SOSとポーカーフェイス(スザルル)
クラブハウスの一角。テラスに置かれたテーブルに椅子が三脚。
白で統一されたその上にはティーセットが置かれ、馨しいアールグレイの芳香を辺りに漂わせている。
スザクは手渡されたオレンジ色の折り紙で鶴を折っているところだった。テーブルに散らばる幾つかの完成品。花びらの形に口を開いた小さな箱に、愛らしい兎。
スザクは懐かしい日本の遊びに目を細めた。向かいで熱心に何かを折っているナナリーを見て、よく手を切らないものだと感心する。薄い紙の縁を辿る少女らしい小さな手。白く細長い指の形が、ルルーシュに良く似ている。
と、そこで、喜色を示したナナリーが「出来ました!」と顔を上げた。
「お兄様」
少し離れた位置で読書中だったルルーシュが、ページをめくる手を止めて振り返る。何ページかだけちらりと確認してから、栞も挟まず本を閉じた。
「何を折っていたんだ? ナナリー」
椅子ごとテーブルの方に移動してきたルルーシュへと、ナナリーが折り終えたものを差し出す。
「船なんです。見て下さい。上手に折れていますか?」
「ああ、すごく上手だよ。ナナリーは器用だな」
「ふふ、お兄様ほどじゃありません」
これが帆か? と尋ねながら、ルルーシュが尖ったヨットの先に触れている。
褒められてはにかむナナリーの可憐さが眩しくて、妹に微笑みかけるルルーシュの優しさが甘やかで、口元に笑みを刻んだスザクはそこから目を離すことが出来ない。
どこからどう見ても幸福そのものの光景。このまま時が止まればいいと願ったスザクの目線は、けれど下へと落ちていく。
軍務に空きが出れば学校へ。休日はクラブハウスへ。それがスザクにとっての『当たり前』であり『日常』だった。特に約束などしていなくても、半ばルーティンワークと化した日々のサイクルに疑問一つ抱くこともなく。
それくらい、スザクがこの兄妹と時を共に過ごすことは『普通』のことだった。昔から。
とはいえ、スザクからルルーシュに「行きたい」と強請ったことは一度も無い。頃合を見計らって「行ってもいいか」と尋ねるだけだ。
彼の方から「今日うちに来られないか」と誘われることもある。しかしスザクにとって此処へと訪れることは、どちらにせよ自分のためだけではないように思われた。
言ってみれば、身に染み付いた習い性のようなものだろうか。――『気遣う』という意味での。
互いに声を掛け合うタイミングというのがまた、いつも上手い具合にスザクの軍務との兼ね合いがとれているのも口実を作る一因になっている。……三人が、三人のままでいるための。
折りかけの鶴へと目を落としながら、スザクは思った。
何故こうも綻んでいくのか。何故変わってしまうのだろうか。まるで掌から零れ落ちていく砂粒のように。
スザクの懐には、七年前に時を止めた父の形見の懐中時計が仕舞われている。この時計の針と同じように、スザクの時もまた止まっていた。今と昔が違っていることを痛烈に知っていながら、心だけが置き去りのまま。
ずっと眺めていたいうつくしさは、刹那のものであるからこその尊さか。それとも、最早過去か虚構の中だけにしか存在し得ない輝きだとでもいうのだろうか。……認めない。守る立場に自らを置くと決めた以上、たとえ壊れかけの心であろうとも。
けれど、守ると決めた端から「理不尽だ」と叫ぶ声がする。己の内側から。
――何故だ。何故こうなった。あんなことをするつもりじゃなかった。してはいけなかった。でも俺はああするしかなかったんだ。ああしなければならなかったんだ。大変なことをしてしまった。今も沢山死んでいるんだ。今この瞬間にも誰かが死に続けているんだ。
沢山、大勢、殺してしまった。……俺のせいで。
知って欲しい。気付いて欲しい。出来れば今すぐにでも打ち明けたい。
ああ誰か。
助けて。ルルーシュ。
言いたい。でも言いたくない。言ってはいけない。言えば責めになる。お前のせいだと詰ってしまう。
――お前さえいなければ。
あの時、お前に頼まれたりさえしなければ、俺は――。
……こうやって、全ての罪をルルーシュ一人に負わせたがる醜い自分を殺しながら生きてきた。七年間、ずっと。
孤独というのは、一人きりでいる時には感じない。集団ないしは近しい者の中にあってこそ初めて感じるものだ。
だからなのか、この幸福の中に居ても尚、スザクは孤独だった。……愛しているのに。こんなにも。
心の中で裏切っているからこそ、せめて行動だけは。そうでなければ、今この場に居てもいい資格などどこにも無いのではないか?
罪滅ぼしのために更なる罪滅ぼしを重ねていく自分を、スザクはいつだって愚かだと思っているけれど。
「……スザクさん?」
気遣わしげな声がして、スザクは慌てて「何?」と答えた。
「どうかしましたか?」
「ああうん、なんでもないよ」
人の心の機微に敏いナナリーに気付かれまいと、スザクは努めて明るく振舞う。ナナリーではなく何故かルルーシュに向かって答えてしまったのは、彼が探るような眼差しをこちらに向けていたからだ。
――お前、何かあったのか?
ルルーシュは、そういう目でスザクを見ていた。
(何かあったとしたら、君はどうするの?)
一瞬だけ自分とルルーシュを比べようとしてから、スザクはすぐにやめる。
本当は、もう会わない方がいい。これ以上関わらない方がいい。でも、今更そうすることも出来ない。
身動き取れない現状の中、いつか破綻へと向かっていく予感だけをずっと感じている。……それも、そう遠くない未来に。
果たしてその時が訪れるまでに、自分は上手く死ぬことが出来るのだろうか。
この危惧が決して只の予感では済まないことに、スザクは気付いている。心の奥底をルルーシュに知られたが最後、今在る幸福は消えてしまう。同時に、万一スザクがルルーシュと心を共有し合うよう努めたとしても、やはりこの関係は終わってしまうのだ。
……それでも、スザクは未だに現状から目を逸らし続けていた。彼らが無事で生きていたと知ることが出来たのはこの上ない僥倖だったけれど、本当はこうして再会なんかしなければ良かったのかもしれない。
運命の皮肉を呪うとは、きっとこういうことを言うのだろう。
ルルーシュはどう感じているのだろうか。訊きたくても訊けないことでスザクの頭は常に一杯だった。
だからこそこうして隙間を埋め合うように、人目を忍んで肌を合わせることを選んだのだとしたら――。
(僕が『軍人は死ぬものだ』と思っていることを、もし君が知ったら)
スザクには解る。距離が近すぎるからこそ、解りすぎるくらいに解ってしまう。ルルーシュの行動も、その思考パターンについても全て。
もしもスザクが心の底で『贖罪のための死』を求めていることをルルーシュが知ったら、一も二も無く「軍など辞めろ」と言い張るだろう。
それどころか、もしかすると、力尽くで辞めさせようとすることさえあるかもしれない。
スザクの意思を無視することで自分が嫌われようとも構わない。何度断られようと絶対に説得し続けて、最後には必ず頷かせてみせると意気込んで――それが『管理』になってしまうことにも気付かずに。
真相を知らされれば彼は深く傷付き、どこまでも重く受け止め、一生をスザクに捧げるのかもしれない。
当然、二人の関係は変わってしまう。それも大きく。
けれどもルルーシュの場合、決してそれだけでは終わらない。おそらく自分が道を踏み外させた責任を取るという名目で、やはりスザクに干渉しようとするだろう。
スザクに罪を背負わせたのならば、償うに相応しい道を示すのが自分の罰。ルルーシュなら間違いなくそう考える。……どこまでも優しく、独善的な判断の下に。
だから駄目なのだ。ルルーシュには言えない。絶対に。
ルルーシュは、他人と自分とを同化させたい欲求が強い。
依存と支配は紙一重。過保護や過干渉はその第一歩でしかない。――これは、幼い頃から彼を見続けてきたスザクだからこそ言えることだった。
最初から何一つ打ち明けられなくても、打ち明けた上で拒否されたとしても、どのみちルルーシュは深く傷付く。
本当は、既に傷付いている。スザクが距離を取り続けようとすることに対して、「何も打ち明けてもらえない自分には友としての価値も無いのか」と。
違うのに。そうじゃないのに。
そんな反応、求めていない。ルルーシュに出来ることなど、本当は何一つ無いのだから。
彼は、ただ見ていてさえくれればそれでいい。お前なら大丈夫だと太鼓判を押して、朗らかに笑い飛ばして……どんと大きく構えていて欲しい。
いつ帰ってきてもいいように。
そして、もう二度と帰って来なくても、平気で生きていけるように――。
スザクがルルーシュに対して望むことはそれだけだ。……でも、ルルーシュには出来ない。彼だからこそ。
理由は、彼が誰あろう、ルルーシュだからだ。
道を誤ったからこそ、スザクはこうした道しか歩めない。でも、ルルーシュはそんな事実をきっと認めないし、受け入れることも無いだろう。
「ナナリー」
呼びかけてナナリーの手を取ったスザクは、折り終えた鶴を「はい」と掌に乗せてから立ち上がった。
うん、と伸びをしてから一言、
「まだちょっと時間早いけど、今日は僕、これで失礼するよ」
「あら、もう? 何か用事でもあるんですか?……もしかして、お仕事?」
「うん。午後からちょっと軍の方に戻らなきゃいけないから」
ナナリーが残念そうに見上げてくる。閉ざされた瞼に向かってスザクは笑いかけた。
胸の痛みで顔が曇りそうだ。シュミュレーターでの数値テスト。――本当は、どうしても今日こなさなければならない用事ではない。
ふと視線を感じて、スザクは笑顔を作ったままルルーシュを見た。
「気をつけて行ってこいよ」
ほぼ完璧なタイミングで告げられる。動揺は微塵も無い。
「技術部だもの、大丈夫だよ」
肩を竦めながらスザクが返すと、ルルーシュは一抹の寂しささえ滲むことのない――これもまた完璧なさりげなさで目元を緩めて空のカップへと手を伸ばした。
「ナナリー。お茶、新しいの入れてくるよ」
「はい。有難うございます、お兄様」
「じゃあスザク、明日また学校でな」
「うん、また明日」
スザクがにこりと笑い終えるところまで、ルルーシュはきちんと目を合わせてくる。わざとらしく愛想を振りまくでもなく、かといって、あてつけめいた刺々しさなど微塵も感じない。カップやソーサー、ポットやミルクピッチャーまでもをトレイに乗せ終える仕草に至るまで、何もかもが終始一貫してごく自然だった。
振る舞いは勿論のこと、端正なその顔に浮かべている穏やかな表情でさえも。
頬の横で揺れる黒髪。紫水晶のように煌く透明な眼差し。――綺麗だ、と素直に思う。
所作に一切乱れを見せぬまま、ルルーシュはスザクに背を向けた。わざと『戻る』と言ったのに、いっそこちらの気が抜けてしまうほどの素っ気無さ。……それだけが、スザクの胸に少し刺さった。
――俺は、お前のやろうとしていることに、文句なんか言わないよ。
それがお前の意思ならば、興味も過剰な執着も、全て消してみせよう。
お前が少しでも楽になれるのなら、俺に何をしようと構わない。
だから、お前がそんな意地悪言う必要なんか、もうどこにもないんだ。
行っていいよ。どこにでも。
俺は今までもこれからも、ずっとお前のことが好きだから。
たとえば、そんな献身。
牽制を口にした自分の方が、卑小に思えてしまうほどの。
キッチンへと向かう足取りですら淀みなく、優雅。
ただ彼は、まっすぐに背筋を伸ばして――。
(演技、上手いなぁ)
負け惜しみだと解っている。
だから、ルルーシュの姿が視界から完全に消えてしまうまで、スザクは彼の背中をずっと目で追っていた。
『完璧なものほど読みやすい』
いつだったか、そんなことを口にしていたのは誰だっただろうと思いながら。
+++++++++
SOSとポーカーフェイス と、『優しい嘘』
白で統一されたその上にはティーセットが置かれ、馨しいアールグレイの芳香を辺りに漂わせている。
スザクは手渡されたオレンジ色の折り紙で鶴を折っているところだった。テーブルに散らばる幾つかの完成品。花びらの形に口を開いた小さな箱に、愛らしい兎。
スザクは懐かしい日本の遊びに目を細めた。向かいで熱心に何かを折っているナナリーを見て、よく手を切らないものだと感心する。薄い紙の縁を辿る少女らしい小さな手。白く細長い指の形が、ルルーシュに良く似ている。
と、そこで、喜色を示したナナリーが「出来ました!」と顔を上げた。
「お兄様」
少し離れた位置で読書中だったルルーシュが、ページをめくる手を止めて振り返る。何ページかだけちらりと確認してから、栞も挟まず本を閉じた。
「何を折っていたんだ? ナナリー」
椅子ごとテーブルの方に移動してきたルルーシュへと、ナナリーが折り終えたものを差し出す。
「船なんです。見て下さい。上手に折れていますか?」
「ああ、すごく上手だよ。ナナリーは器用だな」
「ふふ、お兄様ほどじゃありません」
これが帆か? と尋ねながら、ルルーシュが尖ったヨットの先に触れている。
褒められてはにかむナナリーの可憐さが眩しくて、妹に微笑みかけるルルーシュの優しさが甘やかで、口元に笑みを刻んだスザクはそこから目を離すことが出来ない。
どこからどう見ても幸福そのものの光景。このまま時が止まればいいと願ったスザクの目線は、けれど下へと落ちていく。
軍務に空きが出れば学校へ。休日はクラブハウスへ。それがスザクにとっての『当たり前』であり『日常』だった。特に約束などしていなくても、半ばルーティンワークと化した日々のサイクルに疑問一つ抱くこともなく。
それくらい、スザクがこの兄妹と時を共に過ごすことは『普通』のことだった。昔から。
とはいえ、スザクからルルーシュに「行きたい」と強請ったことは一度も無い。頃合を見計らって「行ってもいいか」と尋ねるだけだ。
彼の方から「今日うちに来られないか」と誘われることもある。しかしスザクにとって此処へと訪れることは、どちらにせよ自分のためだけではないように思われた。
言ってみれば、身に染み付いた習い性のようなものだろうか。――『気遣う』という意味での。
互いに声を掛け合うタイミングというのがまた、いつも上手い具合にスザクの軍務との兼ね合いがとれているのも口実を作る一因になっている。……三人が、三人のままでいるための。
折りかけの鶴へと目を落としながら、スザクは思った。
何故こうも綻んでいくのか。何故変わってしまうのだろうか。まるで掌から零れ落ちていく砂粒のように。
スザクの懐には、七年前に時を止めた父の形見の懐中時計が仕舞われている。この時計の針と同じように、スザクの時もまた止まっていた。今と昔が違っていることを痛烈に知っていながら、心だけが置き去りのまま。
ずっと眺めていたいうつくしさは、刹那のものであるからこその尊さか。それとも、最早過去か虚構の中だけにしか存在し得ない輝きだとでもいうのだろうか。……認めない。守る立場に自らを置くと決めた以上、たとえ壊れかけの心であろうとも。
けれど、守ると決めた端から「理不尽だ」と叫ぶ声がする。己の内側から。
――何故だ。何故こうなった。あんなことをするつもりじゃなかった。してはいけなかった。でも俺はああするしかなかったんだ。ああしなければならなかったんだ。大変なことをしてしまった。今も沢山死んでいるんだ。今この瞬間にも誰かが死に続けているんだ。
沢山、大勢、殺してしまった。……俺のせいで。
知って欲しい。気付いて欲しい。出来れば今すぐにでも打ち明けたい。
ああ誰か。
助けて。ルルーシュ。
言いたい。でも言いたくない。言ってはいけない。言えば責めになる。お前のせいだと詰ってしまう。
――お前さえいなければ。
あの時、お前に頼まれたりさえしなければ、俺は――。
……こうやって、全ての罪をルルーシュ一人に負わせたがる醜い自分を殺しながら生きてきた。七年間、ずっと。
孤独というのは、一人きりでいる時には感じない。集団ないしは近しい者の中にあってこそ初めて感じるものだ。
だからなのか、この幸福の中に居ても尚、スザクは孤独だった。……愛しているのに。こんなにも。
心の中で裏切っているからこそ、せめて行動だけは。そうでなければ、今この場に居てもいい資格などどこにも無いのではないか?
罪滅ぼしのために更なる罪滅ぼしを重ねていく自分を、スザクはいつだって愚かだと思っているけれど。
「……スザクさん?」
気遣わしげな声がして、スザクは慌てて「何?」と答えた。
「どうかしましたか?」
「ああうん、なんでもないよ」
人の心の機微に敏いナナリーに気付かれまいと、スザクは努めて明るく振舞う。ナナリーではなく何故かルルーシュに向かって答えてしまったのは、彼が探るような眼差しをこちらに向けていたからだ。
――お前、何かあったのか?
ルルーシュは、そういう目でスザクを見ていた。
(何かあったとしたら、君はどうするの?)
一瞬だけ自分とルルーシュを比べようとしてから、スザクはすぐにやめる。
本当は、もう会わない方がいい。これ以上関わらない方がいい。でも、今更そうすることも出来ない。
身動き取れない現状の中、いつか破綻へと向かっていく予感だけをずっと感じている。……それも、そう遠くない未来に。
果たしてその時が訪れるまでに、自分は上手く死ぬことが出来るのだろうか。
この危惧が決して只の予感では済まないことに、スザクは気付いている。心の奥底をルルーシュに知られたが最後、今在る幸福は消えてしまう。同時に、万一スザクがルルーシュと心を共有し合うよう努めたとしても、やはりこの関係は終わってしまうのだ。
……それでも、スザクは未だに現状から目を逸らし続けていた。彼らが無事で生きていたと知ることが出来たのはこの上ない僥倖だったけれど、本当はこうして再会なんかしなければ良かったのかもしれない。
運命の皮肉を呪うとは、きっとこういうことを言うのだろう。
ルルーシュはどう感じているのだろうか。訊きたくても訊けないことでスザクの頭は常に一杯だった。
だからこそこうして隙間を埋め合うように、人目を忍んで肌を合わせることを選んだのだとしたら――。
(僕が『軍人は死ぬものだ』と思っていることを、もし君が知ったら)
スザクには解る。距離が近すぎるからこそ、解りすぎるくらいに解ってしまう。ルルーシュの行動も、その思考パターンについても全て。
もしもスザクが心の底で『贖罪のための死』を求めていることをルルーシュが知ったら、一も二も無く「軍など辞めろ」と言い張るだろう。
それどころか、もしかすると、力尽くで辞めさせようとすることさえあるかもしれない。
スザクの意思を無視することで自分が嫌われようとも構わない。何度断られようと絶対に説得し続けて、最後には必ず頷かせてみせると意気込んで――それが『管理』になってしまうことにも気付かずに。
真相を知らされれば彼は深く傷付き、どこまでも重く受け止め、一生をスザクに捧げるのかもしれない。
当然、二人の関係は変わってしまう。それも大きく。
けれどもルルーシュの場合、決してそれだけでは終わらない。おそらく自分が道を踏み外させた責任を取るという名目で、やはりスザクに干渉しようとするだろう。
スザクに罪を背負わせたのならば、償うに相応しい道を示すのが自分の罰。ルルーシュなら間違いなくそう考える。……どこまでも優しく、独善的な判断の下に。
だから駄目なのだ。ルルーシュには言えない。絶対に。
ルルーシュは、他人と自分とを同化させたい欲求が強い。
依存と支配は紙一重。過保護や過干渉はその第一歩でしかない。――これは、幼い頃から彼を見続けてきたスザクだからこそ言えることだった。
最初から何一つ打ち明けられなくても、打ち明けた上で拒否されたとしても、どのみちルルーシュは深く傷付く。
本当は、既に傷付いている。スザクが距離を取り続けようとすることに対して、「何も打ち明けてもらえない自分には友としての価値も無いのか」と。
違うのに。そうじゃないのに。
そんな反応、求めていない。ルルーシュに出来ることなど、本当は何一つ無いのだから。
彼は、ただ見ていてさえくれればそれでいい。お前なら大丈夫だと太鼓判を押して、朗らかに笑い飛ばして……どんと大きく構えていて欲しい。
いつ帰ってきてもいいように。
そして、もう二度と帰って来なくても、平気で生きていけるように――。
スザクがルルーシュに対して望むことはそれだけだ。……でも、ルルーシュには出来ない。彼だからこそ。
理由は、彼が誰あろう、ルルーシュだからだ。
道を誤ったからこそ、スザクはこうした道しか歩めない。でも、ルルーシュはそんな事実をきっと認めないし、受け入れることも無いだろう。
「ナナリー」
呼びかけてナナリーの手を取ったスザクは、折り終えた鶴を「はい」と掌に乗せてから立ち上がった。
うん、と伸びをしてから一言、
「まだちょっと時間早いけど、今日は僕、これで失礼するよ」
「あら、もう? 何か用事でもあるんですか?……もしかして、お仕事?」
「うん。午後からちょっと軍の方に戻らなきゃいけないから」
ナナリーが残念そうに見上げてくる。閉ざされた瞼に向かってスザクは笑いかけた。
胸の痛みで顔が曇りそうだ。シュミュレーターでの数値テスト。――本当は、どうしても今日こなさなければならない用事ではない。
ふと視線を感じて、スザクは笑顔を作ったままルルーシュを見た。
「気をつけて行ってこいよ」
ほぼ完璧なタイミングで告げられる。動揺は微塵も無い。
「技術部だもの、大丈夫だよ」
肩を竦めながらスザクが返すと、ルルーシュは一抹の寂しささえ滲むことのない――これもまた完璧なさりげなさで目元を緩めて空のカップへと手を伸ばした。
「ナナリー。お茶、新しいの入れてくるよ」
「はい。有難うございます、お兄様」
「じゃあスザク、明日また学校でな」
「うん、また明日」
スザクがにこりと笑い終えるところまで、ルルーシュはきちんと目を合わせてくる。わざとらしく愛想を振りまくでもなく、かといって、あてつけめいた刺々しさなど微塵も感じない。カップやソーサー、ポットやミルクピッチャーまでもをトレイに乗せ終える仕草に至るまで、何もかもが終始一貫してごく自然だった。
振る舞いは勿論のこと、端正なその顔に浮かべている穏やかな表情でさえも。
頬の横で揺れる黒髪。紫水晶のように煌く透明な眼差し。――綺麗だ、と素直に思う。
所作に一切乱れを見せぬまま、ルルーシュはスザクに背を向けた。わざと『戻る』と言ったのに、いっそこちらの気が抜けてしまうほどの素っ気無さ。……それだけが、スザクの胸に少し刺さった。
――俺は、お前のやろうとしていることに、文句なんか言わないよ。
それがお前の意思ならば、興味も過剰な執着も、全て消してみせよう。
お前が少しでも楽になれるのなら、俺に何をしようと構わない。
だから、お前がそんな意地悪言う必要なんか、もうどこにもないんだ。
行っていいよ。どこにでも。
俺は今までもこれからも、ずっとお前のことが好きだから。
たとえば、そんな献身。
牽制を口にした自分の方が、卑小に思えてしまうほどの。
キッチンへと向かう足取りですら淀みなく、優雅。
ただ彼は、まっすぐに背筋を伸ばして――。
(演技、上手いなぁ)
負け惜しみだと解っている。
だから、ルルーシュの姿が視界から完全に消えてしまうまで、スザクは彼の背中をずっと目で追っていた。
『完璧なものほど読みやすい』
いつだったか、そんなことを口にしていたのは誰だっただろうと思いながら。
+++++++++
SOSとポーカーフェイス と、『優しい嘘』