やさしい口の使い方(2014/5/3スパコミペーパー)



 生徒会室にいると時々面白いものが見られる。聞こえる、と言った方がいいかもしれない。スザクにそう伝えに来たのはにやけ顔のリヴァルだった。
 やらかす方とやらかされた方、そのどちらもが楽しんでいるなら構わないのだが、緑一点のリヴァルはともかく女性陣からは苦情が出ているらしい。誰も注意出来ない、本人に自覚がなさそうなのでハッキリ言うのも憚られる。皆が口を揃えて「聞けば解る」と言うのでスザクは使命感を背負い――あるいは責任感かもしれない――とりあえず状況を見にやってきた。

「何もしないで一日中寝ていられるとはいい御身分だ。『働かざる者食うべからず』って知ってるか? ああ、日本のことわざだ、お前は知らないだろう? だが俺も鬼じゃない。芸をしてみせるというなら、たとえ何の役にも立たない下僕であっても餌の一食くらいはくれてやる。――なあ、これが欲しいんだろう?」
 下僕。
 すごい表現だ、と無駄に感心すると同時にルルーシュの好きそうな単語だとスザクは思った。さながら昼ドラの世界、でなければ時代劇に出てくる悪代官っぽいのだろうか。いまいちしっくりくる表現が見つからず、スザクは微妙にモヤッとしたものを抱えながら机にテキストとノートを広げ、真面目に宿題に取り組んでいた。
 その後ろでルルーシュが二本の指に挟んだ薄いビニールパックを振り、目の前の動物に見せつけるようにして口をピリピリと引き裂く。
「そうだ、欲しいだろう? この卑しい雌猫め。だったら鳴け、そして縋れ、俺に欲しいと全身使ってねだってみせろ」
 ニャオ~ンと甘えた鳴き声が背後から聞こえてくる。ルルーシュは「おっと」と片腕を上げ、じゃれつく猫の手をかわしているようだ。
(そういうのが趣味なのかな、ルルーシュって)
 アーサーがルルーシュには素直に従っていることにも解せないものを感じるが、何故さっきモヤッとしたのかスザクは正確に理解した。言葉のチョイスがいちいちマズい。命令口調に慣れている元皇族、という点を抜きにしてもだ。
(これは確かに苦情が出るかも)
 自分が何を口走っているのか解っていないのだろうか。さすがにそんなことはないだろうという疑惑は募るものの、要らぬ藪などつつくまいとスザクは無表情でペンを動かしていた。
 鰹節のビニールパックと元皇子様、と、猫。スザクが連れてきたアーサーはこの学園の生徒会室を根城にしている。確かに雌だ、雌猫だ。でもこの言い回しではあらぬ誤解を呼ぶ。
(猫に教えたって芸なんてしないんじゃないかな)
 そういう問題ではないと知りつつもスザクは純粋に疑問だった。
(嫌なら構ったりしないでさっさとあげればいいのに)
 もともと犬派のルルーシュは同族嫌悪からか、猫への当たりが少々厳しい。のらりくらりと世話から逃れていたが周りに注意され、一度シャンプー役を押し付けられてからは渋々餌やりにも参加するようになった。引っ掛かれたから懲りたのだろう。というより、恨んでいるのかもしれない。まとめ買いしたドライフードが置いてあるのに懐を痛めてまで鰹節を買ってくる辺り、これはまあまあ手の込んだ仕返しといえる。
(マタタビはそういえば、効く猫と効かない猫がいるんだったよな)
 だが、大抵の猫は鰹節には飛びつく。好物だと知っていなければ出来ない嫌がらせといえた。もっともアーサーは嫌がるどころか喜んでいるようなので、あまり嫌がらせにはなっていないかもしれない。
「なんだ、やれば出来るじゃないか。ってことは、普段はサボってたんだな? やっぱり猫ってヤツは気まぐれだ。甘えた声で鳴きやがって、可愛いとでも思ってるのか?」
 罵りながらも合間にカサカサ、パラパラと音がする。ニャウニャウと機嫌よく鰹節を貪るアーサーの声も。
(あげるんだ?)
 結局、お猫様に鰹節を与えてやっている。どうやらルルーシュにとっては嫌がらせではなく、あくまでも躾の一環らしい。
「いいか、よく聞け愛玩動物。俺は言うことをきかない生き物になんて興味はないんだよ。媚びる奴も好みじゃない。だがプライドは捨てろ、俺の命令には忠実に従え。もっとコレが欲しければな」
 スザクは訳もなく重苦しい気分になってテキストを閉じた。ルルーシュが「解ったか」と、さっそくアーサーに返事を求めている。
 ニャーン。
 先ほどのルルーシュの言葉通り、すっかり下僕と化したアーサーの可愛らしい鳴き声がした。
「ルルーシュ」
 ん、と振り向いてルルーシュが空になった鰹節のパックを握りしめる。もうどこから突っ込むべきか、スザクは感じる眩暈と頭痛に額を押さえながらため息交じりに振り返った。
「猫相手に何させてるのさ、いかがわしいよ」
「いかがわしいのはお前の頭だろう?」
 何言ってるんだこいつ、と怪訝そうな顔になったのは一瞬のこと、ルルーシュは至極どうでもよさそうにスザクをあしらった。誰も注意出来ないのはこの通り、ルルーシュ自身にマズいことをしている自覚が全然ないからだ。
「だってそれってさ……まるで――」
 皆の言い分はもっともだ、とスザクは再確認する。わざとか天然かと問われればルルーシュの場合は天然で、だからこそ言いづらかろうと指摘してやらねばならない。だがルルーシュに向かってハッキリ言える者など誰一人としておらず、皆がルルーシュのプライドを傷付けたくないがばかりに無意識にスザクを頼っていた。
「君にそのつもりがなくてもって話をしてるんだ。アーサーで言葉責めの練習かい?」
「なっ……!」
「君はそういうのが好きなの?」
 スザクが呆れた口調で言えば今度こそ勘に触ったようで、ルルーシュはどう切り返してやろうと顎先を持ち上げて好戦的に突っかかる。
「そういうの、とはどういう意味だ。まさか下品な冗談で俺をからかおうとしてるんじゃないだろうな?」
「下品って?」
 ルルーシュは口で失敗する、煽り耐性もゼロに等しい。余計なことを喋ったと自分でも思ったのか、むっと口ごもってスザクを睨んだ。そして何か思い当ったかのように薄く唇を開く。
「リヴァルにも似たようなことを言われた。お前まで……。見れば解るだろう、これは躾だ」
「調教ってこと?」
「そうだ、元はといえばお前が舐められっぱなしだから好き勝手やるようになったんだろうが。この間も人の私物を持ち逃げしようとするわ、入るなと言った俺のバッグに潜り込むわ、書類作成中にじゃれつくわ。人間と共存させる上で序列を明確に出来ないようでは飼い主失格だ」
「それ、懐いてるからじゃないかな」
「は……?」
 低い声でルルーシュが問い返す。
 アーサーは利口な猫だ。人を困らせることなど滅多にしない。
「やっていいことと悪いことくらいアーサーは見分けてるよ。最初はおとなしかったし、他の人にはやらないだろ? なのにルルーシュだけを狙うってことはさ……」
「?」
「だから寂しいんだよ、もっと構って欲しいのはルルーシュだったってこと」
 その通り、と肯定するかのようにアーサーがにゃあんと鳴く。猫タワーの天辺で毛繕いする姿を見てルルーシュは顔をしかめた。いまいち解っていないようだ。
「舐められてるっていうより、猫ってそういう生き物なんだ。人間の言うことを聞くようには出来てないよ。聞き入れる場合は相手に懐いているからか、いい気分の時にたまたま」
 僕に対してもそうだよ、とスザクが続けると、ルルーシュは納得出来なさそうでありながらも「ふうん」と言って背を向けた。「やっぱり気に入らないな」と呟き、鼻を鳴らしてドライフードを取りに行く。
 なんだかんだで面倒を見ているルルーシュと、猫タワーから飛び降りてその後をついて行くアーサー。尻尾を振り、トコトコと早足で追いかけていく後ろ姿が微笑ましくてスザクはつい和んだ。
「その時々の気分っていうのかな。多分ルルーシュが定期的に遊んであげれば、しつこくしては来なくなるんじゃないか?」
 犬と違って餌をやれば従うようになる訳ではないし、一度従ったからといって毎回そうなるとは限らない。個体差はあるのだろうが得をするかどうか、猫は基本的には自由気侭で本能にのみ忠実な生き物だ。
 餌用の器にドライフードを入れ、タワーに置くルルーシュにスザクは寄っていった。先回りして飛び乗り、入れた端から皿に顔を突っ込むアーサーを止めてルルーシュが袋の口を閉じる。
「そっくりじゃないか」
「へっ?」
 スザクの間抜けな声にルルーシュはクッと噴き出した。チラリと流し目を送って「気付いてないならいい」と意地悪く言う。
「気付いてないならって……何?」
 スザクからすれば猫にそっくりなのはルルーシュだ。ところがルルーシュは勝手に餌を食べ始めたアーサーを「ほらな」と指差し、「人の言うこときかないだろ?」と楽しげに笑った。
「もう、からかってるのか?」
 ルルーシュがふふ、と漏らしてスザクの頭に手を伸ばす。
「!」
 ビクッと身構えたスザクに構わず、ルルーシュはふわふわの感触を愛でるように頭を撫で始めた。
「一見犬っぽいくせに、お前って誰の言うことも聞かないよな。定期的に遊んであげれば、なんて――まさか自分のこと言ってるんじゃないだろうな?」
 意地悪な台詞とは裏腹に、ルルーシュの声と撫で方は酷く優しい。スザクは頭を下げておとなしく撫でられていた。
「ほらどうした、俺を主人と思ってニャンと鳴いてみろ」
「嫌だって」
「どっちにかかる『嫌』なんだ? 猫のように鳴くことか、俺を主人と思うことか?」
「えーっと……」
 正直、どちらもそこまで嫌ではない。むしろルルーシュが喜んでくれるのなら、可愛がってくれるのならちょっと嬉しい。
(困ったな)
 スザクが下げた目線の先に、空になった鰹節のパックを握ったままのルルーシュの手が映った。
「ルルーシュそれ」
「ん?」
 ルルーシュが気付いて渡そうとした矢先、カサリと鳴ったビニールの音にいち早く反応してアーサーがピクリと顔を上げた。ニャウッと一声高く鳴き、猫タワーの一角からルルーシュめがけて勢いよくジャンプしてくる。
「うおっ!?」
「危ない!」
 寸でのところでスザクが庇い、飛びかかろうとしたアーサーごとルルーシュを抱きかかえて床に転がった。
「いったッ……!」
 スザクが隠そうとしたビニール袋を咥えてアーサーがダッシュする。中身が空だと気付くなり興味を失い、床に放置して何事もなかったかのように餌の皿へと戻っていった。
「アーサー駄目だろ、ルルーシュに飛びかかったりしちゃ!」
 声を荒げるスザクにごめんね、というふうにアーサーが短く鳴き、そのままカツカツと餌を食べ始める。
「う――」
 自分の下で呻くルルーシュにハッとしてスザクは身を起こした。
「大丈夫かルルーシュ」
「いい……お前こそ噛まれたろ」
「うん」
 申し訳なさそうにしているスザクを押しのけてルルーシュが起き上がる。と、そこで、覆いかぶさっていたスザクとルルーシュの目が合って互いに動きが止まった。
「おい」
「?」
「どけろ」
「……うん……」
 頷きながらもスザクは退けようとしない。
「ルルーシュ今、ドキドキしてない?」
「!」
「してる」
「してな――」
「してる」
「……ッ!」
 そっと囁きかけられてルルーシュが俯く。
「……っ、な――」
 何なんだよ、と言いかけてはどもり、頬を赤らめているルルーシュにスザクはぐいっと顔を近づけた。
「俺を主人と思って、だっけ」
「……?」
「言うことは聞けない――けど、猫の鳴き真似をしたら、僕と遊んでくれますか? ご主人様」
「……!」
 ルルーシュの動揺を知りつつスザクは目の奥に笑みを忍ばせている。真面目そうな面構えだろうとルルーシュには解った、スザクがこちらの反応を楽しんでいるのだと。
「言わなかったか? 言うことをきかない生き物に興味はないと」
 心臓はドキドキしっぱなしだが押されてばかりでは割に合わない。却って冷静になったルルーシュの額に「寂しいんだよ」と、スザクがこつんと自分の額をぶつける。
「さっきからアーサーばっかり構って。アーサーも君に夢中だし」
 睫毛が触れ合いそうな至近距離で嘆くスザクをじっと見つめ、ルルーシュは「ほう?」と目を閉じた。
「どっちに嫉妬してるんだ?」
「え――」
 どっちかな、とスザクが呟く。本気で迷っているらしい口ぶりにルルーシュは目を閉じたまま薄い笑みを浮かべた。スザクがその顔を見て慌てたように「あ」と付け足す。
「でも一番はルルーシュだよ?」
「何のフォローだ」
 ルルーシュが嘆息し、平たい目付きで見上げるとスザクは信じてないな、と言いたげな困り顔になった。
「君に逢うために学校来てるのに」
「お前……」
 よくもぬけぬけと歯の浮く台詞ばかり口に出来るものだ。ルルーシュは呆れ半分、もう半ばは感心しながらするりとスザクの頬に手を滑らせた。
「ル――」
「俺にも猫にも相手にされないのか、可哀想だな」
 スザクの言葉を遮ってルルーシュがしみじみとした口調で言う。スザクは「酷いな」と「そうなんだ」の入り混じった顔をルルーシュに向け、頬に当てられた手を取った。
 糸で引かれるように二人、互いの唇を見つめて微笑みを交わし合う。
「アーサーは食事中だよ?」
「俺に逢うために学校に来てるんだろう?」
「だったら、僕にもやってみてよ」
「……?」
 視線で問い返すルルーシュにスザクは身を乗り出した。
「言葉責め」
 悪戯っぽく言うとルルーシュはスザクの手をゆるく跳ね除け、苦い笑みを浮かべてスザクの頬を軽くつねった。
「いひゃっ、いひゃいよるるーひゅ……!」
 スザクが涙目で訴える。ルルーシュはつまらなさそうに小首を傾げて再び溜息をついた。
「そう嬉々として待たれると、躾けてやる気は失せるものだな」
 別に、スザクの言うような意味ではないつもりだったのだが。
 ルルーシュは渋々つねる手を離し、とりあえず慰めてやろうとスザクの両頬を引き寄せて唇を重ねた。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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