オセロ 第24話(スザルル)

24


 四度目の吐精を果たしたルルーシュが、ベッドに深く沈み込みながら荒く息を吐き出した。
 濃密に流れる空気の中、同じく荒い息を吐いたスザクが隣で寝転びながら、ルルーシュの頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
 途中で何度も意識が飛びかけたが、スザクはその度に強い刺激を与えることでルルーシュの意識を呼び戻した。
 ここまで激しい交わり方をしたことなど一度も無い。一年前とは大きく異なるスザクの抱き方は、まさしく抱き潰すという表現に相応しいものだった。
「ようやく言ったね」
「……何がだ」
 くったりと枕に顔を沈めたままうつ伏せていたルルーシュが気怠そうに尋ねてみると、肘を枕にして仰向けになっていたスザクはつらっとした顔で「僕と寝て『いい』って言わなかったの、今までで君だけだから」と呟いた。
「大した自信だな。……お前はどこのジゴロだ」
 ご大層な台詞に呆れてしまう。経験豊富なのは疑いようも無い事実なのだろうが、自分で言うことでもないだろう。
 スザクは背中を軽く揺らしてふっと笑ったルルーシュには一瞥すら寄越さず、ただ茫洋とした眼差しを天井へと向けたまま続けてくる。
「只の事実だよ。君が他の人たちに比べて素直じゃなかっただけだ。……そういう意味でも、君は僕にとって初めての人ってことになるのかな」
 不本意だけどね、と付け加えたスザクが、ごろりと体を転がしてルルーシュの方へと向き直ってきた。
「そういう意味でも……?」
 ルルーシュは付いた肘で頭を支えながら髪に触れてくるスザクへと訊き返した。スザクにとって、まだ何か初めてのことが他にもあるような口ぶりだ。
 激しい情事の名残で潤んだままの瞳を向けてきたルルーシュへと頷きながら、スザクはルルーシュの髪に潜らせた指で優しく梳く動作を繰り返す。
 汗ばんだ頭皮に触れられるのが何となく嫌で、ルルーシュはこそばゆそうにスザクの手を避けようとしていたが、気にせず弄られているうちにどうでも良くなって、好きなように毛先で遊ばせてやることにした。
 ――ふと、スザクが幼い頃、将来床屋になりたいと言い出すほど、人の髪を触るのが好きだったことを思い出したからだ。
「君と一緒に居ると、初めてのことばかりだ。知りたくなかったことばかり知らされるし、経験のないことにばかり遭遇させられる。君がもし、僕のことを少しでも酷いと思ってるとしたら、それは全部君の所為だよ。ルルーシュ」
 スザクの台詞を聞きつけたルルーシュが、また呆れたように笑った。
「そう言い切るお前の方が酷いだろ」
 ルルーシュの脳裏に、唐突に一年前の記憶が蘇った。
(まさかこいつが、俺と同じことを考えるようになるとはな)
 初めて体を重ねた翌日にルルーシュが思ったことと同じことを考えているスザクが、ルルーシュには少し可笑しく感じられた。
 思い出し笑いしているルルーシュを見て不審そうにしているスザクへと、伸び上がったルルーシュは自分から口付けていく。
 両頬を挟み込むようにして唇を合わせていると、スザクはルルーシュの両手を取り上げてベッドに縫い付けながら、また押し倒して貪ってこようと舌を絡めてきた。
「ん、馬鹿……も、無理だっ……」
 一度目が終わった時ですらそう思ったのに、その後、立て続けに三回も求められたルルーシュは既にへとへとだった。
 体を捩るルルーシュに体重をかけて押さえ込みながら、スザクは感じやすい首筋や耳元ばかりを責めてくる。
「や、めっ……! 殺す気かお前は!」
 さすがに苛々したルルーシュが睨む眼差しの鋭さを強めて鬱陶しげに毒づくと、悪戯っぽく目を細めたスザクは「まだ足りないのかと思った」などと呟きながらもう一度口付けてくる。
「んんっ、だ、からっ、も、やめ……っ!」
 スザクの後ろ髪をぎゅっと掴んで無理やり引き離したルルーシュは、咄嗟に抱えた枕を盾にしてスザクから逃げた。
「何だよそれ。随分可愛い抵抗だな」
「そういうことを言うのはもうやめろ、この馬鹿が! 俺は男だぞ!」
 行為の最中にも耳が腐るほど聞かされた形容だ。抗議の意味も兼ねて怒るルルーシュを抱き寄せたスザクは、腰と背中に回した腕でルルーシュの体を自分の上へと乗せながら、渋々「解ったよ」と呟いた。
 両腕でいとおしげにぎゅっと抱きしめてくるスザクに一瞬重くないのだろうかと思ったが、ルルーシュはスザクの胸に頬を乗せたまま無言で心臓の音を聞いていた。
(暖かいな……)
 とくん、とくん、と鳴り続ける心臓の音が心地いい。
 ……だが、これは嘗て、ルルーシュが一度は殺そうとした男の鼓動なのだ。
 撃ち合った時のことを思い出したルルーシュは、辛そうに眉を寄せたまま瞼を閉じた。
(お前が生きていてくれて、本当に良かった)
 殺さずに済んで、本当に――。
 身勝手な考えだと重々承知している。だが、例えそう思うことですら勝手なことだと解っていても、死にたがりのスザクが今も生きてくれていることに感謝せずにはいられない。
 決して伝えられない言葉を心の中で呟きながら、ルルーシュはスザクの胸の上で震えそうになる手を強く握り締めた。
(もしこいつを殺していたら、俺は……)
 充分過ぎるほど有り得たIfについて考えるだけで、全身に震えが走る。
 もしもあの時、スザクを喪っていたら。
 ――もし、永遠にこの温もりに触れられなくなっていたとしたら。
 そこまで考えて、ルルーシュは思考をストップさせた。……これ以上はもう、想像すらしたくない。
 スザクに向けて放った銃弾。この男がそれを避けてくれたからこそ、スザクは今も生きている。心臓を動かし、呼吸をして、力強い腕でこうして抱きしめてくれもする。
 けれど、それを良かったとしみじみ思う自分を俯瞰しているもう一人の自分は、やはり今も酷薄な笑みを浮かべながらルルーシュの想いを嘲弄していた。
 ――いつもそうだ。
(スザク。それでも俺は、お前を殺したくない。失いたくない。例えこの先、俺たちの間にどんな事があったとしても……)
『生きろ』とスザクに命じたあの時と同じ強さで、ルルーシュは願った。
 屋上で犯された後に抱きしめられた時には、暖かいとも冷たいとも感じられなかったスザクの体温。
 それなのに、今は身に染み渡るように暖かい。――こんなにも。
(敵同士だというのにな。今の俺たちは)
 弛んでいるし、爛れていると解ってはいる。
 けれど、つくづく堕落した関係だと解り切っていても尚、離れられないし離れ難い。
 出来ることなら、このままずっと溺れ続けていたかった。
(駄目だ……)
 ふと、閉じた瞼の裏が熱くなり、ルルーシュは堪えるように強く歯を食いしばった。
 ――スザクが好きだ。今でも。こんなに。
 ただ自覚するだけで、涙が零れそうになってしまうほど。
 覚悟など疾うに決めている。それでも、このスザクと敵同士という事実を受け入れられず、現実を直視するだけで崩れ落ちてしまいそうになる。
 ルルーシュは冷静にならなければと思い直した。
(感傷に耽っている暇など無いだろう。今の俺には)
 一時的な感情に揺り動かされている場合ではない。ナナリーを取り戻し、あの男――皇帝を打ち倒し、ブリタニアという巨大な帝国を破壊するまでは、決して立ち止まることなど出来はしないのだから。
 けれど――。
 例え冷酷な悪魔であっても、人を愛する悪魔だって居てもいい。
 とことん勝手な生き様を貫こうとするのであれば、尚更だ。
 そう思いながら、ルルーシュはスザクに問いかけた。
「そういえばお前、前に違和感が無いって言ってたな」
「……君と寝て?」
「ああ。後悔してないかとしつこく訊いてきた後に」
 平然と問いかけたルルーシュが、もう大丈夫だと思ったその時。
 ルルーシュの眦に溜まっていた潤みがぽろりと一滴、スザクの胸元へと零れ落ちた。
「……っ!!」
 ぽたりと落ちてきた水分に気付いたスザクが、はっとしながら体を起こそうとする。
「ルルーシュ? ――君、もしかして泣いてるの?」
 息を飲んだルルーシュは顔を背けたまま慌ててスザクの体から降りようとしたが、すかさず伸びてきたスザクの手に顎を取り押さえられ、仰向けに転がされて無理やり顔を上向かせられてしまう。
「やめろ! 見るな!」
「どうして泣いてるの?」
 覆い被さって顔を覗き込んできたスザクが、困惑した表情で訊いてくる。
 一度は堪えようとしたのに、失敗してしまった。
(情けない……!)
 よりにもよって、スザクの前で泣いてしまうとは。
 生理的に流れるものとは全く質の異なる涙に羞恥と自己嫌悪を隠し切れず、ルルーシュは悔しげに唇を噛み締めながら手で口元を覆った。
 その間も、零れ落ちる涙は留まることすら忘れたように頬を濡らし続けていく。
「ルルーシュ……」
 スザクに震える声で名を呼ばれ、背中に潜らせた腕で突然強く抱きしめられたルルーシュは息が止まりそうになった。
「どうしたの」
「だからっ……! 何でもな、」
「嘘だろそんなの」
 強い口調で遮られると、もうそれ以上何も言えなくなる。
 ルルーシュは無言でふるふると首を振った。涙腺は完全に決壊してしまったのか、涙は次から次へと頬を伝い、堰を切ったように溢れ出してくる。
 泣いている理由など言いたくない。――言えるものか。
 こんな弱い姿は見せたくない。ましてや、スザク相手に本音を漏らすなど言語道断だ。
(馬鹿か俺は! こいつ相手にこんなことで弱みを見せてどうする!)
 今のスザクは敵なのに――。
 顔を見られないようにスザクの肩口へと顔を埋めたルルーシュは、忘れる訳にはいかないと自分に言い聞かせながら、やっとの思いで切り出した。
「思い出した、だけだ……。昔の……一年前の、ことを……」
 当然これは只の言い逃れであり、その場凌ぎの嘘に過ぎない。
 けれど、重なり合った体に違和感が無く、生まれた瞬間に分かたれた半身のようだと思ったのは本当だった。
 だから、この言葉の半分は本当で、もう半分は嘘。……スザクとはいつも、そんな風にしか話せない。
 本当は、ただ伝えたかっただけなのに――出てくる言葉は嘘ばかり。
 一年前からずっと、身に染み付いたこの癖だけは変わらない。
 しかし、スザクは「そうか」と頷いた後、辛うじて聞き取れるくらいの微かな声で、小さく「ごめん」と呟いた。
「何故謝る」
 顔を伏せたまま尋ねると、スザクはルルーシュの額に当てた手で顔を上げさせ、涙の滴るルルーシュの頬へと口付けてから再び強く抱き締めてくる。
「君を拒絶する理由なんか今の僕には無いよ。……それでもまだ、僕が怖い?」
「……馬鹿を言え。怖くなんかない」
 ルルーシュは「誰が」と気丈に呟いたものの、耳元に落とされたスザクの囁きはこの上なく優しかった。
(それは誤解だ。スザク)
 スザクは明らかに、ルルーシュが流した涙の意味を取り違えていた。
 嘘の答えに、まともな返事など必要ないのに。
 沈黙したルルーシュへと向き直ってきたスザクが、あやすように背中を撫でながら何度も口付けを降らせてくる。
「泣かないで……。好きだよルルーシュ。八年前からずっと、君だけを愛してる。だって君は、初めて僕を救ってくれた人だもの」
「え……?」
 スザクは唇の上に溜まっていた涙の粒を吸い上げながら、不思議そうに訊き返したルルーシュの手を取って自分の頬へと当てていた。
「あの雨の日にだよ。……わかるだろ?」
「…………」
 それを言うなら逆だろうと言いかけたルルーシュだが、寸でのところで踏み止まった。
 救うどころか、ルルーシュは果てなく続く懺悔と後悔の闇へとスザクを叩き落とした張本人の筈だ。
「いや、そうじゃなくて――君は、僕が生まれて初めて救いを求めた相手だったから、かな。……だから君は、僕にとっては恩人のようなものでもあるんだよ。ルルーシュ」
 スザクは少し考えてから、改めて言い直してくる。
 一年前、初めて学園に入学してきたスザクの言葉を、ルルーシュは唐突に思い出した。
『七年前の借りを返しただけ』
 二人きりの屋上で、スザクが口にした台詞だ。
 流れる涙に泣き濡れながらも、ルルーシュは徐々に冷静さを取り戻し始めた。
 記憶が過去へと立ち戻り、冷えた思考でクリアになった頭が冴えていく。
(本当は、その時のことではないんだろうがな)
 いや、たった今スザクが口にした通り、もしかするとその時のことも含めてなのかもしれないが。
 スザクが父を殺し、『俺』から『僕』へと変貌を遂げたその日以降、ルルーシュたち兄妹は枢木の別邸へと身柄を移され、数日後、学校を辞めたスザクも二人の後を追うようにしてやってきた。
 ……あの、肌身離さず傍らに置いていた木刀だけを携えて。
(あれはギリギリの質問だったな)
 三日前、屋上でスザクが木刀を携帯するようになった理由について言及したことを思い出し、ルルーシュは一瞬ひやりとした。
 スザクはルルーシュたちを誘拐しようとした者たちに、たった一人で立ち向かって行ったことがある。
 ルルーシュたち兄妹を先に逃がし、大の大人数人を相手に木刀一本で果敢に挑んだスザクだが、とうとう打ち負けて取り押さえられたその時、間一髪で戻ってきたルルーシュが策を弄して彼らを追い返したのだった。
 ――スザクの言う『七年前の借り』とは、その時のことだ。
 今のルルーシュに、一年前屋上でスザクに言われた台詞に関する記憶は残されていない。
 だが、八年前の悲劇を詳細に知らされた今、もう何もかもに気付いていた。
 枢木ゲンブが死去した後も、皇族だったルルーシュたちの立場は変わらない。例え皇位継承権を剥奪され、既に廃嫡させられていたとしてもだ。
 首相が亡くなったことを知ってからは、おそらくキョウト側に属していた誰か――恐らく藤堂辺りだろう――が首相代理を務めていたに違いないが、基本、ルルーシュたちを始末したい方向そのものに変わりは無かっただろう。
 確かに、ルルーシュたち兄妹を誘拐しようとしたのはアッシュフォードの者たちだったが、そもそも彼らがルルーシュたちを誘拐しようとした動機は、皇位継承権を持つ他の皇族と繋がりのある貴族たちが、ルルーシュたち兄妹へと差し向けた刺客から守る為だった。
 ルルーシュたち二人より遅れてやってきたスザクが片時も木刀を手放さなかったのも、これらの事情をどこからか聞きつけ、周囲の大人たちを信用出来なくなっていた所為なのだろう。
 皇族でないルルーシュたちの命を、貴族が狙うことは無い。
 だが、改竄された記憶によって一般人ということにされているとはいえ、スザクによってゲンブが殺害された時点で、ルルーシュたちの命を狙う者は居なくなったかといえば、答えはノーだ。
(てっきりあの男の差し金かと思っていたが……。しかし、日本側でそういう動きがあったのなら、裏で貴族どもを嗾けていたのは桐原本人だな)
 ゲンブがルルーシュたちを始末するならそれでいい。
 だが、スザクがゲンブを殺してしまったことにより、計画が狂った彼らは別ルートを用意して始末しなければならなくなったという訳だ。
(いや、奴らがゲンブの目論見に気付いていても、いなかったとしても、元々俺たち兄妹を殺すつもりだったこと自体に変わりはない、か……。目的は別にしても、奴らが同じことを考えていたのだとしたら、ゲンブが俺たちを殺そうと画策する前から根回ししていた可能性の方が遥かに高いな)
 別邸に移ってから襲われた記憶が、何故そのまま残されていたのか。
 杜撰な改変具合だったとはいえ、ルルーシュ自身おかしいと思いつつも曖昧なまま口にした台詞だった。
(自分がしたことで無ければほったらかしとは。あの男……余程俺から恨まれたいらしいな)
 ルルーシュは心の中で憎々しげにひとりごちた。
(本を糾せば、この俺に恨まれず、反逆もさせない為に書き換えた記憶だろうが)
 貴族に狙われることの無い一般人としての記憶しか持たない筈のルルーシュが、何故ゲンブ死亡後もスザクがルルーシュたちを守ろうとしていたことに気付けたのか。
 キョウトとゲンブとの確執について打ち明けられる前に、万一その点に関してスザクに勘繰られでもしていたら、それなりに面倒なことにはなっていたかもしれない。
(まあ、答えようと思えば幾らでも答えられることではあるがな……)
 言い訳など、軽く十数通りは思いつく。
 当時、本格的な開戦を待たずして、ブリタニア軍は既に日本への侵略を開始していた。国土は蹂躙され、焦土と化し、比較的安全な別邸へと避難させられていたルルーシュたち兄妹とスザクの周囲も、決してその例外ではなかった。
 只でさえはっきり異国人だと解る顔立ちのルルーシュだ。侵略国の者だと知れれば、差し向けられた刺客以外の誰に命を狙われようともおかしくはない。
 実際には、スザクと離れたルルーシュたちはアッシュフォードに引き取られていたが、改竄された記憶の中では正常な国交が断絶され、ブリタニア本土へと帰れなくなっていたルルーシュたち兄妹……いや、兄弟を無事に送り返したのが、その時誘拐しようとしていたアッシュフォードだったという風に筋書きが変えられている。
 ルルーシュの涙は、いつの間にか止まっていた。
「救われたのは、俺たち兄弟の方だろう?」
 ようやく顔を向けてきたルルーシュに向かって安心したように微笑んだスザクが、緩く首を振りながら続けてくる。
「いや。君は、僕が初めて縋った相手だ。僕が自分から、自分以外の誰かを求めて縋った相手は、今までで君一人だけだよ」
「…………」
「おかしく思うかい?」
 それはそうだと思いながら、ルルーシュは閉口した。
 ユーフェミアはどうしたと思っていながらも、敢えて口にしないルルーシュの意図に気付いているのだろう。スザクは自分の頬に当てていたルルーシュの手を離し、愛しげに口付けてから喋り始めた。
「あの日、僕はどうして君たちの所に向かったのか、正直よく覚えていないんだ。でも、雨の中で灯る小さな離れの明かりは、その時の僕にとっては何かの救いであるようにさえ思えていた。……それでも僕は、背を向けようとしたよ。でも君は真っ先に飛び出してきて、駆け寄って来てくれた。君たちに合わせる顔が無いと思って逃げようとしていた、僕の傍に」
「…………」
「それまでの僕はずっと一匹狼で、手の付けられない乱暴物って呼ばれてて――友達なんか一人も居なくて。だから君は、そんな僕にとって初めて出来た本当の友達だった。僕は他の子供たちを見下していたし、特に仲良くなりたいと思ったことも無かったよ。でも、君たち二人とは、何故か自然と友達になることが出来た」
 スザクは遠い記憶を一つ一つ掘り起こすように、言葉を選びながら慎重に話していた。
 ルルーシュはスザクの告白に戸惑いながらも、一言も聞き漏らさないよう、黙ってスザクの言葉に耳を傾けている。
「君は昔から意地っ張りで気が強くて――でも気高くて。再会してからも、そういう所はちっとも変わっていないのが凄く嬉しかった。ああ、やっぱりルルーシュはルルーシュのままだ。……そう思えたから。喧嘩は僕の方が強かったけど、君はつまらなく思えるばかりだった他の子供たちにも、そして僕にも無い特別な強さを持っているんだって、僕はずっとそう思ってた。怒鳴られて気圧されたことさえあったよ。大の大人たちでさえ、力で捻じ伏せてきたこの僕が。――でも、だからこそ僕は、君に縋ることが出来たんだ。あの時、僕の目の前に来てくれたのが、他でもない君だったから……」
 スザクは「どれほど救われたか解るかい?」と尋ねながら、抱きしめていたルルーシュに頬ずりした。
 覗き込んでくるスザクの深緑があまりにも真摯で、目を逸らせない。
 ベッドで二人横たわったまま見つめ合っていると、時の流れが止まってしまったようにさえ感じられた。
 スザクは涙に濡れていたルルーシュの睫を軽く指先で撫でてから、再び話し始める。
「だから、あの時君に取り縋った僕は、心の底から必死だった。一生君を守ろうと思ったよ。それしか生きる道は無いとさえ……。でも――僕たち二人は引き離れてしまった。当時の僕たちどちらにとっても、どうすることも出来ない事情によって……。それまで『俺』と言っていたのに『僕』に変えようと思ったのも、今思えば君の模倣だったんだろうな、きっと。――だって、そこに居てくれたのが、ルルーシュだったから」
「え……?」
 打ち明けられた思いがけない事実に、ルルーシュは思わず瞳を見開いた。
「僕はね、ずっと憧れていたんだよ。君に」
「俺に……?」
「ああ。あの頃の僕にとって、君は僕の世界そのものを大きく変えてしまうほどの存在だった。君は僕よりもずっと賢くて、沢山のことをよく知っていた。大人のことも、世の中のことも――そして、人というのがどういう生き物なのかということでさえ、君は僕とは比較にならないほどの冷静さで見つめることの出来る子供だった。……だからかな。初めて『勝てない』と思ったのは」
 スザクはそこで一度、言葉を切った。
 長く続く告白に黙って耳を傾けていたルルーシュは、複雑な気持ちでスザクを見つめたまま尋ねた。
「そこまで言われるほど立派な子供だったか? 俺は。確かにそこらの子供たちより多少は大人びていたかもしれないが、幾らなんでも買いかぶりすぎだろう」
 正直、意外な思いを隠せない。
 美化されていたのは知っていたものの、まさかここまでとは。
「何かにつけ、俺を褒めちぎるのがお前の癖だったな。そういえば」
 ルルーシュは内心の驚きを隠したまま、茶化した口調で肩を竦めた。
 今より遥かに口の悪かった八年前のスザクには、それこそ耳を塞ぎたくなるほど幼稚な罵詈雑言を浴びせかけられたものだが、そのスザクがまさか、心の内側でそんなことを考えていたとは思いもよらなかった。
 しかし、幼い頃に比べて語彙も豊富になり、決して達者だったとは言えない口も成長したことで滑らかになったのだろう。思えば確かに、スザクと再会してからの一年間、憚ることなく褒め言葉を口にされては、しょっちゅう面映い思いをさせられ続けてきたような気もする。
 おどけてみせたルルーシュに苦笑したスザクだったが、突然真顔に戻ってから口を開いた。
「ねえ、ルルーシュ」
「ん?」
「僕はこの間『君を縛っておきたい』って言ったけど、そんなことしたくないって思ってるのも本当なんだよ」
「…………」
 優しい瞳に浮かぶ慈しみの色。
 言われなくても解る。――これは『僕』としての、スザクの言葉だ。
「だから、君が本心では僕から離れたいと思っているなら、逃げても構わない」
「――――」
 真っ直ぐなスザクの瞳に射抜かれたまま、ルルーシュは口ごもった。
 スザクに『お前はどうしたいんだ』と尋ねたルルーシュだが、自分からはどうしたいとも伝えてはいない。一応了解して受け入れはしたものの、それはあくまでも『受け入れた』だけだ。
 見方によっては、ただ単にスザクの押しに負け、成り行き任せに元通りの関係へとなだれ込んだようにも見えなくは無かった。
「――って。……もし、僕がそう言ったら、君はどうする?」
 黙り込んだルルーシュに向けてふっと笑ったスザクが、冗談めかした声音で続けてくる。
「本気か?」
「うん。……君は、どうしたい?」
 ルルーシュはスザクから目を逸らし、瞼を伏せたまま思案した。
(テストのつもりなのか? スザク)
 今日屋上で言った台詞とて、スザクは無論忘れてはいまい。
 三日前にも『僕の気持ちを理解するべきだ』と言っていたスザクだが、これはルルーシュがその言葉の意味をどの程度解っているのか計ろうとしての台詞なのだろうか。
 それとも――。
(俺の記憶が戻っているなら、こいつは当然、こんな密接な関係などとっとと解消したいと考えるだろうと思っている筈だ)
 記憶が回復しているかどうか反応を探っているのか。もしくは、もっと単純に『ルルーシュ』の本音を探っているのか。
(お前は何を知りたがっている?)
 離れたくないと思う気持ちや、スザクを愛する気持ち。
 知りたがっているのは、どれなのだろう。
(あるいは、その全部なのか? スザク)
 これは単なる期待だが、もしかするとそうかもしれない。
(昔見た夢を思い出すな……)
 一年前、初めてスザクの夢を見た。今のスザクは皮肉にも、その時見た夢に出てきたスザクに一番近いような気がする。
 何でも打ち明け、心のままに話してくれる。ルルーシュが知りたいと願い続けてきた、スザク自身のことを。
 ……それなのに、知りたいと望み続けた真実は、どうしてこうも残酷なことばかりなのだろう。
(夢とそっくりなのに)
 ――夢とは大違いだ。
 チクリと傷んだ胸の疼きを、ルルーシュはわざと無視した。
 答えを待っているスザクの頭を引き寄せ、柔らかな癖っ毛に顔を埋めたルルーシュは密やかな声で呟く。
「俺が逃げたら、お前は追いかけるんだろ? 俺を捕まえる為に」
 答えるルルーシュの表情を見逃すまいと思っているのか、ルルーシュから離れたスザクが皿のような目を凝らしてじっと顔を見つめてきた。
 どこかに嘘が隠れていないか探っているようだが、探したところで見つかるまい。……何故ならこの言葉だけは、紛うことなきルルーシュ自身の本音なのだから。
「模範解答だっただろ? スザク」
 ルルーシュはゆるりと目を閉じて、自分からスザクへと口付けた。
 よく解ったねというように、触れ合ったスザクの口角がゆっくりと上がっていく。
「離さないって言ったよな。俺のこと」
「うん。絶対にね」
「それも本気なんだろう?」
「……そうだよ」
 例え逃げないと言っても、スザクはきっと信じない。かといって、では逃げようかと答えれば、スザクがどうするのかなど知れていた。
 所詮、どちらの答えを選んでも駄目なのだ。――もう。
(だったら、解らせてやるしかないだろう)
 ルルーシュ自身と同じくらい諦めの悪い、この男の為に。
「なあ、スザク。……俺のことが好きか?」
 初めて体を重ねた時と同じように、ルルーシュは尋ねた。
「うん。愛してるよ」
 ほとんど即答でスザクが答えた。
 ストレートに返されたのは、一年前の当時よりもっと欲の色が濃く、古来より使い古されてきた愛の言葉だ。
「……では、俺のことが憎いか?」
 一度目を閉じたルルーシュが再び尋ねると、無表情になったスザクは暫くの間黙り込んでから、言った。
「ああ。――とても」
 言いながら、今度はスザクから口付けてくる。
 ルルーシュは薄く目を開いたまま、無言でスザクのキスを受け入れた。
 死の接吻。……そんな言葉が頭を過ぎる。
「知ってるかい? ルルーシュ。僕は結構寂しがりだし、本当は凄く甘えん坊なんだ。そして君は、そんな僕が唯一我侭を言える、とても貴重な存在でもあるんだよ」
 聞いているこちらの方が恥ずかしくなるような台詞を平然と口にするスザクに、ルルーシュは笑った。
「確かにそう言われてみれば、お前は他の奴らに対しては妙におとなしい癖に、俺に対してだけはあまり遠慮しない所があったかもな」
「そうだ。だからこそ、僕を甘やかすのは良くないことなんだ。本当は」
 懐かしい台詞だと思い返しながら、全くだとルルーシュは思った。
『僕を甘やかしても、良い事はないよ』
 確か一年前にも言っていた台詞だ。
 ……けれど。
「知ってるだろ? 俺はお前を甘やかすのが好きなんだ」
「……甘えられるのも?」
「ああ。ちなみに、お前に甘えられるのはもっと好きだな」
 一言話す度に、そっと啄ばむように口付けてくるスザクの唇が心地良い。
「ルルーシュ。そういう所、なんだかお母さんみたいだね」
「そうか?」
「そうだよ。……駄目にされそうだ」
 もうなっているだろうと思いながら、ルルーシュは胸元に寄せられたスザクの頭を抱えたまま目を閉じた。
 深く息を吐き出したスザクも安心し切ったように目を閉じて、安らかな眠りに就こうとしている。
「こら、重いだろ。降りろよ」
「嫌だ。我慢してよ」
「嫌だ」
「じゃあ、膝枕してくれる……?」
 ここまで開き直ってグダグダに甘えてくるスザクは見たことがない。
 ――やはり駄目になっている。もう充分すぎるほど。
「じゃあって何だ。俺は疲れてるんだよ。ゆっくり眠らせてくれたっていいだろう?」
 あれだけ好き放題しておいてと内心毒づきながら、ルルーシュは邪魔くさそうにスザクを退かそうとしたが、無視したスザクは梃子でも退かないと言わんばかりに体重を乗せてくる。
「甘やかすの好きなんだろ。自分で言ったことには責任とれよ。ルルーシュ」
「何が責任だ。馬鹿が……」
 うるさそうに身を捩りながら抱きついてくるスザクの態度にチッと舌打ちしながらも、ルルーシュは仕方なく胸元に寄せられたスザクの頭を撫でてやった。
 ふわふわした髪の手触りは、そう悪くない。――いや、正直かなり良い。
 ……ほんの束の間、ルルーシュは確かに幸せだった。
 ずっとこのまま、時が止まってしまえばいいと願ってしまうくらいには。
(駄目にされそうなのは、俺の方だ)
 本心の織り込まれた嘘ほど上手な嘘は無い。
 嘘と本音、拒絶と執着、憎悪と愛情。二つの心の狭間で、スザクは振り子のように揺れ動く。
 例え相反するように見えていても、その根底が同じなのだとは気付かぬまま。
 時によってジキルとハイドのように移り変わるスザクの姿に、ルルーシュの心もまた、否応無く雁字搦めにされていくようだった。
 さながら、たった二人きりの舞台。……でなければ、くるくる回るメリーゴーランドの上で、果ての無い追いかけっこでも続けているのだろうか。いつまでも、いつまでも。
 眠りに落ちる寸前、ルルーシュは願う。あくまでも貪欲に。
 もしも願いが叶うなら、どうかもう少しだけこのままで――と。
 けれど時は進んでゆく。破滅へのタイムリミットはすぐそこまで迫っている。
 ……そう。すぐ其処まで。
 一分一秒と、逆さに回る時計の秒針が、刻々と運命を刻んでいく音が聞こえてくるようだった。
 いっそ残酷なほど、正確に。
(悪趣味なことだ。我ながら)
 何か熱いものが込み上げてくる。喉が痛い。……いや、気のせいだ。
 それでさえ、自分に言い聞かせた嘘でしかないと知ったのは、そっと開いた視界がぼんやり歪んでいたからだった。
 眠りに落ちたスザクの寝息を聞きながら、あまりの愛おしさに窒息しそうになる。
 傷みに潰れた心臓を今すぐにでも取り出して、どこかに放り投げてしまえたら。
 まだ残る愛や、情や、心ごと。――そうしたら、せめて少しは楽になれるのだろうか。
 目などずっと閉じたまま、開かなければ良い。せめてこの夢から覚めるまで。
 そう思いながら、ルルーシュは一人静かに涙を零した。

 愛の深さと同じだというのなら、憎まれていても構わなかった。
 それでもスザクと共に居られるのなら、もう、それだけで――。

この記事の下は大人専用になりま す。

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タイトルの通り、この記事の下に二つヤバい画像が続いています。

この記事でルルーシュくんが何か訴えてますが、もうアップ終了してますので、「私は大人です」という方のみ全力で無視して下さい^^


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背後確認宜しいですか?




…では、どうぞ^^
あられもないルルーシュくんのお顔激写、第二段です。

一枚目>突っ込まれる直前のお顔。
下がいい具合に影になってますw

二枚目>後ろから。

三枚目>二枚目のお顔アップ。

…お相手は、勿論ドエス様です。

何されてるのかはご自由にご想像 下さい。



あられもないルルーシュくんのお顔を激写してみました。
全体(?)像と顔アップ。

多分股の間で茶色いふわふわ頭が何かしてると思いますが、まあタイトルの通りですw

オセロ 第23.5話(スザルル)

※R20警報発令中です。

完全なるサービス回により、急遽23、5話化しました。
最初から最後まで延々と(割と激しめな)大人シーンが続いておりますので、未成年の方は絶対にリンクをクリックしてはなりません……。



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閑話休題。

moblog_98b55916.jpg

久しぶりにラクガキしてました。
スザルルちゅーは描いてて楽しいよ^^
しかし、こういうラクガキばかりしてるとどんどん時間が無くなる訳ですよ…。

今から24話書きます。
短編書きたい…(遠い目)

オセロ 第23話(スザルル)

※性描写含みますので畳みます。続き読まれる方のみリンククリックでどぞ!


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男前なジュリエット ~君の愛はワールドワイド~

 電話の前で悩んでいる一人の青年がいた。
 名は枢木スザク。十七歳。この寮から僅か数百メートルほど離れた学園内クラブハウスに住む幼馴染に片思いしている高校生。兼、職業軍人。
 経験値はそこそこ。いや、むしろ豊富。――だが、ここに来てスザクは大変な事実に気がついた。
(僕、自分から告白したことって無いんだよな。そういえば)
 下は5歳から上は40代、もっと言えば高齢すぎて年齢不詳なおばあちゃんまで。
 物心ついてから好感度の高い笑顔の仮面を身につけることが板についていた所為か、今までありとあらゆる女性にモテてきたスザクである。
 しかし……。
 彼は言い寄られることはあっても、自分から告白したことは一度もなかったりする。
(困ったな……)
 かの幼馴染はスザクにとって初恋の人。しかも同性。
 加えて、既に廃嫡しているとはいえ、元は世界の三分の一を占める超大国・神聖ブリタニア帝国のれっきとした皇子である。
 そういうスザク自身も実は元王子だ。敵国の軍に入った今は離縁してしまっているとはいえ、帝国に滅ぼされた元日本首相の息子。だったりする。
(茨の道ってこういうことなのかな)
 まるでロミオとジュリエットだ。
 ……そういえば、スザクの想い人であるルルーシュ・ランペルージは、シェイクスピアの著書をよく愛読していた。本来理系なのだろうが、古典文学も好きなのだろう。空き時間を見つけてはしょっちゅう紅茶のカップ片手に読書している。
 知的で博識。物静かに見える反面性格は情熱的で、一見冷たく見えるのに暖かい。ルルーシュはそういう人だった。
 家事全般が得意という家庭的な一面があって、特に料理の腕前はプロ級だ。和洋中コンプリート。お菓子作りも凄く上手い。
 スコーンやクッキー、ケーキに美味しい紅茶。……これははっきりと自慢なのだが、バレンタインデーに手作りのチョコレートトリュフをもらったことだってある。
 ちなみに強請ってはいない。だからこそ誇らしくもあり、こうして自慢も出来る訳なのだが。
 スザクはルルーシュ宅のティータイムやディナーに呼ばれるのがとても楽しみだった。ごちそうになる度舌鼓を打っているが、ルルーシュ本人は自分のために作るより人に食べさせるために作る方が好きなのだそうで、スザクが行く時は必ず腕を奮って美味しいものを用意してくれている。
 元々私物の少ない部屋は常に掃除と整理整頓が行き届いており、常にごったがえしているスザクの部屋と違って小奇麗で清潔だ。
 裁縫も業務用のミシンを使いこなすほど色々作ることが出来、ピアノだって弾けてしまう。……まさに完璧、としか表現しようが無い。
 しかし、冷静で隙など一切無くて近寄りがたくも見えるくせに、どこかヌケていて運動音痴。そういうギャップでさえ、非常に保護欲をそそられる。
 気が強くてプライドも高くて気まぐれな猫みたいな性格だけれど、どこか危なっかしくて守ってあげたくなる。
 ルルーシュは、スザクにとってそんな存在だった。
(いやいや……。それは今考えることじゃないから!)
 スザクはぶるぶると頭を振って余計な思考を追い出した。
 ルルーシュの良さについて考え出すときりが無い。何故なら学園はそんなルルーシュに魅了された人々で溢れ返っているし、非公認とはいえ推定・会員100名以上のファンクラブまで存在する。
 同じ生徒会役員に至ってはルルーシュと共にする時間が多いこともあってか、ニーナを除く全員がルルーシュにノックアウトされている状態だ。
 あのリヴァルでさえ、ルルーシュ用のサイドカーまでバイクに付けて特別扱いしている始末。猫のアーサーも飼い主であるスザクよりルルーシュに懐いている……ように見える。
(異常だよ! ルルーシュ!)
 スザクも一応アピールはしてきたつもりだった。それも、ありとあらゆる方法で。
 しかし、ルルーシュという男は色事というかソッチ方面には超が付くほどのニブさを発揮する純情かつ奥手な人なので、たとえ肩に腕を回そうが抱きつこうが冗談めかして頬にキスまでしようが、今の今まで徹底してどスルーされ続けている。
(スキンシップに抵抗は無い……どころか、結構好きな方だと思うんだけどな。ルルーシュって)
 シスコンと言ってしまってもいいほど溺愛している妹のナナリーを除いて、あまりプライベートゾーンに入れないイメージのあるルルーシュだが、彼は意外と気安く触れてくれる気がする。
 勿論、それはルルーシュがある程度自分の懐に入れた相手に限定されることではあるが、彼は高嶺の花には全く見合わぬ気安さも持ち合わせている男だった。
 特に、宿題を見てもらっている時なんか「よく出来ました」と言わんばかりに頭をポンポン撫でてくれたり、寝不足で具合が悪そうにしていると、額と額を合わせるように易々とくっつけて熱があるかどうか確かめようとしたり、あのひんやりとした白くて細長い指先を首に当てたりしてくる。
 その度に、スザクがどんなにドキドキしているのかも知らないで……。
(あのルルーシュに触れられて、嫌な気持ちになる人なんかいるもんか)
 よく今の今まで、あんな無防備のままでいられたものだといっそ感心する。
 髪フェチの気があるスザクが「ちょっと伸びたね」とか言いながら、あのさらりとして触り心地の良い艶やかな黒髪に触れている時でさえ、ルルーシュは特に避けようともしないのだから。
 どころか、少し馴れ馴れしい女子に腕などをベタベタ触られていても、ちょっと困った顔をするくらいでやはり避けない。その態度が相手の勘違いを助長させているとも知らずにだ。
 ――そう。つまり、ルルーシュは案外ボディタッチが多く、人に触られるのも決して嫌いではなさそうなのだ。いっそあざとくさえ思えるほどに。
 全国共通、男子はおしなべてボディタッチに弱い。無論スザクとて例外ではなかった。
(小さい頃から綺麗だったけど、成長した今なんか、もう……)
 七年前に離ればなれになって以来、スザクの脳裏に焼きついて離れないルルーシュの姿。
 元々お人形のように整った容姿をしていたが、成長後に再会してからは外見的な美しさにも磨きがかかっていた。(しかも、何故か近寄るだけで脳髄が痺れるような、甘くて爽やかな良い匂いがする)
 整った顔貌は美人通り越してド美人だ。最早綺麗とか可愛らしいとかいう域を軽く超越している。
 手足もすらりと長くて顔が小さく、等身が高い。全身のバランスも含めた立ち姿でさえ、怜悧で高雅な印象だ。
 モデルのように足を組む動作など一枚の絵画のようで、育ちも良いせいかひとつひとつの所作でさえ優美かつ品がある。
 中性的な外見のルルーシュだが、では女っぽいのかというと決してそうではなく、寧ろ男であるからこそあの常人離れした美貌が引き立つのだろう。
 抜けるように白い肌にはくすみなど一つも無く、化粧もしていないのに刷毛で粉を刷いたようにさらりとしている。
 近くで見れば見るほど解ることなのだが、汗一つかかないのではないかとさえ思えるほど毛穴が見当たらず、肌理も細かく整っていて、ただ眺めているだけで吸い付きたくなってくるくらい柔らかそうだ。
 それでいて、時折見せる隙や幼さはあどけなく、特に気を許した相手に見せる優しい笑顔などは絶品だった。
 普段つんと取り澄ましている顔が笑みを浮かべるその様は、はらりと綻ぶ真っ白な花弁を見ているかのよう。でなければ、口の中でほろりと蕩ける砂糖菓子だ。
 甘く美しいその笑顔に、一瞬で心を奪われる。
 毒をも含んだ性格から滲み出る妖艶さとはまるで裏腹な純粋さ。スザクが何より一番好む清楚さと慈愛さえ持ち合わせているというのだからたまらない。
(全く。普段は毒舌家で皮肉屋なのに……あれは反則だと思うよ。ルルーシュ)
 憎まれ口ばかり叩く可愛げの無い奴から、守ってやりたい初めての友達に変わったのも、思えばルルーシュの笑顔を初めて見た瞬間からだった。
 思わず見惚れるほど綺麗だったのだ。口をあんぐり開けてぼうっと見つめてしまうほどに。
 幼少時の刷り込みが効いているのか、それとも元々の好みの問題だったのか、スザクは今でも並以上のルックスを持つ女性を前にする度、ついルルーシュの綺麗さと比べてしまう。
 ファンデーションの塗られた肌やルージュの引かれた唇を見ても、やはり加工された美なのだとしか感じられない。化粧を落とした素顔はどうなのだと反射的に考えてしまう。
(絶対にルルーシュのせいだよ。何もかも)
 女性的でまろやかなラインを描くスタイルの良い肢体を目にしても、細い骨格に薄く膜を張ったようなルルーシュのボディラインと比較してしまうのだ。
 言わずもがな、より綺麗で洗練されていると感じられるのはルルーシュの方だった。
(男としてどうなんだろう。それは……)
 綺麗慣れしている。明らかに。……しかも、慣れたその対象がルルーシュという時点で、並み居る女性では到底太刀打ち出来ないほどレベルが高すぎた。
 つまり、本来男性を惹きつける為の女性らしい美しさでさえ、スザクにとってはその辺に転がる石ころ程度にしか思えなくなっているのだ。
(この間泊まった時はヤバかったな……。本気で)
 スザクは電話の前に座り込みながら、つい先日ルルーシュの部屋に泊まった時のことを思い出していた。
 てっきり狭いから嫌だとか男と一緒に眠るなんてごめんだとか言い出しそうだと思っていたのに、さらりと『一緒に寝ればいいだろう』とか言い出したルルーシュと同衾してうっかり死にそうな目にあった。
 一応『嫌じゃないのかい?』と訊いてみたが、返されたのは『相手はお前なんだから、別に嫌だなんて思ったりしない』という、殺し文句もかくやという犯罪級な台詞だった。
 どころか、逆に『お前は嫌なのか?』と尋ね返されてしまえば、スザクに否やなど言える筈がない。
 一緒に寝る前まではうきうきしていたスザクだが、ベッドに入った後が地獄だった。
 触れ合った箇所から伝わってくる体温だけに留まらず、眠る前に入浴したルルーシュの髪からほんのり漂ってくるシャンプーの香り。そして、寝返りを打った顔がスザクの方に向いた時、薄く開いた形良い唇から漏れ出してくる健やかな寝息……。
 その全てにことごとく五感を刺激されまくって悶々としていたスザクは、もう夜中じゅう頭がくらくらしっ放しだったのだ。
 ちなみに、その時のスザクの思考は以下の通りだった。

 ヤバい……すっごい良い匂い。フローラルブーケの香りかな……。なんか花の香りがする。
 なんてシャンプー使ってるんだろうルルーシュ……。それともルルーシュだからこんな良い匂いがするとか? ありえないよこの香り。それになんかあったかいし、柔らかい……?
 はっ! これはもしかしてお尻!? なのかな……。だったらどうしよう。
 ん、なんか丸い……? ってことは! やっぱりそうだ。触っちゃってるよ僕! 手をずらそうか……いやでもどうしようかな。……いいか、このままで。
 うわっ! いきなりこっち向かないでくれよルルーシュ。疚しい思考に気付かれたのかと思ったじゃないか。――ちゃんと寝てる? 寝てるな……。はぁ……良かった。気付かれたかと思った。
 ……あ、睫長い。あと唇とか。―――綺麗だな。
 ルルーシュって寝顔は結構幼いんだ。ちょっと……可愛いかも。男なのに……。っていうか、寝顔まで整ってるってどういう事? 異常だよルルーシュ。すごい……綺麗なんだけど。
 やばいな……ドキドキする。小さい頃はこんなこと思ったりしなかったのに。大人になるって嫌だな。だってこういう時すごく困るよ……。
 うわっ。どうしよう……勃ってきた!……最悪だ! ああああ駄目だってば! 今すぐ別のこと考えなきゃ!
 ……っ。無理。抑えようとするだけでもう無理。全然無理。限界。
 ああーーーーーーーもう! 一体どうなってるんだルルーシュは! はっきり言って無意識に誘惑しているとしか思えないよ! 出来ることなら今すぐ襲ってしまいたい……。
 はぁっ。もういいかな。食べてしまっても……! いいや。やっちゃえ俺! 大丈夫。ルルーシュなら絶対許してくれる! 相手が僕なら絶対!……いや、多分だけど。
 ―――ハッ!! いやいや駄目だ! 相手はルルーシュなのに、僕はなんて事を……。そんなこと考えちゃ駄目だって。それは犯罪だから! 僕たち友達なんだし、だから絶対に駄目だ。強○なんて!
 ああっ……。でも、ちょっと、ホント、限界……。いや、かなり限界。朝まで持つのかな僕。それともおとなしくトイレ行った方がいいのか? 起こしちゃったりしないだろうか。
 だってこんな状態……ルルーシュに見られたら自殺して詫びるくらいしか僕には出来ない!

 ――いかに煩悶していたか、お解り頂けただろうか。
 そんな風に振り切れそうになる理性を何とか維持するのに必死すぎて、翌朝のスザクは寝不足通り越してほぼ完徹だった。
 勿論、俺の部分が一時暴走しかけたことにより、脳内は自己嫌悪で一杯だ。
 これは苦行なのか。それとも僕が罪人だから? と自問しながら仕方なしに起きていたスザクの横で、やがてまどろみから目覚めたルルーシュは寝ぼけながらこしこし目を擦っていた。
 真横にいるスザクの下半身が、現在進行形で半勃ちどころか全勃ちでいることも知らずに……。
 普段きびきびしているルルーシュの動作は眠気につられてとろとろしており、日頃凛としている筈の表情でさえぼーっとしていた。
 やや舌ったらずな口調で『ん、おはようスザク……』と呟く声もどこか甘ったるくて、向けられたぽやんとした笑顔は既に罪の領域に達している。
(『あと五分……』じゃないよ……)
 その後、朝の弱いルルーシュは件の台詞と共にぽすんと音を立てながら枕へと突っ伏した。
『ほら、起きなよルルーシュ』と言いながら揺り起こそうとしたスザクの方へ仰向けになって向き直ってきたルルーシュは、こともあろうに『ん』と言いながら甘えるようにスザクの方へと片手を突き出し、起こしてもらおうとする。
 その瞬間、スザクの頭によぎったのは『殺される』という一言だった。
 ルルーシュに殺されるならある意味本望だが、まかり間違えば、うっかり犯罪に走る可能性さえある。
 友人を手篭めにする恐れがあるというのは、どう考えても精神衛生上よろしくなさすぎる。
 一向に萎える気配の無い己の下半身を理性で押さえつけながら、スザクは身が持たないと本気で思った。

 ―――そこで、話は冒頭に戻る。


☆★☆


 呼び出し音に気付いたルルーシュは、携帯の画面に表示された見慣れない番号に首を傾げてから電話を取った。
『ルルーシュ。僕だ。スザクだ。電話で悪いけど、君にどうしても言っておきたいことがある』
 いつも通りの偉そうな声で「誰だ?」と電話に出た途端、真剣な声で矢継ぎ早に切り出してきたのは何とスザクだった。
「ああ、スザクか!」
「誰かと思った。何だ急に」と続けながら、ルルーシュは内心酷く驚いていた。
 携帯を持っておらず、すぐ近所に住んでもいるスザクが、直接家へ来ずに電話をかけてくるなんて珍しい。……どころか、多分初めてだ。
 きっとすぐに済む用件だったのだろうと勝手に納得しながら、相手がスザクだと解るなりあからさまに優しげな声へと切り替わったルルーシュは「どうした?」と先を促した。
『あのね、ルルーシュ。……好きだよ』
「―――。……ん?」
 スザクに好きだと言われた瞬間、ルルーシュはR2第2話でヴィンセントに遭遇したと連絡を受けた時のような顔をした。
 よく解らないことが起きている。そんな気がする。
 ……スザクは今、何と言ったのだろう?
 ワンモア。
(好きだよ……?)
 ――何が?
 ルルーシュは、はて、と首を傾げた。
 一体、何がどう好きなのだろう? 主語が抜けているのでいまいち理解出来ない。
「ええと……。悪いが何のことを言っている? よく解らなかったんだが」
『うん。だから、君のことが』
「――――」
 間髪入れずに『僕は君が好きなんだ』と続けてきたスザクの言葉に、ルルーシュの思考が一時停止する。
(何を言ってるんだ? こいつは?)
 思わず「はぁっ?」と口から出そうになった。
 友達なのだから、互いを好きだと思っているのは当然のことだ。それをいきなり、何故こうも改まって言ってくる必要がある?
 しかも、電話をかけてまで。
「……ああ。それは俺もだが。それがどうかしたのか?」
『えっ?』
 電話の向こうにいるスザクが一瞬言葉を詰まらせる。
『ルルーシュ。――それは本当?』
「ああ、本当だ。なに当然のことを言ってるんだ? お前は」
『当然って……それは嬉しいけど、僕は君に告白してるんだよ?』
「……はぁっ?」
 なんだ告白って。
(常識的に考えておかしいだろ。スザク)
 それは普通、女に対して使う言い回しだと思うが……。
(ああ。友達として、という意味か?)
 ルルーシュは携帯を耳に当てたまま訝しげに眉を寄せていた。……が、それならまあ、解らないでもない。
 変な言い方をする奴だと呆れそうになりながらも、ルルーシュは勝手にそう解釈することに決めた。
「まあ、解ったが……。しかし何だいきなり。そんなに改まって電話してくるようなことなのか?」
 スザクは『ええっ?』と叫んでから再び無言になった後、いかにも怪しんでいる声で確認してきた。
『………えっと。君、ホントに意味解ってる?』
「当たり前だろう。何を言ってるんだお前は……」
 スザクのことは好きだ。ナナリーに次ぐほど大切な存在であり、人生に欠くことの出来ない親友。
 そして、基本的に人を頼らないルルーシュにとって、唯一頼ることの出来る大事な幼馴染でもある。
『そうか。ありがとう。……なら、いいんだね?』
「は? いいとは?」
『君に会いたいんだ。今からそっちに行くよ!』
「ああ。俺は別に構わないが……」
『わかった。じゃあ待ってて、ルルーシュ!』
 プツッ! 
 ツー、ツー、ツー……。
「……………………」
 謎めいた通話はそこであっさり途切れた。
「? ? ?」
 ルルーシュは携帯片手に唖然としながら、頭の上に疑問符を沢山貼り付けたまま固まっていた。
(い、意味がわからない!)
 何度考えても駄目だった。
 スザクが何を言いたくてわざわざ電話をかけてきたのか、さっぱり解らない。
(何だったんだ。今のは?)
 まあ、スザクは天然だから仕方が無い。とりあえず今から来るというなら尋ねてみようと思いながら、ルルーシュはぐるりと自分の部屋を見回した。
 スザクに見られてはまずいものをクローゼットの奥へと隠し、部屋でごろごろしていたCCも追い出して、片っ端から証拠を隠滅し始める。
 コロコロローラー片手に「これで良し」と呟いたルルーシュは、ひとまずお茶の用意をしに足取りも軽く階下へと降りていった。
(何だかんだ言いつつ浮かれているな。俺も……)
 ティーカップを湯に浸して暖めていたルルーシュは、ふっと笑いながら心の中で呟いた。
 スザクのためにお茶の用意をしているだけで、つい口元が緩んでしまう。
(絶対見せられないな。こんな俺の姿は)
 特に、スザクが泊まりに来る日など目も当てられない。たった今もCCに「にやけすぎだぞお前」と突っ込まれたばかりだが、どうも露骨に喜んでしまっているらしい。
 どころか、スザクが来ると伝える度に、目の不自由なナナリーにまで「お兄様、今日は何だかとっても嬉しそうですね」と言い当てられてしまっている。
 ――そう。ただスザクに会えるだけで嬉しいのだ。
 ルルーシュ自身、もう認めざるを得なかった。
 枢木スザク病・末期患者。CCには、そう罵られたことさえある。一応「おかしな言い方をするな」と怒ってはおいたが、説得力など一欠けらさえも無いらしい。
 くそ真面目で頭が固くて苛々させられる時もあるが、スザクは今時珍しいくらい心根が優しくて、純粋に他人を思いやることの出来る性格で、その上、バカが付くほどのお人良しで……。
 ――つまり、ルルーシュはスザクのことが大好きだった。
 掛け値なしに、傍に居続けて欲しい存在でもある。
(君が好きなんだ、か……)
 面白いことを言う奴だと思いながら、ルルーシュはもう一度ふっと笑った。
 あくまでも友達としてという意味だと解ってはいるが、言われて悪い気など全くしない。……いや、するものか。
 茶葉の缶を開けながら、ルルーシュはふと、そういえば今日はどうするのだろうと考えた。
(今夜は泊まっていくのか? あいつは……)
 仕事の都合上、突然来ると言い出すこと自体珍しいが、もしスザクが泊まっていくのなら夕食の支度もしておかなければ。
 別に義務でも何でもないのに、ねばならない的に考えてしまう。
 そして、それが実は少しおかしいことなのだということにも、ルルーシュは全く気付いていなかった。
(泊まりに来られる度に、毎回寝付きが良くなりすぎてしまって困るんだがな)
 本当はもっと色々話がしたいのに、体温の高いスザクに寄り添っていると、普段あまり寝付きがよろしくないルルーシュはすぐにとろとろと眠りに落ちてしまう。
(俺専用の抱き枕にでもしてやりたいくらいだ。特に冬は!)
 あいつは一応男だが……と付け加えながら、それでもルルーシュは、きっと毎晩快眠出来るに違いないと思っていた。
 さすがに抱き付くのはどうかと思って遠慮しているが、寒い夜には是非とも一緒に寝て欲しい。
 ちなみにルルーシュは、スザクはとても可愛らしい顔をしていると幼い頃からずっと思っていた。
 元々、愛らしいものやふわふわしたものを好むルルーシュにとって、仔リスのような小動物を彷彿とさせるスザクのクリクリした瞳や癖のある髪の毛など、外見的にも好きだと思えるパーツが非常に多い。
 そして、貧弱な自分の体とは違うしなやかで筋肉質な手足も、実はルルーシュにとって密やかな羨望の対象になっていたりもする。
 頑固に思える性格だって、考えようによっては一本筋通っていて潔いと好感を覚えるし、対等に接して来られる機会のあまりないルルーシュのことも、必要とあらば時にはきちんと叱ってもくれるし助けてもくれる。
(それから、こればかりは絶対あいつに言えないことではあるが……)
 料理の腕を上げる度、これでもかと言わんばかりに褒めちぎってくるスザクを思い出しながら、ルルーシュはほんのり頬を赤らめた。
 実は、作ったものを美味しそうに食べてもらうのが好きだから料理を作っているなんて、スザク本人にだけは絶対知られたくない……。
(『男にしとくの勿体ないよ。僕のお嫁さんになって!』だと? お前それ、どういう意味だ……? スザク)
 ――どういう意味だもクソもない。
 俺は女じゃないと思いながらも、ルルーシュは思い出すだけで耳まで真っ赤になりそうだった。
 ……実際、既に真っ赤なのだが。
(これではCCにからかわれるのも無理はないな)
 自分の考えながら、さすがに少し気色が悪い。
 恋愛などしたこともなければ興味もないが、スザクとなら出来れば一緒に暮らしたいとまで思ってしまう自分は、やはり少々異常なのだろうかとルルーシュは思う。
(なにバカなこと考えてるんだ。俺は……)
 スザクのことを考え出すときりがない。もう会えないと思っていたけれど、無事再会することが出来て本当に良かった。
(もう二度と離れたくないし、失いたくもない……)
 ちょうど一通りの支度を終えてから再び自室へと戻ったところで、下から呼び鈴の音が聞こえてくる。
 さすが近所なだけあって着くのが早い。スザク自身が俊足なせいもあるのだろうが。
 ややあって、ノックの音と共に「入るよ、ルルーシュ」とドアの向こう側から声がする。
「ああ、開いてる――って、またお前は……」
 返事も聞き終えぬうちにズカズカと部屋へ上がりこんでくるスザクに呆れながら、机の上に広げていたノートパソコンを閉じたルルーシュは「せっかく今から降りようと思っていたのに」とぼやいた。
「相変わらず、いつ来ても片付いてるよね。君の部屋って」
 室内を見回しながら感心したように呟くスザクへと椅子を勧めながら、ルルーシュもベッドの縁へと腰掛ける。
「そういうお前こそ。返事も待たずに入ってくる所は相変わらずなんだな」
「ああ。ごめんね、ルルーシュ」
 スザクは椅子に腰掛けながら一応は謝ってくるものの、実際大して悪びれてはいない。
「ところでどうした。何だったんだ? さっきの電話は」
「え――?」
 ルルーシュが尋ねた途端、スザクの顔から表情が全て抜け落ちた。
 顔色を変えたスザクの様子を不審に思いながらも、ルルーシュは「何か急用でもあったんだろう? 電話をかけてくるなんて初めてだったんじゃないか?」と続ける。
「急用かって……。何言ってるんだよ君。急用も何も、さっきの電話の続きに決まってるじゃないか」
「ああ。俺もお前に訊こうと思ってたんだ。さっきのあれは一体何だったんだ?」
「は……?」
「は? じゃないだろ。あれは一体どういう意味だったんだ?」
 重ねて問いかけたルルーシュを信じられないとでも言いたげな面持ちで凝視したまま、スザクは今や完全に絶句していた。
「スザク……? どうかしたのか?」
 ルルーシュが不思議そうに尋ねた瞬間、すくっと立ち上がったスザクの背後でガタンと音を立てながら椅子が倒される。
「どうかしたのか、って……。君、まさか――」
「……?」
 豹変したスザクの様子に何事かと戸惑いながらも、ルルーシュは明らかに何も解っていないのが丸解りな顔つきでベッドに腰を落ち着けていた。
「君はっ……!」
「えっ!?」
 くわっ! と効果音が付きそうな表情で睨みつけられ、あまりの迫力に青ざめたルルーシュは思わずじりっと後ずさる。
(おい! なんで怒ってる!?)
 仁王立ちしているスザクの眉間に、みるみるうちに皺が寄せられていく。
「君は、僕が真剣に言ったことを、そうやって茶化すつもりか!?」
 いきなり険悪化したこの空気をどうすればいい。
 多分誰に尋ねても答えが返ってこなさそうな問いを脳内で巡らせながら、混乱したルルーシュは慌ててスザクを取り成しにかかった。
「ちょ、ちょっと待て! お前……何を怒ってるんだ?」
「怒るに決まってるだろ!!」
 焦ったルルーシュが問いかけた瞬間、容赦なく浴びせられた怒声が部屋の空気を劈いた。
 落雷したのかと思えるほど大きなスザクの声に、ルルーシュの鼓膜がキン、と鳴っている。
「……はあっ!?」
「だからさっきもちゃんと確認しただろ! ホントに意味解ってるのかって! 君だって『当たり前だ』って言ったじゃないか!!」
「―――!!」
 もしや、好きだと言われたことについてだろうか。
(えっ……?)
 まさか、まさか。
(もしかして、本気で……?)
 つまり、告白していると言ったあの台詞も、もしやそういう意味で――だったのだろうか。
(嘘だろ?)
 大混乱しているルルーシュの脳裏に、走馬灯のように今までのスザクの態度が蘇った。
 そっちの意味だったと解釈しようと思えば、出来ないこともない。
 そして、思い当たる節が全く無い……訳でもなかった。
 そもそも、場所が頬だったとはいえ、スザクにはキスまでされている。
(やけにスキンシップの激しい奴だと思ってはいたが、もしかしてそういうことだったのか!?)
 ―――本当に?
(だとしたら、俺はっ……!)
 鈍いの上に超が付くルルーシュにも、ようやく状況が読めてきた。
 ……だが、ちょっとどころか、かなり遅すぎた。
「だから……ちょっと待てと言ってるだろ。落ち着いて聞いてくれスザク! 俺はっ……」
 慌てふためきながら言い募ったルルーシュだが、驚きすぎて腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ない。
「いいや、もういい! 君には付き合いきれない! 僕は帰る!」
 今まで散々アピールしても総スルーされてきたのだから無理も無いが、スザクはとうとう心が折れたようだ。
 怒ったというより、一世一代の告白までスルーされ、実際かなり傷付いたのだろう。
「ス、スザク……」
 これはまずい展開だ。それも最大級に。
 ようやく全てを理解したルルーシュはよろよろとベッドから立ち上がりかけたが、ほんのり涙目になったスザクはルルーシュを待たずに脱兎の如く部屋の外へと駆け出していく。
「おい待て! スザク! どこへ行く!!」
 おたついたルルーシュは出て行ったスザクを追いかけようと一旦ドアの外に出てみたが、当然、足の速いスザクの姿はとっくに廊下から消え失せていた。
「ちょっ……! 待てと言ってるだろ!」
 なんだこの怒涛の展開は。
 ついさっきまでのんびりとパソコン前でブリタニアをぶっ壊す計画を立てていたというのに!
(くっ……! スザクめ! 男のくせに逃げるんじゃない!!)
 これでは言い逃げだ。
 どころか、ここで逃がせば今後一切、もう二度と顔さえ合わせてもらえなくなる危険性さえある……。
 一方、何事かと驚くナナリーの静止さえ振り切って一気にリビングを駆け抜けたスザクは、玄関の扉を開け放って外へと続く階段を三段跳びで駆け下りていた。
(君は酷いよ……! ルルーシュ!)
 瞳一杯に涙を溜めながら「しかも追ってさえ来ないなんて!」と思っていたスザクだが、ルルーシュでなくともスザクに追いつける者など誰一人居ないという事実にさえ気付けないほどこちらも混乱していた。
 バン! と何かを叩くような音が響き、その直後、スザクを呼び止めようとするルルーシュの声が外へと響き渡る。
「ちょっと待て! スザク……!」
 開け放たれたのはルルーシュの部屋の窓らしい。反射的に立ち止まってしまったスザクは、それでも振り返らずにじっとその場で佇んでいた。
(今更何だ! それはっ……!)
 追われたいと思っていなかったとは言わないが、呼ばれたところで振り返ってやりたくなどない。
 そして、そんな女々しい気持ちが自分の中にあるのだとも認めたくなかった。
「こっちを向けっ! スザク! まだ話は終わっていない!」
「何だ!」
 カッとなったスザクは振り返らぬまま叫び返した。
「よく言うよ! 君と僕との話なら、もうとっくに終わってる筈だ!」
「だからっ! まだ終わっていないと言っているっ……!!」
 頑ななスザクの台詞にも動じることなく、ルルーシュも負けじと怒鳴り返してくる。
 スザクはまだ涙目のままだったが、いきり立つ勢いに任せてようやくキッと振り返った。
「いいや! 終わってる!! それでもまだ何か言いたいことがあるっていうんなら、そこから言えばいいだろ!!」
「―――――っ!!」
 ムカァッ……! とでも背後に書かれていそうな勢いで、ルルーシュがとうとうキレた。
「ああ! だったら言ってやる! よく聞け! この馬鹿がっ!」
「うるさい! さっさと言えって言ってるだろ!!」
 スザクが怒鳴りつけた瞬間、思い切り深く息を吸い込んだルルーシュは、下から見上げているスザクに向かって大音量で叫んだ。


「―――愛してる!! スザク!!!」


(!!? 言った!……君が!?)
 ぎょっとしたスザクの方が派手にうろたえ、思わず辺りに人が居ないか憚るように周囲を見回した。
 だが、本当に憚らねばならないのは屋外ではない。寧ろ室内に居るナナリーと咲世子に対してである。
 朗々と響き渡る大告白が自分の兄の声だと気付いた瞬間、リビングにいたナナリーは血相を変えて叫んだ。
「お兄様! 丸聞こえです……!!」と。
 妹に聞こえているとは露知らず、というより、完全に頭へと血が上っていてそれどころではなかったのだろう。
 ルルーシュは尚も止まらず、あらん限りの大声で気持ちをぶつけてくる。


「お前を愛してるんだ! スザク! それも! お前が俺を想う気持ちなんかよりも、ずっと、ずっとだ!! 解ったか……!!」


 ルルーシュはもう一度「この馬鹿がっ!」と言い残してから、勢い良く叩きつけるようにバンッ! と窓を閉じた。
 閉め切られた窓を呆然と見上げていたスザクの顔が、羞恥にカーッと染まっていく。
(どうしよう! 嬉しい!!)
 スザクは手で口元を覆いながら赤面していた。
「ルルーシュ……!」
 やっぱり君は、僕のジュリエットだ!
 心の中でそう叫びながら、スザクは元来た道へと一気に引き返した。
「えっ? スザクさん……!?」
 動揺しているナナリーと咲世子の前を突っ切り、スザクは一直線にルルーシュの部屋へと駆け戻っていく。
「ルルーシュ!!」
 自動ドアが開くスピードさえ無視して部屋の扉をこじ開けたスザクは、窓辺に佇んだまま入り口に背を向けているルルーシュの方へツカツカと歩み寄った。
「戻ってきたのか……スザ、」
 ルルーシュが皆まで言い終えるのを待たず、スザクは背後から思い切り強くルルーシュを抱きしめた。
「!?」
 硬直したままスザクに抱き上げられ、ドサリとベッドへ下ろされたルルーシュがうろたえたような声を上げている。
「っ! おい……!?」
 ルルーシュの静止も聞かずに押し倒したスザクは、目を丸くしているルルーシュを真上から見つめながら、真剣な表情で一息に言い放った。
「僕も愛してるよ、ルルーシュ。君のことが大好きだ! 君が僕を想うよりも、ずっとずっと深く君を愛してる。……多分、七年前から!」
「………………」
 今度はルルーシュが呆然とする番だった。
 思いの丈を打ち明け切ったスザクが、涙の滲んだ仏頂面から満面の笑みへと変わっていく。
 ルルーシュは心の中で弱り切ったように呟いた。
(どうしよう……)
 ――嬉しい。それも、どうしようもなく。
「スザク……」
「ルルーシュ……」
 互いにぎゅーっと抱きしめ合う中、スザクがゆっくりと唇を寄せてくる。
「! ちょ、ちょっと待て!!」
 唇の前で遮るように掌をかざしたルルーシュへと、スザクが不審な眼差しを向けてきた。
「……何? まさかこの期に及んで……」
「だからそうじゃなく!」
「じゃあ何?」
「……………俺が下なのか?」
 ぽかんと口を「あ」の字に開けたスザクは、ちょうど漫画で言うならたっぷりと三コマ分ほど使って沈黙している。
「―――はぁ!?」
「それはそうだろ」と当たり前のように続けてきたスザクに、ルルーシュは「ありえない!」と叫んだ。
「ええっ? どうして?」
「お前の方が童顔だろ!」
 だから何なのだ。
 スザクは無言だったが、顔にはハッキリとそう書いてあった。
「僕の方がテクニックは上だ。問題ないよ」
「なっ……! だから有り得ない! 問題など大アリだこの馬鹿! 俺とお前なら誰がどう見たって……!」
「それは君の思い違いだよルルーシュ。誰がどう見たって君が受けるのが自然だ」
「はぁっ……!?」
「経験値も体力的にも、僕の方が勝ってる」
「!!」
 それを言われるとぐうの音も出ない。
 反論を封じられたルルーシュは、ベッドに横たわったままむっつりと黙り込んだ。
「君はただ、僕に任せてじっとしててくれればいい。……大丈夫。優しくするから」
「ちょっ……! バカっ! やめろスザク!」
「うん。君がすごく男らしいってことなら良く解ったよ。……だから、もう黙って? ルルーシュ」

 ルルーシュを男らしいと判じたスザクの目の色こそ、ルルーシュが今まで出会った誰よりも男らしかった。
 にっこり笑ったスザクの言葉を最後に、ルルーシュは諦めたように目を閉じる。
 これまで境の無かったルルーシュの愛のカテゴリに、この日を境にして新しい仕切りが生まれたことは言うまでもない――。


 ……エンドレスエンド。


★☆★


スザ誕小説です。
当日は連載をアプしたのですが、やはり読み切りも書きたいなと。
そんな訳で、一日アプが遅れてしまいましたがおめでとうスザク!
初めてラブラブバカップルが書けてたのしかったです。


※追記 2010.9.3 サーチ登録作業に伴い、本文内のリンク(「R2第二話でヴィンセントに遭遇したと連絡を受けた時のような顔」に貼ってあった画像)を下げました。

オセロ 第22話(スザルル)

22


『切り札を晒すなら更に奥の手を持て』とはよく言ったものだ。
 スザクの編入学から三日後。学園主催の歓迎会中、屋上へと抜け出したルルーシュの元にスザクがやってきた。
「ゼロはもう必要ないんだ」
「ナイトオブワンになる」と宣言したスザクに「間接統治か」と切り返した直後、遮るように告げられた台詞と共に手渡された携帯。
「来週赴任される、新しいエリア11の総督だよ」
 背中を向けておいて正解だったとルルーシュは思った。受話口から流れてきた音声を聴いた瞬間、ルルーシュの紫玉が零れ落ちそうなほど大きく見開かれる。
(――スザクめ。やってくれる!)
 心の中でルルーシュが漏らした第一声がそれだった。
 一年ぶりに聞く妹の声。まさかナナリーをダシに使ってくるとは……。えげつない事この上ない。
 初日に仕掛けてきたのはスザクなりの最後の賭けなのだと思っていた。父を殺してでも守ろうと思った友人を失うことになれば、スザクはもっと苦しむ。何のために父を殺したのかわからなくなってしまう。……だから、その思いも本物なのだろうと。
 ――そう。つまりは油断していた。
 ナナリーには嘘がつけない。何があってもナナリーにだけは。そう思いながら巡らせた視線の先に居たのは、屋上へと追いかけてきたらしいロロだった。
 残りの秒数を示すように掲げられた指が、一本、また一本と折り曲げられていく。
「よくやった、ロロ!」
 初日に出し抜かれた為、スザクに対する警戒を強めたのだろう。既にロロがルルーシュによって篭絡されていることにスザクは気付いていない。
 困惑しているナナリーに矢継ぎ早な口調で状況を説明したルルーシュは、辛うじて事なきを得た。
 最後の切り札はもう切ったものとばかり思っていたのに。――さすがだな、とルルーシュは思う。
 お前ほど、俺という人間を知り尽くしている男は居ない……と。
「今は他人の振りをしなければならない」と告げた時、ナナリーは明らかに混乱していた。ということは、これは恐らくスザク個人の策略だ。
 冷えた臓腑が煮えくり返るのがルルーシュにも解った。
「ごめん、ナナリー。誤解させるような形になってしまって」
 思うような成果を上げられず、当てが外れて焦れる気持ちもどこかにあるのだろう。疑惑の針で突き刺すような眼差しでルルーシュから携帯を受け取ったスザクは、ナナリーに一言告げてから呟いた。
「――で、違うよね? やっぱり」
 ワントーン下がった冷たい声音。尋ねられたナナリーの反応が目に浮かぶ。
 記憶を操作されていないらしいナナリーにとっては、きっと意味の解らない質問だったに違いない。
「なんてことするんだ。ビックリしたじゃないか」
 スザクが通話を終えるのを見計らってから、ルルーシュは切り出した。
「ああ、ごめん。驚かせちゃったよね」
 疑いを隠しもしない露骨な態度を取っていたスザクが、複雑そうな笑みを浮かべながら振り返ってくる。
 まだルルーシュの記憶は戻っていない。スザクにとってもそう判断せざるを得なかっただろう。
(ナナリーがエリア11の新総督だと?)
 一方、ルルーシュも演技を続行しながら思索を巡らせる。記憶の回復したルルーシュに対する人質としてナナリーを使うなら皇帝だろうとばかり踏んでいたのに、まさかスザクまでそれに一枚噛んでくるとは。
(だが、ナナリーがブリタニアという巨大な枠の外に出てくるのなら、奪還する手段はある)
 わざわざ手の届く場所に送り込んできてくれるとは……。考えようによっては却って好都合だ。
 早速作戦を練らなければとルルーシュが思案していると、スザクは一時的に安心したような顔を見せながら閉じた携帯を懐へと仕舞い込んだ。……だが、それも恐らくは演技だろう。
 ルルーシュは平静を装ってスザクに尋ねた。
「……で? 『違うよね、やっぱり』ってのは何なんだ? なんで俺が皇女殿下と電話するようなことになる?」
『記憶の無いルルーシュ』であれば当然ともいえる質問だ。
 スザクは問い質そうとするルルーシュに貼り付けたような笑みで応えながら、平然と言葉を返してくる。
「そういう君こそ。ナナリー総督は何とおっしゃっていたんだい?」
「ああ……。俺にもよく解らないが、何だか勘違いだったって言ってたな」
「そうか。実はね、ナナリー総督はお知り合いを探していらっしゃる様なんだ」
「お知り合い?」
「うん。僕はこのエリアの担当だから、これから新総督の補佐に就くことになってるんだけど……。だからちょっと、人探しのお手伝いをね」
 白々しいにも程がある答えだったが、ルルーシュは「ふうん」と頷きながら、全く意味が解らなかった振りをした。
「でも、だからって……なんでその相手が俺なんだ? 俺は一般庶民だぞ。皇族に知り合いなんかいる訳ないだろ」
 納得し切れない様子のルルーシュに向かって、スザクは乾いた声でわざとらしく「あはは」と笑いながら「それもそうだね」と投げやりに返してくる。
 疑問を抱かれようが最早どうでもいいのだろう。せめて違和感だけでも無いよう気を配ろうとする意思すら感じられない。
 このふざけ切った言い訳にしても同じことだった。スザクは『記憶の無いルルーシュ』ではなく、明らかに『記憶回復しているルルーシュ』に向けて言っている。
「何だよ、お前……。じゃあ今のは単なる自慢みたいなものか? ナイトオブセブン様」
「さあね、ご想像にお任せするよ」
 開き直ったスザクは余裕綽々だ。見るからに腹に一物抱えて胡散臭い笑顔を浮かべている様ですらふてぶてしい。
 こみ上げる怒りは表に出さず、ルルーシュは茶化した口調で応えを返しながら、困惑と呆れを混在させたような表情でスザクを見返していた。
(何がお知り合いだ……!)
 電話に出た途端、ナナリーはすぐに「お兄様」と叫んできた。
(ナナリーが俺の声を聞いて何を話すか、それくらいお前にだって想像が付くだろう!)
 つくづく神経を逆撫でさせられる。全くもって許しがたい卑劣さだった。ただ奪っただけでは飽き足らず、事もあろうに利用するとは。あのナナリーを!
 勿論、これもルルーシュの記憶が戻っていると睨んだが故に選択した手段なのだろうが、それにしても……。
(だが、下手にこれ以上突っ込んだことを聞くのもまずい)
 ルルーシュはずっと気になっていたことを切り出す時のように、一旦俯いてから再び顔を上げた。
「冗談だったんなら別にいいが……。それにしてもスザク。お前……この間からなんかおかしいぞ」
「おかしい? 僕が?」
「ああ。だって変じゃないか。さっきも思ったんだが、ゼロがどうとかって話だって俺には全く関係ないだろ。何故俺に言ってくる? この間からずっと気になっていたんだが、何かあったのか?」
 ルルーシュが戸惑いがちに問いかけると、スザクは途端に目つきを鋭くする。
「……何かとは?」
「だから、あの話のことを抜きにしても、その……お前の態度は少し、きつすぎないか? 今の電話のことにしても、何か変だ。お前が何を考えてるのか俺にはさっぱりわからないんだが……。それに、俺との会話の中で頻繁にゼロの名を出してくるのは何故なんだ?……もしかしてお前、俺を主義者か何かだと勘違いしてるんじゃないだろうな?」
 ルルーシュは訳がわからないとばかりに、スザクに向かって不安そうに問いかけた。
 電話中の刺々しい目つきといい、通話する前の慇懃な態度といい、スザクは記憶の無いルルーシュからすれば身に覚えの無いことで責められているとしか思えないような言動しかしてきていない。
(そろそろ、この辺りで言っておかないとな……)
 この間というのは当然、スザクが入学してきた初日の話だ。立て続けに自分とは無関係の人物名を話の引き合いに出されて、不審に思わない筈が無い。
「この際だから言っておくが、俺はゼロに関しては馬鹿なテロリストどもの親玉くらいにしか思っていない。この時勢で傾倒してるなんて思われるのは真っ平だ。一応お前の立場はわかってるつもりだが、俺に変な疑いを抱いてるなら止してくれよ? 俺には弟だっているんだ。テロに関わるなんて冗談じゃない。それに、親友のお前に疑われるのだってごめんだからな」
 意味不明な事ばかり言ったりやったりするのもいい加減にしてくれと言わんばかりに念を押すと、スザクは一向にぼろを出す気配の無いルルーシュに苛立っているのか、浮かべている苦笑とは裏腹なため息を漏らしながら目を逸らした。
「……ごめん。でも別に、疑ってるとかそういう訳じゃないから」
「だったら何なんだ。……もしかして、まだ三日前の怒りでも引きずってるのか?」
 ルルーシュは言いづらそうに続けた。
 屋上で八年前のことを打ち明けられた後、これから仕事があるというスザク(学園地下の監視ルームに来たとロロから聞いている)とは分かれてしまった為、結局これからどういう関係にしていくのか、まだきちんと決まっていない。
「いや……この間は確かに言い過ぎたけど、そうじゃないよ。ただ、君には前科があるだろ?」
「前科?」
 はぁ? と言い出さんばかりにルルーシュが尋ね返すと、スザクは「一年前のことだよ」と呟きながら横目で軽く睨んでくる。
「一年前って……。昔の事だろ。それは……」
 スザクに対する負い目が頭を過ぎり、ルルーシュはばつが悪そうに口ごもった。
「昔ってほど昔じゃないだろ。たった一年前なんだから」
「……今はもう、昔ほど出歩いたりはしていない」
 常に監視されている立場とはいえ、機情局は掌握済み。屋上に来る直前にヴィレッタも無事落とした。監視網など今や完全にザルと化している。
 目くらましが完璧である以上、今でもしょっちゅう学園を抜け出している事実などスザクに伝わる由も無い。
 ルルーシュは気まずそうに「そういえば」と話題を変えてみた。
「しかし、その……何というか、まだ随分若いようだが。今度来る新総督というのは、今お幾つくらいの方なんだ?」
「…………」
 当たり障りの無い話題を口に出すルルーシュをスザクは無言で見つめていた。
「スザク?」
 答えないスザクに呼びかけてみると、スザクは突然「ルルーシュ」と強めの声で名前を呼んでくる。
「ん?」
「妹でも欲しいのかい?」
「え……?」
 予想外なほど鋭い切り替えしに一瞬ギクリとしたものの、ルルーシュはいかにも意外そうに眉を上げた。
 スザクは不自然さの欠片も無いルルーシュの反応をじっと見守りながら言葉を続けてくる。
「いや、年が気になるなんて、もしかしたらそうなのかなって思っただけだけど?」
 スザクの瞳はこの上なく冷えていた。表面上は穏やかな笑みを浮かべてこそいるものの、今にも「僕、そんなに変なことでも訊いた?」とでも言いたげな顔をしている。
(言ってくれるじゃないか、スザク……)
 甚振る趣味があったとは驚きだ。いささか八つ当たりめいてはいるが、幾らなんでもあからさますぎるとルルーシュは思った。こちらの動揺を誘おうと揺さぶりをかけているのが丸解りだ。
 きょとんとしていたルルーシュは、内心、覚えてろと歯噛みしながら、スザクの言い分に「ああ……」と納得してみせる。
「何だよ、急に。欲しいと思って出来るものじゃないだろ。そういうのは……」
 ルルーシュはわざと素っ気無い口調で流してから、可笑しそうに「変な奴だな」と付け加えておいた。
(いい度胸だな、スザク……。俺がその程度の揺さぶりに引っ掛かるとでも思ってるのか。侮るなよ)
 スザクがそういうつもりなら負けていられない。年季の違いを見せ付けてやると言わんばかりにルルーシュも応戦する。
「だが、そうだな……確かに妹でもいれば、もしかすると少しは違っていたかもしれない。ロロは昔から人見知りが激しかったからな」
「……うん。そういえば、彼は昔から君にべったりだったね」
 この場にいない弟の話題を懐かしそうに振ってみると、スザクも一応合わせてはくる。……が、しかし。先程までに比べると明らかに歯切れが悪い。
(ほう。乗ってくるのか……。では、ついでだ。どの程度ロロの話について来られるのか見せてもらおうか)
 ルルーシュにはナナリーと暮らしてきた記憶とロロとの記憶の両方が揃っているが、スザクはナナリーとの記憶しか持っていない。
(精々ぼろでも出すがいい。この人非人が!)
 途中で口ごもったり話せなくなったりしようものなら容赦なく突っ込んでやると思いながら、ルルーシュは邪気の欠片も無い完璧な作り笑いを浮かべてみせる。
 それに、例え目的のためにナナリーを一時的に利用したとしても、このスザクという男は、ロロとの事を懐かしげに語るルルーシュを見て、ナナリーに対する罪悪感など何一つ感じずにいられるほど非情になり切れるタイプではない。
「お前にはとうとう最後まで懐かなかったもんな。今でもよそよそしいだろ」
「そうでもないよ……。一応、少しは話してくれてる」
「そうか。昔とは立場が変わったとはいえ、一応幼馴染だっていうのに。色々と気を使わせてしまってすまないな」
「いや、別に……そんなことはないけど……」
 スザクもまずいと感じてはいるのだろう。ルルーシュがロロのことを口にすればするほど、歯切れの悪さを増していく。
(学園初日がお前とロロとの初対面だったと俺は知っているんだよ……。報告書の内容全てを暗記出来る頭と、人物像そのものを口頭で違和感なく再現させられるだけの想像力がお前にあるなら話は別だがな)
 面識自体が浅いのに、その人となりに関する詳しい話など出来よう筈が無い。
「ルルーシュ」
「ん、何だ?」
「――今から、君の部屋に行っても?」
(何っ!?)
 唐突に会話が途切れた。
 びくっと硬直したルルーシュを、スザクは試すような眼差しで凝視している。
(スザク……! お前!)
 あくまでも疑いを解くつもりは無いという訳か。心底、厄介な……と思いながらも、ルルーシュは舌打ちしたくなるのを辛うじて控えた。
 部屋に来たがる意図など知れている。ルルーシュがあの電話の後でも平静に振舞えるかどうかだけではなく、ナナリーを騙して策略の道具にしたスザクにどういう態度を取るのか、最後まで見届けようというのだろう。
「おいおい……誰の為の歓迎会だと思ってるんだ? 主役がいなくなってどうする」
「みんな楽しんでるみたいだし。別にいいだろ?」
 スザクはこれでもかというほど、とびっきり甘い笑顔で微笑んでくる。
(こいつ……。何でもその方法で押し切ろうとしてないか?)
 苦虫を百匹ほど噛み潰したくなる思いを堪えながら、ルルーシュは困ったように眉を下げた。
(全くそんな気分ではないんだがな……)
 部屋に来られた後の展開も何となく予想はつく。ワンパターンにも程があるだろうとは思ったが、ここでまた強硬手段に訴えられでもしたらと思うとたまったものではない。
「仕方ない奴だな……」
「嫌?」
 折角ひと泡吹かせてやろうと思っていた矢先にこれだ。勝ち誇ったようなスザクの顔が勘に触る。
「……俺が、お前の頼みを断ったりすると思うのか?」
 恥じらいながらも渋々了解の意を示すルルーシュを見て、スザクは僅かに目を細めた。
 スザクのゼロに対する執念は本物だ。ここまで形振り構わずな手段を使ってくるとは……。正直少し見くびっていた。
 歩み寄ってきたスザクが肩に腕を回してくる。
「お、おい……」
「大丈夫。部屋までは我慢するから」
「そうじゃない。まだこれからどういう関係にするかも決めていないだろ。そういうのは……」
 反射的に体をずらして避けようとしたが、捕らえようとするスザクの手の方が早かった。
 ルルーシュの肩を抱いたスザクが顔を寄せ、すかさず頬にちゅっと口付けてくる。
「好きだよ。ルルーシュ」
 梃子でもその方向に持ち込むつもりなのだろう。スザクは拒否しようとするルルーシュの言葉を遮って好き勝手に振舞おうとする。
「……大胆だな」
「うん。誰も聞いてないよ。君以外は……。だから、その話は君の部屋に行ってからきちんと話そう?」
 頬にかかっていたルルーシュの髪を耳にかけてやりながら、スザクは甘い声で囁いた。
「話し合いに……なるのか? これで……」
「さあ……。なるかならないかは君次第、かな?」
 耳朶を食む唇の感触がくすぐったくて首を竦めていると、スザクはつい、と指先で顎を撫でてくる。
(クソ。スザクの奴。遊んでやがる……!)
 ルルーシュは口汚く心の中で罵った。――立派なホストになれそうだ。
「何ならここで決めても僕は構わない。君への気持ちは今言った通りだから」
「………………」
 よく言うと思いながら、ルルーシュは無言で眉を顰めた。
(あれだけのことをしておいて、よくそんな歯の浮いたような台詞を言えるものだな)
 一体どういうつもりなのだろうか。言動が支離滅裂すぎる。
 ルルーシュが憎いと散々詰り倒したことを忘れてしまったのだろうか。
「で、君の答えは?」
「言わせる気か? こんな所で。……照れるだろ?」
「でも聞きたいな」
「………」
「駄目?」
 スザクは瞼へと口付けてから、今度は唇で睫を食んで強請ってくる。
 答えを促されるまま、ルルーシュは妖艶な眼差しでゆるりとスザクを見返した。
「……ああ。俺もお前のことが好きだよ。スザク」
「それ、本当?」
「何だよ。疑ってるのか?」
「君は嘘つきだから」
 スザクは思い通りの答えを手に入れて満足したのか、それとも、それですら演技なのか判然としない表情でルルーシュの顔を覗き込んだ。
「疑うなら、下で女とでも踊ってくればいいじゃないか。お前と踊りたがってる女なら腐るほどいるだろう?」
「お断りだ。でも君となら踊ってもいい。エスコートしようか?」
「冗談……バカ言うな。なんでお前と……」
「つれないな」
 君らしいけど、と続けながら、スザクはルルーシュの手を取った。屋上からの階段前で引き上げられた手をくるりと返され、その場で一回転させられる。
「やめろ馬鹿。ふざけるな」
「いいじゃないか。ダンスは得意なんだろ? ルルーシュは」
「……ダンスは、とは何だ」
 スザクは「あれ、バレちゃった?」と笑いながら、再びルルーシュの肩を抱き寄せた。
 密着したまま数段降りたところでいきなり体を裏返され、壁と向かい合う形で押し付けられる。
「なっ……!」
「ちょっとだけこうさせて?」
 スザクは言うなり襟足にかかったルルーシュの髪をかきあげ、剥き出しになった項へと吸い付いた。
「やっ……め!」
「うん。ちょっとだけだから」
 後ろから抱きついた姿勢のまま舌で耳の裏から首筋へと辿っていたスザクが、もう一度ルルーシュの体を元の方向へと裏返す。
 顎にかけた手で顔を上向けられたと思った次の瞬間、深く口付けてきたスザクに思い切り舌を吸い上げられ、ルルーシュは喉を鳴らしながら背中をのけぞらせた。
「んっ……!」
 腰が砕けそうなほど長く続く口付けの最中、視点が合わないほど間近に迫ったスザクにルルーシュが咎めるような視線を送れば、スザクは離れる寸前に下唇をやんわりと噛んでくる。
 引き千切られるのかと思って身構えたルルーシュを面白そうに眺めていたスザクは、離した唇を舌先でぺろりと舐めてから首筋へと顔を埋めた。
「ごめん。嘘ついちゃった」
「全くだ……」
「でも、ちょっとだけって言ったのは本当だっただろ?」
「そこだけ本当でどうする……」
 この変態が、と呟いたルルーシュがキスの余韻に潤んだ瞳で睨んでやると、スザクはもう一度名残を惜しむようにゆっくりと口付けてくる。
「我慢出来なかったんだ。過失だよ。故意じゃない」
「ものは言いようだな」
「ついでに言うなら君のせいだ」
 親指でルルーシュの唇をなぞりながら、スザクは悪びれもせずに言い返してきた。
「……続き、したくなった?」
「そういう目的だったのか」
「まあね」
 薄闇の中で悪戯っぽく光るスザクの深緑。ふと、スザクは元からこんな顔をしていただろうかとルルーシュは不思議に思う。
 改めて間近で見たスザクの顔は、一年経って何だか精悍さが増している気がした。
「三日前にも思ったことだけど……」
「……ん?」
 言い淀むスザクへと訊き返したルルーシュが数回瞬きしていると、スザクは餌を前にした獣のように飢えた眼差しでルルーシュの顔を眺め回してから、熱っぽい吐息を細く吐き出している。
「君はやっぱり綺麗だ。実は小さい頃からずっとそう思ってた」
「……俺は男だぞ」
「うん。でも欲しくなるよ。どうしようもなく」
 嘘ばかり吐く唇なら、いっそ塞いだままにしておいた方がいいのかな。
 そう呟きながら、ルルーシュの手を引いたスザクが先に階段を降りていく。
「好きにすればいいだろう」
「ああ――君は僕のものだ。離さないよ。これからもずっと」
「……………」
 自分の手を引くスザクの手を見つめながら、ルルーシュはこの場にロロが居ないことを幸運に思った。
 ……ロロのギアスがあれば、スザクでさえ難なく殺せてしまう。
(こいつが俺に手を出していると知ったら、あいつなら殺りかねないな)
 依存どころか偏愛されている自覚はある。――勿論、そうなるよう仕向けたのはルルーシュ本人なのだが。
(人を狂わせる素養でもあるんだろうか、俺には……)
 CCにも『人たらし』と言われてはいたが……だとしたら、それもまた随分と悪魔らしいものだ。
 スザクに狂わされているのは、寧ろこちらの方だとばかり思っていたのに。
 思えばスザクとは、一年前からずっとこんな駆け引きばかり続けているような気がルルーシュはした。
(――まるで劇団だ)
 繋ぎ合った互いの手を見つめたまま、ルルーシュは心の底から、そう思った。


オセロ 第21話(スザルル)

21


 フェンスに叩きつけられたスザクの拳がずるりと落ちる様を、その場に座り込んだルルーシュは凍りついたように見つめていた。
 しかし、これは勿論ただの演技であり、頭の中はごく冷静だった。
 気圧されたのは確かだが、困惑もしていなければおかしい。『記憶の無いルルーシュ』であれば、何故ここでゼロの話が引き合いに出されるのか全く解らない筈だからだ。
 過去、スザクに対して騎士団を擁護する発言をした事は事実だが、傾倒まではしていない。
 それに、スザクの生き方や矜持を決定的に歪めた原因はギアスであって、ルルーシュから持ちかけたゲームが直接の切欠となった訳ではない。
 スザクの言い分は酷く一方的だったが、それもそうだ。演技をかなぐり捨てたあの台詞は、どれもやり場の無いスザク自身の本音なのだから。
 本当の俺は凄く自分勝手だと苦しむスザクに、ルルーシュはユフィの言葉を思い出した。
『自分を嫌いにならないで』――忘れられない台詞だ。
(必要悪を肯定出来ないこいつらしい言い分だな)
 ユフィがスザクにこう言ったという事は、恐らくスザク本人から父殺しの件について聞いていたのだろう。
 ユフィから尋ねたにせよ、スザクから打ち明けたにせよ同じ事だ。あれはスザクの本質を理解していなければ言えない台詞だった。
 長短紙一重という言葉を知らないのだろうか。人間は一面だけで出来ている訳ではない。多面的であって当然。ルルーシュとて自身の中に嫌悪する部分があり、そこをスザクに隠してもいる。
 スザクに対してだけではない。この学園の友人やナナリーに対してもだ。
(いや……。俺も同じ、か――)
 ルルーシュだって切り分けている。スザクと同じように。
 反逆を志し、人殺しを請け負うゼロとしての『私』、そして、ルルーシュとしての『俺』
(元々、俺がルルーシュという名を残した事だって――)
 そこまで考えて、ルルーシュは「やはり違う」と思い直した。自分、ルルーシュとスザクは同じではない。少なくとも、ルルーシュはゼロである『私』を否定していない。受け入れている。
(俺は俺だ。ゼロもルルーシュも、全て……)
 そこから目を逸らして見ない振りをしようと思った事など、一度もない。
 見せて欲しいと望まれれば、受け入れたいと望んでさえくれれば――例えば、それがスザクから求められた事だったとしたら、ルルーシュは躊躇せずゼロとしての自分を明かしたに違いない。
 一瞬、ユフィと同じように『自分が嫌いなのか』と尋ねようかと思ったが、スザクの中にいるユフィを汚すことになるような気がして言えなかった。――あとは、単純なプライドの問題だ。
(他人の言葉を借りての訴えが、真の意味で人の心に届く筈など無い……)
 スザクの言いたいことは解る。嘗て自分が守ろうとした存在が危険を冒すのではと危惧するのは、人として当然の事だ。
 過保護というより過干渉。そう言い換えてもいいほどの心配性はそういう理由だったのかと納得もする。
 但し、今のルルーシュにゼロとしての記憶が無い以上、少なくとも『殺してやりたい』と言われる程の事などしていない――と、そういう話になってくる訳なのだが。
「お前は、俺にどうして欲しいんだ……?」
「…………」
 ルルーシュが尋ねてみても、スザクは無言だった。つい先程まで興奮で荒げられていた息は潜められ、今はルルーシュから顔を背けて座り込んでいる。
 物言わぬスザクの横顔を、ルルーシュはじっと見つめていた。返事の代わりだろうか。力を失って床に落ちたスザクの拳に、また力が込められていく。
 肝心な所で黙り込む癖も一年前のままだ。
(いや、八年前と同じか……)
 スザクの言い分は矛盾している。手放す気は無いと豪語しながら、その対象であるルルーシュが自分を苦しめていると訴えているのだから。
「どうすればお前は満足出来るというんだ。俺に受け入れろというのか? 自ら望んでお前に縛られろと? だが、それはお前にとっても見たくない自分の姿を見せ付けられる事になるのと同じ意味なんじゃないのか?」
 スザクは相変わらずだんまりを決め込んでいたが、ルルーシュにとっては答えてもらわねば困る話だ。
 白黒はっきり付けておかなければ学園生活がままならなくなるばかりか、人形の振りさえ満足に続けられない。
「一年前と同じ関係を続けていきたいのか、それとも終わらせた方がいいのか。せめてそれだけでもハッキリさせてくれないか。……お前は俺と、どうしたいんだ?」
 スザクは昏い眼差しを一度だけルルーシュへと向け、また同じ方角へと逸らした。
「……それは、離れようと思えば、君にはそれが出来るってこと?」
 自分で口に出す事さえ不快だったのだろう。スザクはくっと息を詰まらせてから閉じていた唇を歪ませた。
 ふいに漏れる自嘲。吊り上がった口角がピクリと痙攣している。
「どうしたいか、だって? よくそんな台詞を言えるな。そんなの僕の方が知りたいよ」
 眉間に皺を寄せたスザクが忌々しげに吐き捨ててから鼻で笑う。
「だったら、俺が決めていいのか?」
 挑発的なルルーシュの台詞に、スザクがゆるりと振り返った。
「決める……? 君が? ……何を?」
 スザクが纏う空気に怒気が混じる。
 猛獣がもぞりと寝返りを打つ様によく似ていると思いながら、一瞬閉口しかけたルルーシュは辛うじて台詞を繋いでいく。
「お前が言いたいのはこういう事だろう?――つまり、自分がこうなってしまった責任を、俺に取れと」
 すると、スザクがはっとしたように言い返してきた。
「違う! 僕は……俺は……!」
「違わないんだよ。僕の気持ちを理解するべきだと言っただろう。お前は」
「……っ!」
 断定口調で告げてやると、スザクは悔しげに唇を噛み締めながら俯いている。
 父殺しについては自分の責だと言い張ってはいるが、その過去がスザクにとってルルーシュに対する執着にも深く絡んでいる以上、訴えの内容はそういう意味なのだと解釈せざるを得ない。
(二重人格でもあるまいし)
 スザクは自身の中にいる『俺』を押さえ込んでおかなければ生きる価値が無いと思い込んでいる様だが、父殺しに直結する人格でもある自分自身を恐れているのだ。あまつさえそれを刺激し、知りたがり、見たいとさえ望むルルーシュの事も。
 ましてや、ルルーシュはスザクが父を殺した動機そのものに直接関わる人間だ。下手に関係を深めようとすればするほど、スザクは自身の犯した過去の罪についても思い出さずにはいられまい。
(何のことは無い。離れてしまえば済む話だ)
 関わらなければいいのだ。これ以上。
 だが、そう出来なくさせてしまったのもルルーシュなのだ。――ここまで深い愛憎を向けられる程に。
 美化されていた事も知っている。……ならば、その対象に裏切られた場合、憎しみを昇華してやれる存在になれるのも裏切った本人だけという事になる。
「でも、父を殺したのは君のせいじゃない。僕の責任だ。……さっきも言っただろ」
「…………」
 今度はルルーシュが沈黙する番だった。
(そこに拘られても困るんだがな)
 自分でも矛盾していると気付いているだろうに。相変わらず頭の固い男だ。
 ルルーシュは募る苛々を吐き出すように深くため息をついた。
「要するに、お前が安心出来るようにすればいいんだろ? 俺は」
 事情が事情なのだから、仕方が無い。ルルーシュは自身に言い訳しながら肩を落とした。
(こいつといると、結局こうなるのか)
 ――どうやら折れてやるしかなさそうだ。
(やはりお前は、俺にとって最悪の敵だよ。スザク)
 諦め混じりに嘆息しながら、ルルーシュは想定したパターンの中で最悪の道を選ぶ羽目になった事を軽く呪った。
 別に高を括っていたつもりは無いが、C.C.をおびき寄せる為の餌として監視を受けているのだから、今はスザクの目的とて自分ではないだろうと判じていたのが仇になったようだ。
 表情を消したまま目を逸らしていたスザクが、ちらりと視線を向けてくる。――と、同時に、今までずっと無表情だったその顔に、ふと翳りが生まれた。
「僕を安心させるなんて、君には一生かかったって無理だ」
 さっきのように吐き捨てる響きではない。深い諦めの滲む声だった。
「だったらどうする。俺の部屋に監視カメラでも取り付けてみるか?」
 ルルーシュがむっつりと顔を顰めながら痛烈な皮肉をお見舞いしてやると、スザクは少し考え込む素振りを見せた後に言った。
「もう付けてある、と言ったら……君はどうする?」
「……はぁ?」
 何とも大胆な台詞だ。
 スザクはルルーシュの反応を試しているのか、怪訝そうな顔をするルルーシュの様子を伺っている。
「ある訳ないだろ、そんなもの。もしあったとしたらとっくに見つけてる」
 目を細めていたスザクは、ふん、と笑ってから視線を逸らした。
 内心「本当に、もう付けてあるんだよ」とでも思っているのかもしれない。
「冗談だよ」
(本気のくせに)
 演技が上手くなったと思ったのは只の勘違いだったようだ。
(根本的に自信家な奴は警戒を緩めるのが早いな)
 昔から空気を読まない所があるとは思っていたが、空気が読めないのではなく読む気が無いのと同じように、疑っているのがバレてこちらが困惑していようと、お構いなしというだけの事だ。
「冗談でも勘弁してくれ」
 顔に出すぎだと呆れながらルルーシュは答えた。
(『僕と同じになって欲しくない』か……)
 ずっと、父殺しの事だけを指しているのかと思っていた。――だが、スザクの根底にあるのは罪の意識だ。
 ルルーシュは嘗て自分がスザクに言った言葉を思い出していた。
『懺悔など後で幾らでも出来る』
 ブリタニアへと送られる途中、スザクは言った。
『本当に懺悔する事の意味すら知らないくせに』
(こいつの言う『僕』というのは、罪を背負った償いの為の自分という事か)
 ルルーシュはスザクの想いを裏切り、スザクにとっての神を殺したばかりか、ルルーシュたち兄妹の為に罪を背負った『僕』としてのスザクそのものを否定し、軽んじてしまったのだ。
(憎まれるのも無理は無いな……)
 思えば、スザクが真の意味で激昂したのは、ルルーシュがあの台詞を言い放った瞬間だった。それまで辛うじて理性を保っていたスザクは言った。
『いいや、君には無理だ』
 そして、ぶつけてきたのだ。あらん限りの憎悪を込めた存在否定の言葉を。
(先に言葉にしてしまったのは、俺の方だったのか)
 尤も、スザクの思いを何も聞かされていなかったルルーシュにとって、それはあくまでもスザク個人の事情に過ぎなかったのだが。
 しかし、例えば、もっと早く打ち明けられていたとしたら―――。
 ルルーシュが一人思案に耽っていると、スザクが突然立ち上がった。
「どこへ行く?」
 まさかこんなはしたない状態のままでいる自分を置いていくつもりでいるのかと問いかけると、スザクは見上げるルルーシュを一瞥してから「別に置いていくつもりじゃないよ」と答えた。
「水気のあるタオルか何か、取ってくるから。そこでちょっと待ってて」
 そのまますたすたと出口に向かうスザクの背に向かって、ルルーシュが声をかける。
「だったらさっさと取って来い。寄り道するなよ」
 強引に組み敷かれ、体を開かれた恨みは忘れていない。憎まれ口を叩くルルーシュに、スザクは背中を向けたまま答えた。
「そういう所も変わってないんだな」
 記憶が無くても、と、括弧閉じで語尾に続く言葉が聞こえるようだった。
(いい性格になったものだな。スザク)
『僕』としての自分で生きるという基本姿勢は変わっていないようだが、ひび割れた仮面の裏側から『俺』が微妙に透けている。
 以前、スザクに言われたことのある台詞がルルーシュの脳裏に蘇った。
『性格が良かったらルルーシュの友達は務まらないよ』
 ……という事は、一応自覚はある訳だ。
(今のこいつにだけは言われたくない台詞だな)
 閉まるドアの音を聞きながら、その場に一人残されたルルーシュは心の中で呟いた。
 フェンスに背を向けて寄りかかり、やはり馬鹿みたいに青く晴れ渡った空を眺めていると、一年前に言われたスザクの台詞が次々と蘇ってくる。

『人の気も知らないで』

『言えよ、スザク』
『……言わないよ』

 スザクはこれらの台詞を一体どんな気持ちで言ったのだろう。今も知る由は無い。
(踊らされていたと後から気付かされるのは、やはり俺の性に合わないな)
 例え、裏にどんな事情があったとしても……。
 渡された心の鍵。開いた扉の向こう側にあったものは、あまりにも無慈悲な真実だった。
 真実とは、そして世界とは、何故こうも不条理なのだろうか。守りたいと願ったものばかりが、掌から零れる砂のように滑り落ちていく。
 ――だが。
(俺は過去に一度……いや、二度、スザクを切り捨てている)
 一年前。そして、八年前にも。……勿論、八年前に関しては言い方を悪くすればだが。
 もう一度漏らした嘆息は、決してルルーシュの心を楽にはしてくれなかった。
 手に入ると見込んだものに対しては貪欲なまでに、それこそ命を賭けてでも手に入れようとするルルーシュだが、別離を受け入れるしかないと判断した時点で「もう会う事は無い」と覚悟して別れてきた。
 誰と別れる時であっても、その考え方は変わらない。覚悟とはそういう事だ。少なくともルルーシュにとっては。
 八年前、スザクに『アッシュフォードが引き取ってくれる』とあっさり言ったのは、スザクには藤堂がいると思っていたからでもあるが、軍に引き取られると知っても『そうか』と思っただけだった。
 淡白な反応に見えただろうが、しかし、だからこそ「ブリタニアをぶっ壊す」というルルーシュの信念は強く、そして根深い。
 スザクは『また会えると思っていなかった』と言っていたが、ルルーシュとてその思いは同じだったのだ。
 例えこのまま二度と生きて会えなかったとしてもスザクの事は決して忘れないし、スザクの故郷を奪い、これから自分たち兄妹以上に過酷な生き方をしなければならないであろうスザクの仇は、例え自分の身がどうなろうとも必ず討ってやると心に決めていた。
 別れても……いや、別れた事で、ルルーシュは今から八年前に、スザクの無念を背負ったつもりでいたのだ。
 引き離されてしまったからこそ、その思いは当時十歳だったルルーシュの胸に色濃く焼きついた。
 たった一人でぽつんと立ち尽くすスザクの姿を、ルルーシュは車の中からいつまでも、いつまでも見つめていた。
 ブリタニアへの反逆は、ナナリーが安全に暮らせる世界を作る為であるのと同時に、唯一の友であるスザクへの思いと、失われたその存在を想ってこそ。
 だからこそギアスを手に入れた時も、ルルーシュは迷わず力を行使する事が出来た。人を殺し、自らの手を血で染めることにも、躊躇いなど一切感じなかった。
 スザクが軍に志願したと知った時、筋違いとは思えど裏切られたようにさえ感じたのはその所為だ。ただ騙されているだけ。解っていないだけ。中から変えようと思っていたとしても、いつか認識を改める日が来るだろうと頑なに信じていた。
 しかし、幾度仲間になれと訴えてもスザクの考えは変わらず、結局道は最後まで違えたまま。プライベートでも拒絶が続き、その度にルルーシュは酷く傷付いた。
 同時に、自分たち兄妹を誰よりもよく知るスザクなら、昔と変わらず自分たちの傍に居てくれる。決して他の誰かを選んだりはしないと、何の疑問も抱かず思い込んでいた。
 スザクならそうする。……但し、昔通りのスザクなら。
 表面上変わっていたとしても、根底の部分では変わっていない。そう思えたからこそ信頼していた。
(だが、時の流れとは残酷なものだ)
 二人の道は分かたれてしまった。……それも、決定的なまでに。
 ユフィを利用し尽くすと決めた時も、ブラックリベリオンでスザクを切り捨てた時も、そして、八年前に別れを受け入れた時も――例えどんな思いがあったとしても、心を一時棚上げにして冷徹な判断を下そうと思えば、ルルーシュはいつでも下す事が出来た。
 人として不自然なほど現実的で、合理的で、冷静。
 人ではなく、悪魔のようだとルルーシュは思う。
(本当に残酷なのは時の流れなんかじゃない。この俺だ)
 救世主(メシア)になんかなれはしない。なれるとしたら、魔王だけだ。
 いつか思ったのと同じことを、心の中でルルーシュは再び繰り返す。
 どうせ嘘をつくのなら、せめて嘘泣きでも出来れば良かったのに、と……。
 八年前も、一年前も、そして今も。――せめて泣けていたら、まだ違っていただろうか。
 だが、振り返らないと決めたのだ。引き返す道など要らないと。
(なんという皮肉だ)
 そこまで想っていたのは自分の方だけだと考えていた。
 スザクは自分で選んだ道を行く。またルルーシュと離れ離れになってしまっても、もう構わないのだと。
 スザクにとって、ルルーシュは過去。だから、八年前からずっと、そこまで強い想いを抱き続けていたのは自分の方だけに違いない。……そう思っていた。
 けれど、なんという酷さだろう。なんという惨さ。冷酷さ。
 己の考えに戦慄すら覚えること無く、ルルーシュはこう思っていた。
(だから、もっと早く言えと言ったのに)
 見せれば良かったのだ。もっと早く、ブリタニアへの反逆を開始したばかりの頃に、本当の『俺』としてのスザクを。
(では、もっと早く教えられていたとしたら、俺は反逆を諦めたのか?)
 自身に問いかけてから、ルルーシュはうっそりと自嘲した。
 答えは否だ。
(なあ、スザク。……俺はどこまでも、お前を傷付ける存在にしかなれはしないんだな)
 自分本位で自分勝手な己の思考に呆れてしまう。
 こう言えば、おそらくスザクは怒るだろう。それ以上に、嘘を吐かれていたと知った時のように傷付くのかもしれない。……それでも。
 ―――ただ、どうしようもなく嬉しかった。
 そして、ふと思った。
(いつか、俺は死ぬだろう)
 そう遠くない未来に。
 どうして急に、こんな事を思うのかは解らない。
 けれど、思えばこれが、ルルーシュが己の死をリアルにイメージした初めての瞬間だった。
(これからもきっと、俺は沢山お前を傷付け、怒らせてしまうんだろうな)
 いつだって叶わない願いにばかり手を伸ばす。それがルルーシュ自身の業なのだから。
 けれど、今も願わずにはいられなかった。叶わない願いかもしれないと解っていても……やはり、諦め切る事など出来はしない。
 晴れ渡った空を見上げながら「今みたいな青空だと尚いい」と、ルルーシュは思った。


(いつか、俺が死を迎えるその時は――)


 スザク。
 誰よりも傍に、お前が居て欲しい。



オセロ 第20話(スザルル)

20


 思いがけないスザクの告白。
 ルルーシュはスザクの肩にしなだれかかったまま、ピクリとも動かなかった。
 ただ、馬鹿みたいに晴れ上がった空を遠い気持ちで見上げながら、もし今日が雨だったとしたら、もっと違う展開になっていたのだろうかと考えただけだ。
(いや、きっと変わらなかっただろうな)
 変わるとしたら状況だけだ。屋上でなく、屋内で――おそらくはルルーシュの部屋で。以前と同じように。
 不思議と驚きは無かった。……いや、一瞬たりとも動揺しなかったかと問われれば嘘になる。正に晴天の霹靂。
 ――だが、これで全て得心はいった。
(何かについて心から納得する時というのは、何かを諦める瞬間にとてもよく似ているんだな)
 ただ、嘘のように心が凪いだ。それだけだ。
 恋慕に塗れ、ひたすらスザクを欲し、煩悶していた一年前の自分に教えてやりたい。そして、言ってやりたかった。
『さあ、これからどうする?』と。
 ほんの僅かに身じろぎしたスザクに気付き、ルルーシュが体を引こうとする。
 寛げていた前面を既に閉じていたスザクは離れるのを許さず、手繰り寄せた自分の制服をルルーシュの下肢にそっと被せてきた。
 汚れるのではないかと思ったが今更だ。スザクにとっても別に構わないのだろう。抵抗する気もないルルーシュは黙ってそれを受け入れ、再びスザクの肩へと凭れ掛かった。
 一年ぶりに感じるスザクの体温。特に深い感慨も無い。
 暖かく感じるか、それとも冷たく感じるか。きっと気持ちの温度にもよるだろう。
 生温い風がそよぐ中でルルーシュが詮無きことを思っていると、スザクがおもむろに尋ねてきた。
「驚かないんだね、ルルーシュ。この話を君にするのは、初めてだったと思うけど」
「……驚いて欲しかったのか?」
 スザクの父殺しを知った記憶は失った事になっている。
 けれど、ギアスという名の超常によって暴かれたスザクの過去を知ったあの時も、酷い恐慌に陥ったスザクとは対照的に、ルルーシュはやはり冷静だった。
「お前に何らかのトラウマがあるらしい事には気付いていたさ。気付かない方が変だろ?」
「…………」
 沈黙するスザクの背中は痛々しいほど強張っていた。
 だが、ルルーシュは気付かない振りをしながら話し続ける。
「自殺したんじゃなかったんだな。お前の親父さん。確か、俺とロロが一時帰国して……戦争が始まる直前に自殺したと報道されていた筈だが」
 スザクは何も答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
 触れ合った肩越しに伝わる振動。激しい情事の後でさえ乱れなかったスザクの呼吸が小刻みに震えていた。
 何故なにも話してくれないのかと詰ったルルーシュの前で、瘧のように震え出した一年前のスザクを思い出す。
『周りの大人たちが皆で揉み消してくれたおかげさ』
 マオはそう言っていた。そして、ルルーシュはこう答えた。
『物語は必要だ』と。
「あの雨の日以来、お前が片時も木刀を手放さなくなった理由はそれか。……俺たち兄弟を、護る為に」
 尋ねた瞬間、ルルーシュの背中をかき抱くスザクの腕にぎゅっと力がこもった。
『もう二度と、自分の為に自分の力を使ったりはしない』
 ルルーシュの胸に縋りついて泣き崩れたスザクが、搾り出すような声で口にした言葉だ。
 ずっとおかしいと思っていた。どこがどうと具体的に言えなくとも、あの日を境にスザクの性格――寧ろ性質そのものが大きく変貌してしまった事には何となく気付いていたからだ。人の心理的変化に聡いナナリーは勿論のこと、ルルーシュでさえも。
 だから、スザク自身の本質をも揺るがすような出来事に遭遇したのだろうとは思っていた。そして、その出来事というのが、おそらく自分たち兄妹に関わる何かなのだろうとも。
 前後の出来事を考えれば辻褄が合う。全てを悟った今となっては、何故今までその可能性に思い至らなかったのか不思議に思える位だ。
 沈黙を守り続けるスザクへと、ルルーシュは重ねて問いかけた。
「あの日、ロロが何者かに連れ去られ、俺も薬で眠らされていた。しばらくしてロロは何事も無く戻ってきたが、連れ去られていた間に何があったのか、あのロロでさえ決して俺に話そうとはしなかった。……ただ、よく解らなかったとだけ言っていたな。どこかの部屋に置かれていたようだと。眠らされる前後の記憶が曖昧すぎて、俺も覚えていないんだ」
「…………」
「何があった。……聞かせてくれ。スザク」
 ナナリーの居た位置がロロにすり返られているだけで、八年前の記憶はそのまま残されている。
 どしゃぶりの雨の中、外にいるスザクに気付いて駆け寄るまで、何故か離れに立ち寄った筈のスザクが入り口に背を向けていたことも。
(あの日からずっと、お前は言えずに苦しんでいたのか。たった一人で抱え込んだまま、誰にも言えずに)
 スザクの腕を解こうともせず、ルルーシュは抱かれる腕に任せたまま、じっと目を閉じていた。
 理由など言われずとも想像がつく。
 スザクが動機を含めた一切を頑ななまでにひた隠してきたのも、ルルーシュに、そしてナナリーに、父殺しの責を負わせたくなかったからだ。
 だが、そのスザクが何故今になって言う気になったのか。ルルーシュは、その理由にも既に気付いていた。
「何故隠してきたのかなどと問う気は無い。だが、俺には知る義務がある。そうだろう? スザク」
 敢えて権利とは言わずに義務という単語を持ち出す事で、ルルーシュはスザクに先を促した。
 八年前も、そして一年前にも聞けなかったスザクの本音。
 後には引けない本気のゲームを仕掛けても、結果は予想通り。最後の最後まで頑なに閉ざされ続けた心の扉。
 ずっと探していたその扉の鍵を、今ようやく手渡された気分だった。
「俺の弟を攫ったのは、お前の父親だったという事か……」
 確認の意を込めて疑問形を避けたルルーシュの台詞に、スザクはぐっと息を詰まらせたまま項垂れた。
(今までもそうやって、ずっと飲み込み続けてきたのか……スザク)
 どんな猛毒となって身の内に巣食っていたことか。
 例えこれがどんな策略による告白だろうと、事実は事実。受け入れざるを得まい。
 作りが杜撰な割に、よく出来た冗談もあったものだとルルーシュは思った。本来の記憶と照らし合わせてみると、より滑稽さも際立ってくるように思える。
 改竄された記憶の中でのルルーシュたちは皇族ではない事にされているが、当時の状況を鑑みれば、例え一般人だったとしても人質として扱われる可能性は無くもない。
 日本側に対する批判も免れないだろうが、侵略を仕掛けているブリタニア側が見殺しにしたとなれば、国際批判の対象にはなる。実際に殺されなかったとしても、その場しのぎの牽制くらいにはなっただろう。
(いや、それもどうかな……)
 ブリタニアは弱肉強食を謳う実力至上主義の国だ。いずれにせよ、見殺しにされる結果に変わりはないだろうが。
 但し、権謀術数渦巻く皇族関連の人間ではなく一般人である場合、遺族が騒ぐのは必至。その死を内々で片付ける訳にはいかない。
 しかし、理由など、後付けにすれば幾らでも捏造出来るのだ。――嘗て、スザクの周囲にいた者たちが用意した物語のように。
(しかし……こんな所だけ合っていてどうするんだ?)
 憤死したくなるのと同時に、酷くせせら笑いたい気分だ。辻褄が合っていようがいまいが正直どうでも良かった。
 過去を改変されたとて、大筋に変わりは無い。そして、スザクもそれを知っているからこそ告白してきたのだろう。
 スザクはルルーシュの肩口に顔を押し当てたまま話し出した。
「僕はね、君たち兄弟が来る前から、父とはずっと肌が合わなかった。……それでも、殺したいくらい憎んでいた訳ではなかったよ」
 最大の秘密を吐き出した事で少しは落ち着きを取り戻したのだろう。スザクの震えはいつの間にか止まっていた。
「君も気付いてると思うけど、僕の父は、ブリタニア人である君たち二人を殺そうとしていた。そうすると、どうなるかは解るよね?」
「下手をすれば、国際問題になるだろうな」
 本当は、最初から人質として送り込まれていたのだが。
 ルルーシュはどうにかその思いを飲み込んで、続くスザクの台詞を待った。
「父は徹底抗戦を望んでいた事になってるけど……。でもね、本当は違うんだ」
「違うとは?」
 ルルーシュは尋ねながら体を起こしかけたが、スザクは離れていこうとするルルーシュの体を留めるように強く引き寄せてくる。
「戦争になる前、ブリタニア側が色々と挑発行為を仕掛けていた事は知っているよね」
「ああ、知っている」
 当時のブリタニアは戦争を仕掛けるというより、ただ攻めていける口実を作る為に、日本の領海内に侵入して威嚇射撃を誘うなど、実に侵略戦争らしい手口で日本を挑発していた。
 放っておいても、いずれ戦争にはなっていただろう。
「だけど、荒れていたのは世界情勢だけじゃなかった。父は戦争の仕掛け人だったんだ。彼は裏で、戦争の引き金を引いていた。巧妙に、周囲にそれが故意であるとは気付かれないように……。彼は、当時の日本を実質支配していた別の権力者への当て付けに、日本をブリタニアに売り渡す事を考えていた。彼らを完全に出し抜く為の手段として、最悪の方法を選択したんだよ」
「そこで目を付けられたのが、俺たち兄弟だったという訳か」
「そうだ。つまり、目の上のコブに対する腹いせだった訳だけど……。キョウトに勝てるなら、日本を売り渡しても構わない。それが父の考えだった。開戦に持ち込む為にブリタニアを煽って、日本に反ブリタニアの気風を刷り込んでいたのも、全部父の仕業だ」
 つまり、ルルーシュにとって知り得ない裏事情も、密かに絡んでいたという訳だ。
(事実は小説より奇なりだな)
 病んでいるにも程がある。
 ルルーシュは深く嘆息しながら、スザクの背中に回した自分の手を見つめていた。
 おおよその事情は把握した。だが、それはあくまでも故・枢木ゲンブ首相個人の事情であって、元々人質として差し出された立場であるルルーシュ達にはあまり関係が無い。……何故ならルルーシュたちは、元々その辺りの事情も考慮された上で差し出された人質だったのだから。
 ともあれ、先の展開は読めている。これ以上スザクに話させる必要も無いとルルーシュは思った。
「ねえ、ルルーシュ」
「何だ?」
「前、僕が言ったこと、覚えてる?」
 体を起こしたスザクが、ようやく目を合わせてくる。
「……いつの事だ」
 内心「来たか」と思いながら、ルルーシュは尋ねた。
「君に、もう危ない事はしないでって言った事」
 案の定、スザクから返されたのは、予想と寸分違わぬ答えだった。
 真剣な表情で凝視してくるスザクの瞳に屈さぬよう、ルルーシュは困ったような顔で笑みを浮かべてみせる。
(つくづく予想を裏切らない男だな、お前は)
 この段になって、ようやく八年前の事を切り出してきた理由など知れている。
(これがお前にとって、最後の切り札だったという訳か。スザク)
 だとしたら、ジョーカー並の手札だったとしか言いようが無い。
 ――はっきり言って、劇薬だ。
「ああ。覚えているよ、スザク。お前は昔から、やけに心配性だったからな」
 合わせた目を逸らすでもなく、ただ回想に耽るように伏せながら呟くルルーシュを前に、スザクは真意を探るような鋭い視線を向けてくる。
「解っていると思うけど、父を殺したのは僕自身の情が原因だ。自分勝手に力を求めた僕が……いや、俺が、自分自身の業として犯した罪なんだよ」
 スザクの言葉はルルーシュに言っているというより、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだ。
 事実、そうなのだろう。
(何が「解っていると思うけど」だ)
 呪詛のようにしか聞こえない。
 ずっとスザクを縛り続けていた解けない呪いは、単なる友愛を遥かに超えた憎悪となって心に絡み付いているらしい。……今も尚。
『僕と同じになって欲しくない』
 嘗て言われた言葉の重みが、全く違ってくるではないか。イレギュラーもいい所だと思いながら、ルルーシュはようやくの思いで言葉を紡いだ。
「だから、俺たち兄弟に責は無いと? 馬鹿を言え」
「ルルーシュ、」
 途端、眉を顰めて咎めるように名を呼びかけたスザクを、ルルーシュは無言で首を振って遮った。
「お前が今まで言わずにいた理由に気付かない俺だとでも思ってるのか? ……お前の言いたい事くらい、ちゃんと解ってる」
 ルルーシュはスザクを安心させる為、ふっと笑みを浮かべながら首を傾げてみせる。
 そう、あくまでも、冷徹に。
 今まで秘密を隠し通してきたお前の思いを、決して無駄にはしない。――そう言ってやれない事が、今、心の底から残念だ。
 せめてナナリーを返してくれたら、少しは考えてやってもいい。そうも言いたい所だが。
(でも、もう遅いんだよ、スザク)
 ――何もかもが。
(だから、早く話せと言ったのに)
 ルルーシュは一年前に経験した数々のすれ違いを思い返しながら、いつかスザクにされた時と同じようにスザクの手を取り、その甲へと恭しく口付けた。
 スザクはきっと知らないのだろう。
 止まれぬ悍馬を止めるには、殺してやるしかないのだと。
「ルルーシュ……」
 顔を上げて泣き笑いのように微笑むルルーシュを、スザクがきつく抱きしめてくる。
 息も詰まるような抱擁に身を任せながら、ルルーシュは猫が懐くような動作でスザクに頬をすり寄せた。
「……君は、僕を僕のままで居させてくれる人ではなかったよ」
 ぽつりと落とされたスザクの声。
 底に滾る憎しみを帯びながらも酷く乾いていたその声は、さながら傷口から滲み出す真紅の血液、もしくは膿。
 しかし、それでいて、何故か哀切にも聞こえる不思議な響きだった。
「……っ、ス、ザク……」
 抱き込んでくるスザクの腕が、高まる感情のままに力を増していく。
 締め付けられたルルーシュが苦しげに呻くのも構わず、スザクは腕を緩めぬまま話し続けた。
「君はいつだって、一番見たくない俺の姿ばかり見せ付けて、引きずり出し、暴こうとする、僕にとって誰よりも最悪な友達だった。それなのに、君はどうして僕を惑わせる? 何故惹きつける。こんなにも……!」
 苦しげに吐き捨てるスザクの声を、ルルーシュは無言で聞いていた。
 本来なら責められる謂れの無い事ではあるが、先に仕掛けたのは確かにルルーシュの方だ。
「僕は君が憎いよ、ルルーシュ。まるで病気だ。いつだって君の事ばかり考える。朝も昼も夜も、眠っている時でさえも! ……もう気が狂いそうだ。君の所為で!」
 想いの丈をぶちまけるようなスザクの独白が続いた。自分の所為ではないと思いながらも、ルルーシュは敢えて否定しなかった。
 憎悪に染まった叫びを聞かされるのは初めてではない。……だが。
(血を吐くような声だと思ったのは、これが二度目だ)
 パーペチュアル・チェック。いや、今の状況で言えばスティール・メイトだろうか。
 いずれにせよ、実は負けではなく、引き分けで終わっていたのかもしれない。――無論、仕掛けたあのゲームをチェスに擬えるならの話だが。
(だが、盤面は真っ黒だ)
 憎しみという名の黒で隙間無くびっしりと埋め尽くされ、打つ手など無い。もう、とっくに。
 少なくともチェスならば、盤上の升目全てを黒一色で埋め尽くす事など出来はしないのだから。
「……スザク。だからお前は、俺ではなく、皇女殿下を選んだのか?」
「!?」
 掠れた声で尋ねた瞬間、弾かれたように顔を上げたスザクが酷い形相で睨んでくる。
 信じられないものを見る目つきに、歪んだ口元。険しかった表情が一瞬消え失せ、顔を伏せたスザクは地を這うような声で呟いた。
「君は……。そう……。そうか。まだ、解ってないんだね……」
 一度だけ空笑で肩を揺らした後、ねめつけるような角度で上げられたスザクの顔に、見るも凶暴そうな怒気がじわりと広がっていく。
「だったら、解らせてやるよ」
 言うや否や、間髪入れずにスザクの手がルルーシュの胸元へと伸びた。
 力任せに胸倉を掴まれたルルーシュが、引っ張られる勢いに上体をよろめかせる。
「……!?」
 驚愕に目を見開いた瞬間、降らされたのは怒りに任せた荒々しい口付けだった。
「……っ、ん! う―――っ!!」
 噛み付くようなスザクの口付けに、ルルーシュが苦しげな呻きを漏らす。
 息継ぎの暇も与えられず、乱暴なキスは立て続けに繰り返された。甘さなど一切含まない強引さは嵐のようだ。
 互いの唇が唾液に塗れていく中、激情に任せて穿たれる感覚がルルーシュの脳裏にフラッシュバックする。
 いっそ獰猛にさえ感じられるスザクの野蛮さは、去年の誕生日に無理やり部屋へと連れ込まれ、意識が飛ぶまで抱き潰された時の激しさに酷似していた。
「っは! はぁっ……!」
 ようやく引き離されたのは、息の続かないルルーシュが涙目になった頃だった。
 鬼気迫る勢いでルルーシュの胸倉を掴んでいたスザクが苦しげに顔を歪め、そのまま胸へと倒れ込んでくる。
 皺の寄った制服を握る両手の間に顔を埋めたまま、何かに耐えるように伏せられていた頭はすぐに上げられ、スザクは溺れるようにルルーシュの体を力強くかき抱いた。
 もう二度と、自分の為に力を使ったりはしない。そう言いながら泣き崩れたあの日と同じく、ルルーシュに救いを求めて夢中でとり縋っている。
「本当の俺は、凄く自分勝手だ。放っておけばすぐにでも、自分の思う侭に力を使いたがる。例えば父を殺した時のように。……だから、一生縛っておかなきゃいけなかったんだ。固く、きつく、錘をつけてでも! でなきゃ僕は、今を生きる僕には、もう生きる価値なんか……だから………!」
「ス、ザク……」
 血を吐くようなスザクの叫びは続いた。
 ルルーシュが呼びかけてみても、声が届いているのかどうかさえ定かではない。
 悲鳴を上げたくなる程の強さで抱き竦められ、これ以上無くぴったり重なり合ったルルーシュの体が耐え切れずに軋みをあげている。
 深く息を吸い込む音と同時に耳元で響いたのは、噛み締めた歯がぎりっと鳴らされる音だった。
「本当の俺が常々思っていることを、君に言うよ」
 低く押し殺した声を搾り出すように、スザクが告げてくる。
「え……?」
 何を、と問いかけた瞬間、一際強く羽交い締めにされ、ルルーシュの背が反り返った。
 肩口に顔を押し当てられた所為で上手く息が出来ない。苦悶の表情を浮かべたルルーシュは空気を求め、スザクの腕から抜け出そうと必死で身を捩じらせた。
 耳元に、苦痛に塗れたスザクの声が降ってくる。
「……俺は、君自身の意思なんか何もかも捻じ曲げて、好き勝手に縛り付けておきたい。いつも目と手の届く所に繋いでおきたい。そう思ってるんだ! 君が危ない事なんか何一つ出来なくなるように……僕が、俺自身が、安心していられるように! だって君は、八年前からずっと、僕の守るべき人なんだ。失ってしまえば、僕はきっと、今よりもっと苦しむに違いない。……今だって、僕がどれほど君を想っているのか、君は全然解ってない。知ろうともしない! 八年前から君はずっとそうだった。解ってないんだ! 何一つ!」
「―――!?」
 スザクの激情は凄まじかった。絶句したルルーシュが恐怖に顔を引きつらせる。
 落ち着けと叫びたかったが声にならない。スザクの気迫に気圧された頭は完全にフリーズし、かける言葉さえ見つからなかった。
 あらん限りの勢いでぶつけられたのは、ほとんど狂気にも近い妄執だ。
 だが、それでもまだ収まらないスザクは止まらず話し続ける。
「ずっと封じていたのに。君を傷つけたくなかったから。……でも、もういっそ、俺に従わないなら殺してやりたいよ!」
 息を荒げたまま向き直ってきたスザクは酷く興奮していた。
 こういうのをキレたというのだろうか。不規則に強弱の付けられた危うげな話し方といい、昏い光を宿らせた目元といい、明らかに普通の状態ではない。
 力任せに掴まれた両腕が痛む。喉を鳴らして息を飲み込んだルルーシュは、体の奥底から湧き上がる怖気にひたすら背筋を震わせていた。
「君は、僕の気持ちを理解するべきだ。今すぐに! 僕は君を離さない。逃がさない。嘘を吐くことだって、もう一切許さない。ゼロに傾倒する事も、興味関心を持つ事でさえも許さない! ……絶対、思い通りになんかさせないよ。させてやるもんか! だって僕は、君に直視しろと迫られて、八年前に決めた筈の生き方まで歪められて、もう元の僕のままではいられなくなってしまった……!」
 頬をピクピクと痙攣させながら一息に話し切ったスザクは、ルルーシュの頭へと手を伸ばした。
 後頭部へと滑り落ちた手が、一瞬だけ髪を掴みかけてから離される。
 悔しげに唇を噛み締めたスザクは、やり場の無い哀しみに顔を歪ませていた。正視に堪えないその様に、見上げるルルーシュの顔にもまた、遣る瀬無い苦渋の色が滲んでいる。
 ルルーシュから顔を背けたスザクは、離した手を最後の最後で辛うじて握り拳へと変え、そのままフェンスに向かって思い切り叩き付けた。
「……だから言っただろ、ルルーシュ。僕を煽ると、後悔するよって」



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※以下、文中用語説明有。畳んであります。

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オセロ 第19話(スザルル)

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