◆ノンケスザクとガチルルちゃんR2/SAMPLE◆



「男が可愛いなんて言われて喜ぶ訳ないだろ」
 その台詞と共に、スザクは床に突っ伏す男の髪を引き上げた。軍の生活に不満がないとは言わないけれど、一番腹が立つのは何といってもコレだ。ブリタニアの差別など日常茶飯事、本当の敵は仲間である日本人の中にもいる。
 腹を押さえてうずくまっていた男を、スザクはもう一度蹴り飛ばした。見える所でやれば目立つから、陰でこっそり。こういう考え方がスザクは大嫌いだ。やらなければやられる、そういう価値観も本当は好きではない。でも――
(お前がそのつもりならこっちも容赦しない)
 昨日、同じ部隊に配属されたばかりの男は低い呻きを残し、ぼろきれのようにぐったりして動かなくなった。
 宿舎で同室になり、夜になってからスザクは伸し掛かられた。やたら愛想が良かったのはそういうことだったのか。そう納得するなり頭に血が上った。人の親切を逆手に取るなんてますます許せない。騒ぎにならないよう内々でことを収めるために、部屋の外に出て警備という名の見張り役に幾らか掴ませておく。本当は聞こえているのに、助けに来なかったんだからこの男も同罪だ。スザクが内心、『卑怯者め』と罵りながら紙幣を渡すと、守衛のブリタニア人はにやにやしながら受け取った紙幣を翳してみせた。
(僕の金じゃない、そこに転がっている変態の金だ)
 もともと同性愛者に偏見はなかったのに、軍に入ってからスザクは唾棄したくなるほど嫌になってしまった。自分もイレブンとして差別される側だから、同じように差別される辛さはよく解る。でも、少なくともスザクは生きていく上で誰かに迷惑をかけてはいないし、自分の暴力的な面を抑え込むために性格だって変えた。他人から見た時にどう映るのかまでは解らなくても、努力はしているつもりだ。
 『イレブンなんだから、ブリキどもにも掘られてるんだろう?』。そんなことを言うくらいなら、軍になんか入らなければ良かったのだ。風紀が乱れる、欲求不満ならそういう所に行けばいい。手近な僕で済ませようなんて考えを起こすからいけないんだ、とスザクはぎゅっと拳を握りしめた。
 こういう揉め事はよくあることで、幸い大きな問題にはならなかった。黙認がまかり通ってしまう社会、やっぱり間違っている。『内側から変えていくべきだ』という思いはますます強くなった。
 その変態は軽い処分で済み、今も同室でのうのうと生活している。『部屋を替えてくれ』というスザクの訴えは、当たり前のように退けられてしまった。全く、やっていられない。


 いつ行っても人っ子一人いないカウンター。夜になるとバーになるその店の片隅には、仕切り付きの卓が一席だけある。ルルーシュは『そこのランチが美味いんだ』と言い、今日は学校を抜け出していた。付いていくスザクもスザクだ。結局、二人揃って午後からの授業をエスケープすることになった。
「ノンケに手を出そうとするゲイなんて、全員滅べばいい」
 食後にそう切り出したスザクに対し、頬杖をついたルルーシュが悪意なく言い放つ。
「俺は解るけどな、そいつの気持ち」
「――は?」
 耳を疑いそうになった気持ちを解って欲しい。
「何が解るんだ?」
 殺気立ちながらスザクが尋ねると、ルルーシュは「だから」と言い置き、テーブル上のスザクの手を誘惑するように握った。
「お前みたいなイイ身体してる奴と同室なんだろう? 変な気を起こすのも無理はない」
 ガタッとスザクは椅子ごと退いた。ルルーシュが握ったままのスザクの手に力を込め、一人納得するように深々と頷く。
 誰だろうこれは? スザクがそう思ったのは一瞬で、キラリと光る猫みたいな目付きを見て「ルルーシュはあの変態の味方なんだ」と悟った。
 完全に引いた、ドン引きだ。
 顔面を引きつらせるスザクにふっと微笑み、ルルーシュは『困った奴だ』と口走りそうな顔付きでゆったりと足を組み直した。
(困った奴は君だし、困っているのは僕だ)
 余裕ぶった態度を見てスザクが確信する。
 獅子身中の虫。親友だと信じていたルルーシュもゲイだった。
「冗談きついよ」
「まあ同情はする」
 だったらやめろ、今すぐに。そう思ってスザクが握られた手を跳ね除けると、ルルーシュは途端にムッとした。
「なあスザク、俺も一回でいいんだ」
「なっ――?」
 向かいに座っていたのに止める間もなく、ルルーシュは隣に滑り込んでくる。普段とは違い、信じられないほどの素早さだ。拒まれるなんて思ってもいなさそうな態度。いきなり積極的になって椅子に座り、甘えるように身体をすり寄せてきたのでスザクはぎょっとした。人にベタベタくっ付かれるのは苦手なのだ。だいたい、『一回でいい』とはどういう意味なのか。
「ルルーシュ……」
 手を上げたりしないと解っているのだろう。スザクが突き飛ばすことも出来ずにいると、ルルーシュは上目遣いになってスザクの肩にそっと腕を乗せた。
「怒るぞ、ルルーシュ」
「もう怒ってるだろ」
「解ってるならやめろ」
 怒気もあらわに吐き捨てる。冗談でも笑えないシチュエーションだ。もともと、ねじれたプライドと性格の持ち主だとスザクは知っていたけれど、あくまでも問題があるのは性格だけだと思っていたのに。
 ルルーシュは聞き入れず、スザクは「最悪だ」と顔を歪めていた。普通の接触ならともかく、これは背筋がぞわぞわする。顔面は引きつったままだし、さっきより嫌悪感丸出しになっているかもしれない。ドン引きしているのが見て解らないのか、さっさと離れろよ、と心の内で吐き捨てる。
 ルルーシュはスザクの怒りなどお構いなしに、妖艶な微笑みを浮かべてスザクを見つめていた。優雅な手つきでドリンクのグラスを傾ける。
(自信がありすぎるのも困りものだ)
 耳元に吐息がかかるようにしているのは、もちろんわざとなのだろう。スザクとしては生ぬるいだけで全く興奮しない。
(悪趣味もここまでくると逆に冷めるよ)
 スザクは妙に冷静になった。目が据わっていくにつれて、腹も据わっていくのが自分でも解る。
 あいにく、ルルーシュの顔なら見慣れているし、こんなふうに迫ってこられても迷惑な上に気色悪いだけだ。あの男と同じように床に沈めてやろうか――一瞬、物騒な考えが浮かんだ。でも、訓練を受けている身で一般人に危害を加える訳にもいかず、『悪いな』と思いつつ言葉での応戦を試みた。
「言っておくけどルルーシュ、僕が好きなのは女だ」
「だから?」
「やっぱり胸がある方がいいよ。身体も男と違って柔らかくて気持ちいいし、髪だって長い方が綺麗だし。君の声じゃ、幾ら耳元で囁かれたって何とも思わない、低いからね。もっと言った方がいい?」
 ありったけの毒を込め、淡々と告げておく。ルルーシュはスザクの肩に置いた自分の腕に顎を乗せ、『この俺に向かっていい度胸だ』と言いたげな笑みを浮かべてうんうんと聞き流していた。その顔を直視し、ハッキリ宣言してやったのに――
(駄目だ、全然懲りてない)
 ここまで面の皮が分厚い奴だったのか? とスザクは首を傾げた。繊細な部分もあると思っていたのは幻想だったのか。
ともあれ、スザクの目測は甘かった。自信満々なルルーシュは面白そうに口端を吊り上げ、フンと不敵に笑う。
「気持ち悪いと思うのなんか最初のうちだけだ。残念だったな、俺が誘って落ちなかった奴など――いない」
 アウトな発言なのに、勝ち誇った笑みなのはどうしてだろう。
(今まで誰をどう誘ってきたんだ、何のために!)
 すかさず突っ込みたくなるのをスザクは我慢していた。溜められた語尾がなおのこと鬱陶しく思え、こめかみがピクピク痙攣する。ルルーシュにこういう態度をとられると、スザクは心底イラッとする。たとえ女装されていたって、男とヤるなんて絶対にお断りだ。
「俺にとって障害とは、乗り越えるためのものだ」
「人の性嗜好や常識まで乗り越えようとしなくていいよ。馬鹿じゃないのか?」
 すげなく切り返し、スザクもジュースを煽った。まさかすぎる展開で脳の芯から冷え切っていく。断られた方が却ってやる気を出すなんて、本当に今日のルルーシュはどうかしている。
「馬鹿、ね……」
 キレるかとスザクは思っていたが、ルルーシュは気取って肩をすくめた。
「お前の体力馬鹿な所は俺だって嫌いじゃない。お前も俺のことが本当に嫌なら、とっくに出て行ってる筈だろう?」
「好きだよ、友達としてなら」
「じゃあスザク、根比べといくか」
「……?」
 スザクが避けないのをいいことに、ルルーシュはスザクの膝の上に足を乗せた。フットマン代わりにするだけでなく、、振り落とされないようわざわざ絡めてこようとするからタチが悪い。
「やめろ!」
 荒っぽく膝を揺すって振り落す。ルルーシュは忌々しげに顔を歪め、チッと舌を打った。
「相変わらず乱暴な奴だな、お前は人に期待させるのが上手すぎるんだよ。解れこの天然」
 言いがかりに等しい物言いだ。無表情でスザクが睨みつけると、ルルーシュは一旦引っ込めた足をまた乗せてきて、「つれなくされればされるほど燃える」と尊大に嘯いた。
「僕は期待なんか――」
「逃げないのか?」
「逃げる?」
「お前を狙ってるんだぞ、俺は」
(そうか、僕は狙われてるのか)
 真顔になって考える。だから何なんだろう?
 ルルーシュに狙ってるなどと言われても、スザクとしては何の危機感も感じない。冗談のつもりなら最低だし、これ以上やらかすつもりなら首根っこ引っ掴んで連れて帰るだけだよ、と胸の内で呟く。
 ルルーシュはノーリアクションなスザクに著しく気分を害し、気位通りに高い鼻先を見てつい、と目を細めた。
(ムカつかせようとしてくる奴には無視が効くって本当なんだな)
 スザクが感心していると、ルルーシュは爪先でリズムを取りながらスザクの膝に乗せた足を遊ばせていた。
「重いよ」
「何?」
「足に決まってるだろ?」
「乗せ心地は悪くない」
「さっきから『どけろ』って言ってるのが聞こえないのか?」
「聞きたくないな」
 かなり険悪な雰囲気だ。ディスコミュニケーションの極みである。
(なんて我儘なんだ)
 漏れかけた溜息をスザクが押し殺す。怒りを通り越して呆れてきた。
(こんな奴だったか? と思ったけどこんな奴だったかもしれない。でも、今日のルルーシュはあいつに似ている)
 あの趣味の悪い仮面を被った謎の男、ゼロ。そのゼロと話している時の苛立ちに、限りなく近しいものをスザクは感じていた。自意識過剰な上から目線、そっくりだ。いつものルルーシュはもう少し雰囲気が柔らかい。同族を差別されたから、実は腹を立てているのだろうか。
「ルールを設けよう、お前の好きな」
「どういう意味?」
「俺の誘惑に勝てたら潔く諦めてやる」
 なんでそんなに偉そうなんだ、とスザクは溜息を漏らした。ルルーシュが「どうだ?」と尋ね、科(しな)を作る。そんな下らない勝負に乗ったところで、スザクにとっては得るものなど何もない。
 どうでもいいことで張り合っている自覚だけはある。でも、今日のルルーシュにだけは何となく負けたくなくて、スザクはつい「乗った」と口にしてしまった。
「交渉成立だな」
「しつこくされるよりいい」
 ますますどこぞの悪役っぽくルルーシュがニヤリとする。友達をそんな目で見たくはないけれど、スザクの目からすればアンチヒーローな悪役そのものだ。
 完全に調子に乗ったルルーシュがスザクの足にまたがり、抱きつくのと同じ体勢になった。そして、ずいっと顔を近付ける。
「何するんだ」
「目くらい閉じろ」
「だから、何をするつもりなのかって訊いてるんだ」
「黙って目を閉じていればいい……」
 質問の答えになっていない。そう言いかけたスザクの口は、ルルーシュの人差し指で塞がれた。ピタリと当ててきた細い指を自分の唇に持っていき、ルルーシュはうっとりした表情でスザクの口を見つめ、見せつけるようにして触れていた箇所に口付ける。うわっ、とスザクは目を細めた。
(間接キスだ)
 眩暈がする。SAN値がガリガリ削られる。
「思い通りになって満足そうだな」
「カミングアウトの機会を作ってくれて感謝する」
「神経疑うよ、君に相談した僕が間違ってた」
 スザクは本気で腹を立てていた。目の前にいるのはスザクの知っているルルーシュではない。友達だと思っていたのに、裏切られたようなものだ。もはや幻滅寸前だ。
(何これ)
 罵倒しているのに、ルルーシュはたまらないという面持ちでうっそりと微笑んでいた。ゾクッときた、そんな顔で。
「お前はかっこいいよな。本当は俺、一度でいいからお前みたいになってみたかったんだ」
 つう、と頬を撫でられ、スザクは白けた気分になった。性格だけSなドエムは厄介だ。打たれ強いだけなのに自分は強いと思い込んでいて、いつまで経っても勝てるつもりでいる。安易に他人を舐めてかかるくせに、やられてもやられても性懲りがない。
「なれないからって、その相手を自分のものにしようとするなよ」
 思い込みが激しいのは知ってたよ、と遠い眼差しになり、スザクが溜息をついているとルルーシュは不満げに鼻を鳴らした。
「目は閉じろって」
 クスクス笑い、頬に手を添えてくる。スーパー空気読めないのか単にナルシストなのか。どさくさ紛れにキスされそうになり、スザクは思いきり顔を背けた。
「これじゃ我慢大会だ」
「酷い言い草だな」
「プライドズタボロにされなきゃ解らないんだろ?」
「お前が怒ると興奮する」
「――変態だな」
 相当酷いことを言われているのに、ルルーシュは堪える気配がないどころか、露骨に背けたスザクの顎に鼻先をすり寄せようとする。
「ルルーシュ……」
 ここまで動じないなんて、とスザクは怯んだ。正直、予想外だ。猫に懐かれるならともかく、大の男にすり寄られるなんて拷問以外の何物でもない。堪えているとルルーシュは、スザクの制服の襟を開いて鎖骨に軽く歯を立てる。
舌先と唇の湿った感触。そろそろ本気で限界だ。
「ルルーシュ……!」
「ん?」
「もうやめだ!」
「根を上げるにしても早すぎないか?」
「無駄だよこんなの、君の色仕掛けが僕に通用するなんて思ってないだろ?」
 君の、の部分を強調すると、ルルーシュは急に飽きたのか「バレたか」と言い、やっと膝から降りた。自分の椅子に戻っていく姿を見てスザクが思う。
(男なんて抱っこするものじゃない、地味に重かった)
 ただ触りたかっただけなんだと気付き、それにもげんなりくる。椅子に座り直したルルーシュは、やりたい放題やらかしたことを詫びもせず、喉を鳴らして残ったドリンクを一気に飲み干した。
「これっきりだぞ、ルルーシュ」
 悪ふざけに付き合わされるのはこりごりだ。収まらない苛立ちをスザクがぶつけると、ルルーシュは静かにグラスを置いた。組んだ手の甲で顎先を持ち上げ、挑発的な笑みを浮かべる。
「戦略的撤退だ。次こそ振り向かせてやる、必ずな」
 いい加減にしろ、とスザクが怒鳴りつけたくなる台詞を残し、ルルーシュは席を立った。
「学校に戻らないと」
 うんざりしながらスザクが呟く。すると、振り返ってきたルルーシュはどことなく寂しげな目付きでスザクを睨んだ。
(甘えるな)
 とスザクも睨み返す。
(今頃しおらしくするなよ。こっちは見る目が変わりそうだ)


 虫も殺さぬ顔をして毒を吐く、スザクはそういう人間だった。空白の七年間を経て丸くなったように思えた性格も所詮は擬態、根本的には何一つ変わっていない。
 昔と同じく無条件で自分を受け入れてくれるとルルーシュは信じていたが、ゼロとしての誘いも頑として断られている。柔和なふりをした俺様のスザクは、これからも色んな人を勘違いさせ、その度に立ちかけていたフラグを片っ端からへし折っていくのだろう、再起不能なまでに。
「お前が好きだ、スザク。愛してる」
「駄目だよルルーシュ……」
「俺のものになれ」
「僕も愛してる。けど、君のものにはなれない」
 情感たっぷりの台詞、芝居がかった仕草。手を握り合う二人を囲んで教室内でどよめきが起こる。隣の席に座るルルーシュと、見つめ合ってヒューヒューと囃し立てられているスザク。そのうちに、伏せられていたスザクの目の奥に物騒な光が宿った。
「今日もBLごっこかよ?」
 離れたところでリヴァルが苦笑している。水面下でどういったやり取りが成されているのかは、当の二人にしか解らないだろう。
 さながらコブラ対マングース。人前でも隙あらばベタつこうとするルルーシュに苛々しつつ、対外的には隠そうとスザクは振舞うので、最初は色めき立っていた面々も次第に気付いて遠巻きになっていった。『押して駄目なら引いてみろ』の要領で、ちょうどルルーシュは昨日から手を変えたところだ。
 妖艶な誘惑が通用しないのなら、男らしくストレートに誑すまで。現在リベンジの真っ最中――
「お前らってさ~、正直どこまでマジなのよ? 皆にはウケてるみたいだけど」
 寄ってきたリヴァルをスザクが屈託のない笑顔で見上げる。
「ルルーシュが僕を落としたいんだって。『必ず落とす』って宣言されたよ」
 おお~! と再び外野がどよめく。「な、ルルーシュ」と語りかけながらもスザクの目は笑っていなかった。ルルーシュはさらりと前髪を流し、秘めておきたかった会話をバラしたスザクを気付かれない程度に睨んだ。ここで見栄を張ってしまえば、スザクの思う壺。「ご想像にお任せするよ」と肩をすくめてリヴァルを取り成した。スザクがすかさず「そうか」と、わざとらしく沈鬱な表情になり、ルルーシュに横目を送る。
「僕とのことは遊びだったんだな、酷いよルルーシュ」
「おいおい、冗談で済ませるつもりか?」
「嫌だな、君だって本気なんて言わなかったじゃないか。僕は潔く身を引くよ」
 くさい演技が一気に破綻し、教室中が「別れるのか?」という空気に包まれていく。スザクがにこやかに「付き合ってないよ」と返し、あえなくBLごっこは強制終了となった。
 誰の目から見ても、スザクが諦めさせようと仕向けているのは明白だ。それが解るだけに、ルルーシュの心も折れる。ごっこ遊びに見立てていても、言っていることは全て本心。自分の気持ちをなかったことにされてしまうのも辛いが、何よりスザクがルルーシュ自身に否定させたがっているのを見るのはもっと辛い。
 休み時間が終わる前にルルーシュは教室を抜け出し、一人屋上へと上っていった。
「ルルーシュ!」
 小走りになってスザクが追いかける。呼び止めてきたのがスザクだと解っても、ルルーシュは振り向かなかった。
(やはりお前には、押すよりも引く方が効くんだな)
 背を向ければすぐさま駆けつけてくる、こんなふうに。ルルーシュの一挙一動を注意深く観察しているスザクだからこそ、ルルーシュが落ち込んでいることにも傷付いたことにも気付くのだ。
 でも、と立ち止まり、ルルーシュは自嘲してしまう。
(解っている、俺だって)
 友人として大切に思ってくれてはいても、スザクにとってルルーシュはそれ以上でも以下でもない。同性相手にストレートのスザクが、特別な感情など抱く筈もなかった。振り返りたがらないルルーシュの後ろでスザクも足を止め、背中に向かって問いかける。
「どうしてもそういう関係じゃなければ駄目なのか?」
「愚問だ」
 今だけは顔を見たくない。スザクに背を向けたままルルーシュは答えた。
「お前が好きになった奴に同じことを言われて頷けるなら、俺も納得してやる」
「――――」
 返されたのは反発を帯びた沈黙。言い返してこないスザクを置いて、ルルーシュは階段を上っていった。屋上に続くドアを開く。
(好きで居続けるだけでいいのか?)
 自問しながら眩しさに目を細め、額に翳した掌で光を遮った。フェンスの手前まで歩み寄り、見渡した光景はいつもと変わりのない長閑な学園。もつれた考えを整理するのにはうってつけの場所だ。
 無意識に溜息が漏れ、ここに来て自分が緊張していたのだとルルーシュはようやく気が付いた。無人の屋上に来てからやっと、まともに呼吸出来るようになれた気がする。
 相手に期待し、同じ気持ちを共有して欲しいと望むのは個人の勝手だ。ルルーシュだってあくまでも、これが一方的な我儘なのだと自覚している。だが、望んでしまう。欲しいものを欲しいと言ってしまうことのどこがいけない?
(何もせず、ただ諦めてしまうなんて……ただ手をこまねいているだけなんて俺は御免だ)
 万策尽きるまで足掻き続ける。それでも足りないのなら、新しい道を切り拓けばいい。諦めるのはギリギリまで努力しても実らなかった時。たとえそうなってしまったところで、諦められるかどうかなどルルーシュ自身でさえ解らないのだが。
 尖った装飾の施されたフェンスに寄りかかり、ルルーシュは再び溜息をついた。そのつき方が自分でも辛気臭く聞こえ、少々落ち込む。先ほどのスザクの態度を思い出し、なおのこと暗い気持ちになった。何より、自分自身を鼓舞する力がどこからも湧いてこないことに腹が立つ。
 生涯の伴侶となり得る相手はスザク只一人、他の誰であっても駄目なのだ。外面はいいのに、スザクはルルーシュに対してだけは繕った態度をとらず、よく言えば気を許していて、悪く言えば遠慮がなかった。人前では温厚に振舞っていても、ルルーシュと接する時だけは地金が出てしまう。そんなスザクにだけ、ルルーシュの心はどこまでも惹きつけられる。
 七年前から根本的に何も変わっていない。それを知るだけで安心もした。でも、昔と今は違う。変わらない部分があることは事実でも、決して以前と同じではないのだと認めなければ。
(避けもせず、期待だけはさせるくせに)
 但し、本気で向き合ってはくれない。そんなスザクはとても残酷な男だ。
 本当は、身体の関係なんてなくていい。ただ、スザクの特別になりたい。しかし、爛れた付き合い方に慣れていると豪語してしまったのはルルーシュ自身なのだ。
 後に引くことも出来ず、先にも行けず。ルルーシュは情けない思いを噛み締めながら、冴え渡る青空をいつまでも見上げていた。



 スザクに振る舞う手料理には、たっぷりと愛情を込めている。それが通じているのかいないのか、スザクは黙々とルルーシュの手捏ねハンバーグを口に運んでいた。
『お前は人に期待させるのが上手すぎるんだよ。解れこの天然』
 ルルーシュがそう言ってやった時、スザクは心外そうに『僕は期待なんか――』と答えていた。
(本当に思い当る節なんてなかったっていうのか?)
 そうなのだろう。だからこそ、タチが悪いとルルーシュは思う。自分から触るのは良くても、人から触られるのは苦手だなんて。
 『次こそ落としてやる』とルルーシュが宣言した後も、スザクは態度を変えなかった。もちろんカミングアウトした時は地味にキレていたが、少なくとも表面上は。嫌だと思ったことはきっぱり拒否する代わりに、家に誘っても断らず、「変な真似はしないだろうな」などと言いはしても今までと同様、こうして遊びにもくる。
 武術の達人が、自然体であっても隙がないのと同じだ。そのせいでルルーシュは攻めあぐねていた。
「僕は客間でいいよ」
「そう言うな、布団はクリーニング中だ」
「じゃあ帰ろうかな」
「なんで」
「訊きたい……?」
 しれっと切り返しながら、スザクは人参のソテーを切り分けていた。ルルーシュと系統の違うツンデレとでもいおうか、とんでもないツンモードである。『トドメを刺して欲しいならいつでもそうしてあげるよ、後悔しても知らないけど』。そんな口ぶりから牽制、もとい警告がセットになっているのが嫌でも伝わってくる。
 スザクの向かい側で平静を装い、ルルーシュはハンバーグにぐさりとフォークを突き立てた。そして、リヴァルに伸し掛かられた時のスザクの様子を思い出す。
 顔は笑っていても、うざったそうだった。でもスザクは、ルルーシュには自分から触ってくる、まるで所有物を扱う手つきで。話す時の距離だってやたらと近い。あれで特別視されていないと思える奴がいるなら会ってみたい、とルルーシュは思う。それなのに、「行けそうだ」と判断して行動に移すと、この男は即、容赦なくフラグをへし折ってくるのだ。
『スザクってバージン苦手そうだよな』
 そう吹き込んできたリヴァルのことを、ルルーシュは恨んでいた。逆恨みなのは自分でも解っている。
『あいつが好きなのって年上だろ? 慣れてない女子に対しても優しくしそうだけど、内心面倒くさいなんて思っちゃってたりして』
 昔から、年上にモテていたスザクだからこそ一理あると思い、参考にしてみたところ結果はこのザマだ。スザクが易々と色仕掛けに乗るなんてルルーシュも思っていない。そこまで単純な男だったら却って助かるくらいだ。
 しかし、ここまでドのつくノンケだなんて。あまりの反発の激しさにルルーシュは少なからず傷付いた。露骨に嫌悪を示されれば、ルルーシュとて竦んでしまう。仕返し半分、慣れさせて受け入れさせてしまえればこちらのもの。そういう腹があったからこそルルーシュも慣れているふうを装い、しつこく思われていることを承知の上で誘っているのだ。……けれど、そろそろ逆効果か。いざ適当に流されるようになってしまうと、それもまた面白くない。
(手を変えるべきだ、予定と違う慣れ方をするとは。スザク、やはり恐ろしい男……)
 ルルーシュは心の中で舌打ちした。しくじったのだ、肝心なのは最初の一手。黙々と食事を続けるスザクを前に、称賛とも罵声ともつかない言葉を心の中で送る。
 スザクは怒るよりも賢明、相手にするだけ馬鹿らしいと切り替えたのだろう。無視されないだけマシとはいえ、ルルーシュにとっては屈辱だった。しかもやりすぎれば当然、手痛いしっぺ返しが待っている。事前に発される警告をルルーシュが聞き入れなければの話だが。
「本当は手を出したいのを我慢していたんだ。今までよく耐えたと思っている」
「それで?」
「嫌なら本気で拒むんだな」
 重々しく言ったルルーシュを真顔で見つめ、スザクはナイフとフォークを揃えて皿に置いた。居直った変態の宣戦布告は通り魔の言い分に酷似している。
 ナプキンで口を拭い、スザクは朗らかに言い放った。
「やっぱり帰るよ」
「はは、冗談だ、固い奴だな」
 ルルーシュが乾いた笑いを漏らす。スザクは表情も変えぬまま、引きつるルルーシュを正面から見据えた。
「過敏になったのは君のおかげだ」
「客間で寝るのか……?」
 ルルーシュが恨めし気な視線を送れば、スザクは目を閉じて軽く首を振り、ナプキンを横に置いた。
「そんな顔をしても無駄だよ」
「今まで通り手は出さない」
「当たり前だろ……?」
 スザクが帰ったあと、客間のシーツを自室に持っていき、自分のベッドに敷いて寝るのがルルーシュの密かな楽しみだった。今まで『客間で寝ろ』と言ってきたのは紳士としての抑制の結果。本当は筋肉や汗、匂いに至るまで堪能したい。
 誘惑という名目で堂々と触(さわ)れる今――スザクはこの通り許可していないが――ルルーシュの欲望は以前に比べて少しは緩和されている。が、贅沢とは思えど前進しているぶん、今度は欲が出てきてしまうのだ。
 憤りを隠さず、ルルーシュは向かい側で何事もなかったかのように食事を再開するスザクを観察していた。どうしてもこの男が欲しい。大口でハンバーグを平らげていくさまを見ているだけで幸せになれる。もちろん、誘う時はこのメニューが好物だと知った上で餌にさせてもらった。美味そうに食べて貰えて本望だ。
 スザクも、見られていることには気付いていた。わざわざ用意したと言ってきたのが好物だった理由も、ルルーシュが餌として釣っているつもりでいることにも気付いている。
 でも――
(解ってないんだろうな。別にハンバーグに釣られたから来た訳じゃないのに)
 性懲りがないのも事実だが、健気ではある。一途に情熱を傾けるところが決定的に間違っているとスザクは思うのだが、ルルーシュは昔からそうだと納得してもいた。
(まあ美味しいは美味しいし、いいか)
 デミグラス系の料理が好きなことはしっかり把握されているので、張り切って腕をふるったに違いない。確かに、ルルーシュの手捏ねハンバーグはいつも通り絶品だった。
 前にも言った通り、スザクも友達としてなら好きだ、ルルーシュのことは。同性愛者であるがゆえにちょっかいをかけてくることを差し引いても、抱いている友情は変わらない。突き抜けた性格に振り回されるのは日常茶飯事、元からのことなので大して気にもならなかった。自分だって、それを言うなら大概だからだ。
 殺伐とした夕食のあと、スザクは結局泊まっていくことにした。まっすぐ客間に向かおうとしたところで引き止められる。
「スザク、あのな?」
「何?」
「クリーニング中だと言っただろう?」
「クラブハウスって、他の部屋にもベッドあるよね?」
「その前に、俺の部屋でお茶でもしないか? 話したい」
「いいよ、さっきみたいな話以外なら」
 どうにかして自室で寝かせようとするルルーシュに打ち勝ち、スザクはこの日、心安らかに客間で眠った。
 ここまでしても、泊まりには来るのだ。何故ならルルーシュは、スザクにとって誰よりも大切な友達だから。

◆運命の糸(R18)/SAMPLE◆





「えっ、男?」
 ドアを開けての第一声はこれだった。
 ルルーシュは生まれてこの方、人から気色の悪いものを見るような目つきで見られたことはない。持って生まれた天性の美貌、モデルですら凌駕するパーフェクトな肢体。それらは人目を惹き付けてやまず、学生時代、遡れば幼児か赤ん坊という頃から、道行く人々まで虜にしながら生きてきた。けれども、今目の前にいる男は「参ったな」とも「弱ったな」ともつかない、ともすれば迷惑そうな面持ちで突っ立っている。
 おかしい、とルルーシュは思った。自分の容姿に圧倒的な自信を誇り、でも鼻持ちならない印象は与えぬよう慎重に気を配り、まかり間違っても顔や態度に出すなどという愚行は犯していないはずだ。人が生きていくために仮面は必要、本性を出すのはプライベートだけで充分。それは、内弁慶なルルーシュが究極の接客業といわれるこの職に就いてから、不本意にもクビになったりしないために身に着けた唯一の処世術だった。
「何か、不都合な点でも?」
 気分を害している、とは表に出さずルルーシュは尋ねた。店のホームページにはハッキリと、ルルーシュの顔写真と共に『出張ホスト』と書かれている。そして、おそらくそのサイトを伝手にルルーシュを呼んだのは、他ならぬこの男なのだ。
「とりあえず中入って」
 玄関でというのも何だから、という意味なのだろう。男は口早に言い、辺りを窺いながらルルーシュを招き入れた。このマンションの一階にはコンビニエンスストアが入っていて、深夜でも人通りが多い。誰も来ないうちにと言わんばかりに、男はそっとドアを閉めた。振り返ってきた顔には怒りのようなものが浮かんでいる。『入れてしまったはいいけど、どうしよう』と口に出すまでもなく書いてあった。
「何か間違ったみたいだ。君、男だよね?」
 あえての確認、というふうに男はルルーシュを藪睨みした。視力が悪い人もよくこういう顔をする。しかし、今は視力の良しあしとは関係なく、明らかに場持たせだ。
(ノンケか……)
 ルルーシュはむうと低く唸った。似たような事故なら前にもあったが、その時の客はルルーシュを一目見るなり態度を翻した。友人との罰ゲームというのも、この業界ではよくある話だ。『俺、男との経験はないんだよね』などと言いながらも興味はあったようで、その客とは結局、風呂場で身体を洗い合っているうちに行為にもつれ込んだ。
「見ての通りです。失礼ですが、どちらをご覧になられたんです?」
「どちらって?」
「サイトがあったでしょう」
 男は飲みかけの缶ビールが置かれたテーブル前に行き、ソファに腰かけてルルーシュを見上げた。
「サイトって店の? 見てない」
「じゃあどこから……」
「うーん、一緒に飲みに行った同僚がくれた雑誌、かな」
 この客は駄目だ、とルルーシュは内心、舌を打った。なし崩しに同性と寝てしまうタイプにはとても見えない。
 ルルーシュがひっそり息を吐き出すと、男は溜息と取り違えたらしい。気まずそうにビールを一口飲み、「君も飲む?」と訊いてくる。
 『キャンセルすることって出来るの?』。ルルーシュはてっきり、そう訊かれるのだと思っていた。その方が自然な流れだし、男を相手に出来ないのなら他にすることもない。ルルーシュとて、時給ではなく歩合制で働く身だ。もちろん、キャンセルしないなら行為なし、会話だけで済ませて帰ることも出来るのだが、客が了承した場合の話である。
「勿体ないですよ、せっかく晩酌してるところだったのに」
 道具の入った重いバッグをルルーシュが持ち替えていると、男は曖昧に苦笑した。
「遠慮しなくていいよ、嫌じゃなければ付き合って?」
「いえ……うちの店、広告での顔出しってしてなくて。解りづらかったですよね」
 男は僅かに沈黙し、視線を逸らした。「まあ座りなよ」とソファの隣を指す。自分から帰りたい、と口に出す訳にもいかず、ルルーシュも迷った末にどうするとも決められないまま腰かけた。入れ替わりに男が立ち上がり、キッチン前の冷蔵庫を開けてビールを取り出す。「飲める?」と尋ねられ、気乗りしないながらもルルーシュは頷いた。
「仕事って何時まで? 飲んでも大丈夫?」
 出会い頭よりも砕けた口調で男は尋ねてきた。さっきは驚いただけで、悪気はなかったのだろう。ただ、時間よりも他に気にしなければならないことが、この男にはあるのではないか。
 ビールを前に置かれ、ルルーシュが戸惑っていると、男はわざわざプルタブを開けて置き直してくれた。こんな所で親切さを発揮されたところでルルーシュの心は動かないのだが、邪険にあしらわれているのではない、と解ればリラックスは出来る。ルルーシュは軽く礼を言い、喉を鳴らして勢いよくビールを煽った。
「なんか、ごめんね? 気を悪くしただろ」
 ぎこちなく男がとりなす。童顔だが、よく見るとルルーシュより年上のようだ。
「こちらこそ」とルルーシュは缶を置き、首を振った。一向に帰らせるつもりのなさそうな男の様子に戸惑う。
(ノンケじゃないのか?)
 まさか――こいつはノンケだ。だったら会話で切り抜けよう、とルルーシュは気持ちを切り替えた。
 客からはまず、年齢の話を出されることが多く、ルルーシュは大体の年なら言い当てることが出来る。何人も似たような奴を相手にしていれば、そのうち嫌でも読めるようになる。たぶん営業職だ、とルルーシュはあたりを付けた。酒に強く、男っ気も強い体育会系。素早く流し見たゴミ箱の中には、ルルーシュの読み通り同じビールの空き缶が三つも入っていた。
「今日は暇で。女性を呼んだと思っていて男が来たら、誰だってびっくりしますよ」
 ソファに座り直し、非を責めない口調で愛想笑いを浮かべる。やはり酒での接待に慣れているとみえ、男はルルーシュに対しても有効だと判じたようだ。だが、「名前聞いていい?」と人懐っこそうに尋ねてくる割に、まだ目つきが鋭い。同性への対抗心か、ゲイへの警戒心か。気を許すつもりなど更々なさそうな間合いの測り方が、ルルーシュにとっては新鮮に思えた。
 ルルーシュが名前を教えると、男は「枢木」と名乗った。偽名を使うことが常の世界では、ずいぶんと珍しい苗字だ。
「だいたいが山田、とか田中、とか名乗るんですよ」
「僕のは本名だよ。君は?」
 返す刀でいきなり切られたように感じ、ルルーシュは一瞬ドキリとした。
「本名な訳ないでしょう」
 半ば呆れ声で答える。とはいっても、ルルーシュは自分の名前が大好きで、源氏名も本名を使っている。慣れない変な名で呼ばれるのは嫌だったし、客に源氏名だと思わせておけるのなら、誤解させておくに越したことはないからだ。枢木は、しつこく追及するでもなく「ルルーシュか~」と暢気に頷いていた。本心の読めないアルカイックな笑みを浮かべている。
 そこで、ルルーシュはハッとした。あからさまに源氏名だと悟らせてしまうのも、どのみち接客の上では失敗だ。手強そうな客を値踏みしてやろうと思ったら、出鼻からジャブでくじかれた気分だった。一歩リードされている感覚に、負けず嫌いの血が疼き出す。
「枢木さんは一体、どんなお仕事をされてるんですか?」
 意気込んで尋ねてみると、枢木はきょとんと瞬き、失礼にならない程度にクスッと笑った。
「いきなり仕事の話かぁ、お見合いみたいだね」
「……っ」
「君の恋愛事情の方が興味あるな。どんな人が好き?」
 男二人で何故こんな会話を、と本心では不毛だと思っているだろうに、枢木はおくびにも出さなかった。
「好きなタイプ、ですか……」
「答えにくいかな。今まで付き合った人でも、好きなお客さんのタイプでもいいよ」
 詰問というほどでもなく、ソフトに興味を示しながら会話の主導権を握ってくる。誘導されている、とルルーシュの直感は告げていた。上手くかわそうとすればするほどドツボにはまっていく。
(お前が本当に探りたいのは、俺がタチかウケかってことだろう?)
 この男はつまり、自分がターゲットにされないかどうか確かめたいのだ。
「ジャニーズ系ですよね、枢木さんって」
「ただの童顔、そういうの嫌い?」
「その逆です」
「ホント? リップサービスでも怒らないよ?」
「ついでに言えば声もいい。鍛えてるようだし、いかにもモテそうだ」
 枢木は顔を引きつらせたものの、それはルルーシュから送られた流し目が、Tシャツの袖から伸びる腕に向けられていたからのようだ。もうじき冬だが、部屋の中は暖かい。枢木の態度もだ。ゲイは苦手でも、人としては仲良くしたい。「そんなふうに言われたの初めてかも」と照れてみせる様子から、枢木の隔意のなさはルルーシュにも伝わってきた。
「ちなみに、顔が好みと答えたのも事実ですよ、性格はちょっと天然だけど」
「ん、それはよく言われる」
「枢木さん」
「はいっ」
「本当に訊きたいこと、正直に言っていいですよ」
「……?」
「俺はタチです」
「えっ……」
「というのは嘘で、本当はネコです」
 枢木はじわじわと赤面していった。かと思えば、今度は顔を片手で覆ってがっくりと項垂れる。
「バレた?」
「まあ……」
「あーっ……」
 不意打ちには不意打ちで返す。ルルーシュの目論見は成功し、枢木は深々と嘆息した。一杯食わされた、という気分なのだろう。恨めしそうに指の隙間からルルーシュを見上げている。
「えっと……接客の仕事、君は長いの?」
「そうでもありません。始めたのは半年くらい前で――」
「そっかぁ。僕も職場では色んな人に会うよ」
 枢木はもそもそと起き上がり、ビールに手を伸ばした。
「来るのってどんなお客さん?」
「どんなとは……」
「うん。僕みたいなしがないサラリーマンより、お金持ちの方が多いのかなって」
 気を取り直そうとするかのようにビールを煽り、枢木は愉しげに目をそばめた。ルルーシュが渋面を作り、「あの」と切り出す。
「酔ってませんか?」
「全然? これでも緊張してるんだよ、信じる?」
 意外だ、という気持ちと「本当か?」という思いがルルーシュの中でせめぎ合う。
「酔っ払いは皆そう言うんですよ」
「だって……芸能人かと思った。普段モデルの仕事してるの?」
「俺が?」
 驚いてみせるルルーシュを一瞥し、枢木は頼りない面持ちになった。
「ちょっと……君ももっと酔ってくれないと、僕だけじゃ――」
 甘いマスクが困り顔になると、心なしか更に若々しく見える。枢木は二十代の半ばだろうか。見た目はルルーシュと大差なく、並んで歩けばルルーシュの方が大人びて見えるかもしれない。
 枢木は、素面のルルーシュからテーブルへと目を向けた。酒を勧めたはいいものの、冷蔵庫の中に目ぼしいものは入っていなかったと思いだしたのか、冷蔵庫の方を見て眉をしかめ、気抜けしたように溜息をつく。
「お摘み、あった方がいいよね……」
 ぽつりと言うので、ルルーシュは黙って首を横に振った。本当に要らないのか? と目で問われ、頷くと枢木も頷き返す。
「すごい美形と話せる機会ってそうはないだろ? だから、ちょっと喋ってみたいと思って」
「不機嫌だったのに……?」
 あ、と口ごもり、枢木は潔く認めて「そう」と恐縮してみせた。
「正直、最初はどうしようかと思った。でも困らせてるのは僕だろ? 気が変わったんだ」
「本当に正直ですね」
「ああ、言っとくけど、僕は違うよ? 本当に間違っただけで、本気で悪いと思ってる、だから――」
「察してますよ、枢木さん」
 気持ちのいい奴だ、とルルーシュは思った。横柄に振る舞う客も多い中、枢木の態度は申し訳なさそうに見える。さっきのように押すばかりではなく、いっそ本音を言った方がいいと思ったのだろう。意地悪な言い方をしたのに、枢木は「良かった……」とほっとしたように笑み崩れた。
「でも……いいんですか?」
「何が?」
 単なる好奇心というのは解ったが、居続ければ当然、料金が発生してしまう。
「出張ホストですよ、俺。ビールまで御馳走になって――」
「いいよ、そんなの」と枢木は顔の前で手を振った。
「勘違いしたのは僕の方なんだし、せっかくだからゆっくりしていって」
「割に合わないでしょう、うちは高い。何かお礼をさせてもらわないと」
「いいって、本当に間違っただけ!」
「そう何度も『間違った』と言われるのも……」
「あああ……っ、ごめんごめん、先に支払っておくよ、いい?」
 幾らだったっけ、と枢木は慌ただしくテーブル下のラックから財布を取り出した。天然というのは本当らしい。黙ってルルーシュが見守っていると、突然、真顔になって言い募る。
「本気で嫌だったら帰ってもらってるよ。そういうの、言い出せないほど人に遠慮するタイプじゃないから」
 たぶん、本心なのだろう。実際に言いそうに見える。間違って呼んだと言い張る客は、『どうしてこんな仕事をしてるの?』とか『ホントに男が好きなの?』とか、興味本位に散々からかい、無駄に話を長引かせた挙句、支払だけは渋って帰らせようとするからだ。それでも、ルルーシュは明細を素直に渡す気にはなれなかった。
「いいんですか? 本当に……」
 出し渋っていると、枢木は目敏く見つけて優しく取り上げ、悪戯っぽく微笑む。
「帰りたい?」
「い、いいえ……」
「真面目なんだ。じゃあ何してもらおうかな」
「えっ――?」
 真に迫った口調で言われ、動揺するルルーシュの様子に枢木は笑いを噛み殺していた。口元を隠すようにし、ビールを口に運ぶ。
「嘘、嘘」
 飲みながら甘ったるく、ルルーシュに横目を向ける。深緑の瞳に惹きつけられ、ルルーシュは何故かカッとなり、繕うのも忘れて「馬鹿が」と憎まれ口を叩いた。
「えっ――」
 枢木が小声を聞き付け、どんぐり眼を見開く。まじまじと見つめられ、ルルーシュはついうっかり本性を出してしまったことを後悔した。
 謝る隙を与えず、枢木がニヤリとしながら言う。
「なるほど……ソッチが本性なんだ?」
 妙に嬉しそうだ。しめしめ、と言わんばかりの、恰好のネタを見つけたという満足顔。
(からかわれるのは好きではないが……)
 どういう訳か、この客の場合は不快ではない。ルルーシュは自分でも不思議に思った。
(楽しく飲みたいというのなら、たまにならいいだろう)
 これでも切り替えるのは得意な方だ。
 結局、九十分という短い時間内に他愛ない雑談を交わし、ルルーシュはこの日、正体をなくしそうになるほど強かに酔った。もちろん枢木が手を出してくることはなく、ルルーシュはほんの束の間、仕事を忘れて楽しく過ごした。店には多少怒られたが、気位の高いルルーシュにしては珍しく、後悔は露ほどもなかった。

***

 ネオンと共に夜を過ごし、朝日が昇ると帰宅する。一日の疲れを温かい湯で洗い流し、清潔なシャボンの香りと、お気に入りの香水に包まれて眠るのがルルーシュは好きだった。
 賑やかな繁華街、雑多な人ごみ。昔はくだらなく俗っぽいと、陽気に騒ぐ人々のことを見下していた。でも一歩足を踏み入れてしまえば、そこは時間を忘れてしまうくらい楽しい場所だったのだ。
 酒に浸り、他愛ない冗談を言い合い、夜ごとに他人と情を交わし合う。そうしていると時間だけではなく、辛いことまで忘れてしまえることにルルーシュは気付いた。
(『あいつはそういう相手じゃない。只の客だ』)
 広々とした浴槽の中で、ホスト仲間と交わしたやり取りをルルーシュは反芻した。今日、仕事場で『妙にウキウキしている』と指摘され、『恋でもしているのか?』と尋ねられたのだ。
 たった一度の〝間違い〟で打ち解けて以降、枢木は週に一回という頻繁なペースで指名してくるようになった。手の一つさえ出してこないのに、わざわざ高い料金を支払ってまでというのは、正直、理解の範囲外だ。物好きな奴もいたものだ、とルルーシュは片付けている。
 枢木は最初、ルルーシュを男として扱えばいいのか、女として見ればいいのか解らず、ついでにルルーシュの指摘通りタチかネコかも解らず混乱したらしい。同性と、というのがノンケにとっては想像もつかなかったのだろう。警戒心と、線引きのための把握。……それでも、『綺麗だと思ったのは本心だ』と言ってくれた。
「馬鹿か俺は」
 そんな面倒な思いをしてまで、ゲイと仲良くしたがる奴などいるものだろうか。
 ルルーシュは首をすくめ、鼻先まで湯に浸かった。波打つ表面を指で弾く。ぱしゃんと水音が反響し、確かに少々、浮ついているかもしれないと思った。
 客の言うことを鵜呑みにするなんて、らしくない。友達みたいに接していようが、枢木はあくまでも客のうちの一人だ。仕事を忘れ、溺れるほどのめり込んでいるなど断じてあり得ない。金の受け渡しをする時だって「またね」と言い合うライトな関係だ。いくら好みの顔立ちだろうと、ノンケ相手に本気になるなんて、ルルーシュにとっては馬鹿らしいとしか思えない話だった。
「楽しいことなら、他にも沢山あるだろう?」
 歌うように口ずさみ、全身から湯気を立ち上らせて湯船の縁をまたぐ。このバスルームは、二十四時間いつでも好きな時に使うことが出来た。風呂好きのルルーシュは、この浴室を見てマンションの購入を決めたのだ。維持していくため、これからも頑張って稼ぎ続けなければならない。身体を使って稼ぐことは、ルルーシュにとってはとりたてて誇りにならない代わりに、苦痛にもならないのだった。
 換気スイッチを入れ、起きたらすぐ入れるようタイマーをセットする。濡れた身体を軽く拭き、肌触りのいいタオル地のローブに腕を通すと、毎度のことながら生き返る心地がした。上がって一息つく頃には、ちょうどよく眠気の波が押し寄せてくることだろう。手早くドライヤーで髪を乾かし、まだ湿り気の残る黒髪を一振りする。
 そうして、洗面台から去ろうとしたところでルルーシュの足が止まった。……鏡の中にいる、怜悧な美貌と向かい合う。
薔薇色に染まった頬、菫色の瞳。高い鼻梁から続く、薄く艶やかな唇。
 何一つ気に入らない箇所はないし、誰のことよりも自分が好きだ。
(顔も、身体も、名前でさえも――)
 高慢と評される内側だって愛してみせる。
 ――いいや、愛している。ルルーシュはあえて言い換えた。
 学生の頃、「本気で好きな相手としかそういうことはしない」とルルーシュは思っていた。が、大人になるにつれ、いつの間にか価値観が大きく変わってしまった。もともと悪の素養を持っていたのだろう。自分でもどうしようもない歪みを抱えている。といっても、日常生活面で困ってはいないし、アウトローな仕事なりに充実した日々を送ってもいるのだ。
 世間一般の常識から外れていようと、ルルーシュは幸せだった。今の生活を愛している。
 だって、限りなく自由なだけではなく、一人きりでも決して孤独ではないのだから……。

***

「そういえば、ルルーシュってどこ住み?」
「若者ぶるのは禁止だ」
「えぇ~? いいじゃないか、ルルーシュほどじゃなくても僕は若いよ?」
「……ホント、お前って訊かれたくないことばかり訊いてくるよな」
「仲良くなったんだから教えてよ」
「それもだ! まさか、ピンク系のお姉さんたちに片っ端から同じこと訊いてるんじゃないだろうな」
「そんな……人を性欲魔人みたいに」
「違うのか?」
「違うってば、僕はデリヘル呼んだりしてないよ?」
「嘘をつけ!」
「ホントだって、ルルーシュ以外は呼んでない! お金かかるんだよ、もし石油王だったら――」
「現実を見ろ、この馬鹿が!」
 この通り、枢木はルルーシュ以外の風俗は利用していないと言い張るのだが、そもそも出会いからしてデリヘル――もとい、出張ホストだったので非常に疑わしい。
「別に禁欲しろとは言っていないだろう、彼女とか……」
「いたら呼ばないって……」
「そうかそうか、いないのか。いいんだぞ? 俺に遠慮なんかしなくても」
 枢木は困り顔で笑っていた。年上の余裕とでもいうべきか、ルルーシュがどれだけ高飛車に振る舞おうが気にならないようだ。そして、枢木自身も初対面の時、どうだったか忘れてしまうくらい遠慮しなくなっていた。
「それにしてもルルーシュって、ホントに接客業向いてないんだな」
「どういう意味だ」
「だって、初めて会った時から思ってた。『どんなお仕事をされてるんですか?』なんて、営業トークで話が広がるわけないじゃないか」
「わからないだろう。悩みを抱えている客だっているかもしれない」
「湿っぽくなるだろ? 仕事を忘れたくて遊びに来るんだから」
「来てるのは俺だろ」
「そうだけど……どっちにしろ悪手だよ。同じ気苦労を抱えている同僚や取引先ならともかく、広げてみたところで会話なんて弾まない。『相談相手に』って、依存されたらどうするのさ」
「お前って案外、冷たいよな……」
「あっ酷い。心配だから言ってるのに」
 枢木は柿の種を摘まみながらテレビを見ていた。本当に、友達を家に呼ぶ感覚でルルーシュを呼んでいるのだろう。もとよりルルーシュに興味が湧いたのは、話しているうちに――ゲイというのはさておき――『美形なのに普通だ』と思ったかららしい。
「慣れてるならリードさせた方がいいし、そうでないなら僕が会話の主導権握らせてもらおうと思ったのに、不意打ちしてくるし」
「そんなところだろうと思った」
「うん。話してみたら『結構、普通だな』って。それ以上に面白いヤツだよ、君は」
 枢木はお気に入りの銘柄のビールを飲み、ルルーシュも勧められて毎回、飲んでいた。枢木が悪酔いすることはなく、ルルーシュが帰ったあとはそのまま寝てしまうのだそうだ。初日以降、ルルーシュが飲みすぎないよう気を配ってもくれている。だいたいが週末か、もしくは週半ばの水曜日に指名が入り、ルルーシュも枢木に呼ばれるのを心待ちにするというのがパターンとなりつつあった。
 私生活に干渉しない付き合いは、ルルーシュにとってすごく気楽だ。『気楽な反面、寂しい』となれば不自由が生じるのだろうが、幸い、今のルルーシュはそうではなかった。もし、在学中に枢木がクラスメイトだったら無二の親友になっていただろう。けれど、ルルーシュの記憶はところどころ抜けていて、特に高校一年頃から先は、何をしていたのかさっぱり覚えていなかった。ちょうど、今の仕事を始めた辺りからの記憶しかない。
(つまらない思い出しかなかったから劣化してしまったんだろう)
 学校行事や授業の内容、放課後にどこへ行ったのかなどは仔細に覚えていて、その頃付き合っていた友達や、仲間のことだけ消えてしまっている。ぼんやり覚えている顔もあったのだが、誰と話し、何を考えて生きていたのかはおぼろげだった。アルバムもいつの間にか紛失してしまい、探しても見つからない。自分のことなのに、覚えていないというのも気持ちが悪いのだが……でも、不要であるらしい過去にこだわるより、これからの日々をいかにして楽しい記憶で埋めていくかの方が重要だ、とルルーシュは思っている。
「どうかした?」
「ああ……」
 思い出そうとして意識が明後日に向かってしまい、ビールの缶を持ったまま止まっていたルルーシュに枢木が問いかけた。
「昔、議論で白熱するのが好きだったな、と思い出して」
「弁論大会のこと?」
「あったな、そんなのも……いや……」
 今でも好きだ、と思い直し、ルルーシュは尋ねてみた。
「最高の接客とは何だと思う?」
「何、急に?」
 枢木は苦笑したものの、「うーん」と腕組みをして真剣に考え始めた。さっきの話が原因だと思い至ったようだ。
「君ほど凄い仕事してる訳じゃないから、何とも言えないけど……でもやっぱり、サービス業なら、『相手が喜ぶようにする』っていうのが基本じゃないかな。自分より相手、利他と奉仕の精神?」
「お前、妙に鋭いかと思えば鈍感のくせに、他人のことはよく見てるよな」
「それ、褒めてないだろ」
「まあな」
「枢木は――」
「スザクでいいよ」
 ルルーシュが、客を呼び捨てしないことにこだわっていると知っていながら、枢木は考え込む合間に真顔で言った。
いい加減、完全に線引きされるのも煩わしいのだろう。これを機に「そろそろいいか」という気持ちになりかけたルルーシュだが、一線は守っておきたいと改めて思った。
「悪い」
 一言言えば、枢木も納得したようだ。残念そうに溜息をこぼし、「そっか」と渋々引き下がる。
 毎回こうなら助かると思いながら、ルルーシュは再び切り出した。
「枢木は……出来ている。大して気が利く方ではないかもしれないが、人を和ませるのは得意だろう?」
「そうかな」
「ああ。相手のことを思っていればこそなんだろうな」
 枢木は「ルルーシュに対してはどう?」と問いたげだったが、何を思ったか黙り込み、ふと瞼を伏せた。
「……実は、そうでもないんだ」
 ルルーシュが首を傾げると、どこか遠い目になって呟く。
「本当の僕は、もっともっと自分勝手で――ものすごく酷い奴なのかもしれない」
 やけにシリアスな口調だった。一瞬、二人の間に微妙な沈黙が流れ、枢木は慌てて「ごめん、何か言って」と冗談めかして口にした。
「そんなことはない、と――俺が言うのも変かもしれないが……」
 枢木は物腰が柔らかく、大人だとルルーシュは感じる。
「あのな、もう少し肩の力を抜け。どうしたんだ急に」
 何かあったのか、というニュアンスで尋ねると、枢木は決まり悪く「あはは」と笑ってごまかそうとする。
「うん……ありがと。驚いたよね、急にこんなこと言いだすなんて」
「悩みでもあるのか?」
「何にも。ただ、もしかしたらそうなんじゃないかって思っただけ」
「ふうん……?」
 真面目な話を持ちかけると、相手は大抵、黙ってしまう。ルルーシュは白黒はっきりしている方だが、この世の中、そう分けられる人ばかりではないのだろう。でも枢木は、真面目に問いかければ茶化すことなく返してくれる。不真面目そうな反面、真面目とからかわれることの多いルルーシュよりも、更に輪をかけて糞真面目な堅物なのかもしれない。
「お前って、実は不器用だよな」
「そんなことは――」
「どうだか」
「ルルーシュほどじゃないよ」
「何だと……?」
 そして頑固で融通が効かず、一度言い出したら聞かない我儘なところがあった。
「そうだ! 僕、明日は休みだから、仕事終わったら遊びにおいでよ」
「なんだ唐突に。そういうことは出来ないって前にも言っただろ」
「店に内緒で、駄目?」
「だんだん分からず屋になってきたな……」
 確かに、自分勝手で酷い奴なのかも、と呆れたが、ルルーシュは口には出さないでおいた。
「何もしないから」
 枢木は他の客のように遊ぶ訳でもないくせに、「やっぱり困る?」と寂しげに笑う。
「一応、禁止されてるもんでな」
「悲しいよ……せっかく休みの日が同じなのに。どうせなら泊まりで遊びたい」
「だったらロングで買ってもらおう」
「そういうシステムがあるの?」
「店の料金表に書いてあるだろう?」
「見てないよ」
「見ろ!」
「わかった、じゃあ延長! それならいいよね?」
「あぁハマれハマれ。借金だけはするなよ?」
 すっかり駄目な客に成り下がった枢木に笑いかけ、ルルーシュは携帯を取り出して店に電話をかけた。応答を待つ最中、通話口を押さえて「何分にする?」と尋ねる。
「みみっちいこと言わないで? 僕、社畜だよ。お金なら持ってるからラストまでいてよ」
「了解だ」
「こうなったらボーナスつぎ込んでやる……」
 本物の社畜なら、夜九時台に家にいるということは絶対にあり得ない筈なのだが、ルルーシュはあえて突っ込まず「ラストまで」と告げた。
 ポケットに携帯を仕舞いながら思う。
(ちょっとした我儘が嬉しいなんて――認めたくはない)
 たとえ金で買われている関係であっても、一緒にいるのが楽しいなんて……。本当は、店の決まりなど無視して一晩中一緒にいたい。枢木が言うから居てやりたいのではなく、ルルーシュの意思でだ。店側だって、本人がどうしてもというなら禁止することなど出来ない。プライベートはあくまでも自由である。
(間違っても口には出すなよ、俺)
 何故なら、このルルーシュ・ランペルージが一介の客にのめり込むなど、断じてあってはならないことなのだから――。
ソファの陰からバッグを引っ張り出し、ルルーシュがタイマーをセットし直していると、枢木がバッグの中をじっと覗いていた。入っているのは仕事用のローションやイソジン、消毒薬入りのボディーソープなどだ。枢木相手に使うことは、これからもなさそうな代物ばかりだった。
「それって重い?」
 ルルーシュが何か言う前に、枢木がバッグを見ながら言った。
「まあな」
「だったら持ってこなくていいのに」
 さらりと告げられ、その一言がルルーシュの胸に突き刺さる。
「そういう訳にもいかないんだよ」
 ルルーシュは肩をすくめ、苦い気持ちに気付かないふりをしてかき消した。

◆green eyed monster(R18)/SAMPLE◆




 本国の医療施設で目覚めたジュリアスにとって、ナイトオブセブン・枢木スザクは不思議な男だった。いつから特別気になる存在となっていったのか、切欠について覚えてはいても惹かれる理由は解らない。





 室内はジュリアスを除けば無人だった。体調が優れない時は音や光、匂いに至るまで過敏になりがちなものだ。振り返れば一人がけのソファの背に、豪奢な金刺繍入りのマントが無造作に引っ掛けられている。一瞬、スザクのものに見えてジュリアスは嘆息した。
 衣類を畳まなければ気が済まない性分、それは本当に自分の癖だっただろうか。
 ソファはテーブルを挟んで向かい側にもう二台並んでいた。スザクはいつもそこに座る、ジュリアスの隣ではなく。露骨に一線引かれてはいるが、すげない態度の端々から垣間見えるものはささやかな心遣い。優しいと思い込みたがっているのは見当はずれな期待だろうか。あの男にとっては迷惑な勘違い、単なる重荷に過ぎないのだろう。ジュリアスは浮かれそうになる心を諌めながら、それでも「不器用な男だ」と口元に寂しく笑みを滲ませた。
 移動期間は約二日。列車に乗り込んでからの記憶はところどころ抜けている。夢か現か解らぬビジョンが唐突に浮かび、また消えていく。覚えのないそれらの映像は、掴み切らぬうちにジュリアスの掌からすり抜けていくのだ。
 学生服姿の自分と見知らぬ並木道が見える。緑豊かな学園、平和そのものの。
 これは過去の記憶……いや、そうだったか?
(私は知らない)
 向かい側に手を伸ばし、気がふれているのだろうかと自身の精神を危ぶみながら、ジュリアスは「スザク」とか細い声で呼ぶ。返るものは声ではなく、静寂だった。誰もいない部屋の中で霞む意識を呼び起こし、ジュリアスは俯いてぼんやりと膝頭を眺める。
 何故こんな服を?
 ああ、そうだ。私は軍師、ジュリアス・キングスレイ――。
 目覚めの瞬間はいつもこうだった。皇帝の命に沿って動くようになってからは特に酷い。
 片目を覆う眼帯には独特の圧迫感があり、俯くと息づかいが鼓膜に反響する。荒い呼吸と重苦しい身体、発作のように浮かぶビジョンは取り留めもなくて厄介だったが、堅苦しい服と同様、ジュリアスはこの眼帯をスザクの前で外すことに躊躇いを持っていた。
(スザクはどこまで知っている? 話してしまっていいものだろうか、長引くこの不調ももしかすると……)
 スザクは護衛だ。そうでなくとも人の口に上り出した存在として、出会う前からジュリアスのことを知っていた可能性は高い。
 『一度だけ相手を服従させられる能力』。その発現は偶発的なものであり、ジュリアスの意思が及ばない部分もある危険な力だった。それも知っているのか。影響が及びやすい立場ゆえに、可能な限り避けているというのであれば納得出来る。
 でも、もし知らなかったのだとしたら……?
 軽く首を振り、ジュリアスは目前のテーブルに置かれた水差しを見た。倒れた口から水が溢れてテーブル下にまで滴っており、喉が渇いて仕方がないのにグラスだけが見当たらない。
「また落としてしまったか」
 ぽつりと呟き、曖昧な記憶を探る。最後に飲んだのは完全に目覚める前だ。その時にも注ぎ足そうとして失敗し、苛立ってグラスごと床に放ったのだった。二度寝してから目覚めたのが今、零したのはこれで何度目だったか。ままならない心と身体にジュリアスは低く呻いた。


 士官学校を卒業しておらず、軍属でもない身で何故、皇帝陛下に取り立てられたのか。テロに巻き込まれ、倒れていたところをジュリアスは保護された。身元を証明するものは何も持ち合わせておらず、軍の医療施設であるがゆえに誰との面会も許可されない。
 連日のように、強く打ったらしい頭の検査が続いた。解るのは名前と大まかな経歴だけ。そのうちにジュリアスは悟ってしまった。自分にはきっと、帰るべき場所などもう無いのだろうと。
 ただ、まだ夢が残されていた。いつ叶えられるとも知れない夢だけが。
 検査の傍ら知能テストを受けさせられた結果、ジュリアスは非常に優れた頭脳の持ち主であると判定された。兵法、社会学、帝王学。学んだ覚えはないのに何故か知っている。戻った記憶は継ぎはぎだらけで解らないことばかりだ。その中で唯一鮮明だったのが、チェスや戦争ゲームに関する突出した才能だった。
 入院、通院している者の中には高位の軍人もおり、暇潰しを兼ねて面白半分に問いかけてくる者もいる。母国ブリタニアは侵略戦争の真っ只中で、聞けば現在は極東の小さな島国――嘗て『日本』という地名だった――エリアで起こった大規模なテロを切欠に、世界各地で頻発するようになった抵抗活動の沈静化に手を焼いているという。対テロ組織「グリンダ騎士団」の設立と、「ピースマーク」の活発化によって徐々に落ち着いてはきているものの、この機に乗じて攻勢を仕掛けようとする国もあり、地下組織として全世界に散らばるイレブンへの処遇の徹底と、テロの鎮圧は失墜した国家の威信を取り戻すためにも急務のようだった。
 侵略戦争の大義は他国を取り込んで統治することにあるが、最も効率的な手段は天然資源サクラダイトの確保である。産出量の七割を占めるエリア11は足がかりに過ぎず、ブリタニアは複数の加盟国と自治州とを擁するE.U.へも着々と侵攻を続けていた。
 中華連邦との国境沿いに広がるサクラダイト鉱山、シベリアを含むロシア領は既に落ち、元E.U.軍拠点だったサンクトペテルブルクは今やユーロ・ブリタニアの最重要拠点となっている。ちょうど連隊を組んでE.U.側から奪還の動きがあり、更にそこから程近いベラルーシ州、スロニムでも度重なる激戦が繰り広げられている頃だった。機密すれすれと思しき話まで耳に入れられ、膠着した戦況の打開策について素性を隠したまま述べてみれば、話が伝わり噂となり、やがて皇帝の耳にも入った。
 それを聞いてジュリアスはほくそ笑んだ。千載一遇の好機が巡ってきたのだと。
 生まれが人生の全てを左右する。馬鹿げた世界だとジュリアスは嗤う。しかし、評価すべき点もあった。尽きぬ衝動と力を欲する理由を、ジュリアスはこの時ようやく理解した。
 皇帝に会ってから思い出し、一気に察したのだ、記憶が不自然に欠落している訳を。
 テロの時に受けたショックが主な原因だろうが、ある時に能力が発現して以来、ジュリアスはずっと『忌み子』として人前から隠されるようにして育てられてきた。不安定な能力はジュリアスを孤独へと追いやってしまったが、それでも己の才気、才覚が本物であるとは自覚していたし信じてもいた――ような気がする、一点の曇りも揺るぎもなく。
 この世界は実力さえあれば、幾らでものし上がることが出来る。曖昧模糊とした記憶の行方はひとまずの決着を見た。正しく見出されたという自信によっても補強され、運を掴み取ったジュリアスが次にと望んだのは盤石な地位の確立であった。
『戦争となれば人命など鴻毛の軽きにおく――フン、こんなもの、所詮は只の出来レース。E.U.は弱体化させられたのではない、自ら弱体化していく道を選んだ』
『シャイング卿といいましたか。聖ミカエル騎士団、ラファエル騎士団……いかにトップが変わろうと、戦争の勝敗は始まる前に決している。必ずや勝利を! 大公配下の衷心を探る役目はこの私、ジュリアス・キングスレイが引き受けましょう』
 皇帝はジュリアスの気概を高く買い、高慢であればあるほど気に召した。劇的な人生の転機。その間、僅かひと月。だが、ジュリアスにとっては必然ともいえる変革であった。
 権力を掌中に収めるのは簡単だったが、ぽっと出のジュリアスを快く思わぬ者もいる。しかし、皇帝の覚えもめでたき謎の軍師、華々しい戦歴があるらしいと、周囲にそう吹聴していたのは他ならぬ皇帝だったのだ。
 嘘を好むらしい皇帝が愉しげに命を下す。
『そなたは賢しき奸雄よ。なればこそ、その狡智をもって嘘を本物としてみせよ』
『御意(イエス・ユア・マジェスティ)』
 借りは返すと答えた瞬間、額に走った鈍い痛みをジュリアスは覚えている。
 ヨーロッパ地方の統治を委ねられているユーロ・ブリタニア。祖先の土地を取り戻すため、独自の矜持を持って戦争を行う四大騎士団とブリタニア本国は一枚岩ではない。サンクトペテルブルク郊外、ナルヴァとスロニムの制圧は無事完了したものの、E.U.軍132連隊が撤退していく際、ユーロ・ブリタニア軍も手痛い打撃を受けた。隊全滅の憂き目に続き、聖ミカエル騎士団総帥・ミケーレ・マンフレディが自害。このトラブルに当たり、ブリタニア本国は軍師の派遣を決定。E.U.軍駐屯地ポーランドから統合本部のパリへと更に駒を進めるため、ジュリアスは分断されつつある勢力の内部調査と監視を兼ねて送り込まれることとなったのである。
 のちの目付け役、枢木スザクとはユーロピア戦線の戦略会議で初めて出会った。皇帝陛下直属の騎士、ナイトオブラウンズ。彼が栄えある七番目に就任したのは奇遇にも、ジュリアスが軍師として任命された時とほぼ同時期だ。
 見慣れない異邦人にジュリアスは興味を抱いた。先のブラックリベリオンで黒の騎士団総帥・ゼロを捕えた功績と聞く。御前試合でナイトオブスリーを下したイレブン、腕は確からしい。上手く使いさえすれば圧倒的な戦力となる……。
 組織に属しながら、傷ついた獣の目をしていた。年は同じだというのに、ほの昏い碧の奥に凝るものは空虚と憎悪。ジュリアスの具合が思わしくないことに彼は何故か気付いており、一方的に親近感を抱いてジュリアスは屈託なく彼に話しかけた。……刹那、彼の表情に浮かんだものは驚きをも上回る驚愕、次いでよぎったものは紛れもない殺意であった。
 スザク、と名を口にした途端、ジュリアスは強烈な既視感と共に眩暈に襲われる。
 この男とは初対面の筈――。
 握手を求めて伸ばした手はすれ違い、直後、ジュリアスの意識は途切れた。


 疎まれているのは解っている。けれど、あの瞳の意味をどうしても知りたい。あれは決して、ジュリアスの地位や皇帝からの寵愛を妬む者の目ではなかった。思い当る節は他にある。
 ユーロピア戦線の総指揮を執れとの勅命を受けた時、ジュリアスはある条件を提示した。自分の同行、随伴には、ナイトオブセブン・枢木スザクを是非にと。
 目の上の瘤。そう思われているのだろう。あれは己が認めぬ者の命に易々と従う男ではない。だが、そこがジュリアスの気に入った。
 不協和音を奏でるままに陸路の旅が続く。およそ、あと半日といったところか。体調は日に日に悪化の一途を辿っており、頓服を摂取しなければ正気を保てぬところまで来てしまっている。原因は複合しすぎていてもはや解らず、口渇が酷いのに睡眠すら薬に頼る有様だ。
 護衛の任に就けと命が下った時、スザクはかなり強く抵抗したらしい。ジュリアスの身を案じる一言を発したというが、実のところは建前だろう。
 それでも、ジュリアスが頼めばスザクは水を注ぐ。無防備にソファで昏倒していればベッドまで運びもする。身の周りの世話をしろ、とまで命じられている訳ではない。にもかかわらず、縋るジュリアスに苛立ちながらも結局は応えるのだった。
 その時のスザクの瞳にはいつも、初めてジュリアスが名を呼んだ時に見せたものと同じ痛みが浮かぶ。
 ――わからない。ジュリアスは戸惑う。スザクの心が解らない。そもそも、ジュリアスの高慢さをスザクは嫌っている。視界に入れることさえ忌避されているようだ。
 スザクと同様、ジュリアスは軍師としての自分にまつわる噂が幾つか流されているのを知っていた。軍内部からの戦歴に関する追及が主だ。どの戦線に参加したという記録も残っておらず、姿を見るどころか名前さえ聞いたことのない者ばかりなのだから無理もない。
 今も皇族専用列車に乗っていて、皇帝からは身の上に関する話など何も聞かされてはいないが、ジュリアスの身上についても無責任な憶測が飛び交っている。
 もしや縁戚だったのではないか、でなければ――。
 考えるべきことは山ほどあるのに、優先順位が狂いそうになる。体調管理も己の務め、スザクが世話を焼くのは義務ではない。……けれど、嬉しい。怖いけれど嬉しく、有難く感じてしまうのだ。スザクの関心を惹きたいと願う自分のことが、ジュリアスは何よりも怖かった。




「そう慇懃にするな。私も軍では所詮、異端の徒だ」
 それでも、お前と肩を並べることは出来ないか――?
 訊ねてきたジュリアスの声にスザクが返したものは、沈黙と剣呑な眼差しだった。

◆二.五次元の君(R15)/SAMPLE◆




 ルルーシュはピカピカに磨き上げられた重箱を取り出して、手際よく出来上がったばかりのおかずを詰めていく。この重箱はスザク専用のものだった。成人男子の食欲は弁当箱程度のサイズでは決して補い切れない。
 スザクの好物のうちの一つは納豆で、昨日リクエストされたのはあろうことか納豆巻きだった。カットしない方が食べやすいので切らなくていいと言われても、ルルーシュは正直言ってあれだけは触りたくない。ついでに言えば匂いも受け付けないのでパックさえ開けたくなかった。
(俺の苦手なものくらい覚えておけよ、朴念仁が)
 なるべく安価なものをという気遣いは解るのだが、自分の食事を作るついでだと申し出たのはルルーシュの方だ。
 昔からスザクはそうだった。大雑把で天然、異様に勘が良いくせに肝心なところだけ鈍感だ。幼馴染の好き嫌いくらい把握していてもよさそうなのに、とルルーシュは恨めしく思いながら弁当用のアルミホイルを手に取った。
(確かに、栄養価は高い)
 でも偏るのはまずい。そう判断したルルーシュは重箱の上段に野菜を多めに入れ、ついでに巻きすとひきわり納豆をパックごと鞄の中に放り込んだ。大き目のお握りを三つ作り、そのほかに炊きたてのご飯で作った酢飯を使い捨てのポリパック二つにたっぷりと盛っておく。半分にカットした海苔を軽く炙って包装用のフィルムに数枚入れておき、密封し終えたところでタイミング良くだし汁入りの鍋が沸いた。次は味噌汁作りだ。
 二人は生まれた頃から一緒だった。家が隣同士で幼馴染、遡れば幼稚園の頃から進学先まで一緒。生徒会副会長のルルーシュと、風紀委員のスザク。つかず離れずな関係は高校卒業後も続き、今のルルーシュは大学生、スザクは駆け出しの漫画家だった。地道に投稿を続けてやっとデビューし、担当が付いたのはついこの間のこと。将来プロとしてやっていくと告げたら親に大反対されてしまい、学業と両立出来なくなるからと止めさせられそうになって家を飛び出した。
 もちろん仕送りなど期待出来る筈もなく、卒業までに連載が決まらなければ諦めるという条件で、辛うじて一人暮らしが許されたらしい。おかげでバイトを掛け持ちしていても収入が安定せず、スザクは安アパートで絵に描いたような貧乏暮らしを送っている。
 調理器具どころかガスコンロさえない家。ルルーシュはまだ温かいうちに届けてやろうと、今日もまた鞄に三食分の食事を詰めて甲斐甲斐しくスザクのもとへと通うのだった。


「よ、スザク。進み具合はどうだ?」
「担当さんみたいなこと言わないでよ、お腹空いたよルルーシュ……」
 作業机の前に陣取ってスザクは一心不乱にペンを走らせていた。その声は死にかけだ。部屋を見渡せばアニメの設定資料集にラブシーンデッサン集、女体のモデル人形、極め付けに汚い。机の横には雑然と積まれた資料とネーム用紙、床にまでスクリーントーンが散乱している。
「お前……」
 幾らなんでもコレはないぞ、と苦言をぶつけかけたルルーシュにスザクが「うわきたっ!」と小さく叫ぶ。
「わかってる、わかってるよルルーシュ。でも今は無理、色々と無理……」
 ぶつぶつとうわごとのように呟くのでルルーシュはがっくりと肩を落とした。慣れてはいても嘆かわしいことだ、昨日片付けたばかりでこのザマとは。散らかす才能が並じゃない。
(俺がいないと駄目か)
 世話焼きの才能とセットであるべき、というささやかな自負に浸ってルルーシュは鼻を鳴らした。
「一段落したら食べろ」
「ありがと。このコマ終わったらね」
 その前にまず掃除からか、とルルーシュが腕をまくる。
 会話していてもスザクは勝手に入ってきたルルーシュへは一切目を向けない。修羅場の時はいつもそうだ。Tシャツにスウェット、額に黒のヘアバンドというラフにも程がある恰好で原稿に集中している。
 ペン入れの最中は特に神経を使うようで、わきまえているルルーシュは散らばったトーンを番号ごとにまとめて片付け始めた。振動が伝わらぬよう折りたたみ式テーブルの足をそっと伸ばし、スザクの生真面目そうな横顔を盗み見る。
(これ以上視力が落ちなければいいが……)
 小さいころ裸眼だったスザクは黒縁眼鏡をかけている。高校時代から常時外さなくなったそれは地味なデザインで、童顔のスザクに似合っているとは今でも言い難い。その野暮ったい眼鏡の奥に光る団栗眼の下には薄く隈が出来ており、昨夜もろくに睡眠をとっていないことが伺えた。
(服といい眼鏡といい、こいつは)
 顔の半分が隠れているというのに全く頓着していなさそうなのも大雑把だからだろうか。物心ついた頃から漫画一筋、ジョギングする時とバイトの時以外ほとんど外出せず、ルルーシュが見たことのあるスザクの私服は常にジャージか灰色のスウェット上下だ。またはどことなく薄汚れた感のあるジーンズと、オタク然としたチェックのネルシャツ。良くて二、三千円台のTシャツとGショックの腕時計。それが精一杯のお洒落だった。
 真っ白な蛍光灯の下、消しゴムとスクリーントーンのカス塗れになって机にかじりつく姿はお世辞にも格好いいとは言えず。それでもルルーシュは、ずっと前からそんなスザクへと密かに想いを寄せているのだった。

◆友達だから恋愛じゃない。でも君を、お前を愛してる。/SAMPLE◆




「重い……。なんでこういう時に限って台車が一台も見つからないんだ?」
「仕方がないだろ? 何故か夏以降、全部行方不明なんだから」
「だから何故行方不明なんだ」
「さあ、部員の誰かが私物化してるんじゃないかな。ほら、部屋まであと数歩だよ、頑張って! 箱落とすなよルルーシュ」
「わかっている……。だが出したものはあるべき位置に片付ける、当然のことだろう! くそっ、漫研だかアニ研だか知らないが、俺達が卒業するまでには必ず廃部に追い込んでやる」
「くそだなんて……言葉遣いが悪いよ。それにしても台車なんて一体何に使うんだろうな?」
「知るか、それよりさっきから甘いんだよ匂いが。鼻が効かなくなりそうだ」
「いい匂いじゃないか、君だって甘いものは好きだろ?」
「限度があるとは思わないか?」
「もちろん、全部食べ切るんだよね?」
「――――」
 語尾に音符マークが付きそうな声に返されたのは重苦しい沈黙でしかなかった。シュッと軽やかな音を立てて扉が開く。
 自室に辿り着いたルルーシュは一抱えほどもある巨大な段ボール箱を机上に置いて深く項垂れた。続けて吐き出された長い長い溜息。見るからに積載量オーバーな箱の頂からハート柄の包装紙に包まれた箱がコトリと落ちる。
 先程の問いに答える気力もないのか、心身ともに襲い来る疲労にルルーシュはがっくりと肩を落とした。その表情はこれ以上なくげんなりしている。
「毎年恒例行事とはいえ。自重というものを知らないのか、うちの学校の生徒は」
「はは、去年もだったんだ?」
「今日に限った話じゃないだろ、イベントごとの度に悪乗りされるのは」
「まあね。クリスマスも結構壮絶だったし」
「俺の場合そこにもってきて誕生日もセットなんだ。十二月よりは……ッ!」
 昨年末の悪夢。プレゼント合戦で大混乱に陥った自身の誕生日に思いを馳せつつルルーシュはぶるっと身体を震わせた。ちなみにその顔付きはどこまでも険しい。
「年間イベントなど全て滅んでしまえ、ナナリーの誕生日を除いてだ! ただでさえ会長発案の理不尽なイベントに奔走させられてばかりだというのに……だいたい何故、毎年毎年自分の誕生日に校内フルマラソンなんかしなきゃならないんだ」
「よく逃げ切れたね」
「捕まった」
「普段から体育サボってるからだろ?」
 憮然とするルルーシュにスザクがしたり顔で頷く。クラブハウスに着く前から文句ばかり聞かされているのでそろそろ適当な返事になりつつあった。
 腕一杯に抱えた荷物をどこに下ろそうか思案したのち、スザクは抱えていた段ボール箱と両肩からぶら下げていた大きな紙袋、計三つもの荷物をドサリとベッドに落ち付ける。さすがに重くはあったのだろうが、嵩張る荷物を下ろせて人心地ついたというところか。まだへろへろしているルルーシュに向かって気の抜けた声で「大丈夫?」と尋ねた。
「大丈夫な訳あるか、全く……」
 学園内で惜しみなく振り撒いていた愛想笑いもどこへやら、ルルーシュは絶賛・仏頂面。一方、どう見ても不機嫌の極みにいるらしい友人を気遣うスザクの声音は暢気なものだ。
「贅沢な悩みだよ、一個も貰えなかった人だっているのに」
「これのどこが贅沢だ」
 気色ばむルルーシュに構わずスザクはルルーシュが机に置いた箱を軽々と持ち上げてベッドへ移動させる。圧巻としか表現しようのないチョコの山。しばらく無言で見下ろしていた二人は何となく顔を見合わせた。
 ルルーシュの眉間にはくっきりと二本の縦皺が刻まれている。物心付いた頃から年々増え続けていく贈り物。これらをどう始末するべきか毎年頭を悩ませ続けているからだ。
「とにかくだ。いいかスザク、渡してくる女達は一対一のつもりだろうが、俺達からすれば一対複数。その上チョコレートを使えるレシピには限りがある。解るだろ?」
 ピシリと鼻先に突き付けられた人差し指をスザクが寄り目になって見つめ、「僕はトンボじゃないよ」などとズレたことを口走る。
「せっかく貰ったのに再加工なんかしなくても」
「無茶を言うな、全部で何個あると思ってるんだ? お前はこの学園で迎えるバレンタインデーの真の恐ろしさをまだ知らないからそんな悠長なことを言っていられるんだよ」
 一息に言い放つルルーシュの指先からスザクは視線を上げた。
 団栗眼をきょとんと見開く。
「真の恐ろしさって?」
「これから解るさ」
 ルルーシュはくすんと肩を竦めた。
「とりあえず、数えるぞ」
 決意を込めてルルーシュは積み上げられたチョコの山をキッと睨んだ。真剣なルルーシュに気圧されてスザクの頬も引きつっている。
「数えるんだ?」
「いいから手伝え、お前の分も混ざってるだろうが」
 それも多分に。ルルーシュの予想によれば、この内のほぼ半数に相当するチョコレートを手渡されていたスザクである。
 ルルーシュは知らない。それで何故スザクだけが他の男子達から責められずにいられるのか。理由は単純だが深い思慮と善意によって支えられているのだ。校内のアイドル的存在であるルルーシュに群がる女子達、その女子達への恋に破れた勇者達数十人にスザクがもみくちゃにされ、ルルーシュの代わりに泣き言と恨みつらみを散々聞かされていたのだから。
「僕もう嫌だな、制服をリヴァルの涙と鼻水塗れにされるの」
「何か言ったか?」
「ううん、何でも。それより総カロリー凄そう」
「余裕で消費できるんじゃないのか、お前なら」
「どうかな……君だって代謝いいじゃない」
 ベッドに座り込むスザクの隣にルルーシュも並んで腰掛ける。
「ルルーシュ」
「うん?」
「どっちの方が数が多いか、賭けよっか」
 興味津々で持ちかけられてルルーシュは眉を顰めた。
「なんで」
「だってルルーシュは賭け事好きだろ?」
「そういう問題か?」
「ちなみに僕はルルーシュに賭けるよ」
「はぁ……?」
 畳み掛けるように言い切られてルルーシュはポカンと口を開いた。スザクは呆けたルルーシュを尻目にチョコレートが大量に詰まった袋を無造作に引き寄せては中身を取り出し始める。
 大小さまざまなチョコの箱、小袋などに入り混じってチョコ以外の何かと思しき包みまである。中敷入りの袋を二枚重ねにしていたとはいえ、これだけ入っていてよく底が抜けなかったものだ。袋に詰められた分だけでもたった二人宛に渡されたものとは到底思えない。
 他人事のように感心しながら再びどちらからともなく顔を見合わせた。続けてニヤリと笑ったスザクに「どうする?」と問いかけられ、ルルーシュも不敵な笑みを浮かべてスザクを流し見る。
「馬鹿、それじゃ賭けにならないだろ」
「あ、そこには自信あるんだ?」
「うるさいな。いいから黙って手を動かせよ」
「お喋りしながらでも手は動かせるよ? はい、ルルーシュ」
「ん?」
「これがルルーシュ宛。こっちの袋がルルーシュで、こっちの袋が僕」
 早々と空にされた袋の片方と一緒に高級そうな小箱をルルーシュに押し付けたスザクは、「自分のだって解る物から分けちゃっていいよね?」と堆く積み上がるチョコを選別し始める。
「それはいいが、カードとセットにしてある物はくれぐれもバラすなよ? 小さな紙袋にまとめてある物ものだ」
「あの、既にバラけちゃってるのもあるみたいだよ」
「後でチョコの数と照らし合わせればいい。先に名無しの分が幾つあるのか数えてくれ」
「わかった」
 袋にまとめた物以外は分けてあるので幸い一から面倒な作業をする必要はない。とはいっても、総数を確めるためにもどのみち一度は全部出さなければならないのだが。
 何故かわくわくしているスザクに引き換え、気乗りしないルルーシュは億劫そうに立ち上がって机の引き出しからメモ用紙を取り出して戻ってきた。ペンと一緒に目の前に置かれたスザクがL、Sと書き付けた文字の下に正の字を刻んでいく。
「おい、俺は先に名無しの分を数えろと言っただろ」
「それも数えるよ?」
「それもって……言っておくが、俺のとお前のを分けるのは後だぞ?」
「えっ?」
 ペンを止めてスザクは「何言ってるんだよ」と振り向いた。
「僕らの名前と送り主の名前を確認しながら分けていった方が早いじゃないか。メモだってそのために持ってきたんだろ?」
「分けるってどうやって」
「?」
 スザクは意味が解らず混乱している。
「だから、自分が貰った物がどれか全部覚えてる訳じゃないだろう?」
「うん、さすがに全部は」
「俺もだ。後のことを考えて把握しておきたかったが無理だった。箱の方はもう分けてあるにしても、この袋の中のはどっちのか確かめようがないんだよ。早く気付け」
「そんなのカードを見れば――――あ!」
 スザクはやっと思い至ったようだ。チョコに添えられたカードや手紙、それらを一枚ずつ確かめなければ完全に分けることは出来ないのだと。開いてみなければ解らないものを一緒に選別するとなれば、送り主の名前はおろか、どちら宛てとも解らぬメッセージの内容が互いの目に晒されてしまうことになる。
「要するに、送り主不明の物だけ別にしておいて総数を出したいんだ。お前の分も含めて数えていいから」
「僕のも?」
「その方が手っ取り早いだろう? いずれにせよ全部返すんだ。とりあえずお返しに必要なチョコの数と名無しの分、それらが幾つあるのかだけ把握出来ればいい」
 スザクは不満そうだった。
「確かにそうだけど、やっぱり解る範囲でいいから分けた方が良くないか?」
「それは無理だって言ったろ」
「だって、自分が返さなきゃならないのが幾つか解らないんじゃ不便だよ。一緒に買いに行くのはともかく全部まとめて買うつもり? 僕がお返しする分は自分で買うよ?」
「馬鹿かお前。作るんだよ、お前のも一緒に」
「―――そう……」
 一つずつ買って返すとなれば総額で幾ら掛かるやら。予算の関係上、手作りするしかない。
「えっと……ってことは、カードが付いてないのが何個あるのかだけ確かめろってこと?」
「手紙もな。ああそれと、プレゼント付きのチョコも出来るだけまとめておいてくれ」
 ルルーシュは言い置くなりそそくさと作業に戻ろうとする。落ちているカードや手紙を拾って一箇所に寄せ集め、積み上げられた箱や包みの間にも挟まっていないか確認し、小さな紙袋の中身も確かめながらチョコ単品と思しき物だけ除けていく。
 と、そこで。封筒の裏表をめくっていたスザクが「ルルーシュ」と呼びかけた。
「何だ」
 嫌な予感を覚えつつルルーシュが振り向くと、スザクが神妙な面持ちで手紙を掲げている。
「……どうしても中見ちゃ駄目かな」
 言うと思った。
 ルルーシュはそんな心の声を口にこそ出さなかったものの、予想を裏切らないスザクの申し出に苦々しい顔をした。最初からOKが出せていればこんな話にはなっていない。
「駄目だ。とりあえずそこにまとめておいてくれ」
「やっぱり勝手に読むわけにはいかないか」
「当たり前だろ」
「でも、そうしたらどうやって確かめるんだい? 名無しの分は後で送り主を調べるしかないにしても、カードの方はどうせ後からチェックするんだろ?」
 もっともらしく言うスザクからルルーシュがするっと目を背ける。双方、無言の攻防。のち、交錯し合う視線。互いの間で見えない火花が散っていた。
「俺が後であらためる」
「ずるいよルルーシュ」
「ずるい? それはおかしいだろ。お前なら読みたいと思うのか? 友達宛のラブレター」
「うーん、読まれるよりは」
 鼻筋に皺を立ててルルーシュが溜息を押し殺す。葛藤を感じ取ったスザクは上手いこと言いくるめようとするルルーシュに苦笑しながら手紙を傍らに置いた。
「大丈夫だって、秘密は守るから」
「そうじゃなく。こういったことにはプライバシーというものが――」
「君の言う通りにしてたら仕分けが進まないよ、効率も悪い。何の為に二人でやってるんだか」
「全部分けていられる状況じゃなかったんだから仕方がないだろう」
「うん、だから君だけに恥ずかしい思いはさせない。僕のも見ていいから」
「お前のプライバシーについて言ってるんじゃない! これはあくまでも送り主の――!」
「後から確かめる時に見るなら同じじゃないのか? それともルルーシュ、本気で自分一人だけで読むつもり?」
「俺は名前を確認するだけだ、人聞きの悪いことを言うんじゃない!」
「人聞きの悪いことを言ってるのはルルーシュだろ? 確かめなきゃどっち宛のか解らないじゃないか。最終的に分けることになるのに名前も確認させてもらえないなんて……ハッキリ言って二度手間だよ」
「……っ!」
 この上もなく正論だ。だが案の定というべきか、頑なになったルルーシュはなかなか首を縦に振ろうとしない。
「諦めろよルルーシュ。誰にも言わないから」
「そういう問題じゃない!」
 眦を吊り上げるルルーシュにスザクは「強情だなぁ」と嘆息した。秘密主義なのはいいが時と場合による。
「そんなに恥ずかしいかな。これにもアイラブユーって書いてあるのに」
「!? 馬鹿っ、読むな!」
 いつの間にか別のカードをとって眺めていたスザクからルルーシュは慌てて取り上げた。ひったくられて驚きはしたものの、スザクは空いた手元からルルーシュへと視線を移し変えるだけで悪びれもしない。――自由すぎる。
「お前は……!」
「まだ開いてないよ?」
 すかさず言い返されてルルーシュは口を開けたまま止まった。スザクが見ていたのはカードの表面に書かれたメッセージ――I Love you Lelouch.
 熱烈な想いの丈がカードの内側だけに綴られているとは限らない。興味本位で見た訳ではなくとも目に留まることはあるだろう。かといって、わざわざ読み上げるのは勿論ルール違反だが。
 お前はどうしてそうなんだ! と説教したくなる気持ちを抑えてルルーシュは歯噛みした。この場にはプライバシーなど存在しないというのか。いや、どこまでもリバティーなスザクも悪い。
 だが――。
「本当に、誰にも言わないんだな……?」
 スザクのコレはいつものことだ。叱り付けたところで暖簾に腕押し、糠に釘。どうせ聞くわけがない。
「言わないよ、からかったりもしない。約束する」
「誓えるか? 名前を確認するだけで決して熟読はしないと」
「誓います。君に恥をかかせたりはしない、絶対」
 ルルーシュとてスザク宛のを見る場合もある以上、背に腹はかえられない。やたらと真面目くさったスザクにルルーシュは怒りを削がれ、萎えた気分で深呼吸しながら言った。
「カードだけだぞ、手紙は開けるな」
「開くタイプのカードは?」
「開く、タイプ……?」
「リボンで閉じてあるやつだよ、手紙と似たようなもの。それも開けちゃ駄目?」
 たちまち拒否したい方向に傾いたルルーシュが「ん」と唇を結んだきり黙り込む。スザクは大きく肩を落とした。
「あのねルルーシュ。あえて言わなかったけど、自分宛のメッセージを読まれたくないのは僕も同じだ」
「開いていい……」
「了―解」
 スザクは嬉々として選別に戻った。嫌々折れたルルーシュも諦めて作業を再開する。
 ……しばらくして。
「くそっ、これは日記か?」
「どうかした?」
「自分のことしか書いてない奴がいるっていうのはどうなんだ。冗長な割に誰宛なのかもこいつ自身が誰なのかも解らない」
「いきなりトラブル発生か……。でも女の子ってそういうものだよ。アピールするためなんだから自分の話をしたがるのって普通だろ?」
「だったら名前を書くべきだろう」
「忘れたんじゃないかな」
「意味がわからない……」
「あっルルーシュ」
「ん――?」
「これ、ルルーシュ宛だ」
「寄越せ」
「これも」
「…………」
「…………」
「スザク」
「ん?」
「お前のだ」
「ありがと」
「…………」
「……何?」
「別に」
「気になるなぁ、何だよじっと見て」
「だから別に?」
「正直に言ってよ。何を見たんだルルーシュ?」
「しつこいぞ、たまたま目に入っただけだ。そんなに気になるなら自分で確かめればいいだろう」
「たまたまって―――、あっ……うわ!」
「ぶつぶつ言いすぎだろ、黙ってやれよ」
「だってルルーシュこれ!」
「いいから!」
「見たよね……?」
「見てない。目に入っただけだって!」
「これ水着じゃないよ、下着だ」
「だから?」
「……なんでそんなに涼しげなのルルーシュ」
「喜ぶかそんな写真で。リヴァルじゃあるまいし。お前こそ本音では嬉しいと思ってるんじゃないのか?」
「そういう趣味はないよ、大胆すぎて引く」
「思いっきり見てるくせに何言ってる。女の方も本望だろ」
「勝手に決め付けるなよ。君こそやっぱり見たんじゃないか」
「見てない」
「ルルーシュって……」
「~~~っ、いい加減にしろスザク! 俺に覗き見の趣味はない、だから気にもしない! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕分けを済ませるぞ!」
「そうだよな……。僕らは無心になるべきだ」

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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