オセロ 第6話(スザルル)



「川の字じゃなくて、これじゃ二の字だね」
 真横で背を向けて寝ているスザクが、もぞもぞと寝返りを打ちながら訳のわからない事を訴えてくる。
「にの字? ……ああ、漢数字の『二』か?」
「うん。片仮名の『ニ』でもいいけど」
 少し考えてから思い出した。川の字というのは、昔スザクが教えてくれた言い回しだ。ナナリーも一緒に、三人で屋敷の離れに寝泊りしていた時に。
(こいつも多分、今同じ事を思い出しているんだろうな)
 柔らかな思い出に身を任せ、ルルーシュは懐かしげに目を細めた。訊かなくても解り合える瞬間があるとすれば、そのタイミングが今なのだろう。
「ルルーシュ、狭くない……?」
「いや、大丈夫だ」
 ごそごそした衣擦れの音に紛れて、くぐもった声が耳を打つ。昼間聞く声と違って聞こえるのは、きっとまどろみの中に居る所為だ。
(これでは普段と逆だな)
 修学旅行を彷彿とさせる状況に、ルルーシュは息を潜めて笑った。あの女にも、スザクと同じくらい人を気遣える神経があれば苦労しないのに。
 まだ眠りに就くのが惜しく思えて、先程の話を繋げてみる。
「二の字でもいいが、平仮名か片仮名の『リ』でもいいんじゃないのか?」
「そう? でもそれじゃ、長さに差がありすぎない?」
 スザクの声には、単純に疑問の二文字だけが乗せられている。
「それを言うなら、『二』だってあまり変わらないだろ。勿論、長い方が俺だが」
「酷いな。そこまで差は無いよ」
 冗談めかして言ってみれば、ムッとしたらしいスザクが間髪入れずに呟いた。人種的な違いからか、少しだけ身長差がある事を気にしているのだろう。
「何だよ。希望的観測か?」
「事実だよ。それに、僕はまだ伸びるよ? 一応成長期だし、君より運動もしてる」
 からかわれたのが余程面白くなかったのか、ムキになったスザクが負けじと言い返してくる。小さい頃から体力面で劣っているのを気にしていたのはこちらだというのに、わざわざそこを突いてくるなんてつくづく負けず嫌いな男だ。
「俺は只の学生なんだ。運動量に差があるのは当然だろ? 怒るなよ、この体力バカが」
 運動でスザクに勝つ気など最初から無い。元々、ルルーシュの真価が最大限に発揮されるのは知力の分野だ。得意なジャンル自体異なっているのに、誰かに負けた所を見た事も無い相手と張り合うなんて馬鹿げている。
「それより、さ」
「ん?」
「ルルーシュ、今日はちゃんと眠れそう?」
 今日は、と言ってきたスザクに、昼間の事を思い出す。
(まだ気にしてたのか)
 今朝夢を見たのは事実だが、睡眠時間が極端に減っているのも、授業中に居眠りしているのも、本当はスザクが思っているような理由ではない。
「ああ。今夜はよく眠れそうだ」
「良かった。じゃ、今日こそちゃんと寝てね?」
 ほっとしているのは解るが、連日睡眠不足前提のような口ぶりだ。
(まあ間違ってはいないが、我ながら信用が無いな)
 散々寝倒している所を見られている所為か、反論しようにも立つ瀬が無い。
「わかったよ……。それにしても、お前は随分心配性なんだな」
「違うよ。僕が心配性なんじゃなくて、ルルーシュが僕に心配させてるんだ」
「はいはい。解った解った」
 説教が始まると長そうだ。真面目くさった台詞に反して、むくれ方が子供っぽい所は昔と変わらないが。
 ルルーシュは肩の震えを我慢しながら腹の痙攣をやり過ごした。心配も度が過ぎれば只の過保護だと思うが、それを言えば余計怒られてしまいそうだ。
(ちょっと行き過ぎてるとは思うが、まあ、こいつらしいといえばこいつらしいのかもな)
 他愛無い会話を交わす中、ふと我に返ったルルーシュは瞠目する。
 背を向け合う現状に、突然覚える既視感。
 冗談を交わし合い、一見仲が良さそうに見えても、スザクとは結局、ずっと背中越しの関係だ。丁度、いつもこの位の距離だろう。
 急に、そんな考えが脳裏を過ぎった。
(又か……。何故今そんな風に考える必要がある?)
 自問したルルーシュは忌々しげに顔を歪めた。
 何の事は無い、単なる気のせいだと自分に言い聞かせる。多忙な日々を送っているせいか、それとも緊張に満ちた学園生活の影響か、殊にスザクと再会してからは情緒不安定気味だ。
 この感覚に気付く度、ルルーシュは背中から冷水を浴びせられたようにヒヤリとした。一瞬で思考が麻痺し、どこかで心臓の軋む音がする。
(とにかく遠い……。でも、だから何だ。一体何が不満なんだ俺は?)
 今すぐ頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。
 ただ、手を伸ばせばすぐ届く距離に居るのに、本当はいつだってすぐ傍にいるのに、ずっと背中越しに接するようにしか話せていない事だけは自覚している。
 お互いに、心のどこかで遠ざけ合っている。それだけは確かだ。
(少なくとも俺にとっては、自分の背中を預けてもいいと思える相手はスザクだけだ)
 それを知っていながら、正面切って向かい合う事からひたすら逃げ続けている。
 会話が途切れると同時に、部屋に深い静寂が降りた。……スザクはもう、眠ってしまっただろうか。
「スザク」
「うん?」
「お前……俺に、何か言いたい事があったんじゃなかったのか?」
「……えっ?」
 おもむろに問いかけてみれば、空気がピンと張り詰める。
(いっその事、向き合ってしまえればいいのにな)
 不意に自嘲が漏れた。今背を向けているのは、果たしてどちらの方なのだろう。
「どうして?」
 尋ねてくるスザクの声は硬かった。……答えたくないと思っているのが、嫌でも伝わってくる。
(お前のそれは、やはり拒絶なのか?)
 胸の奥に広がったのは、言い得ようのない不安だった。心なしか冷えた様にさえ感じられる指先で、ルルーシュはシーツをきつく握り締める。
 震える息を漏らすまいと引き結んだ唇が、ほんの僅かに戦慄いた。
「いや、別に……。大したことじゃないならいい」
 こうして一歩踏み出そうとする度に、いつもやんわりとかわされているような気がする。
 何か言い辛そうにしていなかったかと尋ねるつもりだったのに、強張ったスザクの声を耳にした途端、本音と真逆の台詞が口を突く。
(これじゃ、普段と何も変わらないだろう)
 ルルーシュは内心、苦い思いを噛み締めていた。
 器用に見える反面、不器用なのではない。基本的に不器用なくせに、やろうと思えば幾らでも器用そうに振舞えてしまうからいけないのだ。その所為で、演技ばかりが上手くなる。
 特技の一部と割り切って、驕っていられる時は楽でいい。
 だが、今だけはそんな性分が心底煩わしく思えた。
(一歩踏み出せば一歩下がられてしまうのか……。情けないな)
 自分に関わる事なら一応聞いておくべきかと思ったが、言いたがらないものを無理に穿る趣味は無い。
 夕食以降はまともだったが、今日のスザクの態度はとりわけ妙だった。
 一言で言えば挙動不審だ。単に気遣われているだけかと思えばやたらと突っ掛かって来たり、物言いたげな割に言いたい事を隠すような素振りを見せてみたり。
 自分から引き付けておきながら、スザクはずるい。責める権利など無いと承知の上で、そう思った。


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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