夜の帳が降りる頃(2015年ルル誕)




 天上天下唯我独尊な俺様かと思いきや、献身的で慈愛と博愛精神も併せ持つ親友のことを、今日ほど恨めしく思うことはスザクにはなかった。
 三日前、生徒会室に置いてある姿見の前で――生徒会室に何故姿見があるのか疑問を差し挟む余地もなく――首にマフラー、ではなく大振りの蝶々結びにされた真っ赤なリボンを巻きつけ、「何してるの?」と尋ねたスザクにルルーシュが言ったのだ。
「予行演習のようなものだ、今日会長からこいつを渡されてな」
 答えになってないよ、と思いながらもルルーシュに関することでは勘のいいスザクである。お祭り好きなミレイ会長がルルーシュの誕生日イベントを開催するつもりであることはすぐに察した。親友の誕生日まであと三日、月が替わる前にスザクが指折り数えるのはいつもそのことだった。特に再会してからは給料が出る立場にあったので、何を贈ろう、どう祝おうとより具体的に考えるようになったのだ。
「もしかして、君の誕生日に君自身をプレゼント、とかやるつもりじゃないよね」
 ルルーシュは得意げに言い放った。
「そのもしかして、だ。誕生日というのは、生まれてきたことに感謝をする日。全世界といわずともこの学園内で俺を祝ってくれる人々に対して、何らかの形で報いたいと思うのはさして不思議なことじゃないだろう?」
 スザクは唖然とした。よりにもよって、あの悪戯っぽいミレイ会長の言にルルーシュが乗ったのだと。
「誕生日、忘れてるかと思った」と漏らしたスザクに対し、ルルーシュはこうも言った。
「この俺が自分のバースデーを忘れる……? 智勇兼備! 威風凛然! 泰然自若なこの俺が爆誕した記念日だ。たとえ世界中の誰が忘れようともナナリーとこの俺自身が忘れる訳がない。スザク、お前はよもや忘れてはいないだろうな?」
「覚えてるよ」
「それでいい。ああ、プレゼントは特に要らないぞ、学園中の皆が祝ってくれるそうだからな。俺のファンクラブも盛大な催しを企画してくれているらしい。一枚一枚記念写真を一緒に撮るのは多少疲れそうではあるが、この程度のことに骨惜しみをするようではルルーシュ・ランペルージの名折れというもの。お前も一枚どうだ? 一緒に写真を撮ったことなんて数えるくらいしかないだろう」
 僕はいいよ、とスザクは丁重に辞退した。ほぼ反射的な言動だったといえる。ナチュラルナルシストが明後日の方向にやる気を出すさまを見るとつい反発したくなる。いや、反発とまではいかなくともしっかりしているようでその実抜けているところのある幼馴染を冷静に見守ってやらねば、支えてやらねばとパブロフの犬の如く過剰な理性が働くのだった。
 ルルーシュはスザクの反応など意に介さず――断られて機嫌を損ねたふうでもなく――リボンの先をちょいちょいと摘まんで鏡に笑顔を向けている。スザクの腹の底でじわりと黒いものが広がった。それがルルーシュの人気に対する嫉妬なのか、はたまた微妙に親友から相手にされていない不服からくるものなのかわからないまま、スザクは生徒会室を後にしたのだった。
 そこまではいい。問題はその後だ。じゃんけん大会で勝ち残った者が一日ルルーシュを好きに出来る権利などというものを貰えると当日になってから知らされ、スザクは血相を変えて男女入り乱れる長蛇の列を割ってルルーシュをさらってきたのだった。
 所、クラブハウスのルルーシュの部屋。俵抱きに拉致されてきたルルーシュは当然ながら不機嫌だった。
「どうしてくれるんだ? 明日からお前、学校に行けないぞ」
 ベッドに下ろされたルルーシュが悠然と足を組みながらのたまう。
 それはそうだろうとスザクは思った。
「体育着にらくがきされるだろうし、ロッカーには不幸の手紙や呪いの手紙、果ては挑戦状から沢山の画鋲、刃物に至るまで舞い込むことになるだろうな」
 深々と溜息をつきながらルルーシュの隣にスザクが腰かける。なにせルルーシュの人気は絶大で、怒号や悲鳴が後をたたなかったのだ。結婚式に新郎から花嫁を奪い去る男のような真似をして、白い目で見られずに済む筈がない。だが、反省はすれども軽率な行動だったと後悔してはいなかった。混雑対応に追われるさなか、スザクは思い知ったからだ。普段ルルーシュと接する機会のない女子や男子たちが、どれほどの期待やあるいは劣情をルルーシュに抱いているのかを。恋人繋ぎを所望する者、腕を絡めて密着する者、頬にキスを送ろうとする者、さまざまだ。見ているうちにスザクの胸の内にある黒いものはますます大きく広がっていった。ルルーシュが自身を切り売りしているかのようでやるせなくなってきたのだ。ここに来て、スザクはルルーシュの人気に嫉妬しているのでも相手にされていないから不服に思っていたのでもなく、ルルーシュが他の誰かに愛想よく振る舞うのが単純に許せないのだと気付いたのだった。
「まあ、僕のことは横に置いておいて……君こそどうするつもりだったんだ? 一日好きに出来る権利なんてものが男の手に渡っていたら。僕がさらってこなかったら、君は今頃餌食になってた」
「餌食って何だよ。別に倫理道徳に反したことを要求してくるとは限らないだろう」
「倫理道徳すれすれのことなら受け入れてやるつもりだったのか? そんなの、君が許しても僕が許さない」
 ルルタンハアハアなどと書かれたプレートを持った怪しげな連中もいたのだ。そのプレートだけでも許せないのに、何かいかがわしいことをされてからでは遅い。
「君の体力のなさを逆手にとって、不埒な行為に及ばないとは言い切れないだろう? まったく、気前が良いんだか無防備なんだか」
 スザクとて、怒るルルーシュを無理やり拉致してきたのだから怪しい男達と同等なのだが、自分はよくても他人は駄目という俺ルールに則りそこに関しては都合よくスルーを決め込んでいた。ルルーシュも強硬策に訴える時のスザクの頑固さについて熟知しているため、とりたてて怒り続ける気にはならない。
「プレゼント、要らないって言ってたよね? ちゃんと用意してたものがあったんだけど、生徒会室に置いてきちゃった」
「良かったな、生徒会室で。もしロッカーだったら……」
「ああ、やられてた」
 一応、ルルーシュとしてはスザクの身に何かあるとは思えないなりに庇ってやろうとは思っている。陰湿な嫌がらせはしないようにと一言言えば、ルルーシュに忠実な者ならば従うだろう。
「さて、パーティーも御破算になったことだし、続きといくか」
「えっ?」
 ルルーシュファンクラブの面々からどんな嫌がらせを受けるか戦々恐々としていたスザクは、続きというルルーシュの言葉で我に返った。
「続きって?」
「だから、この俺をプレゼントしてやるんだよ、お前に」
「僕!?」
 強引に掻っ攫ってきたはいいものの、後のことなどスザクは考えていない。素っ頓狂な声を上げ、立ち上がったルルーシュが誇らしげにリボンを親指で指すさまを仰ぐ。
「ルルーシュにしてもらいたいことなんて――僕にはないよ。学園でも散々世話になってるし、夕食に招いてもらったりもしてる」
「それは、プレゼントされると困るという意味か?」
「困るっていうか……一体どうすればいいのか……」
 命令し慣れているのはルルーシュの方である。無論、スザクには内緒だが。
「ナナリーにとっても俺にとっても、一番身近な存在なのはお前だからな。よく考えてみれば、お前を差し置いて他の誰かに俺自身をプレゼントするというのは早計だったかもしれない」
 渋るスザクを急き立てるようにルルーシュが「ほら」と促せば、スザクは「じゃあ」と言いながら立ち上がり、ルルーシュの首に巻かれたリボンをするすると解いて自分の首に巻き付けた。
「そもそも今日は君の誕生日だろ? 立場が逆だよ、ルルーシュ。僕が君のプレゼントになるから、何でも言ってみてよ」
「本気か……?」
 軍をやめろ、ナナリーの騎士になれ、黒の騎士団に協力しろ。スザクに言いたいことなら山ほどある。でも、ルルーシュはどれも口にすることが出来なかった。今のところ叶わない夢ばかりだからだ。
「君がギャンブルをやめる、危ないことには手を出さない。そのくらいかな、僕が君に望むのは」
 どうせ言ったって聞かないつもりだろ? とスザクが軽くルルーシュを睨む。いざとなったら力づくでも止めに掛かるつもりでいるものの、貴族への憂さ晴らしと小遣い稼ぎを兼ねているルルーシュにギャンブルをやめさせるのは至難の業だとスザクも分かっていた。
 ルルーシュは顎に手を当ててふむと頷き、
「案外ないものだな、互いに望むことって」
 内心を押し隠して呟いた。スザクが「だろ?」と小首を傾げる。そして、さらっと爆弾発言を口にした。
「僕らがもし恋人同士だったら、望むことが他にもあったかもしれない」
「なっ――!?」
 動揺し、仰け反るルルーシュに「冗談だよ、冗談」とスザクが悪戯っぽく微笑む。
「キスをしろ、とかデートに連れていけ、とか」
「……な、なるほど? でもいいのか、俺が恋人で?」
 スザクはふと真顔になり、二人きりで密談する時特有の意思の通じ合った瞳で「ルルーシュは?」と密やかに尋ねた。
「質問に質問で返すのか?」
 部屋の密度が心なしか増した気がする。ルルーシュが平静を装って尋ねれば、スザクは躊躇し「さっきの話、まだ有効?」とおそるおそる切り出した。
「僕がプレゼントになるなら、僕が君のものになる。君がプレゼントになるなら、僕が君を全部貰う。たった一日だけじゃないよ? ずっとだ」
「お前……?」
 スザクが僅かに視線を落とし、「冗談なんて言って、ほんとにムシがいいよな」と苦く笑う。
「もちろん、僕らは親友だ。でも、思い知ったんだよ、ついさっき。君がたった一日だけでも他の誰かの手に渡るんだと思った瞬間、どうしても許せなくなった。切欠がこれで申し訳ないけど、気付いちゃったんだ。君が他の人のものになるのは嫌だって。それってつまり、そういうことだろ?」
 何やらおかしな方向に話が転がっている。ルルーシュは急激に、心臓の動悸が高まってゆくのを感じていた。このスザクを手に入れることが出来るかもしれない。そう考えるだけでどうあっても欲しいと全神経、全細胞が叫び始める。
「後悔――しないのか?」
「したとしても構わない。君は?」
「さあな、まだ恋人同士になった訳じゃないからな」
「じゃあ、命令してルルーシュ。今は僕が君のプレゼントだ」
 まだ引き返せるところに二人はいる。しかし、後戻り出来ない深みに嵌まり込むと解っていながら、ルルーシュは決して引き下がろうとは思わなかった。
 勇気を振り絞り、スザクの頬に掌を滑らせる。
「男同士だぞ、俺たち」
「解ってる」
「お前は何をして欲しいんだ?」
「ルルーシュが何をしたいのか、だよ」
「言わせるつもりか」
「まずは誓いのキスかな」
「キッ――!」
「君に限って出来ないとか?」
「ま、まさか! だったら――、お、俺にキスしてみせろ……スザク」
 スザクが「さすがルルーシュ」と男前に、でもどもりながら告げた言葉に満面の笑みを零す。ルルーシュと額を合わせて「いくよ?」と言い置き、ゆっくりと唇を重ねた。
「……っ!」
 ルルーシュがぎゅっと目を瞑り、固く身構える。その顔はほんのりと上気し、未知の感覚へと踏み出す不安を色濃く残していた。ややあって、少しかさついた唇の感触。違和感はなく、元あったものがしっくりとあるべき場所に収まった、そんな感じがした。最初は幾度か啄むように、そして徐々に深く。甘く熟れた果実を食むようにしてスザクはルルーシュの口腔内を舐った。……ルルーシュは断じて、こんな大人っぽいキスは知らない。
 ほうっと漏れ出た溜息がルルーシュの唇をあえかに震わせる。薄く瞼を開くと、スザクが睫毛の色さえ視認出来そうなくらい間近で淡い笑みを浮かべていた。
 ルルーシュが攫われた後の学園はどうなってしまったのだろう。遠くから主賓のいないパーティーのざわめきが聞こえてくるようだ。
 夜の帳が降りる頃、二人は親友から恋人にクラスチェンジした。もしこれが明日醒める夢だったとしても、ルルーシュは確かに幸せだった。





まさかの公式様とネタかぶり(リボンルルーシュ)したので開き直って書いてみました。
公式様では自分の誕生日をお約束といわんばかりに忘れているルルーシュでしたが、自分の誕生日バッチリ覚えてて全世界に祝ってもらいたがるルルーシュで書き進めてしまったのでそのままアップしますw
どちらにせよルルーシュが可愛いならそれでいい的な。スザクが最初からそのつもり感出しまくりですみません。
ハッピーバースデールルーシュ! 今年は明るく祝えて良かった!

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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