私の中のルルーシュくんが喋り始めたので喋らせてみた。【兼ゼロレク記念日における個人的ケジメ】




なあ、聞いてるか? C.C.。
返事くらいしたらどうなんだ。相変わらず横着な女だ。

まあ、最近は三歩下がって付いてくる。お前みたいな慎みのない魔女にしては悪くない気分だ。
勘違いするなよ。あくまでも、ほんの少しだけそう思ってるだけだ。

とりあえず、お前に言っておきたいことがある。
いちいち言葉になんかするな?
馬鹿を言え。
まさかお前、俺がそこまで親切な男だとでも思ってたのか? 全部独り言に決まっている。

大体、口にしなくたって知っているんだよ、お前は。


***********


お前はあの時、俺に「不死」という呪いを押し付けることだって本当は出来た。なのに俺を哀れんだのか。
優しすぎるのはどっちの方だ。
俺じゃない、お前だろう。
だからこそ、どうしても「永遠の命という地獄」を俺に押し付けることが出来なかった女。

本当は、ただ「生きたかった」だけ。
俺だって、それは同じ。
親に捨てられ裏切られ、支配と服従、隷属を強いられ傀儡とされ、何もかも奪われ、憎悪に塗れ復讐を決意し、実行に移し。
もっと言えば、「生きた」ことなんか一度もなかった。
生まれた時から死んでいた。
名前も嘘、経歴も嘘。嘘ばっかりだ。
まったく変わらない世界に飽き飽きして。でも、嘘って絶望で諦める事などできなくて。
何もしない人生なんて、ただ生きてるだけの命なんて、緩やかな死と同じだ。
心臓さえ動いていれば生きている。そんな詭弁では誤魔化せない。
自らの手でしか成し得ないこと、それを成し遂げてこその人生。
だから、俺は生きているんじゃない、死んでいる。
ずっと、そう言い聞かせ続けるしかなかった。

嘘でしか偽れない苦しみ、罪悪感。
変わらない現実、変えられない無力、嘘で鎧い、本当は欺いている日常。誰も気付けない。
ぽっかりと口を開けた空虚、いずれ飲み込まれてしまう。
他者と圧倒的に違う自分。世界と己とを隔てる断崖絶壁。でも、見えているのは自分だけ。
何故なら俺は、棄てられた皇子。

守りたい唯一の存在、たった一人の愛おしい妹。
既に見えている未来、そこに希望はない。それも、見えているのは自分だけ。
日々募る焦燥、高まっていく危機感。限られた時間、許されぬ妥協。降り積もっていく憎悪。もどかしさと歯がゆさ、悔しさ。
これも、抱いているのは自分一人。

強大な敵、実の父。国家。俺たち兄妹のみならず、母の死ですら平然と切り捨てた男。
世界の三分の一を占める超大国――到底、たった一人きりでは太刀打ちどころか、爪痕を残すことすら敵わぬほどの。
死と引き換えにしてでも成し遂げたい目的。
それは平穏。とっくの昔に奪われ、完膚なきまでに破壊され尽くしてしまった、あの夏の日。
終わりを迎えた過去。取り戻すことなど出来やしない。
でも、あの束の間の幸せにも似た、ほんのささやかな幸福。
安心して暮らせる世界、自由に生きることの許される居場所――彼女が望む、優しい世界。

蔓延る差別への憤り、表向きだけ区別と嘯く自分、貴族や皇族達への嫌悪、だからこその比較。
罪悪感など遥かに凌ぐ憎悪と憤怒とを礎に。だが、他者に向けた軽蔑と侮蔑の裏に隠されていたものは、無自覚な高慢と傲慢。
掲げたのは妹と友という名の免罪符。それを糧に、己に課した殺人。
盾として誂えた虚偽の正義。創り上げた記号――ゼロという名の救世主(メシア)
どこまでも理不尽な世界。弱者を虐げる暴力。いつまでも続く戦争、負の連鎖。
あの国がある限り、あの男が生きている限り、終わらない。

無視され続けた悲鳴、響き渡る絶叫。振りかざした正義。
しかしそれは、民間人も巻き込む形で行われた暴虐、無差別な殺戮でもあった。
残された結果。そのあまりの大きさに声もなく立ち尽くす。
踏み越えているつもりだった。悪魔と契約した身であるからこそ、人としての心など封殺し、冷酷非情に徹すると。
知らぬ間に寄せられていた恋慕。忘却の強要。
心に無遠慮に押し入られ、秘めていた過去を暴き立てられ、現在持つに至った信念と矜持までもを蹂躙され、踏みにじられた友。
だが後戻りは出来ない、進むと決めた以上。
いつまでも凍り切れない心の絶叫、耐え難い魂の嘆き、全てに蓋をして。
哀悼を示してみても、立ち止まることなど決して出来ない。
たとえ、心がいつまでも凍り切れないのが、激しく燃え盛る復讐の炎のせいだと解っていても。
解っているからこそ。
抑え難い過去への哀惜、愛着、執着、しかして訪れた友との決別、犯した途方もない間違い、求められる者として背負うべき悲劇の代償、否応なく強いられる覚悟、意図せず招いてしまった決定的な溝、そして迫られる断罪。
待っていたのは徹底的な利用と搾取、背負ってしまった悲劇の責任。だが尚も剥奪される縁(えにし)、代わりに押し付けられた偽り、募る憎悪、取り戻そうと伸ばした手は届かず、海に散って消えた。
徹底的な排斥と存在否定。襲い来る自己嫌悪の嵐。
自嘲、自己卑下、自虐、自己憐憫、諦観、それらに身を委ね、浸り切り、停滞に甘んじ、怠惰に走る道へ進もうともした。

拒絶。叱咤。激励。
弱さを断ち切れたのは、俺自身の力じゃない。
再び立ち上がることが出来たのは、既に尊いものなら得ていたと気付かせてくれた人々がいたから。

それなのに、また延々と失い続ける残酷な現実。

果ては、唯一無二の、縁(よすが)の喪失。
それですら、力を欲し、手に入れ、実際に犠牲も厭わず行使してきた自分自身の因縁と、業が招いた結末。
課される超越の義務。謝罪さえ許されず、今更償い切ることすら叶わぬほどの悪を重ねてきた罪、そんな罪を犯し続けることしか出来ない自己の否定、存在全否定。
怒りの底に沈むもの。それは深い悲しみ。じっと見つめ続ける壮絶な孤独、絶望。
その裏にあったものは、諦めきれない生への渇望。
俺は確かに「生きた」。そう言い切って逝きたい。
とっくに思い知っていた筈の己の貪欲。
数多の命を屠ってなお、そんな権利や資格など疾うに失っていても、未だに求め続ける姿。

改めて突き付けられたもの。究極の醜悪。



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※以下、まだ小説版くらいしか資料になる書籍やムックがほとんど出ていなかった頃、サイト連載していましたが、キャラ解釈が変わったこと、また、後出しの本編による補完が行われたことにより未完になった小説「オセロ 28話」(2010年8/18)からの抜粋です。シュナさんがさすがにソレはないwとなるほどあまりのチート極めてる事情については、正確な時系列および詳細諸々、まだ把握してなかった時期から鑑みた上でお察し下さい。でも今読み直してみたら、それなりにニアリー。一応、大略は。



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「俺は、皇帝になる」
 既に話していたことながら、ルルーシュは敢えてもう一度宣言した。
 スザクはルルーシュをひたと見据えたまま、感情の揺らぎがない顔でそれを聞いている。
「だからスザク。今、改めてお前に問う。……お前は、俺の剣となる覚悟はあるか?」
 悪としての片棒を担ぎ、ルルーシュの騎士となる覚悟が出来ているかどうか。
 スザクは絶対に否とは言わない。それでも、この質問をすることは、二人にとって必要な通過儀礼だった。
「君を護れというのなら、それは無理だ。俺の剣は殺す剣。もう、誰かを守る剣にはなれない。それでもいいのか?」
 固い表情のまま、スザクは即答した。
 軍人として、騎士として、殺戮を拒みながらも大勢の人間を手にかけ、自分という剣を血で汚してきたスザク。
 守りたい、助けたい、救いたいと願いながらも、人を殺すことが己の業なのだと悟った者の、壮絶な辛苦に満ちた心の内側が透けて見える台詞だった。
「それでいい。だからこそ必要だ、お前が。――それに」
「…………」
「八年前に約束してくれただろう。『俺がお前を皇帝にしてやる』と」
「!」
 ルルーシュの言いたいことを察したのだろう。スザクは一瞬息を飲んでから、すぐに唇を引き結んだ。
 本当は、お互いに解っている。言葉にこそしないものの、つい先程、カフェにいた時にも確認し合ったことだからだ。
 ここに居るのは、今スザクと向き合っているのは、ルルーシュ・ランペルージでもゼロでもない。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという、祖国に捨てられた元皇子。
 そして、ルルーシュを見つめるスザクもまた、只の枢木スザクでしかなかった。
「俺はまだ、君を赦していない。俺の思いを踏みにじって、ゼロの仮面を被り続けてきた君を」
 スザクは静かな声で断罪する。
 三人でいる時には口に出さなかった、スザクの本音だ。
(積もる話もあるだろうからな、か……)
 C.C.も言っていた通り、このスザクという男は、決して一筋縄でいく人間ではない。
「ああ。解っている。だから、俺たち二人で創るんだ。ユフィとナナリーが望んだ、優しい世界を。それこそがお前の望み続けてきた償いの道であり、今の俺に出来る懺悔……。お前と、明日を奪った人々、そして、世界に対する唯一の――」
 その為にも、まずは世界征服から。
 ルルーシュが同意を求めるようにスザクを見れば、察したスザクもルルーシュの意思を汲んで目を合わせてくる。
 共犯者としての、これは確約だった。
 スザクの纏う空気が押し殺した怒気ではなく静寂であるのも、過去を取り戻すことなど出来ないと悟ったが故の諦観なのだろう。だからといって、足掻くことをやめた訳ではない。土を噛んででも、成し遂げたい目的がある。
 今の二人に余計な言葉は不要だった。同じ位置に立った者同士だからこそ、思いを共有出来ると知っているから。
「ルルーシュ。君のシナリオを聞かせてくれ」
「それは、同意したと受け取っていいんだな?」
「ああ。俺に拒否する理由はない」
 スザクの答えを聞いたルルーシュの瞳に、峻烈な炎が点る。
 ……これで、駒は全て出揃った。
 背凭れに背中を預けたルルーシュは、練り上げた計画についての詳細を語り始めた。
「まずは、帝位の簒奪。これは、超合衆国を抑え、実質的な世界統治に至る前に打つべき最初の一手だ。ブリタニアという国そのものを、俺たち二人で制圧する。シュナイゼルはブリタニアには戻らない。クーデターの件を一時保留にし、超合衆国との交渉を継続する傍ら、俺たちを捜索していると見せかけつつカンボジアに逃げる」
「ダモクレスか」
「そうだ。つまり、いつでもペンドラゴンを占拠出来る」
「ギアスさえあれば……」
「ああ。まずはそこからだ」
 ルルーシュは一息ついてから、宙を睨んだ。
「シュナイゼルは、俺がこの先ブリタニアの帝位を狙うだろうと気付いている。俺たちの潜伏先についてもだ。だが……」
「解った上で、泳がせている?」
 打てば響く早さで切り返してくるスザクに向かってルルーシュは頷いてみせた。
 追っ手がかからない理由についてはスザクも察していたのだろう。
「皇帝と反目し合っていたシュナイゼルは、皇帝を破れるとしたら俺しかいないと考えていた。そして、俺が勝つだろうとも。お前を皇帝暗殺に差し向けたのも、奴なんだろ?」
 既に確定している予想ではあるが、更に立証させるべく言質を取ろうと水を向ければ、スザクは俯き加減になりながらも頷いた。
「そうだ。フレイヤの……ナイトオブワンになるための功績を、ギルフォード卿に渡すと。だから、皇帝暗殺は俺から進言した」
 やはりな、と言いながら、ルルーシュが目を細める。
 スザクを煽って皇帝暗殺を進言させたのも、シュナイゼル本人。その場にいたスザクは葱を背負った鴨にさえ見えていたことだろう。
(俺とスザクが接触することでさえ、奴にとっては織り込み済み。俺たちを逃したことも、全て)
 シュナイゼルは、黒の騎士団を追われたルルーシュが神根島に向かうだろうと知った上でスザクを向かわせている。
 手段は違えど、二人が目指す世界は同じ。その二人が、皇帝の死を前に結託することでさえ読んだ上での暗殺命令――。
 言ってみれば、一緒に逃げるであろうスザクは、ルルーシュに対するプレゼントのようなものだ。クーデターを起こした時点で皇帝になる気など更々無く、上手くいけば最善の手を打つことも可能だと考えたのだろう。
 シュナイゼルはスザクの性格や行動の動機、情などについても読んでいる。
 その後も有効活用するつもりではいるが、とりあえず皇帝さえ殺せれば、ルルーシュを駒とした最大の目的は達せられたこととなり、仮に、ルルーシュと接触したスザクがルルーシュを殺すとするなら、それはそれで構わない。
 煮るなり焼くなり好きにすればいいということだ。
(奴にとっては、俺の生死など所詮はゲーム。スザクが俺を殺す確率は限りなく低いと判断し、且つ、俺たちが結託すれば尚良しとし、どちらに転ぶかは高みの見物……)
 とことん人を見下し切った発想だと歯噛みしながら、ルルーシュは忌々しげに吐き捨てた。
「俺たちが生き延びた以上、あいつは俺たちを使う気だ。やりにくいこと承知の上で自分が皇帝になるよりも、悪者に一人出てきてもらって、それを討つ立場になるのが最も望ましい。でないと、ダモクレスによる支配でさえやりづらくなるからな」
「……それは、対抗勢力が出てきてしまうということか?」
 自分もルルーシュと同じく利用されたのだと知ったスザクとて同じ思いなのだろう。スザクは表情を僅かに険しくさせながら尋ねてくる。
「それもある。ついでに、出来ればそれも俺に潰してもらいたいという腹だろう。だが、あいつの本当の目的は、俺と一対一の構図に持ち込むことだ。自分を、世界にとっての正義とするために」
 シュナイゼルは、持ち駒と判じた者を骨の髄まで利用し尽くす。その為だけに、出来るだけ生かして使う方向で物事を考える。
 というより、執着が無いので失ったら失ったで構わないけれども、生きていればその時はその時という手を用意した上で、生かすか殺すか考える。
 ――そして。
(奴は、決して『死に物狂いの手』を打たない人物でもある)
 逃げたルルーシュに帝位を簒奪させ、父殺しの罪を背負わせ、更に、世界の敵として始末する立場になる。
 交渉中と見せかけている間にルルーシュたちが出てくれば、それで全部思惑通りという訳だ。
「本来、交渉には最低数ヶ月くらいは必要になる筈だが、あいつが欲しているのは、一応やるべきことはやったという形式だけだ。正式な手段を経たという体面さえ整えばそれでいいと考えるなら、そこまで時間はかけないだろう。精々、二、三ヶ月くらいが目処といったところか」
「それで出てこなければ……」
「ああ。自分が次の皇帝になればいいというだけの話だ」
 スザクに応えながら、ルルーシュは思った。
 皇帝・騎士という関係が形だけのことならば、シュナイゼルの演じる権威もまた、仮面でしかないのだと。
(ずっと対等でありたいと思い続けてきた。俺も、スザクも)
 ……しかし、それと同時に、心密かに願い続けてきたことがある。
「なあ、スザク」
 砕けた口調で呼びかけてみれば、向けられたのは一対の深緑。
 翡翠のようなその奥にどうしようもないほどの悲しみを湛えながらも、スザクの瞳は相変わらず生真面目そうだった。年月を経て厳しさを増してはいても、意思の強さだけは変わらない。
 肘掛を支えに頬杖をついたルルーシュは、微苦笑を浮かべながら言葉を紡いだ。
「皮肉なものだと思わないか?」
「?」
 意図を量りかねたスザクは怪訝そうにしていたが、すぐに気付いた。
「君が皇帝になるということが?」
「ああ。ブリタニアをずっと否定し続けてきたこの俺が……それに、巡りめぐって俺とお前が皇帝と騎士かと思うと、運命の悪戯にしては少々演出過剰だと思ってな」
 スザクは真顔のまま、
「気が早いよ、ルルーシュ。まだ本当になれた訳じゃない。これからだろ?」
 感慨に浸っている場合か、とでも言いたげなスザクの真面目さが、ルルーシュには妙におかしく思えた。
「いいや、なれる。それにこれは、なれるかなれないかという問題でもないだろう?」
 不可能を可能にする。いや、今までもずっと可能にしてきた。それが、この二人なのだから。
 所詮、形だけのことではあるが、と前置きしてから、ルルーシュが小さく息をつく。
「舵取りは俺がやる。お前は俺の騎士となり、剣となって、一度徹底的に世界を破壊しろ。それが出来るのはお前だけだ」
 ルルーシュはこの時、スザクに対して抱き続けてきた思いについて反芻していた。
 寧ろ、不満と言い換えてもいいかもしれない。再会してからというより、学園内で監視を受けていた頃は特に――。
 そうやって、お前は俺から全てを奪っていくのか。まるで、一本、また一本と、手足をもいでいくように。
 意思など持たぬ人形のように、家畜のように、お前の作り上げた鳥篭の中に居ろというのか。
 守りたい者を守る自由すら認めずに。
 そう思ったことも、あったけれど。
 まだ眉を寄せているスザクの顔を眺めながら、ルルーシュはふと表情を真剣なものへと改めた。
「スザク。お前は英雄になれ」
「―――!」
 ルルーシュが言い渡した瞬間、目を見開いたスザクの顔色がはっきりと変わった。
「……英雄?」
 意味を解しかねたスザクが尋ね返してくるのを横目で捉えながら、ルルーシュが「そうだ」と簡素に答える。
 自分一人が悪となって、平和をもたらす。そう考えていたスザクが望む、『贖罪』とは遥かにかけ離れた言葉。
『英雄』の示す、真の意味とは――。
「俺とお前がこれから演じる皇帝と騎士という役ですら、権威という名の一つの仮面であり、只の通過点に過ぎない。……問題はその後だ」
 硬直したスザクは身を竦ませ、身じろぎもせず台詞の続きを待っている。
 ルルーシュはスザクから目を逸らして先を続けた。
「シュナイゼルも同じように仮面を被り、権威を演じている。だが、奴には自分というものが無い。個としての顔――つまり、自分を持たない者は、仮面を被ることが出来ない。自分を持たざる者、持つことをやめたがる者。それは既に、人ではない」
 ギアスをかけられてしまった者や、ギアスを使う者自身も同様だ。卑劣な力を振るう者は悪魔となり、意思を捻じ曲げられた者たちも例外なく奴隷化し、人間ではなくなってしまう。
「人は死ぬまで『無』にはなれない。その一歩手前にいるのがシュナイゼル……。奴の本質は『空虚』であり、実体の無い『虚無』であるに過ぎない。力を持っただけの、只の幻想。でも、今のお前は『スザク』だろ?」
 本来の自分である『俺』に戻ったスザクにルルーシュが尋ねると、スザクもこくりと頷く。
「今の君は『ルルーシュ』だな」
「ああ」
 共に仮面を脱ぎ捨て、素顔になって向き合う二人がそこに居た。
「だから、世界を統一したのち、お前は『枢木スザク』ではない『ゼロ』となり、この俺を討て」
「――――」
 スザクは一時言葉を失ったものの、『ゼロ・レクイエム』の詳細について端的に言い切ったルルーシュをしんとした眼差しで見つめている。
 やがて瞼を伏せ、重苦しい声で呟いた。
「ゼロ……。『無』という意味か」
「そうだ。元々、ゼロという名前の意味は『無』。存在そのものが只の記号。お前も知っての通り、ゼロの真贋は中身ではなく、行動によってのみ測られる。だからこそ、中にいるのは個人であってはならず、世界にとっての革命の象徴でなければならない」
 少なくとも、新しいゼロは。
「ルルーシュ、俺は――」
 縋るように向けられたスザクの眼差しを振り切り、駄目押しのようにルルーシュは続けた。
「俺を討つと同時に、枢木スザクも死ぬ。この世から消えてなくなる。新たなゼロになるというのは、そういう意味だ」
「…………」
 傲然と告げられたスザクが沈黙する。
 ルルーシュの表情には迷いが無い。スザクが何を訴えたいのかは解っていたが、これはスザクにとっても罰なのだ。
 解放よりも、重い罰を。
 心の奥底で贖罪のための死を求めていたスザクだからこそ、この計画に賛同させ、納得してもらわねばならない。
「世界が『対話』という一つのテーブルに着く為にも、俺を殺す役が必要だ。俺の命を、最大限有効活用する。それしか方法はない」
 死は償いではない。本当の意味での罰にはならないと知っている。
(俺に明日を迎える理由は、もう無い。この俺の命ひとつ程度で全てを贖えるとも思わない。しかし、全てを失い、自身の価値を獲得する術ですら失ったこの命だからこそ、世界の礎になることが俺の罰。唯一の、償いとなる)
 ルルーシュは心の中で呟いた。今だけは悟られぬように、ひっそりと。
(解るか? スザク。ゼロとなって俺を討てば、お前はまた、俺を殺した罪を背負ったつもりになるかもしれない。でも、これは決してそういう意味ではないんだよ)
 ――新たなるゼロは『人殺し』であってはならない。
(ゼロ……あれは、仮面によってしか被れない仮面だ。生きて償う『僕』としてのお前にしか……)
『俺』としてのスザクが死に、『僕』という仮面だけを『ゼロ』として残す。
 その意味に、スザクは多分、すぐに気付くだろう。
 ルルーシュは沈黙し続けるスザクを平然と見返しながら、落ち着き払った声音で話した。
「俺のギアスによって意思を捻じ曲げられたお前だからこそ、担える役割だ。ゼロとなったお前は、世界を救った英雄として、その後も世界平和に貢献するべく仮面を被り続ける。それが、お前の償いだ」
 ルルーシュ自身が「生きろ」と願った、唯一の存在であるからこそ。
 そんな心の声が伝わったのだろうか。ルルーシュから目を逸らして沈鬱そうに黙り込んでいたスザクが、その時おもむろに口を開いた。
「『一度抜いた刃は、血を見るまで鞘には納まらない』――これは八年前、父を殺した俺に、桐原さんが言った言葉だ」
 スザクはぽつり、ぽつりと、一言づつ区切りながら語り出した。
 父殺しの件について話す度に震えていたスザクは、もう、そこには居ない。
 しかし、抑揚に欠け、感情そのものでさえ欠落している虚ろな声は、八年ぶりの再会を果たした頃からルルーシュが聞き続けてきたものと全く同じだった。
 今のスザクは、C.C.と会話していた時のルルーシュ同様、憔悴し、酷く乾き切っている。
 決定的に異なる部分を一箇所だけ挙げるとすれば、スザクが感じているのはルルーシュが抱く悲壮の果ての受容などではなく、今も冷めやらぬまま抑圧され続けている激しい怒りである点だ。
 理性と感情が鬩ぎ合い、プラスマイナスゼロの平行線を描く時、スザクの表情はいつも凪になる。
 今も、怒りは全て自身の内側へと向けられているのだろう。強烈な自身への憎悪ですら押さえ込むほどの精神力とは如何ほどのものなのかとルルーシュは思った。
「俺自身が、どこで自分の刃を納めるか。何を選ぶか。今流した血に、そして、これからも流し続ける血に対して、いかにして責を贖うか。……それが出来ないというのなら、この場で己の命を断て、と」
 凍て付いた無表情になったスザクを、ルルーシュは無言で見つめていた。
 当時、弱冠十歳の子供でしかなかったスザクに叩き付けるには、あまりにも苛烈で残酷な言葉だ。
 自らの死を償いと考えるようになった、スザクの原点。まだ形成途中にあった人格の根幹でさえも揺るがすほどの、凄まじい衝撃。
『八年前に、引き離されたりしなければ良かったんだ』
 そう言っていたC.C.の言葉が、ルルーシュの脳裏を過ぎっていった。
(お前のその苦しみも、これで終わらせることが出来る。お前自身が望み続けていた償いの道。真の救済でもある『ゼロ・レクイエム』によって)
 果てぬ悲劇と後悔の連鎖。それら全てを断ち切り、赦し合う為に。
 血に汚れた剣でさえ、正義を行う者が使えば生かされたのだろう。
(その存在ですら、スザクから奪ったのは俺だ)
 スザクが抜いた刃の、行き着く先。
 自身さえもが『刃』となった、『俺』としてのスザクが殺す、最後の――。
「抜き身の剣には鞘が必要だ。スザク」
「――!」
 その言葉を聞くと同時に、スザクはぱっと見では解らない程度にピクリと肩を震わせ、そのまま低く項垂れた。
(撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ)
 だから――。
「悪の皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、お前の行き着くべき鞘になる。この俺が、『枢木スザク』としてのお前が流す最後の血となるんだ」
「…………」
「この意味は、解るな?」
 スザクは顔を伏せたまま動かない。
 くせのある柔らかそうな前髪の下から、強張った口元が覗いている。表情こそ窺い知れないものの、僅かに見え隠れするスザクの顔色は紙のように白かった。
 スザクはゼロにならねばならない。ルルーシュが悪を為し、討たれねばならぬのと同じように。
 ゼロは、平和の象徴。英雄。
 ……ならば、スザクが新たなるゼロとなる前に、為すべきことは――。
 二人の思考が重なった。
 俯いていたスザクが顔を上げ、決然とした口調で呟く。
「君を殺すと同時に『俺』も死ぬ。君と共に、世界の礎に」
「そうだ」
「そして『無』となり、『ゼロ』になる」
「ああ……。人々が明日を迎えるために」
 そして何より、進み続ける時の針を、止めないために。
 通奏低音のように、今、二人の間でレクイエムが鳴り響き始める。
 ルルーシュという名の鞘に、自身が刃となったスザク――『俺』を納める。
 終わらせる。
 それこそが、『俺』としての『枢木スザク』を殺すということ……。
 ルルーシュが決意を促すようにスザクを見遣れば、真摯な視線が返された。
 スザクが被り続けてきた『僕』という仮面の、本当の名前。――それは『贖罪』であり、『優しさ』だ。
 正に、世界を救済する、新たなゼロとしては相応しい。
「出来るか、スザク」
 語り終えたルルーシュが尋ねると、スザクは少しだけルルーシュを見つめてから、頷いた。


************



前へ進み続けなければならぬ。反逆し続ける。
背負った数多の命、覚悟のために、時の針を止めないために、何より守りたい、全ての人々の願いのために。
帰る場所がある者は帰るべきだ。だから、誰にも言い訳はしない。説明も弁解もするつもりはない。
全ては贖罪と、絶望の底から出ずる真の希望、明日のため、救済のため。

悪を成して、巨悪を討つ。
そのために成し遂げた、世界征服。

皮肉なものだ、笑ってしまう。
……どう思う?


実はな。
それでさえ、本当は嘘なんだよ。


何より、世界のノイズ、邪魔者でしかない、自分自身の存在価値を証明するため。


誰にも言えず、誰も知らない。
この世でただ、一人きり。


こんなにも我儘なんだ。

だから、解るだろう?



初めてCの世界に触れた時、俺は皇帝に『ゼロという仮面で何を得た』と訊かれた。
その時に、目を逸らし続けていた自身の本音も知ってしまった。
思わず『違う』と叫んだ。けれど知っていた。……本当は、ずっとずっと前から。
本当の自分を解って欲しい。理解されたい。それなのに、さらけ出せずに仮面を被る。

――本当の自分を知られるのが怖いから。


人には、この世に生まれた理由や意味がある筈。そう訴えた俺に、お前は言った。
「知っているくせに。そんなものは只の幻想だと」


そう。無いのだ。最初から。
誰かに存在を否定される前から、誰しもが生きる理由や意味などを持って生まれてくる訳ではない。
人生とは、最初から只の白紙。だから、人一人生まれてくるのに、理由や意味など最初から無いのだと。
何故なら、生きる理由を獲得するため、生きる意味を見つけるために、人には『明日』があるのだから。


「死なない積み重ねを人生とはいわない。それは、只の経験だ」
「さようなら、ルルーシュ。お前は優しすぎる」

そう告げ、シャルルを選ぼうとした。

その結論に至るまでの間に、お前がどれだけ俺を庇い、盾になり、身代わりとなって戦い、身を粉にして犠牲となり。
たとえそこにどんな理由があったとて、冷酷な共犯者として傍に居続けた女の心。
俺の反逆でさえ最初から全て茶番と知りながら、俺を利用したことだって事実であったとしても……。
誰よりも苦しんでいたのは、お前だ。
俺の近くに居続け、沈黙を貫かなければならなかった。
その苦しみだってどれほどのものか、想像がつく。


何より、俺に生きる意味と理由、本当の願いに気付くまで抗い続ける力。
それを俺に与えてくれたのはお前なのに、俺は、そんなお前のたった一つの望みでさえ叶えてやることが出来なかった。


「感謝されたのは、初めてだよ」


心を隠して泣く気持ち、全て知っている。
俺が経験してきたありとあらゆる苦しみ、既に人間でさえなくなった者。
それでも「生きたい」気持ちが無くならない。死に切ることが出来ない。


だってお前は、「人として生き、人として死ぬ」ことさえ出来ないのだから。


自分なんか人ではない、魔女なのだ。そう自身を偽り、仮面を被り、名前さえ捨て。
心なんてなくなったのだ、だって、人であることなど自分はとっくにやめたのだから。
幾らそう言い聞かせ続けても、生き続けなければならず経験を積み重ね続けることしか出来ず。
それでも、「死」を迎える限り終わらない、決してなくならない。
心の嘆きが消えない、消せない、殺しきれない絶望。
俺でさえ、たった一度の人生で思い知ったそれら全てを知り尽くした女に、俺はなんて残酷な選択を強いたのか。


「一人じゃないだろう。お前が魔女なら、俺が魔王になればいい」

「答えろC.C.! なぜ俺と代替わりして、死のうとしなかった!」
「俺に永遠の命という地獄を押し付けることだってできたはずだ!」
「俺を哀れんだのか、C.C.!」
「そんな顔で死ぬな! 最期ぐらい笑って死ね! 必ず俺が笑わせてやる!」


確かに、そう約束した。
不死という呪いを断ち切ろうとしたお前に、押し付けたのも俺だ。
嘘を吐いた。嘘にしてしまった。
そしてとうとう、一人きりでこの世に残し、見殺しにするしかなかった女……。



ナナリーは巣立った。立派に生きていける。
無二の朋友――スザクとは、別れを済ませた。託した。
「有難う、ごめんなさい、さようなら」
後は、任せた。

どれも既に、決着のついた過去。



だから、お前を置き去りにしたこと。
ただそれだけが、唯一の心残りだった。


不死とさえ言いきれなくなった俺とお前。
世界の傍観者でしかいられなくなった、泡沫の存在。
……ならば、その余生をお前のために使う。そうしてやって、何が悪い?

お前に謝らなければならないのも、感謝したいのも、俺の方だ。


「ナリタを思い出すな、C.C.」
「ただいま」


全て、壮絶な地獄と絶望の中に置き去りにした俺を、諦めなかったお前のお陰だ。



本当は、我儘だなんて思っていないよ。
それでもお前は言うんだな。「これは私の我儘だ」と。
朋友となってからでさえ裏切ってしまったスザクの怒りを受け止めるべきなのも、一緒に暮らしたいと希い、追いすがるナナリーとの別離を受け入れるべきなのも、何ひとつ、お前のせいじゃない。

全部、誰あろう俺自身の我儘でしかないじゃないか。

受け入れる責任。償うべき罪と負うべき罰。
断じて、お前のせいじゃない。
本当に我儘なのは、この俺だ。


最後まで、俺を諦めないでいてくれて、有難う。


――だから。


一緒に行こう。一緒にいよう。
お前が笑顔で最期を迎えられる、その日まで。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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