われたとしたら、その先厄介なことになるんじゃないのか?」
「いや、おそらくそうはならない。少なくとも、すぐには」
 物憂げな表情で思案していたルルーシュは、思考の狭間で独白した。
「交渉がそう易々と運ばないということは、奴も重々承知している。今もって領土の拡大を望むなら、星刻辺りは、絶対に首を縦には振らないだろうからな。だったら、わざと交渉決裂に追い込んで、フレイヤを超合衆国に一発撃ち込めば済む話だ」
 交渉などしなくとも、有効かつ手っ取り早い手段はある。あの男、シュナイゼルにとっての、元々の目的を考えれば……。
(だが、あいつはそうしない)
 面倒だと知りながら直接的な手を下さずにいるのも、つまりは大義名分の問題。
 どのみち、いずれは戦争を止めない全国各地に打ち込むつもりだろうが、いきなりフレイヤを使う訳にもいかないということか。
 だとしたら――。
(やはり誘われている。表舞台に出て来いと)
 ルルーシュがそれだけは確かだと結論づけるまでに、然程、時間はかからなかった。
(奴らが本気を出せば、俺たちを見つけられないまま終わるということは絶対に有り得ない。だが、俺がこのまま身を潜め続けていれば、あいつは皇帝にならざるを得なくなる、か……)
 充分な猶予があるとは決して言いがたいが、どうやら考える時間は予想よりも多く残されているらしい。
(奴が動くとしたら、俺が皇帝になった後。ダモクレス要塞の最終ロールアウトが済んでからだ)
 それも、おざなりな捜査によってルルーシュたちが捕まり、シュナイゼル自身が皇帝にならざるを得なくなった場合はということ……。
 ルルーシュが丁度そこまで考え終えた時、手持ち無沙汰になったらしいC.C.がベッドに横たわってから尋ねてきた。
「それはそうと、ルルーシュ。お前、本当にいいのか?」
「何がだ」
「スザクのことだ。あいつは、お前に言い訳されることを望んでいるんじゃないのか?」
「――――」
 突然スザクの名を出され、ルルーシュは一瞬、自失した。
 これから皇帝になる道を選ぶということは、当然、騎士となる者が必要になるということ。――しかし。
「事実に補足が必要か? それは只の蛇足だろう」
 ルルーシュは強張りかけた顔を取り繕いながら、敢えて無関心そうに答えた。
 隣室にいるスザクとは、丸三日、顔さえまともに合わせていない。
 C.C.はルルーシュへと向けていた背を起こし、ベッドの縁に腰掛けてから向き直ってくる。たった一つだけ、クラブハウスに居た頃から、決して手放そうとしなかったぬいぐるみをその腕に抱えて。
「言い訳というのは自分の為ではなく、相手の為に必要な場合もあるだろう? それとも、言い訳されない人間がどう苦しむのか見たいのか? それなら別に、止めはしないが」
「…………」
 ルルーシュは皮肉を交えたC.C.の台詞に眉を顰めた。
『シナリオが必要だ』
 スザクにそう言った後、必要最低限の情報については既に説明してある。
 シュナイゼルの目的を知り、Cの世界で得た答え――人々が明日を望んでいることについても知ったスザクは、単にエリア11を間接統治する道へのみ進むだけでは済まないことをも理解した筈だ。
 スザクもまた、世界の明日を背負ってしまった。
 そして、今のルルーシュは『俺』から『僕』へと変貌せざるを得なかったスザクと、同じ道を辿っている。
 そのルルーシュが求める結果の為にどんな道を選択し、どういった結論を出そうとするのかは、スザク本人が一番よく解っていることだろう。
 ユーフェミアに許されることによって生きてこられたスザクだが、ルルーシュにはギアスがある。
 移動の間も、スザクはほとんど無言だった。今後のことについて話し合えるようになるまで――ルルーシュの読み筋(シナリオ)が完成するまでは、別段、話すことも無い。それもまた、部屋を分けようと判断した理由でもあった。
 スザクは今、何を想っているのか。
 ここへ来て以降、ずっと一人きりで部屋に閉じこもったままだ。
「あいつはもう、俺に言い訳されることなど望まない。俺がスザクにとっての贖罪の道を絶ったことは、紛れも無い事実だ」
 同じことを何度も言わせるなと思いながら、ルルーシュは渋々口を開いた。
「でも、スザクだって気付いている筈だ。お前なら、もっと別の手段を講じることも出来た筈だと。あいつが聞きたがっているのは、信じたがっているのは、実際殺すという行為に及ぶまでのお前自身の気持ちについてであり、悪意や殺意の有無なのだろう? スザクはお前が嘘をついたと言っていたが、あの皇女の件に関してだけは、故意ではなかったとは解らない筈だ。ギアスが暴走したことだけでも、何故伝えてやらない?」
「…………」
 ルルーシュは沈黙した。
 真実を知っても苦しむ。知らされなければもっと苦しむ。
 そんなことは、わざわざ言われずともルルーシュにだって解っていた。ルルーシュにとってもそうであったように、真実など、人を傷付けるものでしかないのだから。
 好きで殺した訳ではないことくらいスザクとて察しているだろう。それも解っていながら、ルルーシュはやはり、C.C.の言い分に耳を貸そうとは思わなかった。
 大体、故意であるのとないのとでは、スザクにとって、どちらがより残酷だというのだろうか。
「具体的に命令しなければ、ギアスにはかからない」
 日本人を殺せ。
 明確な言葉で、はっきりと口にしない限りは。
「だから、」
 咎めるような口調で食い下がってくるC.C.を、ルルーシュは無表情で一瞥する。
「お前も知っている筈だろう、C.C.。ユフィを殺した俺が、その後何をしたのか……」
 ユフィの死を、徹底的に利用した。
 その事実がある限り、抗弁の余地などない。どころか、どんな言い訳をしようが所詮は無意味だった。
 ルルーシュは弁解しない理由を端的に説明したものの、C.C.は沈痛な面持ちに非難の色を浮かべて尚も言い募ってくる。
「お前の被虐趣味に付き合わされるあいつの身にもなってみろ。罰を受けるつもりでいるのだとしたら、それこそ欺瞞に過ぎないぞ。お前にとって、唯一残されたあいつの苦しみを見ることこそが――」
「C.C.」
 ルルーシュは続きを聞く気はないとでも言いたげに、台詞の先を遮った。
「あいつのことが気に入ったのなら、本人に直接言ってやれ」
 不敵な笑みを浮かべてみせながら、ルルーシュは「好みじゃないと言っていたくせに」と続ける。
 しかし、そんなルルーシュの台詞をどう受け取ったのか、あるいは只の強がりだと思ったのだろうか。C.C.はただ、何かを訴えるように、もどかしげな眼差しを向けてくるだけだ。
「私は……お前の為に言っている」
「俺の為? お前が?」
 笑みを下げたルルーシュに切り返された途端、僅かに目を見開いたC.C.は無言で俯いた。
 自分がルルーシュに何をしたのか。そして、ルルーシュが今もそのことに対して、どう感じているのかということに思い至ったのだろう。
 足を組み替えたルルーシュはC.C.から目を逸らし、静かな声で尋ねた。
「C.C.。俺は誰だ?」
「……ルルーシュだろう。人間の」
「違うな」
 再び窓外へと視線を移しながら、ルルーシュは即座に否定した。
 以前、まだゼロであった時ほど鋭くなく、寧ろ穏やかで優しいとさえ受け取れそうな声音ではあったが、ルルーシュの話す声には隠し切れない疲労が濃く滲み、また、酷く乾いている。
 打ちひしがれつつも余力を振り絞って立っている者特有の、どこか達観した風情。
 ルルーシュの内側では今、一つの覚悟が固まりつつあるのだろう。ルルーシュが黒の騎士団を放逐されたと知った時から、何となくルルーシュの思い描くだろう未来を予感していたC.C.は、わざとそれに気付かぬ振りをしながら会話を続けた。
「なら何だ? 帝国に捨てられし皇子。枢木の、アッシュフォードの囲われ者。仮面を被ったテロリスト・ゼロ。それとも……」
 C.C.へと振り返ったルルーシュは、緩く首を振った。
「解らないなら質問の仕方を変えてやる。――C.C.。お前は何だ?」
「…………」
 C.C.は答えられずに俯いた。
 ルルーシュは椅子の背に凭れ掛かり、目を閉じたまま語り続ける。
「悪魔とは、災厄そのもの。悲劇を撒き散らす存在。人を苦しめ、貶め、私欲のために屠るもの。例えそれが肉親であろうと、嘗ての友であろうと、今を共にする共犯者であろうともだ。……いや、これから俺は、正真正銘の魔王になる訳だが」
 以前お前にも言った通り、と続けながら、薄く目を開いたルルーシュは、口元に淡い笑みを浮かべて天井を眺めていた。
「お前に、諧謔というものを理解する日が来るとはな」
「諧謔じゃない。これも事実だ」
 俯いたままぽつりと呟くC.C.をルルーシュは見ない。ごく淡々とした口調で応えを返してくるだけだ。
 C.C.はルルーシュに聞かれないよう小さく溜息を漏らしながら、平静を装って話しかけた。
「それでリアリストぶっているつもりか? それもまた仮面だろう? 言っておくが、お前ほど壮大な夢を抱くロマンチストもいないと思うが」
「いいや? 俺の夢とは、現実の企画書のことだ。世界を壊し、世界を創る為の――」
「悪魔らしくない夢だな」
「そうだな。……だが」
 ようやく向き直ってきたルルーシュは、もう笑ってはいなかった。
「魔王とは、最後に必ず倒されるものだ。世界を救う、英雄の手によって。――それまでに、俺はあらん限りの悪を為す。壊されたものは、喪われたものは、決して元には戻らない……。だからこそ、やったもの勝ちだろう?」
「…………」
 透徹された眼差しで世界を俯瞰するルルーシュの眼差しを見ていられず、C.C.は再びルルーシュに背を向けてベッドへと横たわった。
 聞こえていても、いなくてもいい。ただ、この想いさえ届けば。
 C.C.はそう思いながら、一切の感情を交えぬ平坦な声で呟く。
「お前たち二人はそっくりだ。全て自分のせいにしてしまう所も、強情で意地っ張りで、頑固で、情の深さ故に互いを赦せず、憎み合うところも」
 C.C.の後ろで、ルルーシュが低く笑いを漏らした。
「俺はあいつほど堅物じゃない」
「よく言う」
 慈しむような声音に口を返しながら、C.C.はルルーシュが座る窓辺の方へと体を捩らせる。
「あいつと二人きりになりたくないからといって、私を使うな」
「……別に、そんなことは言ってない」
 ルルーシュはムッとしながら押し黙った。
 C.C.と同じく、スザクもまた、ルルーシュが皇帝になろうとしていることを知っている。しかし、目的そのものは一致していても、即、仲直りとはいくまい。
 成り行き上、一応は双方とも和解の方向へと傾きつつあるものの、これまでずっと嘘と裏切りばかり重ねてきたのだ。スザクの辿った経緯を思えば、その心境がいかに複雑であるのかなど改めて問うまでもなかった。
 ……思えば、あまりにも色々なことがありすぎた。それも、身に余るであろう悲劇ばかり。
 その二人が「共謀・共闘・共犯」という関係を構築していくということは、両者の個人的感情を一度全て封殺、ないしは完全に白紙化し、関係性そのものを根底から変えてしまうことでもある。
 それが果たして、和解といえることなのかどうか。……いや、言えはしまい。
 そもそも、この二人を隔てる切り立った崖のような因縁は、和解出来る段階やレベルなど疾うに超えている。だから、この「共犯者」という形式もまた、ルルーシュの言う「壊すこと」に該当しているのかもしれないが。
 しかし、真の意味で「赦し合う」とは、本来そういうことではないのか。
 和解とは、過去を振り返る行為だ。和解の先に続くものは、以前と何ら変わりの無い関係。
 そこにあるのは理解ではなく、只の協調でしかないのかもしれない。
 理解や赦しは、和解とは違う。過去を断ち切り、未来へと続く行為のことだ。
 さながら、変わり続ける明日のように。
 関係性そのものを根底から変えることで、共に明日を見据えようと、壊れたものを基にして新しく創り変えていこうとするならば――あるいは、この二人が、より深く溶け合うことが出来るとするならば。
 それこそ、和解を超えた理解であり、赦しだ。
 互いを繋ぐ、確かな絆。
 朽ちていったルルーシュの両親。そして、V.V.にも成し得なかった、人類の夢……。
 ルルーシュの言葉を聞いて納得し、同意もしているからといって、スザクはまだ、ルルーシュの騎士となることを正式に受け入れた訳ではない。
 けれど、今もスザクが閉じこもっているのは、すぐには答えを出せずにいるからこそではないのか。
 どんな経緯を経ていても、たとえ一度壊れていたとしても、まだ互いを想い合う心だけは死んでいないのだから。
 それならば、いっそ――。
 互いの行く末がどうであろうとも、形式に答えなど要らない二人であればいい。
 寧ろ、超えていくことが出来れば。
 そう思いながら、ルルーシュの顔をじっと見つめていたC.C.は、唐突にぽそりと呟いた。
「腹が減った」
「……はぁ?」
「ピザが食べたい」
「ピザ? 言っておくが、ここにはお前の好きなピザハットは……」
「ピザであればいい」
 C.C.の突飛な要求に眉を寄せたルルーシュが、緊張感の無いことだと呆れたように嘆息する。
 この地における主要穀物は、乾燥地帯でもよく育つ小麦と大麦。農産においてはトマト、そしてナツメヤシ。ちなみに牛乳を飲む風習もある。
 それなら、メニューにピザを置く店くらいはあるだろう。
「お前の為にあるような国だな」
「何か言ったか?」
「別に、何でも? デーツは口に合わなかったんだろ?」
「黒砂糖の塊だ。あれは」
「カロリーの高いものばかり……」
「何か言ったか?」
「太るぞ」
「太る訳ないだろう。この私を誰だと思っている」
 暫し軽口を叩き合う中、ルルーシュがどうでもよさそうに鼻を鳴らした。
 ついさっきまでは大丈夫なのかとごねていたくせに、相も変わらず、状況を全く無視した傍若無人さだ。
(食に関する人の嗜好についてどうこう言うつもりは無いが、こいつの偏食ぶりは相変わらず異常だな)
 出会った頃からのことだから、もう慣れてはいるものの。
 内心、付ける薬が無いとさえ思っていたルルーシュに向かって、C.C.が不意に「なあ」と声をかけてくる。
「ん?」
「お前も腹が減っただろう? 何か入れておいた方がいい」
「……そうだな」
 食欲があるのか無いのか自分でもよく解らないと思いながら、ルルーシュは答えた。
(確かに、何か胃に入れておいた方がいいんだろうが……)
 趣味と実益を兼ねて調理も嗜む割に、ルルーシュは食に対するモチベーションが低い。
 潜伏してからずっと、ルームサービスで適当にやり過ごしていたが、今日も朝から何一つとして胃に入れようとしていないルルーシュを気遣っているのだろう。こんな時にまで食の心配をしなくてはならないのかと自嘲していたルルーシュに向かって、C.C.は「なあ、ルルーシュ」と呼びかけてくる。
「何だよ」
「お前は、食べておいた方がいいぞ」
「? どういう意味だ」
 妙に真摯な顔つきで改めてくるC.C.へと訝しげに尋ねてみれば、C.C.は瞳に憂いを秘めたまま答えた。
「私は食べなくても死にはしない。だがお前は、食べなければ死ぬ。私と違って、お前は人間なのだから」
「…………」
 ルルーシュは複雑な思いを抱えたまま、心の中で「難儀なものだ」と独白した。
 人間として生きる道を模索し、歩んだ末に人としての全てを否定され、悪魔に成り果てたかと思えば、今度は人間だと言われる。
 果たして、天邪鬼なのは世界の方か。それとも、自分の方なのかと。
 ルルーシュは無心の仮面を被り、C.C.へと素っ気無く言い放った。
「では、ご所望通りデートに連れて行ってやる。寝転がっていないでさっさと支度しろ」
 C.C.は「坊やが何を偉そうに」とぼやきながら立ち上がり、絹糸のように長く美しい髪をさっと後ろに払った。
「心配しなくても、お前たちが話す時には、きちんと席を外しておいてやるよ」
 積もる話もあるだろうしな、と続けたC.C.から目を逸らしたルルーシュは、遠い過去か、それとも近い未来か、そのどちらともつかないどこかへと想いを馳せるように目を眇めた。
「懲りない女だ」
 そして、一言だけ呟いてから、ふんと笑った。

ひとやすみー。

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27話書きなう。
連載、今度こそあと数話で終わります。
合間に煮詰まった時お絵かきしてたスザルルでもアプしてみる。

まだ小説書きとネットする為にしかパソコン使ってないので、お絵かきソフトもスキャナーも再インストしてません。
元々はイラストサイトだったというのに、めっきり小説メインになっている最近…。
今も設定とにらめっこしつつちまちま書き進めてみたり、別ネタの方進めておいてみたり、色々してます。

それにしても、あっついですね…。
水だし紅茶が美味しいです。

オセロ 第26話(スザルル)

26


「ルルーシュはユフィの仇だ」
「……だから?」
 振り返ったルルーシュは、剣を構え直したスザクに向かって冷然と問い返した。
 長い沈黙。そして訪れた対峙の時。
 所、黄昏の間。舞台へと残されたのは、たったの三人。
『神』に迫り『神』を殺す世界のプログラム――『アーカーシャの剣』を破壊し、実の両親を自らの手で討ったルルーシュと、皇帝暗殺の命を受けて神根島へとやってきたスザク。そして、C.C.。
 今ここに居る三人は、人類滅亡から世界を救った英雄だ。
 だが、嘘の無い世界――騙し合い、裏切り合い、争い合うことのない世界を創るという、ある意味では高尚な野望を阻止したこの者たちの間にも、未だ深い因縁が残されていた。
 睨み合う二人から離れたところに一人座るC.C.は思う。
『ラグナレクの接続』の阻止。人類の意思そのものにかけたギアス。……しかし、この結果が現実世界での総意であるとは到底言い切れまい。
 世界とは所詮、一部の人間の我侭によって創られてゆくもの。
 ――だが、今この、互いを敵として、仇と判じて憎み合う子供たち二人に、果たしてその資格があるのだろうかと。
 問いかけられたスザクが口火を切った。
「ルルーシュ。君は何故、僕を責めない? 君にもその権利があるだろう。俺はナナリーを殺した。君が嘗て、僕の生きる理由を奪ったのと同じように。だからこそ、けじめが必要な筈だ。俺たち二人の間にも」
「だから、この場で決着をつけようというのか? お前は俺のかけたギアスに翻弄されただけだというのに」
 ルルーシュは無表情で答えた。
 剣の柄を握る手に力が篭もるのを感じながら、スザクが叫ぶ。
「違う! 人を殺めるのは俺自身の業だ。僕もそれを受け入れた。父殺しもまた、他ならぬ僕の十字架であったのと同じように!」
 目を閉じたルルーシュはスザクの答えを聞きつけるなり、ふっと笑った。
「何がおかしい?」
 すかさず怒気を強めるさまにも怯まず、スザクを一瞥したルルーシュが答える。
「お前は相変わらず、俺を侮る癖が抜けないな」
「何っ?」
「何が僕の十字架だ。この俺を差し置いて皇帝を殺そうとしたお前が、それを言うのか?」
 表情を改めたルルーシュを見て、スザクがはっとしたように息を飲む。
「C.C.だけならともかく、何故お前がここに居る。俺を追ってきた訳ではないんだろ?」
「…………」
 まだ剣を構えたままとはいえ、黙り込んだスザクの顔に浮かんでいるのは明らかな苦渋の色だった。高まる葛藤の中で憔悴し、やつれているようにさえ見える。
 元々の事情がどうであったのか、察しはつく。
 皇帝は言った。『ゆえに枢木よ。ここまで追ってきても意味は無い』と。
 枢木神社での裏切りはスザクの咎ではないのだと、ルルーシュは気付き始めていた。……いや、たった今スザクが口にした一言で、スザクが裏切ったのではなかったのだとはっきり気付いた。
(馬鹿だ、お前は)
 剣の柄を握るスザクの手を見つめながら、ルルーシュは思った。
(真っ先に刃を向けるべき相手を、守ろうとしてどうする)
 反射的な行動とはいえ、まるで犬だ。
 スザクは皇帝からルルーシュを守ろうとした。それは決して、ルルーシュの為だけではなかっただろう。寧ろ、喪われた者たちの尊い想いを穢さぬ為に。
 トウキョウ決戦の最中、スザクが蜃気楼の通信へと割り込みをかけてきた時の会話を、ルルーシュは唐突に思い出した。
『答えてくれ、ゼロ! 自分が原因でこの戦いを始めたのだとしたら……!』
『自惚れるな! お前は親を、日本を裏切ってきた男だ! だから友情すら裏切る……ただ、それだけの!』
 重戦術級の兵器を搭載していると、予め聞かされていた。
 警告を信じず、突っぱねたのはルルーシュだ。
(父殺しの真相を知らされた上で裏切った俺を受け入れ、挙句、フレイヤまで使わされたというのに、それも全て自分のせい、か……)
 ルルーシュに父殺しの罪を背負わせまいと皇帝暗殺に走り、結局、その想いですらこうして裏切られたというのに。
(俺もなめられたものだな)
 この男は、スザクは。……一体どこまで。
 そう思いながら、ルルーシュは俯きかけた顔を上げてスザクを見た。
「俺たちは真実を知ってしまった。だったら、まだやるべきことがあるだろう。違うか?」
 スザクの顔つきは険しいままだった。
「それは共闘しようということか? ゼロの仮面を失った君と?」
「…………」
 どうやって? と言わんばかりに睨まれ、ルルーシュは沈黙した。
 公的には、ゼロは戦死したことにされている。シュナイゼルの命を受けて来たのであれば、黒の騎士団内部で勃発したクーデターの顛末についてもスザクは知っているだろう。
 一時的に停戦条約が結ばれているとはいえ、戦争そのものが終わった訳ではない。
『ゼロにしか出来ないことだ』とスザクは言った。しかし、ギアスの件について知られ粛清を受けた今、現時点で新たなるゼロとして復活するのは不可能。かといって、今から別の組織を立ち上げるなど論外。スピードの問題として遅すぎる上、死亡が確認されていないルルーシュは未だ追われる身。いずれにせよ、どう動こうが余計に混乱が増すだけだ。
 つまり、完全なる手詰まりだった。
「シュナイゼルが何をしようとするのかはお前にも解っているだろう。それでもナイトオブワンを目指すのか?」
「いいや。もう無理だ」
 スザクは悔しげに顔を歪めた。剣を構える腕が震え、力なく肩が落ちる。
 地面へと下がった切っ先を見下ろしながら、ルルーシュは無理もないと思っていた。皇帝が崩御し、次期皇帝となるであろうシュナイゼルにも付いて行けないと悟った以上、嘗てスザクがユフィと共に歩もうとしていた贖罪の道は、今度こそ完全に絶たれてしまったのだから。
「それとも、何か他に手はあるのか?」
「……。無いこともない」
 暫し黙したルルーシュは、苦渋の色を滲ませるスザクから目を逸らし、曖昧に言葉を濁した。
 皇帝の死を知った時点で、シュナイゼルは例の計画を実行に移そうと考えるだろう。
(フレイヤが完成し、量産態勢に入った今、奴が皇帝の座に着くと同時に全てが終わる。シュナイゼルが向かうとしたらカンボジア。まずはダモクレスの進行状況を確認しに行く。だとすれば、奴にチェックを打たれる前に……)
 ルルーシュはすい、と瞳を細めた。
 全ての条件をクリアする為に残された手段は、ただ一つ。……ブリタニアそのものを、乗っ取るしかない。
(だがそれは、俺がブリタニアの皇帝になるということだ)
 それしか手が無いと、解ってはいる。考える為の猶予など、ほとんど残されていないということも。
 スザクは沈痛な面持ちで俯いていた。ルルーシュは気付かれないよう、ちらりと視線を走らせる。
 この場で全てを見届けた自分たちにしか出来ないことだ。それも解っている。
(だが、スザクは――)
 これからどう動くにせよ、想像を絶する険しい道のりとなるだろう。
 世界を壊し、世界を創る。到底、一人きりで成し得ることではない。
(多分、お前とでなければ出来ないことなんだ。スザク……。俺とお前の二人でなければ)
 スザクにとっての、贖罪の道を閉ざしてしまった責任がある。
 自分にそう言い聞かせながら、ルルーシュは躊躇う気持ちを押してスザクへと問いかけた。
「スザク。お前に一つ、確認しておきたいことがある」
「何だ」
「お前は俺を皇帝の前に突き出した時、あいつが予め俺のギアスについて知っていたと教えられていたな」
「そうだ」
「では、奴がユフィを見殺しにしたと知りながら膝を折った時の気持ちは、今でも変わっていないな?」
「? どういう意味だ」
 スザクは訝しげに眉を寄せてから、はっと目を見開き「まさか」と漏らした。
「ああ。それしか手は無い。……だが」
 スザクに答えながら、ルルーシュは一人地面に座り込み、今まで無言を貫いていたC.C.へも目をやった。
「C.C.。お前はこいつに、どこまで話したんだ?」
 二人共に視線を向けられ、膝を抱えていたC.C.は後ろめたそうな表情でルルーシュを見てから手元へと目をやった。
「既に察していることを、訊く必要があるのか? 勿論全て話した。……それより、いいのか?」
「何がだ」
 訊き返すルルーシュの声は鋭い。
 永遠の命を終わらせるという目的を遂げる為に、利用しただけならば良い。ルルーシュとて、契約にアンフェアな部分もあると知った上で受け入れている。
 だが八年前、出会って契約するずっと前から、C.C.はマリアンヌらと結託していた。その事実を隠し、全てを知りながら何一つ明かさなかったのだ。――ルルーシュの、反逆の動機さえ知りながら。
 自身の意思が及ばぬところで踊らされることを最も嫌うルルーシュの怒りは察しているのだろう。不遜な調子を常とするC.C.の声には覇気が無かった。
「私に解り切ったことをあれこれ訊くよりも、まず、お前たち二人の対話が先だろうと言っているんだ。いい加減、お互いに腹を割って話したらどうだ?」
「…………」
 ルルーシュは無言でC.C.を睨んでいたが、スザクが割って入った。
「C.C.、僕も君に訊きたいことがある」
「何だ?」
「君は、僕にもここへ来る資格があると言ったな」
「ああ」
「その資格とは何なのか、説明して欲しい」
「言っただろう。お前は守護者だと」
「守護者……? おい、待て。それは……」
 今度はルルーシュが割って入った。
 ルルーシュにとっても初耳だ。単に関わってしまったのとはまた別の意味で、スザクもギアスの関係者だったというのだろうか。
 驚きを浮かべた顔でスザクを見れば、続く台詞を待っているスザクに代わってC.C.が答えた。
「ブリタニア皇族に連なる者が『王の力』を受け継ぐ一族であるならば、スザク、お前の中に流れるそれは、『守護者の一族』としての血だ」
「守護者の、一族……?」
 スザクが呆然と呟く。
 C.C.はそんなスザクを一度だけ見やってから、また自分の手元へ視線を落とした。
「そうだ。王の一族と違ってギアス資質こそ持たないものの、無関係ではない。お前たち二人が巡り合ったのも、また運命。元々、対となるべくして生まれついた存在――」
 一度言葉を切ったC.C.は、困惑している二人へと、憂いを含んだ眼差しを向けてくる。
「八年前に、引き離されたりしなければ良かったんだ。お前たち二人は」
 その場に、しんとした静寂が満ちた。
 C.C.はスザクがやるせない顔をしていると思ったのだろう。立ち尽くすスザクの様子を伺うように顔を上げかけたが、すぐに伏せた。
「過ぎたことを言っても始まらないだろう」
 今更と思ったルルーシュは、沈黙を破るために、わざとぶっきらぼうに呟いた。
 仕えるべき主君を失い続けている今のスザクには、正直知らせたくないし聞かせたくもない事実だ。
 スザクの気持ちが今どうであるのか、ルルーシュには、はっきりとは解らない。しかし、最後の一言は特に、これまでのスザクにとっての想いを代弁するような台詞ではあっただろう。
(八年前に守る対象……俺を失っていなければ、こいつはおそらく、軍に入って償いの為に死を望んだりはしなかった)
 スザクは自らの贖罪を果たす道だと判ずれば、傅く対象を選ばない。
 とはいえ、それでもスザクにとってユフィが別格であり、ナナリーを殺して尚ユフィの名を口に出すのは、彼女がスザクを理解し、スザクの望む理想の形に最も近い道を示した人間だったからだ。
 八年前にルルーシュを失ったスザクが贖罪のために祖国を裏切り、更にユフィまでもを喪い皇帝に付き従うことになったのは、スザクにとっては正に不本意の極みであったことだろう。
 それでもスザクが皇帝側に付いたのは、贖罪の手段を獲得すること優先と割り切ったからに違いなかった。
 ルルーシュ――ゼロを憎むが故でもあっただろうが、スザクにはどのみち、それ以外に取るべき選択肢など残されていなかったのだから。
 皇帝も、スザクがいずれ裏切ると知っていて取り立てている。そして、その時が来るとしたらいつなのかということも。
 ルルーシュを突き出したあの時、スザクは既に皇帝がギアスを使えることも、C.C.やV.V.に深く関わる人物であることも知っていた。
 C.C.を釣り出す餌にする為に、ルルーシュの記憶を書き換える。
 その理由について説明するということは、要するにそういう意味だからだ。
 だとしたら当然、皇帝は元々、ルルーシュとC.C.が共犯関係にあったことを知っており、ルルーシュがゼロだったことも知っていたことになる。
 全てを知っていたのであれば、ユフィが特区日本にゼロを参加させるつもりでいると知った時点で、ゼロが何をするかということも予想出来た筈。
 ――つまり、最悪の悲劇が起こる前に、止めることも出来た。
 その事実に、スザクが気付かない訳が無い。
 だからこそ、スザクは不敬と知りつつ自ら出世させろと皇帝相手に進言出来たのだ。
 スザクは皇帝の前で『中からブリタニアを変えていく』と明言している。
 いわば一種の開き直りともいえるだろうが、忠誠があるから従っている訳ではないと気付かれたとしても、スザクにとっては構わなかったのだろう。
 手段の獲得という目的がある以上、従う理由があるうちは裏切らない。
 皇帝もそう判断したからこそスザクを取り立て、ルルーシュとナナリーをV.V.から遠ざけるために、スザクごとエリア11に送り込んだのだ。
 ルルーシュが記憶回復し、再びゼロとして活動し始めれば、スザクにとっての贖罪の道は振り出しに戻る。
 ナナリーの存在はルルーシュ鹵獲の為の人質だっただけではなく、いずれ裏切るであろうスザクに対する牽制でもあった。
 皇帝がスザクに対してギアスのことを打ち明けておきながら、ラグナレク計画のことは秘密にしておいたのも、ギアスの存在そのものを憎むスザクにそれを知られれば、容易く造反するだろうことは目に見えていたからだ。
(最初は俺、次は祖国、ユフィ、ナナリー、皇帝、シュナイゼル。そしてまた、俺はこいつを……)
 ルルーシュは心密かに苦悩した。
 スザクにとって既に従うべき存在ではなくなっていたとはいえ、ルルーシュが両親を葬ったのは、あくまでも私怨だ。
 それに、ひいては自分たちブリタニア皇族の存在そのものが、よってたかってスザクを苦しめているといっても過言ではないだろう。
 守る対象が無ければ、傅く相手が居なければ、スザクは生きることさえ出来ない。『俺』としての自分を許せない。
 それなのに、またしても奪ってしまう形となった。――自分のせいで。
 ルルーシュが眉を寄せたまま思案していると、それまで沈黙していたスザクがルルーシュの方へと向き直ってきた。
「ルルーシュ」
「何だ」
「君はあの時も、僕に嘘を吐いたな」
 一瞬、いつのことかと思ったが、すぐに解った。
「嘘じゃない……。全て俺のせいだ。それにお前も言ったじゃないか。『人間じゃない』と。その通りなんだよ」
 弁明を求められていることは言われずとも解った。
 ルルーシュが結果論しか口にしていないことに、スザクは気付いた。決して、自ら故意に手を下した訳ではないのだと。
 だが、真実を打ち明けた上で謝った訳でもない。だからスザクも、ナナリーの件について謝らないのだ。
 お互いに頑固なことだと思いつつ、ルルーシュにも解ってはいた。
『許しは請わないよ』と。皇帝に売り払われた時、スザクが謝らなかったのと同じ理由なのだと。
(俺が謝らない限り、こいつも俺に謝ることが出来ない。……だが、俺は人間じゃない。悪魔なんだよ)
 悪魔が本当のことなど、口にする筈も無い。許しを請うことなど無い。
 そして、口から出るのは嘘だけだ。
(俺が頭を下げたのは、こいつに身勝手な願いを託したことについてだけだ)
 結局、そうなった。そして、その道を選んだのは自分だ。
 あの時、ルルーシュは言った。『ナナリーさえ守ってくれるなら、他には何も要らない。ギアスだって』
 スザクにそこまで言っておきながら、ルルーシュはその後もギアスを使い続けた。
 ギアスによって、ルルーシュによって命を落とした者たち――ユフィやシャーリーにも軽蔑されるだろうとさえ思いながら、結局使った。申し訳ないと思って口にした、自身の言葉さえ踏み躙って。
 だからこれは、単に嘯いているのではない。
 スザクに頭を下げ、一度口にした言葉でさえ、やはり嘘になったのだから。
(本当に悪いと思って頭を下げた奴が、その後も自分の目的のためにギアスを使い続けたりするものか)
 正に、悪魔の所業。
 ルルーシュは心の中でそう呟きながら、結局ロロの墓に十字を立てなかったことを思い出した。
 拾ってきた二本の棒を前にして、悪魔が十字を作り死者を悼むのかと。
(まさかその俺が、神に願うことになるとはな)
 幼い頃から、神など居ないと思っていた。居るところには居たとしても、自分たち兄妹の傍にはいないのだと。
 それなのに、運命というのは随分皮肉なものだと思いながら、ルルーシュは自嘲した。
「殺して殺して、殺し続けてきた。全て無駄だったがな。何もかもお前の言う通りだ。俺は道を誤った。大切なのは手段……。ゼロとして盤上に上がったことも、そして、俺自身の存在すらも――」
『お前の存在が間違っていたんだ』
 ブラックリベリオンで撃ち合った時、スザクに言われた言葉だ。
 たった今、ルルーシュの両親との会話を全て目撃していたスザクは、痛ましげに眉を寄せていた。
 ルルーシュの両親がルルーシュに対して行った仕打ちは、存在全否定に等しいことだ。
 スザクにとっては只の言い訳にしか過ぎないとはいえ、ナナリーの為と信じていた反逆でさえ、只の茶番だったと明かされたのだから。
「八年前のままだね」
「何が?」
 スザクは何を言わんとしているのか。ルルーシュはスザクの顔も見ずに素っ気無く言い捨てた。
 対話といっても、何を話せばいいのだろう。
 今更、弁解などするつもりはないというのに。
「君はいつだって、僕の気付けないことを僕より先に理解してしまう。ユフィやナナリーが創ろうとしていた『優しい世界』の意味も、『嘘と仮面』の本当の理由も」
 スザクは真紅に染まったルルーシュの両眼を見つめたまま言葉を紡いだ。
『明日が欲しい』と願った瞬間、それまで左目だけに見えていたギアスの証――鳳の紋章は、とうとうルルーシュの両目へと侵食していた。
 エビル・アイ。悪魔の瞳。
 これまでギアスを呪いとしか思っていなかったスザクにとって、ギアスを使ってルルーシュが欲した願い。
 それは……。
 スザクは僅かに目を伏せてから、再び話し出した。
「ギアスという罪に手を染めていても、ルルーシュ、君は人間だよ。人数の問題じゃないと解っているけど、フレイヤを使ってしまった僕に、君の人殺しとしての罪を責める権利は無い。でも、本心を言わずに隠しておくことだって嘘なんだと、今の僕には解る」
 それは悪い嘘なのかと、スザクの瞳が問うていた。
 スザクが口にしたのは、嘗てスザク自身がルルーシュにしてきたことだ。
 そのお前が言うのかと思う反面、今このタイミングだからこそ解ることもあるのだろうと気付きながらも、ルルーシュは押し黙った。
「シャーリーも、ユフィも、君がゼロだとは言わなかったよ。ギアスのことも」
「だが、お前は気付いていたんだろう。シャーリーの記憶が回復していたことに」
 枢木神社で問い詰められた時、スザクはルルーシュの予想していた通り、ルルーシュがシャーリーを殺したのだと疑っていた。
「ああ。シャーリーに訊かれたんだ。君のことが、嫌いなのかって」
「え……?」
「君を好きだったからこそ気付けたんだろうな。『許せないことはない。許したくないだけ』だと。それから、『私はとっくに許した』と。彼女はそう言ったよ」
「――――」
 シャーリーの死に際を思い出したルルーシュは絶句し、スザクから苦しげに目を逸らした。
 今でも、最期に言われた台詞を覚えている。忘れたことなど無い。
 謝るだけで済むなどとは思わない。奪った命の重みと、同等の結果を残さなければ。
(だが、命の重みと同等の結果とは、何だ?)
 背負った命がある。道を誤ったと知ったところで、今更後には下がれない。ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。
 たとえ、個人として生きるための理由すら全て失い、実の両親に存在そのものを否定されたのだとしても。
(初めてCの世界に触れた時、俺はあいつに『ゼロという仮面で何を得た』と訊かれた)
 その時に、目を逸らし続けていた自身の本音も知ってしまった。
 思わず『違う』と叫んだ。けれど知っていた。……本当は、ずっとずっと前から。
 本当の自分を解って欲しい。理解されたい。それなのに、さらけ出せずに仮面を被る。
 ――本当の自分を知られるのが怖いから。
(だとしても、俺は……)
 辛い顔など見せまい。一番辛い思いをしてきたのは誰だと思っている。
 そう思いながら、ルルーシュは毅然とした表情でスザクへと語りかけた。
「人が何故嘘を吐くのか。本当は、俺は疾うにその理由を知っていた。いや、今ようやく本当の意味に気付いたと言うべきかもしれない……。皇帝は俺に言った。『仮面を被り、嘘ばかり吐いてきたお前が、人には真実を求めるのか』と。……だがそれは、俺という名の猛毒から、他者を守る為でもあった。お前自身が、抜き身の剣である己自身から他者を守り、遠ざけておこうとしていたのと同じように」
「…………」
「毒のビンに蓋が必要であるのと同じく、人には仮面が、嘘という名の優しさが必要なんだ。人が、個を保とうとする生き物である限り……。だが、それと同時に、人は自身の本質を他者と共にし、一つになりたいと願う業からも逃れられない。俺が嘗てお前に仕掛けたゲームでさえ、元を糺せばその想いが動機だったと言ってもいい。俺を遠ざけようとしていたお前の『僕』という仮面が、お前自身の優しさであったとも知らずに、仮面を剥ぎ取り、暴きたて、ただ一つになろうと……」
 スザクは静かに息を潜めたまま嘆息し、辛そうに目を細めた。
 ルルーシュはそんなスザクから顔を背け、尚も語り続ける。
「お前も知っての通り、ギアスとは、人の精神に干渉する力だ。他者と溶け合い、誰かの内側に触れたいと願う想いが力となって発現するもの。それがギアス……。お前も笑えよ、スザク。俺のギアス資質はな、現存するブリタニア皇族の中でも随一だったそうだ。お前も災難だったな。そんな俺に見入られ、人生を狂わされ、矜持でさえも捻じ曲げられ、こうして真実という名の境地にまで辿り着いてしまった。今から八年も前に、お前はもう、俺によってとっくに狂わされた道を歩かされていたという訳だ。……そしてスザク。俺も知った。お前と同じ苦しみを。そして罪を、背負ってしまった。お前の想いを知りながら」
 スザクと同じ位置に到達したルルーシュは、今、スザクの全てを理解していた。
『俺』としてのスザクの苦しみ。
 ルルーシュは今でも覚えている。一年前、まだ再会したばかりの頃、『なぜ俺を頼らない』とスザクに訴えた時の、スザクの愕然とした反応を。
 いつ死んでも構わない。そう思いながらも誰かに庇われ、守られることの辛さ。
 守る立場でありたいにも関わらず、喪っていく現実。悲哀。失意。絶望。――そして孤独。
 激しくこの身を焼き続けるのは、罪悪感という名の、地獄の業火。
「……それでも、真実はそんな俺たち二人を求め続けた。だが、最早そんな真実になど興味は無い。ただ、優しい嘘があればいい。それが世界というものだ。お前も、そうは思わないか?」
 ナナリーが死に、一人きりになり、守る者を喪ったルルーシュ。
 スザクはそんなルルーシュをひたと見据えながら、こくりと頷いた。
 人を殺すのが『僕』の業と認めたスザクもまた、今のルルーシュがどういう状態に在るのか完全に把握しているのだろう。
 ユフィを喪い、守る対象としてのルルーシュをも、数度に渡って失い続けてきたスザクだからこそ。
 真実はルルーシュを求め、そして、ルルーシュ自身を酷く傷付けた。
 ルルーシュは再び自嘲した。
「皮肉なものだ。誰よりも自分たちに優しい世界を創りたがっていたあいつらを否定しておきながら、俺は心の底で、そんなあいつら以上に、人と、そして世界と、一つになりたいと願い続けていた訳だ。人の仮面を無作為に突き破り、嘘を廃し、思う侭に支配して……。そう。誰よりも強く、心の奥底にその想いがあったということだろう。ギアス資質が高いとは、本来そういう意味なんだからな」
 認めざるを得ない。親を否定し、殺してまでおきながら、自身もまた、嫌になるくらいその親たちにそっくりだったのだと。
「あいつは言った。ナナリーの笑顔を誤魔化しだと。人が人である限り、いくら互いの間にある嘘を無くし、優しくあり続けようとしてみたところで、所詮善意と悪意は一枚のカードの裏表。それが真実であり、現実なのだと。……だが、確かにその通りなのだと知っていても、俺はそんなものは認めない。やらない善よりやる偽善だと高みから見下ろし、侮るようなそれを許しはしない。それは、真の意味での優しさとはいわない。例え仮面の裏側がどうであろうと、他人に優しくあり続けようとする心。それこそが嘘と仮面の真実だ。――そうだろう? スザク」
 お前は誰よりも、その意味をよく知っている筈だ。
 そんな想いを込めて、ルルーシュはスザクに問いかけた。
「ああ。その通りだ」
 答えたスザクの瞳は潤んでいた。
 相変わらずの泣き虫だと思ったが、涙を拭ってやっていいのか解らない。
「だからこそ、人には嘘が必要。仮面が必要。――けれど、それでも人々は真実に抗い、他者と解り合いたいと望み、明日を求め続ける……。ならば、その為にも世界はまず、『対話』という名の、一つのテーブルに就かなければならない。今の俺たちのように。だが、シュナイゼルの持つ仮面は強靭だ。恐怖による支配。奴の創る世界では、人はすべからく優しさの意味を履き違えていくだろう。必ずそうなる」
「そうかもしれない」
 スザクは決然とした面持ちで頷いた。
 しっかりと目を合わせてきたスザクに、ルルーシュはふっと微笑みかける。
「僕の十字架か。それもいいだろう。それとてお前の優しさだ。つくづく、侮られているとは思うがな」
 思えばスザクは昔からそうだった。自分より弱い誰かを守ろうと、いつだって呆れるほど一生懸命に、ルルーシュたち兄妹を守ろうとし続けてきた。
 道を違え、互いに裏切り合い、手酷く想いを踏み躙られた後でさえ、ただ、ひたむきだった。
(今更こいつに謝ってやることは出来ない。最善手も選べない。ならばせめて、今口にした言葉だけは本当にしてみせる。俺の全存在を賭けて、やってやる)
 ――但し、悪魔らしく。
 ルルーシュは本当の自分を知った。だから嘘とは言わせない。嘘にはさせない。決して。
『俺』という本質を隠し続ける道を歩もうとした、スザク自身の優しさも。
 ルルーシュはC.C.へと振り返り、語りかけた。
「なあ、C.C.」
「……うん?」
「お前は俺に『死なない積み重ねを人生とは言わない。それは只の経験だ』と言ったよな」
「ああ」
「俺もそう思う」
 ルルーシュは言いながら、口元に薄い笑みを浮かべていた。
 人には、この世に生まれた理由や意味がある筈。そう訴えたルルーシュに、C.C.は言った。
『知っているくせに。そんなものは只の幻想だと』
 ――そう。無いのだ。最初から。
 誰かに存在を否定される前から、誰しもが生きる理由や意味などを持って生まれてくる訳ではない。
 人生は罫線のみ引かれた、只の白紙。だから、人一人生まれてくるのに、理由や意味など最初から無いのだとはっきり気付いた。
 ただ、この世に発生しただけだ。……何故なら、生きる理由を獲得するため、生きる意味を見つけるために、人には『明日』があるのだから。
 一度だけ顔を伏せたC.C.は、太股の裏を手で払いながらゆっくりと立ち上がった。
「ルルーシュ」
「ん」
「時間が無い。ここにはもうじき、黒の騎士団やブリタニア軍が大挙して押し寄せてくる。アーニャがモルドレッドに乗って神根島へ向かったことを知っているシュナイゼルもだ」
「解っている」
「この遺跡の位置を知られている以上、真っ先に乗り込んで来るとしたらあいつだぞ。……どうする?」
「…………」
 ルルーシュは少し思案してから口を開いた。
「ブリタニアと超合衆国、EUの間にある緩衝地帯に潜伏する。移動の手段は――」
「ある。ここから行けなくもない。お前たちなら可能だろう。別の出口を張られていなければの話だが」
「俺たちが移動するスピードの方が速いか?」
「多分」
 こくりと頷いてから、付いて来いと促すように先を歩き始めたC.C.の背中を見やり、ルルーシュはスザクへと振り返った。
「ここから先は、お前にも来てもらうことになる。共犯となる以上、話し合う時間が要るだろう。それから……」
 続く言葉を待つスザクが、ルルーシュの瞳を見る。
 最後に顔を合わせたのはそう遠いことではないというのに、何だか懐かしくさえ思える。互いの間に嘘など一つも無いとは言わないが、嘗て無く、偽らずに向き合えているからなのだろうか。
 澄み切った深緑と目が合った瞬間、ルルーシュは思った。
 ――スザクに対しても、もう二度と、愛しているとは口にするまい。
 自分にそんな権利は、資格は、きっと無いのだと。

「シナリオが必要だ」

 暫し見つめ合った後、真剣な口調で呟いたルルーシュの瞳は、どこか遠かった。
 まるで世界の果てにある、彼岸の先を見据えるように。

オセロ 第25話(スザルル)

25


 ルルーシュは今、孤島で一人、穴を掘っていた。
 名も知らぬ島で夜を過ごすのは、これで二度目だ。
 あの時ルルーシュの傍に居たのはユフィで、離れたどこかで同じように夜を過ごしていたのはスザクとカレン。
 ……だが、今この島に生きている人間など誰も居ない。逝く順番が違うだろうと思いながら、素手で穴を掘り続けているルルーシュ以外、誰一人。
 ルルーシュが掘っているのは墓穴だった。黒の騎士団の造反。超合衆国CEO・ゼロの失脚。
 そのルルーシュを救ったのは、皮肉にも唯一の味方となったロロだった。
 物言わぬロロの躯は蜃気楼の中だ。まだ五月とはいえ、土を掘る道具一つ持たずに人一人を納める穴を掘っているのだ。流れる汗は滝のようだった。
 しかし、汗は流れても涙は出ない。……一滴も。
 ああまで酷く詰られたというのに、それでも心から慕う兄を救おうと自らの命を犠牲にしたロロの為に、流してやる涙の一粒すら持たぬのか。
 悪魔だからこそ、人の心など捨て去った鬼畜だからこそ、自らの為に流す涙はあっても、弟の為に流す涙は無いというのか。
 そう問われれば、残念ながら答えは否だった。
 ロロを酷く詰ったからこそ、彼の為に流す涙などあってはならない。……何故なら、ロロを殺してやりたいほど憎んでいた気持ちとて、ルルーシュにしてみれば本心だったのだから。
 本物の肉親でも無いルルーシュを慕い、たった一つの宝を尊ぶが如く崇め奉る硝子のような脆い心。それを完膚なきまでに打ち砕き、いつ命を奪ってやろうかと機を狙い続けてきた。
 本来ナナリーの居るべき場所を奪い、平然と成り代わって弟の座に居座り続けていた浅ましい偽者。疎ましい監視者。――そう思っていたのだって本当のことだ。
 それこそ、命を賭してまで兄としてのルルーシュを救おうとした姿を見る、その瞬間まで。
 守るべきものに縋る心理を理解出来ないルルーシュではない。それどころか、よく知っている。熟知している。……だからこそ、まるでもう一人の自分を見せ付けられているようで吐き気がした。
 心を許し切った笑顔を見せられ、甘えられるたびに、虫唾が走るとさえ。
 数奇な生まれは決してロロ自身の所為ではない。少なからず情はあった。だが憐れむ方が残酷だ。
 本質的に似た部分があると気付いたからこそ、余計にそう思った。
 ロロの居場所など、本当はこの世のどこにもありはしない。作ってやることさえも出来はしない。……例え、そう思いながら心の中で突き放し続けていた気持ちとて、偽らざる本心だったのだとしても。
(もしも生まれ変わることが出来たとしたら、ロロ。その時は、お前と――)
 穴を掘る手を止めてその場へとしゃがみ込んだルルーシュは、ほの暗い穴の底を見つめながら思った。
 誰かに対する愛を本物にするために、もう一方の誰かへの冷徹さを捨て切れない心理など、所詮、実際に愛する者を奪われた者にしか解るまいと。
 そう。あるいは、敬愛する主君を奪われたスザクなら――。
(これでまた、俺の名を呼ぶ者が一人消えてしまったな)
 立ち上がったルルーシュは覚束ない足取りで歩き出しながら、また同じことを考えていた。
 いつぞやに思ったことと、全く同じことを。
 ……だが、そのいつかとは、一体いつのことだったのか。
(何度も何度も同じことばかり繰り返し続けて、俺は一体何がしたい?)
 墓の上に立てる十字に出来そうな棒切れを探しながら、ルルーシュはいっそ不思議なほどリンクし続けている過去と現在を思ってひとりごちた。
 哀惜に暮れているようでありながらも、その表情は黙然としている。凪の如き静けさを侍らせた瞳だけが、ただ夜闇に霞む森の奥をひたと見据えていた。
 一歩進むごとに、さく、さく、と鳴り響く足元。かき分けられた草むらの立てる音でさえ、今はどこか遠い。
 自分が自分であり続ける限り、人は同じことを繰り返してしまうものなのかもしれない。
 勿論、全ての者が同じ道ばかり歩むのだとは思わない。それでも、よくよく業の深い、罪深い存在だと、まるで他人事のようにそう思う。
 意識はある。実感もしている。けれど、心だけが剥離していて無感動でもあった。
 こういう感覚を、離人とでもいうのだろうか。
(防御している? 無意識に?)
 だとしたら、何から……?
 悲哀。哀悼。そんなものを感じ、捧げる自由など許されていいとさえ思わない。守るべき唯一の存在を死の闇へと追いやっておきながら、この身にそんな自由など。
 まだ何も終わっておらず、始まってすらいない。
 生きる理由と仰いだ最愛の妹ですら喪った現状。孤島というより地の底だ。
 迷宮のような森の中で、ルルーシュは声も無く立ち竦んだ。月の光でさえ届かない森の中は、真の暗闇。それなのに、何故か怖いとさえ思わない。
 ……当然だ。肉体の死ですら凌駕するほどの恐怖など、疾うに経験済みなのだから。
(この期に及んで恐れるものなど、俺には何一つ在りはしない)
 例えどれだけ多くの絶望をかき集め、失意の果てを極めたとしても、人は生きながらにして無の境地になど辿り着けない生き物なのだろう。
 夜闇に目が慣れていく。絶望に慣れるのと同じように。
 だから、人に行き着くことが許されるのは、孤独さえ通り抜けた先にある虚無までだけなのだ。
(だが、俺が其処に行き着くのは、まだ先だ)
 やるべきことが残されている。あと一つだけ。その為に永らえた命だと言ってもいい。
(C.C.はどうしているだろうか。学園の皆は……)
 せめて安否だけでも確認してやりたいが、墓を作る方が先だった。納める棺も無い以上、遺体が腐乱し始める前に埋めてやらなければならない。
 蜃気楼のエナジーはほとんど残っていない。限界まで飛ばし続けて辿り着いたのがこの島だ。
 だが、それさえも幸いだと今は思った。涙さえ流してやれない以上、せめて墓だけは自分の手で掘ってやることが出来るのだから。
(涙ごときで済むというのなら、その方が余程簡単だ)
 不甲斐ないこの兄の、安い涙でいいというのなら。
 もしかするとロロなら、それでもいいと言うかもしれない。自分の為に泣いて欲しいと望みさえするかもしれない。
 それとも、自分の為になど泣かないでくれと言われてしまうだろうか。健気で、どこまでも一途な弟だったから……。
 出会い方さえ違っていれば、もっと愛してやることが出来た。飢え切った心を満たしてやることだって。
 ――けれど。
(いずれにせよ不要な感傷だ。今の俺には)
 ユフィを殺し、スザクを裏切り、裏切られ、シャーリーを死なせ、C.C.に続いて最愛のナナリーをも喪い、黒の騎士団も失くし、カレンも突き放し……そしてロロも逝った。
 その他にも大勢の人間を手にかけ、破壊と殺戮の限りを尽くしてきた呪われし皇子。――それがルルーシュだ。
(もう誰も、俺の名を呼ぶ者など居ない。……居なくなる)
 たった一つだけ残したこの名の意味すら失い、存在価値ごとこの世から永遠に消え失せる。
 それが運命だったというのだろうか。あるいは宿命?……どちらであったにせよ、もう構うものかとルルーシュは思った。
『王の力は人を孤独にする。その覚悟があるのなら』
 ギアスを手にした時点で、その力を他者へと向けた時点で、何もかもを失い、最後には一人きりになる。
 全て解っていたことだった。
(だからこそ、今までの己の所業に後悔などしていないと言えなければならない。俺は……)
 でなければ、悪魔と成り果てても尚、まだ残るこの心が許しはしない。決して。
 後はあの憎むべき男――皇帝を始末するだけ。ルルーシュに出来るのはそこまでだった。
 混迷を極めた世界の情勢。引き金となった責が自分にもあることなどルルーシュとて解っている。だが、その責を全て贖うことなど、もう出来ない。
 但し、こうして無様に生き残ってしまった今、何一つやり遂げぬまま死ぬ訳にもいかなかった。
 誰かから「お前にはまだやるべきことが残されているだろう」と諭されたのも、初めてではない。
 常に、誰かに支えられて生きてきた。何度も命を救われ、心を支えられ。
 そんな他者からの善意があったからこそ、今がある。……だからこそ。
(俺には、安易に死を選ぶことなど許されないんだ)
 たった一人きりになった今、ルルーシュは本当の意味で多くの命を背負って生きていることを急速に実感し始めていた。
 俺なんかを庇って死ぬことはないと、ロロに言った言葉も本当だ。
 けれど、幾らこの命の重みが限りなく軽いものだと知っていても、他者を犠牲にして生き延びてきた以上、せめて価値でも与えてやらねば逝った者たちに対する申し訳が立たない。
 それこそ、奪ってきた生命に対する冒涜というもの。
(ロロも、シャーリーも……そしてスザクも。俺を助けようとした者たちは皆、すべからく不幸に陥ったというのに)
 ――こんな命を、庇った所為で。
 鬱蒼とした森を抜けたルルーシュは、拾ってきた二本の棒を傍らに置いてから崖の先を見渡した。
 とっぷりと暮れた空の色同様、海もまた深い紺碧の色合いに染まっている。
 ただ、天高く広がる星々の煌きだけが、酷く目に眩しかった。
 ルルーシュは何となく辺りを見回してからその場へと座した。ロロの遺体を包む為にマントを使っているので、冷えた体を覆うものは何も無い。
 土に汚れた手も、汗に塗れた体も、何一つ食物を入れられぬまま頻りに痛みを訴えてくる胃も、何もかもどうでも良かった。
 することが何も無ければ眠ればいい。そうは思えど、眠りに就くことさえ出来ないとは。
 冴えたままの瞳を緩やかに瞬かせながら、悪魔とはそれ即ち、災厄そのものだとルルーシュは思っていた。
(俺のような者にこそ相応しい、うってつけの呼び名だ)
 スザクが撃ったフレイヤによって命を落とした人間は、総数にして約三千万人以上。
 エリア11の首都であるトウキョウ租界は完全に機能を失い、一個の都市としては死滅したといっていい。
 フレイヤとは、北欧神話に登場する女神の名だ。戦乱を司る最高神オーディンの妻であり、戦死者を自分の配下に変える残酷な女神。
(命名したのはシュナイゼルか。ニーナではないな)
 今のルルーシュにとって干渉するだけの余地など既に無いが、この先フレイヤは量産されることになるだろう。
 シュナイゼルが騎士団本部へと直接乗り込んできた理由とて、元々は一時的な停戦交渉を兼ねてのこと。
 枢木神社で交わしたスザクとの会話は聞かれていた。だとしたら、あの場に居合わせたシュナイゼルの耳にも当然入った筈だ。
 スザクのランスロットにフレイヤを搭載させるよう命じたのも、恐らくはシュナイゼルの差し金に違いない。
 嘗てルルーシュがスザクに託した願い。『生きろ』と命じたギアス。
 それを知ったシュナイゼルはルルーシュの心理を読み、スザクとの対立の図式を利用したのだろう。
 スザクは恐らく撃たない。いや、戦略的な虐殺を良しとしないスザクが撃てないだろうと判断した上で、敢えてギアスの効力を逆手に取って暴発させる。
 同時に、ギアスというカードを使ってゼロ――ルルーシュという駒の足場を崩壊させて盤上から廃し、フレイヤによって日本開放戦を終結させるというシナリオ……。
 あのギアスは、スザクに人を殺させる為にかけたものではないというのに。
 ――だが。
(結果的には、俺がやらせたようなものだ)
 またスザクに辛い思いをさせてしまった。背負わせてしまった。父殺しだけではなく、より重い罪を。
 スザクは今どうしているだろう。何を考え、何を感じ、どんな顔をしてこの空を見上げているのか。
 嘗てルルーシュが『生きろ』と命じ、何があっても死なせたくない、殺したくないと願ったスザクは今、どこで何を想っている――?
『ルルーシュ。君はゼロか?』
 不意に、電話越しに聞いたスザクの声が蘇った。
 遂に訪れたタイムリミット。束の間に見た、幸せな夢の終わり。
 スザクから突きつけられた質問へと正直に答えることだけが、あの時のルルーシュにとって示すことの出来る唯一の誠意だった。
『場所は枢木神社。……二人っきりで、会おう』
 スザクとの通話はそこで途切れた。
 アラームと同時に終了する悪夢ではなく、生憎ながらの現実。元々バレるのは時間の問題だったと解ってはいたものの、まさかあんな形で明かすことになろうとは。
 水面を緩やかに流れていったオレンジ色の光を、ルルーシュは思い出した。
 ユーフェミアの名を刻んだ蝋の船。追悼施設として建造された霊廟を後にした時、心の中での区切りは済ませたつもりだった。
 勿論、スザクとの別れも。……もう、ここに未練は無いと。
(思い出した)
 スザクとの通話を終えた時だ。「これでまた一人、俺の名を呼ぶ人間が減ることになるのか」と思ったのは。
 シャーリー、C.C.そしてスザクでさえも、そうなるのだろうかと。
『俺がゼロだ』と名乗ってから呼びかけたルルーシュを、スザクは敢えてゼロと呼んできた。
 ジェレミアとの交戦で負傷した咲世子は一応回復していたが、シャーリーの葬儀には間に合わなかった。特区日本の件以降休学中とはいえ、スザクは当然参列した筈。
 遺跡の中でCの世界へと飛ばされていた間も、クラブハウスは当然もぬけの空だ。嚮団殲滅作戦に同行したロロは勿論のこと、咲世子も、そしてルルーシュ自身も其処には居ない。
 スザクとの通話と入れ替わるようにして届いた一通のメール。――リヴァルからだった。
 シャーリーの葬儀後、どうやらスザクがルルーシュを探していたらしい。それも、血相を変えて。
 何度かけても留守電のままだったことに業を煮やしてのメールだったのだろうが、タイミングの悪いことに、残念ながら完全に後手へと回ってしまった。
 イケブクロでスザクとシャーリーに会った時にはどちらが先に呼び出したのか判然としなかったが、記憶回復していたことを考えれば、スザクを呼び出したのはシャーリーだ。
 恐らく、父の仇であるルルーシュ――ゼロのことを、スザクに伝えるつもりだったのだろう。錯乱して飛び降りようとしたシャーリーを、ルルーシュが身を挺して救おうとするまでは。
 次に蘇ったのは、シャーリーの言葉だった。
『ルルは一人きりで戦っていたんだね』
 ……これは、スザクがルルーシュの味方ではないと気付いていなければ出てこない台詞だ。
(俺と別れた後、スザクと話したのか)
 シャーリーは銃を携帯していた。ルルーシュを守ろうとしていたのか、それとも護身の為か。恐らく前者だろう。
 後者であれば、わざわざ厳戒態勢の間を縫ってまでルルーシュの元へと駆けつけてくる筈など無いのだから。
 銃に付着していた指紋から自殺と断定されたようだが、幾らシャーリーに隔意を抱いていたロロとて嫉妬だけでは殺すまい。
 ルルーシュの味方かどうかロロに尋ねたからこそ、記憶が回復していると気付かれて殺されてしまったのだ。
 ……そして、あるいはスザクにも同じように尋ねていたのだとしたら、スザクはシャーリーの記憶が回復していることにも気付いた筈だ。
 エリア11へと戻る前、最悪、スザクはルルーシュが口封じの為に自らシャーリーを手にかけたと考えている可能性さえあると思ってはいた。
 葬儀にすら出ていないのだから疑われるのも無理はないが、姿を見せないルルーシュを探してクラブハウスにやって来たとまで聞かされてしまえば、その怒りようなど改めて聞くまでも無い。
 ユフィの件に重ねてシャーリーの死。彼女が自殺などする筈が無いと思ってこその行動。
 形振り構っていられなくなったスザクの心情は想像に難くない。シャーリーの死に責任を感じて追い詰められたがゆえに、スザクは単身、直接ルルーシュを問い詰めるつもりで乗り込んできたのだろう。
 憤激したスザクの怖さをよく知っていたルルーシュは、ナナリーを守るという約束への期待とは裏腹に、心の底から震撼してもいた。
 記憶を失ったC.C.を放置したまま司令室の椅子に力無く座り込み、成す術もなく頭を抱えていたことを思い出す。
(確かその時にも、やはり一年前と同じことを考えていたような気がするがな)
 お前はまた嘘を吐いたと、責められるだけならばまだいいと。
 組んだ両腕で顔を覆いながら、ルルーシュは自嘲した。
 愛憎に駆られていたスザクを受け入れると決めた時から解っていたことだ。……後悔など、するに決まっているのだと。
 最後の賭けとして、スザクが打ち明けてきた八年前の秘密。幼少時よりずっと向けられ続けていた純度の高い愛情。
 その二つをもってしても、スザクに縛られ続けてやることなど出来はしないと知っていた。既に再開していた反逆を止めるつもりはないと、心に決めるだけの理由があったのだから。
 どうしても取り戻さねばならない存在がいる以上、立ち止まる訳にはいかなかった。
 心の底で、どれだけスザクとの別れを惜しんだか解らない。愛していることも本当だった。
 それでも、三度に渡って、結局スザクを切り捨てたことは事実だ。だからこそ、地べたに這い蹲って頭を下げもした。
 自身のことながら、なんたる醜態。
 齎された結果を思うだけで、あまりのみっともなさに呆れてしまう。
 騙されていたと知ったスザクの怒りは激烈だった。真実を明かせと問い詰められ、土下座した頭を足蹴にされ、胸倉を掴んで突き飛ばされ――その挙句、待っていたのは再びの裏切り。
 今まで『ゼロ』と『ルルーシュ』を分けたがっていたスザクだ。敢えて学園の制服に身を包んだ『ルルーシュ』として姿を現したことも怒りの火に油を注いだ一因だっただろうが、あれは『ゼロ』としてではなく『ルルーシュ』の頼みでなければならなかった。
 何故なら、スザクに嘘を吐いたのは、他ならぬ『ルルーシュ』なのだから。
 しかし、『もう一度、君と――』そう言って伸ばされた手でさえ嘘だった。
 ルルーシュを捕らえる為の、只の策略。
 頼るべきではなかった。最初から考慮し、弁えておくべきだったのだ。敵としてのお互いの立場を。
 それでも、嘘ではないと思いたかった。嘗て語られた愛も、その想いも、信じていたし信じ続けていたかった。
 理由が何であれ、ルルーシュは結局、自らの情に負けたからこそ破滅したのだ。
 何度も傷付けておきながら自分の都合だけでスザクを頼り、一方的に縋るこの身勝手さを許して欲しいと、心の底から詫びてもいた。
 一瞬、想いが通じたと喜びさえしたのだ。……たった一発の銃弾によって、向けた信頼が引き裂かれたのだと知るまでは。
 どんな謗りでも受けるつもりでいた。例えその全てが真実ではなかったとしても、そして、こちらが信じるだけならともかく、信じて欲しいなどとは口が裂けても言えはしないと解っていても。
 けれど、寄せた信頼は手酷く裏切られ、それまで抱いていた真摯な気持ちなど霧散してしまった。
 嘗て二人で抱き合いながら、殺したくないと涙ながらに思った気持ちでさえ。
 ルルーシュがスザクの前で涙を流したのは、あれが二度目だ。
 その瞬間、暖かな想い出の地であった筈の枢木神社は……幼い頃三人で過ごした緑の境内は、ルルーシュにとって最も忌むべき地へと成り下がったのだった。
 あんな形で――ルルーシュにとって一番許せない形で裏切られるなど、誰が想像するものか。
 だからこそ、蓬莱島司令部へと帰り着いたルルーシュは、来るべき日本開放戦――第二次トウキョウ決戦にて、スザクを討つと心に決めたのだ。地に顔を擦り付けた時の泥の跡と、乾くことの無い涙の跡を頬に残したまま……。
(だが、あいつはきっと、もう笑わない。笑えなくさせてしまった。この俺が)
 組んだ両手から、乾いた土が降ってくる。汚れた自分の手を見つめていたルルーシュは、一年前、絡めたこの手に頬を寄せながら、泣き笑いのように寂しげに微笑んだスザクの顔を思い出した。
 あの時、愛しくも尊いものに触れるような恭しさで、スザクはルルーシュの手に触れたのだ。……この、血に染めてしまった悪魔の手を、そうとも知らずに。
(我ながら記憶力の良いことだ)
 ほんの一年前のことなのに、こうも遠い記憶のように感じるとは。
 たった今目にしたスザクの笑顔は、きっと脳裏に焼き付いたまま、永遠に消える事は無いだろう。
 寧ろ、一生覚えていようとさえ思っていた。
 あれだけ痛烈な目にあったというのに、懲りていないとは正にこのこと。未だに未練たらしく忘れられずにいるとは、一体どういう了見か。
(これではまるで、人間だ)
 煩悶するからこその人間か。
 それとも、欲と煩悩に塗れているからこその悪魔なのか。
(馬鹿か俺は。一体何人殺してきたと思っている?)
 ルルーシュは己に自問した。今更罪悪感を抱くとは、煩わしいことこの上ない。
 紛うことなき真性の魔性でありながら、何故か完全に凍り切ることのない自身の心。
 全てを失くした今も尚、消し去ることのできないスザクの笑顔。
 消えない。消えてくれない。……どうしても。
(俺の所為だ。ユフィのことも、シャーリーのことも。そしてナナリーのことも)
 例えギアスのことがあったとしても、自分にさえ関わらなければ誰も死なずに済んだ。不幸な最期を遂げることなど無かった。
 それだけは間違いない。
(結果的に、俺が殺した。――誰も彼も)
 これも皮肉なことに、今のルルーシュと同じ思いを味わい、知っていると言える者もまた、多分スザクだけなのだった。
 生きることに理由が必要な者の苦しみと、守るべき対象を失った者の孤独。
 地獄の業火に身を焼かれるよりもまだ辛い、肉体の死ですら凌駕するほどの、喪失の恐怖。
 それらを全て、経験しているのも……。
(恨まれ、憎まれているだけならば、まだ良い)
 空と交じり合った水平線の彼方を見つめながら、ルルーシュはもう何度も繰り返し思い続けてきたこととは少し違う言葉を、心の中で呟いた。
 裏切られたと知っていても、まだ心のどこかで信じる気持ちを捨て切れていないのは、今でも思い出そうとすれば易々と蘇るスザクの声のせいだった。
 スザクが紡いだ言葉の数々。愛していたように見せかけていた。何もかも単なる策略の一環でしかなかったのだと、一時は信じた。
 それなのに、何故言えない?
 抱き締めてきた腕も、愛していると幾度も囁かれた言葉でさえも、全て嘘だったのだと。何故そう言い切ることが出来ずにいる?
 あまりにも愚かで滑稽だ。交し合った想いですら否定したのはスザクの方だと解っているのに、蘇るスザクの声こそが裏切りを否定し続けるこの矛盾。
 演技とは到底思えないほど真に迫ったあの告白――八年前の悲劇について語られたスザクの想い。
 もし、それだけは嘘でなかったというのなら、スザクは今頃酷く悔やんでいることだろう。
 同情を求めたのではなくとも、話すまいと思って隠し続けてきた秘密でさえ無駄にされ、きっと、以前とは比較にならないほどの激しさで憎んでいる。
 愛する者を……守りたいと願った者を、二度ならず三度までも奪ったルルーシュ自身のことを。
(あいつは穢らわしいと思っているだろうか。俺のことを)
 ここへと至るまでの二人は、騙し合い、裏切り合いの連続だった。
 ルルーシュと体を重ねたことも、愛し合ったことでさえも、今のスザクは恥じているだろうか。
 一年前よりも更に激しく、過去の自分がルルーシュへと抱いていた想いでさえ、疎んじているのだろうか。
(それでもいい)
 潰れた心臓が上げる悲鳴など、聞きたくもない。
 全ての思考を追いやるように、膝を抱えて小さく蹲ったルルーシュは固く瞼を閉じた。
 過去を取り戻すことなど、誰にも出来はしない。――ただ、スザクを傷付けたくなかった。もう、これ以上。
(スザク。俺の夢は、叶いそうにない)
 青空の下で。スザクの傍で。……そんな夢など。
 学園の者たちと交わした約束も、無論果たされることは無い。
『いつかここで、また皆で花火を上げよう』
 よく言えたものだとルルーシュは再度自嘲した。
 どんなに激しい怒りも、どんなに深い憎しみも、元を糺せば全て、その原点は「悲しみ」から始まっている。そして、その悲しみこそが、世界にとって何よりの災厄なのだ。
 だからこそ、終わらせなければならない。役目を終えれば消し去らねばならない。
 最後には必ず、この不毛な生を。命を。
 世界に悲しみを撒き散らすことしか出来ぬ、災厄そのものとしか言いようの無い、自分自身の存在ごと。
 雷に打たれたように、ルルーシュは唐突に気付いた。
 心が無いから悪魔なのではない。
 心が在りながら、悪を重ねることしか出来ないからこそ、真の悪魔なのだと。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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