◆green eyed monster(R18)/SAMPLE◆




 本国の医療施設で目覚めたジュリアスにとって、ナイトオブセブン・枢木スザクは不思議な男だった。いつから特別気になる存在となっていったのか、切欠について覚えてはいても惹かれる理由は解らない。





 室内はジュリアスを除けば無人だった。体調が優れない時は音や光、匂いに至るまで過敏になりがちなものだ。振り返れば一人がけのソファの背に、豪奢な金刺繍入りのマントが無造作に引っ掛けられている。一瞬、スザクのものに見えてジュリアスは嘆息した。
 衣類を畳まなければ気が済まない性分、それは本当に自分の癖だっただろうか。
 ソファはテーブルを挟んで向かい側にもう二台並んでいた。スザクはいつもそこに座る、ジュリアスの隣ではなく。露骨に一線引かれてはいるが、すげない態度の端々から垣間見えるものはささやかな心遣い。優しいと思い込みたがっているのは見当はずれな期待だろうか。あの男にとっては迷惑な勘違い、単なる重荷に過ぎないのだろう。ジュリアスは浮かれそうになる心を諌めながら、それでも「不器用な男だ」と口元に寂しく笑みを滲ませた。
 移動期間は約二日。列車に乗り込んでからの記憶はところどころ抜けている。夢か現か解らぬビジョンが唐突に浮かび、また消えていく。覚えのないそれらの映像は、掴み切らぬうちにジュリアスの掌からすり抜けていくのだ。
 学生服姿の自分と見知らぬ並木道が見える。緑豊かな学園、平和そのものの。
 これは過去の記憶……いや、そうだったか?
(私は知らない)
 向かい側に手を伸ばし、気がふれているのだろうかと自身の精神を危ぶみながら、ジュリアスは「スザク」とか細い声で呼ぶ。返るものは声ではなく、静寂だった。誰もいない部屋の中で霞む意識を呼び起こし、ジュリアスは俯いてぼんやりと膝頭を眺める。
 何故こんな服を?
 ああ、そうだ。私は軍師、ジュリアス・キングスレイ――。
 目覚めの瞬間はいつもこうだった。皇帝の命に沿って動くようになってからは特に酷い。
 片目を覆う眼帯には独特の圧迫感があり、俯くと息づかいが鼓膜に反響する。荒い呼吸と重苦しい身体、発作のように浮かぶビジョンは取り留めもなくて厄介だったが、堅苦しい服と同様、ジュリアスはこの眼帯をスザクの前で外すことに躊躇いを持っていた。
(スザクはどこまで知っている? 話してしまっていいものだろうか、長引くこの不調ももしかすると……)
 スザクは護衛だ。そうでなくとも人の口に上り出した存在として、出会う前からジュリアスのことを知っていた可能性は高い。
 『一度だけ相手を服従させられる能力』。その発現は偶発的なものであり、ジュリアスの意思が及ばない部分もある危険な力だった。それも知っているのか。影響が及びやすい立場ゆえに、可能な限り避けているというのであれば納得出来る。
 でも、もし知らなかったのだとしたら……?
 軽く首を振り、ジュリアスは目前のテーブルに置かれた水差しを見た。倒れた口から水が溢れてテーブル下にまで滴っており、喉が渇いて仕方がないのにグラスだけが見当たらない。
「また落としてしまったか」
 ぽつりと呟き、曖昧な記憶を探る。最後に飲んだのは完全に目覚める前だ。その時にも注ぎ足そうとして失敗し、苛立ってグラスごと床に放ったのだった。二度寝してから目覚めたのが今、零したのはこれで何度目だったか。ままならない心と身体にジュリアスは低く呻いた。


 士官学校を卒業しておらず、軍属でもない身で何故、皇帝陛下に取り立てられたのか。テロに巻き込まれ、倒れていたところをジュリアスは保護された。身元を証明するものは何も持ち合わせておらず、軍の医療施設であるがゆえに誰との面会も許可されない。
 連日のように、強く打ったらしい頭の検査が続いた。解るのは名前と大まかな経歴だけ。そのうちにジュリアスは悟ってしまった。自分にはきっと、帰るべき場所などもう無いのだろうと。
 ただ、まだ夢が残されていた。いつ叶えられるとも知れない夢だけが。
 検査の傍ら知能テストを受けさせられた結果、ジュリアスは非常に優れた頭脳の持ち主であると判定された。兵法、社会学、帝王学。学んだ覚えはないのに何故か知っている。戻った記憶は継ぎはぎだらけで解らないことばかりだ。その中で唯一鮮明だったのが、チェスや戦争ゲームに関する突出した才能だった。
 入院、通院している者の中には高位の軍人もおり、暇潰しを兼ねて面白半分に問いかけてくる者もいる。母国ブリタニアは侵略戦争の真っ只中で、聞けば現在は極東の小さな島国――嘗て『日本』という地名だった――エリアで起こった大規模なテロを切欠に、世界各地で頻発するようになった抵抗活動の沈静化に手を焼いているという。対テロ組織「グリンダ騎士団」の設立と、「ピースマーク」の活発化によって徐々に落ち着いてはきているものの、この機に乗じて攻勢を仕掛けようとする国もあり、地下組織として全世界に散らばるイレブンへの処遇の徹底と、テロの鎮圧は失墜した国家の威信を取り戻すためにも急務のようだった。
 侵略戦争の大義は他国を取り込んで統治することにあるが、最も効率的な手段は天然資源サクラダイトの確保である。産出量の七割を占めるエリア11は足がかりに過ぎず、ブリタニアは複数の加盟国と自治州とを擁するE.U.へも着々と侵攻を続けていた。
 中華連邦との国境沿いに広がるサクラダイト鉱山、シベリアを含むロシア領は既に落ち、元E.U.軍拠点だったサンクトペテルブルクは今やユーロ・ブリタニアの最重要拠点となっている。ちょうど連隊を組んでE.U.側から奪還の動きがあり、更にそこから程近いベラルーシ州、スロニムでも度重なる激戦が繰り広げられている頃だった。機密すれすれと思しき話まで耳に入れられ、膠着した戦況の打開策について素性を隠したまま述べてみれば、話が伝わり噂となり、やがて皇帝の耳にも入った。
 それを聞いてジュリアスはほくそ笑んだ。千載一遇の好機が巡ってきたのだと。
 生まれが人生の全てを左右する。馬鹿げた世界だとジュリアスは嗤う。しかし、評価すべき点もあった。尽きぬ衝動と力を欲する理由を、ジュリアスはこの時ようやく理解した。
 皇帝に会ってから思い出し、一気に察したのだ、記憶が不自然に欠落している訳を。
 テロの時に受けたショックが主な原因だろうが、ある時に能力が発現して以来、ジュリアスはずっと『忌み子』として人前から隠されるようにして育てられてきた。不安定な能力はジュリアスを孤独へと追いやってしまったが、それでも己の才気、才覚が本物であるとは自覚していたし信じてもいた――ような気がする、一点の曇りも揺るぎもなく。
 この世界は実力さえあれば、幾らでものし上がることが出来る。曖昧模糊とした記憶の行方はひとまずの決着を見た。正しく見出されたという自信によっても補強され、運を掴み取ったジュリアスが次にと望んだのは盤石な地位の確立であった。
『戦争となれば人命など鴻毛の軽きにおく――フン、こんなもの、所詮は只の出来レース。E.U.は弱体化させられたのではない、自ら弱体化していく道を選んだ』
『シャイング卿といいましたか。聖ミカエル騎士団、ラファエル騎士団……いかにトップが変わろうと、戦争の勝敗は始まる前に決している。必ずや勝利を! 大公配下の衷心を探る役目はこの私、ジュリアス・キングスレイが引き受けましょう』
 皇帝はジュリアスの気概を高く買い、高慢であればあるほど気に召した。劇的な人生の転機。その間、僅かひと月。だが、ジュリアスにとっては必然ともいえる変革であった。
 権力を掌中に収めるのは簡単だったが、ぽっと出のジュリアスを快く思わぬ者もいる。しかし、皇帝の覚えもめでたき謎の軍師、華々しい戦歴があるらしいと、周囲にそう吹聴していたのは他ならぬ皇帝だったのだ。
 嘘を好むらしい皇帝が愉しげに命を下す。
『そなたは賢しき奸雄よ。なればこそ、その狡智をもって嘘を本物としてみせよ』
『御意(イエス・ユア・マジェスティ)』
 借りは返すと答えた瞬間、額に走った鈍い痛みをジュリアスは覚えている。
 ヨーロッパ地方の統治を委ねられているユーロ・ブリタニア。祖先の土地を取り戻すため、独自の矜持を持って戦争を行う四大騎士団とブリタニア本国は一枚岩ではない。サンクトペテルブルク郊外、ナルヴァとスロニムの制圧は無事完了したものの、E.U.軍132連隊が撤退していく際、ユーロ・ブリタニア軍も手痛い打撃を受けた。隊全滅の憂き目に続き、聖ミカエル騎士団総帥・ミケーレ・マンフレディが自害。このトラブルに当たり、ブリタニア本国は軍師の派遣を決定。E.U.軍駐屯地ポーランドから統合本部のパリへと更に駒を進めるため、ジュリアスは分断されつつある勢力の内部調査と監視を兼ねて送り込まれることとなったのである。
 のちの目付け役、枢木スザクとはユーロピア戦線の戦略会議で初めて出会った。皇帝陛下直属の騎士、ナイトオブラウンズ。彼が栄えある七番目に就任したのは奇遇にも、ジュリアスが軍師として任命された時とほぼ同時期だ。
 見慣れない異邦人にジュリアスは興味を抱いた。先のブラックリベリオンで黒の騎士団総帥・ゼロを捕えた功績と聞く。御前試合でナイトオブスリーを下したイレブン、腕は確からしい。上手く使いさえすれば圧倒的な戦力となる……。
 組織に属しながら、傷ついた獣の目をしていた。年は同じだというのに、ほの昏い碧の奥に凝るものは空虚と憎悪。ジュリアスの具合が思わしくないことに彼は何故か気付いており、一方的に親近感を抱いてジュリアスは屈託なく彼に話しかけた。……刹那、彼の表情に浮かんだものは驚きをも上回る驚愕、次いでよぎったものは紛れもない殺意であった。
 スザク、と名を口にした途端、ジュリアスは強烈な既視感と共に眩暈に襲われる。
 この男とは初対面の筈――。
 握手を求めて伸ばした手はすれ違い、直後、ジュリアスの意識は途切れた。


 疎まれているのは解っている。けれど、あの瞳の意味をどうしても知りたい。あれは決して、ジュリアスの地位や皇帝からの寵愛を妬む者の目ではなかった。思い当る節は他にある。
 ユーロピア戦線の総指揮を執れとの勅命を受けた時、ジュリアスはある条件を提示した。自分の同行、随伴には、ナイトオブセブン・枢木スザクを是非にと。
 目の上の瘤。そう思われているのだろう。あれは己が認めぬ者の命に易々と従う男ではない。だが、そこがジュリアスの気に入った。
 不協和音を奏でるままに陸路の旅が続く。およそ、あと半日といったところか。体調は日に日に悪化の一途を辿っており、頓服を摂取しなければ正気を保てぬところまで来てしまっている。原因は複合しすぎていてもはや解らず、口渇が酷いのに睡眠すら薬に頼る有様だ。
 護衛の任に就けと命が下った時、スザクはかなり強く抵抗したらしい。ジュリアスの身を案じる一言を発したというが、実のところは建前だろう。
 それでも、ジュリアスが頼めばスザクは水を注ぐ。無防備にソファで昏倒していればベッドまで運びもする。身の周りの世話をしろ、とまで命じられている訳ではない。にもかかわらず、縋るジュリアスに苛立ちながらも結局は応えるのだった。
 その時のスザクの瞳にはいつも、初めてジュリアスが名を呼んだ時に見せたものと同じ痛みが浮かぶ。
 ――わからない。ジュリアスは戸惑う。スザクの心が解らない。そもそも、ジュリアスの高慢さをスザクは嫌っている。視界に入れることさえ忌避されているようだ。
 スザクと同様、ジュリアスは軍師としての自分にまつわる噂が幾つか流されているのを知っていた。軍内部からの戦歴に関する追及が主だ。どの戦線に参加したという記録も残っておらず、姿を見るどころか名前さえ聞いたことのない者ばかりなのだから無理もない。
 今も皇族専用列車に乗っていて、皇帝からは身の上に関する話など何も聞かされてはいないが、ジュリアスの身上についても無責任な憶測が飛び交っている。
 もしや縁戚だったのではないか、でなければ――。
 考えるべきことは山ほどあるのに、優先順位が狂いそうになる。体調管理も己の務め、スザクが世話を焼くのは義務ではない。……けれど、嬉しい。怖いけれど嬉しく、有難く感じてしまうのだ。スザクの関心を惹きたいと願う自分のことが、ジュリアスは何よりも怖かった。




「そう慇懃にするな。私も軍では所詮、異端の徒だ」
 それでも、お前と肩を並べることは出来ないか――?
 訊ねてきたジュリアスの声にスザクが返したものは、沈黙と剣呑な眼差しだった。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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