私の中のルルーシュくんが喋り始めたので喋らせてみた。【兼ゼロレク記念日における個人的ケジメ】




なあ、聞いてるか? C.C.。
返事くらいしたらどうなんだ。相変わらず横着な女だ。

まあ、最近は三歩下がって付いてくる。お前みたいな慎みのない魔女にしては悪くない気分だ。
勘違いするなよ。あくまでも、ほんの少しだけそう思ってるだけだ。

とりあえず、お前に言っておきたいことがある。
いちいち言葉になんかするな?
馬鹿を言え。
まさかお前、俺がそこまで親切な男だとでも思ってたのか? 全部独り言に決まっている。

大体、口にしなくたって知っているんだよ、お前は。


***********


お前はあの時、俺に「不死」という呪いを押し付けることだって本当は出来た。なのに俺を哀れんだのか。
優しすぎるのはどっちの方だ。
俺じゃない、お前だろう。
だからこそ、どうしても「永遠の命という地獄」を俺に押し付けることが出来なかった女。

本当は、ただ「生きたかった」だけ。
俺だって、それは同じ。
親に捨てられ裏切られ、支配と服従、隷属を強いられ傀儡とされ、何もかも奪われ、憎悪に塗れ復讐を決意し、実行に移し。
もっと言えば、「生きた」ことなんか一度もなかった。
生まれた時から死んでいた。
名前も嘘、経歴も嘘。嘘ばっかりだ。
まったく変わらない世界に飽き飽きして。でも、嘘って絶望で諦める事などできなくて。
何もしない人生なんて、ただ生きてるだけの命なんて、緩やかな死と同じだ。
心臓さえ動いていれば生きている。そんな詭弁では誤魔化せない。
自らの手でしか成し得ないこと、それを成し遂げてこその人生。
だから、俺は生きているんじゃない、死んでいる。
ずっと、そう言い聞かせ続けるしかなかった。

嘘でしか偽れない苦しみ、罪悪感。
変わらない現実、変えられない無力、嘘で鎧い、本当は欺いている日常。誰も気付けない。
ぽっかりと口を開けた空虚、いずれ飲み込まれてしまう。
他者と圧倒的に違う自分。世界と己とを隔てる断崖絶壁。でも、見えているのは自分だけ。
何故なら俺は、棄てられた皇子。

守りたい唯一の存在、たった一人の愛おしい妹。
既に見えている未来、そこに希望はない。それも、見えているのは自分だけ。
日々募る焦燥、高まっていく危機感。限られた時間、許されぬ妥協。降り積もっていく憎悪。もどかしさと歯がゆさ、悔しさ。
これも、抱いているのは自分一人。

強大な敵、実の父。国家。俺たち兄妹のみならず、母の死ですら平然と切り捨てた男。
世界の三分の一を占める超大国――到底、たった一人きりでは太刀打ちどころか、爪痕を残すことすら敵わぬほどの。
死と引き換えにしてでも成し遂げたい目的。
それは平穏。とっくの昔に奪われ、完膚なきまでに破壊され尽くしてしまった、あの夏の日。
終わりを迎えた過去。取り戻すことなど出来やしない。
でも、あの束の間の幸せにも似た、ほんのささやかな幸福。
安心して暮らせる世界、自由に生きることの許される居場所――彼女が望む、優しい世界。

蔓延る差別への憤り、表向きだけ区別と嘯く自分、貴族や皇族達への嫌悪、だからこその比較。
罪悪感など遥かに凌ぐ憎悪と憤怒とを礎に。だが、他者に向けた軽蔑と侮蔑の裏に隠されていたものは、無自覚な高慢と傲慢。
掲げたのは妹と友という名の免罪符。それを糧に、己に課した殺人。
盾として誂えた虚偽の正義。創り上げた記号――ゼロという名の救世主(メシア)
どこまでも理不尽な世界。弱者を虐げる暴力。いつまでも続く戦争、負の連鎖。
あの国がある限り、あの男が生きている限り、終わらない。

無視され続けた悲鳴、響き渡る絶叫。振りかざした正義。
しかしそれは、民間人も巻き込む形で行われた暴虐、無差別な殺戮でもあった。
残された結果。そのあまりの大きさに声もなく立ち尽くす。
踏み越えているつもりだった。悪魔と契約した身であるからこそ、人としての心など封殺し、冷酷非情に徹すると。
知らぬ間に寄せられていた恋慕。忘却の強要。
心に無遠慮に押し入られ、秘めていた過去を暴き立てられ、現在持つに至った信念と矜持までもを蹂躙され、踏みにじられた友。
だが後戻りは出来ない、進むと決めた以上。
いつまでも凍り切れない心の絶叫、耐え難い魂の嘆き、全てに蓋をして。
哀悼を示してみても、立ち止まることなど決して出来ない。
たとえ、心がいつまでも凍り切れないのが、激しく燃え盛る復讐の炎のせいだと解っていても。
解っているからこそ。
抑え難い過去への哀惜、愛着、執着、しかして訪れた友との決別、犯した途方もない間違い、求められる者として背負うべき悲劇の代償、否応なく強いられる覚悟、意図せず招いてしまった決定的な溝、そして迫られる断罪。
待っていたのは徹底的な利用と搾取、背負ってしまった悲劇の責任。だが尚も剥奪される縁(えにし)、代わりに押し付けられた偽り、募る憎悪、取り戻そうと伸ばした手は届かず、海に散って消えた。
徹底的な排斥と存在否定。襲い来る自己嫌悪の嵐。
自嘲、自己卑下、自虐、自己憐憫、諦観、それらに身を委ね、浸り切り、停滞に甘んじ、怠惰に走る道へ進もうともした。

拒絶。叱咤。激励。
弱さを断ち切れたのは、俺自身の力じゃない。
再び立ち上がることが出来たのは、既に尊いものなら得ていたと気付かせてくれた人々がいたから。

それなのに、また延々と失い続ける残酷な現実。

果ては、唯一無二の、縁(よすが)の喪失。
それですら、力を欲し、手に入れ、実際に犠牲も厭わず行使してきた自分自身の因縁と、業が招いた結末。
課される超越の義務。謝罪さえ許されず、今更償い切ることすら叶わぬほどの悪を重ねてきた罪、そんな罪を犯し続けることしか出来ない自己の否定、存在全否定。
怒りの底に沈むもの。それは深い悲しみ。じっと見つめ続ける壮絶な孤独、絶望。
その裏にあったものは、諦めきれない生への渇望。
俺は確かに「生きた」。そう言い切って逝きたい。
とっくに思い知っていた筈の己の貪欲。
数多の命を屠ってなお、そんな権利や資格など疾うに失っていても、未だに求め続ける姿。

改めて突き付けられたもの。究極の醜悪。



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※以下、まだ小説版くらいしか資料になる書籍やムックがほとんど出ていなかった頃、サイト連載していましたが、キャラ解釈が変わったこと、また、後出しの本編による補完が行われたことにより未完になった小説「オセロ 28話」(2010年8/18)からの抜粋です。シュナさんがさすがにソレはないwとなるほどあまりのチート極めてる事情については、正確な時系列および詳細諸々、まだ把握してなかった時期から鑑みた上でお察し下さい。でも今読み直してみたら、それなりにニアリー。一応、大略は。



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「俺は、皇帝になる」
 既に話していたことながら、ルルーシュは敢えてもう一度宣言した。
 スザクはルルーシュをひたと見据えたまま、感情の揺らぎがない顔でそれを聞いている。
「だからスザク。今、改めてお前に問う。……お前は、俺の剣となる覚悟はあるか?」
 悪としての片棒を担ぎ、ルルーシュの騎士となる覚悟が出来ているかどうか。
 スザクは絶対に否とは言わない。それでも、この質問をすることは、二人にとって必要な通過儀礼だった。
「君を護れというのなら、それは無理だ。俺の剣は殺す剣。もう、誰かを守る剣にはなれない。それでもいいのか?」
 固い表情のまま、スザクは即答した。
 軍人として、騎士として、殺戮を拒みながらも大勢の人間を手にかけ、自分という剣を血で汚してきたスザク。
 守りたい、助けたい、救いたいと願いながらも、人を殺すことが己の業なのだと悟った者の、壮絶な辛苦に満ちた心の内側が透けて見える台詞だった。
「それでいい。だからこそ必要だ、お前が。――それに」
「…………」
「八年前に約束してくれただろう。『俺がお前を皇帝にしてやる』と」
「!」
 ルルーシュの言いたいことを察したのだろう。スザクは一瞬息を飲んでから、すぐに唇を引き結んだ。
 本当は、お互いに解っている。言葉にこそしないものの、つい先程、カフェにいた時にも確認し合ったことだからだ。
 ここに居るのは、今スザクと向き合っているのは、ルルーシュ・ランペルージでもゼロでもない。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという、祖国に捨てられた元皇子。
 そして、ルルーシュを見つめるスザクもまた、只の枢木スザクでしかなかった。
「俺はまだ、君を赦していない。俺の思いを踏みにじって、ゼロの仮面を被り続けてきた君を」
 スザクは静かな声で断罪する。
 三人でいる時には口に出さなかった、スザクの本音だ。
(積もる話もあるだろうからな、か……)
 C.C.も言っていた通り、このスザクという男は、決して一筋縄でいく人間ではない。
「ああ。解っている。だから、俺たち二人で創るんだ。ユフィとナナリーが望んだ、優しい世界を。それこそがお前の望み続けてきた償いの道であり、今の俺に出来る懺悔……。お前と、明日を奪った人々、そして、世界に対する唯一の――」
 その為にも、まずは世界征服から。
 ルルーシュが同意を求めるようにスザクを見れば、察したスザクもルルーシュの意思を汲んで目を合わせてくる。
 共犯者としての、これは確約だった。
 スザクの纏う空気が押し殺した怒気ではなく静寂であるのも、過去を取り戻すことなど出来ないと悟ったが故の諦観なのだろう。だからといって、足掻くことをやめた訳ではない。土を噛んででも、成し遂げたい目的がある。
 今の二人に余計な言葉は不要だった。同じ位置に立った者同士だからこそ、思いを共有出来ると知っているから。
「ルルーシュ。君のシナリオを聞かせてくれ」
「それは、同意したと受け取っていいんだな?」
「ああ。俺に拒否する理由はない」
 スザクの答えを聞いたルルーシュの瞳に、峻烈な炎が点る。
 ……これで、駒は全て出揃った。
 背凭れに背中を預けたルルーシュは、練り上げた計画についての詳細を語り始めた。
「まずは、帝位の簒奪。これは、超合衆国を抑え、実質的な世界統治に至る前に打つべき最初の一手だ。ブリタニアという国そのものを、俺たち二人で制圧する。シュナイゼルはブリタニアには戻らない。クーデターの件を一時保留にし、超合衆国との交渉を継続する傍ら、俺たちを捜索していると見せかけつつカンボジアに逃げる」
「ダモクレスか」
「そうだ。つまり、いつでもペンドラゴンを占拠出来る」
「ギアスさえあれば……」
「ああ。まずはそこからだ」
 ルルーシュは一息ついてから、宙を睨んだ。
「シュナイゼルは、俺がこの先ブリタニアの帝位を狙うだろうと気付いている。俺たちの潜伏先についてもだ。だが……」
「解った上で、泳がせている?」
 打てば響く早さで切り返してくるスザクに向かってルルーシュは頷いてみせた。
 追っ手がかからない理由についてはスザクも察していたのだろう。
「皇帝と反目し合っていたシュナイゼルは、皇帝を破れるとしたら俺しかいないと考えていた。そして、俺が勝つだろうとも。お前を皇帝暗殺に差し向けたのも、奴なんだろ?」
 既に確定している予想ではあるが、更に立証させるべく言質を取ろうと水を向ければ、スザクは俯き加減になりながらも頷いた。
「そうだ。フレイヤの……ナイトオブワンになるための功績を、ギルフォード卿に渡すと。だから、皇帝暗殺は俺から進言した」
 やはりな、と言いながら、ルルーシュが目を細める。
 スザクを煽って皇帝暗殺を進言させたのも、シュナイゼル本人。その場にいたスザクは葱を背負った鴨にさえ見えていたことだろう。
(俺とスザクが接触することでさえ、奴にとっては織り込み済み。俺たちを逃したことも、全て)
 シュナイゼルは、黒の騎士団を追われたルルーシュが神根島に向かうだろうと知った上でスザクを向かわせている。
 手段は違えど、二人が目指す世界は同じ。その二人が、皇帝の死を前に結託することでさえ読んだ上での暗殺命令――。
 言ってみれば、一緒に逃げるであろうスザクは、ルルーシュに対するプレゼントのようなものだ。クーデターを起こした時点で皇帝になる気など更々無く、上手くいけば最善の手を打つことも可能だと考えたのだろう。
 シュナイゼルはスザクの性格や行動の動機、情などについても読んでいる。
 その後も有効活用するつもりではいるが、とりあえず皇帝さえ殺せれば、ルルーシュを駒とした最大の目的は達せられたこととなり、仮に、ルルーシュと接触したスザクがルルーシュを殺すとするなら、それはそれで構わない。
 煮るなり焼くなり好きにすればいいということだ。
(奴にとっては、俺の生死など所詮はゲーム。スザクが俺を殺す確率は限りなく低いと判断し、且つ、俺たちが結託すれば尚良しとし、どちらに転ぶかは高みの見物……)
 とことん人を見下し切った発想だと歯噛みしながら、ルルーシュは忌々しげに吐き捨てた。
「俺たちが生き延びた以上、あいつは俺たちを使う気だ。やりにくいこと承知の上で自分が皇帝になるよりも、悪者に一人出てきてもらって、それを討つ立場になるのが最も望ましい。でないと、ダモクレスによる支配でさえやりづらくなるからな」
「……それは、対抗勢力が出てきてしまうということか?」
 自分もルルーシュと同じく利用されたのだと知ったスザクとて同じ思いなのだろう。スザクは表情を僅かに険しくさせながら尋ねてくる。
「それもある。ついでに、出来ればそれも俺に潰してもらいたいという腹だろう。だが、あいつの本当の目的は、俺と一対一の構図に持ち込むことだ。自分を、世界にとっての正義とするために」
 シュナイゼルは、持ち駒と判じた者を骨の髄まで利用し尽くす。その為だけに、出来るだけ生かして使う方向で物事を考える。
 というより、執着が無いので失ったら失ったで構わないけれども、生きていればその時はその時という手を用意した上で、生かすか殺すか考える。
 ――そして。
(奴は、決して『死に物狂いの手』を打たない人物でもある)
 逃げたルルーシュに帝位を簒奪させ、父殺しの罪を背負わせ、更に、世界の敵として始末する立場になる。
 交渉中と見せかけている間にルルーシュたちが出てくれば、それで全部思惑通りという訳だ。
「本来、交渉には最低数ヶ月くらいは必要になる筈だが、あいつが欲しているのは、一応やるべきことはやったという形式だけだ。正式な手段を経たという体面さえ整えばそれでいいと考えるなら、そこまで時間はかけないだろう。精々、二、三ヶ月くらいが目処といったところか」
「それで出てこなければ……」
「ああ。自分が次の皇帝になればいいというだけの話だ」
 スザクに応えながら、ルルーシュは思った。
 皇帝・騎士という関係が形だけのことならば、シュナイゼルの演じる権威もまた、仮面でしかないのだと。
(ずっと対等でありたいと思い続けてきた。俺も、スザクも)
 ……しかし、それと同時に、心密かに願い続けてきたことがある。
「なあ、スザク」
 砕けた口調で呼びかけてみれば、向けられたのは一対の深緑。
 翡翠のようなその奥にどうしようもないほどの悲しみを湛えながらも、スザクの瞳は相変わらず生真面目そうだった。年月を経て厳しさを増してはいても、意思の強さだけは変わらない。
 肘掛を支えに頬杖をついたルルーシュは、微苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。
「皮肉なものだと思わないか?」
「?」
 意図を量りかねたスザクは怪訝そうにしていたが、すぐに気付いた。
「君が皇帝になるということが?」
「ああ。ブリタニアをずっと否定し続けてきたこの俺が……それに、巡りめぐって俺とお前が皇帝と騎士かと思うと、運命の悪戯にしては少々演出過剰だと思ってな」
 スザクは真顔のまま、
「気が早いよ、ルルーシュ。まだ本当になれた訳じゃない。これからだろ?」
 感慨に浸っている場合か、とでも言いたげなスザクの真面目さが、ルルーシュには妙におかしく思えた。
「いいや、なれる。それにこれは、なれるかなれないかという問題でもないだろう?」
 不可能を可能にする。いや、今までもずっと可能にしてきた。それが、この二人なのだから。
 所詮、形だけのことではあるが、と前置きしてから、ルルーシュが小さく息をつく。
「舵取りは俺がやる。お前は俺の騎士となり、剣となって、一度徹底的に世界を破壊しろ。それが出来るのはお前だけだ」
 ルルーシュはこの時、スザクに対して抱き続けてきた思いについて反芻していた。
 寧ろ、不満と言い換えてもいいかもしれない。再会してからというより、学園内で監視を受けていた頃は特に――。
 そうやって、お前は俺から全てを奪っていくのか。まるで、一本、また一本と、手足をもいでいくように。
 意思など持たぬ人形のように、家畜のように、お前の作り上げた鳥篭の中に居ろというのか。
 守りたい者を守る自由すら認めずに。
 そう思ったことも、あったけれど。
 まだ眉を寄せているスザクの顔を眺めながら、ルルーシュはふと表情を真剣なものへと改めた。
「スザク。お前は英雄になれ」
「―――!」
 ルルーシュが言い渡した瞬間、目を見開いたスザクの顔色がはっきりと変わった。
「……英雄?」
 意味を解しかねたスザクが尋ね返してくるのを横目で捉えながら、ルルーシュが「そうだ」と簡素に答える。
 自分一人が悪となって、平和をもたらす。そう考えていたスザクが望む、『贖罪』とは遥かにかけ離れた言葉。
『英雄』の示す、真の意味とは――。
「俺とお前がこれから演じる皇帝と騎士という役ですら、権威という名の一つの仮面であり、只の通過点に過ぎない。……問題はその後だ」
 硬直したスザクは身を竦ませ、身じろぎもせず台詞の続きを待っている。
 ルルーシュはスザクから目を逸らして先を続けた。
「シュナイゼルも同じように仮面を被り、権威を演じている。だが、奴には自分というものが無い。個としての顔――つまり、自分を持たない者は、仮面を被ることが出来ない。自分を持たざる者、持つことをやめたがる者。それは既に、人ではない」
 ギアスをかけられてしまった者や、ギアスを使う者自身も同様だ。卑劣な力を振るう者は悪魔となり、意思を捻じ曲げられた者たちも例外なく奴隷化し、人間ではなくなってしまう。
「人は死ぬまで『無』にはなれない。その一歩手前にいるのがシュナイゼル……。奴の本質は『空虚』であり、実体の無い『虚無』であるに過ぎない。力を持っただけの、只の幻想。でも、今のお前は『スザク』だろ?」
 本来の自分である『俺』に戻ったスザクにルルーシュが尋ねると、スザクもこくりと頷く。
「今の君は『ルルーシュ』だな」
「ああ」
 共に仮面を脱ぎ捨て、素顔になって向き合う二人がそこに居た。
「だから、世界を統一したのち、お前は『枢木スザク』ではない『ゼロ』となり、この俺を討て」
「――――」
 スザクは一時言葉を失ったものの、『ゼロ・レクイエム』の詳細について端的に言い切ったルルーシュをしんとした眼差しで見つめている。
 やがて瞼を伏せ、重苦しい声で呟いた。
「ゼロ……。『無』という意味か」
「そうだ。元々、ゼロという名前の意味は『無』。存在そのものが只の記号。お前も知っての通り、ゼロの真贋は中身ではなく、行動によってのみ測られる。だからこそ、中にいるのは個人であってはならず、世界にとっての革命の象徴でなければならない」
 少なくとも、新しいゼロは。
「ルルーシュ、俺は――」
 縋るように向けられたスザクの眼差しを振り切り、駄目押しのようにルルーシュは続けた。
「俺を討つと同時に、枢木スザクも死ぬ。この世から消えてなくなる。新たなゼロになるというのは、そういう意味だ」
「…………」
 傲然と告げられたスザクが沈黙する。
 ルルーシュの表情には迷いが無い。スザクが何を訴えたいのかは解っていたが、これはスザクにとっても罰なのだ。
 解放よりも、重い罰を。
 心の奥底で贖罪のための死を求めていたスザクだからこそ、この計画に賛同させ、納得してもらわねばならない。
「世界が『対話』という一つのテーブルに着く為にも、俺を殺す役が必要だ。俺の命を、最大限有効活用する。それしか方法はない」
 死は償いではない。本当の意味での罰にはならないと知っている。
(俺に明日を迎える理由は、もう無い。この俺の命ひとつ程度で全てを贖えるとも思わない。しかし、全てを失い、自身の価値を獲得する術ですら失ったこの命だからこそ、世界の礎になることが俺の罰。唯一の、償いとなる)
 ルルーシュは心の中で呟いた。今だけは悟られぬように、ひっそりと。
(解るか? スザク。ゼロとなって俺を討てば、お前はまた、俺を殺した罪を背負ったつもりになるかもしれない。でも、これは決してそういう意味ではないんだよ)
 ――新たなるゼロは『人殺し』であってはならない。
(ゼロ……あれは、仮面によってしか被れない仮面だ。生きて償う『僕』としてのお前にしか……)
『俺』としてのスザクが死に、『僕』という仮面だけを『ゼロ』として残す。
 その意味に、スザクは多分、すぐに気付くだろう。
 ルルーシュは沈黙し続けるスザクを平然と見返しながら、落ち着き払った声音で話した。
「俺のギアスによって意思を捻じ曲げられたお前だからこそ、担える役割だ。ゼロとなったお前は、世界を救った英雄として、その後も世界平和に貢献するべく仮面を被り続ける。それが、お前の償いだ」
 ルルーシュ自身が「生きろ」と願った、唯一の存在であるからこそ。
 そんな心の声が伝わったのだろうか。ルルーシュから目を逸らして沈鬱そうに黙り込んでいたスザクが、その時おもむろに口を開いた。
「『一度抜いた刃は、血を見るまで鞘には納まらない』――これは八年前、父を殺した俺に、桐原さんが言った言葉だ」
 スザクはぽつり、ぽつりと、一言づつ区切りながら語り出した。
 父殺しの件について話す度に震えていたスザクは、もう、そこには居ない。
 しかし、抑揚に欠け、感情そのものでさえ欠落している虚ろな声は、八年ぶりの再会を果たした頃からルルーシュが聞き続けてきたものと全く同じだった。
 今のスザクは、C.C.と会話していた時のルルーシュ同様、憔悴し、酷く乾き切っている。
 決定的に異なる部分を一箇所だけ挙げるとすれば、スザクが感じているのはルルーシュが抱く悲壮の果ての受容などではなく、今も冷めやらぬまま抑圧され続けている激しい怒りである点だ。
 理性と感情が鬩ぎ合い、プラスマイナスゼロの平行線を描く時、スザクの表情はいつも凪になる。
 今も、怒りは全て自身の内側へと向けられているのだろう。強烈な自身への憎悪ですら押さえ込むほどの精神力とは如何ほどのものなのかとルルーシュは思った。
「俺自身が、どこで自分の刃を納めるか。何を選ぶか。今流した血に、そして、これからも流し続ける血に対して、いかにして責を贖うか。……それが出来ないというのなら、この場で己の命を断て、と」
 凍て付いた無表情になったスザクを、ルルーシュは無言で見つめていた。
 当時、弱冠十歳の子供でしかなかったスザクに叩き付けるには、あまりにも苛烈で残酷な言葉だ。
 自らの死を償いと考えるようになった、スザクの原点。まだ形成途中にあった人格の根幹でさえも揺るがすほどの、凄まじい衝撃。
『八年前に、引き離されたりしなければ良かったんだ』
 そう言っていたC.C.の言葉が、ルルーシュの脳裏を過ぎっていった。
(お前のその苦しみも、これで終わらせることが出来る。お前自身が望み続けていた償いの道。真の救済でもある『ゼロ・レクイエム』によって)
 果てぬ悲劇と後悔の連鎖。それら全てを断ち切り、赦し合う為に。
 血に汚れた剣でさえ、正義を行う者が使えば生かされたのだろう。
(その存在ですら、スザクから奪ったのは俺だ)
 スザクが抜いた刃の、行き着く先。
 自身さえもが『刃』となった、『俺』としてのスザクが殺す、最後の――。
「抜き身の剣には鞘が必要だ。スザク」
「――!」
 その言葉を聞くと同時に、スザクはぱっと見では解らない程度にピクリと肩を震わせ、そのまま低く項垂れた。
(撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ)
 だから――。
「悪の皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、お前の行き着くべき鞘になる。この俺が、『枢木スザク』としてのお前が流す最後の血となるんだ」
「…………」
「この意味は、解るな?」
 スザクは顔を伏せたまま動かない。
 くせのある柔らかそうな前髪の下から、強張った口元が覗いている。表情こそ窺い知れないものの、僅かに見え隠れするスザクの顔色は紙のように白かった。
 スザクはゼロにならねばならない。ルルーシュが悪を為し、討たれねばならぬのと同じように。
 ゼロは、平和の象徴。英雄。
 ……ならば、スザクが新たなるゼロとなる前に、為すべきことは――。
 二人の思考が重なった。
 俯いていたスザクが顔を上げ、決然とした口調で呟く。
「君を殺すと同時に『俺』も死ぬ。君と共に、世界の礎に」
「そうだ」
「そして『無』となり、『ゼロ』になる」
「ああ……。人々が明日を迎えるために」
 そして何より、進み続ける時の針を、止めないために。
 通奏低音のように、今、二人の間でレクイエムが鳴り響き始める。
 ルルーシュという名の鞘に、自身が刃となったスザク――『俺』を納める。
 終わらせる。
 それこそが、『俺』としての『枢木スザク』を殺すということ……。
 ルルーシュが決意を促すようにスザクを見遣れば、真摯な視線が返された。
 スザクが被り続けてきた『僕』という仮面の、本当の名前。――それは『贖罪』であり、『優しさ』だ。
 正に、世界を救済する、新たなゼロとしては相応しい。
「出来るか、スザク」
 語り終えたルルーシュが尋ねると、スザクは少しだけルルーシュを見つめてから、頷いた。


************



前へ進み続けなければならぬ。反逆し続ける。
背負った数多の命、覚悟のために、時の針を止めないために、何より守りたい、全ての人々の願いのために。
帰る場所がある者は帰るべきだ。だから、誰にも言い訳はしない。説明も弁解もするつもりはない。
全ては贖罪と、絶望の底から出ずる真の希望、明日のため、救済のため。

悪を成して、巨悪を討つ。
そのために成し遂げた、世界征服。

皮肉なものだ、笑ってしまう。
……どう思う?


実はな。
それでさえ、本当は嘘なんだよ。


何より、世界のノイズ、邪魔者でしかない、自分自身の存在価値を証明するため。


誰にも言えず、誰も知らない。
この世でただ、一人きり。


こんなにも我儘なんだ。

だから、解るだろう?



初めてCの世界に触れた時、俺は皇帝に『ゼロという仮面で何を得た』と訊かれた。
その時に、目を逸らし続けていた自身の本音も知ってしまった。
思わず『違う』と叫んだ。けれど知っていた。……本当は、ずっとずっと前から。
本当の自分を解って欲しい。理解されたい。それなのに、さらけ出せずに仮面を被る。

――本当の自分を知られるのが怖いから。


人には、この世に生まれた理由や意味がある筈。そう訴えた俺に、お前は言った。
「知っているくせに。そんなものは只の幻想だと」


そう。無いのだ。最初から。
誰かに存在を否定される前から、誰しもが生きる理由や意味などを持って生まれてくる訳ではない。
人生とは、最初から只の白紙。だから、人一人生まれてくるのに、理由や意味など最初から無いのだと。
何故なら、生きる理由を獲得するため、生きる意味を見つけるために、人には『明日』があるのだから。


「死なない積み重ねを人生とはいわない。それは、只の経験だ」
「さようなら、ルルーシュ。お前は優しすぎる」

そう告げ、シャルルを選ぼうとした。

その結論に至るまでの間に、お前がどれだけ俺を庇い、盾になり、身代わりとなって戦い、身を粉にして犠牲となり。
たとえそこにどんな理由があったとて、冷酷な共犯者として傍に居続けた女の心。
俺の反逆でさえ最初から全て茶番と知りながら、俺を利用したことだって事実であったとしても……。
誰よりも苦しんでいたのは、お前だ。
俺の近くに居続け、沈黙を貫かなければならなかった。
その苦しみだってどれほどのものか、想像がつく。


何より、俺に生きる意味と理由、本当の願いに気付くまで抗い続ける力。
それを俺に与えてくれたのはお前なのに、俺は、そんなお前のたった一つの望みでさえ叶えてやることが出来なかった。


「感謝されたのは、初めてだよ」


心を隠して泣く気持ち、全て知っている。
俺が経験してきたありとあらゆる苦しみ、既に人間でさえなくなった者。
それでも「生きたい」気持ちが無くならない。死に切ることが出来ない。


だってお前は、「人として生き、人として死ぬ」ことさえ出来ないのだから。


自分なんか人ではない、魔女なのだ。そう自身を偽り、仮面を被り、名前さえ捨て。
心なんてなくなったのだ、だって、人であることなど自分はとっくにやめたのだから。
幾らそう言い聞かせ続けても、生き続けなければならず経験を積み重ね続けることしか出来ず。
それでも、「死」を迎える限り終わらない、決してなくならない。
心の嘆きが消えない、消せない、殺しきれない絶望。
俺でさえ、たった一度の人生で思い知ったそれら全てを知り尽くした女に、俺はなんて残酷な選択を強いたのか。


「一人じゃないだろう。お前が魔女なら、俺が魔王になればいい」

「答えろC.C.! なぜ俺と代替わりして、死のうとしなかった!」
「俺に永遠の命という地獄を押し付けることだってできたはずだ!」
「俺を哀れんだのか、C.C.!」
「そんな顔で死ぬな! 最期ぐらい笑って死ね! 必ず俺が笑わせてやる!」


確かに、そう約束した。
不死という呪いを断ち切ろうとしたお前に、押し付けたのも俺だ。
嘘を吐いた。嘘にしてしまった。
そしてとうとう、一人きりでこの世に残し、見殺しにするしかなかった女……。



ナナリーは巣立った。立派に生きていける。
無二の朋友――スザクとは、別れを済ませた。託した。
「有難う、ごめんなさい、さようなら」
後は、任せた。

どれも既に、決着のついた過去。



だから、お前を置き去りにしたこと。
ただそれだけが、唯一の心残りだった。


不死とさえ言いきれなくなった俺とお前。
世界の傍観者でしかいられなくなった、泡沫の存在。
……ならば、その余生をお前のために使う。そうしてやって、何が悪い?

お前に謝らなければならないのも、感謝したいのも、俺の方だ。


「ナリタを思い出すな、C.C.」
「ただいま」


全て、壮絶な地獄と絶望の中に置き去りにした俺を、諦めなかったお前のお陰だ。



本当は、我儘だなんて思っていないよ。
それでもお前は言うんだな。「これは私の我儘だ」と。
朋友となってからでさえ裏切ってしまったスザクの怒りを受け止めるべきなのも、一緒に暮らしたいと希い、追いすがるナナリーとの別離を受け入れるべきなのも、何ひとつ、お前のせいじゃない。

全部、誰あろう俺自身の我儘でしかないじゃないか。

受け入れる責任。償うべき罪と負うべき罰。
断じて、お前のせいじゃない。
本当に我儘なのは、この俺だ。


最後まで、俺を諦めないでいてくれて、有難う。


――だから。


一緒に行こう。一緒にいよう。
お前が笑顔で最期を迎えられる、その日まで。

大人の階段2

 前髪をかき上げられ、頬や後頭部、首筋やうなじ、背中へと回されていく力強い腕と掌。決して離したくないとばかりにあちこち撫で回されているうちに本能的に解る。たとえ経験がなくたって、全力で求められている、愛されていると。
 こんなスザクは知らないし、もともとのスザクはこうだったと知っているような気もする。そんな自分をスザクは普段隠すけれど、俺は知っている。だからこそ受け入れたい。そう思うのは愛情なんだろうか。
 ……いや、愛なんてまだ解らない。それでも、たぶん恋している。きっと俺は……スザクに。

 荒い息を整え、俺の髪の乱れを解きながらスザクが言う。
「所詮ただの言い訳だけど、好きな子に下手糞だと思われたくないしね」
 苦く笑うな、だから他の女で試すのかお前は? そんな憤りのままスザクの頬を思いきりつねってやった。
「い、いひゃいっ! るるーひゅ~!」
 間抜けな声で叫び、慌てて俺の手をどかそうとする所も憎らしくて、つい「馬鹿が」と吐き捨てる。よりにもよって今言う奴があるか。スザクは相変わらず空気が読めない。というのは『読む気がなく自分の好き勝手に振る舞う』という意味だ。つまり空気を読む気がないから読めないし、読んでいてもスルーするからやっぱり読めていない。いつだってそうだ。
「許してもらおうとしてるだろ、どさくさ紛れに」
「そんなことは……」
 スザクがヘラッと困った顔で笑う。憎めない笑顔が本当にズルい。結局どかされてしまった手を握られたままやり場に困っていると、スザクはさして悪びれもせず「ごめんごめん」とちゃっかり俺の手を引いて部屋に招き入れようとしているようだ。
「まあいいや、上がって?」
「…………」
 何か変な沈黙が流れる。俺が黙っているからだが。軽くスザクを睨んだものの、靴を脱ぐさまを見守られている視線が何とも言えず面映ゆい。
 スザクの期待がひしひしと伝わってくる中、これでやっと大人になれると思った。何故か今後への焦りや怯えは一切感じず、相手はこのスザクなのだからという謎の安心感を抱いているのが自分でも不思議だ。
 初めて入ったスザクの部屋は小綺麗というより単純に物が少なかった。家具は一通り揃っているものの、全体的にガランとしていて生活感が薄い。必要最低限の物しか――雑貨等の小物の類ですら何もないとは。それなら散らかりようもないだろう。
「なあ」
「何?」
「お前、趣味はないのか?」
「趣味……。趣味?」
 内心「ないんだな」と思いつつ尋ねてみれば、スザクは「うーん」と上向けた視線だけで考えている素振りをし、思わせぶりにゆっくりと振り返ってにこやかに微笑んだ。
「それは……やっぱりルルーシュが一緒じゃないと、何をしててもつまらなくて。強いて言えば……、そうだな、筋トレ?」
「ふぅん。流石だな、この体力馬鹿が」
 そういうものなんだろうか、と聞きながら納得半分。たとえば読書とか音楽鑑賞――そういえばこいつはゲームが得意な筈だったが。すると、俺の考えを読んだとしか思えないタイミングで「ゲームも君と会う為に買ってるようなものだしなぁ」とスザクが俺の手を握ったまま呟く。場所は居間だろうか。一人暮らしにしては大き目なテーブルとソファが置いてあり、物の少なさも相まって部屋は広く感じる。二人並んで白のソファに腰かけ、どちらともなく見つめ合いながら思った。背丈においてもそうだが、こうしてこいつとの目線に立ち並べるようになるまでやけに時間がかかったな、と。
 スザクが「一応僕の趣味も入ってるけど、二人でプレイしたら楽しいだろうなと思えるものを選んでるよ」と視線を重ねたまま言う。
「まあ、お前いつも俺の家に来てやろうとするもんな」
「ん、そうそう」
 引きつった笑みを浮かべ、相槌を打つさまがそらぞらしい。つい「何だその生返事は」という気分になった。心ここにあらず。スザクは何か別のことを考えながら話していて、明らかに落ち着きに欠いている。
 さすがに俺にだって解った。焦っているのは俺じゃなくスザクの方なのだと。この常ならぬ落ち着きのなさは、俺を意識しすぎているがゆえに出方を窺ってのものだ。
 何か言いたいことでもあるのか? そう尋ねようと口を開くと。
「ルルーシュ」
「え?」
 不意に迫ったスザクにあっさり唇を奪われていた。
「ま、待てッ!」
 腕を突っ張り、驚いて目を瞠るスザクを押しのける。お前、客に茶の一杯も出さずに事に及ぶ気か!? そう尋ねたいのに喉に引っかかって出てこない。というのも、スザクの瞳が熱っぽく、また酷く真剣だったからだ。再び見つめ合っていると、又もどさくさ紛れに体が徐々に引き倒されていき、緩やかに馬乗りになられた所ではたと我に返った。
「おい……」
「ん、何?」
「やはり、俺が下なのか?」
「うん……駄目?」
 駄目とかいいとかそういう問題じゃない。というか今、こいつは「うん」と言ったのか!?
「だって……。じゃあルルーシュが僕に挿れる?」
「は?」
 改めて口に出されると、とてつもなくショックだ。今更と言えば今更な話だが、初めての相手が同性で、しかもスザクで、更に――。
 スザクは言った。
「僕で童貞卒業するって言うなら考えるよ? けど……」
 そうだ。どのみち、上だろうが下だろうが、どちらにせよ俺の初めてが尻になるのは決定事項……。
「だって……。じゃあ女の子とするつもり?」
 まだ俺の反抗が収まり切っていないと判じた途端、覆い被さっているスザクの目が据わった。脳内に響き渡るガーンという擬音はあながち間違いじゃない。詮無きことがぐるぐる頭を回る中黙っていれば、「相手が僕って時点で察して欲しいな。大体君だってさっきからずっと受身じゃないか」とスザクがのたまう。
「それはお前がっ……!」
「いいから大丈夫、僕に任せて」
 遮られた上に年上ぶった口調にカチンときた。こういう所で経験値の差が出てくるのがどうしたって面白くない。しかし、片肘をついて起き上がろうとしてみても、スザクは「駄目だよルルーシュ」と真顔で静止してくる。
「お前……っ!」
「じゃあ訊くよ、ルルーシュ。俺が何の為に女の子抱いてきたと思ってるんだ?」
「!」
 別に好きでもない女なんかと。まるでそう続きそうな台詞に思わず固まってしまった。一瞬、苛立ちもあらわに片目を眇めたスザクは、俺がおとなしくしていても真顔を崩さない。
 かと思えば、俺の頭の上に腕をついてふと眉尻を下げ、間近で悲しげに囁く。
「俺とするのは嫌か、ルルーシュ?」
「ちがっ……!」
「だったら任せてくれ」
 悔しいが、押しの強さに抗えない。スザクが一度言い出したらきかないのは昔からのことで、それを考えると抵抗するだけ無駄な気がした。気力が萎えたというより完全に削がれ、もう黙り込むしかない。今の俺に出来ること、それは精々「くそっ!」と吐き捨てたくなる程の屈辱ごと噛み殺すかの如く歯噛みすることだけだ。
 もうどうにでもなれ。
 さながら崖から飛び降りるような心地になりながら目を瞑り、今まで付きっぱなしだった片肘を戻して固く横たわる。そこでようよう眦を和らげたスザクがつくづく憎たらしい。
「あのさ、ルルーシュ。好きだからするんだよ?」
 と、ガチガチに固まっている俺を見てスザクが困惑したように言う。
「解っている」
「そう睨むなって。君が嫌がることはしないし痛くもしない。約束する」
「本当に、痛くしないんだな?」
「君が男だってことは重々承知してるし、何度も君とする所をシミュレーションしてきたから……。だから、大丈夫」
 シミュレーション如きで安心など出来るものか、実践は違うのだから。
 でも、緊張しているのは俺だけじゃなく、スザクだって同じ筈。だったら……。
「任せろというからには、思い切り気持ちよくしてくれるんだろうな?」
 スザクは俺の挑発に安易に乗ることはせず、黙って俺を見下ろしていた。
「どうだろう。正直言って自信はないよ、男を相手にするのは初めてだから。幾ら女の人を抱いたって君の代わりにはならない。そう解っていて抱いてきた。でも……、優しくするよ、精一杯。それは約束する」
 スザクの台詞を聞いてやっと安心した。というか、心が決まった。俺もヤキが回ったな、と他人事のように思う。
 けど、こいつと大人の階段を上るんだ、今日これから。だったら、ただ施されるばかりでは割に合わない。
 スザクの首に腕を回し、思い切ってぐいっと手前に引き寄せる。自分から積極的に口付けてみた。ほとんど慣れていなくても――別に誰かから教わった訳ではなくとも、魂に刻まれた覚書のように解るものなのだと知る。自分から好きな奴にキスするやり方なら。
 スザクはきょとんとしたものの、次の瞬間ハッと目を見開き、深くなっていく口付けと共にごくりと喉を鳴らした。俺の唇も舌も食むように舐り、その間じゅう呼吸がけだもののように荒くなる。息継ぎの合間にはぁ、はぁ、と苦しげに眉根を寄せて喘ぎ、常盤色の瞳だけが俺をずっと捉えたまま口を開けっ放しにし、夢中になってキスに没頭していた。
 そんなスザクを見て、ふと上だろうが下だろうが関係ないように思えてきた。スザクも男だが俺だって男だ。ありのままの互いでいい筈。
 思考型の俺が本能で動くなんて、こんな時くらいしかないんじゃないだろうか。
「ルルーシュ。目、閉じろよ」
「断る」
「閉じてろってば」
「嫌だ」
「僕も嫌なんだ、君に顔を見られるの。恥ずかしいよ」
「俺は恥ずかしくない」
「頑固なんだから……」
「お前だってそうだろ」
 フン、と笑ってやったらスザクもつられて笑った。
「なあ、ここでヤるのか?」
「――ベッド、行こう?」
「ああ」
 スザクが興奮を逃す為か、はぁと一際深い息をつく。リードしたがるこいつの腰を抱き、口付け合いながら寝室に転び入る時、思い出し笑いのようにスザクが「ヤるとか言わないでよ」と肩を揺らしてクスクス笑っていた。
「ガサツだぞ、ルルーシュ」
「お前こそ大人しい振りしやがって、この猫かぶりめ」
「酷いな。君より大人だもん」
「何が大人だ。本当は不安なくせに」
「なんでそんなに男らしいのさルルーシュ」
 ドサリ、と二人ベッドに倒れ込んだらスプリングが悲鳴をあげた。改めて女性じゃないと思い知るのは、俺もスザクも身長が高い方だからだ。
「これ、シングルじゃなくてセミダブルだろ。何人連れ込んだんだ?」
「言いたくない」
「穢れたベッドだ。シーツ交換してあるんだろうな?」
「心配ないよ」
「俺が綺麗にしてやる」
「これからは?」
「そうだ。今この瞬間から」
「お清めセックスっていうのかなこういうのも。しかも君のロストバージン」
「殴るぞスザク。一言も二言も余計だ、もう黙れ」
 ふわふわの綿毛に似た茶色い頭を抱きかかえ、大の字になったスザクの腰に跨る。お前がマグロでいいんだよスザク。もちろん一応手ほどきはしてもらうけどな。
 着ていたシャツのボタンを外す間、スザクはもどかしそうに裾を広げ持って待っていた。本当はボタンごと引き千切りたい、そんな顔で。だからってもしそんなことしてみろ、飛んだボタン全部縫い直させてやる。
 わざと焦らすようにのろのろと外してやると、スザクは全速力で走らされた馬より息を荒げていた。熱に浮かされ、興奮し切った表情にちらちらと過ぎるものは情欲の炎。俺は当然反応していないが、スザクの前立ては既に張りつめていて窮屈そうにジーンズのフロントが膨らんでいる。さっき触らされた時は本当に驚いた。唐突な行動についても言えることだが、こいつは俺でこんなふうになるのかと。でも、常に余裕綽々のこいつを思う存分甚振って困らせてやったら俺も反応出来る気がする。さぞかし楽しいことだろう。
 これからはやろうと思えば不可能じゃない、そう思ったら興奮してきた。……無論、別の意味でだが。
 ところが、内心ほくそ笑んでいたその時、今まで大人しく横になっていたスザクが突然ガバリと上体を起こした。
「ルルーシュってS? M?」
「は……?」
 またも唐突な一言に頭がフリーズする。
「S、M、の、話か……?」
 何故。
 俺の疑問に答えるでもなく、つい漏れ出てしまった心の声にスザクが「うん」と頷く。
「ルルーシュってさ、性格はSだけど性癖はMっぽい気がするんだよな」
「なっ……!?」
 性格と性癖!? それは分けられるものなのか?
 スザクは俺の疑問をスルーしたまま勝手に続ける。
「今までのことを口にしたらルルーシュは嫌がるかもしれない。でもそんな気がするんだよ、経験上」
「だから?」
「だから、ルルーシュがウケやって。僕がリードするから。言ったろ、任せてくれって」
「…………」
 勢い余って口走った台詞なのかどうかは知らないが、いきなりな上に不穏すぎる。まさか初っ端から危険な行為に及ぶつもりじゃないだろうな、こいつ?
 すると再びスザクが俺の思考を読んだかのようなタイミングで「大丈夫、痛くはしないから」と言いつつ、さりげなく俺の唇を奪う。
「んっ……」
 思わず漏れ出た吐息ともつかない声が鼻をつき、焦って押し返そうとしたスザクの胸板は厚く、またびくともしなかった。着痩せするタイプなのだ。腹筋もだが、胸板にも無駄のない筋肉が張り巡らされている。
「ス、スザク、ちょっと、待て……!」
「待ったって言ったろ。俺はもう充分すぎるほど待ったんだ、ルルーシュ」
 言いながらスザクが俺のズボンのジッパーをグイと引き下げ、下着に手を掛けた。そのまま悪戯な手は下着の内側に潜り込んでくる。
「ま、待て! や、ちょっ!?」
「待たない」
 べろりと唇全体を舐められ、大きく開けた口でそのままがぶりと口付けられ、舌を引き抜かれそうなほど強く舐られた。
「ぅ――、んっ。んん……っ!」
 そのままスザクの舌は俺の顎、喉、首筋を手慣れた風に辿り、中途半端に開いたままのシャツの中に潜り込む。余った片手を差し入れられ、弄られているのは乳首だった。こそばゆい感触に皮膚が粟立つ。もう片方の手は下着の中、まだ萎えている俺のものを上手に掬い上げて扱き始めた。
「あ……っ!」
「可愛い、ルルーシュ」
「ばっ、馬鹿言うな!」
「可愛いんだってば。たまらなく可愛いよ。ちょっと苛めたくなるくらい可愛い」
「はあっ!?」
「遊びで抱くんじゃないから出来るんだよ、こういうことも」
 勢いよく俺の下着ごとズボンを引き降ろし、スザクはなんと俺の陰茎をパクリと咥えて上目遣いで俺を見上げた。
「おいし」
「ばっ!!?」
 馬鹿! という叫びは声にならなかった。下半身を駆け巡る甘美な刺激に膝から崩れ落ちてしまいそうになる。感じる、とはこういうことなんだろう。スザクの舌使いは絶妙で、自分の手でこっそりと自慰する時とは比べ物にならない快感が俺を襲った。
「気持ちいい?」
 横笛を吹くように俺のものに舌を這わせ、また亀頭からパクリと咥えてヌメヌメとしゃぶる。それも、時々玉袋を握りながら。どこで覚えてきたテクニックなのかはわからない。ぼやけた思考の中で、スザクもこうされると気持ちいいのだろうかと考えたが、その思考はあまりの快感にとって代わられ脳内で霧散してしまった。
 ちゅぷ、ちゅぷと響く淫靡な水音。スザクの頭を無意識にかき抱きながら、気付けば自然と腰を前へ前へと突き出している自分がいた。
「あぅ。ばか……そこ、ばっかりっ!」
「美味しいよ、ルルーシュ」
 先走りがタラタラと流れ出ていると自分でも解る。スザクはそれを吸い上げながら言うのだった。「この変態!」と言ってやりたいのに、相反する感情がよく解らないまま迸る。きっと変な味に決まっているのに「美味しい」と言われ、何故か嬉しさと共に愛しさが湧いてくるからだ。
「変な味だろ……」
「ううん、美味しい。ルルーシュの味がする。ほんのり甘くて、なんか透明な味」
 クソッ、言うな! 実況するんじゃない! 甘いってどういうことだ! 様々な台詞が頭を回ってはどこかに飛んでいく。徐々にこみ上げてくる射精感。駆け抜けていく脳髄を蕩かすような甘い快感。意識が遠のきそうなその最中、スザクは裏筋から玉袋、玉袋からその裏へと更に舌を這わせてきた。
「足開いて」
 俺の股座に上体をくぐらせながらスザクが内腿を押し広げる。ちょうどスザクの顔面に座るような恰好になり、羞恥が助長されたものの、これも長くは続かなかった。スザクは唾液で濡れた俺のものを手で扱く傍ら、尻の間の穴に舌を這わせ始めたのだ。
「舐めるだけじゃ駄目だと思うから、ルルーシュ先に出して」
「ダメだっ!」
「駄目じゃない。俺の口の中に出していいから」
「えっ……?」
 ひょこっと股座から顔を出し、スザクは俺を見上げながら「お尻の穴舐められるより、まだこっち舐められる方が気持ちいいだろ?」と人差し指の先で亀頭をひと撫でして淡く微笑んだ。
「だって、お前……」
「いいからやってみて」
 そしてまた、べろりと舌全体で愛おしそうに俺の尻穴を舐め、元の路線を辿ってペニスにしゃぶりつく。スザクの下唇と舌が裏筋にダイレクトに当たり、頬張られる角度も相まって腰から下が言うことをきかない。ガクガクと膝が笑う。内腿が震える。スザクの髪先が震える内腿にさわさわと触れ、根本から亀頭にかけてじっくりとねぶられているうちにとうとう我慢がきかなくなった。
「す、すざくっ! も、もう……っ」
 スザクが無言で頷いたのが解り、早いと思われるとか、恥ずかしいとか、頭の中は空っぽじゃないのに真っ白になっていく。やがて強烈な快楽と共に欲望のまま自身を解放するしかなくなった。スザクはドクドクと脈打つ俺のものを咥えたまま何度も舌で扱き続け、解放の瞬間でさえ快楽に拍車がかかった。刺激が強すぎて気持ちいいのも通り越し、完全に馬鹿になりそうだ。「イっているのに!」と思いながら強く唇を噛み締めた。
「んんっ……! んっ! ん! だめ、もぉ。駄目だッ!」
 荒い呼気を吐き出しながら、まだ舌でペニスを扱き続けるスザクに訴える。スザクは少し意地悪そうな表情でわざと俺のものをきゅうっと吸い上げた。
「……ッ!」
 ガクリとうつぶせになった俺の真正面で、スザクが二コリと笑いながら口を開ける。その口の中には俺の吐き出した精液がたっぷり溜まっていて、唖然とした瞬間を狙いすましたようにスザクがすかさず起き上がって俺の上体を押し倒した。萎えた俺のものを最後にひと吸いし、口を閉じたまますっかり抵抗を削がれた俺の両足を押し広げる。そのまま器用に屈み、玉袋の裏側をつうっと舌でなぞりながら辿り着いた先は尻の穴だった。スザクは固く窄まった其処を舌で穿り、舌先をめり込ませてくる。とろみを帯びた体液――俺の精液が、スザクの口を伝って中に注ぎ込まれてきたのが解った。
「あぁ……っ」
「熱い?」
「わ、わからな――」
「だよね。これから熱くなるよ」
 スザクは自分の中指を俺に咥えさせ、ずるりと引き抜いておもむろに俺の後孔にあてがい、ぬめりを使ってつるりと中に指を押し込む。
「……っ!」
「痛くはないよね」
「ん……」
 思ったより簡単に入るものだ。でも、違和感の方が大きい。怖れや恐怖感よりも、スザクの指の節くれだった感触を体で味わう新鮮さの方が上回った。だから黙って頷けば、俯せに屈んだスザクが俺の反応を確かめるように顔を上げ、満足したふうに指を根本まで押し込む。
「あぅ」
「痛くない?」
「……っ、ああ」
「じゃあ、これは?」
 すうっと指が引き抜かれていくのが解る。排泄感に少し似ているものの、ぞわりとした感覚が背筋に走った。
「んぅ……」
 これが快感に変わっていくのだろうか。呻きながら少し上体を起こし、薄目を開けてスザクの表情を見てみる。愉悦を帯びた中にも真剣さの感じられる顔。俺の反応を確かめながら、慎重に事を進めていこうとしている姿勢が見て取れる。
「もう一回奥まで挿れるよ?」
 いちいち言わなくていい、とこちらが思うほどスザクは慎重だ。了解の意を視線で伝えれば、スザクの指が何かの生き物のように少し上反った状態で挿入されてきた。途端、ぞくぞくぞく、と背筋に悪寒が走る。悪寒ではなく、今のは……?
「す、すざく……」
 心細くなって呼びかければ、スザクは何か訳知り顔で、上向けた中指で俺の腹の裏をゆうるりと擦った。また背筋にぞくりとしたものが走る。
 今度ははっきりと解る。これは快感だ。腹の内側を指で撫でられると、ペニス全体が熱くなったような、まるで勃起している最中に感じるような快感が走る。
「やっぱり、ルルーシュ素質あるな」
「……?」
 素質、とは何のことだろう? 尋ねる間もなくスザクは指の注挿を繰り返す。だんだん一本では足りなくなってくるのが不思議だ。しかも、もっと奥まで入れて欲しい。自然と足が開いていく。
「ルルーシュ、やらしい」
「え……?」
「ここ、気持ちいいんだ?」
「あ? ああ……」
 半分以上まだらになった思考の中ぼんやりと答えると、スザクは軽く舌で自分の唇を湿らせてから俺の内腿に舌を這わせた。視線は俺の方を向いている。ジーンズを脱ぎながら言っていて、下着の前が大きく膨らんでいるのが解った。
「指、二本挿れていい?」
 たぶん大丈夫だ。というか、二本も入るのだろうか? 不安に思っているのを見透かしたように、スザクが「まだヌルヌルしてるから大丈夫」と緩和してくれる。さっきスザクが言っていた通り、だんだん中が熱くなってきたように思えるのは気のせいだろうか。指が行きつく先なんてない筈なのに、節くれだったスザクの指は思ったより長く、腹の奥をトン、と小突かれるとペニスがプルンと跳ね上がる。自分でも酷く恥ずかしい。また、スザクがその反応を見て満足気にしているのが解るから尚のこと……。そして、トン、と小突かれるのが何だか好きな気がする。
「おいしそうだなぁ。シャツ、脱いで?」
 言われるがまま俺がシャツから腕を抜き取ると、覆い被さってきたスザクが首筋に顔を埋め、すりすりと鼻先をこすりつけ、探るように俺の唇を求めてキスを仕掛けてきた。さっきまで俺の精液を含んでいた口だ。それなのに不思議と嫌だとは思わない。むしろ愛しさが湧いてきて俺からも夢中で唇を求め、互いに貪り合った。
 ひとしきり互いの唇と舌を堪能し合っている間、トクトクと心臓の動く音が重なり合う。スザクの心音。鼓動が速い。いつの間にか脱いでいたスザクの裸の胸は熱く、俺も燃え上がるようにどこもかしこも熱かった。
 そのうちに指が二本挿入され、腹の内側を撫でられる快感は倍増した。トン、と奥を小突かれるたびに先走りが漏れる。恥ずかしい雫がペニスを伝って流れ落ち、スザクの掌を汚し始めた頃、スザクが堰を切ったように「ルルーシュ」と喘いだ。
「もう少し我慢がきくかと思ったんだけど。――いい?」
「ああ……」
 とうとう一つになるんだな、と思った。今も後ろの孔を塞ぐ二本の指が酷く心地いい。二人で繋がったらどんな感じがするんだろう。まだ満たされていないどこかが完全に満たされるんだろうか?
「来いスザク。挿れてくれ」
「うん」
 ちゅうっと口付け合いながらお互いに頷く。スザクは焦らすように指をぬくぬくと動かしながら、俺の乳首をしつこく舐め続けていた。
「全部可愛がりたい。足りないよルルーシュ。……挿れるよ?」
「ああ。早く……」
「待って。ゆっくり入れないと」
 抜き去られていく二本の指。代わりに押し当てられたものは焼き鏝のごとく熱く脈打っている。俺のものと同じだ。なのに嫌悪感がないどころか、ふと触ってみたくなって俺は手を伸ばした。
「ルルーシュ……」
「これ、俺も舐めなくていいのか?」
「いいんだよ。ルルーシュがいいって言うなら、また今度ね」
 何だか俺ばかり良い思いをさせてもらっているようで気が引ける。やがて、ぴたりと押し当てられた先端が俺の中にじりじりと割り入ってきた。
「んぅ……っ! っあ!」
 先端が入ってしまえば、あとはつるりと中に収まるもののようだ。息を詰めたのは一瞬で、あとはスムーズに納まった。指とは全く違う感触。スザクのものは組み合わさった凹凸のごとく自然と俺の中に収まり、ぴたりと重なり合った体と体が遂に一つに繋がった気がした。
「入ってるの、解る?」
「解るよ」
 繋がっている。ただそれだけのことがとてつもなく愛おしい。「お前は?」と尋ねる前にスザクも同じことを考えているのが伝わってきて、言葉もなく視線が引き合った。
「死ぬほど気持ちいいよ、ルルーシュ」
「……俺もだ」
「ほんと?」
 ぐ、と奥まで押し入ってきたスザクの怒張が俺の中で一段と張りつめる。受け止めている腹の中と、引き攣れそうなほど広げられた後孔ががきゅんと締まり、その時完全に繋がった満足感と充足感で心の中がいっぱいに満たされた。
「身も心も、というヤツだな」
「――俺もだ、ルルーシュ」
「愛なんてまだ解らないと思ってた。でも、愛してなかったら出来ないよな、こんなこと」
「俺も、いとおしいって心の底から思いながら出来たのは生まれて初めてだ」
「そうか」
「ああ……。愛してる、ルルーシュ」
「俺もだ、スザク」
「言葉で言われなくても解る。ルルーシュ、君は俺を愛してる」
「勿論」
 だって、初めてなのにこんなにも気持ちがいい。繋がり合った下肢だけでなく、全身が気持ちいいと叫んでいる。
 愛のあるセックスは照れくさくても、ちっとも恥ずかしいものなんかじゃない。
「今までの俺は大人じゃなかった。だから、二人で上がったような気がする」
 スザクがぽつりと漏らすのを、俺は聞き逃さなかった。「何が?」とわざととぼけてやると、スザクが「ん?」と苦笑する。
 そして、解り合っていることを二人同時に口に出して噴き出した。

「「大人の階段」」


~Fin~

ココロノヤミ(仮)




 ああ、調子が悪いな。そう思いながら目覚めるのは久しぶりのことだった。
 僕は寝起きが悪い方じゃない。起きてすぐ体を動かすのだって別に平気だ。走り込みに行って竹刀を振り、軽く汗を流して学園へと向かう。いつも通りの朝ならそうする筈だった。
 でも、今朝はたて続けにこう思った。――今日はルルーシュに会いたくないな。
 どうしてそう思うのかは解らない。ただ、具合が悪い時の僕はたまにこうなる。理由は謎だ。軍に入った頃からだろうか……きっと気のせいだろう。
 具合が悪い。そう思う場合にも二種類あって、単純に体調が良くない場合、そして人に会うのが億劫な場合。今日は後者だ。
 そういう日は起きた瞬間に解る。心も体も鉛のように重くて、特に理由も無いのに苛々するからだ。手足を動かす神経が脳から切り離されたように、思い通りに動けなくなる。
 とりたてて何かあった訳じゃない。面白くない出来事に遭遇したとか、不快な目にあったとか。それなのにそういう日は人に優しくするのがとても難しい。普段なら呼吸するのと同じくらい自然に出来ることが、何も手につかなくなる……出来なくなる。
 いや、出来ないんじゃない、したくないんだ。暴君のように我侭な衝動。誰も彼もを傷付けたくてたまらない気持ち。人目も憚らず怒鳴って暴れて殴りつけて、気に入らない相手がいれば片っ端から喧嘩を吹っかけたくなる。目一杯好き勝手に振舞っては困らせてやりたい、特に大事な人を。
 ――彼が。ルルーシュが俺の一挙一動に振り回される姿が見たくなる。きっと豹変したように見えるだろう、それとも昔のままだと思うだろうか。
 試してみたくなる。俺に酷い台詞を吐きつけられ、追い詰められ、俺と同じように心を揺らして泣いてくれるかどうか。俺の言動に傷付き、それでも離れたがったり実際に離れていったりしないかどうかを。
 そんなの嫌だ、僕は嫌なのに……だから誰にも会いたくない。
 多分、僕はどこかおかしいんだろう。頭か、でなければ心か。その両方か。好きな人であればあるほど、大切な相手であればあるほど、全て遠ざけて一人きりになりたくなる。
 租界とゲットーの境。時折一人きりで其処に佇んで、僕が壊したも同然な瓦礫の山を見渡しながら思う。「ああ、これが俺の本性だ」と。
 忘れてはいけない、そう思いながらルルーシュのことを考える。生き別れたあの日に言えなかった言葉を何度も繰り返し、何故言わなかったのだと自分を責める。どうやって伝えれば良かったんだろう、どう伝えるのが正しかったんだろう? 省みているんじゃない、顧みているだけ。ただ悔やんでいるだけでどうにも出来ない自分を嫌になりながら、力が欲しいと。そのために歩んでいるのだと。
 でも本当は、「もし懼れている日が来たら、その時は――」。覚悟を決めたつもりになっていつまでも迷い続けている。
 考えているのに動かないなら考えていないのと同じだ。誰かに「考えている」と言いたくなる時は大抵、本音ではやりたくないと思っている、という意味だから。
 軍に居さえすれば死ぬ日は確実に来る。それだけが免罪符。避けていたいんだろう、逃げていたいんだろう。相変わらず俺はどこまでも醜いままだ。
 指針が欲しい、進む道ならとうに決めた筈なのに。そうして迷う時、僕はルルーシュが自分の懼れの象徴だからこそ執着していて、実はルルーシュ個人にはもう然程の興味も関心も持っていないのではないかと疑っている。……特に、再会した後のルルーシュには。
 そのたびにほんの少しだけ安心して、こう思うんだ。「ルルーシュは僕がいなくてもやっていけるだろう」と。
 だって、再会を果たすまでのルルーシュだってそうやって生きてきた。離ればなれになり、いつしか互いにとってそれが当たり前になった。七年は長い。僕にとっては短かった。でもルルーシュにとってはそうじゃないだろう。たとえ僕がそこにいなくても、命を失ったとしても――大丈夫だ、ルルーシュはきっと生きていける。 なのに、昏い気持ちが湧いてくる。
 別にいいじゃないかそれで、何がいけない? 大好きな筈のルルーシュを不安にさせて、傷つけて。向けられた信頼を粉みじんに打ち砕いてしまいたい。
 どうしてなんだろう。凶暴で獰猛な感情。昔のまま変わらない、変われもしない俺がいいというなら何が何でも見せたくない。突き放したいし遠ざけたい。
 でも……。

 『なあスザク、お前はいつだって俺達兄妹の味方だろ? お前だけは』
 『本当は違うのか? もうブリタニアに染まってしまったのか? 俺達兄妹を捨てたあんな国に』
 『そうだよな、ブリタニアの軍人だもんな。だったらもう、お前に心は開かない』
 うるさいうるさい、うるさいうるさいうるさい。
 やめてくれルルーシュ、そんな目で俺を見るな。もう死んだと思ってくれていて良かったんだ、君の幼馴染は死んだ。

 君を遠ざけたいんじゃない、俺が遠ざかりたい。理解して欲しいなんて思わない、君に対してだけは。
 矛盾している……僕だって君には幸せになってもらいたいと思っている。笑うルルーシュの姿を見るのは楽しいし嬉しいし、何より喜ばしい。ルルーシュの幸せこそが僕の幸せなのかもしれない。
 ところで幸せの形って何だろう。昔ルルーシュやナナリーと話したことがあったっけ……? でも今はどうでもいい。後からそう思ったことを死ぬほど後悔すると解っていても、今この瞬間だけはその記憶を遠ざけていたかった。
 こうやって、何度も何度も自分を裏切る。これではいけないと立て直しては、また他ならぬ俺自身が全てを壊そうとする。まるでいたちごっこ。自分の中に自分が二人いるみたいだ。
 何か我慢していることでもあるんだろうか。ストレスでも感じてるっていうのか? 確かに僕はイレブンで、ここはブリタニアで。名誉ブリタニア人といっても差別され迫害される立場であることに変わりはない――実際、嫌がらせを受けたことだって。
 いい人の振り、優しい振り。意図しなければ理想通りの自分になれない自分。そんな自分を俯瞰している自分と目を背けていたいもう一人の自分。いつもならば無視出来る。知らない振りや気付かない振りをしていられる。蓋を被せて無かったことに。
 無い訳じゃない、そこにある。過去だって消えてなくなる訳じゃない。それでも見るなと言い聞かせて、誰よりも醜い俺自身を必死で隠している。

 さっきから自分自分ってうるさいな、馬鹿じゃないのか俺は。さっさと起きろよ。

 そこまで考えてから唐突に気付いた。僕は無かったことになんかしていない、いつだってもう一人の自分を直視していたじゃないか。見たくなくても見えてしまう俺自身を――醜いと。
 だからそう思っていたのは過去の俺であって、僕じゃない。
 じゃあ僕は、一体いつの話をしているんだ……?
 確かに、何もかもが汚くて何もかもが嫌だ。世界は僕の思い通りにはならない。そんな当たり前のことに腹を立て続けていることも……。
 ルルーシュはこんな時どうするんだろう。俺のように考えることがあるのか? 人知れず悩んだり苦しんだりすることが。
 ある。きっとある。ルルーシュは誰にも自分の本心を打ち明けないし悟らせようとしないけれど、きっとルルーシュだけが俺の本心を理解する。
 でも知られたくない、気付かれたくないんだ。気付かせたくない気付かせてはならない近付けたくない近付けてはならない……。
 でも――傍にいて欲しい。困った奴だと笑って慰めて、あの細長い綺麗な指で僕の頭を撫でてくれ。毎日毎日毎日毎日無性に寂しくて苦しくてたまらない、空虚なんだ。真っ暗でがらんどうだよ、それでいいって決めたのに。
 もう一生このままだ。そう受け入れてる筈なのに、まだ縋りたがっている。生きる意味を探してる、求めてしまう。
 ごめん、ルルーシュ。何も言わずに君を抱きしめて、抱きしめ返されたい。何があっても、どんなことがあっても、俺だけはお前を全て受け止めてやると。あの困ったような美しくも優しい笑顔を僕一人の為だけに向け続けていて欲しい。

 自分の甘さに絶望する。僕の中の、僕も俺も。

 違う……ルルーシュに綺麗なままでいて欲しい。だからそんなことは願っていない、望んでしまってはいけないんだ。君は俺みたいな醜い人間から一刻も早く離れて、幸せにならなければいけない。そのために遠ざけてきた、本心だろう……?
 俺だって思ったじゃないか。ルルーシュを失った十歳の時、もう大切な人を失わなくても済む世界が欲しいと。
 そのためにここまで来たんだ。力が欲しかった。いつ死ぬか解らない場所でならそれが許される気がした。
 だから――――だから。


 ああ、頭の中が煩い。うるさいんだよルルーシュ。
 憎みそうになってしまう。愛しているのに。


 気付けば僕は勃起していた。
 夢想のルルーシュ。秘密も隠し事もせず、もちろん危ないことには手を出さない。僕の説得に反発しても、最終的には「解ったよ」と必ず素直に応じる。プライドが高いくせに淋しがりやで、でもその本性は僕の前だけでしか露わにしない。
 『生きるんだ』。僕を熱い矢で撃ち抜いたあの日の気高さを損なうことなく、どこまでも純粋で綺麗なままのルルーシュが好きだ。
 布団に包まったまま下着の中へと手を突っ込んで、硬く立ち上がった性器を掴みかけてから思った。
 最低だ、理想の押し付けでしかない。いったい何度彼を裏切れば気が済むんだろう?
 そう思った瞬間、僕の中で僕を誘っていたルルーシュの目が一転して軽蔑の眼差しへと切り変わる。冷たい、そこらに転がる石ころを見るよりもまだ無機質な、見下し切った眼差し。

 許されたい。
 許して、許して、許して欲しい。
 愛して、助けて、愛して欲しい、僕のルルーシュ。
 ゴミみたいな理性をかき集めながら、やっとの思いで下着の中から手を引っこ抜き、ふらふらしながら起き上がった。
 何だか眩暈がする。足元が覚束ない。歪んだ視界が陽炎のように揺れる。
 もしかして熱でもあるんだろうか?
 あればいいのに。
 そうしたら僕は………………俺は……。


 時代遅れにも程がある水銀温度計。腋から抜いたそれを目の前に掲げてみた。
 目盛りは三十八度を超えている。蟻の行列にも似た数字に焦点が合った瞬間、訪れたのは異常ともいえるほどの安堵と静寂だった。
 二度ほど意識が落ちて、泥の中。まどろみともつかないヘドロの中でチャイムの音が鳴り響く。


 誰か来た。
 ――ルルーシュだ。


 僕は確信していた。これからきっと悪いことが起こる。
 とてもとても酷い、夢の始まり。



†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*



逃げて! ルルーシュ!(笑)
スザクって時々こうなるんじゃないかな~なんて考えながら書いたものでありました(・ω・)
一時期限定でプライベッターに上げていたものをサルベージ。
「大人の階段2」までの閑話休題にしては結構厳しい内容のものですね……_(:3 」∠)_

大人の階段1

「スザクくん、ルルーシュくんとはその後どう?」
「どうって?」
「だから、何か進展はあったのかなーって」
 姿見の前に立ち、振り返ってコケティッシュな笑みを向けてくる彼女のこと、僕は決して嫌いじゃない。むしろ好きだ。大体、こんなことを頼んで嫌がらない女の人には感謝しないといけないよね。……まあ、僕から頼んだ訳じゃないけど。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「だって、今日すっごく良かったもん。彼といいことあったんでしょ」
 うん、やっぱり好き。たとえばこういう察しのいい所とか。
 土曜の夜、遊びに来た彼女と寝るのは今夜が最後になるかもしれない。そう思いながらベッドに寝転んで、こらえきれず顔面に広がる笑みを彼女の向こう側にいる見えないルルーシュへと送る。
「あのね……とうとうキスしちゃった」
 内緒話のようなトーンで打ち明けると、彼女はまだ少し毛先が湿ったままの髪をかきあげ、胸元に巻いたバスタオルの乱れを直しながら「ほらやっぱりー」と僕のほうへ歩み寄ってきた。隣に座って覗き込んでくる笑顔は悪戯を思いついた子供みたいに無邪気だ。僕もたぶん似たような顔をしているんだろう。
「ルルーシュくんからビンタされなかった?」
「されないよ。口元押さえて驚いてた」
「ファーストキスだったんじゃない?」
「そうだと思う。っていうか、僕ちっちゃい頃ルルーシュが昼寝してる隙に奪っちゃったから、どのみち僕が初めてだよ」
 じゃあ全然とうとうじゃないじゃーん、と言いつつコロコロ笑う彼女のツッコミはごもっとも。さっき帰る時、本当は舌入れたかったのに我慢した僕、すごく偉い。この忍耐力を褒めてほしい。
 ころんと僕の隣に寝転んで、彼女は両足をぶらぶらさせながら「あーあ」と漏らした。その顔はしょうがないなぁというふうに笑っている。
「こーんな悪いお兄さんにロックオンされちゃって、ルルーシュくん本当にかわいそう。あんなに綺麗でモデルみたいな子なのに、女の子とエッチさせてもらえないんだ~」
「無理だよ。だってルルーシュ体力ないから、するよりされる側になる方がいいって」
「それスザクくんの都合でしょー?」
「体力ないのはホントだよ? 前マラソン大会で女子に負けてて。だったらウケやる方が楽だと思わない?」
 彼女が「ひっどい男!」と吹き出す。そうかなぁ、僕ルルーシュが相手ならマグロでいてくれて全然かまわないと思ってるだけなのに。しかし、枕に突っ伏してくつくつ揺れる肩と背中を見ていると、決して作っている態度じゃないって判るから本当に助かる。
「私スザクくんのこと好きだけど、付き合うのは絶対無理」
「セックスするのはいいんだ?」
「エッチだけならいいよ? スザクくん上手いし」
「僕上手いのかな……」
「うん。優しいし、今までの男とは段違い。お腹もチンコも硬いし。もっかい舐めていい?」
「えっと……じゃあ乳首以外でお願いします」
「乳首弱かったっけ」
「んー、なんかヤだ。乳首いじられると苛々するんだよね。女の子じゃないから感じないよ」
「えぇ? ルルーシュくんも男じゃない。どうするの?」
「ルルーシュの乳首は僕が開発するからいいんだ」
「年期入ってるホモ怖い!」
 頭に枕が飛んできた。
「ちょ、いったっ! 違うって、僕ホモじゃないよ、ルルーシュ以外にはノンケ。だって、他の男がシャツ越しに乳首立ててたら殴りたくなるし」
「ヤダ余計こわぁい!!」
 僕のパンツを引き下ろしながら彼女が爆笑している。そんな彼女から言わせると、僕は「顔が可愛くてかっこいい年期の入ったホモ」なんだそうだ。大丈夫? そんなホモとカレカノごっこしてるなんて――って。だから、ルルーシュ以外にはノンケだってば。
 彼女とは付き合ってない。いわゆるセフレ。一応、僕のTwitterを見ているルルーシュのために、表向きには彼女ってことにさせてもらってる。
 何故かって? それはもちろん、彼女よりも君が大切ってアピールするため。それと、嫉妬を煽ってルルーシュとの関係を発展させるため。
 断っておくけど、そうしようって言い出したのは僕じゃない。言い出しっぺは大学のサークルで意気投合して、今は僕のちんちんで遊んでるこの悪いお姉さんです。
「ねえお姉さん」
「なぁに~?」
「僕のちんちんふやけちゃう」
「気持ちよくない?」
「気持ちいいです……」
「早くルルーシュくんに舐めてもらえたらいいね?」
「そういう君も、あんなダメな男振って早く幸せになりなよ」
 すると、フェラを中断して急にガックリと項垂れた彼女が、あからさまに落ち込んでいますという顔を隠そうと抱きついてきた。まるで後輩みたいだ、この人。仕方なく体を起こして膝に乗せ、よしよしと頭を撫でておく。
「誰かいい男紹介して!」
「わかったってば。友達紹介するから。君より年下でも僕から見ていい男だよ、ルックスも抜群だし性格も悪くない。だから……、今の彼は駄目だ。ちゃんと別れて?」
 僕の肩口に顔を埋め、彼女がこくりと頷く。
「わかった……。頑張る」
 Twitterにツーショ写真アップしたりしてたけど、つまり、僕とこのお姉さんはこういう関係だったりする。慰める代わりに彼女のふりをしてもらう。飲み会でグダグダに酔って迫られた時はかなり焦って正直引いたし、好きな人がいるからと一度は断りもした。でも色々話しているうちに事情を聴いて、更に僕にとってうまみのある交換条件を持ち出されて気が変わった。
 好きな人が同性だって言ったら絶対引かれると思ったのに……びっくりするほど協力的だったんだ。ちなみに、平日会わないようにして土日だけ会いに行く方が焦らし方としては効果的、そうアドバイスしてくれたのもこのお姉さん。今日はルルーシュとあっさりしたキスしか出来なくて生殺し状態だったから、欲求不満を持て余して僕から誘った。いくら抱いても代わりにならないことなんて判り切ってる。ああ、早くルルーシュとこういうこと出来る仲になりたい。
 その後、髪を乾かして服を着た彼女は「今日こそ別れてくる!」と力強く言い残して帰っていった。大丈夫かなぁ。別に泊まっていってもいいっちゃいいんだけど、初めて泊める相手はルルーシュがいいって前に言ったの覚えてるんだろうな。変なところで律儀というか、情の深いお姉さんだ。ダメな人だとは思う。あんな浮気性なモラハラクズ、とっとと捨てなよ。何なら僕が代わりにやっつけておこうか?
 ひとまず、彼女が帰って一人になったところでルルーシュにLINEを入れておく。「また明日ね」って言った手前……というか、もちろん僕が会うって言ったら絶対会いに行くし、これからルルーシュが作ろうとしてるかもしれない彼女との仲も当然ぶち壊させてもらう。
 『明日スイーツビュッフェに行かない? おごるよ』そう送ると、既読になって一時間くらいしてから『どういうつもりだ』とようやく一言返ってきた。
 いずれにせよ、すっごく悩んだんだろうな。返信するか無視するか、とかキスのことを質問しようかやめておくか、とか。ぐるぐる考えた末にやっぱり訊くことにしたなら、さぞかし勇気が要っただろう。まあ無視しても押しかけてこられるから、どのみち逃げられないって考えたのかも。そう思うと、もう可愛くて可愛くてたまらない。
 即『明日話すよ。十一時に迎えに行くから支度しておいてね』と打ち込んで強引に切り上げる。予想通り、返信はなかった。これは了解の意だと解釈するし、最初から断らせる気なんて微塵もない。
 今日は理由を言わない。これは一種の賭けだから。知りたいんだったら出てきてもらうよ。ね、ルルーシュ。
 心の中で呟いて、待受のルルーシュにキスをした。

 僕はマカロンとお腹にたまらないスフレと口直しのクロワッサン、ルルーシュはフルーツタルトと苺のババロアとクレームブリュレを選んで二人席に座った。気付かれてないと思っていそうだけど、ルルーシュは僕の皿に乗っているマカロンをちらりと流し見て、マカロンが並んでいる場所をさりげなくチェックしている。次に選ぼうとしてるのかな、と何となく解ってしまい、可愛さにつられてつい頬が緩む。
 迎えに行ったときのルルーシュは明らかに不機嫌だったし、僕と視線も合わせなかった。でも今は、色とりどりのスイーツを選んでそこそこ食べるつもりでいるらしい。上品に盛られた皿を見て、やっぱりここに連れてきたのは正解だったと胸を撫で下ろした。電車内でのルルーシュは僕が関係ない話を振るたびに、何か言いかけてはムッと口を噤むことの繰り返しで、ろくな会話にならなかったから。
 ――で、今。ルルーシュは向かい側でまた『どういうつもりだ』という顔をして僕を睨んでいる。彼女がいるくせに、どうしてキスなんかしたんだ? きっとそう責め立てたくなっているに違いない。
「今日は、お前のおごりじゃなくていい」
 意外にも口火を切ったのはルルーシュだった。
「なんでさ」
「俺だって小遣いくらい自分で稼いでる」
「ギャンブルで?」
「っ、なんでお前が!」
「君の友達から聞いたよ。ルルーシュも生徒会で忙しいんだろ? で、最近は悪いバイトもしてるって」
 途端、苦虫を噛み潰したような顔でルルーシュが黙り込む。情報通のリヴァルって奴がルルーシュの悪友で、彼とはしょっちゅう情報交換している。チェスが特技でギャンブル好きなルルーシュ。タチの悪いことに、最近カジノでバイト中のリヴァルを伝手に、そこで大枚儲ける方法を思いついたらしい。すかさず「駄目だよ、賭け事は」と釘を刺せば、ルルーシュも該当人物に思い至ったのか忌々しげに「あいつ……」と舌打ちしていた。
「例の件だけど、別にからかったんじゃないよ。犬に噛まれたようなものだ、なんて誤解されたら困るから言っておく。あれは、決して冗談でやったことじゃない」
「何のことだ」
「だから、キスのこと」
「――っ!」
 苺のババロアを食べ始めていたルルーシュが、手を止めてフォークを皿に置く。ふい、と気まずげに僕から視線を逸らし、居心地悪そうにもじもじしながら横を向いていた。でも納得しきれず、それなら尚のことどうして? と問いかける代わりにキリキリと眉尻が上がっていく。
「彼女だって思ってるんだろ? 本当に付き合ってるように見えた?」
一瞬唖然とした後、ルルーシュは震える声で「は……?」と漏らして振り向いてきた。
「実は、今付き合ってる人は彼女じゃないんだ。体だけの関係」
「!」
「どうしてか解る?」
 ルルーシュはカッとなり、人目も憚らずドンとテーブルを拳で叩いて叫んだ。
「解る訳ないだろう、そんなこと!」
 目を見開き、肩をいからせて叫ぶ姿を直視してまっすぐに伝える。
「ルルーシュが好きだから」
「――――」
「僕が、ルルーシュのことを好きだからだ」
 本気で困惑したのか暫く視線をさまよわせ、やがてルルーシュは正面から謎の生き物を見るような目を僕に向けてきた。どうやら全く意味が通じていないらしい。そんな想像を裏付けるかのように、
「だからって、どうしてそうなる……?」
 僕が思った通りの問いかけ方をしてきた。
 僕は、ずっとルルーシュが好きだったから、今まで遊んではいても特定の彼女を作ったことはなかった。ルルーシュが僕に対して一定以上の好意を抱いてくれている、それは今回の件で解ったけれど、そういう意味で同性の幼馴染に意識してもらうのは難しい。
 切欠を作ってくれた彼女には感謝しかない。そう思いながら、ルルーシュが答えを待っていると知りつつスフレを口に運んだ。
今だって、ルルーシュは男同士だからという部分が引っかかっていて、まだ恋愛という意味で僕を意識しているとは言いがたい。絶対、自覚するまでには至っていないだろう。
 スフレを飲み込み、溜息を一つ落として僕も口を開いた。
「君は男だし、僕らは幼馴染で……、君はまだ十七歳。抱きたくても抱けないだろ?」
 だからだよ、と続けたところでルルーシュが「なんだよ、それ」とあからさまな嫌悪を顔面に滲ませる。
「抱けないからって他で済ませられる、そんな感情――!」
「自然なことだよ。君にはまだ解らないかもしれない。だけど、好きだったら抱きたくなるのはとりたてて変なことじゃない。むしろ我慢する方が難しいんだ。だからって、その欲望を他の誰かで補完する行為を正当化しようとは思ってない。だから今、軽蔑されるのを承知で正直に話してる」
「け……、…………俺は……」
 ルルーシュはぐっと唇をかみしめて、痛切な表情を隠すように俯いた。
 軽蔑なんてしていない。そう言いたくても言えなかったんだろう。
「それにしても、どうしてルルーシュが怒るんだ? 僕の気持ちや行動がどうだろうと、君には関係ないだろ」
「キスしただろうが!」
 ハッと我に返って慌てて周囲を見回し、ルルーシュはぎゅっと眉根を寄せて椅子の上で縮こまっている。
「そうだね」
 確かに、仕掛けたのは僕だ。やろうと思えば今までだって出来たかもしれない。でも、一度導火線に着火したら消し止められない。勢い余って抱き潰してしまいそうで怖かった。
「……君は、ナナリーと僕を選べって言われたらナナリーを選ぶだろ? でも僕は、彼女と君のどちらかを選べって言われたら、迷わず君を選ぶよ」
「……っ!」
 挑む気持ちで見据えれば、ルルーシュは僕の眼差しに動揺し、頬にさあっと朱を走らせる。けれど、薄く開いた唇を引き結び、再び意義を唱えた。
「付き合ってなかったんだろう?」
「そうだ。でも、情はある。もし彼女と付き合う流れになったら……、もし、君が僕の気持ちに応えられないって言うなら、本当に彼氏彼女の関係になることだって出来なくはない」
「…………」
「ねえルルーシュ、どっちか選んでよ」
「え……?」
「来週会う女の子とのデート、僕は断って欲しい」
「なっ――」
「君に彼女が出来るのは嫌なんだ。だから……選んでくれ」
 逡巡し、惑うルルーシュに追い打ちをかけるように言い募れば、ルルーシュはしばし絶句したのち鋭い目つきで僕を睨んだ。
「だったら――」
「?」
「だったら今、俺の目の前でその偽の彼女とやらに電話してみろ。今後一切関わりを断つ。そう言えるか?」
 ルルーシュは何故か思い詰めているようだった。同じ大学だから完全に関わりを断つのは無理だ。一応電話はできる。でも……。
「そうしたら君は、僕と付き合うと了承したことになる。――いいの?」
「それとこれとは話が別だ!」
 確かに、けじめをつけろという意味ならルルーシュの言い分に理があるし、ルルーシュが付き合ってくれるなら彼女と寝ることは今後一切無いと断言出来る。そう思いながら胸元のポケットから携帯を取り出した。会話の合間、他のテーブルの人達が揉め事の気配を察知したのか、抑えた声量ながらもよく通るルルーシュの声と、僕とのやり取りに耳をそばだてているのが何となく伝わってくる。
「もしもし、今いいかな。うん……実はさ、今ルルーシュと一緒にいて、付き合うことになりそうなんだ」
「おい!」
 ルルーシュが怒っているのを無視して彼女に告げた。
「でね、悪いんだけど、君からも説明してくれないかな、僕に対する恋愛感情は特にないって。……うん、僕らの関係を話したら怒らせちゃって。……そう、言ったんだ。でも誤解してるみたい」
「待て、スザク!」
 ルルーシュは怒りよりも困惑をあらわにし、けれど彼女との話には関心を引かれたのか僕が話すさまを凝視している。ルルーシュとしっかり目を合わせたまま僕は彼女と話していた。そのまま「はい」と携帯を手渡せば、ルルーシュは話すべきか否か迷って手元を見つめ、耳に当てられずにいる。特に人見知りじゃないし肝も据わっている方だから、これは単に話したくないんだろう。だから、黙って携帯を取り上げてスピーカーに変えた。
「直接話してもらおうと思ったら、ルルーシュちょっと戸惑ってて……。ごめん、君もだよね。手間かけちゃって本当にごめん。今スピーカーにしたから、一言だけでいいんだ。……うん、有難う、恩に着るよ」

『ルルーシュくん、聞こえる? スザクくんは私と一緒にいても、いつもルルーシュくんの話しかしないのよ!』

 ルルーシュが呆然としている。要件は済んだと判断し、後でお礼をさせてもらおうと思いつつ僕は通話を切った。彼女の声ははっきり届いた筈だ。なのに、ルルーシュの機嫌は優れない。聞いた瞬間はハッとした様子を見せたものの、どこを見ているのか解らない眼差しになって徐々に表情を凍てつかせていく。
 そして――。
「ずいぶん……信頼しあっているんだな」
ぽつりと、思いもかけぬ一言を繰り出してきた。
「さっきも言った通り、僕の一番はルルーシュだよ」
「そういう問題じゃないだろ……」
 ルルーシュは会話を打ち切り、さして美味しくもなさそうに淡々と皿のスイーツを片付け始めた。フォークを握り、口元に運ぶ手つきをじっと見つめる。僕の視線に気付いていながら知らんふりを装い、ルルーシュはお代わりのマカロンも取りにいかずに「帰ろう」と言ってきた。
 ここまで明確に言ったのに、何が気に入らないんだろう。『信頼しあっている』。そう見えるんだろうか。彼女と話すことなんて、大体ルルーシュのことだけだよ?
 どうして伝わらないのかな、こんなに君のことだけが好きなのに。


――――――



 付き合うと了承してもいない俺に、彼女とスザクとの関係について口を出す権利はない。
 とてもスイーツを楽しむどころの雰囲気ではなくなり、帰ってきたあの日から既に三日が経過している。スザクはいつも通り家まで送ってくれた。口論にならないよう俺を気遣ったのか、痛いほどの沈黙をむやみにかき乱すでもなく、かといって、結局おごらせておきながら空気を悪くした俺を責めるでもなく。
 この感情にどう名を付ければいいのか解らない。どうして他の女を抱くことができるんだ、俺のことが好きだと言っておきながら……。そして何故、俺はスザクと彼女との間にあれほどの信頼関係が築かれていることに苛ついて、許せないと思ってしまうのか。
 家に着き、ドアの前で「なじっていいよ」と言ったスザクと、かつてここまで険悪な仲になったことなどあっただろうかと疑問に思いながら、俺が感じていたのはスザクの感覚に届かないもどかしさだった。
 『どうしてルルーシュが怒るんだ? 僕の気持ちや行動がどうだろうと、君には関係ないだろ』――その通りだ。でも、何も言えないのに全てに腹が立つ。スザクにも、女にも、そしてままならない自分自身の心にさえも。
 確かに、俺とスザクは性格が真逆だし、人種系統も異なると言っていい。それでも俺たち二人はいつだって互いの考えなら手に取るようにわかったし、突飛なあいつの言動に腹を立てて喧嘩したことならあっても、その思考に全く理解が及ばないなんてことは今まで一度もなかったんだ。だからこそ、幼馴染のまま付き合いを続けてこられた。そう思っていたのに……。
 一週間音沙汰がなく、しかし週末にスザクからLINEが来た。ランプが点滅しているだけで解る、あいつからだと。
 トークを開かず新着を見てみると、スザクのアイコンの横に「明日のデート、どうするのかはルルーシュが決めることだけど、行っ」と表示されている。
 何が言いたいのかは大体解った。わずかに過ぎった「まだ追われている」という安堵と優越感に素早く蓋をして、未読にしたままLINEを閉じた。
 こういうの、未読無視っていうんだろう? 知ってるさそれくらい。でもいいじゃないか。なんでよりにもよってスイーツビュッフェで体の関係がある女との会話なんてさせられなきゃならないんだ? 昔からデリカシーに欠けている奴だと思ってはいたが、俺はまだ怒っている。キスしたからって付き合ってる訳じゃないだろう、俺とお前は……だったら別に、いちいちどうするのか報告してやる義務なんかない。
 ポケットに仕舞った携帯を制服越しに握りしめながら、金曜の五限を終えてまっすぐ帰路に着く。本当はリヴァルと賭けに行く約束をしていたのに、スザクに駄目だしを食らったとかでキャンセルさせてくれと付け足されたのが重ね重ね業腹だ。何の取引をしたんだか。どうせ合コンのセッティングとか、精々女の紹介とかだろう。上手く乗せられやがって……俺よりスザクに従うのか、と思うと二重三重に腹立たしい。

 『だったら越えればいいじゃないか。僕とルルーシュの方が彼女よりはるかに付き合い長いのに』
 ――だから腹が立つんだろう。俺より彼女との付き合いの方がお前は短いのに。
 『彼女には付き合っている人がいるよ。でももう別れるんだ。だから、僕の友達を紹介することになってる』
 ――おまえの友達じゃなくて、お前と付き合うことだって出来るんだろう? その彼女とやらとお前も!

 あの日帰宅した時に言われた台詞を反芻し、LINEを未読にしたままブロックしてやろうかとさえ思い始める。家に着くまでの俺の形相はきっと、苛々鬱々としていたことだろう。ひたすら言いたくても言えなかった言葉を心の中でスザクにぶつけながら、俺は久々にスザクのいない週末を家で迎えようとしていた。


 LINE未読のまま、また一週間が経ち、次の金曜。先週、スザクはうちに来なかった。
 今まで会いたかったから来ていたのなら、もう会いたくなくなったのなら来ない。そういうことだろう。あいつがそれでいいというなら知ったことか。別に毎週末来ていたのなんて、偽の彼女と寝ていた一か月間だけ。それも俺が好きで抱きたい――なんて冗談じゃない!――という理由で、しかも体だけの関係の女を作るなんて意味の解らないことをしておいて、ただ悪びれる様子もなく開き直って弁解してくる男なんか。……それでも、「どうでもいい」と言い切れないのは弱さなんだろうか。
 淋しくなんかない、俺は怒っているんだから。つまらなくなんかない、リヴァルと賭けに行けなくなったって。デートだって何とか断ったけれど、本当は当てつけに彼女を作ってやろうと思ったことを話したら、あいつはどんな顔をするんだろう。
 ――馬鹿、言える訳ないじゃないか、そんな不実なこと。馬鹿げた理由で女と付き合う趣味もないし、付き合わされる女だって迷惑だろう。あいつの気持ちだって解っているのに。
 心の中で罵倒しては言い訳をするの繰り返しで、主に頭の中が忙しくて暇を感じる暇がない。全部スザクのせいだ。あいつの……!
 苛々しながら夕食で焼くステーキ肉の厚さを計ったり、調味料を量りにかけたりしていると、部活帰りのナナリーが帰宅するなり俺の手元の肉を見て、「スザクさん、今週はいらっしゃるんですね」と嬉しそうに問いかけてくる。
 違う、これは部活でスタミナ不足に陥らないため、お前の為に作っているんだよ、ナナリー、という台詞を飲み込んだ。不意に、スザクの為だったら味付けはデミグラスで、と頭に過ぎったせいだ。苛々しながらも結局あいつのことを考えている。それをナナリーに悟られたくなかった。かといって、二週間連絡していないどころかLINEさえ未読にしているとは口が裂けても言えず。
「今週は来ないよ。あいつも忙しいんだろう。なにせ彼女がいるからな。俺にばかり構っているとフラれるぞといつも言ってるのに聞かないから、ちょうどいいんじゃないか?」
 心にもない台詞が勝手に口から飛び出す。するとナナリーはちょっと残念そうな顔をして、「だったら予定を聞いて、今度はお兄様から平日に会いに行ってみてはどうでしょう」と忌憚なく返してきた。
「えっ?」
「いつも来てもらってばかりですし、たまにはどこかに……、あっ、そういえば!」
「な、何かなナナリー」
「先々週、お二人でスイーツビュッフェに行ったとか。じゃあお礼に、スザクさんの好きなビーフシチューやハンバーグを作って持って行って差し上げては?」
 僅かに動揺が走った。俺から……スザクの元に?
「な、ナナリー……スザクから聞いたのかい? スイーツビュッフェに行ったって」
 何故それを、と尋ねられずにいると、ナナリーは天使の微笑みを浮かべて鞄から携帯を取り出した。
「もう、お兄様ったら。私とスザクさんもLINEしているんですよ。『マカロンを食べたそうに見ていたけど、ルルーシュは食が細いから』って。本当にお兄様のことをよく見ていらっしゃって、まるでお兄様のナイトみたい!」
 スザクの魔の手がナナリーにまで! というか、食べそびれたのは誰のせいだと思っている! お前のせいだろうお前の!!
 ――そうじゃなく。
「他に、何か妙なことを言っていなかったか?」
 ナナリーは不思議そうな顔つきで可愛らしく小首を傾げた。
「他にって……。妙なこと?」
「ああいや、別に何も言ってなかったならいいんだ」
 調理に戻ろうとすると、ナナリーはしばらく黙ったまま食卓テーブルの横に立ち尽くし、不意に「お兄様」と鈴の音のように愛らしい声で呼びかけてくる。
「ん?」
 もうちょっとでステーキが焼けるから支度をしておいで。振り返ってそう言いかけた口が、ナナリーのやけに神妙な面持ちで開きっぱなしになってしまった。口調とは裏腹な表情に見えて少々戸惑う。
「スザクさん、お兄様のことを心配なさっていましたよ。『風邪とかひいてないか』って」
「――っ!」
 でもナナリーは、それだけ言うと「じゃあ私、上に行って着替えてきますね」と制服の裾を翻して階段を駆け上がっていった。パタリとドアの閉まる音がする。ナナリーが二階の自室に戻り、キッチンに一人残されてから台詞の意味を一気に理解した。
 ナナリーは気付いている。俺とスザクがこの二週間、実は連絡を取っていないということに。

 夕食を全く関係のない語らいでつつがなく終え、日付を跨いで土曜になった夜半過ぎ。宵っ張りの俺は、いつも寝るのは一時前後だ。スザクは「夜更かしは良くない」とうるさいが、なんだかんだと俺に付き合う。それを思い出し、部屋のベッドに横たわったまま、机に無造作に置きっぱなしにしてある携帯に横目を向けた。
 今週、スザクからLINEは来ていない。来ないままの土曜を迎えたのは久しぶりのことだった。当然といえばそうかもしれない。俺からのレスポンスがないうちに――それも未読のままにされているというのに――次のトークを送信したって仕方がないのだから。
 LINEは一度ブロックされると、トークを送った側からは幾度送信しても未読表示のままになるという。
 もしかすると、スザクは誤解したかもしれない。二週間も未読のままとなれば、俺からブロックされていると考えた可能性はある。ナナリーに俺の安否を気遣うLINEが来たのがいつだったのかは聞きそびれてしまったが、もし、それが昨日だったとしたら?
 せめて既読にしておくべきだった。そう後悔するや否やベッドから立ち上がり、机上の携帯を手に取っていた。ロックをスライド解除してLINEのアイコンをタップし、未読になったままのトーク画面を開く。暫し逡巡したものの、思い切ってスザクの黒猫アイコンの欄を開くと、スザクからはいつもの壁から猫が覗いているスタンプと一緒に、二件メッセージが届いていた。
 『先週は気分を悪くさせちゃって本当にごめん。彼女は前の彼氏と別れて新しい彼氏が出来ました。上手くいったみたいで、もう僕との関係は切れたよ』
 『明日のデート、どうするのかはルルーシュが決めることだけど、行ってほしくないと思うのは僕の我儘で…。嫌な思いをさせてしまって本当にごめんなさい』
 ツキリと胸に痛みが走る。謝罪の言葉でさえ読んでもらえず、二週間も未読にされ続けて、スザクは一体どんな気持ちでナナリーにLINEを送ったんだろう。
 トークはそれ以上入っておらず、俺は机の前に突っ立ったままスザクとのトーク履歴を遡り始めた。……そして、気付いた。一か月以上前に遡ってみても、いつも先にコンタクトを取ってきているのはスザクの方。俺から送ったことなど、二、三度ほどしかない。
 遡るのをやめ、スクロールバーを最新のトークに戻し、記憶をほじくり返してみてもそうだった。
 いつも、話しかけられるのを待っているだけ、俺からスザクに声をかけたことなど、ほとんどない。そんな事実に愕然とした。
 スザクからLINEしてくるのが当たり前。そうしてもらって当たり前。
 立て続けに、ナナリーに言われた言葉が蘇る。
『いつも来てもらってばかりですし、たまにはどこかに……』
 ……ずっと、当たり前だと思っていた。スザクに乞われ、誘われ、あいつからうちに遊びに来たがることが。全部、「求められているから応じているだけ」だった、そんな自分に気付いてしまった、たった今。
 本当は俺だって、会いたいと思っていたくせに……。
 子供扱いされる訳だ。何でもしてもらって当たり前。そんな関係、誰との間でも続く訳なんかないのに。
 ブロックされているのは俺の方かもしれない。とっくにそうされていたって何もおかしくなんかない。
 もし、愛想を尽かされていたら……?
 急に酷く不安になって、震える手でおそるおそるスタンプを送ってみる。
 と同時に、俺は我が目を疑った。
 『起きてる?』
 その一言が送ったばかりのスタンプの前に増えていることに気が付いたからだ。
「……!?」
 トーク画面を開きっぱなしにしていたから、向こうにはもう既読が付いてしまっている。それに、送った瞬間既読が付いたなら、俺がスザクとのLINEを開いている真っ最中だったことも悟られたかもしれない。画面を閉じようか、どうすべきか、目まぐるしく頭が回転し始める。
 なのに、頭を巡るのはこの一言だけ。
 ――会いたい、今すぐに。
 そんな俺の気持ちを裏切るかのように、スザクはこう返してきた。
『読んでくれてすごく嬉しいよ。君の既読を待ってた』
「……!」
『今日は終電がもう無いから、明日また連絡するね』
 読み上げるなり足腰から力が抜け、へなへなと床に座り込んでしまう。自分でも信じられないほどホッとした。心の底からの安堵だ。
「待ってた、って……いつから?」
 二週間前から? つい漏れ出た独白に心の中で付け足す。
 あいつは二週間前から、自分の送ったLINEを俺が読む時を待っていたっていうのか。ずっと……? LINEの画面、一体何回開いたんだ?
「馬鹿……。ブロックされたかもしれないなんて、疑った俺が間抜けみたいじゃないか」
 ぐっと携帯を握りしめる。スザクの気持ちに嘘偽りは一切ない。そんなの解ってた。俺が勝手に疑心暗鬼に陥っただけで、あいつが宣言したことが宣言通りじゃなかったことなど一度もない。それくらいよく解っていたつもりだったのに。
「あいつ……、本当に、俺のことが……?」
 好きなのか、そんなに。
 否応なく伝わってきて眉が寄る。
 それを俺は、あいつの執着をいいことに、その上に胡坐をかくような真似をして……。
 携帯を片手に急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りて冷蔵庫内の食材を確認する。
「よし、足りる」
 明日、スザクの家に行く。スザクから連絡が来る前に。いきなり行って驚かせてやる。もう決めた。
 そして、もう絶対子供扱いなんかさせないように言ってやるんだ。「俺もお前が好きだ」って。
 スザクの住所なら携帯にメモしてある。行くのは初めてだが何とかなるだろう。突然来られてもスザクは迷惑かもしれない。でも知ったことか、お前だっていつも俺の家に突然来るじゃないか。
 唇に自然と笑みが浮かぶ。食材を取り出して調理している間、俺は久々に無心になることが出来た。


――――


 たぶん、ここ二週間の俺は人を殺しそうな目つきをしていたと思う。ルルーシュはどうだったんだろう。愛想笑いが苦痛に思えたのは久々だった。
 もともとせっかちな性格だと自覚はしている。でも、「いつまで未読無視決め込むつもりなんだ?」と苛々しては、心のどこかでルルーシュを責めて、それでも頻繁にLINEを開かずにはいられない。そんな俺は、とてもじゃないが優しい彼氏にはなれそうもないだろう。
 未読表示のままのメッセージを見るたびに傷つく。「これで終わりになんてさせるもんか」という未練がましい気持ちと、「次に会ったら覚えてろルルーシュ」という理不尽な怒りとに板挟みにされ、つくづく待つことが苦手な自分にガッカリしたり、こんなんじゃ駄目だって今度は自分を責めてみたり、諫めてみたり。常に、心の中は暴風雨のようだった。
 いつも眠るのが一時過ぎのルルーシュ。本当はあいつのことばかり言っていられない。俺だって十二時過ぎに寝るのなんてしょっちゅうだし、夜通しルルーシュと語り明かしたことなんて子供の頃から数えきれないくらいある。「まさか夜遊びしてるんじゃないだろうな?」と疑う瞬間が一番嫌いで、厄介だと煩わしく思えた。ルルーシュはインドアだから、としつこく言い聞かせてやっと落ち着くくらい、自分でも強い方だとハッキリ解る独占欲が、今まで危うい均衡ながらもかろうじて保ってきた平常心をしつこくかき乱す。
 昨夜、やっと既読がついた。寝る前に携帯を見るルルーシュを想像しながら、画面を開いてみたら既読になっていてハッとした。返信くらいしてくれてもいいじゃないかと不満に思いつつ、つい「起きてる?」と送ってみたら、一拍も置かずに既読が付いてビックリだ。そして、ルルーシュにしては珍しく、数秒経たずにスタンプを送ってきたから、「まさか見てる真っ最中だったのか?」と気が付いて……。
 その瞬間、今までの鬱屈が全部吹き飛んで、一発で歓喜に変わったっていうんだから呆れてしまう。タイミングの凄さでその喜びは倍加した。
 現金なものだ、なんて可愛いんだろう。生意気で素直じゃないルルーシュに腹を立てていたくせに、気が付いたらとっくに許していて、それどころか「そんな所がルルーシュらしいな」だなんて……。未読無視し続けたことも、後で謝るくらいだったら最初からやらないと開き直るタイプだったと思い出し、そこがまた高潔で羨ましくもあって、それでもこっそり携帯を見ていた強がりで意地っ張りなルルーシュがやっぱり可愛い、いじらしい、放っておけないと思ってしまうだなんて……もう一種の病気じゃないだろうか。
 だって、僕からのLINEがないことに焦れてたのかもしれないだろう? ルルーシュだって怒ってたんだから。しつこく送れば送るほど拒絶されるって解っていながら、SNSで口論になり、しまいには大喧嘩に発展だなんていかにもありそうだ。それを見越して「送るな」ってあの人に忠告されたりもした。言われなくても一応はそうするよ。でも、もしこのまま繋がりが断ち切れてしまったらどうしようって不安は増すばかりだったし、全然大人になんかなり切れてないなって改めて痛感した。

 その後、「ルルーシュがやっとLINEを読んでくれた」と友達に延々とのろけ続け、気付けばいつの間にか寝落ちて翌日の朝。
 ルルーシュはもう起きているだろうか。『明日また連絡するね』と言った手前、何と送ろうか考え、直接会いに行った方がいいか、でも今の段階でいきなり家に行くのは……と躊躇してもみて、LINEって便利な反面不便なものだなと頭によぎった。悩んだ末に打ち明けようと思ったのは偽らざる本音。連絡が取れない間、僕が何をしていたかを正直に伝えることにした。
『君が寝るのはいつも一時すぎだから、あの時間に見たんだ。昼間も三十分おきとか、一時間おきにLINEを見てて、それでも既読になってなかったから、もう会えなくなったらどうしようってすごく不安だったよ』
 これはちょっとズルいと思う。本当は怒ってたくせに、そこは伏せるだなんて。大人って汚い。
 そのメッセージはすぐに既読になった。ルルーシュからの返信はないけれど、今何か手が離せない用事があるんだろう。ちょうど朝食の時間帯と重なってるし、ナナリーと自分のごはんを作っている真っ最中かもしれないと一人勝手に納得し、僕も味噌汁の出汁を仕込みながらのんびりと返信を待つ。
 今日は日曜日。体力維持の為のトレーニングをしてから軽くシャワーを浴び、朝食を摂ったあとに時々携帯を開いて、ひたすらルルーシュのことを考える。今どうしているかな、なんて返そうか考えてるのかな、とか。
 すると、ソファで寛いで珈琲を飲んでいる最中に、来客を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「誰だろう? こんな朝早くから……」
 立ち上がり、インターフォンのモニタを覗いてぎょっとする。
「ルルーシュ!?」
 ドアの外には、何かの包みを持ったルルーシュが少し緊張した面持ちで立っていて、息も止まるくらい驚いた。まさかルルーシュが、僕の家に直接アポなしでやってくるとは想像もしていなかったからだ。
 留守だと勘違いされたら困る。慌てて玄関に飛び出した。迷わずドアを開けると、俯いていたルルーシュが複雑そうな表情で顔を上げる。
「スザク……。その……、急に来てしまって――」
「ルルーシュ……どうして? あ、いや……上がって?」
 上げてしまっていいのか? と内心過ぎったけれど、心の声には無視を決め込み玄関に通す。ルルーシュはすぐには靴を脱がず、僕の顔をじっと見上げて黙っている。そして、おもむろに持っていた包みをおずおずと差し出してくるので、僕も無言で受け取った。その包みはずっしりと重い。
「弁当、作ってきたんだ。要らないなら、捨てていいから……」
 えっ、ルルーシュの作った弁当!? 欲しいよ! もちろん食べるに決まってる。
「それで、こんな朝早くに?」
「あ、ああ……。すまん、迷惑だったか?」
 ルルーシュはすまなさそうな眼差しを僕に向け、どことなく不安げな表情。ああ……何か、何かうまいことを言わないと。誤解させてしまう。
「有難う、すごく嬉しい、君の作るご飯大好きだから」
「そ、そうか……!」
 ほんのりとルルーシュの顔に喜色が滲む。本当はごはんだけじゃなく、むしろルルーシュ本人が大好きでたまらないって部分はあえて伏せた。僕ら二人は手狭な玄関に立っていて、隙間らしい隙間がほとんどない。お互い何を話せばいいのかよく解らないまま、特に気まずい訳ではないけれど沈黙が落ちる。
 ルルーシュはうっすらと唇に笑みを乗せ、明らかに照れ臭そうだ。それ以上に、僕が弁当を喜ぶという反応に安心し、ほっとしているように見える。
「ルルーシュ……」
「?」
 そんな様子を見て、思わず溜息が出た。「君には危機感とか警戒心ってものが足りないよ」と思わず喉から出かかる。ルルーシュは「やはり迷惑だったのか?」という顔で僕を見上げるけれど、溜息のニュアンスの違いを解ってない。
「駄目じゃないか。君を好きだと言ってる男の家に一人きりで来たりして……」
 この近すぎる距離もまずい。ルルーシュが使っている淡いコロンの香りや、衣類から漂う柔軟剤の香り、何よりルルーシュの髪や肌から立ち上るなんとも言えない良い匂いに煽られて、思わず理性が飛びそうになる。ルルーシュは「上がって」と言った僕の言葉に遠慮して、ずかずかと上がり込むような真似をしないし、僕も上げてしまって大丈夫なのかと問われれば、ハッキリ言って自信がなかった。
 だって……。
「お前が悪いんだぞ、他の女と寝たりするから」
 可愛すぎる一言に絶句する。もう……勘弁してよ!
「ルルーシュ。ちょっと……ここ、触ってみて」
「は?」
「いいから」
 戸惑っているルルーシュの手を取り、自分の其処に導く。ルルーシュは何が起こっているのか全く分かっていなさそうな様子で、でも、僕が自分の股間を触らせようとしているのだとは気付き、ぎょっとしたように僕を見る。
「お前は……っ! 何をさせるんだ俺に!」
 勃っていると知ってルルーシュは性的な意味ではなく、単純に驚いているようだった。何、その無垢な反応。君は男の怖さを全く解ってないよ。
 握らせたはいいものの、ルルーシュは特に真っ赤になるでもなく、焦る様子もなく、ただひたすら純粋に驚いているだけのようだ。逆に興味を駆り立てられたのか、無邪気に僕のものをにぎ、にぎ、と掴む。完全に白旗を上げて全面降伏してしまいたい。額を押さえている僕を不思議そうに見上げるルルーシュが可愛すぎて。
「お前――、俺が……、俺で、こんなふうになるのか?」
 トドメの一言で倒れそうになった。ああああっ!!!! もう!!!!!! と叫びだしたくなる衝動と戦いつつ、「君はならないの?」とあえぐように尋ねる。
「悪かったな」
 多少気分を害したというふうに訴えてきたから、ストレートに伝えた。
「これが恋だよ。抑えきれなくなる。言っただろ? 難しいんだ、本当に」
「……」
 もういいか? といった感じで手を放し、ルルーシュは僕の顔をまじまじと見つめ、また僕の股間をしげしげと眺めていた。本当に鈍いんだから! とたまらず抱きしめ、それでも何が起こっているのかよく分かっていなさそうなルルーシュの黒髪に顔を埋める。
自分でも解ってる。気付いている。息がとんでもなく荒くなってること。
「ルルーシュ……。僕、十年以上待ったんだよ、耐えたんだ。我慢出来なくなる感覚、解ってよ」
 たまらない気持ちでルルーシュの唇を奪う。もう一切我慢が利かなくて、とうとう舌を入れてしまった。ルルーシュは抵抗しない。どころか、手が空いているのを良いことに、勃ったままの僕の股間をぎゅっと掴んで意地悪そうにフンと鼻で笑う。
「だったら何故、最初から俺としようとしないんだ、お前は!」
 眦をきりきりと釣り上げ、でもさすがに舌を入れるキスには動揺したのかどことなく悔しそうに……そして、ずっとこの一言が言いたかったんだというふうに吐き捨てる。
「抱きたいんだろう? だったら抱けばいい」
「ルルーシュ……」
 大胆にも程がある。
「出来ないよ。無茶言うなよ、君十七歳だろう? 子供に手を出したら俺はっ……! あ、ちょっ――と。ダメ、だって……ッ!」
 ルルーシュが僕の怒張をわざと擦ってきて、慌てて身をよじった。そういえば、ルルーシュは子供扱いされるのが嫌いなんだった。悪かった、悪かったから! その触り方はやめて!
「……っあ、これ以上触っちゃダメだ! 本気で抑えが利かなくなる!」
 っていうか、感じるツボが解ってるってことはルルーシュやり方知ってるんだ。いつの間に……? ついこの間まで僕が湯浴み手伝ってたくらい小さかったのに。
「でも、そうだ……ルルーシュだって男だもんな。十七歳、僕は、何してたっけ」
 ――ルルーシュで抜いてた。そんなしょうもないことを考えていると、ルルーシュは。
「スザク。男は十六を過ぎたら婚姻出来る。同意があれば、問題ないだろ。それに……」
 ぽつりと一言。
「キスしたくせに」
「――――」
 なんでそんなに時々男らしいんだ、ルルーシュ? 僕がそう焦りつつ「キスしたは、したよ?」と答えると、ルルーシュが「そうじゃなく」と呆れた目つきで僕を睨めつける。
「お前……俺が子供の頃……」
 えっ……?
 思わずポカンとして、じわじわと頬が熱くなっていくのを意識しながら尋ねた。
「起きて、たのか……?」
 はい。僕は、ルルーシュが子供の頃、昼寝の真っ最中にルルーシュの唇を奪いました。ファーストキスだと解っていて。確信犯です。
 ルルーシュはばつが悪いんだろう。「あれで起きた。当時は……何か悪いことをしたような、されたような気になって、黙ってたけど」と途切れ途切れに言い、目をそらす。
 うっ。と声が漏れ、つい「ごめん」と謝ってしまった。
「うん……そうだルルーシュ。僕は……、俺は、昔から君のことが……。ずっと、君のことしか――っ!」
 ルルーシュは前のめりになって訴える僕の頬をさらりと撫で、フッと鼻に抜いて笑った。
「ああ、俺もだ」
 華が綻ぶような笑顔。それを見た途端、思わず涙が溢れそうになり、ぐっと堪えてルルーシュに抱きついた。小さな頭をかき抱き、真剣に言葉を紡ぐ。
「ルルーシュ。遊びの相手と違うんだ。本気で好きな相手には、そう簡単に手なんか出せない。何をするか解らないし……。もし、怖くなったら――」
「怖くない。だから……」
「――っ、るるーしゅ!!」
 ぎゅっと目を瞑った。万感の想いを込めてキスを送る。
 愛しい。ただただいとおしい。可愛い。好きだ。大好きなんだ。愛してる。そんな言葉で幾ら伝えたって全然足りない。

 だから。
 だから、抱きたいんだ、ルルーシュ。




――――




続きます! R18になだれ込む寸前で寸止め……_(:3 」∠)_
そしてモブお姉さんに冷酷な枢木しか見たことがないので、この枢木はアリなのか激しく疑問。

5月23日の惑乱




 朝から溜息ばかりついていたら、五限の美術の授業で絵画のモデルにされてしまうことが決定してしまった。
 俺にだってアンニュイな日はある。といったって、元々夜行性なんだから朝は苦手だし常に憂鬱だ。その話をリヴァルに振ってみたら、「ルルーシュって高校卒業したら裏稼業でのし上がったりする訳?」と訊かれた。お前に俺の将来の心配をされる筋合いはない。ことあるごとに「社長にでもなりたい訳?」とか色々訊いてはくるが、俺には今それより重大な悩みがあるんだよ、察して放っておいてくれないか。

 全ての悩みの元凶は三つ上の幼馴染、枢木スザク。
 俺が生まれた時あいつは三歳。当時は近所に住んでいて、俺が赤ん坊だった頃はなんと湯浴みまで手伝われているという隠す部分のなさすぎる間柄。ゆえにあいつが何くれと面倒見よく年上ぶるのは幼い頃からで、スザクにとって俺は年の近い弟のような存在なんだろう。
 昔は親同士の仲が良かったことからしょっちゅう一緒に遊んでいて、今も昔ほどではないが頻繁に……というよりマメにうちまで会いに来る。
 あいつは大学生、俺は高校生。昔は手の付けられない乱暴者だったが、小学生から続けていた剣道で頭角を現し、全国に出場するようになってからスザクは異様にモテるようになった。
 本人に自覚があるかどうか定かではないが、性格が丸くなったからという理由もある。同時に、俺に対する接し方にも変化があった。昔から異性にやたら親切で律儀な奴だったが、だんだん俺にもそのフェミニズムを向けてくるようになったのだ。
 ……そんなスザクには今、付き合い始めてそろそろ一カ月になる彼女がいる。大学に進学してからは一駅離れたマンションであいつは一人暮らしだ。
 なのに――それなのにだ、土日になるとスザクは必ずうちに遊びに来て夜になると帰っていく。一体どういうことなんだ。彼女とのデートは? 付き合い始めて一カ月といったら、大変遺憾だが女性経験のない俺でも普通は一番楽しい時期だろうと思うし、幼馴染の俺より彼女を優先するべきだということくらい解る。
 時々電話はしているようだが何を話しているのかは一切聞かせないようにしてくるし、週末に彼女がバイトをしているのかというとそれも違う。こともあろうに俺が帰さなければ、土曜に遊びに来てゲームをしていて夕食まで食べてから俺に帰れと言われるまで一緒にいようとするし、俺に予定がないなら泊まっていったって構わないだろうなどと言い出す始末。泊まりセット持参で来る上、土曜に帰しても日曜の午前中から平然と会いに来る。しかし、これはフラれるのも時間の問題だろうとあいつのtwitterを見ていると、彼女とはどうやら平日仲睦まじく関係を続けているようなのだ。
 土日に必ず幼馴染の家に遊びに行ってしまう大学生の彼氏。やはりスザクの彼女は土日にバイトを入れているのか、それについては書かれていないから解らない。
 そしてLINEが来るんだ、週末に。壁から猫が覗いているスタンプと一緒に、当然俺の予定は空いているものという想定なのか余裕なのかよく解らない具合で「明日のおみやげ何がいい?」とか「新作ゲーム買ったから一緒にやろうよ」とか「明日の昼ごはんと晩ごはん、材料買っていくから作ってくれないかな」とか!!
 今日もそろそろLINEが入る。それを心待ちにしてしまう自分自身にも非常に戸惑う。五限終了のチャイムが鳴り、囲まれていた席をよけて椅子から降りると、俺の机の上で携帯のランプがチカチカと明滅していた。
 案の定、スザクからだ。「今日バイトの給料日なんだ。明日ルルーシュの好きなプリン買っていくから待っててね♥」
 何だ! 何なんだよそのハートマークは!! 毎回毎回子供扱いしやがって、この馬鹿スザク!!
 しかも何だあいつ、平日もバイトを入れているだと? じゃあ一体彼女とはいつ一緒に会っているんだ、バイト先が同じなのか?
 気になって気になってどうしようもなくて、今日も携帯でスザクのアカウントを見る。あいつは鍵にしていないから、アカウントを持っていない俺でも呟きを見ることが出来るんだ。
「あれっ、これ私も知ってるー!」
「ちょっとルルーシュ君に似てない?」
 は……? と思って画面を覗き込んでくる女子二人の方へ顔をあげると、彼女たちは楽しそうにリツイ―トで回っていた「海外版壁ドン」の話をし始めた。
「twitterで数日前から流れてるRTで、これ、ルルーシュ君がよく壁にもたれかかって話してるポーズに似てるよねって話になって!」
「そうそう、ヤバいよね! ねえルルーシュ君、試しに他のクラスの子にやってみてよ」
「え……、あ……。はぁ?」
 海外版壁ドンとやらがよく解らず、クエスチョンマークを飛ばしている俺に、女子たちはわらわらと群がり懇切丁寧に――有難迷惑なまでに――説明してくれた。なんでも、その壁ドンで落ちない相手だけを誘うという新手のゲームかナンパ方法らしい。
 ――フン、馬鹿らしい。なんでこの俺が。大体ナンパにひっかかる女も、すましてかわすひねくれた女も別に好みじゃない。というか! 何故やることになっているんだ勝手に!! と思ったが女子の勢いというのは恐ろしい。
 しつこくそそのかされているうちに断わるに断れない状況になってしまい、仕方なく廊下で話し込む女子たち相手に実行してみたところ、事情を知らない誰もが俺と話し込み、デートの約束を取り付けようとしてきたので慌てて断る羽目に陥った。
 ところが、たぶん知っていたのだろう。何かに勘付いた顔をしてツンとよけた女が一人だけいた。実際避けられると多少気まずいものがあったが、俺にだって面子はある。やってみると疲れるものの、まあ存外面白い――とまではいかないが、気丈なタイプを落とすという経験は男としてはなかなか悪くなかった。逃げられると追いたくなるのは男の本能というものだろう。
 事情は話したが囃し立てられた流れで後日その子とデートすることになってしまったのは誤算だった。しかし、その女子も実のところは満更でもないようで、彼女に恥をかかせないようどう断ろうかと悩む反面、半ば乗りかかった舟だと諦めるしかなさそうな状況、それが今だ。


「――という流れでな。来週の土日は彼女とデートに行くことになりそうなんだ」
「土日って、どっちも?」
「それはまだ決まっていない」
 リビングのテーブルでスザクは「ふうん」と頷いていた。「これから相談するんだ?」と俺に言っているのか独り言なのかぶつぶつ呟きながら、ケーキのクリームを掬って口に運んでいる。俺もお土産に持ってきてくれたプリンをつついているうちに、スザクは「LINEはもう交換した?」などと根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた。
「ああ、一応ね」
「要するにナンパで女の子を引っ掛けちゃったってことか。で、どんな子?」
「どんなって。まあ、普通に」
「可愛い子?」
「大人っぽいタイプというか……、実は一学年上でな。先輩なんだよ」
 断わりづらい理由を端的に告げると、スザクは「ルルーシュって年上好みだっけ?」などと的外れなことを尋ねてきて、「それはお前の方だろう」と突っ込みたくなった。年上キラー枢木スザク。俺にとっては無意識で歯の浮くような褒め言葉を連発する一級フラグ建築士にしか見えない。
「別のクラスの女子と一緒に話してた相手が偶然先輩でさ。それにしても、最近の女子って積極的だよな。何の話をしているか訊いただけなのに、いつの間にか一緒にデートに行くって話にされそうになるんだから」
 スザクは困った顔をして、「まあルルーシュはモテるから、気持ちは解るよ」などと相槌を打っている。そういうお前にだって彼女がいるくせに、と少しムッとした。
「で、どうするの彼女とは。付き合うの?」
「そんなの解らないだろ……。でも、そうだな。俺もこの機に彼女が出来るかもしれない」
「好きなのか? 彼女のこと」
「そうなるかもな」
 まだ解らないと言っているだろうが、とは思ったが、いつも年下扱いしてくる上に「たとえ同い年だったとしても僕の方が半年お兄さんだよ」なんて言ってくることもあるスザクに当て付けのつもりで言い足すと、スザクは感慨深そうに「ルルーシュに彼女か~」と言いながら俺の頬についたクリームを指先で掬ってぺろりと舐めた。
「おい……」
「いいからいいから。いい年して頬にクリームなんて付けてるルルーシュが悪いんだろう?」
「だからって舐めるな、恥ずかしい奴だな。それはそうと、お前こそ彼女とはどうなってるんだ。俺に関わってばかりじゃそのうちフラれるぞ」
 スザクは深々とお辞儀をし、「御心配有難うございます」などといつも通り茶化してみせる。
「お前、俺に女のことを話さないのは――」
「ん?」
「だから、俺に恋愛経験がないからって馬鹿にしてるのか、それとも遠慮してるのかどっちなんだ」
 するとスザクは急に真顔になり、続けてゆるりと相好を崩した。フォークを皿に置き、片肘をついて俺に視線を向けてくる。
「じゃあさ、ナンパの後にすること解ってるのか、ルルーシュ?」
「え?」
 どこに行くのかもこれから相談して決めるつもりでいたが、こういう場合、普通は誘った側の男がプランを考えて女性をリードするものなのかもしれない。一瞬、経験豊富そうなスザクに質問してみようかと思ったが、そういえばスザクはナンパしたことがあるんだろうか?
「お前、ナンパ経験もあるのか」
「えっ? ああ……。まあ、友達に勝負を持ちかけられたっていうか、巻き込まれただけ」
「ふぅん……」
「それで?」
「だ、だから……デートだろ?」
「うん」
「雰囲気のいいカフェにでも行って、食事をして……、あとはウインドウショッピングをしたり、何かプレゼントをしたり」
「それから?」
「……っ、後は、家まで送る!」
 まあるく瞳を見開いてぽかんとしていたスザクは続けてプッと噴き出した。
「なっ、何も問題はないだろう、何故笑う!」
 また子供扱いか! と屈辱を感じつつ怒っていても、スザクは「ごめんごめん」とクスクス笑いながら悪びれない。彼女との話を頑なに秘密にされている苛々もあいまって、俺は自分で思っている以上に腹を立てていた。
「お前な、いつもそうやって俺を年下扱いして……! だったら彼女を作ればいいんだろう、やってやるさそれくらい!」
 夕食前だろうと構うものかと思い、「もう帰れ!」と追い立ててやれば、スザクは意外なほど素直に「はいはい」とあっさり玄関に向かった。
「恋人になったら、付き合ってすることはたくさんあると思うけど……一回目のデートだったら、そうだなぁ」
「まだ何か言うつもりか」
「ルルーシュ」
「ん……?」
「付き合いたい子と別れ際にすることって、何か知ってる?」
「別れ際に、すること……?」
 次のデートの約束とか、握手とかだろうか?
 そう思っていると、玄関で靴を履いたスザクが悪戯っぽく微笑む。
「ちょっと耳貸して」
 言うなり俺の肩にスッと腕を回して上体を引き寄せ、同時に瞬きする間もなく、スザクは俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
 そして、密やかな声で囁く。
「こうやるんだよ」
 呆然としている俺の頬にチュッと音をたてて再び唇を寄せ、スザクは「また明日ね、ルルーシュ」と、今まで見たこともないような優しく甘い笑みをこぼして帰っていった。
 呆然が混乱に変わり、アンニュイな冒頭から更なる煩悶が始まるまで五秒前。
 その時の俺はただ、口元を押さえて玄関で立ち尽くしていることしか出来なかった。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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