オセロ 第7話(スザルル)



「あのね」
 突然耳に届いたのは、凪のように静かで平坦な声だった。
「………?」
「そうじゃなくて……ルルーシュはどうして、そう思うの?」
 どうしても何も無いだろうとは思ったが、改めて訊かれると尚の事切り出し辛いものがある。
「俺がお前を心配してはいけないのか?」
 剣のある口調を止められない。自制したつもりだったのに、思った以上に詰るような響きになってしまった。
 いつだって人の事を気にするばかりで、自分の事には無頓着そうなスザクを言外に責めてしまう。
「それって、学校から帰ってきた時の事、言ってるんだよね?」
 明言は避けたものの、一応正しく伝わったようだ。
 ただ、こちらの事に関しては聞くなと釘を刺してしまった手前、あからさまに問い詰める訳にもいかない。
「あれは……ちょっとね、変な事思い出しちゃっただけだから、気にしないで?」
「変な事?」
「うん。……気になるんだ?」
 拳一つ分開いた頭の向こうで、君らしいねと呟きながらスザクがクスリと笑った。
「別に、気になんかなってない……」
「ダウト」
「……………」
「それ、ウソだろ」
「……………」
「ルルーシュ?」
「何だ」
 ふざけた口調にムカっ腹が立つ。こちらが感じているジレンマなど、スザクは疾うに見透かしているのだろう。
 様子がおかしくなったのは、確か『夢を見た』と言った辺りからだ。あれだけ派手に取り乱しておきながら、本人に自覚が無いなんて有り得ない。
(嘘つきで悪かったな)
 言えない事を隠しているのはお互い様でも、全く気にならないなんて嘘に決まっている。
(らしくないな)
 誰かに隠し事をするなんて、スザクには似合わない。嘘から最も遠い人種に見えるのに、もしかすると違うのだろうか。
(多分、打ち明けさせて楽になれるのは俺だけなんだろうが……)
 吐き出して楽になれる者もいれば、なれない者もいる。踏み込みたいと逸る気持ちを抑え付けるように、ルルーシュはそっと目を閉じた。
「何でも言い合う関係もいいが、お互いに言えない事もあるってのは普通だろ? お前が話したくなったら言えばいい。俺は気長に待ってるさ」
 敢えて追い詰めないようにする事も、時には必要なのだろう。ずるい言い方になってしまったが、今はこの程度譲歩するだけでも精一杯だ。
「ルルーシュ」
「何だ?」
「言っても笑わない?」
 ごそりと蠢く気配がして、スザクが振り返ってきた。自分だけ背を向けているのもおかしい気がしたが、今振り返ってもどんな顔をすればいいのか解らない。
「それは、実際に聞いてみてからでないと解らないな」
 自然とふてくされたような声になる。肘を枕にしたまま黙っていると、むくりと上半身を起こしたスザクがこちらをのぞきこんで来るのが解った。
「ルルーシュ」
「…………」
「こっち向いて?」
「…………」
 何度も呼ぶなと思いながら、渋々寝返りを打ってみた。
 向かい合ったスザクの顔が、カーテン越しに差し込む月明かりに照らされている。うつ伏せになって両肘を付く姿勢から、起こしていた頭を再び枕の上に横たえる所まで見届けていると、流し目でこちらを見たスザクは口元に緩く笑みを浮かべた。
 ぼんやりした薄闇の中で、互いの視線が絡み合う。
「うん。……あのね?」
 目の前に引かれていた筈のラインに、踏み込んでくる足元が見える。台詞の続きを促すように沈黙していると、スザクは戸惑いを浮かべた瞳を幾度か瞬かせた。
「昼間は言えなかったんだけど……実は僕も、今朝夢を見たんだ」
「夢?」
「うん」
 納得半分、もう半分は疑問だった。
(それで態度がおかしかったのか。……でも、何故?)
 ルルーシュは昼間の出来事を反芻した。ただ夢を見たと打ち明けただけにしては反応が過敏すぎると思ってはいたが、一体どんな悪夢を見たのだろう。
「お前もだったのか。そんな事、もっと早く言えば良かったのに。あの時様子が変だったのもそれが原因か?」
「うん、まあ……」
 面と向かって変と言われたスザクは決まり悪そうに苦笑いを浮かべていたが、謎が解けてすっきりする反面、まだ疑問も残る。
「……で? 寝覚めの悪い夢だったのはともかくとして、なんだってあんなに慌ててたんだ?」
 よっぽど怖い夢でも見たのだろう。青ざめているようにさえ見えたスザクの顔を思い出しながら尋ねてみると、スザクは笑いを堪えるような何とも微妙な表情のまま口ごもった。
「いや、寝覚めが悪いっていうか……」
「焦らすなよ。変な奴だな。ハッキリ言え」
「えっとね……。言い辛いんだけど、実は、その夢の中に、ルルーシュが出てきたんだ」
「はぁ? 俺が……!?」
 心拍数が一気に跳ね上がったのが自分でも解る。明らかにまずい兆候だ。
(まさか、そう来るとはな……)
 思わぬ展開に動揺してしまう。完全に予想外とまでは言わないが、いっそ見事なまでに予想の斜め上を行っている。
 周囲の闇に上手く紛れているなら幸いだが、ルルーシュの顔色の変化に気付かない様子でスザクは言葉を続けた。
「しかもさ、それが……なんていうか、ちょっと、変な夢で……」
「………!!」
 目を泳がせながら言うスザクの台詞にぎょっとした。言葉尻に潜むニュアンスに、今一番考えたくない類の想像が駆け抜けていく。
 それは勿論、今まで単なる可能性の問題として処理するだけで、敢えて考えないようにしていた最悪のルートだ。
(馬鹿な。有り得ない……!)
 激しく嫌な予感がした。これ以上喋らせてはならないと、本能が頻りに警鐘を打ち鳴らす。
「それで……」
「そ、そうか! じゃあ、お前も寝てないんだな?」
「えっ?」
「……あ?」
 虚を突かれたスザクが不審そうに眉を寄せている。あまりにも不自然な遮り方なのだから当然だ。
(まずい! ミスった……!)
 既に口を滑らせてしまってから、これでは文脈がおかしい事に気が付いた。
(何をやっているんだ俺は!!)
 信じられない程の、痛恨のミス。
 中途半端な作り笑顔だけは辛うじて引っ込めたものの、多分今の自分は、無表情を通り越して口角の下がった仏頂面をしてしまっている。米神の辺りに、つい、と一筋汗が流れた。
 困惑も露なスザクを前に、頭の中ではどう言い繕おうかとあの手この手だった。悪い勘ほど的中するものだ。最早皆まで聞く必要は無いようにさえ思えてくる。
「まあ、確かに眠りは浅かったけど……君よりは熟睡出来てるから、大丈夫だよ……?」
 いきなり話の腰を折ったルルーシュを見つめるスザクの眼差しは、当然疑惑の色に満ちていた。探るような視線を向けられ、掌にまでじんわりと冷や汗が滲む。
「そういえば……」
 瞬き一つ無いまま、スザクが言いかけて止まる。
 もうそれ以上何も言わないで欲しいと切実に願ってみたが、スザクは勿論空気を読まなかった。
「君も、言えないって言ってたよね?」
「何がだ」
「ん? だから、夢の内容」
「………!!?」
 ――まさかの、藪蛇再び。
(失態だ……!)
 ルルーシュは、これ以上無い程大きく見開いた目で呆然とスザクを見つめていた。
 スザク相手に、一瞬でも慌てた所を見せるべきでは無かった。……尤も、今更後悔してみた所で後の祭りなのだが。
 天井に向かってうーん、と呟きながら思案していたスザクが、何か良い事でも思い付いたかのように勢い良く振り返ってくる。
 無言で思考回路ごと意識がショートしたルルーシュを数秒程見つめたのち、スザクは邪気の欠片も無い上目遣いでさらりと言い放った。
「あのさ、僕も言うから、そしたら君も話してよ。……そういうの、駄目かな?」


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夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
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