オセロ 第5話(スザルル)



 三人で夕食を済ませた後、暫し雑談してから自室へと移動する。
 CCは今頃、客間に居るだろう。この時間帯になれば、うろちょろ出歩かれる心配も無い。
「はぁー……。夕食、すっごく美味しかったよ。ご馳走様、ルルーシュ」
 礼を聞かされるのは何度目だろうか。部屋のドアは自動だというのに、先回りしたスザクは扉が閉まらないよう片手で押さえてリードしてくる。
 紳士然とした性格を発揮する場を間違えていると思うが、ルルーシュは敢えて何も突っ込まずにそのまま通り過ぎた。
「どういたしまして。それより、もう腹は一杯になったのか? 何なら部屋で摘めるものでも用意するが」
「うん、大丈夫! もうおなかいっぱい」
 機嫌の良さそうなスザクを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
 終始にこにこ顔のスザクにつられたのか、夕食以降ルルーシュの笑みも絶える事が無かった。
「そいつは良かった。そう言ってもらえると、俺も作り甲斐がある」
 自室に辿り着き、取り敢えず椅子に腰掛けると、お腹を満足そうにさするスザクもベッドに座ってのんびり足を伸ばしている。
(ようやく緊張が解れたか……)
 こうして二人きりになった時にしか見られないリラックスした様子に、つい表情が綻ぶ。
 旺盛な食欲を見せるスザクは、三百グラム以上あるハンバーグと一緒にライスを三皿平らげた。かなり多めに用意してみたのだが、前菜、メインに、デザートも含めてあっさりぺロリだ。
「毎回思うんだが、凄い胃袋だな、お前のは。腹が痛くなったりしないのか?」
 ブラックホールに直結しているのだろうか。お腹一杯と言っていても、ともすればまだ入りそうだ。
「これくらいの量食べるのは普通だってば。ルルーシュが食べなさ過ぎなんだよ」
「そうか? 俺にとっては、これが普通なんだが……」
 どちらかというと食の細いルルーシュからすれば信じられない量だ。お互いに食べ盛りな年頃ゆえ解らなくもないが、筋肉質とはいえ、どう見ても細身なスザクを見ているといっそ不思議に思えてくる。
「食べっぷりがいいのは、見ていて気持ちがいいんだがな」
「あ。もしかして、もうちょっと遠慮した方が良かったのかな……。僕、食べ過ぎちゃってた?」
 揶揄する口調に聞こえたのだろう。スザクはどうやら意味を曲解したようだ。
「別にそうじゃない。変な遠慮なんかするな。食欲旺盛なのは、良い事だろ?」
 腹が痛くならないなら別にいい、と告げてやれば、スザクは安心したように頷いてから、仰向けでベッドの上に転がった。
「僕はともかく、ルルーシュはもっと食べた方がいいよ。君はちょっと細すぎ」
「悪かったな。だが、これは食べる量の問題じゃない。体質なんだ。だから、スリム、と言ってくれないか?」
「スレンダー、でもいい?」
「どっちも変わらないだろ」
「あはは! そうかも」
 軽口を叩き合いながら笑い合う。他愛無い時間が酷く楽しく、幸せにさえ思えた。
 二人一緒に居るだけで話が尽きない。他の誰かに言われればきっと腹が立つだろう台詞も、相手がスザクがであれば全く気に障らなかった。
「それにしても、君は相変わらず料理が上手いな。もしかして、この間来た時よりも腕上がった?」
 椅子の方にコロンと体を反転させ、片肘をついて寝転がったスザクが尋ねてくる。ハンバーグくらいでと思わなくも無かったが、好物だからこそ余計美味しく感じられたのだろう。
「さあ、どうだろうな。普段は咲世子さんが作ってくれてるから、俺が作るのは久しぶりなんだ」
「そっか。でも慣れてるよね? 将来レストランでも開いたら、きっと儲かると思うよ」
 しみじみと呟かれ、思わず噴出しそうになった。次々と繰り出される褒め言葉のオンパレードが、何だかこそばゆく感じられる。
「よせよ。褒め殺しか? 包丁捌きのスピードならお前の方が上だろ」
「でも、料理の腕なら、確実に君の方が上だ」
 一体何の勝負なのか、スザクはより良い部分を見つけようと競うように褒めてくる。
「そう連発してくれるな。……だが、そうだな。ついでに言うなら、人を褒めるテクニックもお前の方が上だよ、スザク」
 苦笑混じりに言葉を返せば、どういたしまして、とでも言うように小首を傾げてきた。
(全く……。こいつと居ると、本当に退屈しないな)
 人を調子に乗せるのが上手いと思うが、ここまで喜ばれるなら本望だ。只のオダテだと解っていても、決して悪い気はしない。
「ありがと。そう言われると嬉しいよ。それに、君に言われるなら、本当なのかもって思えるし」
 スザクは肩を竦めながら恐縮してみせる。きっと本心なのだろう。洒落っ気のある動作なのに、わざとらしく見えない所が凄いと改めて思う。
「ああ、信じていい。俺はお前と違って、そう簡単に人を褒めたりしないからな」
 片眉を上げながら言ってやれば、ベッドの上で頬杖をついたスザクが照れくさそうに笑っている。
「それに、お前の言葉は本心だからこそ、人にもちゃんと伝わるんだ。褒め言葉に関しては、本音に勝るテクニックは無い、って言うからな。美徳だろ? それは」
「うーん……。人からは天然って言われるんだけどね」
「そうだな。当たってる」
 具体的には聞いていないが、軍では時々「この世の終わりを感じさせる食べ物」を出される事があるらしい。
(どうせ碌なものじゃないんだろうが、普段は一体何を食べさせられているんだか……)
 ここまで大袈裟に褒めてくる位だ。どちらにせよ、あまり良い物は食べていないのだろう。
「あんな感じで良ければ、俺がいつだって作ってやる。だからお前も、遠慮なんかしないでもっと遊びに来いよ」
 スザクは一瞬呆けた顔をしていたが、すぐに真顔に戻って軽口を叩いてくる。
「うん、そうだね。君はきっと、いいお嫁さんになれるよ」
 有り得ない切り返しにムッときた。生憎だが、この手の冗談は受け付けない。
(俺が嫁だと? 笑えないな)
 ――それに、他意は無いものと信じたいが、何か大事な部分をはぐらかされたような気がする。
「バカ。俺は男だぞ。嫁なら貰ってやってもいいが、婿なんか取る気は更々無い」
「だよね。そう言うと思った」
 プッと噴出したスザクが、悪びれもせずクスクスと笑っている。
「何がおかしい。言っておくが、嫁を貰う予定も当分無いぞ」
「うん。僕も無いよ?」
「そんな事は知っている!」
 怒ってみたところで意に介する様子もなく、天然で返してくるスザクに気が抜けてしまう。
「ほら、下らない冗談言ってる暇があったら、さっさと寝ろ」
「……あれ、そういえば、簡易ベッドは?」
 スザクに言われて気が付いた。
(そういえば……)
 スザクが泊まりに来る時に使う簡易ベッドは、普段邪魔にならないよう客間に置かれている。いつもは事前に運んでおくのだが、今は丁度、布団諸共CCの居る客間に置きっぱなしだ。
(追い出す前に運んでおけば良かったか)
 今朝言い合いをした所為でタイミングを逃したのがまずかった。臍を噛む思いでどう説明しようか考えていると、スザクは身軽な動作でひょいとベッドから起き上がる。
「客間にあるんだろ? 運んで来るよ」
 言うや否や部屋を出て行こうとするスザクを、ルルーシュは全力で呼び止めた。
「ああ悪い! スザク、ちょっと待て!」
「ん、何?」
 くるりと振り返ったスザクは、今にも突撃しそうな勢いだった。もしCCと鉢合わせでもすれば、言い繕うのはどう考えても不可能だ。
(クソ……! こいつ相手にあまり派出な嘘はつきたくないが、仕方が無い!)
 焦りながらも、たった今思いついた言い訳をつらつらと並べてみる。
「実はな、あのベッドは今壊れているんだ。だから、」
「ああ、使えない程じゃないならいいよ。気にしないで?」
 スザクはにっこりと笑いながら、静止の声も解さず出て行こうとした。人好きのする笑顔が、今は何とも憎らしい。
(なっ……! 気にしないで、じゃない!)
 背に腹は変えられない思いでついた嘘を軽くスルーされそうになり、上塗りになると知りながらも、口から飛び出る勢いに任せて嘘を重ねていく。
「だからそうじゃなく! あれは今修理に出してるから、うちに無いんだ! それから、俺の客用布団もクリーニング中だ!」
「え……?」
 途端、ピキッと音を立てるように固まったスザクの視線が、部屋の中に置かれたベッドと入り口との間を数回往復した。そのままギギギ、と音が鳴りそうな動きで回された首が、椅子から立ち上がったルルーシュの方へと向けられる。
「布団も、無いの?」
「ああ」
「そんな……。じゃ……僕、今夜はどこで寝れば? あ、もしかして、今日は客間?」
「違う!!」
 だから、どうしてそうなる。
(確かに、簡易ベッドの他に設えられたものが一台あるが……!)
 察しが悪いと言いたいが、察されると困るのはこちらの方だ。この場合、寧ろ勘がいいと言える。
 ともあれ、スザクの解釈は、ルルーシュにとって決してそうあって欲しくはない方向にばかり突き抜けていた。
「言い忘れていたが、あそこは今、理事長の客が泊まるのに使っている」
「えっ……そうなの……?」
「ああ、そうだ。急な客でな。明日には帰るそうだが」
「……そうなんだ?」
「だから、そうだと言ってるだろ。何故二回も訊いてくる?」
「まあ……それなら……。うん……解ったよ」
 見るからに不自然な笑みを貼り付けたスザクは、ぎくしゃくしながらベッドに戻った。
(何なんだ……)
 昼間も様子がおかしかったが、またしても挙動不審になっている。
「とりあえず、そういう訳だから、間違っても客間の方には行くなよ? 鉢合わせると向こうの迷惑だからな」
「うん……。でも、珍しいよね」
「何がだ」
 まだ何か言ってくるつもりだろうか。不穏な気配を察知したルルーシュはギクリと背筋を強張らせる。
「今日、僕が泊まりに来るって知ってるルルーシュが、布団用意し忘れるなんて」
「ああ……ちょっとな。出すのが遅れた所為で間に合わなかったんだ。悪いな」
「いや……いいけど」
 スザクは暫く目を白黒させていたが、言い渡した事については取り敢えず納得したようなので安心した。
(客が泊まっていると言う前に、俺が部屋に運ぶ、などと言い出さなくて正解だったな)
 うっかり口を滑らせて、止めても聞かないスザク相手にそれを言っていたらアウトだった。
 スザクの事だ。ベッドや布団だけは確実にあると判断させてしまえば、運ぶのを手伝う等言い出しかねない。例え客が泊まっていようと、夜遅くに非常識だろうと、頼めば運んでくる事も全く不可能ではないからだ。
 ルルーシュは内心、ひっそりと胸を撫で下ろした。
 少々回りくどい感は否めないものの、咄嗟についた嘘にしては上出来だ。……勿論、派手にしくじったのも事実だが。
(だが、今度からCCは客間以外の部屋に寝かせるしかないな)
 一応クラブハウス内には他にも何部屋かあるが、幾ら一部を居住区にさせてもらっているとはいえ、全ての部屋を好き勝手に使える訳ではない。
 クラブハウス内どころか学園内全てのセキュリティに通じている為、本当は入ろうと思えばあらゆる場所に出入り出来てしまうのだが、好意で間借りさせてもらっている以上、理由も無くあちこち使うのも気が引けると思っていたのだが……。
「ルルーシュ!」
「はい!」
 突然大声で呼ばれ、驚いて飛び上がりそうになった。
「何なんだお前は! もう遅いんだから大声を出すな。ナナリーが起きたらどうする」
 ナナリーの部屋はルルーシュの部屋の真下だ。恐らく就寝しているだろう時間を気にして、ルルーシュは声を潜めた。
「あ……ごめん。……そうだね。ナナリー、もう寝ちゃってるよね」
「はぁ?」
 ナナリーに何か用でもあるのだろうか。
 頭の上に疑問符を並べているルルーシュを見て言いたい事を察したのか、スザクは両眉を下げた困り顔でおずおずと尋ねてきた。
「あ、いや……。客用の布団とか、他には無いよね? ええっと……例えば、ナナリーのお客さん用のとか」
「女性用のものしか無い。それに、もうナナリーは寝てるだろ」
「そう、だよね……」
 ベッドは修理中、布団はクリーニング中、客間は別の人間が泊まっている。
(よし。取り敢えずこれで条件はクリアだ)
 何としても、CCの居る客間にスザクを行かせる訳にはいかない。
 それゆえ、今夜は半強制的に、二人は同じベッドで眠るしかないのだった。


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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