【R18】getting over you.





ルルーシュが復活する前に上げておこうと、書きかけの文章を完成させて一作仕上げてみました。
「最期までお互いに愛していると言えなかったスザクとルルーシュ」という設定で、これはゼロるぎが見ている夢です。

注意:モブルル表現が若干あります。苦手な方は回避して下さい。



***




 僕は探し続ける。求め続ける。
 君の未来、君の過去。

 僕は忘れない。君との約束も、友情も。
 たとえ君が忘れてしまっても、この世から姿を
 消してしまっても、この先もずっと。

 永遠に追い求める。僕は君の、本当の願いを――。






 ルルーシュの夜遊びが酷いらしい。それも普通の遊びじゃない、もっとタチの悪い遊びだ。
 租界内の一角にある繁華街へと頻繁に繰り出しているところを目撃され、生徒達の間でも噂になっているようだった。最初は女性と一緒にホテルに入る所を。そして次は、なんと男とまで。
 軍務に明け暮れていて学校には顔を出せなくて、ルルーシュとは出張していた期間も含めて二週間ほど連絡を取っていない。その合間を縫って起こった異変。噂はかなりの勢いで広まっていて、しばらくぶりに登校した僕の耳にも入るほどだった。
 ルルーシュとどうして連絡を取らなかったのか。特に用事がなかったから、といえばそれまでかもしれない。元々電話するより会う仲だ。寮とクラブハウスは距離も近いので、頻繁に遊びにも行っている。
 だから、その噂を聞いた時は真っ先に嘘だと思った。真偽を問い質すまでもない、あのルルーシュがそんなことをする訳がないと。しかし、詳細について聞き及ぶほど噂は真実味を帯びてきて、とうとういてもたってもいられなくなってしまった。
 当然、黙ってはいられない。ルルーシュに何があったのか――いや、ルルーシュの中でどんなことが起こっているのか。問い詰めようにも教室の中にルルーシュの姿はなかった。教室内どころか、学園中のどこにも。普段から真面目に登校してくることもなく、たまに出てきた授業でさえ平気でサボるようなとても模範的とはいえない生徒だったけれど、ここ数日は輪をかけて出席率が落ちているそうだ。夜遊びが過ぎて昼間は寝ているのか、生徒会にさえぷっつり出てこなくなったらしい。
 ルルーシュは一番大切な友達だ。だから何としても、直接会って確かめておきたい。でなければ気が済まない。 到底信じられない話だけれど、もしその噂が本当だったとしたら――そんなだらしのないことをし続けていていい筈もない。
 止めなきゃ、僕が。
 義侠心に駆られるままクラブハウスへと赴き、見慣れたルルーシュの部屋の扉をノックした。


***


「何だスザク、久しぶりだな」
 予め行くと伝えていなかったせいか、ルルーシュはラフな服装のまま出迎えてくれた。仄かに漂う紅茶の香りと彼の匂い。いつも通りだ。
「急に来ちゃってごめん。なんだか会いたくなっちゃって」
「気にするな、お前の訪問が急なのはいつものことだろう?」
 久しぶりに会った幼馴染は、二週間前に見たままの清廉さと潔癖さを兼ね備えていて、一見、取り立てて変わった所はないように見える。
 その姿を目の当たりにして不安が沸き起こった。果たして噂は本当なんだろうか。ほんの二週間ほどしか経っていないのに、色恋沙汰に鈍かったあのルルーシュが……。
「ルルーシュ」
「うん?」
「もしかして、これからどこか行くの?」
「ああ、ちょっとな」
 黒のパンツに白のシャツ。ルルーシュの普段着だ。けれど彼は、僕と話していながら僕の存在が目に入っていないみたいにクローゼットの中を物色している。
 そこで、ようやく異変に気付いた。 ルルーシュの部屋に入ってから、まだ一度も視線が合っていないということに。
「ルルーシュ」
「服を選んでいるだけだ。まだ出かける時間じゃないからゆっくりしててもいいぞ」
 のんびりとルルーシュが言う。何気なさを装ってはいるものの、のろのろと動かされる手は僕と相対するのを引き伸ばしているように見えた。
 その態度で、疑心が確信へと変わった。出かけるって何処へ? 誰かと待ち合わせでもしているのか、繁華街で? 不意に過ぎった考えはそんなものだった。
「ルルーシュ……」
 呼びかける声が低くなる。背を向けていたルルーシュが気付き、衣類をかき分けていた手が止まった。
「今日は君に、話があって来たんだ」
「話?」
「そうだ―――こっちを向いて」
 単に会いたくなったから来たんじゃなかったのか? 肩先を見る角度で動きを止めたルルーシュが、僕に問いかけようとしているのが解る。
「何だよ、話って」
 ルルーシュはゆっくり振り返ってきた。ちょうど僕の鼻から唇にかけてを見ているようで、直接目を合わせてはこない。ずらしている、巧妙に。
「言わなくても解ってるんじゃないのか? 君にも」
「さあ、何の話だ?」
「とぼけてるだろ」
 ぶれたままの視線を違和感がないよう余所に向け、ルルーシュは僕に興味を失ったように再び衣類を探り始めた。どうでもよさそうな態度に苛ついてつかつかと歩み寄り、強引に肩を掴んで振り向かせる。
「……っ!」
 突然の接触に息を飲み、ルルーシュはビクリと肩を強張らせた。ややあって、ぎゅっと瞑っていた重たげな瞼をそろりと見開く。
「どうして僕を見ない?」
 ルルーシュは顔を逸らしていた。掴んだ肩は驚くほど細くて頼りない。少し痩せただろうか。何か悩みでもあるのか? 君のことだ、何か人に言えない事情でも抱えてるんだろう?
 見下ろした僕からはルルーシュのつむじしか見えない。前髪の間から覗く顔色は陶器にも似た色味を通り越して青白く、いつもは血色の良い唇も薄く粉を刷いたように白かった。
「見てるだろ、ちゃんと」
 ルルーシュは乱暴な僕の動作を責めるでもなく、ただお話にならないとでも言いたげに溜息を漏らし、首を振る。幾ら自分にとって都合の悪いことを訊かれているからといって、この態度はない。隠したいことなどとっくに知れている。何かに苦しんでいるのなら、そう思ったのに。
「見てないよ」
 呆れ返った声が癇に障り、刺々しい口調で言い返した。たちまち無表情になったルルーシュが、肩に置かれた僕の手を鬱陶しそうに払い除ける。
「今日のお前はおかしい。何かあったのか?」
 乱れた髪をかき上げて取り澄ました表情を繕い、ルルーシュは軽く肩を上下させて皺の寄ったシャツを整えていた。勿論、その間も僕には一瞥すら寄越さない。
「何かあったのは君だろ?」
「俺が?」
「そうだよ。何があったんだ?」
「何がって?」
「君の噂を聞いたよ、遊び呆けてるって」
 伏せていた瞼をゆるりと上げ、ルルーシュはしんとした眼差しで睨んできた。牽制されているのが解り、互いの間に流れる空気が険悪になる。
「なんてことしてるんだ、君らしくもない」
「俺らしくないって何だよ。それに……噂? 単なる聞き間違いじゃないのか?」
 わざとらしくクツクツと肩を揺らしてルルーシュが笑う。歌うような喋り方に見下された気がした。
 白々しいにも程がある。言い訳を紡ぎ出すルルーシュの唇は皮肉げに歪められていて、たった今僕を睨んだことさえ流すつもりでいるようだ。まともに話し合うつもりなど更々なさそうな態度に心底むっとした。
「心配しているのが解らないのか? 何考えてるんだ。僕には言えないこと?」
「…………」
「危ない目にあってからじゃ遅いだろ。もし何かあったらどうするんだ?」
 何を問いかけても梨の礫だ。頑なにルルーシュは口を閉ざし続けている。
「ルルーシュ……!」
 もう一度両肩を掴み、崩れない冷ややかな無表情に苛立ちながら揺さぶった。
「やめろ!」
 ルルーシュがチッと舌を打ち、荒々しく僕の腕を振りほどく。
「遊びたい盛りなんだ、お前も男なら解るだろ? 見逃せよ」
「―――――」
 あまりの台詞に絶句した。俄かには信じ難い物言いだ。悪ぶるにしても、この突き放し方はルルーシュらしくない。
 ショックを受ける僕を余所に、ルルーシュがこちらの怒りを焚きつけるような薄い笑みを浮かべる。
「心配しなくても、お前に迷惑はかけないさ。――ああ、噂が耳に入ってしまったことは悪かったか。でも出来れば、俺のことは放っておいてくれないか?」
「ナナリーには?」
「知られないよう努力はしている」
「それでも、彼女の耳に入ったらなんて説明するんだ!」
 怒鳴りつける僕を冷静に見返しながら、ルルーシュは「さあ」と肩をすくめた。
「遊んでることは事実だからな。なんとかするさ」
「――最低だな」
 腹立ち紛れにぶつけた台詞。傷付ける意図を大いに含んだそれにルルーシュは眉を顰めた。けれど、ふっと笑ってから平坦な声で「そうか」と頷く。罵倒されたにも関わらず、言い返そうともしないなんてやっぱりおかしい。こんなのはルルーシュじゃない。
 何もかも納得ずくで受け入れる様子は、僕には理解されることを諦めているふうにも見えた。言葉通りに開き直って楽しんでいるかというと、それも違う。たとえて言えば『投げやり』、『捨て鉢』。 子供っぽい自棄を起こしてでもいるかのような――。
「君の遊び相手が女の人だけじゃないって本当かい?」
「!」
 ルルーシュが鋭く息を飲む。異性とならともかく、同性とまで遊んでいるとはどういうことだ。当たり前ともいえる疑問をぶつけると、ルルーシュはそこで初めて動揺を見せた。
「僕に口出しする権利があるかないかは問題じゃない。あまりにも滅茶苦茶過ぎるよ。それとも君は、元々そういう奴だったのか?」
「お前に関係ないだろう」
 怜悧な無表情に戻ってルルーシュが顔を背ける。と、その時。第二ボタンまで外されたシャツの襟ぐりが首に引っ張られ、ほんの僅かに開いた。見慣れない赤い斑点が一箇所、ルルーシュの首筋に付いている。
「……何、それ」
 おそるおそる手を伸ばせば、ハッとしたルルーシュが慌てて首を隠そうとする。その手を取り上げ、抵抗する身体を壁へと縫い付けた。
「やめろ!」
「これ、キスマークだよね?」
「っ!」
「相手は誰? 女? それとも―――男?」
「放せっ……!」
 暴れるルルーシュの手首を力任せに握り締める。痛そうに顔を歪めていようが構いはしない。
「全部で何人いるんだ?」
「だからっ、お前には関係ない!」
「関係なくなんかない、どうしてそんなことをやってるの!? 男とまで寝てるって本当なのか? 一体何を考えてそんなことを……ルルーシュ!」
「うるさい、黙れ……!」
 怒声が部屋の空気を劈(つんざ)いた。緩んだ僕の手から細い手首が滑り落ちる。シャツの合わせを手繰り寄せ、僕を思い切り睨み付けたルルーシュは頭を振りながら苦しげに顔面を覆った。
「今日はもう帰ってくれ」
「ルルーシュ」
「お前の顔を見たくないんだ。早く出て行け……、帰ってくれ!」
 搾り出された叫びは悲鳴のようだった。様子がおかしい、反応が過敏すぎる。たとえ僕から責められたくないと身構えているのだとしても。
「ルルーシュ……さっきからその態度は何なんだ? 僕が君に何をした」
「何も。いいから早く帰れよ」
 早口で僕を追い立ててルルーシュは壁に寄りかかっていた。その声は震えを伴って小さく掠れている。
 悪いことをしている自覚があるにしても、今のルルーシュは変だ。上手く言い表せない違和感。荒れている理由がルルーシュ自身ではなく、さながら僕の側にあるかのような――。
「気に入らないことがあるなら言えばいい。当てつけめいた態度を取られるのは嫌だ」
「当てつけ? 俺は別に――」
「別にじゃないだろ、だったらどうしてそんなおかしな態度になるんだ?」
 言動が支離滅裂なだけじゃない、心のどこかが閉じている。徹底的に閉ざされている。いや、それも僕に対してだけ、固く……?
 ルルーシュについての勘は外れない。今までだってそんなことは一度たりともなかった。だけど、僕に思い当たる節は何もない。一体どうなっているんだ?
「理由を話してよ。納得出来るまでは帰らない」
「理由?」
「そうだ。僕は君に何かしたのか? 考えてみたけど思い当たらないんだ。僕は、君を傷つけるようなことを……?」
「していない」
「だったらどうして!?」
 まただ。まただんまり。縮こまったルルーシュは自分を守るように両腕で身体を抱きしめている。ぎゅっと握られたシャツに皺が寄るほど強く。
「何か隠してるな、ルルーシュ」
「何も」
「嘘だ」
 間髪入れずに言い切ると、長めの前髪に隠されたルルーシュの口端が強張るのが見えた。
「君は、僕に嘘を?」
「ついてない」
「ついてるよ」
 その瞬間、弾かれたように顔を上げてルルーシュは大声で叫んだ。
「いいから帰れって言ってるだろう!」
「だからどうして!? 意味が解らないよ、ちゃんと説明して!」
「お前のことが嫌いになったんだ」
「――!?」
 今、ルルーシュは何と言ったんだ?
「だから、お前のことが大嫌いになったんだ! 顔も見たくないほどにな!」
「――!!」
 ひゅっと喉が鳴った。ルルーシュが忌々しそうに僕を見る。そこで、ようやく我に返った。視界がぐにゃりと歪み、不安定に足元が揺れる。
「……信じるとでも思ってるのか、そんな言い訳」
「信じようが信じまいが事実だ。解ったならさっさと帰れ」
 吐き捨てられた台詞に臓腑が冷えた。腹の底に重石を投げ落とされた感覚。氷で出来た無数の棘が心臓を貫いていく。
 嘯くにしてもやりすぎだ。何か――何かやむにやまれぬ事情がある筈。理性ではそう解っていたけれど、感情の方が納得しなかった。
「そう……君がそこまで言うなら………。解ったよ」
 ほとんど自動で答えたものの、何が解ったのかは自分でもよく解らなかった。ルルーシュが冷ややかな横顔を僕に向け、「もう来るな」と言い放つ。
「本当にいいんだな、それで」
「くどい」
 断絶を告げる口調は傲然としていた。ルルーシュの眼差しに過ぎった憐れみが一瞬にして悪魔的な嘲りへと変貌するのを、僕は呆然としたまま見つめていた。
「お前とは二度と会わない」
 勝ち誇ったように、そして、これ以上ないほど晴れやかに。別離の歓びに満ちた表情でルルーシュが冷酷に微笑む。
 刹那、その綺麗な顔を思い切り殴りつけてやりたい衝動に駆られた。初対面の時以来、本気で殴りたいと思ったことなんか一度もない。いつもつんと澄ましていて、気高くて。たまに意地悪なことを言う時ですらどこか上品で。ルルーシュは僕にとって最高の、自慢の友達だったから。
 それなのに殴りたいと思ってしまった。そんな自分にもショックを受けた。ずっと言いたかったことを言えて清々した。ルルーシュが――僕の大好きな友達が、そう言いたげな顔をして笑っていたから。
 衝撃の方が遥かに勝ってはいたけれど、握り締めた拳がぶるぶる震えているのが自分でも解る。
 そんなに簡単に切り捨ててしまえるのか、君にとっては。
 僕にとっては、そうじゃないのに。
「ルルーシュ……、君は―――」
 出来てしまうのか、言ってしまえるのか。僕を要らないと。
 そこまで考えてから、「駄目だ」と思った。七年前のプレイバック。追いかけることも出来ず、ただ遠ざかっていく車を見送るだけだった十歳の自分。
 ルルーシュにどんな事情があろうが関係ない。決定的な一言は既に放たれていて、僕と彼との間には取り返しがつかないほど大きな亀裂が生まれてしまった。立ち竦んだまま動けない。床と一体化した足の裏はまるで錆びついた金属のようだ。
 能面のようなルルーシュの顔から無理やり視線を引き剥がし、まだ離れがたいと引きずる足で踵を返し。そして僕は、一度も振り返ることなく部屋を後にした。


***


 空は高く、遠かった。夏というより秋の空だ。一番好きな季節は春。でも、夏の方が思い入れは数段強いかもしれない。
「すみません」
「いいのいいの、スザクが謝る必要なんてないのよ? 悪いのはぜ~んぶルルーシュなんだから」
 あいつが居てくれないと困っちゃうのよねえ、とミレイ会長が山積みになった書類の天辺を叩く。
「スザクに言ってないなら、誰も聞いてないでしょ」
「まあね……」
 席でペンを走らせ、リヴァルの言に内心「本当にそうだろうか」と首を傾げた。僕らは――僕とルルーシュは確かに幼馴染だ。だけど本当は、今のルルーシュのことなんて何一つ知らなかったのかもしれない。ルルーシュが今の僕のことを、何も知らないのと同じように。
「どうしたものかしらね」
 会長がぼやくと沈黙が下り、生徒会室にいる全員が窓の外を見た。ここ数日のうちに幾度交わしたかしれないやり取りだ。イベントを一か月後に控え、生徒会では各部の出し物と予算配分などの調整に追われている。集う面々もルルーシュの不在に慣れつつあって、何が問題になっているのかということだけは伏せられたまま、皆がルルーシュの近況を知りたがっていた。
 本当に知りたがっているのは、近況というより動機だ。ルルーシュは突っ込まれたくないことに言及されると意地を張る。小さい頃からよくそれで喧嘩にもなった。但し、隠し事をする時は必ず理由があったから、口を割られなくとも察せていたと思う。
「どうしちゃったんだろ、ルル。私怒ってるんですよ? 戻って来たらきっちり言ってやらなきゃ」
 ルルーシュの噂を知らないシャーリーが胸の前で拳を作る。ばつが悪そうなリヴァルのアイサインをスルーして、会長は「言ってやんなさい、一回きつ~くとっちめてやらないと」と珍しくシリアスな表情で答えていた。
 ルルーシュが長期間、学校をさぼっているという事実しかシャーリーは知らない。誰もが耳に入れてはならないと考えているのだろう、彼女とナナリーにだけは。
 頭が冷えたとはいえ、腹は立っている。皆に心配をかけてまで遊び回りたいなら好きにすればいい。『二度と会わない』という宣言通りにするつもりなのか、あれからルルーシュは姿を見せなかった。仕舞いには「訊かれたって知るものか」と、僕まで頑なになりかけてしまっている。
 思い出すのはルルーシュの苦しげな表情、僕を突き放した時の不敵な笑顔、そしてキスマーク。首筋に残った赤黒い斑点が浮かぶたびに、心の底に重苦しい憂鬱が堆積していく。
 今更のように、僕が学校に通っているのはルルーシュに会うためだったのだと思い知る。再会してから大きな喧嘩はしていないし、衝突するような理由も特になかった。昔に比べて秘密主義になったとはいえ、危ないことはしないと約束してくれていたから安心してもいた。
 それなのに今は、何をしていても心ここにあらず。次々と浮かんでくる不安や憶測を打ち消しては「放っておくしかない」と、頑強なまでに自分に言い聞かせ続けている。
「会長」
「ん?」
 振り返ってきた会長がペンを置く僕の手元を見た。襲ってきたものは、胸の内側からジクジクと伝わる疼きだ。
「僕やっぱり、もう一度ルルーシュと話してきます」
「そう……」
 向けられた眼差しは僕を慮るもので、「任せてもいいのか」という思いと、「無駄ではないか」という心配とがないまぜになっていた。
 今夜辺り、また出かけるんだろうか。想像するだけで落ち着かなくなり、席から立ち上がった。会長の眼差しが僕の決意に呼応して、気付けば全員の視線が僕に集中している。
 足早に近寄ってチェックしかけの書類を差し出すと、会長は頷きつつ快く受け取ってくれた。
「途中ですみません、後はよろしくお願いします」
「解った。――スザク」
「?」
「頼んだわよ」
「はい」
 真剣に首肯して生徒会室を出る。背中に全員分の期待が重く伸し掛かってくるようだ。一直線に玄関へと向かう中、こんなにも皆に想われているのに、とルルーシュへの怒りがふつふつと再燃してきた。かき立てられるのは嫌な想像ばかりだ。ルルーシュが頑なになるのは本心を口に出せない時。助けを求めているのに、僕を巻き込みたくなかったからわざとあんな憎まれ口を叩いたんだろうか?
 階段を下りる途中、女子達が踊り場に集まって噂話をしていた。通り過ぎる僕を見てひそひそ声が止まる。「ルルーシュ」という名前が聞こえた気がした。鞄の取っ手を握る手に汗が滲み、小走りで校舎を後にする。関係ない人達が口さがなく言うのはもう止めようがない。
 遊んでいるというのは只の噂で、実は誰かに脅されているのかもしれない。だとしたら、事が事だ。当然、僕には隠したいだろう。相手が僕だからこそ意地を張った、そう思いたい。けれど、ルルーシュは『遊んでいる』という僕の指摘を否定しなかった。
 再びあのキスマークがよぎる。僕に見られたと焦り、悔いてもいたようなルルーシュの表情も。
 軍にもそういう人はいる。でも異性ならともかく、同性なんて。僕だったら絶対に嫌だ、抱くのも抱かれるのも。ちょっかいをかけられた時は殴りそうになったし、身の危険を感じる以上に生理的嫌悪感が半端じゃなかった。
 ルルーシュは平気なのか?
 キスさせたってことは、受身になっていたってことだ。男らしさには人一倍こだわる奴だと思っていたのに……。
 足早に寮への帰路に着きながら、信じたい気持ちが勝った。友情がひび割れてしまったというのなら、なんとかして修復したい。
 結局のところ、僕はルルーシュを放っておけない。自分でも呆れてしまうくらいに。


***


 クラブハウスで捕まえるより、ホテルに入る直前を狙った方が確実。そんな判断のもと、私服にサングラス姿でやってきたのは例の繁華街だった。
 午後十時。探偵の真似事みたいに思いながらも気分は沈んでいた。安っぽいネオンサインが並ぶ一角。現れないでくれ、と祈るような気持ちで目撃情報の多いホテル付近で佇む。いかにも、といった風情の看板と、客を求めて忙しなく行き交う黒服たち。
 こういう場所に出入りするのは久しぶりだった。軍に入りたての頃は、非番の時に誘われてよく連れて来られたものだ。未成年だろうと上司の命令は絶対。免責事項というのはストレスの多い職場ならではの、暗黙の了解ともいえる。
 人目を避けて壁にもたれ掛っていると、つい溜息が漏れた。これが本物の恋愛なら、僕だって干渉なんかしないのに。
 エゴなのかもしれない。そう思うと決心が鈍る。またも深い溜息が出てしまい、顔を上げると同時に見慣れた姿が通りの先に見えた。
「ルルーシュ……」
 心臓がぎゅっと縮む。二人連れだ。それも、どこにでもいそうな若い男と。
「また男か」
 実際に見ると、ショックの度合が違う。湧き上がってきたものは底冷えしそうなほどのドス黒い怒りだった。本気で好きでもない相手をとっかえひっかえ、一体何のつもりで馬鹿げた遊びばかり繰り返しているんだ?
 酔っぱらっているとしか思えない足取りで男がルルーシュの肩を抱いている。ルルーシュはなされるがまま、僕が待ち構えているとも知らずにホテルの方へと歩いてきた。男が顔を寄せるとルルーシュは僅かに顎を引き、巧妙にかわしては妖艶な笑みを浮かべてみせる。誘うような笑み。僕には嫌な笑い方としか思えない。
 ホテルの入口と出口は同じ場所にあった。先にフロントに回り込み、ルルーシュ達がエレベーターを待つ隙を狙って後ろから肩を叩く。
「……!?」
 声も出せないほど驚愕しているルルーシュを強引に引っ張り、肩を掴んで男から引き離す。連れの男はぽかんと口を開けていた。
「スザク、お前――!?」
 皆まで言わせず腕を引き、無言で出口に向かった。ルルーシュがもたついていても足どりは緩めず、置き去りにされた男が怒鳴ってくるのも無視して表へ引っ張っていく。
「離せ、どういうつもりだ!?」
 振り払おうとする腕を掴み直して路地裏に連れ込んだ。
「君こそ何をしているんだ? ラブホテルなんかで」
「チッ……!」
 ルルーシュは忌々しそうに舌打ちした。僕も外したサングラスを胸ポケットに仕舞い込み、互いに射殺しそうな目つきで対峙する。
「何なら今日の相手ごと君を逮捕してもいい。そうされたくないなら帰るんだ、僕と」
「脅迫か? 恋愛感情と俺の同意があるなら問題ない筈だ」
「屁理屈だな」
 ルルーシュは横目で素早く路地の外を見た。さっきまで一緒にいた男が意味不明な罵声を発しながら、ふらふらと去っていく。
「どうしてくれるんだ?」
 つい、と視線が僕に向けられた。
「帰ると言ったよ」
 すると、ルルーシュは目を閉じて微かに口元を歪めた。何を笑っている? 怪訝に思って黙って睨みつけると、ルルーシュは「なあ、見たか? さっきの奴」と路地の外に顎をしゃくり、怪しむ僕の答えを待たずに薄笑いを浮かべた。
「気付かないのか……。まあ、無理もないよな」
 一歩一歩近付き、真正面に立って僕の肩に頭を乗せてくる。驚いて後ずさりする僕をルルーシュは上目で制した。そして、今度は嫣然と微笑みながら囁きかけてくる。
「言ったろ? 見逃せって。欲求不満なんだよ……。それとも、お前が今夜の相手になってくれるのか?」
「……!?」
 ぎょっとする僕を見上げてルルーシュは噴き出した。
「馬鹿、冗談だよ」
 クスクスと笑うルルーシュを見てからかわれたと解り、再び強い怒りが込み上げてくる、嫌悪も。ルルーシュは急に真顔になり、睨む僕を冷たく見据えて言い放った。
「他の奴を探す。邪魔が入ったなら逃げられても仕方がないからな」
 もうついてくるなよ、と去りかけていくのを引き留めたのは条件反射のようなものだった。掴んだ手首に力を込めると、ルルーシュも反発するように腕を突っ張らせて「離せ」と凄んでくる。
「君はどうして――」
 混乱しすぎて言葉が続かない。もつれる舌をどうにか動かし、拒絶の漂う背中に向かって必死で台詞を紡ぎ出す。
「聞かせろルルーシュ、こんなことをしている訳を。幾ら欲求不満だからって……さっきの人も男じゃないか! 他の奴を探しに行くって――!」
「見た通りに決まってるだろう?」
 そんな、と言いかけた声が喉の奥で絡んだ。
「君は……、誰でもいいのか!?」
 ピクリとルルーシュの肩が揺れる。振り返ってきたその顔は無表情だった。冷め切った瞳を一旦逸らし、ルルーシュが緩く空気を吸い込む。
「本当に抱かれたい奴ならいるさ。誰だと思う?」
「え――?」
「お前だよ」
「――――」
 さらりとした言い方に時が止まった。ルルーシュの唇の動きがスローモーション映像のように網膜に焼きつき、力の抜けた掌から掴んでいた手首がすり抜けていく。ルルーシュはめくれた袖口を直しながら平然としていて、目の前の光景全てが嘘のように思えた。
 立ち尽くす僕に横顔を向け、ルルーシュが無関心そうにひとりごちる。
「忘れてしまえ、何もかも。……俺も忘れるから」


***


 数日経っても現実感は希薄なまま、今後どうするべきかと決めあぐねていた。本当に抱かれたい相手は僕。言われた瞬間の自分がどんな表情をしていたのか、覚えてはいない。
 ロッカーを開き、パイロットスーツを脱ぎ捨てる。汗ばんだ肌が空気に触れ、湿った箇所から揮発していた。
 黒の騎士団主導と思われるテロ。今回も後方待機のまま終了。幸い民間人への被害はなく、ゼロの姿が見えなかったことから「末端組織の反乱」と断定された。頻繁にテロの起こるゲットーと、租界との間には繁華街がある。ルルーシュのことが過ぎった。
 学校はちょうど、放課後に差し掛かった頃だろう。シミュレーターでのテストが無しになったのはセシルさんの温情で、学校に行くつもりはないけれども正直、助かった。
 顔は全然似ていなくても、あの日ルルーシュといた男はおそらく日本人だ。思い出してみると、目や髪の色まで僕と同じ。ということは、ネット上で募集でもした相手だろうか。告白されるまで――告白された時でさえ全く気付けなかった。
 可能性に露ほども思い至らなかったのは、ルルーシュの演技が徹底していたからだ。いつからだったのか、兆候は見えていたか? 自問しても答えは見つからず、ルルーシュの隠し事の上手さに舌を巻く。――嘘は案外、下手な癖に。
 制服に着替え終えてもその場から動けなかった。バタンと閉じたロッカーの音が、耳障りなほど無人の室内に反響する。扉の上部にある数本の隙間を睨んだまま、今後どう動くべきかと思案した。ルルーシュの気持ちが本心なら、これ以上思い余った行動に走らないとも限らない。
 不自然な態度、本心を伏せた理由にも納得がいった。問題はその後だ。『忘れろ』と立ち去りかけたルルーシュを引き止めはしても、『待て』と叫んでから何を言えばいいのかなんて見当もつかない。
 あの日以降、ルルーシュの目撃情報はぷっつりと途絶えていた。生徒会の皆が庇った効果もあって、噂は収束の方向に向かっている。おおむねルルーシュに同情が寄せられていて、悩みがあって惑乱しただけではないか、もしかすると人違いかもしれない、などと言われていた。
 噂が消えてから登校するなら、その方がいいだろう。そっとしておくべきだとも思う。ただ、ルルーシュが出歩いていないと聞いてほっとしている反面、ホテル前で別れてからの消息が気になった。
 また別の相手と寝たのか。そう考えるだけで胃がよじれるような不快を味わう。僕が好きなのか、男が好きなのかという疑問はあってないようなものだ。異性とも寝られるのなら、ルルーシュはバイということになる。
 今までは、告白されたのも修羅場を経験したのも異性とだった。『お前が相手になってくれるのか?』と訊ねられた時は、言い得ようのない寒気が背筋に走った。
 嫌悪感。生まれて初めて、心の底からルルーシュを気持ち悪いと思ってしまった。怒りを感じてもいたけれど、それ以上に。
 同性の友達を性的対象として意識する。それも、行きずりの相手と同じく、軽んじた扱いが出来てしまう程度の存在として。ルルーシュは『抱かれたい』と言った。そんな目で見られていたのかと思うと当惑するし、責任も感じる。暴走している原因がもし僕にあるなら、解消出来るまで根気よく話し合うしかない。
 一旦寮に戻り、荷物を置いてクラブハウスへ向かった。足取りは重い。こんなにも憂鬱な気分で通い慣れた道を歩くのは初めてだ。顔を合わせづらいけれど、ルルーシュも会いたくはないだろう。居留守を使われるかもしれないし、何から切り出せばいいのか、どう接すれば会話の糸口を掴めるのかさえ分からない。知っているつもりでいたルルーシュの輪郭がどんどんぼやけていく。
 クラブハウスに着き、正面玄関前の階段を上る。チャイムを鳴らしても誰も出なかった。ナナリーは学校だろうが、咲世子さんも留守のようだ。幸か不幸か、施錠されてはいない。階段を下りて窓を見上げると、昼間にもかかわらずルルーシュの部屋のカーテンだけぴったりと閉め切られている。
 出かけるのは夜。たぶん寝ている、とあたりを付けて玄関ドアを開き、無遠慮と知りつつ二階の私室を目指した。
 ルルーシュの部屋の前。ノックしかけた手を止めて、一声かけようとしたところで思い止まる。
「………?」
 人の気配がした。いるのは間違いない。途切れ途切れに声がして、誰かと話しているみたいだ。来客中か、それとも電話中? だけど……。
 チャイムの音は聞こえた筈だ。眠っているなら気付かなかっただろうが、どうやら起きている。来たのが僕だと知ったらルルーシュは応じないかもしれない。意を決して番号を打ち込むと、軽い空気圧の音と共にドアは開いた。
 目前に広がる光景に息を飲む。
「――っあ。す、ざく……」
 耳へとクリアに飛び込んてきたのは切なげな声と、すすり泣きにも似た忙しない吐息だった。薄暗い室内でもはっきりと見える。乱れた真っ白なカッターシャツと、その下からすらりと伸びるシャツと同じくらい白い足。
 向かって右側のベッドの上。ドアに背を向けたルルーシュが下半身裸でうずくまり、自慰に耽っている。
 呼んでいる。僕の名を。
 足裏から根が生えたように動けなくなった。部屋全体に淫蕩な空気が充満していて、呼吸すると僕の内側にもひたひたと染み込んでくる。別世界に踏み込んだ心地になり、ただ茫然とルルーシュの痴態を眺めていることしか出来なかった。
 剥き出しの下半身、特に臀部周辺は透明な粘度のある液体で濡れ光り、シャツの裾から見え隠れする指が尻の穴へと出入りしている。
「あっ、あっ……! す――――」
 そこで、声がピタリと止まった。ルルーシュは空気の流れや声の響き方、室内に差し込む光で異変を察したようだ。
 部屋の入口には僕が立ち、その後ろではドアが開いている。肩越しに振り返りかけてから、ルルーシュは尻に入れていた指をそろりと引き抜いた。
 ぎこちなく身を固めて背後を気にしている。ルルーシュは振り返らない。自分以外の誰かの気配を感じ取ろうと、意識を集中して耳をそばだてている。
 長い沈黙が生まれた。四つん這いに近い体勢で止まったまま、ルルーシュは置物みたいにじっとしていた。呼びかけようとしたけれど、僕の声帯も古びたゴム管より乾き切っている。
 ルルーシュが上体を起こしてぺたりと腰を下ろす。足を外側に投げ出し、膝を崩してへたり込む姿は小鹿のように怯えていた。
 何も言わない、言えずにいる背中に向かって小さく吐息する。その途端、すくみ上がったルルーシュは引き攣れた声を漏らした。パニック寸前の呼吸音。肩をすぼめて縮こまり、両腕で自分の身体を抱きしめて激しく震え出す。
 遠目からでも明瞭に解るその様子を見て、つい今しがた聞いたばかりの喘ぎが蘇った。
 ……なんて声で僕を呼ぶんだ、君は。
 話しかけたら逃げられる気がして、一歩一歩ベッドの方へ近付いていく。僕が迫るごとに、ルルーシュの震えは一層酷くなった。軽蔑、侮蔑、嫌悪。負の感情をぶつけられ、悪罵に晒されてしまうと恐れている。しんとした室内に僕の足音だけが響いていた。
 ルルーシュはとっくに気付いている筈だ、侵入者が僕であると。ノックもせずに入ってくる友人なんて他にはいないだろうし、多々ある選択肢の中から真っ先に最悪のケースを想像するのがルルーシュという奴だから。
 歩を進めるごとに、浅く早い呼吸音がより大きく聞こえてくる。すぐ傍まで歩み寄り、立ち止まった。黒々とした頭を見下ろしているうちにやるせなくなり、無言でベッドの端に腰掛けた。スプリングが軋み、ガクガクと震えているルルーシュがじり、と片足を引く。僕に近い方のその足を横目で見て、何となく俯いてしまった。
 感じたのはただ、「辛い」ということだけ。
「怖がらないで。驚きはしたけど――」
 けど、何だ。気持ち悪くなかったのか、本当に……?
「冗談だ、って言ってたくせに」
「!」
 ビクリと反応したものの、ルルーシュの強張りは解けなかった。僕はというと不思議なほど冷静に話せていて、さっきまで詰まったようだった喉からスルリと声が出た。
「ごめん、勝手に入って」
「……そだ」
 掠れた声に「え?」と顔を上げる。すると、うなだれていたルルーシュはぎゅっと縮こまったままぼそぼそと喋り始めた。
「……そだ。嘘だ、こんなの――」
「嘘じゃない」
「やめろ……!!」
 ルルーシュが髪を掻きむしりながらベッドに突っ伏す。同情されたと感じて屈辱だったのかもしれない。艶やかな黒髪をぐちゃぐちゃに掻き乱し、引き千切らんばかりにしてわめく姿は常軌を逸していた。
「嘘じゃないよ」
 ぽつりと切り返す。君に言っても信じないだろうけど。心の中でそう続ける間も、ルルーシュはうわごとのように悲痛な涙声で「嘘だ」と繰り返していた。
 僕だって信じられない。本当に気持ち悪くなかった。「単なる自己防衛か?」と首を傾げてから、「やっぱり違う」と思う。
「ルルーシュ」
「――っ!」
 丸まる背中に手を伸ばし、引き起こそうとしたら腕ごと払われた。ルルーシュは完全に怯え切っていて、僕の手を叩いた自分自身にも酷く動揺している。
 ベッドに乗り上がり、引っ込められている手首を掴んだ。向き合おうとするだけでルルーシュは死に物狂いで暴れる。どこからこんな力が湧いているのか、顔を見せまいと頭を振りたてて、僕から必死で逃れようと。
「……っ! ――――っめ!」
 無言の攻防。錯乱したルルーシュの声は言葉にさえなっていない。揉み合ううちに見えた瞳は潤んでいて、叱られて癇癪を起こす寸前の子供のように唇をわななかせていた。
「ルルーシュ!」
「――!」
 怒鳴る僕に畏縮して、ルルーシュは掴まれた手首をハッと見遣った。恐々と拳を握り、不自然な形で手首をひねる。
 後ろを慰めるために濡らしていた手指だ。僕に汚れが付いたのでは――僕が汚いと感じているのでは。至近距離で見つめる僕を直視出来ず、ぎゅっと目を瞑って。緩く握った拳を可能な限り遠ざけようと、僕の手に付かないよう無理やり手首を反らしている。
「遅いよもう――。本気だったんだな、君は」
「……ッ!」
 言い終えると同時に、絶望したように見開かれたルルーシュの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「違う……!」
 血を吐くような叫び。涙を隠そうとルルーシュが顔を伏せる。
「違うんだ、これはっ……!」
 弱々しい項があらわになり、僕は黙ってそこに目を落とした。深く俯いたルルーシュが首を振るたびに、ポタポタと落ちた滴がむき出しの膝を伝ってシーツへと流れていく。ルルーシュの、その染みひとつない膝を見て「やっぱり白いな」と思い、生白い皮膚の色を何故だかいじらしく感じた。
 嘘や皮肉で誤魔化すことさえ出来ないほど追い詰めてしまったのだと気付き、強烈な罪悪感に襲われる。
「話し合うために来たんだ」
「そんなものは無い! 俺に話なんか!」
「また僕を切り捨てようとしてるのか? だとしたら勝手だ」
「――!」
 理屈で諭されて解らないルルーシュじゃない。言い含める僕にとうとう諦めたのか、ルルーシュはぐすっと鼻をすすって力なく肩を落とした。膝に付きそうなほど垂れた頭が小さく上下し、頷いたのだと解る。
「落ち着いて、いま水でも――」
「待て」
 ベッドから降りかけたところでもう一度「スザク」と呼び止められた。微かな声に引かれて振り返れば、ルルーシュは俯いたまま「すまない」と口にした。消え入りそうな姿に不安を覚え、反射的に「いいんだ」と口走る。
「謝ることじゃないだろ? 断りもなくやって来たのは僕だ」
 そういう意味で謝られたのではない、と解っていたのはお互い様だったと思う。まだ言葉が足りない気がしてベッドに膝をかけると、ようやくルルーシュは泣き濡れた顔を上げてきた。
 長い睫毛に涙が絡み、瞬きに合わせて頬へと滴っていく。見られてしまったという羞恥や怒りよりも、僕に見せてしまった申し訳なさと後悔、「どうか嫌わないで欲しい」という哀願と苦悩とがその表情には表れていた。
「僕こそごめん……、気付けなくて」
 胸を衝かれ、あまりの痛みに瞼を伏せる。許さないなんて思う筈がない、一瞬で気持ちが伝わった。縋る眼差しを見返すと、居た堪れなさそうに唇を噛んでルルーシュがふる、と首を動かす。
「嫌なものを見せた……。気持ち、悪かっただろう……?」
 蒼褪めた無表情でおずおずと訊ねられ、ルルーシュがこの問いかけを発するのにどれだけの勇気を振り絞ったのかが解る。
「違うよ」
 あれはただ、どうしようもなく辛かっただけだ。「辛い」というより「痛ましい」と感じたのかもしれない。
「気持ち悪いなんて思わなかった、同情もしてない……。なんていうのかな。ルルーシュがって思うと、実感がなくて」
「っ……」
 そこでまた、ルルーシュは辛そうにくしゃりと顔を歪めた。
「あ―――」
 直接的な表現は避けるべきだった。どんな思いで隠してきたのかを考えれば尚のこと、繊細なルルーシュにとっては耐えきれないシチュエーションだ。
「ごめん……。でも気にするなよルルーシュ、僕は平気だ」
 辛そうなルルーシュの表情は変わらない。どうせ只の慰めだと思っているのだろう。このまま放っておいたらどこか遠くへ行ってしまう、そんな気がした。
 ひどく困惑する。『抱かれたい』と言ってきたルルーシュには確かに嫌悪感を覚えた筈なのに、今の僕は――。
「気にするなって言われても無理か……、そうだよな」
「あ――」
 拳を握る僕を見て、気遣い合戦になるだけだとルルーシュも思ったようだ。何か言わねば、と口を開きかけては閉じている。その唇に意識を吸い寄せられ、何か疼くものを感じて「まずい」と思った。
 空気に飲まれているだけだ、解っている。なのに一瞬、目の前にいるルルーシュが全く別の生き物に思えた。暴れたせいでどことなく憔悴して見える中性的な面差しも、崩れ込むようにベッドに投げ出された線の細い肢体も、いつか読んだ本に出てきた『貧血性の美しさ』という表現を彷彿とさせる。
 駄目だ。僕は今、明らかにルルーシュをそういう目で見ている。性的な欲望の対象として。
「スザク」
「――!」
 ハッと我に返ると、ルルーシュは凪いだ瞳を僅かに細めた。疚しい心を見抜かれたのかと思い、ひやりと背筋が寒くなる。
「汚いと思ったなら嘘はつかなくていい。汚れているんだ、本当に……」
 安易に「違う」とは言えなかった。誤解している部分があったとはいえ、確かに僕は嫌悪を感じていたんだから。でも、混乱していたさっきまでとは違い、ルルーシュはどんな謗りも受け入れる覚悟をしたようだ。今度は僕の態度をルルーシュが誤解しているのは訊かなくても解った。
 不意に思う、何故だろうと。愛もなく誰かを抱いた人は「汚れた」なんて考えもしないのに、抱かれた側だけがいつも自分を汚れてしまったと恥じるのは。穢した者がいるからこそ穢れたともいえる。それなのに、その事実を受け入れようとすると罪の意識が生じる。誰が決めた訳でもない、それが万人にとっての共通認識。今更のように理不尽だと思った。
「俺が一人でしているのがそんなに意外か?」
「――そんなことは、ないよ」
 唐突な質問に戸惑う。反射的に首を振ったのは誤魔化しだった、多分、自分への。あれこれ考えていたらおかしな方向に転がりかねない。後ろめたい。
 踏み込んだ時以上に部屋の空気は濃密だった。間違いを起こしてしまいそうな気配。でも、間違いなのか? 「僕だってするよ」と続けるか否か。迷っていると僅かな間断を突き、ルルーシュがぎゅっと僕の胸元を掴んでくる。
「何……?」
 皺の寄ったシャツを見下ろす僕にルルーシュがもう一度、「スザク」と艶っぽく呼んできた。耳朶を打つその響きがいつもと違っているように思え、顔を上げると――
「本当に気持ち悪くないと思っているのなら、証拠を見せろ」
「え……?」
 問い返す僕の頬に掌を添え、ルルーシュが斜めに顔を傾ける。ゆるりと細められた瞳、眦に従って長くなる扇形の睫毛。頬で感じる指先の温度は少しだけ冷たくて、それら全てに惹きつけられて身動き出来なくなった。
 温みのある感触が唇を覆い、目を瞠る。
 キスされた。
 優しく押し当てられた唇がゆっくりと離れていく。瞬きながらルルーシュの通った鼻筋を――次いで、また痛ましげに伏せられた美しい瞳を見る。澄み切ったその色はぞっとするほど綺麗だ。辺りは薄暗いのに異様なほど鮮やかで、紫紺の瞳は闇に映えるのだと気付く。
 刹那、抱かれるルルーシュの姿が頭に浮かんだ。出来ると思った、ルルーシュと。キス以上のことを……。
「君が好きなのは僕だろ……?」
 無意識に口走っていた、まるで縋るように。それも、恋人を寝取られた男の気分だと思いながら。ルルーシュがしんとした瞳で僕を見る。『遊び呆けている』と指摘した時と同じ眼差しだった。
 絡んだ目線は言葉よりも雄弁で、気付けば僕の中から一切の抵抗は消え失せていた。頬に添えられた手指を握ったのも無意識で、ルルーシュも僕を見つめたままそっと握り返してくる。
 胸を衝くその姿は、月光のように淡く儚いもので、本当に汚れているのは抱く側だと僕は思い知った。抱かれる側が汚れるんじゃない、穢そうとする者だけがきっと、相手を抱く前から自分が汚れていることに気付いている。
 引き返すなら今しかない。でも、胸の疼きの正体にもはっきりと気が付いた。このルルーシュが僕以外の誰かに抱かれた後だったということが、未だに癒えない胸の疼痛を悪化させ続けているのだと。
 大切な何かを壊されたような、奪われてしまったかのようなやり場のない怒り。別にルルーシュとそういう関係でもないのに、気になるのも遣り切れないのもその一点だけで、焦げつきそうな嫉妬で身悶えしたくなる。
「俺達が互いのことを忘れるためには、もっと時間が必要だ」
「――忘れる?」
「ああ。言ったろ? 忘れろって」
『俺も忘れるから』。繁華街で捕まえた時、ルルーシュは確かにそう言った。
「……無理だよ」
 だったらどうして、キスなんかしたんだ? 心の中で問いかけている隙に、ルルーシュは僕に握られたままの手を下ろした。離し難くて力を込めてもルルーシュは握り返してこない。ただじっと僕を見つめているだけで、透明なその眼差しには何の感情も浮かんではいなかった。
 見つめ返しながら思う。
 ルルーシュだっていやらしいことをする、僕が認めていなかっただけで……。経験があって、相手は一人じゃなくて。生身のルルーシュから目を背けていながら今更としかいえない衝撃だけがしつこく尾を引いていて、僕は多分、それがとても悔しいんだろう。
 ルルーシュは言った。
「俺はここから離れられない。まだ、離れる訳にはいかない。二度と会わないってのは難しいな、思った以上に」
 当たり前だろう、と答えかけ、『まだ』という言い方に引っ掛かりを覚えた。
「いつかは離れる、そう言いたいのか?」
「さあな」
「僕も君もお互いのことを忘れられないなら……じゃあ、どうするんだ?」
「お前の好きにしていい」
「卑怯だ」
「ああ、俺はずるい奴なんだよ」
 ふっとルルーシュは肩を揺らした。ほんのりとコロンの香りを漂わせ、苦笑のようにも自嘲のようにも取れる溜息を落として。
 寂しげな表情を見ると、酷い焦りが襲ってきた。これは何だろう? ルルーシュの抱える不安がどんなものなのかを知りたい、今すぐに。さっき僕が感じたものと同じだろうか?
 ルルーシュが僅かに身じろぐ。重ね合った手を一瞥し、焦れた息をつく僕へと視線を移し――そして、柔らかな表情で微笑みを零した。
「俺から遠ざかろうとしなくても、お前はいつか離れていく。そんな気がしてな。笑うか?」
 諦めの滲む声に首を振り、唐突に「ひとつになりたい」と無責任なことを思った。ルルーシュが僕の否定を信じていないことだけは解る。前に『最低だな』と詰った時よりも、今の方が数段、理解されることを諦めてしまっているふうに見えた。
「君を抱いたら解るのかな、その気持ち」
 伏せられていた瞼がピクリと動き、ルルーシュはそれを隠そうと忙しなく瞬いた。まだ隠すのかと思い、暗澹とした幕に心が覆われていく。僕を拒み、突き放そうとするほどの想いを不器用に、君はこれ以上何を押し殺すつもりでいるんだ?
「ルルーシュ」
 フローラル系の香りを肺の奥まで吸い込み、ルルーシュの掌に僕は頬を預けた。
 予感がある。してしまう、このままでは。越えてはならない、越えるべきではない一線を踏み越えてしまう。だって、只の友達なのに、もう只の友達じゃいられない。たった今からそうじゃなくなろうとしている、僕らは……。
「僕も君みたいに、愛していない人と寝たことがあるよ。どうしてそんなことが出来たのか、解るようでいて解らないんだ」
 君もそうなのか? 訊ねようとしても言葉にはならなかった。好きかどうかも解らない人と寝てきたことが、僕にはある。でもその人達と同じように、ルルーシュを扱っていいなんて思っていない。
 誓ってもいい。彼女達は僕からの愛なんて求めていなかったし、僕も彼女達からの見返りなど欲しくはなかった。誰と繋がることにも意義を見出せず、ほんのいっときのぬくもりを求めていただけ。寂しいから。
「知りたいんだ。ただ……、寂しいからという理由だけで、君とは――」
 解るだろう? という呼びかけにルルーシュが顔を上げる。おずおずと首を振り、身体を引いていこうとするのを僕は止めた。握っていた手を強く引き寄せ、もう逃がさないと誓う。
 どちらからともなく伸びた腕が互いの首と背中に絡み、やっと捕まえられたことに安堵した。ぴったりと重なり合った身体が気持ち良くて、でも足りなくて。どうしようもなくもどかしい想いをぶつけ合うように、とうとう自分から唇を重ねてしまった。
「んっ……」
 鼻腔から漏れるルルーシュの吐息、あまい声。しっくりと重なった唇を吸い合っていると、絡む舌と呼吸に溶け落ちていきそうな心地になる。
 気持ちいい……どうしよう。喘ぐ僕にルルーシュは身を預けてきた。肩へとしなだれかかる頭を抱え、細い身体ごとぎゅっと抱きしめる。
「ごめん……、僕」
「いい」
「駄目だよ」
「いいんだ」
「ルルーシュ……」
 陶然とした表情で僕を見上げ、ルルーシュは応える代わりにもう一度口付けてきた。唐突に訪れた限界に抗うことなど、もう出来ない。
 流される、負けてしまう。ずっとこうしたかったんだという気持ちに。欠けたピースが嵌め込まれた時のように、誰を抱いても満たされなかった部分に何かがピタリと納まったのを感じた。
「僕のものにしたい」
 震える声で告げる。
「好きにしていい、お前の……言っただろう?」
 指先で頬を辿られた瞬間、遂に理性の全てを放棄した。どこからこんな欲が湧いてくるのか、それはあまりに激しくて。
「そんな訳ない」
 思わず呟く。一時的な衝動に過ぎないなんて考えたくもない。人の想いを抱えるのも背負うのも重くてたまらないくせに、一度口に出してしまったらもう止まらなくなった。
 これは只の性欲か、それとも――。無粋な疑問を無理やり振り払い、果実を食むように口付け合う。細い身体をベッドに押し倒すと、ルルーシュの白い肌が視界の端をちらちらと掠め、全身に証を刻みつけてしまいたくて躍起になって吸い上げた。
「――っふ」
 ルルーシュの悶える声、しなる背中。首筋から顎にかけて舌を這わせていると感じているんだと解り、一気に体温が上がる。
「やり方わかんないよ、教えて……?」
 男同士では経験したことがない。だからと続ける前に、ルルーシュは僕の手を引いて自分の胸元に導いた。
「ずるいぞ……、お前」
 戸惑って恥じらって、ルルーシュの頬は薄赤く染まっていた。押し殺された呟きと、悔しげな表情。平らな胸に女性のような膨らみなどなくても、リードされたがっているように見えて異様に興奮する。優しく、それ以上に激しく、滅茶苦茶にしてしまいたい。
「本当にいいのか、ルルーシュ……?」
 尋ねながら唇を重ねる。ルルーシュはすぐに応えてきた。けだもののように上がっていく自分の呼吸が怖い。本当はやめるつもりも止められる自信もとっくに無いから、僕はずいぶん嘘吐きだ。残る理性の欠片がしつこくブレーキをかけ続けていて、それだけルルーシュが大事だったんだと心のどこかで痛感する。
 薄い胸元をまさぐっている間、ルルーシュの唇はまだ震えていた。もしかすると、慣れないながらも実はキスが好きなのかもしれない。ルルーシュのそんな部分が愛しくて、そう思える自分のことも無性に嬉しかった。
 焦る僕の耳元に唇を寄せ、ルルーシュが困った顔をしながら囁く。
「おい……がっつくな」
「無理だ」
「無いんだぞ、胸」
「知ってるよ」
 それでも鳴っている。掌越しに鼓動が伝わってくる。僕が抱こうとしているのはルルーシュだし、ルルーシュにだってやり方なんて解らない。
「でもしたいんだ。君を抱きたい、ルルーシュ」
 やっとの思いで吐き出せば、ルルーシュは泣き笑いにも似た儚い微笑みを浮かべた。
 より深く口腔内を貪っていく。その唇は甘くて、どこまでも甘くて、眩暈がした。


***


 放課後はクラブハウスに赴き、時間の許す限りルルーシュと一緒に過ごす。軍の仕事で不定期に呼び出されるのは相変わらずだったけれど、ここ最近はテロも起こっていないから警戒のためのパトロール程度に収まっている。
 初めて抱き合った翌日には、夢ではないかと疑っていた。何せ、あのルルーシュを抱いたんだ。実感が出てきたのはずいぶん後になってからで、しばらくの間は二人きりになってもドキドキして手も握れない、顔もまともに見られない、目が合うだけでたまらない気持ちになり、それでいて四六時中欲しくて仕方がないのが酷く恥ずかしかった。
 心と身体が噛み合わないなんてものじゃない、まさに底なしの沼だ。嵌まってしまった先が更に大変で、誇らしいばかりではなく、所構わず欲情してしまうようになった。
 今までのルルーシュは友達で、今は恋人。無闇やたらと手を出す訳にはいかなくとも、夢のような日々だ。心の通じ合った相手との交わりを知り、今更のように本当の意味で恋に落ちるとどうなるのかも知ってしまい、毎日が浮き足立ちそうな思いで一杯だった。
 軍の仕事でさえ放棄してしまいたくなる。夕食の時間前に呼び出されるのが特に煩わしい。この時間帯だと、戻れるのは夜中を過ぎてから。そのまま寮に戻るしかなくなってしまった日は、自分の運の悪さと世界との両方を呪いたくなる。
 イレブンの携帯所持は認められていないから、ルルーシュが待ってくれている、と思うと無理を押してでも会いたい気持ちが募った。深夜に抜け出してしまおうか、翌朝が来るのが待ち遠しい。自分がここまで恋愛に溺れる日が来るなんて思ってもみなかった。
 毎日、愛しさが膨らんでいく。幸せの意味を語り合った幼少時に向かって、刻一刻と巻き戻っていく気分だった。
まったく嘘みたいだ。居るとさえ信じていなかった未来の相手が、実は一番身近な存在だったなんて。
 少し前までは、本物の恋愛なら干渉したりしないのにと思っていた。遊びの相手じゃなく、ちゃんとした恋人同士なら何も言わなかったのに、と。どうしてそこまで無関心でいられたのか今では不思議だ。ルルーシュが可愛くて可愛くて仕方がない。
 恋しなかったことでさえ何故だろうと思うのに、よりにもよって気持ち悪いだなんて。
 そわつく僕とは逆に、ルルーシュは目に見えて安定していった。一時期は喉を通らなくなっていたらしい食事もきちんと摂れるようになり、笑顔になる頻度も格段に増えた。
 一つ一つの変化を喜ばしく思いながら、噂が消える頃には学校にも行けるようになるかもしれないと、僕も急かさず傍で見守っている。
「そういえば、ナナリーは?」
 ベッドの上で尋ねると、ルルーシュは聞きそびれたのか首を傾げていた。
「何か言ったか?」
 やっぱり聞こえていない。無理もないと思い、つい苦笑してしまった。
「何でもないよ」
 ほんの数分前まで抱き合っていた。ナナリーの名前を出しても食いつかないルルーシュを少し奇妙には思ったけれど、今気にすることでもないだろう。
 手遊び的に、隣で気怠く横たわるルルーシュの髪を梳く。「昔から人の髪を触るのが好きだった」と言うと、ルルーシュは「そうだったか?」と毎回、小首を傾げる。本当は覚えているから許してくれているくせに、まったく素直じゃない。
 ルルーシュは慣れきった猫みたいにリラックスしていた。気持ち良さそうに吐息して、すんなりと長い手足を優雅に遊ばせ、惜しみなく白い素肌を晒して。滑らかな背中のライン、小ぶりなヒップへと続く曲線は芸術品を眺めているよりも飽きないくらいで、たったそれだけのことが言い得ようもなく誇らしい。
「眠い?」
「いや……?」
 ルルーシュが欠伸しながら答える。台詞とのちぐはぐさが可笑しくて、でも、指摘すればむっとするのも解り切っていたから、絶え間なく漏れそうになる笑いを頑張って噛み殺した。
「髪、結構伸びたね」
 手触りのいい黒髪は僕の好きなパーツのうちの一つだ。勿論、ルルーシュという人の全てをひっくるめて愛せる自信がある。男同士ということなど、もう気にはならない。
「僕ら今、すっかり色惚けてると思わない?」
 ルルーシュはふわりと微笑んだ。
「自覚はある」
 艶やかな笑みに見とれてしまう。前々から綺麗だと思ってはいたけれど、やっぱり今までの僕の目は節穴だったようだ。
 不実な想いを打ち消すためにシーツをたぐり寄せ、細い肩に被せてみる。するとルルーシュは、甘えるような仕草で僕の腕を引っ張ってきた。
「うん?」
 見上げてくる瞳と目線を合わせれば、ルルーシュは潤んだ菫色の瞳をそばめて横向きに転がった。それだけで言いたいことが伝わり、黙って黒髪をかき上げて額に唇を落とす。続く僕の動作を、ルルーシュは目を閉じて待っていた。
 平和な時が過ぎていく。胸の内側が暖かいもので満たされていて、こうなる前のことを思い出す時だけぎゅっと痛んだ。
この痛みを大切にしたいと思う、いつまでも……。


***


 数日後に迫ったイベントでは急遽、巨大なピザを焼くことになった。学園の倉庫には古いナイトメアフレームが保管されていて、当日はそれを僕が動かして生地を作ると決まったらしい。
 無事復帰出来たルルーシュを、生徒会の皆は諸手を挙げて迎え入れてくれた。僕との仲が以前より親密になったことを勘ぐる人もおらず、放課後になってから今までサボったツケだと言われ、二人きりで生徒会室の中に缶詰にされてしまった。
「ねえルルーシュ、この時期ってさ……」
「ん?」
「普通なら、学園祭とか文化祭じゃない?」
 大量に積み重なった書類に埋もれながら、ルルーシュは呆れたという口ぶりで答えてきた。
「去年の事件の影響だろ、自粛が続いてるのは。この学園が特殊なんだよ」
「事件って?」
 一瞬口ごもってルルーシュは「おいおい」と呟き、溜息交じりに「寝ぼけてるのか?」と尋ねてくる。
「どこから説明すればいいんだ、俺は?」
「どこから、って……」
 イベントといっても、「祭」という文字が付かないだけだ。ところが、そこで受けたルルーシュからの説明は、僕にとっては耳を疑いそうなものだった。
「呪われてるんだよ、このエリアは。クロヴィス総督の死に続いて新たに就任したコーネリア総督も失踪、妹君のユーフェミア副総督もゲットーでテロに巻き込まれて死亡。本当のところは純潔派の内ゲバに巻き込まれたって話だ」
「そ……うだったっけ?」
 思わず手を止めて口走る。寄せられた書類をまとめつつ呆然とする僕を、ルルーシュは今度こそ本気で心配そうな顔になって見つめていた。書類を脇に置き、寄ってきて僕の額に手を当てる。
「熱はないようだな。軍に居るのになんで知らないんだ、お前」
「うん? ああ――、そうだったような気がする」
「は……?」
「いや、そうだったよ、ごめん」
 何故かルルーシュに謝って、自分でも頭の具合が少し心配になった。
「で、ルルーシュは?」
 たて続けに尋ねる僕にぱちくりと瞬き、ルルーシュは辺りを見回して訝しげに眉を寄せた。
「なあ、本当に大丈夫か?」
 異星人でも見るような目付きで言われても何のことだか解らない。ルルーシュは「俺が何だって?」と首を傾げている。
 ルルーシュがアッシュフォードに引き取られたのは、確か僕と十歳の時に離ればなれになった後だ。それに、何か人目を避けねばならない事情も抱えていた筈。
「君も狙われてるんだよね?」
 思いつくままに尋ねたとたん、ルルーシュは腹を抱えて思いっきり爆笑し始めた。
「なんで俺が!」
 鼻でふっと笑い、今度は意地悪な顔付きになる。
「ドラマの見過ぎか、スザク?」
「…………」
 つい黙り込んでしまった。だんだん不安が押し寄せてきて、でもその正体は僕自身にもよく解らない。ルルーシュは目の縁に涙を浮かべ、戸惑う僕に気付くと困り顔になり、目尻を軽くこすってようよう苦笑を引っ込めた。
「しがない一般人でさえなければ、母さんがテロに巻き込まれることもなかったのかもな」
「テロ!?」
「おい……」
 本当にボケたのか? と、既に突っ込む気にもならないと言いたげにルルーシュは睨んできた。
「だって母さんって――。まさか君の?」
「犯人みたいなとぼけ方をするな」
「まだ捕まってないの?」
「……ああ」
 語尾に腹立たしさが滲む。いい加減苛々しているんだろう。それでも初耳だった。ルルーシュにとっては過去は過去、そう割り切れているように聞こえる。
「じゃあ君が今、クラブハウスに住んでいる理由は?」
 混乱しながら訊き返すと、ルルーシュは「ん?」と口角を下げた。
「あそこに住み始めて何年経つと思ってるんだ」
「えっ?」
「え? って……。あのなあ」
 俺はいいんだよ、と言いながらぽんと僕の肩を叩き、ルルーシュは席に戻った。積み重なった書類から数枚選んで手早くホチキスで止め始める。
「忘れたのか?」
「俺はいい?」
「ああ、アッシュフォードは母さんの実家だ。まあ、未だに寮の部屋に空きが出ないのは、俺にとっては願ったり叶ったりってところだけど」
 それ取ってくれ、と言われて指差された方向に視線を向けると、僕が座っている机の端に『マックス針』と書かれた緑の小箱が転がっている。腕を伸ばしてそれを取り、片手で針の切れたホチキスをカチャカチャと鳴らすルルーシュに手渡すと、「悪いな」と受け取ってホチキスに針を足しながらルルーシュは素っ気なく言った。
「疲れてるなら休んでろ。放課後うちで寝ていくか?」
 悪戯っぽい訊き方でも優しい声だった。誘われているんだろうか。煩悩がよぎってしまって慌てて打ち消す。
「うん……」
 かろうじて頷いたものの、訳が解らなさすぎて全身から力が抜けていくようだった。すかさず気を引き締めて考え直してみる。
 ルルーシュが一般人じゃないなら何なんだ。僕とルルーシュは幼馴染で、友達で。母親がテロに巻き込まれたことだって、昔からアッシュフォードに住んでいたことだって知っていたじゃないか。
 さすがにボケているかもしれない。じゃなければ、本当に寝ぼけていたに違いない、ルルーシュの言う通り。
「ちょっと間抜けに見えただろ、今の僕」
 ルルーシュはきょとんとした顔で振り向き、黙って肩をすくめた。「面白い冗談だったな」と苦笑しながら付け足す。
 何かモヤモヤしたものを感じていたけれど、目元を緩める綺麗な笑みを見せられると心底どうでもよく思えてくる。些細なことだと素直に流し、作業の邪魔になるのを知りながら僕は傍に寄って行った。
 ルルーシュはその行動を見透かしていたようだ。頭の後ろを引き寄せても拒まれなかったので、キスを待つ唇にそっと自分の唇を押し付けた。
 僕らは今、幸せだ。この幸せの他に欲しかったものなんて何もない。
 だからいいんだ、これで……。
 これでいいんだ。


***


 弾む呼吸、跳ねるルルーシュの足。無我夢中で腰を振っている時だけあの違和感が遠ざかる。
 ベッドの上で一緒に座り、対面になって抱き合うのが好きだ。押し倒されるばかりでは嫌だとルルーシュが言うので、自然とこの体勢で求め合う回数が増えた。
 幾度重ね合っても飽きることのない身体。貪っていると甘い声が鼓膜に張り付き、夢と現実との境目が曖昧になっていく。
「あ、馬鹿……っ、ゆっくりっ……!」
 途切れ途切れに訴えながらルルーシュが腰を止め、僕の肩の上に両腕を滑らせて抱きついてくる。さらさらとした黒髪が頬に触れ、悪趣味と知りつつ耳元で囁いた。
「もっとゆっくりするのが好き?」
 小さな頭を抱きかかえて緩く突き上げる。
「あぁちがっ……、あっ……!」
 脆く声がほどけ、ルルーシュは切なげに息を切らしながら肩口に額をこすり付けてきた。
 生々しく蘇るのは、自慰していた時のルルーシュだ。ゼロ距離で聞く嬌声は初めて聞いたあの日よりもはるかにリアルで、痛ましさと共に際限もなく愛おしい想いが湧き上がってくる。背筋がざわつくほどの興奮と陶酔。同時にかき立てられるのは、酷く責め立ててみたくもなるような高揚感。
「ふあっ……?」
 繋がり合った部分を指先でなぞってみると、脱力しかけていたルルーシュの頭がビクリと跳ね上がった。
「ルルーシュのイイところ、覚えたよ?」
「!」
 かあっと頬を染めた瞬間を狙い、唇を塞ぎにかかる。
「んッ? ――まえっ!」
「うん?」
 お前じゃなくて、スザクって呼んでよ。そう言う代わりに、抗議しようと開く口をしつこく塞ぎ続ける。苦しげに漏れてくる声ごと飲み込んで舌を絡ませていけば、ルルーシュも戸惑いながらおずおずと応えてきた。
 揺らめく腰にもどかしさを感じ取り、抱きかかえた肩と背中とを支点に強く引き下げる。
「~~~~ッ!」
「ここだろ?」
「あぁ、あッ……! んぁ……あああッ!」
 仰け反るルルーシュの腕から力が抜けていき、首筋に絡む両手が力なく僕の髪を掴んだ。根本まで屹立を受け入れたまま足を突っ張らせ、ルルーシュが一際いい所に当たる感触にぶるぶると背筋を震わせている。ちょうどその時、視界に飛び込んできたものは薄いピンク色をした小さな突起だった。
「あぁ、あ。うぁっ……、んんっ……!」
 逃げていく腰を抱き込んで強めに突き上げる。指では到底届かない場所、自分で舐めることの出来ない部分こそがルルーシュの弱点だ。頭を抱いてくる手を好きにさせて少し屈み、綺麗な乳首を吸い上げながらねっとりと舐め回す。
「んっく……、ぁふ……ふぁ、それ……っ」
 余裕なく喘ぎ、くしゃりと髪を握り込んでは放す手に笑いが漏れた。そこで秘部の奥へと沈められた性器の根本がきゅっと締まり、思わず息が詰まる。
「――っ、く……」
 ルルーシュは驚いたようにパッと手を離した。そして、反らした背筋をゆっくりと戻す。
「痛いか……?」
「ううん?」
 すると、腰をくゆらせながらルルーシュは艶やかに微笑んだ。ぎゅっと抱きしめてきて僕のこめかみに唇を落とし、流れる汗を舌先で舐め取ってくる。
「仕返し?」
 尋ねる僕にルルーシュはふっと口元を綻ばせた。軽く首を振りながらも腰の動きは止めない。続きを催促されているようでたまらなくなり、扇情的な仕草に煽られるまま押し倒す。
「あっ……!?」
 きょとんとする顔は素の表情だった。取り澄ました面が剥がれ落ちた時、ルルーシュは酷く幼い顔になる。腰の両側を掴んだとたん何をされるのかを悟り、ルルーシュはうろたえたように身体をよじって僕の手を外させようとしていた。
「あっ、スザ――」
「続きだよ」
 突っ張る腕をそのままに掴んだ腰を引っ張り寄せ、伸し掛かってわざと弱いところめがけて数回穿つ。
「ひゃぁっ! あああっ……! んッ……!」
 シーツに散った黒髪がぱさぱさと乾いた音を立てた。顔の半分を覆い隠し、ルルーシュが身も世もなく喘いでいる。手の端から覗く唇はきつく噛み締められていて、そうやって我慢されればされるほど、余計激しく責め立てたい衝動は増していった。
 不意に厭な考えが浮かぶ。他の人とする時もこんなふうに乱れたんだろうか?
 唐突に湧き起こるどす黒い感情と、醜い嫉妬。行為の最中、急にそんな考えが吹き荒れるようになったのはここ最近のことだ。
 過去を赦すのは難しい。この身体を不特定多数の誰かも知っているんだと思うと、心のどこかが重く淀んでいく。
 それに――。
 僕は前にも、似たようなことをルルーシュと経験しなかっただろうか?
 腰の両側をがっちり掴んでピストンを繰り返し、ぎりぎりまで引き抜いては最奥まで貫く。込み上げる射精感に耐えながら閉じていた瞼を見開けば、頼りなく揺らされていたルルーシュがスザク、と呼びながら手を伸ばしてきた。
 じわじわと高まっていく快感、真っ白に染まっていく思考。伸ばされた手を引いて僕はルルーシュに抱きついた。
「何も要らない、君がいれば」
「……?」
 不思議そうに眉を寄せるルルーシュが只々、愛おしかった。隙間なく密着し、唇を重ねる。再び行為に没頭していくうちに、いつの間にか違和感としかいえないそれはぼんやりと輪郭を失っていった。
 さっきまで、何を考えていたんだっけ?
 また浮上してきた別の違和感と共に、その疑問ごと遠くの方へと追いやった。


***


 学園祭代わりのイベントは滞りなく終了し、それから先もルルーシュとは公私共にずっとベッタリだった。生徒会の人達のみならず、今ではクラスメイトや学園全体からもすっかりセット扱いされている。
 ただ、消えないばかりか日増しに強まっていく違和感だけが、僕らの日常に濃い陰を落としていた。前にもこんなことがあったような。度々そんな既視感を覚えるのに、記憶の中では特に何事も起こってはおらず、ルルーシュに尋ねようとしてはやめてみたりで落ち着かない状態が続いている。
 説明が難しい上に、また無駄に心配をかけてしまいそうでルルーシュには言えなかった。何か入っている筈の袋はすっからかんで、そういえば取り出した後だったと覚えてはいても、その時のことを思い出せない。取り出したものが何だったかも忘れてしまっていて、後から考えてみると最初から何も入っていなかったような気もするし、確かに入っていたような気もする。
 全てが曖昧なのにも関わらず、心のどこかで全く整合性のない感覚に納得しているのもおかしな話だった。
 そんな自分にもうっすらと疑問を感じる。ただの疑問が、はっきりとした疑惑に変わる決定的な証拠も出ないまま。違和感を覚えた瞬間だけは疑問の正体の片鱗を掴んだように思えるのに、掴んだその手を開いてみると、その片鱗ごと霞のように消えてしまっている。毎回そうだ。
 今日も、ルルーシュの部屋に僕らは居た。すやすやと眠るルルーシュの隣で、チャイムの音に意識を引き戻される。ビクリと反応したものの、ルルーシュが目覚める様子はなかった。
「誰かな」
 勝手に出ていいものなんだろうか、来客だとは解るけれど。
 ルルーシュに用事があるなら学校で一言言えばいいから、わざわざクラブハウスまで訪ねてくる必要などない。生徒会の人達がちょっとした催し物のために一階の広間を使う場合でも、一応、ルルーシュの家でもあるから事前に断りの一つくらい入れておくだろう。
 静かに寝息をたてるルルーシュを起こそうと、肩に手を掛けて揺り起こそうとしてから躊躇した。このところ、寝不足気味だと言っていたから起こさない方がいいかもしれない。
 ルルーシュの携帯を借りて時間を確かめてみる。画面を見てみると、昼の二時を過ぎたところだった。服を羽織ってベッドを降り、一人で階下へ向かう。
「良かった、居た! スザク君!」
 ドアを開くなり息を切らし、汗だくになった顔を覗かせてきたのは上司のセシルさんだった。


***


 けたたましく緊急出動の警報が鳴り響く。ランスロットを発進させ、砂煙をあげて飛び出した先はシンジュクゲットーだ。
 硝煙の匂いが漂う荒廃した街並み。復興という言葉からさえ遠い。この無残に蹂躙された灰色の風景こそが、今の日本の姿だ。
損壊した建築物の他に敵ナイトメアの反応はなかった。
 残存敵兵力はどうやら散開している。先に出動した部隊との交戦地域が移動したか、地下に逃げ込んでいるのかもしれない。特派にその旨を伝えて新しい情報が入るまでファクトスフィアを展開し、索敵センサーをオープンにする。
「熱源反応。人か?」
 避難命令は出ている筈だ。しかし、壊れたビルの陰から突如現れた人影は、まっすぐこちらに向かって歩み寄ってくる。
「ルルーシュ!?」
 モニタを拡大してぎょっとした。見間違える筈もない。アッシュフォード学園の制服に身を包み、両ポケットに手を突っ込んでいる人影はルルーシュその人だった。
「どうしてここに……」
 まだクラブハウスで寝ている筈なのに。そう呟き、ちらりと起動キーを一瞥する。完全に停止させてしまっては、もし何かあった場合に対処が遅れてしまう。
「ルルーシュ!」
 マイクをオンにしてコクピットから話しかけた。
 叫んでから気付く、このゲットーにいる意味に。避難命令が出ている地域にいるのは軍に所属している者か、でなければ――。
 まさか。
 直ちに打ち消し、もう一度大声で呼びかける。
「ルルーシュ、ここは危ないから早く避難するんだ!」
 続けて思い出したのは、租界との境目にある繁華街のことだ。そして……。
「――!」
 思い至るなりスッと血の気が下がった。
 僕は明かしていたか? ルルーシュに。軍での所属は確かに技術部だけれど、本当は僕がランスロットのデヴァイサーなのだということを……。
 モニタに映るルルーシュは立ち止まったまま、瞬きもせずこちらを見つめていた。少し離れた場所で足を止めたきり動かない。ファクトスフィア越しに見えている、見られている。そんな気がした。まるで、ランスロットに乗っているのが最初から僕だったと知っていたかのように。
「そんな……」
 心臓が嫌な具合に髙鳴り始めた。グローブ越しにぬるつく感触がして、操縦桿を握る手に汗が滲んでいるのだと解る。
 特派からの連絡はまだだ。スピーカーの向こうは不自然なくらい静まり返っていた。いつ、どのタイミングでここが戦場と化すか解らないまま、内側からせり上がってくる焦燥に必死で抗い続ける。
 この予感は何だろう? ずっと感じていた妙な既視感。たった今、掴みたいと思っていたその端を掴めたような気がするのに――
 腹を決めて起動キーを回し、ハッチを開けてコクピットから飛び降りる。全速力で駆け寄っていく僕をルルーシュは無言で待っていた。
「何してるんだ君は、こんな場所で!」
 ルルーシュは怒鳴る僕を黙って凝視し、僅かに小首を傾げた。
「早く逃げないと。避難場所までは僕が誘導する」
 連れて行こうとすると、引いた腕がくん、と突っ張った。思わぬ反動に驚き、弾かれたように振り返る。
「ルルーシュ?」
 急かしてもルルーシュは表情を変えず、ただ人形のような無表情で僕を見つめている。
「急いでいるのか?」
「え――?」
 状況が解っていないのか? 困惑する僕にルルーシュは落ち着き払った声で語りかけてきた。
「何してるのかって訊いたよな? 俺もお前に尋ねたい」
「……?」
「ここで何をしてるんだ?」
「何、してるって――」
 見れば解るだろう。そう喉から出かかる寸前だった。
「テロを阻止するために居るんだ、僕は軍人だ」
 ルルーシュが「そうだな」と頷く。悠長としか言いようのない台詞にはさすがに苛立った。放置したままのランスロットに振り返り、今度は強めにルルーシュの腕を引く。ルルーシュは二、三歩歩いただけでまた立ち止まってしまった。
「ルルーシュ、急いでくれ、一般人の保護は任務外なんだ。もし連絡が入ったら――!」
「戦っているのか?」
「当たり前だ! 君こそまさかとは思うけど、また――!」
 パン、パン、と遠くの方から銃声が響いてくる。重い爆音と共に鈍い地鳴りがして、ハッと我に返った。
「いいから早く! テロリストがこの辺に潜んでいるんだ。交戦状態になったら逃げられなくなる!」
 ルルーシュは緩く首を振った。そして、いつか見たしんとした眼差しで僕を見る。
「誰と戦っている? お前は」
「は……?」
「どうして軍にいるんだ? 何の為に入った。俺はここにいるのに」
 混乱しながら考えた。
「だって、それが僕にとっては、当たり前のことだから」
 ルルーシュの表情が曇る。寂しげなその顔を見た瞬間、何故か幾度クラブハウスに行っても鉢合わせずじまいだったナナリーのことが突然、脳裏によぎった。
 ルルーシュにも戦う理由があった筈だ。
 でも誰と、何の為に――?
「るるー、しゅ……?」
 ぐらりと世界が回った。急速に意識が遠のいていく。ブラックアウトする視界。最後に見たものは、ルルーシュの憂いを秘めた紫紺の瞳だった。
 完全に意識が途切れる直前に思う。

 本当は、この世界のどこにもないんじゃないのか? 僕を形作っている過去でさえ。
 居なかったんじゃないのか? 最初から。
 ナナリーもゼロも、僕の父も……。



< 仮想皇暦二〇一七年・十月終了 >



***



 ルルーシュの騎士だった時も、 僕の懐にはユフィの騎士章が入っていた。
 最初は友人ごっこ、実は敵同士。しかも、互いの正体がばれる前から。
 とんだ茶番だった、全てが嘘だった。
 でも、嘘じゃなかったことも確かにある。

 ルルーシュは僕のことが好きで、僕もルルーシュのことを愛していたけれど、言葉で想いを通わせ合うことだけは最期まで出来なかった。
 本当はとっくに赦していても、大切な目的のために赦してはいけなかった。本当はどれだけ愛していても、誰かを殺したその身で想いを堂々と分け合う権利など失ってしまっていた。


 僕は知っていたような気がする。ずっと気付いていたような気がする。
 まるで当たり前のことを聞いたような……ルルーシュに告白されても、その想いを知っても、何故か『ずっと前からそうだったじゃないか』と自然と思ったんだ。
 君と出会う前から、多分。いや、きっと。
 だから、これでいいんだ。確かなことなんて何ひとつ解らなくても、僕らのこの気持ちだけは本物なんだから。


 いつだって君は『忘れて欲しい』と言ったけれど、僕は絶対忘れない。
 君だって本当はそうなんだろう? ねえ、ルルーシュ。

夜の帳が降りる頃(2015年ルル誕)




 天上天下唯我独尊な俺様かと思いきや、献身的で慈愛と博愛精神も併せ持つ親友のことを、今日ほど恨めしく思うことはスザクにはなかった。
 三日前、生徒会室に置いてある姿見の前で――生徒会室に何故姿見があるのか疑問を差し挟む余地もなく――首にマフラー、ではなく大振りの蝶々結びにされた真っ赤なリボンを巻きつけ、「何してるの?」と尋ねたスザクにルルーシュが言ったのだ。
「予行演習のようなものだ、今日会長からこいつを渡されてな」
 答えになってないよ、と思いながらもルルーシュに関することでは勘のいいスザクである。お祭り好きなミレイ会長がルルーシュの誕生日イベントを開催するつもりであることはすぐに察した。親友の誕生日まであと三日、月が替わる前にスザクが指折り数えるのはいつもそのことだった。特に再会してからは給料が出る立場にあったので、何を贈ろう、どう祝おうとより具体的に考えるようになったのだ。
「もしかして、君の誕生日に君自身をプレゼント、とかやるつもりじゃないよね」
 ルルーシュは得意げに言い放った。
「そのもしかして、だ。誕生日というのは、生まれてきたことに感謝をする日。全世界といわずともこの学園内で俺を祝ってくれる人々に対して、何らかの形で報いたいと思うのはさして不思議なことじゃないだろう?」
 スザクは唖然とした。よりにもよって、あの悪戯っぽいミレイ会長の言にルルーシュが乗ったのだと。
「誕生日、忘れてるかと思った」と漏らしたスザクに対し、ルルーシュはこうも言った。
「この俺が自分のバースデーを忘れる……? 智勇兼備! 威風凛然! 泰然自若なこの俺が爆誕した記念日だ。たとえ世界中の誰が忘れようともナナリーとこの俺自身が忘れる訳がない。スザク、お前はよもや忘れてはいないだろうな?」
「覚えてるよ」
「それでいい。ああ、プレゼントは特に要らないぞ、学園中の皆が祝ってくれるそうだからな。俺のファンクラブも盛大な催しを企画してくれているらしい。一枚一枚記念写真を一緒に撮るのは多少疲れそうではあるが、この程度のことに骨惜しみをするようではルルーシュ・ランペルージの名折れというもの。お前も一枚どうだ? 一緒に写真を撮ったことなんて数えるくらいしかないだろう」
 僕はいいよ、とスザクは丁重に辞退した。ほぼ反射的な言動だったといえる。ナチュラルナルシストが明後日の方向にやる気を出すさまを見るとつい反発したくなる。いや、反発とまではいかなくともしっかりしているようでその実抜けているところのある幼馴染を冷静に見守ってやらねば、支えてやらねばとパブロフの犬の如く過剰な理性が働くのだった。
 ルルーシュはスザクの反応など意に介さず――断られて機嫌を損ねたふうでもなく――リボンの先をちょいちょいと摘まんで鏡に笑顔を向けている。スザクの腹の底でじわりと黒いものが広がった。それがルルーシュの人気に対する嫉妬なのか、はたまた微妙に親友から相手にされていない不服からくるものなのかわからないまま、スザクは生徒会室を後にしたのだった。
 そこまではいい。問題はその後だ。じゃんけん大会で勝ち残った者が一日ルルーシュを好きに出来る権利などというものを貰えると当日になってから知らされ、スザクは血相を変えて男女入り乱れる長蛇の列を割ってルルーシュをさらってきたのだった。
 所、クラブハウスのルルーシュの部屋。俵抱きに拉致されてきたルルーシュは当然ながら不機嫌だった。
「どうしてくれるんだ? 明日からお前、学校に行けないぞ」
 ベッドに下ろされたルルーシュが悠然と足を組みながらのたまう。
 それはそうだろうとスザクは思った。
「体育着にらくがきされるだろうし、ロッカーには不幸の手紙や呪いの手紙、果ては挑戦状から沢山の画鋲、刃物に至るまで舞い込むことになるだろうな」
 深々と溜息をつきながらルルーシュの隣にスザクが腰かける。なにせルルーシュの人気は絶大で、怒号や悲鳴が後をたたなかったのだ。結婚式に新郎から花嫁を奪い去る男のような真似をして、白い目で見られずに済む筈がない。だが、反省はすれども軽率な行動だったと後悔してはいなかった。混雑対応に追われるさなか、スザクは思い知ったからだ。普段ルルーシュと接する機会のない女子や男子たちが、どれほどの期待やあるいは劣情をルルーシュに抱いているのかを。恋人繋ぎを所望する者、腕を絡めて密着する者、頬にキスを送ろうとする者、さまざまだ。見ているうちにスザクの胸の内にある黒いものはますます大きく広がっていった。ルルーシュが自身を切り売りしているかのようでやるせなくなってきたのだ。ここに来て、スザクはルルーシュの人気に嫉妬しているのでも相手にされていないから不服に思っていたのでもなく、ルルーシュが他の誰かに愛想よく振る舞うのが単純に許せないのだと気付いたのだった。
「まあ、僕のことは横に置いておいて……君こそどうするつもりだったんだ? 一日好きに出来る権利なんてものが男の手に渡っていたら。僕がさらってこなかったら、君は今頃餌食になってた」
「餌食って何だよ。別に倫理道徳に反したことを要求してくるとは限らないだろう」
「倫理道徳すれすれのことなら受け入れてやるつもりだったのか? そんなの、君が許しても僕が許さない」
 ルルタンハアハアなどと書かれたプレートを持った怪しげな連中もいたのだ。そのプレートだけでも許せないのに、何かいかがわしいことをされてからでは遅い。
「君の体力のなさを逆手にとって、不埒な行為に及ばないとは言い切れないだろう? まったく、気前が良いんだか無防備なんだか」
 スザクとて、怒るルルーシュを無理やり拉致してきたのだから怪しい男達と同等なのだが、自分はよくても他人は駄目という俺ルールに則りそこに関しては都合よくスルーを決め込んでいた。ルルーシュも強硬策に訴える時のスザクの頑固さについて熟知しているため、とりたてて怒り続ける気にはならない。
「プレゼント、要らないって言ってたよね? ちゃんと用意してたものがあったんだけど、生徒会室に置いてきちゃった」
「良かったな、生徒会室で。もしロッカーだったら……」
「ああ、やられてた」
 一応、ルルーシュとしてはスザクの身に何かあるとは思えないなりに庇ってやろうとは思っている。陰湿な嫌がらせはしないようにと一言言えば、ルルーシュに忠実な者ならば従うだろう。
「さて、パーティーも御破算になったことだし、続きといくか」
「えっ?」
 ルルーシュファンクラブの面々からどんな嫌がらせを受けるか戦々恐々としていたスザクは、続きというルルーシュの言葉で我に返った。
「続きって?」
「だから、この俺をプレゼントしてやるんだよ、お前に」
「僕!?」
 強引に掻っ攫ってきたはいいものの、後のことなどスザクは考えていない。素っ頓狂な声を上げ、立ち上がったルルーシュが誇らしげにリボンを親指で指すさまを仰ぐ。
「ルルーシュにしてもらいたいことなんて――僕にはないよ。学園でも散々世話になってるし、夕食に招いてもらったりもしてる」
「それは、プレゼントされると困るという意味か?」
「困るっていうか……一体どうすればいいのか……」
 命令し慣れているのはルルーシュの方である。無論、スザクには内緒だが。
「ナナリーにとっても俺にとっても、一番身近な存在なのはお前だからな。よく考えてみれば、お前を差し置いて他の誰かに俺自身をプレゼントするというのは早計だったかもしれない」
 渋るスザクを急き立てるようにルルーシュが「ほら」と促せば、スザクは「じゃあ」と言いながら立ち上がり、ルルーシュの首に巻かれたリボンをするすると解いて自分の首に巻き付けた。
「そもそも今日は君の誕生日だろ? 立場が逆だよ、ルルーシュ。僕が君のプレゼントになるから、何でも言ってみてよ」
「本気か……?」
 軍をやめろ、ナナリーの騎士になれ、黒の騎士団に協力しろ。スザクに言いたいことなら山ほどある。でも、ルルーシュはどれも口にすることが出来なかった。今のところ叶わない夢ばかりだからだ。
「君がギャンブルをやめる、危ないことには手を出さない。そのくらいかな、僕が君に望むのは」
 どうせ言ったって聞かないつもりだろ? とスザクが軽くルルーシュを睨む。いざとなったら力づくでも止めに掛かるつもりでいるものの、貴族への憂さ晴らしと小遣い稼ぎを兼ねているルルーシュにギャンブルをやめさせるのは至難の業だとスザクも分かっていた。
 ルルーシュは顎に手を当ててふむと頷き、
「案外ないものだな、互いに望むことって」
 内心を押し隠して呟いた。スザクが「だろ?」と小首を傾げる。そして、さらっと爆弾発言を口にした。
「僕らがもし恋人同士だったら、望むことが他にもあったかもしれない」
「なっ――!?」
 動揺し、仰け反るルルーシュに「冗談だよ、冗談」とスザクが悪戯っぽく微笑む。
「キスをしろ、とかデートに連れていけ、とか」
「……な、なるほど? でもいいのか、俺が恋人で?」
 スザクはふと真顔になり、二人きりで密談する時特有の意思の通じ合った瞳で「ルルーシュは?」と密やかに尋ねた。
「質問に質問で返すのか?」
 部屋の密度が心なしか増した気がする。ルルーシュが平静を装って尋ねれば、スザクは躊躇し「さっきの話、まだ有効?」とおそるおそる切り出した。
「僕がプレゼントになるなら、僕が君のものになる。君がプレゼントになるなら、僕が君を全部貰う。たった一日だけじゃないよ? ずっとだ」
「お前……?」
 スザクが僅かに視線を落とし、「冗談なんて言って、ほんとにムシがいいよな」と苦く笑う。
「もちろん、僕らは親友だ。でも、思い知ったんだよ、ついさっき。君がたった一日だけでも他の誰かの手に渡るんだと思った瞬間、どうしても許せなくなった。切欠がこれで申し訳ないけど、気付いちゃったんだ。君が他の人のものになるのは嫌だって。それってつまり、そういうことだろ?」
 何やらおかしな方向に話が転がっている。ルルーシュは急激に、心臓の動悸が高まってゆくのを感じていた。このスザクを手に入れることが出来るかもしれない。そう考えるだけでどうあっても欲しいと全神経、全細胞が叫び始める。
「後悔――しないのか?」
「したとしても構わない。君は?」
「さあな、まだ恋人同士になった訳じゃないからな」
「じゃあ、命令してルルーシュ。今は僕が君のプレゼントだ」
 まだ引き返せるところに二人はいる。しかし、後戻り出来ない深みに嵌まり込むと解っていながら、ルルーシュは決して引き下がろうとは思わなかった。
 勇気を振り絞り、スザクの頬に掌を滑らせる。
「男同士だぞ、俺たち」
「解ってる」
「お前は何をして欲しいんだ?」
「ルルーシュが何をしたいのか、だよ」
「言わせるつもりか」
「まずは誓いのキスかな」
「キッ――!」
「君に限って出来ないとか?」
「ま、まさか! だったら――、お、俺にキスしてみせろ……スザク」
 スザクが「さすがルルーシュ」と男前に、でもどもりながら告げた言葉に満面の笑みを零す。ルルーシュと額を合わせて「いくよ?」と言い置き、ゆっくりと唇を重ねた。
「……っ!」
 ルルーシュがぎゅっと目を瞑り、固く身構える。その顔はほんのりと上気し、未知の感覚へと踏み出す不安を色濃く残していた。ややあって、少しかさついた唇の感触。違和感はなく、元あったものがしっくりとあるべき場所に収まった、そんな感じがした。最初は幾度か啄むように、そして徐々に深く。甘く熟れた果実を食むようにしてスザクはルルーシュの口腔内を舐った。……ルルーシュは断じて、こんな大人っぽいキスは知らない。
 ほうっと漏れ出た溜息がルルーシュの唇をあえかに震わせる。薄く瞼を開くと、スザクが睫毛の色さえ視認出来そうなくらい間近で淡い笑みを浮かべていた。
 ルルーシュが攫われた後の学園はどうなってしまったのだろう。遠くから主賓のいないパーティーのざわめきが聞こえてくるようだ。
 夜の帳が降りる頃、二人は親友から恋人にクラスチェンジした。もしこれが明日醒める夢だったとしても、ルルーシュは確かに幸せだった。





まさかの公式様とネタかぶり(リボンルルーシュ)したので開き直って書いてみました。
公式様では自分の誕生日をお約束といわんばかりに忘れているルルーシュでしたが、自分の誕生日バッチリ覚えてて全世界に祝ってもらいたがるルルーシュで書き進めてしまったのでそのままアップしますw
どちらにせよルルーシュが可愛いならそれでいい的な。スザクが最初からそのつもり感出しまくりですみません。
ハッピーバースデールルーシュ! 今年は明るく祝えて良かった!

たとえばこんな恋の始まり




 最近気になっている人がいる。絶賛片思い中のリヴァルと恋愛談義になった時、自分でも意識しないままそんな言葉が出た。「気になる人」という言い方になったのは、本当に恋なのかどうかちょっと自信が持てなかったのと、怪しい趣味――ある意味犯罪――だと言われてしまいそうで口に出しづらかったからだ。
 ちょうど、カーテンを洗濯している日のことだった。家の前に幅の広い道が一本あって、その道を挟んだ向かい側に五階建てのマンションが建っている。見えてしまった、二階に住んでいるすごく綺麗な人が。すらっと背が高くて黒髪で、瞳の色まではさすがに解らなかったけれど、とにかく一目見たら忘れられないくらいの超絶美人だった。
 こんなことしちゃいけない。でも、罪悪感に駆られながらも見てしまう。最初は只の偶然だったというのは、今となっては完全な言い訳だ。気付かれてはいないと思う。相手だって僕みたいに目がいい訳じゃないから、見られているなんて考えもしないだろう。実際、一度も視線が合ったことはない。
 彼女(彼?)はいつも、レースのカーテンの上部をたわませて、下半分だけをタッセルで括っていた。だから、休日になると窓辺を通る時に見える。広々としたリビングでお茶を飲んでいる姿や、ベランダに出て布団を干しているところ、観葉植物に水やりをしている様子などが。
 夕方になって電気を点ける頃になると、どこの家でもカーテンを閉じるものだ。偶然が重なって二回ほど、閉めるタイミングが同じだったことがあった。本格的に気になりだしたのはその頃からかもしれない。その人は綺麗好きらしく、しょっちゅうベランダに出て窓を拭いていた。内側を拭いている時、息で曇らせてから拭く姿はこっちに向かって「おーい」と手を振っているように見えて、そこでドキッとしたのが切欠で目が離せなくなってしまった。もっとすぐ傍で見てみたくなって、「何とか話をする機会がないかな」と考え、さすがに少々行き過ぎているように思えてきた。相手からしてみれば気色悪いだろうし、ものすごく怪しいと自分でも思う。
 そのマンションの道沿いには住人用のゴミ捨て場があって、もうしばらく行った先には僕もよく行くコンビニエンスストアが一軒あった。買い物に来たりしないかな、と期待したけれど、そこであの人と会ったことは一度もない。もしかすると倹約家で、コンビニよりも安いスーパーでしか買わないようにしているのかな、などと想像が膨らむ。全く接点のない人の想像を楽しむなんて、以前の僕であれば考えられないことだ。どこで道を踏み外すか解らないものだなぁ、と他人事のように思う。ただ、想像するだけなら自由といっても、会ってみたくなるにつれて「ストーカー」という単語が頭の中を回るようになるのも事実だった。
 そして、つい先日の話。冷蔵庫に飲み物がなくて買い物に出かけると、コンビニに行く途中にマンションから人が降りてきた。ゴミ袋をぶら下げていて、そこで「あっ」と声を上げそうになった。あの人だ。近くで見ると男だった。薄々「そうかな?」とは思っていたけれど、立派な喉仏がついているからやっぱり男だ。名前さえ知らないくせに余計なお世話だと思いつつ、男にしておくのがもったいないほどの美形だった。瞳の色は赤味がかった紫、抜けるように肌の色が白く、身長は僕と同じくらいの高さでどことなく高貴な雰囲気が漂っている。
 一方的に覗いている家の住人が男であっても女であっても、僕には全然関係のないことだ。それがすごく残念で、男だと解っていても余計目が離せなくなってしまった。綺麗だなと思いながら見ていると、すれ違う時にマンツーマンディフェンス状態に陥ってしまい、二度ほど繰り返した時点でムッと睨まれた。焦って除ける僕の脇をその人が通り抜けていく。なんだこいつ、と言いたげな眼差しだった。ごめんなさい。
 出会いはこの通り最悪で、そこから一転して今度はやたらと会うようになった。
 僕の仕事は配送業で、朝早くて帰りは遅い。休みの日は疲れているから寝ていることが多く、起き出してくる時間はだいたい昼過ぎになる。ところが彼は宵っ張りらしく、僕とほぼ同じ時間にカーテンを開ける。一日中家にいるんだろうか。気になって見ていると、毎晩夜遅くまで電気がついていて、僕が寝る前に明かりが消えることはまずなかった。
 スーパーでも遭遇した。野菜売り場ですれ違い、互いに気付き、言葉を交わす仲でもなかったからさりげなく視線を逸らした。すると今度は、レジに並ぶタイミングが重なって気まずい空気になり、先に前の客の会計を終えた隣のレジに呼ばれるまでぎこちない間を我慢しなければならなくなった。思いっきり警戒されていて、背中にビシバシあの人からの視線を感じた。僕のことを訝しく思っていたのだろう。いっそ声をかけた方が良かったのかと思うほどじろじろ見られていて、勝手に家の中を覗いていた罰を受けている気分だった。
 買ったものを袋に入れ、僕が店を出る頃には彼はもういなくなっていて、レジを通ったのは僕の方が先だったから、たぶん急いで出て行ったんだろう。近所といえども方向は逆だから、帰り道まで一緒になることはない。そこまで露骨に避けなくても、と少し悲しくなった。嫌われていなければいいけど、望みは薄そうだ。
 すれ違ったのは二、三度ほど。以降あまり窓を見なくなった。仕事場と家との往復、たまに友達と飲みに行く程度。平和な反面変化のない日々を送る中、余所の家の窓――正確には彼を――見るのがちょっとしたスリルも味わえる楽しみになっていたんだな、と気付いて落ち込む。出来心で起こす犯罪というのはきっと、こういう何気ないところから発展してしまうものなんだろう。悪趣味なのは解っている。本格的に道を踏み外さずに済んで良かった。そう安堵しかけていた頃、配送先で再び彼に出会うことになった。
「あ」
 住所を見た時、まさかとは思った。開いたドアから現れたのは彼で、名前はルルーシュ・ランペルージというらしい。帽子を目深にかぶっていたから、ランペルージさんは最初僕だと解らなかったようだ。でも僕だと気付くと、穴が開きそうなくらいまじまじと顔を見つめてきて、居心地悪い沈黙がその場に落ちた。
「伝票にサインお願いします」
 荷物を渡しがてら「ここに」と指さし、ペンを手渡す。ランペルージさんは大粒のアーモンドみたいな目をぱっちり見開いて僕の顔を凝視していた。荷物を受け取り、ふい、と目線を落としてペンを受け取る。何回か会ってますよね、そんなこと間違ったって訊ける訳もない。
 サインし終えた伝票とペンを受け取ると、もう話すことは何もなかった。僕の顔はこわばっていたと思う。すると、即帰ろうとしていた僕を引き止めるように、ランペルージさんが「その……」と切り出した。
「君とは、何度か会ったことがないか?」
 僕が思っていたことと寸分違わぬことを、すごく言いづらそうに尋ねてくる。
「え――? あ、はい」
「同じマンションじゃないよな」
 慌てて振り返れば、ランペルージさんもばつが悪そうな顔をしていた。
「向かいの通りを一本挟んだところに住んでます」
「そうか、道理でよく会う訳だ」
 なるべく不審に思われないよう明るく返し、僕が笑顔を浮かべたらランペルージさんはほっとした表情になった。話しかけるべきか否か、迷っていたのは僕だけではなかったのと、ランペルージさんもスーパーで僕を避けたことを気まずく感じていたらしいことが何となく伝わった。眉尻を少し下げた笑い方が印象的で、その淡い微笑みが僕の網膜に焼き付いた。
 以来、スーパーで会った時は会釈から始まり、挨拶を交わすようになっていった。二言三言話したり、安売りの商品を薦めてもらったり。最初はたどたどしいやり取りだったけれど、会話するだけですぐ「またね」となるのではなく、レジまで一緒することも増えた。思いがけない展開でわくわくする。僕に対するランペルージさんの警戒心はどこに行ってしまったんだろう。僕は僕で「何だこれ?」と思いながらも、ランペルージさんに会った日は特別な気分になれて――悪いことだと知りつつも――つい窓を見る癖が復活してしまった。
 ある日、空気の入れ替えをしようと窓を開けると、ランペルージさんがベランダにいて僕の家が並ぶ通りを眺めていた。こっちを見ている、ように見える。けど、目線は合わない。まさか僕の家を探しているのかと思い、慌てて物陰に隠れたら、ランペルージさんは空中を見つめる猫みたいに窓が開いている僕の家に目を留めた。
 うちの両隣には戸建ての家が二件建っていて、詳しい住所は教えていないから、どこが僕の家なのかは解らない筈だ。でも、引っ込む直前に見られたような気がする。どうしよう、僕が顔を出すのをランペルージさんが待っていたら。ずっと隠れている訳にもいかないと思い、何気なさを装って窓を閉めようとすると、やっぱりランペルージさんはこっちをじっと見ていてばっちりと視線が合ってしまった。
 ……バレた。気持ち悪いと思って引っ越してしまうかもしれない。そう思いつつ反射的にぺこりと頭を下げる。僕だと気付いただろうか。すると、ベランダで頬杖をついていたランペルージさんは小首を傾げ、肩をすくめてふっと笑って部屋の中に入っていった。
 どう解釈すればいいんだろう、そのリアクションは。まるで「全てお見通し」と言われてしまったみたいで、心臓がバクバク高鳴り始める。緊張した。それ以上に、許されたと思ってしまうじゃないか、そんなことをされたら。もっと好きになってしまう。
 そこでやっと、「ああ好きなんだ」と気付いた。
 気付くのが遅い。僕は君を、とっくに好きになっていたんだ。

「悪いな、家を見つけてしまった。俺は視力がいい方なんだ」
 負けず嫌いなのか勝ちたがりなのか、次に荷物を届けに行った時ランペルージさんはちょっと得意げにそう言った。その前から見ていましたとは口が裂けても言えず、あははと笑って「見つかっちゃいましたね」と誤魔化しておく。
「何となく眺めてたら君が見えてな」
「いいですよ、枢木でもスザクでも」
「枢木スザクが名前か? なら近所の好(よしみ)だ、俺のことはルルーシュでいい」
「じゃあ、僕のこともスザクで」
 名前呼び出来る関係になれるなんて思ってもみなかった。ランペルージさん――いや、ルルーシュは僕より二つ年上で、妹が一人いて、一緒に住んでいたけれど今は一人暮らしをしているそうだ。
「暇でな、つい掃除ばかりしてしまう。……といっても、お前はもう知ってるか」
「えっ?」
 ざっと血の気が引いた。
「見てただろう? 正直に答えろよ」
 仲良くなったと見せかけて、本当はこれを言うために接点を作ったのかもしれない。天国から地獄に突き落とされたような気分で僕が黙っていると、無表情だったルルーシュは人の悪そうな笑みを浮かべてにじり寄ってきた。
「覗きが趣味なのか? この変態め」
「うっ……」
「バレてないと思ってたんだろう?」
「いや、僕は――」
「嘘を吐いても無駄だ。顔に出やすいタチなんだな」
 ドアを背にじりじりと追いつめられていく。ルルーシュはにやにやしていたが目付きは冷たかった。
「仕事が終わったらまっすぐ来いよ」
「は?」
「会いに来い、お前と話したいことがある」
 今じゃ駄目なんでしょうか。そう思ったけれど意見せず、否応なしに首を何度も縦に振る羽目に陥った。
 逃げたい気持ちそのままにすたこら退散し、配送車に戻ってからは生きた心地がせず、仕事を終えるまで僕は酷い動揺に襲われていた。ルルーシュ、いや、前のようにランペルージさんと呼ぶべきだろう。ハンドルを握りながら思惑がいまいち解らず、来いと言われた通り会いに行くべきかと葛藤してしまう。
 覗きというのはどれくらい罪が重いのだろう。行った先でもし警察が待ち受けていたら、僕は前科一犯の犯罪者になってしまうかもしれない。ストーカーと判断されたら、接近禁止命令とかいうのを出されてしまうのだろうか。そしてそうなったら、もう二度とランペルージさんには会えない……?
 どうしてあんな出会い方だったんだろう。もっと違う形で知り合えていたら。今すぐ過去に戻ってやり直したい。でも、何度やり直しても、僕の家とランペルージさんの家は道で隔てられていて、知り合う切欠になり得そうな出来事なんて他に何もないような気がする。
 薄暗い気分でマンションに向かうと、ランペルージさんの部屋に明かりが点いているのが見えた。ああ、一瞬「留守だったらいいのに」なんて思ってしまった。会いに行かなきゃと思うのに足が動かない。この後、いつから見ていたのか、とか犯罪だと解っているのか、とか問い詰められるのだとしたら?
 重い気分で踵を返そうとした時、上の方でカラリと音がしてランペルージさんの部屋の窓が開いた。ベランダに出てきたランペルージさんは、下を見て僕がいるのを確認すると、「いた」と言いたげに軽く眉を上げてまた中に入っていった。逃げられないと悟ってもまだ行く気になれない。黙って見上げているうちにランペルージさんはまたベランダの方に引き返してきて、内側から白いスプレーをシュッと窓に吹きかけた。ガラスクリーナーだろうか、拭き掃除でもする気でいるのかと思って見上げていると、そこに指で何か文字を書いている。
 WELCOME
 目を凝らしてよく見てみると、そう書いてあった。手招きしながらランペルージさんが淡く微笑む。その隣にやってきたのは、僕よりふわふわの髪を腰まで伸ばした可愛らしい女の子だった。
 たぶん妹さんだ。仲良く並んでいる姿がとても絵になる。妹さんはランペルージさんを見上げ、頷くランペルージさんから僕の方へと視線を戻すと、にっこり笑って手を振ってくれた。その瞬間涙が出そうなくらい安心してしまって、僕はランペルージさんの家に一直線に駆けだしていった。





FULL CODEで配布したペーパーです。
遅ればせながらこちらにもUP

【R18】 処女厨枢木×淫乱処女ルルーシュ(♀)





★あてんしょん★
ずみちゃんからのリクエストです。(遅くなってもうしわけない!)
しかも盛大に趣味に走ってしまいました。エロ<露出って感じかもしれません。
るるーしゅ君がルル子ちゃんになっております。口調はそのままです。
枢木さんがアレなのは当サークルの仕様なのかもしれない。



★〓★〓★〓★〓★〓★〓★〓★〓★〓


 仲睦まじく恋人繋ぎで歩くカップル。きっとそう見えているはずだ、とルルーシュは信じたかった。電車に乗っていた時から、周囲の視線がひどく気に掛かる。着ているのが男性用の、サイズの合わないロングコートだからだろうか。只のデートにしては妙な服装だが、通行人の誰もが気付かない。その下がまさか全裸で、しかも、はしたなく股を濡らして歩いているだなんて。
 隣にいる男、枢木スザクが全ての元凶にもかかわらず、ルルーシュは今、一人きりではないことをほんの少し有難く思った。もちろん礼を言ってやる義理はない。遡れば中学生の頃、当時高校生の枢木が月極で借りていた屋外コンテナの中でルルーシュは『女』として目覚めた。大変なことをしてしまったのではないか、そう思ったのは後になってからで、仄かに寄せていた好意が思春期特有の感情だったとは知りもせず、また、相手がいわゆる『悪い男』だということもルルーシュはよく解っていなかった。
 最初は興味と好奇心、『こんなもの怖くもなんともない』という無謀な意地。いつかやめなければ。でも、まだ最後まで明け渡した訳でもない――。
 狭い倉庫内での悪戯は、二人の間に秘密を作った。後ろ暗い関係を暴露される不安はもちろん付きまとったが、ルルーシュにとって一番許せないのは枢木に負けることだ。
 『怖いの、ルルーシュ?』と枢木はいつも尋ねる、ルルーシュが首を縦に振ることなどないと知りながら。おかげで高校生になってからのルルーシュは、制服のスカートを自分でめくることと、襲ってくる羞恥心や後ろめたさを忍んで足を開き、気持ちいい場所を吸われるとどんなに甘く腰が疼くのかを覚えてしまった。教え込んだのは枢木で、クリトリス以上に気持ちいい場所があることを今のルルーシュは知っている。けれど、枢木がとりわけこだわったのはルルーシュが処女であることで、先に貫かれたのは膣ではなく、アナルの方だった。
 以来、ルルーシュは誘われるとパブロフの犬のように涎を垂らすようになった。濡らすのは口元ではなく、股の間だ。本当はもう、指じゃないものを挿れて欲しい。口に出せない浅ましい欲望を、ルルーシュは未だに持て余している。
「ルルーシュ、疲れた?」
 立ち止まって枢木が尋ねる。街中には、平日の昼間とはいえ人の姿があった。白々しい枢木の笑顔はもう見慣れたものだったが、この笑みに騙された過去がある以上、ルルーシュも同じように騙される他の女たちのことを笑えない。
「疲れた、と言ったら休ませてくれるのか?」
 変態に付き合わされる身にもなって欲しいよな。内心、そう思いながらルルーシュは枢木の肩に頬を寄せ、嫣然と微笑み返した。
「誰のこと?」
「お前だろ」
「酷いな、変態なのは君だろ?」
「どの口が言うんだ、この俺に痴女みたいな恰好させておいて」
 まるで他人事のように痴女、と枢木が口の中で呟く。非難する割に、ルルーシュの口ぶりは楽しげだった。
「どこからどう見てもカップルじゃないか。お水の人の朝帰りにも見えるよ」
「そんな訳あるか」
 フォローにならないフォローと共に、枢木はルルーシュの肩を抱き寄せた。
「じゃあ休憩する? 君にプレゼントもあるし」
 ひっそりと囁き、ぶら下げていた紙袋を掲げてみせる。ルルーシュは繋いでいた手に腕を絡め、答えの代わりに豊満な胸を押し付けた。
 しばらく歩いた先には歓楽街がある。ビジネスビルが立ち並ぶ通りの裏側、飲み屋がずらりと軒を連ねるそこでは、会社帰りのサラリーマンや遊び人たちが夜な夜な飲み歩くのだろう。ほとんど別世界ともいえる通りの角に、二人がよく使うホテルがあった。まだ点灯していないネオンサインに、青い大きな文字で『空室』と書かれている。馴染みの店の暖簾をくぐる気分で入口を抜け、二人はカップル然として部屋を選んだ。
 フロントはがらんとしていて、人影もない。代わりに小さなウェルカムボードが置かれ、有線から流行りの音楽が静かに流れている。一歩踏み込んだ途端、もう夜だ。時の淀んだ空気はルルーシュに、密かな緊張と昂揚とをもたらす。
 受付が済むのを待つ間、ルルーシュはフロントの奥、壁や天井からぶら下げられたハロウィンの装飾を眺めていた。業務用の卸店で購入したものか、季節にふさわしく、紫色とオレンジ色のフィルムで作られた鎖やモビールが照明に反射し、メタリックな輝きを放っている。連想するのは小、中学校の学芸会だ。賑やかなその中に鎮座し、煌々と目を光らせているカボチャの置物が、二人の姿を黙って見守っていた。
 エレベーターがゆっくり動きだすと、互いの間に沈黙が生まれた。枢木は階数ボタンの前に立ち、奥に乗り込んだルルーシュは壁にもたれて余所を向いていた。ふと、枢木が背を向けたまま笑っていることに気付く。単なる気配に過ぎないが、浮足立っている自覚のあるルルーシュには解った。馬鹿にされたと感じ、肘で背中を小突いてやると、ちらりと振り返ってきた枢木は誤魔化すように軽く眉を上げ、口元に浮かべていた笑みをかき消した。
「コート開いて。部屋までその恰好で歩いてよ」
 無人の廊下に出るなり枢木は言った。ルルーシュの背後に回り込み、襟から手を差し込んで胸を揉みしだく。監視カメラに映っていようと頓着しない。むしろ、見せつけようと――しかも楽しんでいるふうで、たわわに実った両の乳房を交互に揺さぶった。
「あ――」
 やんわりと揉みしだかれ、ルルーシュがよろける。指先が乳首の周りを一巡するごとに、ルルーシュの割れ目は新たな汁を垂れ流していた。コートの他に唯一、身に着けていたのは太腿までのストッキングで、内腿のレースに愛液がだんだん染みていく。枢木は手先の器用な男で、愛撫は常に丹念だ。が、今日は気が急いているのか少々、雑だった。引っ張られたボタンの隙間から、白くきめ細やかな肌が覗く。いやらしく弾む乳房は枢木の手にも余るようで、指の股から柔肉が漏れ、コートの表面に薄く凹凸が浮き出ていた。
 匂い立つ色香にたまらず、枢木は腰まである黒髪に鼻先をうずめた。深く息を吸い込み、静かに吐き出す。ジーンズの下では勃起が張り詰めていて、ペニスに血が集まっていくのを抑えようとしていたのだ。
 ルルーシュは外にいた時から濡らしていた股を、コート越しにそっと押さえた。絡みつく枢木の腕を振り払い、思わせぶりに振り返る。そして、コートの前面ではなく、あえて襟元をつまみ、わざと胸を突き出しながら開いてみせた。
 生意気そうに、つんと立ち上がったピンク色の乳首、くびれたウエストに巻きつくガーターベルト。すらりと伸びた足は網目のストッキングに覆われ、同色のヒールも闇夜の黒で、爪先まで美しく飾っている。ルルーシュの恥丘はなめらかだった。本来ある筈の繁みは綺麗に処理され、逆三角形を描く両足の隙間で愛液がつやつやと濡れ光っている。ほの暗い照明の下、はっきりと見て取れた。
 極上の姿態を前に、枢木がごくりと喉を鳴らす。何度目にしても飽きることのない、手触りの良さまで知り尽くした女の身体。毎度、同じ強さで惹き付けられ、枢木は誘われるまま紙袋から真っ赤なローターを取り出した。
 コードの付いた卵型のそれを、ルルーシュの唇に近付ける。形良い唇がうっすらと開き、舌先でひと舐めしたのを見届けると、枢木はコントローラーをガーターベルトに差し込み、湿った先端をルルーシュのクリトリスにしっかりと押し当てた。ブウンとうなりを上げ、ローターが振動し始める。ルルーシュはうっとりした面持ちになり、陰核で味わう陶酔に嬉々として足を開いた。
「プレゼントは、これだけじゃないから」
 枢木がルルーシュの細腰に片腕を回す。ヒクつく割れ目に沿ってローターを行き来させ、ぎゅっと強く押し当ててから、慣らしも要らなさそうな蜜壺に全部押し込んだ。
「あぁっ……」
 ルルーシュが僅かに、残念そうな溜息をもらす。察した枢木は指を突っ込んでやりながら、掌の腹でクリトリスを愛撫した。嬉しげに尻をくねらせ、ルルーシュが掌に股をこすり付ける。そこで、枢木は含み笑いを漏らした。
「やらしいねルルーシュ」
「誰のせいだ……?」
 妖艶な流し目を送り、ルルーシュは枢木にしなだれかかった。好色そうで、今にも舌なめずりしそうな魔性の微笑み。快楽に溺れながらも強かさを失わず、「困った奴だ』と諌めるかのような。その笑い方が、枢木はたまらなく好きだった。
「すぐ入るのにきついよね、君のまんこ。ホントはこのまま突っ込みたいけど、ルルーシュまだ処女だもんな」
「馬鹿が」
 卑猥な物言いに感じ入り、ルルーシュの腰が無意識に揺れる。どこからともなくドアの開閉音が響き、二人は一瞬、足を止めた。
 談笑する声が近づいてくる。廊下の端には階段があり、エレベーターを使わなくても駐車場まで降りていけるようになっていた。――どうする? と互いに探り合う。廊下は直線状になっており、隠れられそうな場所などどこにもない。このホテルの構造を、二人は熟知していた。枢木が根本まで埋め込んだ指をぬくぬくと動かす。口角の上がったルルーシュの唇から、興奮し切った吐息が零れた。
 股に栓をされ、支えられながら歩く姿を、名も知らぬ誰かに見られてしまうかもしれない。露出が常のハプニングバーなどでは味わえないスリルだ。ルルーシュの乳房は期待に膨れ、はちきれんばかりだった。部屋は、廊下の真ん中くらいにある。辺りを憚ってはいるのだろうが、ときおり聞こえてくる話し声は更に近くなっていた。
 否応なく、緊張が高まっていく。しかし、枢木はルルーシュを煽る手を止めようとせず、ルルーシュもまた、はだけたままのコートを直そうとさえしない。腹の奥で蠢く玩具の感触に伸び上がり、指で突き上げられる動きに合わせて深く腰を沈めたり、小刻みに上下させたりしている。
 ちょうどドア前まで進み、枢木が鍵を取り出したところで、階段から一組の男女が下りてきた。視線が合い、女が短い叫び声を上げる。そして、慌てて男の影に隠れた。男の方は呆気にとられ、ぽかんと口を開けている。顔面に好奇の色を滲ませながらも、どこか見とれている様子でもあった。枢木がルルーシュの乳房を持ち上げ、自分で吸うよう促してみると、女は男を見上げてクスクスと笑った。露出を楽しむ変態カップルと観客。ルルーシュは、自分を見つめる知らない男に微笑みかけ、舌を出して自分の乳首を舐めてみせた。
 男がにやりと笑い、興味深そうな目配せを枢木に送る。枢木もルルーシュの下乳を持ち上げ、『可愛いだろう?』と問いかける代わりに、突っ込んだままの指を広げて陰部を見せてやった。
 ぱっくりと開いた割れ目から、ローターのコードが飛び出ている。女がぎょっとして口を覆い、男は少し照れたのか、にやけ顔を逸らした。互いに楽しんでいる、ということだけは心得たらしく、彼らは特に声を掛けてくるでもなく、肩を寄せ合ったまま階下へ降りて行った。
「何だよ、あいつ」
 言いながら枢木は鼻で笑った。男が「参った」という顔をしていたのが面白かったのかもしれない。美人を連れ歩くのは男の夢だ。ルルーシュほど桁外れの美人を、となれば、男女の関係になる特権を得た男は、同性からしても羨望の的なのだろう。
 少なからず、枢木は機嫌を良くした。ルルーシュはムッとし、爪先で蹴ってやろうとしたが、開錠した枢木がドアを開きがてら、横に避けるほうが僅かに早かった。
「足癖悪いよルルーシュ、もっと上品にしててくれなきゃ」
 枢木はドアを開けて待っていたが、もちろんレディーファーストの精神からではない。先にルルーシュが入ると、後ろから伸びてきた手がローターのダイヤルを最大まで回す。
「――ッ!」
 ルルーシュはビクンと反り返り、むき出しの乳房を大きく弾ませた。強すぎる振動が膣口を通り、ぬるりと外に飛び出てくる。枢木はコードごと引き抜いたローターをクリトリスに当て、舐める動作に似せて幾度も細かく動かした。
「っ、やめ、きつぃ!」
「お仕置き」
「だったら、避けるなよッ……!」
 無茶言うなよ、と枢木が呆れ声で言う。
「いくら僕でも、ヒールで蹴られたら痛いって。それともさ」
 前置きし、枢木はルルーシュをくの字になるよう屈ませた。耳元で囁く。
「余所見されるの、そんなに嫌だった?」
「調子に……乗るなッ!」
「乗るよ、たまには。ほんの贅沢」
 あまりに満足そうな言い方で、ルルーシュは言葉を詰まらせた。枢木は後ろから覆い被さり、ルルーシュの乳首を弄びながらしつこくローターを動かし続ける。強く押し当てられるたび、虫の羽音に似た耳障りな振動音がルルーシュの鼓膜に響いた。マンションでいえば玄関にあたる場所は、大人二人で居ると窮屈だ。ルルーシュは壁に両手をつき、過ぎる振動から逃れようと腰をよじっていたが、胸から離れた手は潤む襞の内側へとすかさず分け入ってくる。
「んっ……!」
 傍若無人な指に貫かれ、途端、ルルーシュの下肢全体に甘い痺れが走った。背を逸らし、壁の手すりでどうにか体重を支える。枢木は一度抜いた指を二本に増やし、手首ごと裏返して再び奥までねじ込んだ。
「ふぁ……っ!」
「見られて興奮したんだろ? でないと、こんなに濡れるはずないもんな」
 乳首をローターで撫でつけ、枢木は反った指の腹で膣の内壁を絶え間なくこすった。激しく出し入れするのではなく、子宮口の手前をゆっくり刺激してやる方が、よりルルーシュの性感が高まることを知っているのだ。
「ルルーシュさんに質問です。休憩三時間で、合計何回イけるでしょう?」
 ふざけた口調ながら、枢木は抜いた指でクリトリスを挟んで優しく撫でこすった。ルルーシュとしては物足りない。去っていった指が――溶け落ちそうな快楽と一体感が名残惜しく、陰唇の溝を指が掠めていくたびに蜜壺がきゅんきゅんと収縮する。すっかり体が出来上がったルルーシュに構わず、枢木は土手を引き上げて陰核の包皮を器用にめくった。ぷっくりと勃起したクリトリスが現われ、ローターを押し当てると足が突っ張る。瞬く間に、意識を根こそぎ奪われそうな快感がルルーシュを襲った。
「あぁらめ、らめ……、イく――!」
 小さく呻くと同時に、ルルーシュの背筋がぐんとしなった。一気に絶頂まで駆け上り、限界まで突っ張らせた両足が細かく痙攣する。
 もっと長々と、心地よい快楽を貪っていたかったという残念さと、『もしかすると枢木のことが好きなのかもしれない』という倒錯した疑惑が頭をよぎる。付き合っているのと限りなく近かろうと、実際は歪んだ関係でしかない。少なくとも、ルルーシュは今までに一度も、枢木からそれらしい台詞を聞かされたことはなかった。
「駄目だな、これじゃ。ご褒美にしかならない」
 ビクビクと痙攣し、恍惚の表情を浮かべるルルーシュの尻を枢木はぴしゃりと打った。ぴんと立ったままの乳首をつまみ、コリコリと指先で遊ばせ、紙袋の中へ無造作にローターを落とす。
 ルルーシュはぐったりと壁にもたれていた。全身うっすらと汗ばみ、息も上がっている。コートを脱ぎたいと思ったが、動くのがどうにも億劫だ。その間に枢木は部屋へ入り、テーブルに紙袋を置いてルルーシュに振り返った。コードのはみ出た袋には、他にも怪しげな玩具が幾つも入っている。さっき覗いた時、皮素材と思しきベルトのようなものが見えたのを、おぼろげな意識の中でルルーシュは思い出した。
 突然、薄暗く設定されていた部屋が明るくなり、見ると枢木が、ベッドに座って照明のダイヤルをいじっている。ルルーシュと違い、この男は明るい部屋が好きなのだ。非常に簡素な内装は、性行為のためだけに設えられたかのようで、置かれているのは室内の半分を占めるベッドと、脇にローテーブルとソファが一台ずつ。ルルーシュは急に居心地が悪くなり、こわばった顔を俯けてもじもじしていた。すると枢木が、紙袋から黒い服のようなものを取り出し、片手に携えて戻ってくる。
「面白いことしよっか」
「……?」
 ね、と枢木は笑いかけ、後ろに回り込んでルルーシュのコートをさりげなく脱がせた。金属質なカチャカチャとした音が背後から聞こえ、ベルト同士がぶつかり合う重たげな音もする。そのベルトと思しきものは、どうやら何本もありそうだった。ルルーシュが尋ねようとして振り返ると、枢木は床にコートを落とし、ルルーシュの両腕を持ち上げた。
「腕上げて、そのまま下ろさないで」
「いや、ちょっと待て」
 『拘束』という言葉が浮かび、せめて同意を得てからにしろとルルーシュは訴えたかったが、枢木は手早く皮で出来た幅の広い服を着せていく。
 ウエストに巻かれたものはコルセットだった。しかし、胸を覆うカップはついておらず、アンダーバストに沿って括り上げるベルトが二本ぶら下っているのみ。枢木は、幾つも付いた背中のホックを全部閉じ、前に回ってバツ印に交差した紐を結び直していた。コルセットと肌との間に指を差し込み、たるみを直す。そして、腋からぶら下がったベルトを取り、首まで引き上げて長さを測っていた。
 その表情は、仕事中に淡々と書類を片す時みたいで、ルルーシュは何も言えずにいた。正面からじっと見つめられ、自分の恰好に思い至って狼狽する。不審に感じて見つめ返すと、枢木は愉しげに目をそばめた。肩にかかった長い黒髪に視線を止め、丁寧な手つきで後ろへはらう。
 背に流れる毛束、首筋を掠めていく指先の感触に、ルルーシュの背筋がぞくりと震えた。枢木の視線は『舐めるような』という表現がぴったりで、身体の内側がカッと火照った気がルルーシュはした。情欲のこもった眼差しが首から胸元へ下りていき、隠すもののないルルーシュのバストを捉える。ひとしきり眺め、再び見上げ、枢木はルルーシュの頬を愛しげに撫でつけた。――満足そうに、にこっと笑う。その視線はゆっくりと、手元のベルトに戻っていった。
 ルルーシュは一連の仕草に見入ってしまい、枢木がバックルを動かし、穴の位置を調節している間じゅう、ただ硬直し続けているしかなかった。
「すごく綺麗だ、似合うよ」
「喜ぶとでも思うのか?」
「もっとヒラヒラしてる方がいい?」
「どうでもいい……」
「女の子だろ? ルルーシュは」
 小馬鹿にした響きで、首の裏にベルトを通しながら枢木がのんびりと口にする。女だからといって、さして遠慮などしないくせに。一応は尊重している、という言い方をされ、ルルーシュは気が抜ける思いだった。
 僅かに余裕を取り戻し、チクリとつつく。
「同性には厳しそうだよな、お前って。嫌われるぞ、そういうの」
「はいはい」
 枢木は適当に往なした。ルルーシュの首の後ろでパチ、パチ、とドットボタンが閉まる固めの音がする。ベルトを留め終えた枢木は辺りを見回し、「あれっ」と首を傾げた。
「あった」
 コルセットと付属のパーツが、落ちたままのコートの下敷きになっていたらしい。めくった中から現れたものも、太く丈夫そうな黒皮のベルトだった。枢木は二本あるうちの一本をルルーシュの腕に巻き、残りの一本をもう片腕に装着させた。枷の内側に、コルセットの側面にあるものと同じ金具が付いている。繋ぎ合わせて使うのだろうが、外側にも二箇所づつ付いていて、そちらの用途は謎だった。しかも、これで終わりかと思っていれば、まだ一枚あったようだ。ルルーシュが最後に渡されたものは、同じ素材で出来た細い紐のようなショーツだった。
「履いて」
 受け取ったそれを、ルルーシュはまじまじと眺めた。見れば見るほど変態的なデザインだ。前から見ればショーツだが、用を足す部分にぽっかりと穴が開いていて、フリンジによく似た紐で閉じられるようになっている。尻にも穴があり、紐はなかった。両サイドのチャックで着脱する作りのようだ。
「嫌いじゃないだろ、こういうの」
 ルルーシュがショーツを履き終えたところで、枢木が枷とコルセットの金具を繋ぎながら言う。皮が汗を吸い取り、ルルーシュの肌にしっくりと馴染んだ。上半身と下半身、両方をまんべんなく締め上げられ、ショーツの中で圧迫されたクリトリスが切なく疼きだす。
 枢木は見透かしたように目元を緩め、両腕を封じられたルルーシュをベッドへ引き連れて行った。
「警戒しないね」
「お前を?」
「うん」
 ルルーシュが瞬くと、枢木が俯く。
「必要ないってことなのかな」
 ほくそ笑むのを隠すためか、「ずいぶん信用されてるな」とひとりごち、枢木はベッドの縁に腰かけた。ルルーシュは数歩ほど離れた場所に立ち、顔に困惑を乗せている。
「何してるの、早くおいでよ」
 枢木はにこにこしながら手招きした。いかにも人好きしそうな笑顔だが、付き合いの長いルルーシュには解った、『良からぬことを企んでいるに違いない』と。
「どうも悪い予感がするな」
 けれども興味を惹かれ、下半身を疼かせながら寄っていく。枢木は、笑みを絶やさなかった。広げた膝の間にルルーシュを立たせ、枕元からビニールに包まれた灰色の物体を引っ張り出す。
 コード付きのそれは、ルルーシュも見たことのあるものだった。アダプターで使う電動マッサージャー――俗にいう『電マ』だ。
 前に来た時は置いていなかったから、ホテル側の新しいサービスだろうか。さすがにどう使うのかは、ルルーシュにだって解る。凝視するルルーシュを枢木は一瞥し、気付かれないようひっそりと肩を揺らした。
「気持ちいいよ、これ」
 と、ルルーシュの腕を引いて立ち上がる。
「使ったことでもあるのか?」
「他の子に?」
「そういう意味じゃない」
 枢木は「はっ」と噴き出し、笑み崩れて「さあ、どうだろう」と顔を背けた。睨むルルーシュを自分が座っていた所に横たえ、ヒールを脱ごうとするのを止めて片足ずつベッドに乗せる。そうして、テーブル上の紙袋を探り、また何か取り出して袋ごと持ってきた。
 枢木が取り出したものは、棒状に結わえられた真っ赤なロープだ。
「おい、まだ縛るのか」
「まあね」
 呆れてルルーシュは起き上がろうとしたが、腹筋に力が入らず倒れてしまった。枢木は横目でルルーシュを見下ろし、固く巻き付いた部分から順にほどいていく。絡まないよう縄の癖を直し、ときどき伸ばしながら、枢木はルルーシュの腕枷へと目を向けた。端を外側の金具に通し、一度縛ってから背中側に回し、もう一方の枷の金具にも同じように括り付ける。余った部分に幾つかの結び目を作り、ルルーシュに腕を伸ばさせて、輪にした箇所にルルーシュの手首を突っ込んだ。一体どういう仕組みなのか、間を引っ張ると両手首が締まる。枢木は妙に手馴れていて、動作に一切、無駄がない。
「……なあ」
 ここまで縛られてしまうと、もし刺激がきつすぎても逃れられないのではないか。あまりの手際のよさにルルーシュは呆然としていたが、間抜けなことに、今頃になってから気付いた――横にあるのは電マだ。
 枢木は答えず、鼻歌でも歌いだしそうな表情で、一本目よりも短めの縄を袋から取り出した。素早くほどいて真ん中で折り曲げ、さっき作った結び目の間に通す。分けた二本の長さが均等になるよう調節し、外側に折り曲げたルルーシュの膝裏に、縄の両端をくぐらせた。
「どう、痛くない?」
 枢木は縄を二、三周させ、あっという間にルルーシュの手足を固定し終えてしまった。
 M字に開脚させられたまま、ルルーシュが再度、不安げに「なあ」と呼びかける。
「さっきも思ったんだが――訊いていいか」
「何、改まって」
「こういうのが趣味なのか?」
「僕……?」
 枢木は「うーん」と考えるふりをし、「嫌だったらしないかな」と答えた。
「ちなみに、お前にとっての俺とは?」
 真顔で尋ねると瞠目し、ブハッと勢いよく噴き出す。
「散々エッチなことしといて今訊くの? すごいね」
 ベッド横に屈み、枢木は上目使いになってルルーシュに小首を傾げた。
「君こそ、僕が彼氏でいい訳?」
「そ、そういう意味じゃない!」
 お前の本心を言えというんだ、とルルーシュは続けるつもりだった。が、枢木は立ち上がって「まあまあ」と遮り、枕元から電マを取り上げて冷たい笑みを浮かべる。
「言っとくけど、僕は理想高いよ?」
 応えられるならね、と挑発する物言いだった。別に、ルルーシュから『付き合ってくれ』と頼んだ訳ではないのに、何故、枢木の理想に沿わねばという話になっているのか。
「彼女、イコール僕の玩具。『感じるだけのオブジェ』、それが僕の理想」
「は……?」
「ちょうどいいや、今から試そう? ふさわしいとは思ってるけど、なれるかどうかは別だろ?」
 ぽかんとしているルルーシュの頬に口付け、枢木は「今まで付き合ってきた人たちの中で、君が一番綺麗だ」と囁いた。
ぽん、ぽんと電マで手を叩きながら言う。
「最近、君、僕のことナメてるからさ、少し痛い目見せてやろうと思って。なのにホントに凄いよ、一緒にいると全く退屈しない」
 さっきも蹴っ飛ばそうとするし、などと物騒な一言を発し、枢木は電マのスイッチをオンにした。ローターとは比較にならない振動音が部屋中に響き渡り、その音に驚くルルーシュを枢木は面白そうに眺め、スイッチを付けたり切ったりしながら言う。
「コレね、今回一番のプレゼント。もしかしたら中毒になっちゃうかも」
 そうなってしまってもいいか、という口ぶりで、枢木は袋から取り出したものを電マの先端に被せた。『コレ』と枢木が言ったものは、専用のアタッチメントだ。前に枢木とコンテナの中にいた時、開いたまま置かれていた通販雑誌に載っていたのをルルーシュは見た。心密かに思ったものだ、『どれだけ気持ちがいいのだろう?』と。けれど、電マと専用アタッチメントはルルーシュの期待や想像など、はるかに超えてしまうほど強烈な刺激を齎した。
「ああっ――ンッ! あッ、アーーッ!」
 股間に宛がわれ、一分も経たないうちに悲鳴が上がる。
「逃げるなよルルーシュ、言っただろ? お仕置きだって」
 海老反りになってビクンビクンと痙攣し、ルルーシュはあっという間に昇天した。一度目の絶頂を迎え、簡単には終わらない地獄が始まる。
 ルルーシュは嫌々と首を振り、雁字搦めに拘束された四肢を突っ張らせた。電マの振動は弱に設定されており、強くされるかどうかは枢木の気分次第だ。快感も過ぎれば苦痛となる。ナカイキに慣らされた身体は、クリトリスだけの刺激ではイき過ぎてしまうのだ。腕の枷から両足へ伸びた縄はたわみこそすれ、千切れることはない。コルセットと一体化した両腕も、ルルーシュが力むたびに金具がギンと張り詰めるだけだ。
「気が済むまでイっていいよ、その後に映画へ行こう? アタッチメントはもう一つあるから」
 枢木は袋に突っ込んだ片腕を振り、袋を振り落して別のアタッチメントを取り出した。松ぼっくりか縦長のタワシにそっくりな、凸凹の付いた先端。そこから伸びるものは、細身のバイブによく似ている。ルルーシュはシーツを噛みしめて、叫ぶのを堪えていた。けれど、鼻にかかった嬌声が引きも切らず漏れ出てくる。
「んん、んぁ、アァッ……、くっ……!」
 動物めいた呻きと、涙混じりの喘ぎ。そこに電マの音が重なり、いくら堪えようとしても強制的に絶頂へ導かれる。シーツを噛む唇は離れてしまった。噛み続けていられない、叫びでもしない限り。
 閉じられない両足の間で、枢木は電マを押し当て続けた。絶頂寸前の快楽がせり上がり、急激に達する。波が引かないうちに、またすぐ次の絶頂がやって来るのだ。十回ほど連続でアクメを迎え、体力のないルルーシュはへとへとになった。アソコがじんじんと疼いていて、ぐっしょりと濡れた陰唇がショーツの穴でヒクついている。クリトリスにアタッチメントの先が掠るだけで、全身に鋭い電流が駆け抜けていった。
「や、もう、さわるな。もうやだ!」
 声を引きつらせ、ルルーシュは必死で訴えた。喘鳴と、イった直後特有の激しい動悸が鳴りやまない。苦し紛れの訴えを聞き付け、枢木は一旦スイッチを止めてやった。
「うーん、いいイきっぷり。でもやっぱりイきすぎちゃうね、もうちょっとペース落とした方がいいかな」
 ルルーシュを観察しているうちに、枢木は興奮してきたらしい。前立てをギンギンに張り詰めて、呼吸も若干、荒くなっている。
 発狂しそうになるほどイかされるなんて、ルルーシュはAVの中だけの話だと思っていた。なのに、電マを使えば出来てしまう。責めが止まって安心しているうちに、枢木がアタッチメントを交換していてゾッと血の気が下がった。
「やめ……っ!」
「何言ってるの。まだ十分も経ってないよ?」
「……!?」
 ルルーシュは上体をよじり、弾かれたように背後の時計に目を向けた。
「余所見しない。君が見たって、何時からだったのか解らないだろ?」
 言われてみれば、その通りだ。ルルーシュは渋々、ベッドのデジタル時計から視線を外した。向き直ると枢木は、既にアタッチメントを交換し終えている。
「ルルーシュはドエムだけど、苦しいのより気持ちいい方がいいんだもんな。なぁにコレ、グッショグショにアソコ濡らして」
「あっ……!」
 ぐいっと片腿を引っ張られ、足の付け根から開かされると、ショーツの穴からびしょ濡れになったピンク色の女性器が覗く。枢木はそこにズボズボと指を出し入れし、しとどに濡れそぼった陰唇に躊躇なく口づけた。垂れた愛液を、果実の汁を啜るかのごとく舐め取り、未だ痙攣し続けるクリトリスに唇をぴったりとくっ付ける。膨れ上がった粒を舌先で押し潰しながら、枢木は幾度もしつこく舐めこすった。
「んんふっ……ふあっ、あぁ。あぁ……っ!」
 ずぶずぶと入り込んできた指が、ルルーシュにとっては酷く熱く感じる。かと思えば、入れ替わってひんやりと冷たい感触のものが突然入り込んできた。
「ふ――っ!」
 尖った先端がGスポットに直撃し、最奥に到達すると、緩いカーブがポルチオを刺激する。バイブになっている所はかなり細く、柔らかくてぴったり嵌まるとまではいかない。が、侵入してきたアタッチメントは、ピンポイントで性感帯を狙う作りになっていた。ぐっと押し入ってきて、分厚く長いタワシのような部分が丁度よくクリトリスにフィットする。振動し始めると同時に、再びルルーシュの下肢から腰の内側へと、重くじっとりした快楽が立ち上ってきた。
「あああっ……!」
 と、ルルーシュが歓喜の声を上げる。先ほどの苦痛混じりの叫びとは違い、語尾にハートマークが付いていそうな甘い喘ぎだ。
「ルルーシュはやっぱり、中が大好きなんだ。気持ちいい?」
「あ、ああ、イイ……」
「そう、じゃあこれからは、ちゃんと言うこと聞く?」
「は――はい……」
 ビクビクと乳房を震わせて、ルルーシュが蕩けそうな笑みを浮かべる。全身が性器と化したかのような、素晴らしい悦楽がルルーシュの内部を満たした。
「こっちのアタッチメントならちょうどいいだろ。中と外でたっぷりイって、また露出をするよ。いいね?」
 ルルーシュは恍惚とし、言われるままこくこくと頷いた。電マの振動はローターやバイブのものに程近く、外側から内側へと振動が伝わるたびに、熟し切った内側から蝕まれていく。枢木は、挿入したままの電マを縄の余った部分で縛り上げ、深く刺さった状態にして固定した。開脚されている足を更にピンと開き、ルルーシュはM字どころか大股開きになっている。
「身体柔らかいよね」
 快楽に従順なその態勢を、枢木は褒めてやった。ジーンズのチャックを下ろし、下着も脱いで先走りの漏れたペニスを取り出す。限界まで勃起したそれをこすりながら、ベッドヘッドに置かれたローションの袋を手に取った。開封し、掌いっぱいに絞り出す。
「お尻使うよ」
 と、温めたローションをルルーシュのアナルに塗り付け、伸ばした中指をツプリと挿入する。
「あ――っ」
 ルルーシュはふわ、と口を半開きにし、ぺろりと唇を舐めた。
「おしり……」
「ん?」
「きもち、い――」
「うん、これからもっと良くなるよ」
 可愛いね、と心底からルルーシュを褒めちぎり、枢木は自分の勃起にもローションを塗り込めた。ベッドに上がってルルーシュの尻の下に枕を敷き、膝を折り曲げて足の間に座り込む。合間に指を二本に増やし、軽く慣らしてから、張り詰めたペニスをアナルに添えてずぶずぶと挿入した。
「あ。い、いいッ……」
「入ってくる?」
「うん……」
 ルルーシュは僅かに尻を持ち上げ、枢木は電マが抜けないよう押さえつつ、根本までペニスを埋め込んだ。プシッ! と音を立て、勢いよくルルーシュが潮を吹く。三点を同時に刺激され、挿れられただけで軽くイったようだ。
「今イっただろ」
「あ……っ。はぃ、はいって――」
「ホントにやらしいなぁ。中、トロットロ」
 動くよ、と囁き、枢木はルルーシュのアナルを好きなように使った。電マも支えるだけでなく細かく抽挿させ、何度も何度もルルーシュをイかせる。先ほどのように強烈な刺激ではないぶん、ルルーシュはだらしなく表情を弛ませて、愉悦に満ちた時を過ごした。
 たっぷりと種付けをし、枢木がアナルプラグで栓をする。枢木の望み通り、ルルーシュは『感じるだけのオブジェ』と化した。パープルとグリーンのジュエリーで光る銀のプラグは、三時間もの間イき続けるルルーシュの尻の穴に飾られ、ずっとキラキラと輝きを放っていた。


 電マ依存症になってしまうのも無理はない、とルルーシュは思う。縄だけを外され、全身ボンテージで拘束されたまま、ルルーシュは枢木に引き連れられて映画館へ向かった。震え続けるローターを膣に埋め込み、精液を注がれた尻にもアナルプラグを刺したままでだ。
 枢木は、途中途中でルルーシュのコートをめくり、クリトリスをマッサージしてやった。性感が落ちることのないよう、ローターを引っ張り出してこまめにイかせる。電マと専用アタッチメントでオブジェと化し、抜き去った後は中の刺激が足りなくて、ルルーシュはずっとヴァギナを疼かせていた。今日こそ――本当に今日こそ、枢木のペニスを収めて欲しい。もっと太いもので貫かれたい。どころか、膣の中にたっぷりと射精して欲しくてたまらなかった。枢木の、太いペニスでイかされたい。今日ならきっと痛くはない気がする。
 強い衝動に突き動かされ、ルルーシュはホテルで命じられた通り、指示されればどこででも露出をした。デパートの前で、恋人同士みたいに寄り添ってコートをめくる。弾ける乳房に通行人の視線が集中し、五秒待ってから二人でエントランスに駆け込んだ。エレベーターでショーツの穴を引っ張り、自分でアソコを広げて枢木に見てもらう。ガードマンも行き来する中で二、三回上り下りし、コートの裾をたくし上げたまま、ルルーシュは枢木の指を借り、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターの中で一回イった。
 トイレに寄り、アナルプラグを抜いてレストランで食事をし、デパートを出る。そこから先、二百メートルほど歩いたところに映画館があった。
 コートの前から手を差し入れ、歩きがてら、枢木が乳房の感触を楽しむ。腰を抱えられ、ルルーシュはドキドキしながら映画館に入っていった。
 館内は薄暗く、ポルノ劇場特有の饐えた匂いに満ちている。昭和の名残が感じられる見出しが其処ここに貼り出され、全然、関係ない歌舞伎や演歌歌手のポスターも掲示板に貼ってあった。
 チケットを購入し、枢木はトイレを探して一人で入っていった。しばらくし、出てきたところでルルーシュを物陰に引っ張り込み、コートを開かせて自分は屈んだ。ショーツの穴から垂れてきた愛液を指先ですくう。そして、ローターをルルーシュのクリトリスにこすり付けた。イきそうになったところを見計らい、枢木はクンニに切り替えた。
「んっ、ふっ。うん……っ」
 甘い声をまき散らすルルーシュを見上げ、「しっ」と口に人差し指を当てる。
「バレちゃうよ?」
 ルルーシュが黙るとクンニを再開し、枢木はイくまで舐り続けた。ルルーシュがか細い吐息を漏らし、達すると枢木が濡れた顎を拭っている。ポケットから小さく巻き付けたガムテープを取り出し、ローターをルルーシュのクリトリスに張り付けて、ダイヤルを回した。振動は一番弱くしておく。それをコートで隠した枢木にルルーシュは手を引かれ、上映場所に向かう途中でブザーが鳴った。
 ドアを開けるとCMが流れ始めていて、色の褪せたシートに並んで二人は腰かけた。前列に二名、中ほどに三名。まばらに座っている、その後ろに一人。ルルーシュ達を入れても、客は総勢八名しかいない。男女で座っているのは前列の二名のみ。あとは、全員男だった。ルルーシュは股を疼かせ、もじもじと太腿をこすり合わせた。枢木が、その様子を隣でちらりと窺う。
「落ち着きないね、どうしたの?」
 わざとらしい、とルルーシュは腹立たしくなった。ローターが貼り付けられたまま、さして内容のないポルノを見せられているのだ。黙って座っていられる筈がない。
 前の列に座っている男が一人、喋り声に気付いて振り返ってきた。ルルーシュの美貌に目を瞠り、枢木に嫉妬の眼差しを送る。枢木は素知らぬ顔で、ルルーシュのコートをばさりと開いた。前に向きかけていた男が驚き、にやにやと笑う。
 ルルーシュは抵抗しなかった。ポルノはつまらないし、アソコが疼いて仕方がない。好奇の視線に晒され、しかも嗾けているのは枢木だ。煽られるばかりでは面白くないと、ルルーシュは露出に対する抵抗感を失いかけていた。というより、持ち前の負けず嫌いが顔を出す。羞恥心は凄まじいものがあるが、ここは密室。この美貌に目を留めたというのなら、どうせならもっと良いものを見せてやる、とだんだん乗り気になってきた。
「見せてあげなよ。映画より面白いよ?」
 枢木が、貼り付けたローターでクリトリスを押しつぶす。ずっと微弱な振動を与えられていたルルーシュは、たちどころに絶頂まで上り詰めた。
「ンッ――!」
 鋭い快感に支配され、つい声が漏れる。枢木は黒皮のベルトで拘束されたルルーシュの身体を舐めるように見つめ、満足そうに前列の男を見遣った。――その客は一部始終を、しっかりと網膜に焼き付けたようだ。
 他の観客も、ずっと後ろを向いている男が何を見ているのか悟ったようだった。あちらこちらから、ちらほらと視線が飛んでくる。ルルーシュは枢木に流し目を送り、前で張り詰めているものをジーンズ越しにそっと触った。少し驚いたのか、枢木が両眉を跳ね上げる。日頃のルルーシュらしからぬ、積極的な行動だと思ったのだ。
「ねえルルーシュ、これから先も、ずっと処女でいたい?」
「…………」
 ルルーシュは答えず、枢木のジーンズから手を引っ込めた。急に恥ずかしくなったのだ、もっと恥ずかしい恰好をしているというのに。
 枢木はルルーシュのショーツに手を伸ばし、両サイドのチャックを片方だけ下ろした。前開きにめくり、ルルーシュに腰を上げさせて手前に引っ張り、折り畳んだショーツをポケットに仕舞い込む。
「ちゃんと言うこと聞けるようになったよね。ご褒美いる?」
 言い方にムッとしたが、ルルーシュは目を逸らして頷いた。そっと股を開き、枢木を見上げる。
「な、何とかしろ……」
 頼りない声で囁く。枢木は冷たい笑みを浮かべ、ルルーシュの中にいきなり三本指を突っ込んだ。
「ヒッ――!」
「『ごめんなさい』」
「は……?」
「僕の彼女になるなら素直に従って? チンポ欲しいだろ?」
「――ッ!」
「嘘ついてても解るよ、処女のくせに淫乱なんだから。君、濡れすぎ」
 蔑む物言いに『誰のせいだ』とルルーシュはなじりたくなったものの、悔しいけれどその通りだった。シートがじっとりと濡れている。除けているコートは辛うじて無事だが、咥え込んでいる枢木の指ごとびしょ濡れだった。
「くそ……っ」
 ルルーシュは唇を噛みしめ、涙を浮かべて腰をよじった。枢木の指はじんわりと馴染んでいき、鈍い痛みの代わりにうねるような快感が訪れる。
「あ――」
 切ないほどに、欲しい。
 ヒクリ、と陰唇が動いた。とうとう我慢し切れなくなり、ルルーシュは小さく「欲しい」と口火を切った。そして、ねだるように枢木の袖を引っ張る。
「も、もういいだろ……お前だって、俺のことは嫌いじゃないくせに」
 弱々しく言ってみると、枢木は意地悪な眼差しで「もちろん」と嗤った。
「じゃあ、腰浮かせて?」
 前の座席に手を付かせ、枢木はレストランに行く前に抜き去ったアナルプラグをポケットから探り出した。自分も席を立ち、ルルーシュの座席に移動する。流れ切っていなかった精液が、ルルーシュの尻穴をしっとりと濡らしていた。枢木は拭き取ることもせず、潤滑油代わりにしてプラグを差し込んでいく。
「あ――」
 そっちじゃない、と、ルルーシュの口から出てしまいそうだった。再び枢木は指を三本挿入し、ゆっくりと慣らしてから、ヴァギナの入口にペニスを押し付ける。
「三本も入るよ? 処女なのに」
「う、るさい……っ」
 枢木はクツクツと喉を鳴らし、笑いを堪えてズブリと亀頭を挿入させた。
「――ッ!」
 初体験が、映画館の中――。腹の上からポルチオをいじられ、ルルーシュは声を殺して枢木のペニスを受け入れた。片手間に、枢木がベルトに差し込んだダイヤルを強にする。ブーンと震えるローターの音が、画面から聞こえる台詞の合間に響いた。
 圧迫感と、裂けそうな痛み。それらがクリトリスから伝わる快感によって中和されていく。ルルーシュが両足を突っ張らせているうちに、枢木はずっぷりと根本まで埋め込んだ。
「うっ――」
 苦しくて、ルルーシュは呻いてしまう。どっしりとしたペニスの重量感と、焼け付きそうなほど高い熱は、今まで使われてきたローターやバイブとは全く異なっていた。枢木がパツン! と音を立て、腰を叩きつける。ルルーシュは頭の天辺まで駆け抜けていく快感に小さく叫び、唇を噛みしめて前の座席に縋り付いた。
(気持ちいい……)
 外側から子宮を押してくる枢木の手と、ちらちら見てくる他の観客達の目つき。何より、初めて感じるペニスから得る快楽が、ルルーシュを甘く痺れさせた。
 『処女なのに』――と、あてつけの如く繰り返す枢木の台詞が脳内で再生される。初めてペニスを受け入れたのに、もう感じてしまっている。その事実が、ルルーシュの理性をショートさせてしまった。尻でプラグを締め付けると、アソコが締まる。枢木のペニスはドクドクと脈打ち、炙られた杭のようだった。ルルーシュは座ることも出来ず、高々と尻を突き出したまま、背を反らして大きく足を開く。
「スザクって呼びな? ルルーシュ、君って最高」
「あっ……!」
「お尻にプラグ、まんこにもチンポハメられて、両方で感じられる処女なんていないよ?」
「いや。イく……っ。あぁ嫌。ン――ッ!」
 観客は今や、前列のカップル以外の全員がルルーシュに注目していた。ルルーシュが絶頂を迎えると、枢木に向けて野次が飛ぶ。ベルトに締め付けられ、わさわさと揺れる乳房が椅子の背にぶつかった。枢木は「サービスに」とルルーシュの胸を持ち上げ、座席の上に乗せてやった。
 シートに貼られたザラリとした布に、乳首がこすれる。瞬間、ルルーシュの腰に耐えがたい疼きが走った。
「ピル飲んでるよね?」
 はあはあと息を切らしながら、ルルーシュは頷いた。もともと生理が重く、数年前から低用量のピルを処方してもらっている。枢木はいつかルルーシュを貫く時のために、それを聞きつけた時に医者にかかるよう勧めたのだった。……そして、ルルーシュもまた。
(出してくれ、スザク)
 ルルーシュの腰を抱え、ベルトで引っ張りながら、枢木は本格的な律動を開始した。ルルーシュは胸を突き出し、皆に見てもらえるよう手で持ち上げる。コートはほとんど脱げかかり、あらわになった裸体はもう、ルルーシュのものであるのと同時に枢木のものなのだ。
 ぷっくりと立ち上がった乳首をこねくり回され、ルルーシュは憚りなく嬌声を漏らした。あまりの快感にプシッ、プシッと潮を吹く。きゅんきゅんと収縮する子宮を突き上げられ、外側からもポルチオを刺激され、ルルーシュは立て続けに二回ナカイキした。
「あぁ、これ好き。らいすき……!」
 呂律の回らない小声で口走り、自ら腰を揺らす。
「何が好きなのか言ってみてよ」
 背後で枢木が促し、ルルーシュの『大好き』な箇所を集中的に穿った。
「イくのすき。あっ。おちんちん、が……」
 とんでもない一言を、という葛藤が生まれ、ルルーシュの頬がうっすらと染まっていく。枢木はコートの裾をルルーシュに噛ませ、低い声で呟いた。
「夢だったんだよね、僕。処女なのにナカイキ出来るように育てるのって」
 深々とペニスで貫かれる歓びにルルーシュは目覚めた。ローターを外され、映画が終わってしまうまで、ルルーシュは枢木の玩具として望み通り、たっぷりと精液を中出しされ続けた。愛液にはうっすらと、ピンク色の汁が混じっている。でも、出血というほど大げさな量でもない。
 ルルーシュの処女膜は、処女好きの枢木に合わせたかの如く、どうやら無事のようだった。

やさしい口の使い方(2014/5/3スパコミペーパー)



 生徒会室にいると時々面白いものが見られる。聞こえる、と言った方がいいかもしれない。スザクにそう伝えに来たのはにやけ顔のリヴァルだった。
 やらかす方とやらかされた方、そのどちらもが楽しんでいるなら構わないのだが、緑一点のリヴァルはともかく女性陣からは苦情が出ているらしい。誰も注意出来ない、本人に自覚がなさそうなのでハッキリ言うのも憚られる。皆が口を揃えて「聞けば解る」と言うのでスザクは使命感を背負い――あるいは責任感かもしれない――とりあえず状況を見にやってきた。

「何もしないで一日中寝ていられるとはいい御身分だ。『働かざる者食うべからず』って知ってるか? ああ、日本のことわざだ、お前は知らないだろう? だが俺も鬼じゃない。芸をしてみせるというなら、たとえ何の役にも立たない下僕であっても餌の一食くらいはくれてやる。――なあ、これが欲しいんだろう?」
 下僕。
 すごい表現だ、と無駄に感心すると同時にルルーシュの好きそうな単語だとスザクは思った。さながら昼ドラの世界、でなければ時代劇に出てくる悪代官っぽいのだろうか。いまいちしっくりくる表現が見つからず、スザクは微妙にモヤッとしたものを抱えながら机にテキストとノートを広げ、真面目に宿題に取り組んでいた。
 その後ろでルルーシュが二本の指に挟んだ薄いビニールパックを振り、目の前の動物に見せつけるようにして口をピリピリと引き裂く。
「そうだ、欲しいだろう? この卑しい雌猫め。だったら鳴け、そして縋れ、俺に欲しいと全身使ってねだってみせろ」
 ニャオ~ンと甘えた鳴き声が背後から聞こえてくる。ルルーシュは「おっと」と片腕を上げ、じゃれつく猫の手をかわしているようだ。
(そういうのが趣味なのかな、ルルーシュって)
 アーサーがルルーシュには素直に従っていることにも解せないものを感じるが、何故さっきモヤッとしたのかスザクは正確に理解した。言葉のチョイスがいちいちマズい。命令口調に慣れている元皇族、という点を抜きにしてもだ。
(これは確かに苦情が出るかも)
 自分が何を口走っているのか解っていないのだろうか。さすがにそんなことはないだろうという疑惑は募るものの、要らぬ藪などつつくまいとスザクは無表情でペンを動かしていた。
 鰹節のビニールパックと元皇子様、と、猫。スザクが連れてきたアーサーはこの学園の生徒会室を根城にしている。確かに雌だ、雌猫だ。でもこの言い回しではあらぬ誤解を呼ぶ。
(猫に教えたって芸なんてしないんじゃないかな)
 そういう問題ではないと知りつつもスザクは純粋に疑問だった。
(嫌なら構ったりしないでさっさとあげればいいのに)
 もともと犬派のルルーシュは同族嫌悪からか、猫への当たりが少々厳しい。のらりくらりと世話から逃れていたが周りに注意され、一度シャンプー役を押し付けられてからは渋々餌やりにも参加するようになった。引っ掛かれたから懲りたのだろう。というより、恨んでいるのかもしれない。まとめ買いしたドライフードが置いてあるのに懐を痛めてまで鰹節を買ってくる辺り、これはまあまあ手の込んだ仕返しといえる。
(マタタビはそういえば、効く猫と効かない猫がいるんだったよな)
 だが、大抵の猫は鰹節には飛びつく。好物だと知っていなければ出来ない嫌がらせといえた。もっともアーサーは嫌がるどころか喜んでいるようなので、あまり嫌がらせにはなっていないかもしれない。
「なんだ、やれば出来るじゃないか。ってことは、普段はサボってたんだな? やっぱり猫ってヤツは気まぐれだ。甘えた声で鳴きやがって、可愛いとでも思ってるのか?」
 罵りながらも合間にカサカサ、パラパラと音がする。ニャウニャウと機嫌よく鰹節を貪るアーサーの声も。
(あげるんだ?)
 結局、お猫様に鰹節を与えてやっている。どうやらルルーシュにとっては嫌がらせではなく、あくまでも躾の一環らしい。
「いいか、よく聞け愛玩動物。俺は言うことをきかない生き物になんて興味はないんだよ。媚びる奴も好みじゃない。だがプライドは捨てろ、俺の命令には忠実に従え。もっとコレが欲しければな」
 スザクは訳もなく重苦しい気分になってテキストを閉じた。ルルーシュが「解ったか」と、さっそくアーサーに返事を求めている。
 ニャーン。
 先ほどのルルーシュの言葉通り、すっかり下僕と化したアーサーの可愛らしい鳴き声がした。
「ルルーシュ」
 ん、と振り向いてルルーシュが空になった鰹節のパックを握りしめる。もうどこから突っ込むべきか、スザクは感じる眩暈と頭痛に額を押さえながらため息交じりに振り返った。
「猫相手に何させてるのさ、いかがわしいよ」
「いかがわしいのはお前の頭だろう?」
 何言ってるんだこいつ、と怪訝そうな顔になったのは一瞬のこと、ルルーシュは至極どうでもよさそうにスザクをあしらった。誰も注意出来ないのはこの通り、ルルーシュ自身にマズいことをしている自覚が全然ないからだ。
「だってそれってさ……まるで――」
 皆の言い分はもっともだ、とスザクは再確認する。わざとか天然かと問われればルルーシュの場合は天然で、だからこそ言いづらかろうと指摘してやらねばならない。だがルルーシュに向かってハッキリ言える者など誰一人としておらず、皆がルルーシュのプライドを傷付けたくないがばかりに無意識にスザクを頼っていた。
「君にそのつもりがなくてもって話をしてるんだ。アーサーで言葉責めの練習かい?」
「なっ……!」
「君はそういうのが好きなの?」
 スザクが呆れた口調で言えば今度こそ勘に触ったようで、ルルーシュはどう切り返してやろうと顎先を持ち上げて好戦的に突っかかる。
「そういうの、とはどういう意味だ。まさか下品な冗談で俺をからかおうとしてるんじゃないだろうな?」
「下品って?」
 ルルーシュは口で失敗する、煽り耐性もゼロに等しい。余計なことを喋ったと自分でも思ったのか、むっと口ごもってスザクを睨んだ。そして何か思い当ったかのように薄く唇を開く。
「リヴァルにも似たようなことを言われた。お前まで……。見れば解るだろう、これは躾だ」
「調教ってこと?」
「そうだ、元はといえばお前が舐められっぱなしだから好き勝手やるようになったんだろうが。この間も人の私物を持ち逃げしようとするわ、入るなと言った俺のバッグに潜り込むわ、書類作成中にじゃれつくわ。人間と共存させる上で序列を明確に出来ないようでは飼い主失格だ」
「それ、懐いてるからじゃないかな」
「は……?」
 低い声でルルーシュが問い返す。
 アーサーは利口な猫だ。人を困らせることなど滅多にしない。
「やっていいことと悪いことくらいアーサーは見分けてるよ。最初はおとなしかったし、他の人にはやらないだろ? なのにルルーシュだけを狙うってことはさ……」
「?」
「だから寂しいんだよ、もっと構って欲しいのはルルーシュだったってこと」
 その通り、と肯定するかのようにアーサーがにゃあんと鳴く。猫タワーの天辺で毛繕いする姿を見てルルーシュは顔をしかめた。いまいち解っていないようだ。
「舐められてるっていうより、猫ってそういう生き物なんだ。人間の言うことを聞くようには出来てないよ。聞き入れる場合は相手に懐いているからか、いい気分の時にたまたま」
 僕に対してもそうだよ、とスザクが続けると、ルルーシュは納得出来なさそうでありながらも「ふうん」と言って背を向けた。「やっぱり気に入らないな」と呟き、鼻を鳴らしてドライフードを取りに行く。
 なんだかんだで面倒を見ているルルーシュと、猫タワーから飛び降りてその後をついて行くアーサー。尻尾を振り、トコトコと早足で追いかけていく後ろ姿が微笑ましくてスザクはつい和んだ。
「その時々の気分っていうのかな。多分ルルーシュが定期的に遊んであげれば、しつこくしては来なくなるんじゃないか?」
 犬と違って餌をやれば従うようになる訳ではないし、一度従ったからといって毎回そうなるとは限らない。個体差はあるのだろうが得をするかどうか、猫は基本的には自由気侭で本能にのみ忠実な生き物だ。
 餌用の器にドライフードを入れ、タワーに置くルルーシュにスザクは寄っていった。先回りして飛び乗り、入れた端から皿に顔を突っ込むアーサーを止めてルルーシュが袋の口を閉じる。
「そっくりじゃないか」
「へっ?」
 スザクの間抜けな声にルルーシュはクッと噴き出した。チラリと流し目を送って「気付いてないならいい」と意地悪く言う。
「気付いてないならって……何?」
 スザクからすれば猫にそっくりなのはルルーシュだ。ところがルルーシュは勝手に餌を食べ始めたアーサーを「ほらな」と指差し、「人の言うこときかないだろ?」と楽しげに笑った。
「もう、からかってるのか?」
 ルルーシュがふふ、と漏らしてスザクの頭に手を伸ばす。
「!」
 ビクッと身構えたスザクに構わず、ルルーシュはふわふわの感触を愛でるように頭を撫で始めた。
「一見犬っぽいくせに、お前って誰の言うことも聞かないよな。定期的に遊んであげれば、なんて――まさか自分のこと言ってるんじゃないだろうな?」
 意地悪な台詞とは裏腹に、ルルーシュの声と撫で方は酷く優しい。スザクは頭を下げておとなしく撫でられていた。
「ほらどうした、俺を主人と思ってニャンと鳴いてみろ」
「嫌だって」
「どっちにかかる『嫌』なんだ? 猫のように鳴くことか、俺を主人と思うことか?」
「えーっと……」
 正直、どちらもそこまで嫌ではない。むしろルルーシュが喜んでくれるのなら、可愛がってくれるのならちょっと嬉しい。
(困ったな)
 スザクが下げた目線の先に、空になった鰹節のパックを握ったままのルルーシュの手が映った。
「ルルーシュそれ」
「ん?」
 ルルーシュが気付いて渡そうとした矢先、カサリと鳴ったビニールの音にいち早く反応してアーサーがピクリと顔を上げた。ニャウッと一声高く鳴き、猫タワーの一角からルルーシュめがけて勢いよくジャンプしてくる。
「うおっ!?」
「危ない!」
 寸でのところでスザクが庇い、飛びかかろうとしたアーサーごとルルーシュを抱きかかえて床に転がった。
「いったッ……!」
 スザクが隠そうとしたビニール袋を咥えてアーサーがダッシュする。中身が空だと気付くなり興味を失い、床に放置して何事もなかったかのように餌の皿へと戻っていった。
「アーサー駄目だろ、ルルーシュに飛びかかったりしちゃ!」
 声を荒げるスザクにごめんね、というふうにアーサーが短く鳴き、そのままカツカツと餌を食べ始める。
「う――」
 自分の下で呻くルルーシュにハッとしてスザクは身を起こした。
「大丈夫かルルーシュ」
「いい……お前こそ噛まれたろ」
「うん」
 申し訳なさそうにしているスザクを押しのけてルルーシュが起き上がる。と、そこで、覆いかぶさっていたスザクとルルーシュの目が合って互いに動きが止まった。
「おい」
「?」
「どけろ」
「……うん……」
 頷きながらもスザクは退けようとしない。
「ルルーシュ今、ドキドキしてない?」
「!」
「してる」
「してな――」
「してる」
「……ッ!」
 そっと囁きかけられてルルーシュが俯く。
「……っ、な――」
 何なんだよ、と言いかけてはどもり、頬を赤らめているルルーシュにスザクはぐいっと顔を近づけた。
「俺を主人と思って、だっけ」
「……?」
「言うことは聞けない――けど、猫の鳴き真似をしたら、僕と遊んでくれますか? ご主人様」
「……!」
 ルルーシュの動揺を知りつつスザクは目の奥に笑みを忍ばせている。真面目そうな面構えだろうとルルーシュには解った、スザクがこちらの反応を楽しんでいるのだと。
「言わなかったか? 言うことをきかない生き物に興味はないと」
 心臓はドキドキしっぱなしだが押されてばかりでは割に合わない。却って冷静になったルルーシュの額に「寂しいんだよ」と、スザクがこつんと自分の額をぶつける。
「さっきからアーサーばっかり構って。アーサーも君に夢中だし」
 睫毛が触れ合いそうな至近距離で嘆くスザクをじっと見つめ、ルルーシュは「ほう?」と目を閉じた。
「どっちに嫉妬してるんだ?」
「え――」
 どっちかな、とスザクが呟く。本気で迷っているらしい口ぶりにルルーシュは目を閉じたまま薄い笑みを浮かべた。スザクがその顔を見て慌てたように「あ」と付け足す。
「でも一番はルルーシュだよ?」
「何のフォローだ」
 ルルーシュが嘆息し、平たい目付きで見上げるとスザクは信じてないな、と言いたげな困り顔になった。
「君に逢うために学校来てるのに」
「お前……」
 よくもぬけぬけと歯の浮く台詞ばかり口に出来るものだ。ルルーシュは呆れ半分、もう半ばは感心しながらするりとスザクの頬に手を滑らせた。
「ル――」
「俺にも猫にも相手にされないのか、可哀想だな」
 スザクの言葉を遮ってルルーシュがしみじみとした口調で言う。スザクは「酷いな」と「そうなんだ」の入り混じった顔をルルーシュに向け、頬に当てられた手を取った。
 糸で引かれるように二人、互いの唇を見つめて微笑みを交わし合う。
「アーサーは食事中だよ?」
「俺に逢うために学校に来てるんだろう?」
「だったら、僕にもやってみてよ」
「……?」
 視線で問い返すルルーシュにスザクは身を乗り出した。
「言葉責め」
 悪戯っぽく言うとルルーシュはスザクの手をゆるく跳ね除け、苦い笑みを浮かべてスザクの頬を軽くつねった。
「いひゃっ、いひゃいよるるーひゅ……!」
 スザクが涙目で訴える。ルルーシュはつまらなさそうに小首を傾げて再び溜息をついた。
「そう嬉々として待たれると、躾けてやる気は失せるものだな」
 別に、スザクの言うような意味ではないつもりだったのだが。
 ルルーシュは渋々つねる手を離し、とりあえず慰めてやろうとスザクの両頬を引き寄せて唇を重ねた。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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