◆ノンケスザクとガチルルちゃんR2/SAMPLE◆



「男が可愛いなんて言われて喜ぶ訳ないだろ」
 その台詞と共に、スザクは床に突っ伏す男の髪を引き上げた。軍の生活に不満がないとは言わないけれど、一番腹が立つのは何といってもコレだ。ブリタニアの差別など日常茶飯事、本当の敵は仲間である日本人の中にもいる。
 腹を押さえてうずくまっていた男を、スザクはもう一度蹴り飛ばした。見える所でやれば目立つから、陰でこっそり。こういう考え方がスザクは大嫌いだ。やらなければやられる、そういう価値観も本当は好きではない。でも――
(お前がそのつもりならこっちも容赦しない)
 昨日、同じ部隊に配属されたばかりの男は低い呻きを残し、ぼろきれのようにぐったりして動かなくなった。
 宿舎で同室になり、夜になってからスザクは伸し掛かられた。やたら愛想が良かったのはそういうことだったのか。そう納得するなり頭に血が上った。人の親切を逆手に取るなんてますます許せない。騒ぎにならないよう内々でことを収めるために、部屋の外に出て警備という名の見張り役に幾らか掴ませておく。本当は聞こえているのに、助けに来なかったんだからこの男も同罪だ。スザクが内心、『卑怯者め』と罵りながら紙幣を渡すと、守衛のブリタニア人はにやにやしながら受け取った紙幣を翳してみせた。
(僕の金じゃない、そこに転がっている変態の金だ)
 もともと同性愛者に偏見はなかったのに、軍に入ってからスザクは唾棄したくなるほど嫌になってしまった。自分もイレブンとして差別される側だから、同じように差別される辛さはよく解る。でも、少なくともスザクは生きていく上で誰かに迷惑をかけてはいないし、自分の暴力的な面を抑え込むために性格だって変えた。他人から見た時にどう映るのかまでは解らなくても、努力はしているつもりだ。
 『イレブンなんだから、ブリキどもにも掘られてるんだろう?』。そんなことを言うくらいなら、軍になんか入らなければ良かったのだ。風紀が乱れる、欲求不満ならそういう所に行けばいい。手近な僕で済ませようなんて考えを起こすからいけないんだ、とスザクはぎゅっと拳を握りしめた。
 こういう揉め事はよくあることで、幸い大きな問題にはならなかった。黙認がまかり通ってしまう社会、やっぱり間違っている。『内側から変えていくべきだ』という思いはますます強くなった。
 その変態は軽い処分で済み、今も同室でのうのうと生活している。『部屋を替えてくれ』というスザクの訴えは、当たり前のように退けられてしまった。全く、やっていられない。


 いつ行っても人っ子一人いないカウンター。夜になるとバーになるその店の片隅には、仕切り付きの卓が一席だけある。ルルーシュは『そこのランチが美味いんだ』と言い、今日は学校を抜け出していた。付いていくスザクもスザクだ。結局、二人揃って午後からの授業をエスケープすることになった。
「ノンケに手を出そうとするゲイなんて、全員滅べばいい」
 食後にそう切り出したスザクに対し、頬杖をついたルルーシュが悪意なく言い放つ。
「俺は解るけどな、そいつの気持ち」
「――は?」
 耳を疑いそうになった気持ちを解って欲しい。
「何が解るんだ?」
 殺気立ちながらスザクが尋ねると、ルルーシュは「だから」と言い置き、テーブル上のスザクの手を誘惑するように握った。
「お前みたいなイイ身体してる奴と同室なんだろう? 変な気を起こすのも無理はない」
 ガタッとスザクは椅子ごと退いた。ルルーシュが握ったままのスザクの手に力を込め、一人納得するように深々と頷く。
 誰だろうこれは? スザクがそう思ったのは一瞬で、キラリと光る猫みたいな目付きを見て「ルルーシュはあの変態の味方なんだ」と悟った。
 完全に引いた、ドン引きだ。
 顔面を引きつらせるスザクにふっと微笑み、ルルーシュは『困った奴だ』と口走りそうな顔付きでゆったりと足を組み直した。
(困った奴は君だし、困っているのは僕だ)
 余裕ぶった態度を見てスザクが確信する。
 獅子身中の虫。親友だと信じていたルルーシュもゲイだった。
「冗談きついよ」
「まあ同情はする」
 だったらやめろ、今すぐに。そう思ってスザクが握られた手を跳ね除けると、ルルーシュは途端にムッとした。
「なあスザク、俺も一回でいいんだ」
「なっ――?」
 向かいに座っていたのに止める間もなく、ルルーシュは隣に滑り込んでくる。普段とは違い、信じられないほどの素早さだ。拒まれるなんて思ってもいなさそうな態度。いきなり積極的になって椅子に座り、甘えるように身体をすり寄せてきたのでスザクはぎょっとした。人にベタベタくっ付かれるのは苦手なのだ。だいたい、『一回でいい』とはどういう意味なのか。
「ルルーシュ……」
 手を上げたりしないと解っているのだろう。スザクが突き飛ばすことも出来ずにいると、ルルーシュは上目遣いになってスザクの肩にそっと腕を乗せた。
「怒るぞ、ルルーシュ」
「もう怒ってるだろ」
「解ってるならやめろ」
 怒気もあらわに吐き捨てる。冗談でも笑えないシチュエーションだ。もともと、ねじれたプライドと性格の持ち主だとスザクは知っていたけれど、あくまでも問題があるのは性格だけだと思っていたのに。
 ルルーシュは聞き入れず、スザクは「最悪だ」と顔を歪めていた。普通の接触ならともかく、これは背筋がぞわぞわする。顔面は引きつったままだし、さっきより嫌悪感丸出しになっているかもしれない。ドン引きしているのが見て解らないのか、さっさと離れろよ、と心の内で吐き捨てる。
 ルルーシュはスザクの怒りなどお構いなしに、妖艶な微笑みを浮かべてスザクを見つめていた。優雅な手つきでドリンクのグラスを傾ける。
(自信がありすぎるのも困りものだ)
 耳元に吐息がかかるようにしているのは、もちろんわざとなのだろう。スザクとしては生ぬるいだけで全く興奮しない。
(悪趣味もここまでくると逆に冷めるよ)
 スザクは妙に冷静になった。目が据わっていくにつれて、腹も据わっていくのが自分でも解る。
 あいにく、ルルーシュの顔なら見慣れているし、こんなふうに迫ってこられても迷惑な上に気色悪いだけだ。あの男と同じように床に沈めてやろうか――一瞬、物騒な考えが浮かんだ。でも、訓練を受けている身で一般人に危害を加える訳にもいかず、『悪いな』と思いつつ言葉での応戦を試みた。
「言っておくけどルルーシュ、僕が好きなのは女だ」
「だから?」
「やっぱり胸がある方がいいよ。身体も男と違って柔らかくて気持ちいいし、髪だって長い方が綺麗だし。君の声じゃ、幾ら耳元で囁かれたって何とも思わない、低いからね。もっと言った方がいい?」
 ありったけの毒を込め、淡々と告げておく。ルルーシュはスザクの肩に置いた自分の腕に顎を乗せ、『この俺に向かっていい度胸だ』と言いたげな笑みを浮かべてうんうんと聞き流していた。その顔を直視し、ハッキリ宣言してやったのに――
(駄目だ、全然懲りてない)
 ここまで面の皮が分厚い奴だったのか? とスザクは首を傾げた。繊細な部分もあると思っていたのは幻想だったのか。
ともあれ、スザクの目測は甘かった。自信満々なルルーシュは面白そうに口端を吊り上げ、フンと不敵に笑う。
「気持ち悪いと思うのなんか最初のうちだけだ。残念だったな、俺が誘って落ちなかった奴など――いない」
 アウトな発言なのに、勝ち誇った笑みなのはどうしてだろう。
(今まで誰をどう誘ってきたんだ、何のために!)
 すかさず突っ込みたくなるのをスザクは我慢していた。溜められた語尾がなおのこと鬱陶しく思え、こめかみがピクピク痙攣する。ルルーシュにこういう態度をとられると、スザクは心底イラッとする。たとえ女装されていたって、男とヤるなんて絶対にお断りだ。
「俺にとって障害とは、乗り越えるためのものだ」
「人の性嗜好や常識まで乗り越えようとしなくていいよ。馬鹿じゃないのか?」
 すげなく切り返し、スザクもジュースを煽った。まさかすぎる展開で脳の芯から冷え切っていく。断られた方が却ってやる気を出すなんて、本当に今日のルルーシュはどうかしている。
「馬鹿、ね……」
 キレるかとスザクは思っていたが、ルルーシュは気取って肩をすくめた。
「お前の体力馬鹿な所は俺だって嫌いじゃない。お前も俺のことが本当に嫌なら、とっくに出て行ってる筈だろう?」
「好きだよ、友達としてなら」
「じゃあスザク、根比べといくか」
「……?」
 スザクが避けないのをいいことに、ルルーシュはスザクの膝の上に足を乗せた。フットマン代わりにするだけでなく、、振り落とされないようわざわざ絡めてこようとするからタチが悪い。
「やめろ!」
 荒っぽく膝を揺すって振り落す。ルルーシュは忌々しげに顔を歪め、チッと舌を打った。
「相変わらず乱暴な奴だな、お前は人に期待させるのが上手すぎるんだよ。解れこの天然」
 言いがかりに等しい物言いだ。無表情でスザクが睨みつけると、ルルーシュは一旦引っ込めた足をまた乗せてきて、「つれなくされればされるほど燃える」と尊大に嘯いた。
「僕は期待なんか――」
「逃げないのか?」
「逃げる?」
「お前を狙ってるんだぞ、俺は」
(そうか、僕は狙われてるのか)
 真顔になって考える。だから何なんだろう?
 ルルーシュに狙ってるなどと言われても、スザクとしては何の危機感も感じない。冗談のつもりなら最低だし、これ以上やらかすつもりなら首根っこ引っ掴んで連れて帰るだけだよ、と胸の内で呟く。
 ルルーシュはノーリアクションなスザクに著しく気分を害し、気位通りに高い鼻先を見てつい、と目を細めた。
(ムカつかせようとしてくる奴には無視が効くって本当なんだな)
 スザクが感心していると、ルルーシュは爪先でリズムを取りながらスザクの膝に乗せた足を遊ばせていた。
「重いよ」
「何?」
「足に決まってるだろ?」
「乗せ心地は悪くない」
「さっきから『どけろ』って言ってるのが聞こえないのか?」
「聞きたくないな」
 かなり険悪な雰囲気だ。ディスコミュニケーションの極みである。
(なんて我儘なんだ)
 漏れかけた溜息をスザクが押し殺す。怒りを通り越して呆れてきた。
(こんな奴だったか? と思ったけどこんな奴だったかもしれない。でも、今日のルルーシュはあいつに似ている)
 あの趣味の悪い仮面を被った謎の男、ゼロ。そのゼロと話している時の苛立ちに、限りなく近しいものをスザクは感じていた。自意識過剰な上から目線、そっくりだ。いつものルルーシュはもう少し雰囲気が柔らかい。同族を差別されたから、実は腹を立てているのだろうか。
「ルールを設けよう、お前の好きな」
「どういう意味?」
「俺の誘惑に勝てたら潔く諦めてやる」
 なんでそんなに偉そうなんだ、とスザクは溜息を漏らした。ルルーシュが「どうだ?」と尋ね、科(しな)を作る。そんな下らない勝負に乗ったところで、スザクにとっては得るものなど何もない。
 どうでもいいことで張り合っている自覚だけはある。でも、今日のルルーシュにだけは何となく負けたくなくて、スザクはつい「乗った」と口にしてしまった。
「交渉成立だな」
「しつこくされるよりいい」
 ますますどこぞの悪役っぽくルルーシュがニヤリとする。友達をそんな目で見たくはないけれど、スザクの目からすればアンチヒーローな悪役そのものだ。
 完全に調子に乗ったルルーシュがスザクの足にまたがり、抱きつくのと同じ体勢になった。そして、ずいっと顔を近付ける。
「何するんだ」
「目くらい閉じろ」
「だから、何をするつもりなのかって訊いてるんだ」
「黙って目を閉じていればいい……」
 質問の答えになっていない。そう言いかけたスザクの口は、ルルーシュの人差し指で塞がれた。ピタリと当ててきた細い指を自分の唇に持っていき、ルルーシュはうっとりした表情でスザクの口を見つめ、見せつけるようにして触れていた箇所に口付ける。うわっ、とスザクは目を細めた。
(間接キスだ)
 眩暈がする。SAN値がガリガリ削られる。
「思い通りになって満足そうだな」
「カミングアウトの機会を作ってくれて感謝する」
「神経疑うよ、君に相談した僕が間違ってた」
 スザクは本気で腹を立てていた。目の前にいるのはスザクの知っているルルーシュではない。友達だと思っていたのに、裏切られたようなものだ。もはや幻滅寸前だ。
(何これ)
 罵倒しているのに、ルルーシュはたまらないという面持ちでうっそりと微笑んでいた。ゾクッときた、そんな顔で。
「お前はかっこいいよな。本当は俺、一度でいいからお前みたいになってみたかったんだ」
 つう、と頬を撫でられ、スザクは白けた気分になった。性格だけSなドエムは厄介だ。打たれ強いだけなのに自分は強いと思い込んでいて、いつまで経っても勝てるつもりでいる。安易に他人を舐めてかかるくせに、やられてもやられても性懲りがない。
「なれないからって、その相手を自分のものにしようとするなよ」
 思い込みが激しいのは知ってたよ、と遠い眼差しになり、スザクが溜息をついているとルルーシュは不満げに鼻を鳴らした。
「目は閉じろって」
 クスクス笑い、頬に手を添えてくる。スーパー空気読めないのか単にナルシストなのか。どさくさ紛れにキスされそうになり、スザクは思いきり顔を背けた。
「これじゃ我慢大会だ」
「酷い言い草だな」
「プライドズタボロにされなきゃ解らないんだろ?」
「お前が怒ると興奮する」
「――変態だな」
 相当酷いことを言われているのに、ルルーシュは堪える気配がないどころか、露骨に背けたスザクの顎に鼻先をすり寄せようとする。
「ルルーシュ……」
 ここまで動じないなんて、とスザクは怯んだ。正直、予想外だ。猫に懐かれるならともかく、大の男にすり寄られるなんて拷問以外の何物でもない。堪えているとルルーシュは、スザクの制服の襟を開いて鎖骨に軽く歯を立てる。
舌先と唇の湿った感触。そろそろ本気で限界だ。
「ルルーシュ……!」
「ん?」
「もうやめだ!」
「根を上げるにしても早すぎないか?」
「無駄だよこんなの、君の色仕掛けが僕に通用するなんて思ってないだろ?」
 君の、の部分を強調すると、ルルーシュは急に飽きたのか「バレたか」と言い、やっと膝から降りた。自分の椅子に戻っていく姿を見てスザクが思う。
(男なんて抱っこするものじゃない、地味に重かった)
 ただ触りたかっただけなんだと気付き、それにもげんなりくる。椅子に座り直したルルーシュは、やりたい放題やらかしたことを詫びもせず、喉を鳴らして残ったドリンクを一気に飲み干した。
「これっきりだぞ、ルルーシュ」
 悪ふざけに付き合わされるのはこりごりだ。収まらない苛立ちをスザクがぶつけると、ルルーシュは静かにグラスを置いた。組んだ手の甲で顎先を持ち上げ、挑発的な笑みを浮かべる。
「戦略的撤退だ。次こそ振り向かせてやる、必ずな」
 いい加減にしろ、とスザクが怒鳴りつけたくなる台詞を残し、ルルーシュは席を立った。
「学校に戻らないと」
 うんざりしながらスザクが呟く。すると、振り返ってきたルルーシュはどことなく寂しげな目付きでスザクを睨んだ。
(甘えるな)
 とスザクも睨み返す。
(今頃しおらしくするなよ。こっちは見る目が変わりそうだ)


 虫も殺さぬ顔をして毒を吐く、スザクはそういう人間だった。空白の七年間を経て丸くなったように思えた性格も所詮は擬態、根本的には何一つ変わっていない。
 昔と同じく無条件で自分を受け入れてくれるとルルーシュは信じていたが、ゼロとしての誘いも頑として断られている。柔和なふりをした俺様のスザクは、これからも色んな人を勘違いさせ、その度に立ちかけていたフラグを片っ端からへし折っていくのだろう、再起不能なまでに。
「お前が好きだ、スザク。愛してる」
「駄目だよルルーシュ……」
「俺のものになれ」
「僕も愛してる。けど、君のものにはなれない」
 情感たっぷりの台詞、芝居がかった仕草。手を握り合う二人を囲んで教室内でどよめきが起こる。隣の席に座るルルーシュと、見つめ合ってヒューヒューと囃し立てられているスザク。そのうちに、伏せられていたスザクの目の奥に物騒な光が宿った。
「今日もBLごっこかよ?」
 離れたところでリヴァルが苦笑している。水面下でどういったやり取りが成されているのかは、当の二人にしか解らないだろう。
 さながらコブラ対マングース。人前でも隙あらばベタつこうとするルルーシュに苛々しつつ、対外的には隠そうとスザクは振舞うので、最初は色めき立っていた面々も次第に気付いて遠巻きになっていった。『押して駄目なら引いてみろ』の要領で、ちょうどルルーシュは昨日から手を変えたところだ。
 妖艶な誘惑が通用しないのなら、男らしくストレートに誑すまで。現在リベンジの真っ最中――
「お前らってさ~、正直どこまでマジなのよ? 皆にはウケてるみたいだけど」
 寄ってきたリヴァルをスザクが屈託のない笑顔で見上げる。
「ルルーシュが僕を落としたいんだって。『必ず落とす』って宣言されたよ」
 おお~! と再び外野がどよめく。「な、ルルーシュ」と語りかけながらもスザクの目は笑っていなかった。ルルーシュはさらりと前髪を流し、秘めておきたかった会話をバラしたスザクを気付かれない程度に睨んだ。ここで見栄を張ってしまえば、スザクの思う壺。「ご想像にお任せするよ」と肩をすくめてリヴァルを取り成した。スザクがすかさず「そうか」と、わざとらしく沈鬱な表情になり、ルルーシュに横目を送る。
「僕とのことは遊びだったんだな、酷いよルルーシュ」
「おいおい、冗談で済ませるつもりか?」
「嫌だな、君だって本気なんて言わなかったじゃないか。僕は潔く身を引くよ」
 くさい演技が一気に破綻し、教室中が「別れるのか?」という空気に包まれていく。スザクがにこやかに「付き合ってないよ」と返し、あえなくBLごっこは強制終了となった。
 誰の目から見ても、スザクが諦めさせようと仕向けているのは明白だ。それが解るだけに、ルルーシュの心も折れる。ごっこ遊びに見立てていても、言っていることは全て本心。自分の気持ちをなかったことにされてしまうのも辛いが、何よりスザクがルルーシュ自身に否定させたがっているのを見るのはもっと辛い。
 休み時間が終わる前にルルーシュは教室を抜け出し、一人屋上へと上っていった。
「ルルーシュ!」
 小走りになってスザクが追いかける。呼び止めてきたのがスザクだと解っても、ルルーシュは振り向かなかった。
(やはりお前には、押すよりも引く方が効くんだな)
 背を向ければすぐさま駆けつけてくる、こんなふうに。ルルーシュの一挙一動を注意深く観察しているスザクだからこそ、ルルーシュが落ち込んでいることにも傷付いたことにも気付くのだ。
 でも、と立ち止まり、ルルーシュは自嘲してしまう。
(解っている、俺だって)
 友人として大切に思ってくれてはいても、スザクにとってルルーシュはそれ以上でも以下でもない。同性相手にストレートのスザクが、特別な感情など抱く筈もなかった。振り返りたがらないルルーシュの後ろでスザクも足を止め、背中に向かって問いかける。
「どうしてもそういう関係じゃなければ駄目なのか?」
「愚問だ」
 今だけは顔を見たくない。スザクに背を向けたままルルーシュは答えた。
「お前が好きになった奴に同じことを言われて頷けるなら、俺も納得してやる」
「――――」
 返されたのは反発を帯びた沈黙。言い返してこないスザクを置いて、ルルーシュは階段を上っていった。屋上に続くドアを開く。
(好きで居続けるだけでいいのか?)
 自問しながら眩しさに目を細め、額に翳した掌で光を遮った。フェンスの手前まで歩み寄り、見渡した光景はいつもと変わりのない長閑な学園。もつれた考えを整理するのにはうってつけの場所だ。
 無意識に溜息が漏れ、ここに来て自分が緊張していたのだとルルーシュはようやく気が付いた。無人の屋上に来てからやっと、まともに呼吸出来るようになれた気がする。
 相手に期待し、同じ気持ちを共有して欲しいと望むのは個人の勝手だ。ルルーシュだってあくまでも、これが一方的な我儘なのだと自覚している。だが、望んでしまう。欲しいものを欲しいと言ってしまうことのどこがいけない?
(何もせず、ただ諦めてしまうなんて……ただ手をこまねいているだけなんて俺は御免だ)
 万策尽きるまで足掻き続ける。それでも足りないのなら、新しい道を切り拓けばいい。諦めるのはギリギリまで努力しても実らなかった時。たとえそうなってしまったところで、諦められるかどうかなどルルーシュ自身でさえ解らないのだが。
 尖った装飾の施されたフェンスに寄りかかり、ルルーシュは再び溜息をついた。そのつき方が自分でも辛気臭く聞こえ、少々落ち込む。先ほどのスザクの態度を思い出し、なおのこと暗い気持ちになった。何より、自分自身を鼓舞する力がどこからも湧いてこないことに腹が立つ。
 生涯の伴侶となり得る相手はスザク只一人、他の誰であっても駄目なのだ。外面はいいのに、スザクはルルーシュに対してだけは繕った態度をとらず、よく言えば気を許していて、悪く言えば遠慮がなかった。人前では温厚に振舞っていても、ルルーシュと接する時だけは地金が出てしまう。そんなスザクにだけ、ルルーシュの心はどこまでも惹きつけられる。
 七年前から根本的に何も変わっていない。それを知るだけで安心もした。でも、昔と今は違う。変わらない部分があることは事実でも、決して以前と同じではないのだと認めなければ。
(避けもせず、期待だけはさせるくせに)
 但し、本気で向き合ってはくれない。そんなスザクはとても残酷な男だ。
 本当は、身体の関係なんてなくていい。ただ、スザクの特別になりたい。しかし、爛れた付き合い方に慣れていると豪語してしまったのはルルーシュ自身なのだ。
 後に引くことも出来ず、先にも行けず。ルルーシュは情けない思いを噛み締めながら、冴え渡る青空をいつまでも見上げていた。



 スザクに振る舞う手料理には、たっぷりと愛情を込めている。それが通じているのかいないのか、スザクは黙々とルルーシュの手捏ねハンバーグを口に運んでいた。
『お前は人に期待させるのが上手すぎるんだよ。解れこの天然』
 ルルーシュがそう言ってやった時、スザクは心外そうに『僕は期待なんか――』と答えていた。
(本当に思い当る節なんてなかったっていうのか?)
 そうなのだろう。だからこそ、タチが悪いとルルーシュは思う。自分から触るのは良くても、人から触られるのは苦手だなんて。
 『次こそ落としてやる』とルルーシュが宣言した後も、スザクは態度を変えなかった。もちろんカミングアウトした時は地味にキレていたが、少なくとも表面上は。嫌だと思ったことはきっぱり拒否する代わりに、家に誘っても断らず、「変な真似はしないだろうな」などと言いはしても今までと同様、こうして遊びにもくる。
 武術の達人が、自然体であっても隙がないのと同じだ。そのせいでルルーシュは攻めあぐねていた。
「僕は客間でいいよ」
「そう言うな、布団はクリーニング中だ」
「じゃあ帰ろうかな」
「なんで」
「訊きたい……?」
 しれっと切り返しながら、スザクは人参のソテーを切り分けていた。ルルーシュと系統の違うツンデレとでもいおうか、とんでもないツンモードである。『トドメを刺して欲しいならいつでもそうしてあげるよ、後悔しても知らないけど』。そんな口ぶりから牽制、もとい警告がセットになっているのが嫌でも伝わってくる。
 スザクの向かい側で平静を装い、ルルーシュはハンバーグにぐさりとフォークを突き立てた。そして、リヴァルに伸し掛かられた時のスザクの様子を思い出す。
 顔は笑っていても、うざったそうだった。でもスザクは、ルルーシュには自分から触ってくる、まるで所有物を扱う手つきで。話す時の距離だってやたらと近い。あれで特別視されていないと思える奴がいるなら会ってみたい、とルルーシュは思う。それなのに、「行けそうだ」と判断して行動に移すと、この男は即、容赦なくフラグをへし折ってくるのだ。
『スザクってバージン苦手そうだよな』
 そう吹き込んできたリヴァルのことを、ルルーシュは恨んでいた。逆恨みなのは自分でも解っている。
『あいつが好きなのって年上だろ? 慣れてない女子に対しても優しくしそうだけど、内心面倒くさいなんて思っちゃってたりして』
 昔から、年上にモテていたスザクだからこそ一理あると思い、参考にしてみたところ結果はこのザマだ。スザクが易々と色仕掛けに乗るなんてルルーシュも思っていない。そこまで単純な男だったら却って助かるくらいだ。
 しかし、ここまでドのつくノンケだなんて。あまりの反発の激しさにルルーシュは少なからず傷付いた。露骨に嫌悪を示されれば、ルルーシュとて竦んでしまう。仕返し半分、慣れさせて受け入れさせてしまえればこちらのもの。そういう腹があったからこそルルーシュも慣れているふうを装い、しつこく思われていることを承知の上で誘っているのだ。……けれど、そろそろ逆効果か。いざ適当に流されるようになってしまうと、それもまた面白くない。
(手を変えるべきだ、予定と違う慣れ方をするとは。スザク、やはり恐ろしい男……)
 ルルーシュは心の中で舌打ちした。しくじったのだ、肝心なのは最初の一手。黙々と食事を続けるスザクを前に、称賛とも罵声ともつかない言葉を心の中で送る。
 スザクは怒るよりも賢明、相手にするだけ馬鹿らしいと切り替えたのだろう。無視されないだけマシとはいえ、ルルーシュにとっては屈辱だった。しかもやりすぎれば当然、手痛いしっぺ返しが待っている。事前に発される警告をルルーシュが聞き入れなければの話だが。
「本当は手を出したいのを我慢していたんだ。今までよく耐えたと思っている」
「それで?」
「嫌なら本気で拒むんだな」
 重々しく言ったルルーシュを真顔で見つめ、スザクはナイフとフォークを揃えて皿に置いた。居直った変態の宣戦布告は通り魔の言い分に酷似している。
 ナプキンで口を拭い、スザクは朗らかに言い放った。
「やっぱり帰るよ」
「はは、冗談だ、固い奴だな」
 ルルーシュが乾いた笑いを漏らす。スザクは表情も変えぬまま、引きつるルルーシュを正面から見据えた。
「過敏になったのは君のおかげだ」
「客間で寝るのか……?」
 ルルーシュが恨めし気な視線を送れば、スザクは目を閉じて軽く首を振り、ナプキンを横に置いた。
「そんな顔をしても無駄だよ」
「今まで通り手は出さない」
「当たり前だろ……?」
 スザクが帰ったあと、客間のシーツを自室に持っていき、自分のベッドに敷いて寝るのがルルーシュの密かな楽しみだった。今まで『客間で寝ろ』と言ってきたのは紳士としての抑制の結果。本当は筋肉や汗、匂いに至るまで堪能したい。
 誘惑という名目で堂々と触(さわ)れる今――スザクはこの通り許可していないが――ルルーシュの欲望は以前に比べて少しは緩和されている。が、贅沢とは思えど前進しているぶん、今度は欲が出てきてしまうのだ。
 憤りを隠さず、ルルーシュは向かい側で何事もなかったかのように食事を再開するスザクを観察していた。どうしてもこの男が欲しい。大口でハンバーグを平らげていくさまを見ているだけで幸せになれる。もちろん、誘う時はこのメニューが好物だと知った上で餌にさせてもらった。美味そうに食べて貰えて本望だ。
 スザクも、見られていることには気付いていた。わざわざ用意したと言ってきたのが好物だった理由も、ルルーシュが餌として釣っているつもりでいることにも気付いている。
 でも――
(解ってないんだろうな。別にハンバーグに釣られたから来た訳じゃないのに)
 性懲りがないのも事実だが、健気ではある。一途に情熱を傾けるところが決定的に間違っているとスザクは思うのだが、ルルーシュは昔からそうだと納得してもいた。
(まあ美味しいは美味しいし、いいか)
 デミグラス系の料理が好きなことはしっかり把握されているので、張り切って腕をふるったに違いない。確かに、ルルーシュの手捏ねハンバーグはいつも通り絶品だった。
 前にも言った通り、スザクも友達としてなら好きだ、ルルーシュのことは。同性愛者であるがゆえにちょっかいをかけてくることを差し引いても、抱いている友情は変わらない。突き抜けた性格に振り回されるのは日常茶飯事、元からのことなので大して気にもならなかった。自分だって、それを言うなら大概だからだ。
 殺伐とした夕食のあと、スザクは結局泊まっていくことにした。まっすぐ客間に向かおうとしたところで引き止められる。
「スザク、あのな?」
「何?」
「クリーニング中だと言っただろう?」
「クラブハウスって、他の部屋にもベッドあるよね?」
「その前に、俺の部屋でお茶でもしないか? 話したい」
「いいよ、さっきみたいな話以外なら」
 どうにかして自室で寝かせようとするルルーシュに打ち勝ち、スザクはこの日、心安らかに客間で眠った。
 ここまでしても、泊まりには来るのだ。何故ならルルーシュは、スザクにとって誰よりも大切な友達だから。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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