オセロ 第4話(スザルル)
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「そうか。じゃ、君はまず、夜眠れるようにしなくちゃね」
「はぁ!?」
有無を言わさぬ断定口調だ。向けられた視線が心なしか冷たい。
(何故怒っている!?)
どこで地雷を踏んだのか。当然と言わんばかりに言い渡され、ルルーシュはぎょっとすると同時に酷く慌てた。
「だって、寝てないからああやって居眠りばっかりするんだろ?」
「だから、なんでそうなる……」
苦虫を噛み潰すような呟きが漏れる。藪蛇を突く羽目になるのは御免だというのに、スザクは思った以上にしつこかった。
(この段になってから蒸し返されるとはな)
押しの強さに唖然とするものの、何とか話を逸らさなければ振り出しに逆戻りだ。
「だから、睡眠ならちゃんと摂っていると言っただろ」
「ウソばっかり。君、目の下にクマ出来てるよ」
「えっ?」
苛立ちが募る中、言質を取られてギクリとする。
今朝鏡を見た時は気付かなかったが、屋外にいると目立つのだろうか。
(余計な事にばかりよく気付く奴だ)
適当にかわそうと思ったのに、これでは言い逃れ出来ない。思わず舌打ちが出そうになったが、焦るルルーシュを余所に追及は容赦なく続けられていく。
「まだそこまで目立ってはいないけど、ちゃんと寝てたらそんなの出来ないよね?」
「……………」
「寝てるっていうなら、それは何?」
米神がピクリと引き攣った。
トーンこそ抑えられているが、声に妙な威圧を感じる。しかも、畳み掛ける口調と共に詮索ぶりまでエスカレートしていく様だ。
「何って……ちょっと待て。お前、気になるのは解るが、少ししつこいぞ」
幾ら相手がスザクとはいえ、さすがに一言言いたくもなる。表立って言うのも憚られるかと思って黙っていたのに、これでは質問攻めだ。
牽制の意味も込めて軽く睨んでみたが、立ち止まったスザクは鋭さを増した目つきで睨み返してくる。
「君は、僕に嘘を吐くの?」
「別に嘘は吐いてないだろ」
「じゃ、どうして眠れないのか言ってごらん?」
「お前な……!!」
あまりにも一方的な言い分に、一瞬本気で腹が立った。……が、しかし。
「ルルーシュ」
「………っ!!」
再度強く名前を呼ばれ、言い返そうと口を開きかけたルルーシュは完全に沈黙した。
(そういえば、こいつは昔から、一度言い出したら聞かない奴だったな)
スザクの目に浮かんでいるのは非難の色だけではない。心配がベースになっているのが解るだけに、それ以上何も言い返せなかった。
普段温厚な人間に限って、機嫌を損ねるとタチが悪いというのは本当のようだ。……それに。
(今からうちに来る相手と、喧嘩になるのは御免だ)
夕食を共にする事をナナリーも楽しみにしている。約束が流れたとなれば、きっと悲しませてしまうだろう。
(仕方ない。折れてやるしか無いか)
気まずく黙り込んだルルーシュは、呆れと諦めの狭間で深く嘆息しながら再び歩き出した。
「今朝見た夢のせいだ」
「夢?」
背後で怪訝そうにしているスザクに頷き、半ばやけくそ気味に言葉を続ける。
「ああ、そうだ。それで熟睡出来なかったんだろう。クマが出来ているのもその所為だ」
「……………」
夢の内容を伏せたまま事実を告げてみたが、応えは無い。
(まだ疑われているのか?)
返された沈黙を不審に思って振り返ってみれば、何だか様子がおかしい。
「スザク?」
「えっ?」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
弾かれたように勢い良く顔を上げたスザクが固まっている。顔色があまり良くない。
いや、寧ろハッキリと悪い。
「あ、いや……大丈夫。何でもないよ」
うっすら青ざめたスザクが、ぎこちない笑みを浮かべたまま視線を逸らした。
口元が明らかに引き攣っている。決して何でもなくは見えないが、一体どうしたのだろう。
(何だ? スザクの奴)
何かおかしな事を言っただろうかと気になったが、これ以上深く突っ込まれても面倒だ。このまま受け流すかどうか思案していると、黙り込んでいたスザクが先に口を開いた。
「っていうか、訊いてもいいかな」
又かと思ったが、一応聞いてやる。
「何だ」
「それ、どんな夢?」
「!!」
今度こそ地雷を踏んだ。完全に藪蛇――最悪のパターンだ。
(今日は厄日か!)
スザクの顔は真剣を通り越して深刻そのものだったが、生憎その質問にだけは答えられない。
(言える訳ないだろ! お前が出てきたなんて!)
只の笑い話で済めばいいが、下手をすれば人格を疑われかねない内容だ。正直に話して墓穴を掘るより、黙っていた方が無難だろう。
(おかしい……。そんな話をしているか? 今!)
反応が大袈裟過ぎるのはともかくとして、この悪夢のような流れは一体何なのか。
「どうしたんだ急に? なんか変だぞお前」
「いいから。質問に答えてくれないかな」
「……………」
どうにかしてはぐらかそうとしてみるが、全く乗ってこない。……どころか、完全に目が据わっている。
(お前……その顔やめろ!)
単に聞きたがるだけにしては妙なテンションだ。真に迫りすぎていて正直怖い。
「落ち着けスザク。俺は何か変な事を言ったか?」
「いや……そうじゃ、ないよ。……そうじゃないけど」
「けど、何だ」
スザクは拳を握り締めながら、物言いたげに視線を彷徨わせている。
(言いたい事があるならハッキリ言え)
予測の付かない言動を取られるのは、あまり好きではない。苛々しながら訊き返すと、スザクは決然とした面持ちでこちらを見た。
「聞かせてよ」
「なっ……!」
突然の訴えに目を剥いた。本気で言っているのだろうか。
「聞かせろって……夢の内容をか!?」
「そう。……駄目?」
上目遣いになり、この世の終わりについて尋ねるような顔で訊いてくる。
(だから、何なんださっきから! その迫力は!)
全く意味が解らない。一歩後ずさったルルーシュは、訳も解らぬまま口を開いた。
「な……内緒だ!」
「内緒!? どうして?」
否やがあるなど最初から受け付けていなかったのだろう。答えられて当然と思っている反応だった。
「どうしてじゃないだろ! 大体、なんでそんな事聞きたがるんだお前は!」
動揺のあまり、自分でも驚く程の大声が出る。まずいと思った次の瞬間、大きな瞳を丸めていたスザクが途端にしゅんとなった。
「そうだよね……。ごめん」
「……………」
ルルーシュの怒声が効いたのか、スザクは貝のように黙り込んだ。頭と尻に犬の耳と尻尾が付いているように見えるのだが、今はそのどちらもが力無く垂れ下がっている。
「いや、俺も別に、怒鳴るつもりは無かったんだが……。その、大丈夫か?」
「うん……」
よく解らない状況に少なからず動揺させられた所為もあるが、相手はスザクだ。悪気が無いのだから仕方が無い。
(子供の頃じゃあるまいし……勘弁してくれ!)
消沈したスザクを見ていると、そこまで隠す必要も無かっただろうかと自信が無くなってくる。板についてしまった秘密主義と、性格のひねくれぶりに自分でもうんざりした。
せっかくスザクの方から踏み込んできてくれたのに、もしかして早まっただろうか。
「ルルーシュ」
「何だ」
「今日の晩御飯、ハンバーグがいいな」
「……わかった。善処する」
善処も何も、作るのは自分なのだが。
顔色を伺うように恐々と見上げてくるスザクに、一応機嫌を取ろうとしていると察して笑顔を向けておく。
「デミグラスソースのでいいのか? お前好きだろ」
「うん」
好物を覚えられていたのが嬉しかったのだろう。スザクの顔にぱあっと笑みが広がった。
(危なかった……)
どうやら引き下がるつもりになったようだ。クラブハウス入口の階段を上りながら、ひっそりと安堵の溜息をつく。
(確かにおかしなやり取りだったとは思うが、怒鳴ったのは失敗だった)
何とか誤魔化す事に成功したものの、正直言って肝が冷えた。
取り敢えず、夕食はスザクの好物だけで作ってやろうと思いながら、ルルーシュは招き入れたスザクと共に、ナナリーが待つ自宅の中へと入っていった。
「そうか。じゃ、君はまず、夜眠れるようにしなくちゃね」
「はぁ!?」
有無を言わさぬ断定口調だ。向けられた視線が心なしか冷たい。
(何故怒っている!?)
どこで地雷を踏んだのか。当然と言わんばかりに言い渡され、ルルーシュはぎょっとすると同時に酷く慌てた。
「だって、寝てないからああやって居眠りばっかりするんだろ?」
「だから、なんでそうなる……」
苦虫を噛み潰すような呟きが漏れる。藪蛇を突く羽目になるのは御免だというのに、スザクは思った以上にしつこかった。
(この段になってから蒸し返されるとはな)
押しの強さに唖然とするものの、何とか話を逸らさなければ振り出しに逆戻りだ。
「だから、睡眠ならちゃんと摂っていると言っただろ」
「ウソばっかり。君、目の下にクマ出来てるよ」
「えっ?」
苛立ちが募る中、言質を取られてギクリとする。
今朝鏡を見た時は気付かなかったが、屋外にいると目立つのだろうか。
(余計な事にばかりよく気付く奴だ)
適当にかわそうと思ったのに、これでは言い逃れ出来ない。思わず舌打ちが出そうになったが、焦るルルーシュを余所に追及は容赦なく続けられていく。
「まだそこまで目立ってはいないけど、ちゃんと寝てたらそんなの出来ないよね?」
「……………」
「寝てるっていうなら、それは何?」
米神がピクリと引き攣った。
トーンこそ抑えられているが、声に妙な威圧を感じる。しかも、畳み掛ける口調と共に詮索ぶりまでエスカレートしていく様だ。
「何って……ちょっと待て。お前、気になるのは解るが、少ししつこいぞ」
幾ら相手がスザクとはいえ、さすがに一言言いたくもなる。表立って言うのも憚られるかと思って黙っていたのに、これでは質問攻めだ。
牽制の意味も込めて軽く睨んでみたが、立ち止まったスザクは鋭さを増した目つきで睨み返してくる。
「君は、僕に嘘を吐くの?」
「別に嘘は吐いてないだろ」
「じゃ、どうして眠れないのか言ってごらん?」
「お前な……!!」
あまりにも一方的な言い分に、一瞬本気で腹が立った。……が、しかし。
「ルルーシュ」
「………っ!!」
再度強く名前を呼ばれ、言い返そうと口を開きかけたルルーシュは完全に沈黙した。
(そういえば、こいつは昔から、一度言い出したら聞かない奴だったな)
スザクの目に浮かんでいるのは非難の色だけではない。心配がベースになっているのが解るだけに、それ以上何も言い返せなかった。
普段温厚な人間に限って、機嫌を損ねるとタチが悪いというのは本当のようだ。……それに。
(今からうちに来る相手と、喧嘩になるのは御免だ)
夕食を共にする事をナナリーも楽しみにしている。約束が流れたとなれば、きっと悲しませてしまうだろう。
(仕方ない。折れてやるしか無いか)
気まずく黙り込んだルルーシュは、呆れと諦めの狭間で深く嘆息しながら再び歩き出した。
「今朝見た夢のせいだ」
「夢?」
背後で怪訝そうにしているスザクに頷き、半ばやけくそ気味に言葉を続ける。
「ああ、そうだ。それで熟睡出来なかったんだろう。クマが出来ているのもその所為だ」
「……………」
夢の内容を伏せたまま事実を告げてみたが、応えは無い。
(まだ疑われているのか?)
返された沈黙を不審に思って振り返ってみれば、何だか様子がおかしい。
「スザク?」
「えっ?」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
弾かれたように勢い良く顔を上げたスザクが固まっている。顔色があまり良くない。
いや、寧ろハッキリと悪い。
「あ、いや……大丈夫。何でもないよ」
うっすら青ざめたスザクが、ぎこちない笑みを浮かべたまま視線を逸らした。
口元が明らかに引き攣っている。決して何でもなくは見えないが、一体どうしたのだろう。
(何だ? スザクの奴)
何かおかしな事を言っただろうかと気になったが、これ以上深く突っ込まれても面倒だ。このまま受け流すかどうか思案していると、黙り込んでいたスザクが先に口を開いた。
「っていうか、訊いてもいいかな」
又かと思ったが、一応聞いてやる。
「何だ」
「それ、どんな夢?」
「!!」
今度こそ地雷を踏んだ。完全に藪蛇――最悪のパターンだ。
(今日は厄日か!)
スザクの顔は真剣を通り越して深刻そのものだったが、生憎その質問にだけは答えられない。
(言える訳ないだろ! お前が出てきたなんて!)
只の笑い話で済めばいいが、下手をすれば人格を疑われかねない内容だ。正直に話して墓穴を掘るより、黙っていた方が無難だろう。
(おかしい……。そんな話をしているか? 今!)
反応が大袈裟過ぎるのはともかくとして、この悪夢のような流れは一体何なのか。
「どうしたんだ急に? なんか変だぞお前」
「いいから。質問に答えてくれないかな」
「……………」
どうにかしてはぐらかそうとしてみるが、全く乗ってこない。……どころか、完全に目が据わっている。
(お前……その顔やめろ!)
単に聞きたがるだけにしては妙なテンションだ。真に迫りすぎていて正直怖い。
「落ち着けスザク。俺は何か変な事を言ったか?」
「いや……そうじゃ、ないよ。……そうじゃないけど」
「けど、何だ」
スザクは拳を握り締めながら、物言いたげに視線を彷徨わせている。
(言いたい事があるならハッキリ言え)
予測の付かない言動を取られるのは、あまり好きではない。苛々しながら訊き返すと、スザクは決然とした面持ちでこちらを見た。
「聞かせてよ」
「なっ……!」
突然の訴えに目を剥いた。本気で言っているのだろうか。
「聞かせろって……夢の内容をか!?」
「そう。……駄目?」
上目遣いになり、この世の終わりについて尋ねるような顔で訊いてくる。
(だから、何なんださっきから! その迫力は!)
全く意味が解らない。一歩後ずさったルルーシュは、訳も解らぬまま口を開いた。
「な……内緒だ!」
「内緒!? どうして?」
否やがあるなど最初から受け付けていなかったのだろう。答えられて当然と思っている反応だった。
「どうしてじゃないだろ! 大体、なんでそんな事聞きたがるんだお前は!」
動揺のあまり、自分でも驚く程の大声が出る。まずいと思った次の瞬間、大きな瞳を丸めていたスザクが途端にしゅんとなった。
「そうだよね……。ごめん」
「……………」
ルルーシュの怒声が効いたのか、スザクは貝のように黙り込んだ。頭と尻に犬の耳と尻尾が付いているように見えるのだが、今はそのどちらもが力無く垂れ下がっている。
「いや、俺も別に、怒鳴るつもりは無かったんだが……。その、大丈夫か?」
「うん……」
よく解らない状況に少なからず動揺させられた所為もあるが、相手はスザクだ。悪気が無いのだから仕方が無い。
(子供の頃じゃあるまいし……勘弁してくれ!)
消沈したスザクを見ていると、そこまで隠す必要も無かっただろうかと自信が無くなってくる。板についてしまった秘密主義と、性格のひねくれぶりに自分でもうんざりした。
せっかくスザクの方から踏み込んできてくれたのに、もしかして早まっただろうか。
「ルルーシュ」
「何だ」
「今日の晩御飯、ハンバーグがいいな」
「……わかった。善処する」
善処も何も、作るのは自分なのだが。
顔色を伺うように恐々と見上げてくるスザクに、一応機嫌を取ろうとしていると察して笑顔を向けておく。
「デミグラスソースのでいいのか? お前好きだろ」
「うん」
好物を覚えられていたのが嬉しかったのだろう。スザクの顔にぱあっと笑みが広がった。
(危なかった……)
どうやら引き下がるつもりになったようだ。クラブハウス入口の階段を上りながら、ひっそりと安堵の溜息をつく。
(確かにおかしなやり取りだったとは思うが、怒鳴ったのは失敗だった)
何とか誤魔化す事に成功したものの、正直言って肝が冷えた。
取り敢えず、夕食はスザクの好物だけで作ってやろうと思いながら、ルルーシュは招き入れたスザクと共に、ナナリーが待つ自宅の中へと入っていった。