オセロ 第17話(スザルル)

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 異変はすぐに訪れた。
 ゼロが現れたと知るや否や、エリア11配属となったスザクが学園に編入してきた為だ。
「久しぶりだな、スザク」
「会えて嬉しいよ、ルルーシュ」
 ルルーシュの弾けるような笑みとは対照的に、スザクが浮かべたのはどこか控えめな笑顔だった。
 本当なら今すぐ胸倉でも掴んで問い詰めたい位だろうに、昔に比べて随分と演技が上手くなったものだ。
(授業中にまで真隣で監視とは……。ご大層な事だな)
 ずっと隣が空席だったのはこういう理由だったのかと妙に感心した。
(根回しの良い事だ。これがお前の言っていた『本当の俺』という訳か)
 ブリタニア本国に連行される時に言われた台詞を思い出したルルーシュは、腸の煮えくり返るような思いを抱えたまま隣席のスザクに柔らかな笑みを向けた。――さながら、談笑出来るであろう休み時間が来るのを待ち切れないとでもいうかの様に。
 返されたのは、懐かしさと切なさの入り混じった淡い微笑みだった。スザクは嘗て、ルルーシュが壊した『僕』の仮面を、学園内でもう一度かぶる事にしたらしい。
 元々、童顔で柔和な雰囲気の漂う甘い顔立ちのスザクだ。大体の人間ならその微笑で充分騙せるだろう。
 ……だが。
(まだまだだな)
 目が、笑っていない。
 ルルーシュはテキストを開いて前を見た。
 演技の腕前ならこちらの方が遥かに上だ。なにせ、年季そのものが違っている。
 これで機情のトップはスザクになった。
 ロロは既に掌握済みだが、問題は、もうギアスの効かないヴィレッタをどう扱うかだ。そう考えていた矢先、もっと厄介な相手がやってくるとは。
(……とはいえ、こいつもまた、本性を隠して7年間仮面を被り続けてきた男だ)
 嘘の程度は違えど、偽っていたのはお互い様だろうに、一年前はすっかり騙されていた。
 これからたっぷり本性を拝ませてやるという事なのだろうが、何を仕掛けてくるか全く気が抜けない。
 学園内に仕掛けられたカメラの台数は、部屋にあるものも含めれば軽く百を越えていた。集音・録音マイクの数も半端ではない。
 ギアスの件も含め、ルルーシュの出自を知るスザクは、ある意味皇帝と秘密を共有し、結託している関係だ。恐らくエリア11配属となる前から、ルルーシュの監視報告は受けていたに違いない。
(さあ、楽しいお芝居の時間といこうか。……スザクめ。この俺を出し抜けると思うなよ)
 こうしてがんじがらめにしておく事がお望みだったとは。
 ゼロという人格を抹殺し、只の人形として自分の監視下に置く。ルルーシュが絶対受け入れられないであろう首輪とリードどころか、ご丁寧にも学園という名の巨大な檻まで用意して。
 昼休みになった途端、スザクは一斉に駆けつけてきた生徒達に囲まれていた。
 情報操作の為だろう。入れ替えられた教師や生徒達の中で、丁度一年前スザクが学園にいた事実を知る者は少ない。
 偽の平穏。作り上げられた偽りの世界。……だが、今のルルーシュからすれば、その作り自体かなり杜撰としか言いようがなかった。
 スザクが元生徒会役員だった事を知っているのも、同じ生徒会の面々だけだ。クロヴィス総督殺害の容疑者に挙げられていた事も、嘗てイレブンとして差別され、陰湿ないじめを受けていた事も……。
 中庭に移動して談笑し合っている最中、丁度向かいに座っていたスザクと目が合った。
 僅かに視線を逸らし、さりげない動作に見せかけながら、スザクが制服の襟を引く。
(……!)
 八年前に二人で決めた合図――『屋根裏部屋で話そう』
 皇族だった事に関する記憶は消されていたが、スザクと幼馴染だった部分は何故か消されていなかった。
 だが、いつ、何の為にそんな合図を決めたのかという所だけ綺麗に消されている。――同時に、屋根裏部屋でスザクと話していた内容も。
(早速仕掛けてきたか……。せっかちなこいつらしい選択だな)
 つくづくふざけた捏造もあったものだとルルーシュは思った。
 曖昧な点が多すぎる。
 よくここまで辻褄の合わない記憶のまま、何の疑問も抱かず丸一年間も生活してこられたものだ。
(いっそ交通事故に遭って記憶を失くしたとでも言われた方が、まだ納得出来たかも知れないな)
 記憶が戻る事も織り込み済みだったという事は、恐らく皇帝がかけたギアスの効果は永続的なものではなかったのだろう。
(つまり、自力で解こうと思えば解く方法もあったという事だ。……それなのに、俺は!)
 全てを忘れたまま安穏と過ごしていた日々を思い、ルルーシュは手元の飲み物に刺さっていたストローの先を無意識に噛み潰していた。
 不自然に欠落した記憶を抱えたまま、いつも感じていたやり場の無い焦燥と苛立ち。何故か拭えずにいた皇帝や祖国に対する生理的嫌悪。
 しかし、時々感じる違和感に対するもどかしさはあっても、原因にまで思い至る事だけはどうしても出来なかった。
 皇帝もスザクも許しがたいが、何よりそんな自分自身に一番腹が立つ。
 ベンチから立ち上がったルルーシュはひっそりと自嘲した。
 特に接点も無い中流階級のブリタニア人が、日本首相の息子宅に住むようになる理由など何処にも無いではないか。
 バカンスに来るような土地でもなければ、そんな時世でも無いのにだ。
 記憶が戻った時は、心底馬鹿にしていると思った。
 幾ら当時10歳とはいえ、理由も解らぬまま侵略戦争の渦中にあった土地に追いやられて、その後の親子関係が険悪にならずに済むものか。
 ――勿論、そうならなかったのも、後に反逆の原因となった父や祖国に対する憎しみそのものを忘れられるよう、もっと別の方向から記憶をねじまげられていた所為だ。
 何にせよ、スザクの合図に気付かなかった振りをする訳にもいかない。
 ルルーシュは空になったカップをベンチの近くに置かれていたゴミ箱の中へと苛立ち紛れに放り込み、そのまま輪を離れようと踵を返した。
「あれ? どこ行くんだよルルーシュ」
「ああ、ちょっとな。追試の件で先生から呼び出されてるんだよ。すぐ戻る」
 声をかけてきたリヴァルに適当な返事を返しながら、ルルーシュは先に一人で屋上へと向かった。
(面倒な話になりそうだな)
 すぐ帰ってこられるよう一応牽制をかけておいたが、二人きりで話すような用事となれば想定出来るルートは限られている。
(どうせなら、スザクとの関係ごと記憶を消されていた方が便利だったものを)
 幼少の頃も含めた記憶を敢えて消さなかったのも、出会い方を変える等、あまり入り組んだ設定にしすぎると、後に接触するであろうスザクの記憶との整合性に欠ける恐れが出てくる為だろう。
 そもそも、あの男――皇帝が、ルルーシュの感じるであろう戸惑いにそこまで配慮する筈も無い。
 その証拠に、記憶の抜け方、変え方は驚くほど大雑把だった。
 皇帝のギアスには、頭そのものに暗幕をかけるような効果もあったのだろう。辻褄の合わない箇所に疑問も抱かず過ごせていたのも、恐らくはその所為だ。
(この俺を散々コケにし、かけがえの無い宝まで奪った事を必ず後悔させてやる!)
 階段を一段踏みしめるごとに、どす黒い殺意が湧き上がってくる。
 性懲りも無く、こうして安易に接触を試みてくるスザクにも。
 忌々しい事この上ないが、記憶を失っている間、ルルーシュはほとんどロロと二人きりで暮らしてきたという風に記憶が改竄されていた。
 両親はブリタニアで働く中流階級の人間。エリア11が矯正エリアから途上エリアに昇格したと同時に、母と懇意にしていたアッシュフォード家に預けられ、社会勉強も兼ねてこちらで生活しているという設定だ。
 一年前、スザクが学園にやって来てからの記憶は概ねそのままだったが、あろうことか八年前の開戦時には、ロロ共々一時帰国した事にされている。
(あの男……。絶対に殺してやる)
 現皇帝である実父シャルルの顔と、書き換えられた記憶の中にある父の顔は全くの別人だった。
 当然だ。実父の顔と皇帝の顔が同じである訳が無い。
 二重三重に侮辱された気分だった。……本当に、許しがたいにも程がある。
 どうやってあの中から抜け出したのか、屋上に上がって暫くしてからスザクがやってきた。
 屋上全体を取り囲むフェンスに寄りかかりながら、ルルーシュは開いたドアの向こうから顔を覗かせたスザクへとにこやかに笑いかける。
「よく抜け出してこられたな。大変だっただろ?」
「まあね。予想はしてたよ。学校に来るのも、一年ぶりだったから……」
 歩み寄ってきたスザクが隣に来るのを待ってから、ルルーシュは遠景を見渡すようにフェンスの外側へと目をやった。
「いつかの時と逆だね」
「ん?」
「僕が、初めてこの学園に入学してきた時と」
 視界の端で、スザクがこちらへと顔を向けてくる。ルルーシュも応じて視線を合わせた。
「ああ、俺もそう思ってた」
 小声で「懐かしいね」と呟きながらフェンスの外へと視線を巡らせるスザクに合わせて、ルルーシュも「そうだな」と静かに相槌を打つ。
(何が「懐かしいね」だ)
 よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。
 学園で無事再会し、近況を語り合ったあの時の記憶とて改変されている。
 ゲットーで助けられた事も、CCと出会ってギアスを授けられた事も全て忘れ、スザクが軍人になっていた事実でさえ、ここで初めて聞かされた事にされていたというのに。
「こうして君と話すのも、去年の誕生日以来かな」
 よりにもよって、いきなり切り出してくるのがその話題とは。
(節操の無い男だ)
 デリカシーに欠けているのは知っていたが、その点に関しては相変わらずという訳か。
 ゼロとしてスザクと対峙した記憶が失われている以上、書き換えられた通りの流れからいけば、最後にスザクと会ったのはルルーシュの誕生日という事になる。
 一番触れられたくない過去が一気に蘇り、ルルーシュは苦々しい気持ちを表に出さぬよう無言で通した。
「ゼロを捕まえた後、すぐラウンズに昇格して、そのまま本国に居る事になっちゃって……。君とは、ちゃんとした挨拶も碌に出来ないまま、別れる形になってしまった。今までずっと連絡出来ないままで……ごめん」
 答えないルルーシュを一瞥したスザクは、逸らした目を伏せたまま話し続けた。
「いいさ。気にするな。忙しかったんだろ?」
 記憶が戻っていなくても、最後に会った日の事を持ち出された時の反応は変わらない。
 そう判じたルルーシュは、気まずい気持ちを押し隠す演技を続けていた。
「うん……。それもあるけど、ずっと本国にいたから、君の携帯番号解らなくて」
 言いながら、スザクがおもむろにポケットから携帯電話を取り出して見せた。
「まだ仕事以外では、一度も使ったこと無いんだ。この携帯」
 軍の人以外誰の番号も入ってないよ、と続けるスザクに、ルルーシュも「そうか」と軽く頷く。
 名誉ブリタニア人は携帯の所持を認められていないが、ラウンズに昇格した事で持てるようになったのだろう。
 ゼロを――ルルーシュを、皇帝に売り渡した褒美として。
「君の番号、聞いてもいいかな」
「え?」
「入れておきたいんだ。出来れば、君のを。学園の中にいる友達の中で……一番最初に」
 向けられたのは一年前とそっくりな、真摯で真っ直ぐな瞳だった。
 こんな目をしたスザクに幾度絆され、篭絡され続けてきたことか。……だが、一連の会話によって大体の意図は読めた。
(最悪の仕掛け方だな。スザク)
 今更そんな台詞を言われた所で、こちらが喜ぶとでも思っているのだろうか。
 すぐには応じない。
 まだあの日の悲しみを引きずっている風に装いながら、ルルーシュは愁いを含んだ瞳でスザクを見返した。
「またすぐに、ブリタニアに帰るのか?」
「任務で暫くはこっちにいるよ。……ゼロが、現れただろ?」
 携帯電話を握り締めたままゼロの名を口にしたスザクの声が、ワントーン低くなる。
 ルルーシュは「そうだよな……」と呟きながら、気遣わしげに眉を寄せてみせた。
 力の篭ったスザクの手元を横目で眺めているだけで、冷ややかな思いが胸に広がっていく。
「じゃあお前も忙しいだろ。良かったじゃないか。また学校に来られるようになって」
 そうだね、と答えるスザクの声が、心なしか硬くなった。
 フェンスに肘を付き、遠くへと目をやりながらルルーシュは続けた。
「でも、ゼロはとっくに処刑されたんだろ? だったらあれは、やっぱり別のゼロなのか? まさか実は生きてた、なんて事は無いに決まってるしな」
 スザクが発する声の硬質な響きに気付かない振りをしながら、ルルーシュは敢えて思慮を巡らせている風を装って訊き返した。
 決して話の流れとして不自然ではないものの、これはルルーシュを疑っているスザクからすれば、グレーゾーンな質問どころかはっきりと地雷だ。
(だが、自分がゼロだと知らない俺ならどうかな? なあ、スザク?)
 ここでゼロの話題を避けるのもはぐらかしたように見えるだろうし、まだ記憶が戻っておらず、ゼロに無関係なルルーシュであれば、当然抱くべき疑問だろう。
「ゼロの処刑は完了してるよ。だからあまり詳しい事は言えないけど、今調べてるんだ。……あの仮面の下にいるゼロが、一体誰なのかって事をね」
 案の定、スザクの声は更に硬く、そして低くなった。
 予想通りの反応に、ルルーシュは内心ほくそ笑む。
「そうか……。まあ、テレビ見た時は驚いたけどな。でも安心したよ。お前がラウンズのままで」
「……それ、どういう意味?」
 切り返すスザクの声が僅かに尖った。
「そりゃそうだろ。せっかく無事処刑も終わったのに、捕まえる度に新しいゼロが出てくるんじゃ、お前の功績にだって傷が付きかねない。ゼロを捕まえたい奴なんて、それこそごまんといるに違いないだろうからな。片っ端からラウンズに昇格なんて事になったら、いずれ自作自演する奴だって出てくるかも知れない」
 皮肉を皮肉と思わせず、あくまでもスザクの身を案じているからこそ思いついた事だと言わんばかりに、ルルーシュは冗談を交えた穏やかな口調で話してやる。
「…………」
 スザクは苛立ったような溜息をついてから沈黙した。
 聞きようによってはシニカルにも感じられる台詞の意図をどう捕らえるべきか、判断に迷っているのだろう。
「黒の騎士団の連中も、確か全員死刑が確定してる筈だよな。そいつらも、ゼロに触発されるような事が無いといいんだが……」
「触発って……。逃がしたりなんかする訳ないだろ。今も監視されてるよ。厳重にね」
「ふうん……監視か。それなら安心だ。こんな言い方はお前に悪いが、一般庶民としては、さっさと安心したいってのが本音だからな。国防の為にも頑張ってくれよ? 昔ながらの友人が皇帝直属の騎士だなんて、俺としても鼻が高いんだからな?」
 本心から誇らしく思っていると見せかける為、嬉しそうに微笑さえ浮かべながら話してやれば、苦笑したスザクも何とか気を取り直そうと強張った顔つきを改めてくる。
「ありがと。君のご期待にも添えるよう、精一杯努力させてもらうよ」
 結局、どうとも判断付かなかったのだろう。
 複雑そうな笑みを浮かべたスザクを見て、ルルーシュは心の中で嘲笑った。
「ルルーシュ」
「うん?」
「もうやめよう? こんな話は。ここは学園であって、軍じゃないんだし……。それに、今の僕はナイトオブセブンじゃなくて、只のスザクだ」
 フェンスに両肘をかけて背中を凭れ掛からせたスザクが、一度天を振り仰ぐように上を見た後、同意を求めるように視線を投げかけてくる。
 一体どの口が言うのかと思いながら、フェンスの外側に向かって肘をついていたルルーシュも柔らかく頷いて見せた。
「ああ。お前の仕事にさし支えると良くない。悪かったな。つい興味本位であれこれと聞いてしまった」
「いいよ、そんな事気にしなくて。……君と僕の仲だろ?」
 スザクの台詞に滲む友好の意思。
 いっそあからさまなほど明け透けな台詞に対しても、今は寒々しいものしか感じない。
 だが、ルルーシュは一見照れ笑いにも見えるような困り顔を浮かべ、どうにか居心地の悪さを紛らわせた。
「全く、お前って奴は……。たった一年で少佐からラウンズにまで大出世したってのに、全然変わらないんだな。こういう場合、普通はもっと鼻にかけたり、偉そうになったりするもんなんじゃないのか?」
 わざと騎士候という呼び方を避けた事に気付いたのだろう。スザクがふと、真顔に戻った。
「ルルーシュ」
「何だ?」
「訊いてもいいかな」
「? 何をだ……」
「うん。一年前のこと。君は、覚えてるかなと思って」
 二人の間に、奇妙な沈黙が下りた。
「……どういう意味だ」
 一度はぐらかした質問を蒸し返すしつこさも、一年前と何も変わってはいない様だ。
 明らかに変化した場の空気は、この話題から逃げた所でどうしようもない事を物語っている。
 解っている筈の事だった。
 去年の誕生日で記憶が途切れているならば、スザクとは、まだきちんと終わっていない事になるのだと。


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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