オセロ 第3話(スザルル)



 つつがなく一日を終えれば、他の生徒達もばらばらと席を立ち、銘々が帰路に着いていく。
 放課後は生徒会室に寄ろうかと思ったが、今日は正直時間が惜しく思えた。
「スザク。今日は予定通り来られるんだろ?」
 斜め後ろの席に振り返って呼び掛ければ、ちょうど帰り支度を済ませたスザクが立ち上がる所だった。
「うん、お邪魔するよ」
「どうする? 一度帰ってから来るのか?」
「ううん? まっすぐ行くよ。一緒に帰ろう?」
「ああ」
 生徒用玄関へと続く道すがら、隣を歩くスザクの鞄を見る。
 泊まる用意をしてきたのだろう。ぶら下げられた鞄は、いつもより少し膨らんでいるように見えた。
 軍務も休みならテロも休み――もとい自粛だ。
(只のスザクと一緒にいられる日、というのは貴重だな)
 ルルーシュは戦争のつもりで仕掛けているが、ブリタニアへのテロが激化すれば、こうして肩を並べられる日も少なくなるだろう。
 学生の肩書きは、スザクにとってもルルーシュにとっても今や副業だ。本職を休んだ今日の二人は、『只のスザク』と『只のルルーシュ』だった。
「そういえば君、また居眠りしてたね」
「ん?」
「だから、授業中だよ」
 上履きを下駄箱に仕舞い込みながら、スザクはとぼけても無駄とばかりに追及してくる。
「よく気付いたな」
「背中見てればわかるよ」
 もっともらしく言うので笑ってしまう。人の気配や動きに聡いのは解るが、それは常識ではないだろう。
 外靴に履き替えるスザクを待ちながら、鋭い観察眼に舌を巻く。
「幾らなんでも目敏すぎだ。普通解らないだろ」
「え? そうかな」
「そうなんだよ」
 爪先で地面をトントンと叩いていたスザクは、意外とでも言いたげにひょこんと顔を上げ、目を丸くしている。
(大体、真横に座ってる奴にさえ見抜かれないのに、後ろから見ているお前が気付くとは何事だ)
 良い意味で、なのかどうかは疑問だが、スザクはつくづく常識の通用しない男だと思う。
「バレないコツはな、スザク。文章を目で辿るように頭の角度を変える事と、時々ノートを取ってるフリするのを忘れないって事さ。それから、当てられたら即座に答えるんだ。正解を」
 勿論その為の下準備も完璧だ。予め当てられそうな箇所にヤマを張っておくのも忘れない。
 テキストは汚したくないので間違っても偉人の顔に落書きを施したりしないが、その代わり、ルルーシュのノートには無数の「丸書いてちょん」が規則正しく並んでいる。
「何か他にご質問は?」
「ないよ」
 隣に向かって小首を傾げながら尋ねてみると、スザクはいかにも胡散臭そうな眼差しでこちらを見つめていた。
(こいつの事だ。そこまで言ってやったら、余計怒るんだろうな)
 何となく反応が予測出来たので、これ以上のネタバレについては自粛しておく。
「ご教授ありがと。でも聞いてないよ、そんなの。それに、そんな器用な真似出来るのは君くらいだって」
「ああ、それは否定しない」
 堂々と頷いてやれば、スザクはすっかり呆れ顔だった。
「もう……そんな悪知恵ばっかり働かせて。もっと真面目に授業受けなよ」
「真面目にやってるさ。テストの前日だけはな」
 外の空気が気持ち良い。ルルーシュはうんと腕を上げながら、背筋を伸ばした。
「真面目っていっても、君の場合、どうせ全教科のテキストに一回目を通すだけ、とかなんだろ?」
「まあな」
 やる気の欠片も無いルルーシュの返事に、スザクも空を仰ぎながら大きな溜息を吐く。
「前から思ってたけど、君は頭の使い方間違ってるよ」
「そうか?」
 ぼやくスザクに聞き返せば、非難がましい声が耳を打つ。
「そうだよ。だって、本気でやれば、今よりずっといい成績取れるのに」
「まあ、それも否定しないな」
 褒めているのか責めているのか解らない台詞に、尤もらしく相槌を打ってみる。
「もう……。君ってなんでそう不真面目かなぁ? もしかして、夜ちゃんと寝てないの?」
「寝てるさ。おかげさまで毎晩快眠だ」
「だったらなんで?」
 納得出来ないのか、スザクはしつこく追及してきた。真面目なのは解るが、これではまるで監督されているようだ。
「オイオイ、先生みたいな事言うなよ、お前まで……」
「違うよ。シャーリーがそう言ってたんだってば。ルルはやれば出来る子なのにーって」
「成程」
 そういえば、確かにそんな台詞を聞いた覚えもあった気がする。
(やれば出来る事くらい解ってる)
 スザクは知らないが、それでも敢えて勉学に一生懸命取り組まないのは、勿論他に打ち込みたい事があるからだ。
「全く。お前、なんだってそこまで真面目になったんだ?」
「そういう君は、昔に比べて遥かに不真面目になったよ」
「そうかもな。……で? お前もシャーリーと同意見なのか?」
「……………」
 テンポのいい会話を交わせる相手は限られている。
 打てば響くスザクの声を楽しんでいたのに、そこでふっつりと会話が途切れた。
「スザク?」
 顔を覗き込むと、スザクは僅かに目を伏せてからふっと笑った。
「まあ、僕は知ってるからね」
「え?」
「うん。だからさ、君の事情」
「―――…」
 たった今まで浮かんでいた笑顔が消えていく。突然の指摘に、胸の奥が冷えた。
 不意に去来するのは、過去の映像だった。
 元皇族として、常に危険と隣り合わせの日々を送っていた頃の。
「君が不真面目な理由も、身の上と全く無関係ではないんだろうなって、思ってるから」
「……………」
 押し黙るルルーシュの隣から、気遣うような視線が向けられる。雲一つ無い晴天の下、二人の間に微妙な空気が漂った。
(まさか、こいつがそんな見方をしていたとはな)
 特別避けたい話題ではないが、あながち外れてもいない指摘に戸惑いを隠せない。
「今でも、誰かから狙われたりする事は?」
「今は……無いな」
「そう。ならいい」
「……………」
 どう言葉を紡げばいいのか解らず沈黙してしまう。
 何事にも真剣に取り組もうとしない様子が、スザクには危うく見えていたのだろう。単に表面的な部分を案じていただけではない思慮深さに、思わぬ一面を垣間見る。
「ルルーシュ」
「何だ」
「そんな顔しないでよ。僕はただ、君達二人に何かあったら、って思っただけだから」
「ああ。……解ってるよ」
 柔らかな笑顔に気持ちが和いだ。
(心配、されているんだろうな。これは)
 何だかんだ口煩く言ってくるが、スザクは常に気配りを忘れない男だ。
(こいつはまた、人の事ばかり気遣って)
 優しい奴だと思う反面、そんなに人の事ばかり気にしていて疲れないのかと心配になってくる。
 自分の事には一切頓着しないくせに、他人に対しては極端に気を使う。
 初めてうちに呼んだ日も、こちらの事情を気遣って、学校では他人でいようと言ってきた位だ。
「俺達の身を案じてくれるのは嬉しいが、お前はどうなんだ?」
「え、僕?」
 訊ね返されるとは思いもしなかったのだろう。スザクはきょとんとした顔で振り返ってくる。
「俺にも何か出来る事は無いのか? お前に対して」
 どう答えるのか予想はつく。無駄な問いかけになると解っていたが、それでも訊かずにいられなかった。
「うん。僕の事はいいんだ。君には充分良くしてもらってるし。……それに」
「……ん?」
「前にも言ったけど、僕はすごく嬉しいんだよ。また、君達二人に会えて」
 思っていた通りの台詞だった。物憂げなスザクの表情に胸が痛む。
(何故、そんな切なそうな顔をするんだ、お前は……)
 以前、「また会えると思っていなかった」と言っていたスザクの台詞を思い出す。
「それは……俺だって、同じだ」
 再会を願っていたのが、自分だけだと思っていたような言い方などしないで欲しい。
「うん。でもね、その反面、僕は少し不安になってるのかもしれない」
「不安?」
「そう。不安だ」
「それは何故?」
 真意を量りかねて問い返すと、遠い目を前に向けていたスザクがしっかりと視線を絡めてくる。
「僕はね、ルルーシュ。君にもナナリーにも、もう辛い思いはして欲しくない。……それに、諦めて欲しくもないんだ――…これ以上」
「……………」
 ようやく得心がいった。
 裏を知らない以上仕方が無いが、要するに、将来を諦めているように見えるのだろう。
(確かに、行動を起こす前はそうだった)
 ただ生きているだけの命。緩やかな死と同じ生き方。
(だが、今は違う)
 スザクにはまだ言えないが、今はもう、厭世に囚われて刹那的な生き方しか選べなかった頃の自分ではない。
「俺は大丈夫だ。ナナリーの事もあるし、これからも何とか上手くやっていくさ」
「ホント?」
「ああ、本当だ。実際にその為のプランだって幾つか考えてる。……だから、お前がそんな心配をする必要はないんだぞ?」
 スザクが安心出来るよう、ルルーシュは努めて優しげな声音で話した。
 実のところ、そのプランの最たるものがブリタニアをぶっ壊す事なのだが。……まあ、とりあえず嘘は言っていない。
「ホントにホント?」
(ん?)
 心の声が聞こえたのだろうか。一度は安堵したスザクが、すぐ胡乱げな目を向けてくる。
「お前相手に嘘言ってどうするんだ。本当だよ」
 押された念をかわす為に笑いながら答えてやれば、少しムッとしたらしい気配が伝わってきた。
 僅かに怒らせた肩を下ろしたスザクから、不自然に見えない程度に視線を逸らしておく。
(何だ? 具体的に説明しなかったのがまずかったのか。まだ疑われてるな)
 それとも、真剣な思いに水を差された気分にでもなったのだろうか。
 あれこれと思案を巡らせてはみたが、スザクから返されたのは思わぬ台詞だった。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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