オセロ 第18話(スザルル)

※大したこと無いので畳んでませんが、一部BL的描写がありますのでご注意下さい。





18


 目を合わせないルルーシュの様子を横目で伺っていたスザクは、遠い記憶に思いを馳せるように茫洋とした眼差しで空を見上げていた。
「僕と離れている間、君は泣いたかい?」
「……お前はどうだったんだ?」
 全身に拒絶の空気を纏わせたまま、質問に質問で返すルルーシュを見て、スザクが僅かに目を伏せる。
「僕は、泣けなくなったよ」
 君と離れてから一年間、ずっとね。
 ぽつりとそう漏らした後、スザクがするりと視線を逸らした。
「そうか」
 酷く耳に残る台詞だ。
 だが、今のルルーシュにとっては、この問いかけに答える意味などさして無いようにしか思えない。単に、それはそうだろうと他人事のように思うだけだった。ユーフェミアを殺された恨みと憎しみで、身も焼き尽くさんばかりだったに違いないと。
「あの日、どうして泣いてたの?」
「何が?」
「はぐらかさないでよ。……泣いてただろ。君」
 記憶が戻っているかどうか探りを入れる事だけが目的ではないと察してはいたが、それにしても……。
(このしつこさには本当に恐れ入る)
 今更それを聞き出してどうしようというのか。
 辟易とする思いをひた隠したまま、ルルーシュは無言で俯いた。
 一年前、ルルーシュがスザクに心底傾倒し、依存していたのをスザクは知っている。
 まだこちらに好意が残っていると見込んだ上で仕掛けてきたのだろうとは思っていたが、会話の糸口としてチョイスする話題が一年前の関係についてとは……。とんだ悪趣味もあったものだ。
 スザクとて同じ思いではあるだろう。確かに、円滑な友達ごっこを続ける為にも避けて通れない話題ではある。
 だが、どのみち例の関係については、もう終わっているのだと強調しておかねばならない。
(自惚れるなよスザク。調子に乗るのも大概にしろ)
 あんな別離の後で、深く掘り返す話題でもないだろう。
 この期に及んでどういうつもりか知らないが、ユフィの件さえ持ち出せば、その話題に関する追求は恐らくクリアされる。
(大体、今のお前が俺に執着する理由など、とっくに無くなっている筈だ)
 スザクが『縛り付けておきたい』と口にするほどルルーシュに執着していたのは、ブリタニアに隔意を抱いていたルルーシュが、いつか自分と同じ父殺しになるのを恐れていたからだ。
 そのルルーシュがゼロだったと知った以上、嘗て『僕と同じになって欲しくない』と言っていたスザクの想いは完全に裏切られた事になる。
 だから、『本当の俺』を露にした今のスザクが、まだルルーシュに対して執着する理由があるとしたら、只一つ。
 ――ユフィを殺した仇に対する恨みでしかない。
(いや、だからこそ、か……)
 もし記憶が戻っているとしたら、敢えて以前の関係を引き合いに出して友達ごっこを仕掛けられた方が、ルルーシュにとってのダメージも大きいと判断したのだろう。
 規模は小さいものの、正に復讐にはうってつけだ。記憶が戻っていても、いなくても、甚振るという意味合いでなら、さぞかしいい嫌がらせとなるに違いない。
 いやらしい戦法だ――と、そこまで思った所で、ルルーシュの背筋にひやりとしたものが走った。
 記憶が戻っていると仮定した場合、揺さぶりをかける意味でこの話題を持ち出すのなら確かに効果的かもしれない。
 だが、記憶が戻っていないと判断した場合、スザクはどうフォローする気でいるのだろう。
(まさかとは思うが、もうとっくに終わっているあの関係を継続させるつもりでいるのか?)
 ……だとしたら冗談ではない。
 幾らなんでも有り得ない展開だ。ルルーシュは即座にその予想を打ち消した。
 ちらりと過ぎった考えに悪寒が走る。今更スザクに抱かれてやるなど、言語道断だった。
「どうして今更そんな事を訊くんだ? お前にとっては、もう関係ない事の筈だろう?」
 長らく俯いたまま黙り込んでいたルルーシュは、口にするどころか思い出す事さえ辛いとでも言いたげに、いかにも沈痛そうな面持ちでスザクに尋ねた。
「関係ない?」
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「お前は、ユーフェミア副総督と……その、恋人同士だったんだろ?」
 さりげなくユフィという愛称を避けたルルーシュは、スザクに向かって悲しげに笑んでから目を逸らした。
 上手くいったと聞かされたのはナナリーからだ。
 だが、今その名を口にする事は決して許されない。――ただ、誰よりも愛する妹の名を呼ぶ事ですら。
 水面に落とされた一滴のインクが波紋を広げていくように、ルルーシュの胸中に黒い染みが滲んでいった。
「誰かがそう言ったのかい?」
 もう終わったことだと言わんばかりに論点をずらそうとするルルーシュを、スザクは無表情で見つめていた。
「当時噂になっていただろう。お前も知ってたんじゃなかったのか?」
「知ってたよ」
「だったら、」
「付き合ってるって、本気で思ってたのか? 皇女だったユフィと、イレブン出身の騎士が。……随分、君らしくない発想だな」
 台詞の続きを遮るように尋ねられ、ルルーシュが一瞬口ごもる。
「……では、あれが只の下世話な噂だったとでも?」
 スザクは何も答えなかった。
 ルルーシュに対して一線引いていたスザクが、心の中での拒絶を解いてみせたのはユフィに対してだけだ。
 すぐに否定してこない事こそ肯定の証と捉えながら、ルルーシュは続けた。
「違うだろ? 少なくともお前は好きだったんだ。それを只の噂だなんて……。決してそうじゃなかったって事くらい、俺にだって見てれば解る」
 その間スザクは何か考え込むように口を閉ざしていたが、ルルーシュもまた無言だった。
 携帯をポケットに仕舞い込む姿が、視界の隅に映る。
(このまま番号を教えなければ、終わりだという意思表示にもなるだろう)
 ……だが。
 そこまで考えた時、突如視界が暗くなった。
「!」
 目前へと伸びてきたスザクの手に前髪を一房掬い取られ、驚きに硬直したルルーシュがびくりと全身を強張らせる。
 唐突、かつ前触れの無い接触に声も出ない。
「……逃げないの? ルルーシュ」
 毛先に絡ませた指で髪を遊ばせていたスザクに尋ねられ、ルルーシュは咄嗟に逃げを打とうと上半身を捩った。
 しかし、指先が髪からするりと離れた瞬間、素早くフェンスの両サイドを掴んだスザクの手に閉じ込められ、あっさり唇を塞がれてしまう。
「やめっ……!」
 首を振って抵抗する間に叫んだ抗議の声も、深く重ねられた唇に掻き消される。
 いつの間にか背丈を追い越されていたらしく、スザクの目線はやや上にあった。
 撓らせた背がフェンスに当たる。下手を打ってバランスを崩せば落下しかねない体勢だ。
「落ちるよ?」
 僅かな息継ぎの合間を縫うように、低く囁いたスザクが背中に腕を回してきた。
 パワーゲージに差がある事は知っていたが、力任せに両肩をかき抱く腕があまりにも屈強すぎて抗えない。絡んでくる舌を追い出そうと顔を背けても、角度を変えるごとに口付けの深さは増していくばかりだ。
(この男……一体何を考えている!)
 執拗に絡んでくる舌を追い出そうと試みながら、横暴な手段もあったものだとルルーシュは思った。
 言葉で陥落出来ないなら、実力行使も辞さないという訳か。
「……っは、お前……っ! いきなり何をする! ――っう!」
 ようやく唇を離され、荒げた息を整えようとしたのも束の間、襟にかけた手を後ろに引かれて仰向いた首が絞まりそうになる。
「じゃあ質問を変えようか」
「何っ!?」
「あの日君が泣いていたのは、僕のせい?」
「……っ!」
 ルルーシュは驚きに目を瞠った。
 その質問には答えられない。現時点でのルルーシュは、ゼロとしての記憶を失っている筈だからだ。
 ルルーシュがゼロで、スザクはユフィの騎士で。互いの道が違ってしまったのはどちらの所為でもない。
 ゼロだった事も、ブリタニアへの反逆を引き起こした事も、ルルーシュに後悔するつもりなど更々無かった。
 スザクの想いを知った時でさえ、謝ろうとは微塵も思わなかったルルーシュだ。……というのも、その行為が結局、自身の生き方全てを否定する事にしか繋がらないと割り切っていたからこそだったのだが。
(こいつ……この俺にどう答えろというんだ!)
 去年の12月5日に関するスザクとの記憶は、ほぼ手付かずのまま残されていた。
『特区に参加しないか』とスザクに尋ねられた時、結局断った流れに関しても事実に則している。
 ただ、本来の理由についての詳しい記憶が抹消されているだけだ。
「答えられないのかい?」
 歯を食いしばって睨み付けるルルーシュを、スザクは何の感慨も抱かない目つきで見下ろしていた。
 襟元を引いていた手は離されると同時に頬を辿り、人差し指と中指で挟み込むように耳を愛撫してくる。
「……ぅ!」
 途端、ぞくりと背筋を駆け抜けていく甘やかな疼きに、ルルーシュは心底総毛立った。
(これも俺の記憶回復を確かめる為の手段だというのか。こんな事が!)
 今のルルーシュの記憶に欠落箇所があると、スザクとて解っているだろう。皇帝との間でどういったやり取りがあったか知らないが、口裏合わせの為に最低限の情報くらいは得ている筈だ。
 何故特区に誘われた時に拒んだのか。
 ブリタニアに対する根拠の無い敵意と嫌悪。それを理由に断った。確かそんな流れだった筈だ。
(この場合、俺に打てる手はこれしかない……!)
 残る逃げ道はただ一つ。――ユフィに対する嫉妬だけだ。
 それだって、どのみちスザクとは離別せざるを得ない状況だったと匂わせておいたのに。
 しかし、追い詰めるスザクは一切容赦しなかった。
「あの日の事が君の中でどう捉えられているのか、これで大体解ったよ。でも、僕の中では違うから」
「何が言いたい!」
 お前だって泣いていただろうと叫びたくなるのを、ルルーシュは辛うじて堪えた。
 あの日泣いていたのはルルーシュだけではない。スザクだって泣いていたのだ。
 互いの間に別離の意思が込められていたのは明白だった。……それなのに、スザクは自分が流した涙の理由まで無かった事にするつもりなのだろうか。
「僕は、君を手放すつもりなんかない」
「―――っ!」
 耳元ではっきりと告げられたスザクの台詞に、一瞬頭が真っ白になる。
(正気か、スザク!)
 ユフィの喪が明けてから、まだ一年しか経っていない。
 にも関わらず、スザクは元の関係と全く同じ付き合いを続ける気でいるのだ。
 信じられない男だとルルーシュは思った。あの日の事を持ち出される事はあっても、憎しみも冷めやらぬ内に、またこうして手を出してくるなど誰が想像するものか。
(目測を誤ったのか、俺は!?)
 思えば、最期に会った日もそうだった。
 自分たち兄妹ではなくユーフェミアを選んでおきながら、最期に抱かれたあの日でさえも。
(だがそれは、あくまでも別離の意思があっての事だった筈だ!)
 ユフィの死に立ち会って尚、スザクがルルーシュとの関係を強要する動機などどこにも無い。
 あの日スザクがルルーシュを抱いたのも、それが最期の逢瀬だったから。……そう、解釈していたのに。
「理由は知らないけど、君はブリタニアが嫌いなんだろう? 出来れば軍を抜けて欲しがってたのも知ってるよ。でも、僕は軍属でいる事を選んだ。ユフィの騎士である道を。只の友達以上の関係はもう終わりだと君が思い込んだのは、それが理由かい?……だとしたら、間違ってるよ」
「なっ……」
 淡々と語られたスザクの言い分にルルーシュは絶句した。説得力の欠片も無い。
 ああまで穏やかになった顔を見せ付けておいて、只の皇女と騎士以上の関係ではなかったと言い通すなど、あまりにも無理がありすぎる。
「どこが間違ってるっていうんだ! さっきも言った筈だろ! お前が好きだったのは……本当の意味で心を開いたのは、俺ではなく皇女殿下の方だったんじゃないのか!?」
 心理的な面でスザクに拒絶されていた記憶もそのままだ。
 実際、スザクから直接ユフィとの件に関して聞いた事はない。
 けれど、スザクが本当に心を許していたのはユフィに対してだけだった。それだけは解る。
「誰よりもプライドの高い君だ。こんな事、正直に言ったところで信じる訳ないよね。いいよ。解った。だったら、口で言うより有効な手段を使わせてもらう」
 言うなり乱暴な手つきで制服の前を肌蹴られ、ルルーシュは一気に青ざめた。
「や、やめろ、こんな所で! 誰かに見られたらどうする!」
「言っておくけど、ここには誰も来ないよ。さっき君の弟が探してたみたいだけど、察した会長たちに引き止められていたからね」
「お、まえ……!」
 その台詞は嘘だとすぐに解った。
 おそらく自分からロロを足止めするよう周りに言い含めたのだろう。……何故なら屋上に向かう前、ルルーシュはすぐ戻れるよう、教師に呼び出されているとリヴァルに言っておいたからだ。
(クソッ、何が察しただ! スザクめ、最初からそのつもりだったのか!)
 とんでもない用意周到さだ。一年前と同じ人物とは到底思えない。
「知ってるだろ? 僕がどれほど君に執着しているかって事。只の友達以上の関係を持ちかけてきたのが君じゃなくても、僕はいずれ同じ事を君にしていたかもしれない。それなのに、ユフィとそういう関係だと思われてたなんて凄く心外だよ。……思ったよりずっと馬鹿だったんだな。君は」
 かっとなったルルーシュが即座に言い返す。
「馬鹿なのはお前の方だろ! 何考えてるんだ! 恋人を失って気でも狂ったのか!?」
 しかし、激しく暴れながら罵倒するルルーシュの腕を掴んだスザクは、付き合っていられないとでも言いたげに首を振り、目を閉じたまま軽く鼻で笑い飛ばした。
「何がおかしい! 離せ、この馬鹿がっ!」
 頭がおかしいのもスザクの方だ。憎しみに駆られて殺されるならまだ解るが、こんな形で陵辱されてやるつもりなどルルーシュには全く無かった。
「だから、ユフィとは付き合ってなかったって言ってるだろ?」
「うるさい! 信じられるかそんな事! このっ……離せと言ってるだろ!」
 スザクに体当たりを食らわせたルルーシュは、続けて蹴りを入れようと勢い良く足を振り上げた。
「頑張ってるね。でも、無駄だよ」
 苛立ったように目を眇めたスザクが、蹴り上げたルルーシュの足を肘で払い除ける。同時に、残る片足も同じように足で真横に払われ、バランスを崩したルルーシュの体が大きく傾いた。
「……っ!」
 もつれ合い崩れ落ちたルルーシュの体を仰向けに引き倒したスザクが、呆れたように溜息をつきながら覆いかぶさってくる。
「力で僕に敵うと思ったのかい? だとしたら、君はやっぱり大馬鹿だ」
「黙れよスザク。お前の気持ちはどうなんだ。例えそういう関係じゃなかったとしても、お前は皇女殿下の事が好きだったんだろう?」
 幾ら嫌がらせの為とはいえ、嘘をつくのも大概にしろというのだ。
 ……だが。
「確かに敬愛はしてたよ。でも、それは君が思ってるような感情じゃない。少なくとも、ユフィにこういう事をしたいとは思ったりしなかったしね。君を一年間もほったらかしにしてた事、怒ってたんなら謝るよ。ごめんね? ルルーシュ。……これでいいかな」
 ルルーシュの問いに返されたのは、完全に棒読みの謝罪だった。
 心などまるで篭っていないのを隠そうともしていないスザクの台詞に、ルルーシュは激怒した。
「ふざけるなっ!」
 起き上がって殴りつけようとしたが、逆に振り上げた腕を取られて地面に張り付けられてしまう。
「ふざけてなんかいないよ。だって、それ以外で君が僕に対して怒る事なんか、何も無いだろ?」
「何もって……!」
「無いよな? ルルーシュ……」
「―――っ!」
 息もかかりそうなほど間近で低く凄まれ、ルルーシュはそれきり沈黙した。
 互いの間にこれ以上わだかまりは無い筈だと断言されてしまえば、ルルーシュに返す言葉など、確かにもう有りはしないのだ。
 驚愕に目を見開くルルーシュを見て満足したのか、スザクは膝裏にかけた足で股座を大きく割り開いてくる。
「や、嫌だ……」
 ルルーシュは怯えながら首を振った。
 首筋に吸い付くスザクの唇の感触。早く逃げろと頻りに脳が命令を発している。
 けれど、どう考えた所でスザクを拒む理由など残されていない。竦み切ったルルーシュの体は、最早全く動こうとしなかった。
「どうして? 一年ぶりだから、怖いのかい?」
「ちがっ……!」
 違うと言いかけた台詞を遮ったスザクに「優しくするよ」と続けられ、ルルーシュはぎゅっと目を瞑った。
 一年前、スザクに抱かれた記憶が頭を駆け巡っていく。またあんな風にあられもなく身悶える姿を、今のスザクに見られるなんて死んでも御免だった。
「ルルーシュ」
 首筋を舌で嬲っていたスザクが顔を上げ、改まって名前を呼んでくる。
 ルルーシュが閉じていた目を恐々と開くと、真っ向から見下ろしてくるスザクの深緑が其処にあった。
「いつか君に言おうと思ってて言えなかった事、これから君に教えてあげるよ」
「! 何をだ……」
 訊き返したルルーシュを見て動きを止めたスザクが、昏い目をしながら呟いた。
「……僕が、君に執着しながら拒んでた、本当の理由だよ」

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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