◆友達だから恋愛じゃない。でも君を、お前を愛してる。/SAMPLE◆




「重い……。なんでこういう時に限って台車が一台も見つからないんだ?」
「仕方がないだろ? 何故か夏以降、全部行方不明なんだから」
「だから何故行方不明なんだ」
「さあ、部員の誰かが私物化してるんじゃないかな。ほら、部屋まであと数歩だよ、頑張って! 箱落とすなよルルーシュ」
「わかっている……。だが出したものはあるべき位置に片付ける、当然のことだろう! くそっ、漫研だかアニ研だか知らないが、俺達が卒業するまでには必ず廃部に追い込んでやる」
「くそだなんて……言葉遣いが悪いよ。それにしても台車なんて一体何に使うんだろうな?」
「知るか、それよりさっきから甘いんだよ匂いが。鼻が効かなくなりそうだ」
「いい匂いじゃないか、君だって甘いものは好きだろ?」
「限度があるとは思わないか?」
「もちろん、全部食べ切るんだよね?」
「――――」
 語尾に音符マークが付きそうな声に返されたのは重苦しい沈黙でしかなかった。シュッと軽やかな音を立てて扉が開く。
 自室に辿り着いたルルーシュは一抱えほどもある巨大な段ボール箱を机上に置いて深く項垂れた。続けて吐き出された長い長い溜息。見るからに積載量オーバーな箱の頂からハート柄の包装紙に包まれた箱がコトリと落ちる。
 先程の問いに答える気力もないのか、心身ともに襲い来る疲労にルルーシュはがっくりと肩を落とした。その表情はこれ以上なくげんなりしている。
「毎年恒例行事とはいえ。自重というものを知らないのか、うちの学校の生徒は」
「はは、去年もだったんだ?」
「今日に限った話じゃないだろ、イベントごとの度に悪乗りされるのは」
「まあね。クリスマスも結構壮絶だったし」
「俺の場合そこにもってきて誕生日もセットなんだ。十二月よりは……ッ!」
 昨年末の悪夢。プレゼント合戦で大混乱に陥った自身の誕生日に思いを馳せつつルルーシュはぶるっと身体を震わせた。ちなみにその顔付きはどこまでも険しい。
「年間イベントなど全て滅んでしまえ、ナナリーの誕生日を除いてだ! ただでさえ会長発案の理不尽なイベントに奔走させられてばかりだというのに……だいたい何故、毎年毎年自分の誕生日に校内フルマラソンなんかしなきゃならないんだ」
「よく逃げ切れたね」
「捕まった」
「普段から体育サボってるからだろ?」
 憮然とするルルーシュにスザクがしたり顔で頷く。クラブハウスに着く前から文句ばかり聞かされているのでそろそろ適当な返事になりつつあった。
 腕一杯に抱えた荷物をどこに下ろそうか思案したのち、スザクは抱えていた段ボール箱と両肩からぶら下げていた大きな紙袋、計三つもの荷物をドサリとベッドに落ち付ける。さすがに重くはあったのだろうが、嵩張る荷物を下ろせて人心地ついたというところか。まだへろへろしているルルーシュに向かって気の抜けた声で「大丈夫?」と尋ねた。
「大丈夫な訳あるか、全く……」
 学園内で惜しみなく振り撒いていた愛想笑いもどこへやら、ルルーシュは絶賛・仏頂面。一方、どう見ても不機嫌の極みにいるらしい友人を気遣うスザクの声音は暢気なものだ。
「贅沢な悩みだよ、一個も貰えなかった人だっているのに」
「これのどこが贅沢だ」
 気色ばむルルーシュに構わずスザクはルルーシュが机に置いた箱を軽々と持ち上げてベッドへ移動させる。圧巻としか表現しようのないチョコの山。しばらく無言で見下ろしていた二人は何となく顔を見合わせた。
 ルルーシュの眉間にはくっきりと二本の縦皺が刻まれている。物心付いた頃から年々増え続けていく贈り物。これらをどう始末するべきか毎年頭を悩ませ続けているからだ。
「とにかくだ。いいかスザク、渡してくる女達は一対一のつもりだろうが、俺達からすれば一対複数。その上チョコレートを使えるレシピには限りがある。解るだろ?」
 ピシリと鼻先に突き付けられた人差し指をスザクが寄り目になって見つめ、「僕はトンボじゃないよ」などとズレたことを口走る。
「せっかく貰ったのに再加工なんかしなくても」
「無茶を言うな、全部で何個あると思ってるんだ? お前はこの学園で迎えるバレンタインデーの真の恐ろしさをまだ知らないからそんな悠長なことを言っていられるんだよ」
 一息に言い放つルルーシュの指先からスザクは視線を上げた。
 団栗眼をきょとんと見開く。
「真の恐ろしさって?」
「これから解るさ」
 ルルーシュはくすんと肩を竦めた。
「とりあえず、数えるぞ」
 決意を込めてルルーシュは積み上げられたチョコの山をキッと睨んだ。真剣なルルーシュに気圧されてスザクの頬も引きつっている。
「数えるんだ?」
「いいから手伝え、お前の分も混ざってるだろうが」
 それも多分に。ルルーシュの予想によれば、この内のほぼ半数に相当するチョコレートを手渡されていたスザクである。
 ルルーシュは知らない。それで何故スザクだけが他の男子達から責められずにいられるのか。理由は単純だが深い思慮と善意によって支えられているのだ。校内のアイドル的存在であるルルーシュに群がる女子達、その女子達への恋に破れた勇者達数十人にスザクがもみくちゃにされ、ルルーシュの代わりに泣き言と恨みつらみを散々聞かされていたのだから。
「僕もう嫌だな、制服をリヴァルの涙と鼻水塗れにされるの」
「何か言ったか?」
「ううん、何でも。それより総カロリー凄そう」
「余裕で消費できるんじゃないのか、お前なら」
「どうかな……君だって代謝いいじゃない」
 ベッドに座り込むスザクの隣にルルーシュも並んで腰掛ける。
「ルルーシュ」
「うん?」
「どっちの方が数が多いか、賭けよっか」
 興味津々で持ちかけられてルルーシュは眉を顰めた。
「なんで」
「だってルルーシュは賭け事好きだろ?」
「そういう問題か?」
「ちなみに僕はルルーシュに賭けるよ」
「はぁ……?」
 畳み掛けるように言い切られてルルーシュはポカンと口を開いた。スザクは呆けたルルーシュを尻目にチョコレートが大量に詰まった袋を無造作に引き寄せては中身を取り出し始める。
 大小さまざまなチョコの箱、小袋などに入り混じってチョコ以外の何かと思しき包みまである。中敷入りの袋を二枚重ねにしていたとはいえ、これだけ入っていてよく底が抜けなかったものだ。袋に詰められた分だけでもたった二人宛に渡されたものとは到底思えない。
 他人事のように感心しながら再びどちらからともなく顔を見合わせた。続けてニヤリと笑ったスザクに「どうする?」と問いかけられ、ルルーシュも不敵な笑みを浮かべてスザクを流し見る。
「馬鹿、それじゃ賭けにならないだろ」
「あ、そこには自信あるんだ?」
「うるさいな。いいから黙って手を動かせよ」
「お喋りしながらでも手は動かせるよ? はい、ルルーシュ」
「ん?」
「これがルルーシュ宛。こっちの袋がルルーシュで、こっちの袋が僕」
 早々と空にされた袋の片方と一緒に高級そうな小箱をルルーシュに押し付けたスザクは、「自分のだって解る物から分けちゃっていいよね?」と堆く積み上がるチョコを選別し始める。
「それはいいが、カードとセットにしてある物はくれぐれもバラすなよ? 小さな紙袋にまとめてある物ものだ」
「あの、既にバラけちゃってるのもあるみたいだよ」
「後でチョコの数と照らし合わせればいい。先に名無しの分が幾つあるのか数えてくれ」
「わかった」
 袋にまとめた物以外は分けてあるので幸い一から面倒な作業をする必要はない。とはいっても、総数を確めるためにもどのみち一度は全部出さなければならないのだが。
 何故かわくわくしているスザクに引き換え、気乗りしないルルーシュは億劫そうに立ち上がって机の引き出しからメモ用紙を取り出して戻ってきた。ペンと一緒に目の前に置かれたスザクがL、Sと書き付けた文字の下に正の字を刻んでいく。
「おい、俺は先に名無しの分を数えろと言っただろ」
「それも数えるよ?」
「それもって……言っておくが、俺のとお前のを分けるのは後だぞ?」
「えっ?」
 ペンを止めてスザクは「何言ってるんだよ」と振り向いた。
「僕らの名前と送り主の名前を確認しながら分けていった方が早いじゃないか。メモだってそのために持ってきたんだろ?」
「分けるってどうやって」
「?」
 スザクは意味が解らず混乱している。
「だから、自分が貰った物がどれか全部覚えてる訳じゃないだろう?」
「うん、さすがに全部は」
「俺もだ。後のことを考えて把握しておきたかったが無理だった。箱の方はもう分けてあるにしても、この袋の中のはどっちのか確かめようがないんだよ。早く気付け」
「そんなのカードを見れば――――あ!」
 スザクはやっと思い至ったようだ。チョコに添えられたカードや手紙、それらを一枚ずつ確かめなければ完全に分けることは出来ないのだと。開いてみなければ解らないものを一緒に選別するとなれば、送り主の名前はおろか、どちら宛てとも解らぬメッセージの内容が互いの目に晒されてしまうことになる。
「要するに、送り主不明の物だけ別にしておいて総数を出したいんだ。お前の分も含めて数えていいから」
「僕のも?」
「その方が手っ取り早いだろう? いずれにせよ全部返すんだ。とりあえずお返しに必要なチョコの数と名無しの分、それらが幾つあるのかだけ把握出来ればいい」
 スザクは不満そうだった。
「確かにそうだけど、やっぱり解る範囲でいいから分けた方が良くないか?」
「それは無理だって言ったろ」
「だって、自分が返さなきゃならないのが幾つか解らないんじゃ不便だよ。一緒に買いに行くのはともかく全部まとめて買うつもり? 僕がお返しする分は自分で買うよ?」
「馬鹿かお前。作るんだよ、お前のも一緒に」
「―――そう……」
 一つずつ買って返すとなれば総額で幾ら掛かるやら。予算の関係上、手作りするしかない。
「えっと……ってことは、カードが付いてないのが何個あるのかだけ確かめろってこと?」
「手紙もな。ああそれと、プレゼント付きのチョコも出来るだけまとめておいてくれ」
 ルルーシュは言い置くなりそそくさと作業に戻ろうとする。落ちているカードや手紙を拾って一箇所に寄せ集め、積み上げられた箱や包みの間にも挟まっていないか確認し、小さな紙袋の中身も確かめながらチョコ単品と思しき物だけ除けていく。
 と、そこで。封筒の裏表をめくっていたスザクが「ルルーシュ」と呼びかけた。
「何だ」
 嫌な予感を覚えつつルルーシュが振り向くと、スザクが神妙な面持ちで手紙を掲げている。
「……どうしても中見ちゃ駄目かな」
 言うと思った。
 ルルーシュはそんな心の声を口にこそ出さなかったものの、予想を裏切らないスザクの申し出に苦々しい顔をした。最初からOKが出せていればこんな話にはなっていない。
「駄目だ。とりあえずそこにまとめておいてくれ」
「やっぱり勝手に読むわけにはいかないか」
「当たり前だろ」
「でも、そうしたらどうやって確かめるんだい? 名無しの分は後で送り主を調べるしかないにしても、カードの方はどうせ後からチェックするんだろ?」
 もっともらしく言うスザクからルルーシュがするっと目を背ける。双方、無言の攻防。のち、交錯し合う視線。互いの間で見えない火花が散っていた。
「俺が後であらためる」
「ずるいよルルーシュ」
「ずるい? それはおかしいだろ。お前なら読みたいと思うのか? 友達宛のラブレター」
「うーん、読まれるよりは」
 鼻筋に皺を立ててルルーシュが溜息を押し殺す。葛藤を感じ取ったスザクは上手いこと言いくるめようとするルルーシュに苦笑しながら手紙を傍らに置いた。
「大丈夫だって、秘密は守るから」
「そうじゃなく。こういったことにはプライバシーというものが――」
「君の言う通りにしてたら仕分けが進まないよ、効率も悪い。何の為に二人でやってるんだか」
「全部分けていられる状況じゃなかったんだから仕方がないだろう」
「うん、だから君だけに恥ずかしい思いはさせない。僕のも見ていいから」
「お前のプライバシーについて言ってるんじゃない! これはあくまでも送り主の――!」
「後から確かめる時に見るなら同じじゃないのか? それともルルーシュ、本気で自分一人だけで読むつもり?」
「俺は名前を確認するだけだ、人聞きの悪いことを言うんじゃない!」
「人聞きの悪いことを言ってるのはルルーシュだろ? 確かめなきゃどっち宛のか解らないじゃないか。最終的に分けることになるのに名前も確認させてもらえないなんて……ハッキリ言って二度手間だよ」
「……っ!」
 この上もなく正論だ。だが案の定というべきか、頑なになったルルーシュはなかなか首を縦に振ろうとしない。
「諦めろよルルーシュ。誰にも言わないから」
「そういう問題じゃない!」
 眦を吊り上げるルルーシュにスザクは「強情だなぁ」と嘆息した。秘密主義なのはいいが時と場合による。
「そんなに恥ずかしいかな。これにもアイラブユーって書いてあるのに」
「!? 馬鹿っ、読むな!」
 いつの間にか別のカードをとって眺めていたスザクからルルーシュは慌てて取り上げた。ひったくられて驚きはしたものの、スザクは空いた手元からルルーシュへと視線を移し変えるだけで悪びれもしない。――自由すぎる。
「お前は……!」
「まだ開いてないよ?」
 すかさず言い返されてルルーシュは口を開けたまま止まった。スザクが見ていたのはカードの表面に書かれたメッセージ――I Love you Lelouch.
 熱烈な想いの丈がカードの内側だけに綴られているとは限らない。興味本位で見た訳ではなくとも目に留まることはあるだろう。かといって、わざわざ読み上げるのは勿論ルール違反だが。
 お前はどうしてそうなんだ! と説教したくなる気持ちを抑えてルルーシュは歯噛みした。この場にはプライバシーなど存在しないというのか。いや、どこまでもリバティーなスザクも悪い。
 だが――。
「本当に、誰にも言わないんだな……?」
 スザクのコレはいつものことだ。叱り付けたところで暖簾に腕押し、糠に釘。どうせ聞くわけがない。
「言わないよ、からかったりもしない。約束する」
「誓えるか? 名前を確認するだけで決して熟読はしないと」
「誓います。君に恥をかかせたりはしない、絶対」
 ルルーシュとてスザク宛のを見る場合もある以上、背に腹はかえられない。やたらと真面目くさったスザクにルルーシュは怒りを削がれ、萎えた気分で深呼吸しながら言った。
「カードだけだぞ、手紙は開けるな」
「開くタイプのカードは?」
「開く、タイプ……?」
「リボンで閉じてあるやつだよ、手紙と似たようなもの。それも開けちゃ駄目?」
 たちまち拒否したい方向に傾いたルルーシュが「ん」と唇を結んだきり黙り込む。スザクは大きく肩を落とした。
「あのねルルーシュ。あえて言わなかったけど、自分宛のメッセージを読まれたくないのは僕も同じだ」
「開いていい……」
「了―解」
 スザクは嬉々として選別に戻った。嫌々折れたルルーシュも諦めて作業を再開する。
 ……しばらくして。
「くそっ、これは日記か?」
「どうかした?」
「自分のことしか書いてない奴がいるっていうのはどうなんだ。冗長な割に誰宛なのかもこいつ自身が誰なのかも解らない」
「いきなりトラブル発生か……。でも女の子ってそういうものだよ。アピールするためなんだから自分の話をしたがるのって普通だろ?」
「だったら名前を書くべきだろう」
「忘れたんじゃないかな」
「意味がわからない……」
「あっルルーシュ」
「ん――?」
「これ、ルルーシュ宛だ」
「寄越せ」
「これも」
「…………」
「…………」
「スザク」
「ん?」
「お前のだ」
「ありがと」
「…………」
「……何?」
「別に」
「気になるなぁ、何だよじっと見て」
「だから別に?」
「正直に言ってよ。何を見たんだルルーシュ?」
「しつこいぞ、たまたま目に入っただけだ。そんなに気になるなら自分で確かめればいいだろう」
「たまたまって―――、あっ……うわ!」
「ぶつぶつ言いすぎだろ、黙ってやれよ」
「だってルルーシュこれ!」
「いいから!」
「見たよね……?」
「見てない。目に入っただけだって!」
「これ水着じゃないよ、下着だ」
「だから?」
「……なんでそんなに涼しげなのルルーシュ」
「喜ぶかそんな写真で。リヴァルじゃあるまいし。お前こそ本音では嬉しいと思ってるんじゃないのか?」
「そういう趣味はないよ、大胆すぎて引く」
「思いっきり見てるくせに何言ってる。女の方も本望だろ」
「勝手に決め付けるなよ。君こそやっぱり見たんじゃないか」
「見てない」
「ルルーシュって……」
「~~~っ、いい加減にしろスザク! 俺に覗き見の趣味はない、だから気にもしない! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕分けを済ませるぞ!」
「そうだよな……。僕らは無心になるべきだ」

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

感想・連絡等ありましたらばお気軽にどうぞ★ メルアド記入は任意です(返信不要の場合は文末に○入れて下さい)

Twitter

現在諸事情につき鍵付となっております。同士様大歓迎。

義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして

月別

>>

ブロとも申請フォーム