オセロ 第20話(スザルル)

20


 思いがけないスザクの告白。
 ルルーシュはスザクの肩にしなだれかかったまま、ピクリとも動かなかった。
 ただ、馬鹿みたいに晴れ上がった空を遠い気持ちで見上げながら、もし今日が雨だったとしたら、もっと違う展開になっていたのだろうかと考えただけだ。
(いや、きっと変わらなかっただろうな)
 変わるとしたら状況だけだ。屋上でなく、屋内で――おそらくはルルーシュの部屋で。以前と同じように。
 不思議と驚きは無かった。……いや、一瞬たりとも動揺しなかったかと問われれば嘘になる。正に晴天の霹靂。
 ――だが、これで全て得心はいった。
(何かについて心から納得する時というのは、何かを諦める瞬間にとてもよく似ているんだな)
 ただ、嘘のように心が凪いだ。それだけだ。
 恋慕に塗れ、ひたすらスザクを欲し、煩悶していた一年前の自分に教えてやりたい。そして、言ってやりたかった。
『さあ、これからどうする?』と。
 ほんの僅かに身じろぎしたスザクに気付き、ルルーシュが体を引こうとする。
 寛げていた前面を既に閉じていたスザクは離れるのを許さず、手繰り寄せた自分の制服をルルーシュの下肢にそっと被せてきた。
 汚れるのではないかと思ったが今更だ。スザクにとっても別に構わないのだろう。抵抗する気もないルルーシュは黙ってそれを受け入れ、再びスザクの肩へと凭れ掛かった。
 一年ぶりに感じるスザクの体温。特に深い感慨も無い。
 暖かく感じるか、それとも冷たく感じるか。きっと気持ちの温度にもよるだろう。
 生温い風がそよぐ中でルルーシュが詮無きことを思っていると、スザクがおもむろに尋ねてきた。
「驚かないんだね、ルルーシュ。この話を君にするのは、初めてだったと思うけど」
「……驚いて欲しかったのか?」
 スザクの父殺しを知った記憶は失った事になっている。
 けれど、ギアスという名の超常によって暴かれたスザクの過去を知ったあの時も、酷い恐慌に陥ったスザクとは対照的に、ルルーシュはやはり冷静だった。
「お前に何らかのトラウマがあるらしい事には気付いていたさ。気付かない方が変だろ?」
「…………」
 沈黙するスザクの背中は痛々しいほど強張っていた。
 だが、ルルーシュは気付かない振りをしながら話し続ける。
「自殺したんじゃなかったんだな。お前の親父さん。確か、俺とロロが一時帰国して……戦争が始まる直前に自殺したと報道されていた筈だが」
 スザクは何も答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
 触れ合った肩越しに伝わる振動。激しい情事の後でさえ乱れなかったスザクの呼吸が小刻みに震えていた。
 何故なにも話してくれないのかと詰ったルルーシュの前で、瘧のように震え出した一年前のスザクを思い出す。
『周りの大人たちが皆で揉み消してくれたおかげさ』
 マオはそう言っていた。そして、ルルーシュはこう答えた。
『物語は必要だ』と。
「あの雨の日以来、お前が片時も木刀を手放さなくなった理由はそれか。……俺たち兄弟を、護る為に」
 尋ねた瞬間、ルルーシュの背中をかき抱くスザクの腕にぎゅっと力がこもった。
『もう二度と、自分の為に自分の力を使ったりはしない』
 ルルーシュの胸に縋りついて泣き崩れたスザクが、搾り出すような声で口にした言葉だ。
 ずっとおかしいと思っていた。どこがどうと具体的に言えなくとも、あの日を境にスザクの性格――寧ろ性質そのものが大きく変貌してしまった事には何となく気付いていたからだ。人の心理的変化に聡いナナリーは勿論のこと、ルルーシュでさえも。
 だから、スザク自身の本質をも揺るがすような出来事に遭遇したのだろうとは思っていた。そして、その出来事というのが、おそらく自分たち兄妹に関わる何かなのだろうとも。
 前後の出来事を考えれば辻褄が合う。全てを悟った今となっては、何故今までその可能性に思い至らなかったのか不思議に思える位だ。
 沈黙を守り続けるスザクへと、ルルーシュは重ねて問いかけた。
「あの日、ロロが何者かに連れ去られ、俺も薬で眠らされていた。しばらくしてロロは何事も無く戻ってきたが、連れ去られていた間に何があったのか、あのロロでさえ決して俺に話そうとはしなかった。……ただ、よく解らなかったとだけ言っていたな。どこかの部屋に置かれていたようだと。眠らされる前後の記憶が曖昧すぎて、俺も覚えていないんだ」
「…………」
「何があった。……聞かせてくれ。スザク」
 ナナリーの居た位置がロロにすり返られているだけで、八年前の記憶はそのまま残されている。
 どしゃぶりの雨の中、外にいるスザクに気付いて駆け寄るまで、何故か離れに立ち寄った筈のスザクが入り口に背を向けていたことも。
(あの日からずっと、お前は言えずに苦しんでいたのか。たった一人で抱え込んだまま、誰にも言えずに)
 スザクの腕を解こうともせず、ルルーシュは抱かれる腕に任せたまま、じっと目を閉じていた。
 理由など言われずとも想像がつく。
 スザクが動機を含めた一切を頑ななまでにひた隠してきたのも、ルルーシュに、そしてナナリーに、父殺しの責を負わせたくなかったからだ。
 だが、そのスザクが何故今になって言う気になったのか。ルルーシュは、その理由にも既に気付いていた。
「何故隠してきたのかなどと問う気は無い。だが、俺には知る義務がある。そうだろう? スザク」
 敢えて権利とは言わずに義務という単語を持ち出す事で、ルルーシュはスザクに先を促した。
 八年前も、そして一年前にも聞けなかったスザクの本音。
 後には引けない本気のゲームを仕掛けても、結果は予想通り。最後の最後まで頑なに閉ざされ続けた心の扉。
 ずっと探していたその扉の鍵を、今ようやく手渡された気分だった。
「俺の弟を攫ったのは、お前の父親だったという事か……」
 確認の意を込めて疑問形を避けたルルーシュの台詞に、スザクはぐっと息を詰まらせたまま項垂れた。
(今までもそうやって、ずっと飲み込み続けてきたのか……スザク)
 どんな猛毒となって身の内に巣食っていたことか。
 例えこれがどんな策略による告白だろうと、事実は事実。受け入れざるを得まい。
 作りが杜撰な割に、よく出来た冗談もあったものだとルルーシュは思った。本来の記憶と照らし合わせてみると、より滑稽さも際立ってくるように思える。
 改竄された記憶の中でのルルーシュたちは皇族ではない事にされているが、当時の状況を鑑みれば、例え一般人だったとしても人質として扱われる可能性は無くもない。
 日本側に対する批判も免れないだろうが、侵略を仕掛けているブリタニア側が見殺しにしたとなれば、国際批判の対象にはなる。実際に殺されなかったとしても、その場しのぎの牽制くらいにはなっただろう。
(いや、それもどうかな……)
 ブリタニアは弱肉強食を謳う実力至上主義の国だ。いずれにせよ、見殺しにされる結果に変わりはないだろうが。
 但し、権謀術数渦巻く皇族関連の人間ではなく一般人である場合、遺族が騒ぐのは必至。その死を内々で片付ける訳にはいかない。
 しかし、理由など、後付けにすれば幾らでも捏造出来るのだ。――嘗て、スザクの周囲にいた者たちが用意した物語のように。
(しかし……こんな所だけ合っていてどうするんだ?)
 憤死したくなるのと同時に、酷くせせら笑いたい気分だ。辻褄が合っていようがいまいが正直どうでも良かった。
 過去を改変されたとて、大筋に変わりは無い。そして、スザクもそれを知っているからこそ告白してきたのだろう。
 スザクはルルーシュの肩口に顔を押し当てたまま話し出した。
「僕はね、君たち兄弟が来る前から、父とはずっと肌が合わなかった。……それでも、殺したいくらい憎んでいた訳ではなかったよ」
 最大の秘密を吐き出した事で少しは落ち着きを取り戻したのだろう。スザクの震えはいつの間にか止まっていた。
「君も気付いてると思うけど、僕の父は、ブリタニア人である君たち二人を殺そうとしていた。そうすると、どうなるかは解るよね?」
「下手をすれば、国際問題になるだろうな」
 本当は、最初から人質として送り込まれていたのだが。
 ルルーシュはどうにかその思いを飲み込んで、続くスザクの台詞を待った。
「父は徹底抗戦を望んでいた事になってるけど……。でもね、本当は違うんだ」
「違うとは?」
 ルルーシュは尋ねながら体を起こしかけたが、スザクは離れていこうとするルルーシュの体を留めるように強く引き寄せてくる。
「戦争になる前、ブリタニア側が色々と挑発行為を仕掛けていた事は知っているよね」
「ああ、知っている」
 当時のブリタニアは戦争を仕掛けるというより、ただ攻めていける口実を作る為に、日本の領海内に侵入して威嚇射撃を誘うなど、実に侵略戦争らしい手口で日本を挑発していた。
 放っておいても、いずれ戦争にはなっていただろう。
「だけど、荒れていたのは世界情勢だけじゃなかった。父は戦争の仕掛け人だったんだ。彼は裏で、戦争の引き金を引いていた。巧妙に、周囲にそれが故意であるとは気付かれないように……。彼は、当時の日本を実質支配していた別の権力者への当て付けに、日本をブリタニアに売り渡す事を考えていた。彼らを完全に出し抜く為の手段として、最悪の方法を選択したんだよ」
「そこで目を付けられたのが、俺たち兄弟だったという訳か」
「そうだ。つまり、目の上のコブに対する腹いせだった訳だけど……。キョウトに勝てるなら、日本を売り渡しても構わない。それが父の考えだった。開戦に持ち込む為にブリタニアを煽って、日本に反ブリタニアの気風を刷り込んでいたのも、全部父の仕業だ」
 つまり、ルルーシュにとって知り得ない裏事情も、密かに絡んでいたという訳だ。
(事実は小説より奇なりだな)
 病んでいるにも程がある。
 ルルーシュは深く嘆息しながら、スザクの背中に回した自分の手を見つめていた。
 おおよその事情は把握した。だが、それはあくまでも故・枢木ゲンブ首相個人の事情であって、元々人質として差し出された立場であるルルーシュ達にはあまり関係が無い。……何故ならルルーシュたちは、元々その辺りの事情も考慮された上で差し出された人質だったのだから。
 ともあれ、先の展開は読めている。これ以上スザクに話させる必要も無いとルルーシュは思った。
「ねえ、ルルーシュ」
「何だ?」
「前、僕が言ったこと、覚えてる?」
 体を起こしたスザクが、ようやく目を合わせてくる。
「……いつの事だ」
 内心「来たか」と思いながら、ルルーシュは尋ねた。
「君に、もう危ない事はしないでって言った事」
 案の定、スザクから返されたのは、予想と寸分違わぬ答えだった。
 真剣な表情で凝視してくるスザクの瞳に屈さぬよう、ルルーシュは困ったような顔で笑みを浮かべてみせる。
(つくづく予想を裏切らない男だな、お前は)
 この段になって、ようやく八年前の事を切り出してきた理由など知れている。
(これがお前にとって、最後の切り札だったという訳か。スザク)
 だとしたら、ジョーカー並の手札だったとしか言いようが無い。
 ――はっきり言って、劇薬だ。
「ああ。覚えているよ、スザク。お前は昔から、やけに心配性だったからな」
 合わせた目を逸らすでもなく、ただ回想に耽るように伏せながら呟くルルーシュを前に、スザクは真意を探るような鋭い視線を向けてくる。
「解っていると思うけど、父を殺したのは僕自身の情が原因だ。自分勝手に力を求めた僕が……いや、俺が、自分自身の業として犯した罪なんだよ」
 スザクの言葉はルルーシュに言っているというより、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだ。
 事実、そうなのだろう。
(何が「解っていると思うけど」だ)
 呪詛のようにしか聞こえない。
 ずっとスザクを縛り続けていた解けない呪いは、単なる友愛を遥かに超えた憎悪となって心に絡み付いているらしい。……今も尚。
『僕と同じになって欲しくない』
 嘗て言われた言葉の重みが、全く違ってくるではないか。イレギュラーもいい所だと思いながら、ルルーシュはようやくの思いで言葉を紡いだ。
「だから、俺たち兄弟に責は無いと? 馬鹿を言え」
「ルルーシュ、」
 途端、眉を顰めて咎めるように名を呼びかけたスザクを、ルルーシュは無言で首を振って遮った。
「お前が今まで言わずにいた理由に気付かない俺だとでも思ってるのか? ……お前の言いたい事くらい、ちゃんと解ってる」
 ルルーシュはスザクを安心させる為、ふっと笑みを浮かべながら首を傾げてみせる。
 そう、あくまでも、冷徹に。
 今まで秘密を隠し通してきたお前の思いを、決して無駄にはしない。――そう言ってやれない事が、今、心の底から残念だ。
 せめてナナリーを返してくれたら、少しは考えてやってもいい。そうも言いたい所だが。
(でも、もう遅いんだよ、スザク)
 ――何もかもが。
(だから、早く話せと言ったのに)
 ルルーシュは一年前に経験した数々のすれ違いを思い返しながら、いつかスザクにされた時と同じようにスザクの手を取り、その甲へと恭しく口付けた。
 スザクはきっと知らないのだろう。
 止まれぬ悍馬を止めるには、殺してやるしかないのだと。
「ルルーシュ……」
 顔を上げて泣き笑いのように微笑むルルーシュを、スザクがきつく抱きしめてくる。
 息も詰まるような抱擁に身を任せながら、ルルーシュは猫が懐くような動作でスザクに頬をすり寄せた。
「……君は、僕を僕のままで居させてくれる人ではなかったよ」
 ぽつりと落とされたスザクの声。
 底に滾る憎しみを帯びながらも酷く乾いていたその声は、さながら傷口から滲み出す真紅の血液、もしくは膿。
 しかし、それでいて、何故か哀切にも聞こえる不思議な響きだった。
「……っ、ス、ザク……」
 抱き込んでくるスザクの腕が、高まる感情のままに力を増していく。
 締め付けられたルルーシュが苦しげに呻くのも構わず、スザクは腕を緩めぬまま話し続けた。
「君はいつだって、一番見たくない俺の姿ばかり見せ付けて、引きずり出し、暴こうとする、僕にとって誰よりも最悪な友達だった。それなのに、君はどうして僕を惑わせる? 何故惹きつける。こんなにも……!」
 苦しげに吐き捨てるスザクの声を、ルルーシュは無言で聞いていた。
 本来なら責められる謂れの無い事ではあるが、先に仕掛けたのは確かにルルーシュの方だ。
「僕は君が憎いよ、ルルーシュ。まるで病気だ。いつだって君の事ばかり考える。朝も昼も夜も、眠っている時でさえも! ……もう気が狂いそうだ。君の所為で!」
 想いの丈をぶちまけるようなスザクの独白が続いた。自分の所為ではないと思いながらも、ルルーシュは敢えて否定しなかった。
 憎悪に染まった叫びを聞かされるのは初めてではない。……だが。
(血を吐くような声だと思ったのは、これが二度目だ)
 パーペチュアル・チェック。いや、今の状況で言えばスティール・メイトだろうか。
 いずれにせよ、実は負けではなく、引き分けで終わっていたのかもしれない。――無論、仕掛けたあのゲームをチェスに擬えるならの話だが。
(だが、盤面は真っ黒だ)
 憎しみという名の黒で隙間無くびっしりと埋め尽くされ、打つ手など無い。もう、とっくに。
 少なくともチェスならば、盤上の升目全てを黒一色で埋め尽くす事など出来はしないのだから。
「……スザク。だからお前は、俺ではなく、皇女殿下を選んだのか?」
「!?」
 掠れた声で尋ねた瞬間、弾かれたように顔を上げたスザクが酷い形相で睨んでくる。
 信じられないものを見る目つきに、歪んだ口元。険しかった表情が一瞬消え失せ、顔を伏せたスザクは地を這うような声で呟いた。
「君は……。そう……。そうか。まだ、解ってないんだね……」
 一度だけ空笑で肩を揺らした後、ねめつけるような角度で上げられたスザクの顔に、見るも凶暴そうな怒気がじわりと広がっていく。
「だったら、解らせてやるよ」
 言うや否や、間髪入れずにスザクの手がルルーシュの胸元へと伸びた。
 力任せに胸倉を掴まれたルルーシュが、引っ張られる勢いに上体をよろめかせる。
「……!?」
 驚愕に目を見開いた瞬間、降らされたのは怒りに任せた荒々しい口付けだった。
「……っ、ん! う―――っ!!」
 噛み付くようなスザクの口付けに、ルルーシュが苦しげな呻きを漏らす。
 息継ぎの暇も与えられず、乱暴なキスは立て続けに繰り返された。甘さなど一切含まない強引さは嵐のようだ。
 互いの唇が唾液に塗れていく中、激情に任せて穿たれる感覚がルルーシュの脳裏にフラッシュバックする。
 いっそ獰猛にさえ感じられるスザクの野蛮さは、去年の誕生日に無理やり部屋へと連れ込まれ、意識が飛ぶまで抱き潰された時の激しさに酷似していた。
「っは! はぁっ……!」
 ようやく引き離されたのは、息の続かないルルーシュが涙目になった頃だった。
 鬼気迫る勢いでルルーシュの胸倉を掴んでいたスザクが苦しげに顔を歪め、そのまま胸へと倒れ込んでくる。
 皺の寄った制服を握る両手の間に顔を埋めたまま、何かに耐えるように伏せられていた頭はすぐに上げられ、スザクは溺れるようにルルーシュの体を力強くかき抱いた。
 もう二度と、自分の為に力を使ったりはしない。そう言いながら泣き崩れたあの日と同じく、ルルーシュに救いを求めて夢中でとり縋っている。
「本当の俺は、凄く自分勝手だ。放っておけばすぐにでも、自分の思う侭に力を使いたがる。例えば父を殺した時のように。……だから、一生縛っておかなきゃいけなかったんだ。固く、きつく、錘をつけてでも! でなきゃ僕は、今を生きる僕には、もう生きる価値なんか……だから………!」
「ス、ザク……」
 血を吐くようなスザクの叫びは続いた。
 ルルーシュが呼びかけてみても、声が届いているのかどうかさえ定かではない。
 悲鳴を上げたくなる程の強さで抱き竦められ、これ以上無くぴったり重なり合ったルルーシュの体が耐え切れずに軋みをあげている。
 深く息を吸い込む音と同時に耳元で響いたのは、噛み締めた歯がぎりっと鳴らされる音だった。
「本当の俺が常々思っていることを、君に言うよ」
 低く押し殺した声を搾り出すように、スザクが告げてくる。
「え……?」
 何を、と問いかけた瞬間、一際強く羽交い締めにされ、ルルーシュの背が反り返った。
 肩口に顔を押し当てられた所為で上手く息が出来ない。苦悶の表情を浮かべたルルーシュは空気を求め、スザクの腕から抜け出そうと必死で身を捩じらせた。
 耳元に、苦痛に塗れたスザクの声が降ってくる。
「……俺は、君自身の意思なんか何もかも捻じ曲げて、好き勝手に縛り付けておきたい。いつも目と手の届く所に繋いでおきたい。そう思ってるんだ! 君が危ない事なんか何一つ出来なくなるように……僕が、俺自身が、安心していられるように! だって君は、八年前からずっと、僕の守るべき人なんだ。失ってしまえば、僕はきっと、今よりもっと苦しむに違いない。……今だって、僕がどれほど君を想っているのか、君は全然解ってない。知ろうともしない! 八年前から君はずっとそうだった。解ってないんだ! 何一つ!」
「―――!?」
 スザクの激情は凄まじかった。絶句したルルーシュが恐怖に顔を引きつらせる。
 落ち着けと叫びたかったが声にならない。スザクの気迫に気圧された頭は完全にフリーズし、かける言葉さえ見つからなかった。
 あらん限りの勢いでぶつけられたのは、ほとんど狂気にも近い妄執だ。
 だが、それでもまだ収まらないスザクは止まらず話し続ける。
「ずっと封じていたのに。君を傷つけたくなかったから。……でも、もういっそ、俺に従わないなら殺してやりたいよ!」
 息を荒げたまま向き直ってきたスザクは酷く興奮していた。
 こういうのをキレたというのだろうか。不規則に強弱の付けられた危うげな話し方といい、昏い光を宿らせた目元といい、明らかに普通の状態ではない。
 力任せに掴まれた両腕が痛む。喉を鳴らして息を飲み込んだルルーシュは、体の奥底から湧き上がる怖気にひたすら背筋を震わせていた。
「君は、僕の気持ちを理解するべきだ。今すぐに! 僕は君を離さない。逃がさない。嘘を吐くことだって、もう一切許さない。ゼロに傾倒する事も、興味関心を持つ事でさえも許さない! ……絶対、思い通りになんかさせないよ。させてやるもんか! だって僕は、君に直視しろと迫られて、八年前に決めた筈の生き方まで歪められて、もう元の僕のままではいられなくなってしまった……!」
 頬をピクピクと痙攣させながら一息に話し切ったスザクは、ルルーシュの頭へと手を伸ばした。
 後頭部へと滑り落ちた手が、一瞬だけ髪を掴みかけてから離される。
 悔しげに唇を噛み締めたスザクは、やり場の無い哀しみに顔を歪ませていた。正視に堪えないその様に、見上げるルルーシュの顔にもまた、遣る瀬無い苦渋の色が滲んでいる。
 ルルーシュから顔を背けたスザクは、離した手を最後の最後で辛うじて握り拳へと変え、そのままフェンスに向かって思い切り叩き付けた。
「……だから言っただろ、ルルーシュ。僕を煽ると、後悔するよって」



**********************

※以下、文中用語説明有。畳んであります。

文中に出てくる「パーペチュアル・チェック」とは「延々とチェックが続く」状態のことで、チェスにおける引き分け条件の一つです。
そして「スティール・メイト」というのは、「相手ターンで動かせる駒がキングしかなく、それを動かすとチェックになってしまう」状態の事を指します。
チェスでは自分からチェックされに行く事が出来ないので、この場合も同じく引き分けとなるのでした。

本編でのスザクさんを駒に例えると、白のナイトというより「アンダー・プロモーションしたポーン(兵隊)」かもしれません。
ポーンは後退の出来ない駒なので、どこまでも前にだけ進んでいきます。
して、相手陣地の一番奥に到達すると「プロモーション(昇進)」といって、クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのどれかに変わる事が出来るのですが(通常クイーンになります)、戦術上ナイトになる事もあり。
クイーン以外の駒(例えばナイト)に変わる状態の事を「アンダー・プロモーション」といいます。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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