オセロ 第9話(スザルル)




「……………」
 もういいと思った。冗談にしてもやりすぎだ。ここまで来るとさすがに不愉快だった。
(馬鹿馬鹿しい。何を言ってるんだこいつは!)
 幾ら気心の知れた仲とはいえ、悪趣味にも程がある。
 だが、そう思ってからすぐに考え直した。
(いや……。気心など、実はほんの欠片程も知れていないのかもしれないがな。今の俺達は)
 昔と今とを混同する気は無い。互いに食い違った道を進んでいる現状では仕方の無い事だと解ってもいる。だが、悔いるつもりなど毛頭無くとも、こう隠し事ばかり多いとさすがに嫌気が差してくる。
(意外と疲れるものだ。無駄に距離ばかり取り合うというのは)
 この関係の不自然さに気付く度、いつも同じループの中に嵌まり込む。取り留めなく続く思考を打ち消す為に、ルルーシュは深く嘆息した。
「さあな。お前の夢だろう。俺は知らん。聞く気も話す気も失せた。もう寝るから、お前も大人しく寝ろ」
「ルルーシュ、」
「寝ろって言ってるだろ。俺を本気で怒らせる気か? スザク」
 有無を言わさぬ命令調で吐き捨てるなり布団に潜り込み、さっさと寝る体勢を整える。これ以上ふざけた話に付き合うつもりは無かった。
 すると――。
「君はね、夢の中で、裸で縛られて寝かされてたんだよ。僕の目の前で」
 スザクがぽつりと呟いた。
「勿論、目隠しもした状態で、だ」
「……!?」
 静かな声が耳朶を打つ。幻聴と勘違いしかけたが、どうやら違う様だ。
(何を考えてるんだ、こいつは!!)
 続いて襲ってきたのは計り知れない程の衝撃だった。全身の血液が逆流する様な羞恥と共に、自分でも理解出来ない程の混乱が込み上げ頭が割れそうになる。
(幾ら何でも行き過ぎてるだろう! この馬鹿が!!)
 ルルーシュは不快も露に顔を顰めた。俄かには信じがたいスザクの発言に、全身がわなわなと震え出す。
「驚いた? 僕もすごく、驚いたよ。……正直、今日は君の顔見れないかもなー、って思った位にね」
 スザクは「まさかあんな夢見るなんてね」などと呟きながら、あれほど話すのを拒んでいた事など嘘だったかの様に恥じらいも無く言葉を続けてくる。
(それはこっちの台詞だ!!)
 腹の括り方が最悪だ。間違った方向に潔いのは認めるが、遮っていると気付かなかった訳でもないだろう。
 だったら大人しく黙れというのだ。
「そうか。そんな夢を見るとは災難だったな、俺もお前も。……だが、幾らお前でも、夢と現実の区別くらい付くだろう? 今のは聞かなかった事にしておいてやる。頼むからもう寝てくれ。お前がそんな馬鹿げた夢を見たのも、きっと疲れている所為だ」
 平坦な調子で一方的に言い切り、ルルーシュはきつく目を閉じた。
 とてもではないが、まともに取り合ってなどいられない。
(最悪のルート確定だな)
 まさか旧知の友人が変態の道に一歩踏み出しかけていたとは。予想の域を遥かに上回るショッキングな内容だったが、その夢に比べれば自分の見た夢など可愛いものだ。
「おい。さっさと布団に入れよスザク。寝ないのか?」
 姿勢を変えぬまま見下ろしてくるスザクの視線は、布団越しでも見られていると解る程あからさまだった。
 過敏になった神経に障る様で今は正直煩わしいが、無視してこのまま寝入ってしまおうと考えたその時、予告も無くバサリと布団を剥ぎ取られる。
「なっ……! 何をするんだお前は!!」
 肌に触れる外気に驚き、ルルーシュは跳ね起きた。せっかく温まりかけていた布団が奪い取られた事を知り、スザクの手から毟り取ると同時に語気も荒々しく怒鳴りつける。
 無遠慮も甚だしいスザクの振る舞いに、今度こそ本気で切れそうだった。
「まだ話は終わってないよ。それに、君の話も聞いてない」
「話!? そんなもの、もう終わりに決まってるだろ!」
「約束したろ。破る気か?」
「約束なんかした覚えは無い! お前が勝手に言い出した事だろう!」
「いいや、したよ! 君は『だったら先に話せ』と言ったじゃないか。了解してないなら言わないだろ、そんな事!」
 ムキになったスザクが眉根を寄せて凄んで来る。
(意味が解らない……!)
 本格的にスザクがおかしい。心なしか口調まで変わっている気がする。
「どうしたんだ、お前……。まさか本当にイカれたのか?」
 弱り切って尋ねてみれば、スザクはいからせた肩を無言で落とした。
「残念ながら正気だよ」
 真顔で訴えてくるものの、ルルーシュから見れば、それは酔っ払いが酔っ払っていないと主張しているのと大差ない。
「いいかスザク。一度しか言わないぞ。……俺は、その手の冗談が、大嫌いだ」
 わざと一言一句区切りながら伝えてやれば、スザクは心底心外そうに瞳を見開き、再び肩をいからせる。
「冗談で言ってるんじゃないよ!」
「お前は……っ!!」
 あれの一体どこが冗談じゃないというのか。
 聞き分けの無いスザクの態度に、ルルーシュはとうとう逆上した。
「いい加減にしろ!! 今のお前の態度は明らかにおかしいだろ! 自覚が無いだけで、それは疲れてるって事なんだよ!」
 もういっその事、全てそれで済ませてしまいたいくらいだ。
 込み上げる怒りに任せて握り締めていた布団を投げ付けてみたものの、スザクは避けるどころか微動だにしない。
 ばさりと乾いた音を立てて胸元に叩き付けられた布団が、立てられたスザクの片膝の上にずるりと落ち掛かかった。
「……………」
 嘗て無い剣幕で切れたルルーシュの一連の動作を、スザクは無言で見つめている。
 冷えた眼差しに貫かれ、一瞬だけ我に返った。再会して以来表立った対立などしていないが、スザク相手にここまで本気で腹を立てたのは初めてだ。
「じゃあ聞くよ。君、いつも夜中まで、どこで何してるの?」
「―――!!」
 切り付ける口調で言い放たれたスザクの台詞に、一瞬時が止まった。
「何……?」
 頭の中が真っ白になる。……今こいつは、何と言った?
「さっき、君がキッチンに行ってる時にナナリーから聞いたんだ。最近、君が夜遅くまで帰ってこない事が増えたって。学校もサボってる事、たまにあるよね? いつもそんな遅くまで、どこに行ってるの?」
 止まった息を吸い込むと、ひくりと震えた喉がひゅっと音を立てた。
「俺のプライベートだ。お前には関係ないだろう。それとも、逐一報告する義務でもあるって言うのか?」
 語尾が震えないよう、何とか平静を保ちつつスザクに語りかける。
(この状況だ。訝しがられる事は無い!)
 常に冷静なもう一人の自分が、頭のどこかで囁いた。ただスザクの様子に驚いているだけ。そう見えている筈だ。この反応におかしな点は無いと即時に計算する。
「関係ない?」
 すっと細められたスザクの目が、突如剣呑な光を宿した。
 気圧されたとは思いたくないが、あまりの迫力に体が竦む。
「関係ならあるよ。だって僕は君の友達だ。……そうだろ? 聞く権利が無いとは言わせない」
 膝の上で撓んでいた布団の裾を掴んだスザクは、こちらに向けた視線を逸らさぬまま無造作にそれを脇へと払い除ける。
「な、何を……!」
 ずいと体を寄せてきたスザクに圧され、反射的に後ずさった。ヘッドボードに背がぶつかると同時に、軋んだスプリングがギシリと嫌な音を立てる。
「隠しても無駄だよルルーシュ。いつも寝てない理由とも、関係あるんだろ? どこに出かけてるの?」
 ひやりと冷たい木の感触。後退する先を探るように背後へ回した掌はあっけなく行き場を失い、ゆるくカーブのかかった平らな面へと押し当てられた。
「聞かせてよ」
 押し付けられた背の脇にスザクの両腕が伸びる。片方は右腕の肘裏近くに、もう片方の腕は左耳の――丁度、顔の真横に。
「……っ!」
 動きを封じる様に両側から挟み込まれ、ルルーシュは本能的に恐怖した。
 さっきよりずっと距離が近い。……逃げられない。
「だから……ッ! 近寄りすぎだ!」
 一体何のつもりなのか。憤りながら体を捩り、顔の真横に伸ばされたスザクの腕に手をかける。
 勢い良く振り解こうとしたその瞬間、さっと手を引いたスザクに荒っぽく手首を掴まれた。
「何をする! 離せ馬鹿ッ!!」
「言ってよルルーシュ。どうして隠すの?」
「別に俺は……!」
「言い訳はいいから、ホントの事言って!」
 搾り出された叫びが部屋の空気を劈いた。驚きに目を瞠るルルーシュの眼前で、痛みを堪える様なスザクの瞳が悲しげに歪んでいく。
(どうしてそこまで知りたがる!?)
 再会してから向こう、スザクの身辺に関してあれこれ詮索した覚えは無い。常に一歩引いた態度で接してくるスザク相手に、安易に踏み込む事を躊躇し続けていた所為だ。
(それなのに、お前は今更……!)
 拒んでいたのはスザクの方だ。こちらの遠慮も知らず、戸惑いも知らず、例え仮面越しであっても、こちらから伸ばした手でさえ振り払ったのは。
「勝手なんだよ、お前は……!」
 縋る様な眼差しでこちらを見るスザクを、ルルーシュはあらん限りの気迫を込めてキッと睨み返した。
 全身が急激に熱くなり、みるみるうちに頭に血が登っていく。
「隠してたのはお前だろ! 気になってたなら何故言わなかった!」
 散々溜め込み続けた鬱憤が一気に爆発した。こうして問い詰められた苛立ちなど、言うなれば只の切欠に過ぎない。
 部屋に来てからも、スザクの様子は普通だった。だが夕食中に聞いたというのであれば、いつこの件に関して切り出そうかと気にしていたに違いない。
(演技してたのか今まで! こいつは!)
 たったそれだけの事で、ここまで腹が立つとは思わなかった。自分もスザクに対して同じ事をしていると解っていても、騙されていた様に思えて癪に障る。
 単に忘れていただけかも知れないし、疑いなど特に抱かず、ただ気にしない様に振舞っていただけなのかも知れない。
 しかし、そう考えると辻褄の合わない部分が出てきてしまう。
(それ程重く受け止めていなければ、こいつならもっと早い段階で訊いて来る)
 スザクの性格なら恐らくそうするだろう。大して気にかけていない事だったとしたら、後になってからこんなにも極端なやり方で問い詰めてくる筈が無い。
 ナナリーから聞いた事をそれなりに重く受け止めたからこそ、今の今まで黙っていたのだ。腹の底で何を考えていたのか悟らせず、平然と、おくびにも出さずに。
「言うつもりは、無かったよ。さっきも言っただろ? 今日は別々に寝るつもりだったって」
「だったら何故、」
「こうして近付いてしまえば、君と話してしまえば、歯止めが効かなくなるって解ってたから。……それに、君も気にしてたみたいだし」
「何をだ」
「昼間、僕の態度が変だった理由だよ。聞きたかったんだろ? 見てれば判るよ」
 スザクが皆まで言い終えるのを待たず、ルルーシュは力無く首を振った。
(こいつは……。解っている様でいて、やはり何も解っていないんだな)
 確かに、夢の話は糸口に成り得たかも知れない。
 しかし、スザクの口から聞きたかった事は、決してそれだけではないのだ。
「言いたい事は、それで全部か?」
 表情の消えたルルーシュを訝しみながらも、スザクは意を決する様に顎を引いてから再び話し始める。
「僕はね、ただ君の事が心配なだけなんだ。普段租界に居る君は知らないかもしれないけど、まだ途上エリアでしかないここでは、未だにテロが続いている。本当は、君が思ってる以上に物騒なんだよ?」
「そんな事は知っている! お前に言われなくても!」
 幼子を諭す様なスザクの口調に、突如反感が湧き上がった。
(俺が知らない訳ないだろ!)
 そもそも、そのテロの首謀者として既に関わっているというのに、このエリア内の悲惨な状況を知らない訳が無い。
(だが、それはまだスザクには言えない……!)
 スザクの口から直接聞きたい事も、こちらから打ち明けたい事も、本当は沢山ある。しかし、その全てが言えない事なのだ。
(お前さえ望んでくれるなら、それを受け入れてくれるなら、今すぐにでも打ち明けられるのに!)
 隠している事を言えずにいるのは、一体誰の所為だと思っているのか。本当の事を言えと要求しておきながら、互いの本質に関わる対話を避け続けているのはスザクの方だ。
 今が夜中だという事も忘れ、ルルーシュは混沌とした感情のまま激昂した。
「知ってるだけだろ! 君は何も解ってないよ!」
 恫喝に怯む様子も見せず、スザクも即、怒鳴り返してくる。
「いい加減に頭を冷やせ!」
「頭を冷やすべきなのは君だろ! 何怒ってるんだ!?」
「怒るのは当たり前だろ! いい加減この手を離せ!!」
 激した口調で言い返すごとに、スザクの手に力が込められていく。掴まれたままの手首に鈍い痛みが走った。
「っ痛……! 離せと言ってるだろ! この、馬鹿力がッ!!」
 空いたもう片方の手でスザクの胸を叩いて突き放そうとしてみるが、抑え付けてくるスザクの強靭な腕はびくりともしない。
 階下にいるナナリーの事を思い出し、ルルーシュは慌てて声を潜めた。渾身の力を込めて振り解こうとした途端、拘束されたままの手首を前に引かれ、元居た場所とは逆の方向に引き倒される。
「やめろ……ッ! 退けスザク!」
「退けないよ。君が正直に言うまではね」
「一体何の権利があってこんな事……!」
 言いかけた瞬間、上から圧し掛かってきたスザクが大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ君は! いつも夜遅くまで何やってるんだ!!」
 空気が震える程の怒号が響いた。
 頬を引き攣らせたルルーシュは、激怒するスザクに只々圧倒され、剥き出しにされた激しさと獰猛さに息を飲む。
「正直に言えたら離してやる!! だから言うんだ、ルルーシュ!」
「もうよせスザク! でかい声を出すな! ナナリーが起きたらどうする!」
「………っ!」
 興奮しすぎだと気付いたのだろう。はっと目を見開いたスザクが口を噤んだ。
「俺に向かって命令する気か! お前は……!」
 手加減無しに握り込まれた手首は、明日にはきっと痣になっている事だろう。
 妙に醒めた思考の隅で、そんなどうでもいい事を考える。言うまでも無く、それは単なる現実逃避に過ぎない。
「違う……! どうして解らないんだ、君は!」
 詰る様に小声で叫びながら、スザクはもどかしげに瞳を揺らしていた。
 騎士団の件について気付かれるような行動をとった覚えは無いが、この段階で何かに勘付いているのだとしたらとんでもない嗅覚だ。
 ここまでしつこく突っ込んでくる位だ。かねがね疑問を抱かれていたのだろうか。
 隠匿された日常生活の裏に、何か秘密があるのではないのか、と。
(だとしても、ここまでやる必要は無いだろう)
 もっと冷静に話し合える筈だったのに、どこをどう間違えてこんな訳の解らない事になってしまったのか。
「もう一度訊くぞ、スザク。……お前は、気でも触れたのか?」
「そう見えるんだ?」
「当たり前だろ。違うというなら、今すぐその手を離せ」
「嫌だ」
 どうにも険悪な雰囲気だ。
 溜まりに溜まった鬱憤を吐き散らした自覚はあるが、膿を吐き出せばこうなる事は何となく読めていた。
(お話にならないな)
 これはきっと、今まで決定的な衝突を避け続けてきた反作用なのだろう。――だとしたら、こうやってぶつかっておくのも悪くは無い。
 早々に割り切ったルルーシュは、諦めた様に四肢を投げ出した。
「お前がまさか、俺に対してこんな荒っぽい真似を仕出かすなんてな。驚いたよ。一体何がしたいんだ? 手を離すのが嫌だと言うなら、せめてその理由だけでも説明してくれないか?」
 夢の中でまで縛り付けておこうとするなんてよっぽどだ。
 抵抗を止めたルルーシュを、スザクはやけに凪いだ瞳で見下ろしていた。
「僕はきっと、縛っておきたいんだろうね。君の事」
「ほう? それはそれは……随分熱烈な告白だな。では、何の為に?」
「君が、危ない事をしないように、だ。……だから、あんな変な夢を見る」
 今朝考えていた事を思い出し、ルルーシュはひっそりと笑った。
(こいつもか)
 煩悶する羽目になるのが自分だけではなかった事を、喜ぶべきなのだろうか。
 それとも、寧ろ憂えるべきなのだろうか。
「一応、変な夢だったという自覚はあるんだな。そいつは良かった。俺は危うく、お前のアブノーマルな性向について理解を求められているのかとばかり思ったんだが?」
「ふざけないで。真面目に聞いてよルルーシュ」
「ああ。俺も生憎、同性に屈折した執着を向けられて喜ぶ趣味は無いからな」
 不敵に笑って見せながら、ルルーシュは心の中で繰り返した。
 夢は、『見た者自身の深層心理の現れ』なのだという。
(……だとすれば、俺もスザクも、相当末期だ)


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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