オセロ 第8話(スザルル)



(別に『言えない』とは言ってないが……交換条件だと!?)
 地雷どころの話ではない。スザクが持ちかけてきたのは明らかな取引だった。純粋だとばかり思っていたスザクの意外な策士ぶりに、ルルーシュは今度こそ解り易く固まった。
(お前……! それは天然なのか!?)
 只の白昼夢だと信じて疑わなかった昼間の悪夢がリプレイされていく。全て無意識でやっている事であって恐らく計算では無いのだろうが、何の悪意も無く只の思い付きであっさり条件を突き付けて来る辺りが末恐ろしい。
(目的の為に手段を選ばない様な奴だとは思わないが、こうも強引とは……)
 正直に話すか否か決めかねたルルーシュは、どぎまぎしながらスザクの肩にかかるよう布団をそっと引き上げた。
「ほら、ちゃんと布団かけないと風邪ひくぞ? もういいだろ。明日も早いんだ。そろそろ寝るぞ、スザク」
 両眉を八の字に下げ、ぎこちない笑みを浮かべる。
 何とかはぐらかしたい一心で布団の上からポンポンと肩を叩いてやれば、布団の裾を握るもう片方の手に向けられたスザクの胡乱な目が、再びルルーシュの両目をピタリと捉えた。
「まさかそれ、はぐらかしてる訳じゃないよね? ルルーシュ」
「………ッ! べ、別に、そういう訳では……」
 目敏く見抜いてくるスザクの鋭い指摘に、ルルーシュはへどもどと言い返した。凝視してくるスザクの眼差しには一点の曇りも無く、見れば見る程どこまでも真っ直ぐだ。とりあえず、この件に関して譲歩する気など皆無だという意思だけはハッキリと見て取れる。
(一体何の冗談だ! これは!!)
 布団の中しか逃げ場が無いなら、この際潜り込んでしまってもいい。とにかくスザクの視線から逃げたかった。
「嫌なの?」
「だか、だから、そうじゃなく! これは別に、お前の話を聞くのが嫌とかそういう意味じゃなくてだな……だからっ……その……!」
 一度話そうと思ったならそのまま話せばいいものを、何故一々交換条件など出してくるのか。
 既にカミカミなルルーシュが往生際悪く言い訳しようと言葉を紡ぎかけた瞬間、何かに気付いたようにスザクのくっきりした二重が大きく見開かれた。
「もしかして……」
「え?」
「ルルーシュも見た?」
「は?」
「だから、僕の夢」
「――――」
 その、異様なまでの勘の良さは何なのか。
 小動物に譬えれば子リスのように愛らしい作りをしたスザクの顔を唖然としながら見てみれば、息のかかりそうな至近距離から、細かな表情の変化も見逃すまいとばかりに一対の深緑が射抜いて来る。
(ここで見ていないと言うのは簡単だ! だが……!)
 これ以上シラを切り続ける事に、果たして意味があるのだろうか。あれだけ解りやすく拒絶したにも関わらず、全く臆せず、一度ならず二度までも突っ込んできたスザク相手に。
(それに、例え形はどうあれ、これはスザクの壁をブチ破るチャンスだ)
 夢にスザクが出てきたのは事実だが、どこまで話すかはあくまでも自由の筈だ。では、話してはまずい箇所だけ抜いて話せば嘘にならないのではないか。
 脳内でしつこく姦計を巡らせるルルーシュに気付いているのかいないのか、はにかんだ笑みを浮かべたスザクは話し続ける。
「あれ、違うかな……でも、まさかね? そんな夢見ちゃったのも、今日ここに来る約束してたからなのかなーなんて、思ったりしたんだけど」
「…………」
「ルルーシュ……?」
 無邪気ともいえるスザクの眼差しに屈し、とうとう目を逸らしてしまった。
(限界だ!!)
 出来れば誤魔化し切りたいが、そろそろ耐え切れない。必要とあればどうでもいい嘘の一つや二つくらい幾らでも並べられるのに、自分も話すからと直球で訴えられれば無碍には出来なかった。
「な、何だ……」
「どうして目、逸らすの?」
 逸らした視線を追うように、スザクがコトンと首を傾けて顔を覗き込んでくる。いっその事「こっち見るな!」と叫びたかったが、そもそも向かい合っている時点でそんな台詞を吐くのも変だ。
(それに、こいつが自分に関する打ち明け話をしてくる事自体珍しい)
 ルルーシュは悔しげに歯噛みした。実はも何も、本音を言えば聞きたいのだ。すごく。
 スザクに対する承認欲求が思った以上に高かった事に、ルルーシュは自分でも驚いた。下手に踏み込んでしまえば、もう二度と戻ってきてくれなくなるのではないか。何故かそんな恐れめいたものをずっと感じていた気がする。
「ルルーシュって、こういう時、嘘つくのヘタだよね」
 クスッと笑ったスザクが、悪戯っぽく目を細めた。
「はぁっ!?」
「……見たんだ?」
「だから、何がだ」
「うん。だからね? 君は急な事態に弱いって事。――見たんでしょ? ルルーシュも」
「……………」
 黙り込んだルルーシュをじっと見つめるスザクの口角が、我が意を得たりとばかりにゆっくり上がっていく。

「顔に出ちゃってる」
「――――ッ!!」

 えへ。と笑うスザクの顔が、果てしなくぬるい。
(えへ、じゃないだろ……!!)
 お前はもっと純粋な男だったんじゃなかったのか、その笑顔は何だ、等、あげつらえば数限り無く疑問が湧いて出る――が、万事休すだ。ここまで気付かれてしまったのであれば、もう観念せざるを得なかった。
 肩を竦めたスザクが、焦るルルーシュを往なす様に、今度はふわりと柔らかく笑う。
「隠すなんて水臭いな。それこそ言ってくれれば、僕だってもっと早く言い出せたかもしれないのに。……で、どんな夢?」
「なっ……!」
 二の句を継げないとはこの事だ。常に何か心に仕舞い込んだまま一線引くように接しているのは、こちらからしてみればスザクの方なのに。
 聞き様によっては酷く勝手に思えるスザクの主張に、ルルーシュは困惑も露なまま続く言葉を失った。
「聞かせてよ。僕も言うから。それとも、まだ内緒?」
「おい! 調子に乗りすぎだぞスザク!」
「ええ? だったら僕も内緒にするよ? それでもいいの?」
 予想が当たったと確信したらしいスザクはとことん強気だったが、さすがにこれはポーズだと気付く。平たい目をしたまま大袈裟に驚いて見せる仕草が逆に白々しい。
「お前……汚いぞ!」
「でも、気になる。……でしょ?」
 低姿勢だった筈が、どんどん押しが強くなる。まるで好奇心の塊だ。
「でしょ? じゃない!」
 控えめに怒鳴るルルーシュに構わず、スザクは「もしかしてシンクロしちゃってるのかなぁ?」などと、どこか見当違いな呟きを漏らしながら頻りに首を捻っていた。ゴーイングマイウェイなその姿が、どことなくやんちゃだった悪ガキ時代のスザクにダブって見える。
「だったら、お前が先に言え!」
 やっとの思いで切り出してみると、スザクはピクッと眉を上げてこちらを見た。
「え、僕?」
「俺のは大した夢じゃない。だから、お前が先に言え」
 あれだけ派手な反応だったのだ。さぞかしとんでもない夢に違いない。
 外れて欲しい予想ばかりよく当たる。そんな悪いジンクスが外れてくれればの話だが。
(この際だ。こうなったらとことん吐いてもらうぞスザク!)
 先に突っ込んできたのはスザクの方だ。洗いざらい話させてしまっても罰は当たるまい。
「あ、夢に僕が出てきたって事は否定しないんだ?」
 目をらんらんと輝かせ、早速と言わんばかりに身を乗り出しながら訊いて来るスザクに、元々丈夫ではない神経の糸がプチンと音を立てて切れそうになる。
「解ってるなら聞くんじゃない! 俺で遊ぶな!!」
 想像するのも腹立たしいが、肉食獣に弄ばれる獲物の気分だ。これ以上好き放題に振舞われては敵わない。男としての意地と沽券に関わるどころか、もっと悪くすればアイデンティティ崩壊の危機だ。
「ごめんごめん。怒らないでよ。話すから」
 ぎりっと眉根を寄せて思い切り睨んでみたものの、スザクは然して悪びれた風も無くカラカラと笑っている。
「反省してないなら謝るな」
「いたっ!」
 苛立ち紛れに、目の前でひらひら振っていた手をパシンと叩き落としてやると、最初から避ける気など無かったらしいスザクが大袈裟に痛がってみせる。
「ルルーシュってさ、そういうトコ、なんか猫みたいだよね」
 いてて……と呟きながら数回振った手を頭の下に仕舞ったスザクは、自分が怒られているにも関わらずどこか嬉しそうだ。
「うるさい! 俺に向かって同意を求めるな」
「うん。実は、小さい頃からたまにそう思ってた」
「そんな事は聞いてない! 無駄口を叩く暇があったらさっさと話せ!」
 にこにこしながら話すスザクの台詞は、あさっての方向から飛んでくる変化球さながらだ。
(人の話を聞け!!)
 歯噛みしながら強く思う。まるで消える魔球だ。意味を正しく認識出来るまで、若干タイムラグが出る辺りが特に。
(こいつと話していると調子が狂うな……)
 天然だと解ってはいたが、ここまで酷かっただろうか。つくづく一筋縄ではいかない性格をしていると思うが、その点に関してはあまり人の事を言えた義理ではないと自覚しているので一応黙っておく。
「あのね、ルルーシュ。引かないで聞いて欲しいんだけど」
「既に引いているが。……何だ?」
「僕、もしかしたら、Sかも知れない」
「…………………は?」
 たっぷりとした沈黙の後、あまりにも唐突なスザクの台詞に、ルルーシュは又も固まった。
 ――全く、意味が解らない。
「エ、ス?」
 こわごわと隣を見遣ると、スザクは尤もらしく……というよりは、昼間見た時の様に深刻そのものな面持ちでこくりと頷いた。
「うん。S」
 Sというのは、あれだろうか。性格の傾向を示す言葉として用いられる事のある……。
「一応確認しておくが、それは、ServiceのSか?」
「違うよ」
「では、SlaveのSという意味か? まさかとは思うが」
 一応、元の意味的には逆だった筈だ。
「ちょっと違うかな」
「……ちょっと、とは?」
「だから、その逆だよ。よく言われてる方の……つまり、性癖の方のS」
「せ………」
 ルルーシュは驚愕し、絶句した。
 さすがに、その意味が解らない程愚かではないし、世情にも疎くはない。だが、度肝を抜かれるというのは、こういう時に使う言葉だろうか。
「そう、多分性癖。しかもね、相手は君だったんだ」
「!!?」
 一気にぶちまけるように、早口で間を置く事無く補足してきたスザクに、思わずがばりと飛び起きたルルーシュは今度こそズザッ!と距離を置いた。
「お、お前……!!」
「うん、ごめん」
「ごめんじゃないだろ!!」
「やっぱり言わない方が良かったかな」
「そういう問題じゃない! どうなってるんだお前の頭は!? もしかしてお前、どこか病んでるのか!?」
「そうかもしれない」
「かも知れないって事あるか! 一体どんな夢だそれは!?」
 頭の螺子が飛んでしまったようなスザクの爆弾発言に、言ってしまってから「しまった」と思ったが、時既に遅しという感だ。
 ゆっくりと起き上がってきたスザクの目は据わっており、薄暗い部屋の中でむくりと起こされた上半身が、ベッドの端で呆然と佇むルルーシュの顔にゆらりと影を落とす。
 底の知れない無表情でこちらを見たスザクは、恨めしげな目付きでちらりとルルーシュを一瞥してから視線を逸らし、ぼそぼそと喋りだした。
「ホントはね、出来れば今日は、別々に寝たかったんだ。君は気付いてくれなかったみたいだけど、さすがにちょっと、後ろめたかったから……」
 途切れ途切れなスザクの声が虚ろに響く。成り行きとはいえ、同衾を頑なに拒んでいたスザクの様子を思い出し、ルルーシュは今更ながらに納得した。
(そうか……それであんなに……!)
 慌てていたので気付かなかったが、言われてみれば確かに、たかが同じベッドで寝る事になった程度でああも挙動不審になるのはおかしいと言えばおかしかった。
「それでね……」
 不意に、すいとスザクの腕が伸びてきた。
「オイ……!? 何を……!」
 上半身を屈めたスザクが、体の両脇に手を付いて逃げ場無くホールドしてくる。淀みの無い静かな瞳で見下ろされ、力無く折り曲げたままの片膝がビクリと震えた。
「夢の中で、君、どうなってたと思う?」
「どうって……」
 台本に書かれた台詞を棒読みする様な声音で話される度に、瞼の辺りに吐息が掛かってくすぐったい。
 そんな事、尋ねられた所で知る由も無い。瞼に残る吐息の感触を散らす為に、ルルーシュは当惑しながらぱしぱしと瞬きを繰り返した。
「まあ……それは、解る訳無いよね」
 質問に戸惑うばかりのルルーシュを見下ろしながら、膝を付いたスザクは自嘲する様にふっと笑っている。
(何がおかしい?)
 寧ろおかしいのはスザクの方だ。こんなスザクは見た事が無い。言動についてもそうだが、目つきが普段のスザクと全然違ってしまっている。
 第二ボタンまで開かれた寝巻きの襟刳りから覗く鎖骨の下が、呼吸に合わせて静かに上下する様を見つめながら、ルルーシュは焦りにも似た正体不明の感覚に任せてスザクをねめつけた。
「当たり前の事を訊くな。それから、何なんだこれは?」
 悪ふざけにしても少々度が過ぎる。そう思いながら睨む眦に力を込めて見上げてみれば、スザクはその意味を図りかねるように首を傾げた。
「何って?」
「近過ぎるだろ。離れろよ」
 冷静を装いながら後ずさってみれば、遠ざかった距離の分だけスザクが迫ってくる。
「そんな事は無いよ。寝てた時の方が近かったし」
「そういう問題じゃない!」
 時間を考慮して潜めていたが、気付けば声を荒げていた。異様な体勢に不安を掻き立てられているのに、スザクはそんなルルーシュの姿を何の感慨も抱かなかった様な目付きで見下ろしている。
「……それより、さ。ルルーシュ」
「何だ!」
「僕の夢の中で君がどうなってたのか、聞く気はあるかい?」


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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