オセロ 第1話(スザルル)
1
ハッと見開いた目に映ったのは、見慣れた自室の天井だった。
「なんだ……? 今の」
目覚めてようやく気が付いた。
(そうか。今のは夢か。夢だったのか)
耳の奥で煩く鳴り響く心臓の音を押さえつけようと、自分に言い聞かせるように心の中で呟きを繰り返す。
「焦った……」
起きるなり頭を抱えたままベッドに突っ伏し、くの字になって蹲る事数秒。恨めしげな横目でちらりと隣の枕元を見たルルーシュは、肺の空気全部を吐き出すような重々しい溜息をついた。
寝起きの頭を切り替える為に洗面所へ向かい、まずは洗顔に取り掛かる。普段はぬるま湯で洗うルルーシュだが、今朝に限って言えば、まだ残っている眠気も一気に覚めるような冷たい水の方がいい。
ついでに、夢見の悪さごとすっきり洗い流してしまう事が出来れば尚の事文句は無いのだが。
洗い終えた顔を上げてみれば、目の前の鏡の中には何とも冴えない顔をした自分が映っていた。
(まさか、夢の中にスザクが出てくるとは……)
笑えないにも程がある。そもそもスザクはああじゃないだろう。
つい先程まで見ていた夢の内容を思い出しながら、ルルーシュは鏡の中に映るもう一人の自分へと問いかけた。
(では何か? あれが俺にとって理想のスザク像だったとでも?)
というか、なんだ理想のスザク像って?
自分の思考に思わず突っ込む。夢は見た者自身の深層心理と説いていたフロイトを、今は少し呪いたい気分だ。
(いや、寧ろそう出来るものなら一発殴ってやりたいな)
残念ながら、完全に八つ当たりだが。
暗澹たる気分になりながら濡れた顔をタオルで拭い、立てられた歯ブラシへと手を伸ばす。歯磨き粉を付けたそれを口の中に突っ込みながら、ルルーシュは数日前に起きた出来事へと思いを馳せた。
七年前に別れたきりの幼馴染と再会を果たしたのは、つい先日の事だった。
転入生の自己紹介など興味も無く、ぼんやりと頬杖をつきながら窓の外を眺めていたのに、語られた名前を聞いた瞬間、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
数年ぶりに再会した同い年の彼――スザクは、恐らくは過酷だったのだろう境遇の中で性格を激変させていた。どちらかといえば乱暴で荒かった口調は柔らかくなり、物腰も年相応という言葉以上に落ち着いてしまっている。
一言で表現すれば、丸くなった。
(いや、単におとなしくなったというよりも、あれは……)
まるで別人のような変貌ぶりに、全く戸惑いを感じなかったと言えば嘘になる。
だが、そういった性格面での変化そのものよりも、離れていた年数以上に開いてしまったらしい心の距離の方がルルーシュには気になった。
七年は確かに長い。ヒト一人の性格を変えてしまうには充分すぎる程の長さだ。……だが。
(あれは幾らなんでも変わりすぎだろう)
離れて過ごしていた間、スザクに一体何があったのだろう。気になってはいるものの、何故か肝心のスザク本人を前にすると切り出す事が出来ない。
本当の意味でスザクと再会したのは、彼が学園に転入してくる少し前だった。
軍からKMFと毒ガスを強奪したテロリストの車に閉じ込められ、停車した先のゲットーで逃げ出そうとした時に背後から襲い掛かってきた軍人。
あろうことか、それがスザクだったのだ。
毒ガスだと思っていたカプセルの中から現れた少女ごとルルーシュを庇い、軍に反抗したと見做されたスザクは上官に撃たれた。
恐らく死んだ。そう思っていたスザクは奇跡的に生きていた。
――但し、クロヴィス総督殺害の容疑者として。
二度目の再会を遂げたのは、ゼロとして彼を助けた時だ。スザクはゼロがルルーシュだと知らずにいるが、ルルーシュにとってスザクとの再会は実質三度目になるのだった。
(まあ何にせよ、俺にもまだ打ち明けられない秘密はあるがな)
ゼロがルルーシュだという事は、スザクにだけはいずれ打ち明けるつもりでいる。……その前に、まずは反応を見てからだが。
(言えない事を隠しておきながら、相手にだけそれを尋ねるのもフェアじゃない、か……)
嗽を済ませてから口元を拭い、濡れたタオルをランドリーボックスの中に投げ入れた後、再び部屋へと戻る。
(起きたのか)
開いたドアの向こうには、ベッドの上に座ったままこちらを見ている少女の姿があった。
「おはよう、ルルーシュ」
「…………」
冷たい顔つきでベッド前を素通りし、挨拶してくる少女を無視したルルーシュは、クローゼットの扉を開いて着替え始める。
「今日は学校か?」
「見れば解るだろ」
当たり前の事を聞くなと思ったが、壁に掛けられた時計を一瞥したルルーシュはとりあえず着替えを優先した。
制服の上着に袖を通しながら殊更そっけない口調で答えてやれば、少女は着替えるルルーシュの背中を無言でじっと見つめてくる。
物言いたげに向けて来られる視線が鬱陶しい。思わず舌打ちが出そうになったが、辛うじて出る寸前で溜息に摩り替えた。
見事自制に成功した自分に拍手喝采したい気分だ。
「おい」
「なんだ?」
「俺が学校に行っている間は、絶対外に出るなよ」
バタンとクローゼットの扉を閉めながら、寝起きのままベッドに座っている少女――CCの方へと振り返って警告しておく。
(こいつには前科があるからな)
このCCこそ、スザクが撃たれる羽目になった元凶だった。
ある日突然転がり込まれて以来、仕方なく匿っている。理由は、軍に追われているからだ。
見た目こそ人形めいた造りをしているが、口も態度も最悪な上に素性も正体も不明。只でさえライトグリーンの髪が目立つのに、自分の立場も弁えず学園内を勝手にうろちょろする。
要するにCCは、ルルーシュにとって只の厄介者でしかなかった。
「ふーん? じゃあ、お前が学校から帰ってきた後ならいいんだな?」
加えてこの性格だ。揚げ足取りとしか言いようの無い返事が酷く勘に触る。
(この女……)
みるみるうちに眉間に皺が寄った。
人を小馬鹿にしたような口調に殺意が湧く。からかわれるのは全くもってルルーシュの趣味ではない。
閉めた扉から離した手をゆっくり下ろしたルルーシュは、面白がっているとしか思えない顔でこちらを見ているCCを鋭い目つきで睨んだ。
「バカかお前。帰ってきた後も出るなという意味に決まってるだろう。解り切った事を言わせるな」
「はいはい、解ったよ」
侮蔑混じりな口調の中に潜む本気の怒りを感じ取ったのか、それ以上皮肉めいた台詞は言って来なかったが。……それにしても。
(吹けば飛ぶ程軽い返事だ)
CCに向けられたルルーシュの視線は冷ややかさの度合いを増していた。
生憎ながら、反省しない相手に腹の虫を収めてやろうと思う程親切でもなければ、お手軽な作りもしていない。
「たかが居候の分際で、この俺の手を煩わせようとはいい度胸だな。あまり俺をナメるなよCC。……一つ断っておくが、俺は別に、お前のお友達になってやった覚えはない。口のきき方に気を付けろ」
適当にあしらおうという意図が見え見えだ。そんな返事は却ってこちらの神経を逆撫でするだけに決まっている。
一応まだ我慢してやっているとはいえ、相手が女でなければとっくに張り倒しているところだ。
(こいつは、ギアスの件以外では何の接点も無い女だからな)
今まで他人とどんな付き合い方をしてきたのか知らないが、馴れ合うつもりもない相手からふざけた口のきき方をされる筋合いは無い。
「ふ……つれないな。同衾までしている仲だというのに」
「好きでしている訳じゃない。……それから」
「ん?」
「別の部屋を用意しておいた。今夜はそっちで寝てもらう」
「誰か泊まりに来るという事か?」
「……………」
刺した釘が効いているのかいないのか。偉そうな目つきや態度こそマシになったものの、空々しい馴れ合い口調だけは変わらない。
(何故お前相手にいちいち答えてやらなきゃならない?)
柳に風とはこの事だ。怒りを通り越して呆れてくる。
ルルーシュは顎の下を掠る制服の襟元を荒々しい手付きで引っ張る。些細な事にさえ、今は激しく苛立った。
察しの悪い奴は嫌いだが、察していながら遠慮しない奴はもっと嫌いだ。
(煩わしいんだよ、お前は)
性懲りも無く尋ねてくるCCを視界から追い出そうと、ルルーシュは漏れる溜息を噛み殺して目を瞑った。
「聞かなくても解るだろ。大体ここは俺の部屋だ。何か文句でもあるのか?」
「いいや、別に? お邪魔だというなら、私はおとなしく別の部屋で寝てやるとするさ」
「そうか。そいつは大変残念だ。不満があるなら今すぐにでも出て行けと言えたのに」
皮肉の応酬が続く中、CCは悪戯を思いついた猫のように目を細めた。
「前にも言ったが、今私に出て行かれたら困るのはお前だろう?……それにしても、今日は朝っぱらからやけに絡むじゃないか。お前がご機嫌斜めなのは、もしかして嫌な夢でも見た所為か?」
クスクスと笑いながら尋ねてくるCCに今度こそ舌打ちが出た。わざとらしい指摘に心底嫌気が差す。
「馬鹿を言え。決まってるだろ。俺が不機嫌なのは全てお前の所為だ」
「そうか、図星か」
絵本に出てくる魔女そのものだ。扱いづらい事この上ない。
「口を縫い合わされたくないなら今すぐ黙った方がいいぞ。俺は縫製が得意だ」
「悪くない趣味だとは思うが、それは自慢か?」
「ああそうだ。お望みなら綺麗に縫い合わせてやる。その忌々しい口が二度と開けなくなるようにな」
CCに口を返しながら、ルルーシュは朝食を摂るかどうか思案した。
ナナリーは既に出かけている。身支度は整ったが、馬鹿女に構っていたせいで朝食が胃に入りそうにない。
勿論、時間が無い、というのとは別の意味でだ。
(こんな女相手に、我慢してやろうと思っていた事自体馬鹿馬鹿しくなってくるな)
単なる知ったかぶりなのか、それとも起き抜けに漏れた一言を聞き止めていたのかどっちだ。
(いずれにせよ、わざわざ確認してやる必要などあるものか)
ベッドから降りてきたCCを無視しようと、鞄を取りに踏み出しかけた足が止まる。
「これだろ? お忘れものは」
差し出された鞄を見下ろしてから、満足そうなCCの顔を見た。
本気で礼を言われるとでも思っているのだろうか、この女は。
「別に忘れてなんかいない。……それから」
「ん?」
「勝手に俺の私物に触るな!」
渡された鞄をひったくると、ルルーシュは無言で部屋を後にした。
ハッと見開いた目に映ったのは、見慣れた自室の天井だった。
「なんだ……? 今の」
目覚めてようやく気が付いた。
(そうか。今のは夢か。夢だったのか)
耳の奥で煩く鳴り響く心臓の音を押さえつけようと、自分に言い聞かせるように心の中で呟きを繰り返す。
「焦った……」
起きるなり頭を抱えたままベッドに突っ伏し、くの字になって蹲る事数秒。恨めしげな横目でちらりと隣の枕元を見たルルーシュは、肺の空気全部を吐き出すような重々しい溜息をついた。
寝起きの頭を切り替える為に洗面所へ向かい、まずは洗顔に取り掛かる。普段はぬるま湯で洗うルルーシュだが、今朝に限って言えば、まだ残っている眠気も一気に覚めるような冷たい水の方がいい。
ついでに、夢見の悪さごとすっきり洗い流してしまう事が出来れば尚の事文句は無いのだが。
洗い終えた顔を上げてみれば、目の前の鏡の中には何とも冴えない顔をした自分が映っていた。
(まさか、夢の中にスザクが出てくるとは……)
笑えないにも程がある。そもそもスザクはああじゃないだろう。
つい先程まで見ていた夢の内容を思い出しながら、ルルーシュは鏡の中に映るもう一人の自分へと問いかけた。
(では何か? あれが俺にとって理想のスザク像だったとでも?)
というか、なんだ理想のスザク像って?
自分の思考に思わず突っ込む。夢は見た者自身の深層心理と説いていたフロイトを、今は少し呪いたい気分だ。
(いや、寧ろそう出来るものなら一発殴ってやりたいな)
残念ながら、完全に八つ当たりだが。
暗澹たる気分になりながら濡れた顔をタオルで拭い、立てられた歯ブラシへと手を伸ばす。歯磨き粉を付けたそれを口の中に突っ込みながら、ルルーシュは数日前に起きた出来事へと思いを馳せた。
七年前に別れたきりの幼馴染と再会を果たしたのは、つい先日の事だった。
転入生の自己紹介など興味も無く、ぼんやりと頬杖をつきながら窓の外を眺めていたのに、語られた名前を聞いた瞬間、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
数年ぶりに再会した同い年の彼――スザクは、恐らくは過酷だったのだろう境遇の中で性格を激変させていた。どちらかといえば乱暴で荒かった口調は柔らかくなり、物腰も年相応という言葉以上に落ち着いてしまっている。
一言で表現すれば、丸くなった。
(いや、単におとなしくなったというよりも、あれは……)
まるで別人のような変貌ぶりに、全く戸惑いを感じなかったと言えば嘘になる。
だが、そういった性格面での変化そのものよりも、離れていた年数以上に開いてしまったらしい心の距離の方がルルーシュには気になった。
七年は確かに長い。ヒト一人の性格を変えてしまうには充分すぎる程の長さだ。……だが。
(あれは幾らなんでも変わりすぎだろう)
離れて過ごしていた間、スザクに一体何があったのだろう。気になってはいるものの、何故か肝心のスザク本人を前にすると切り出す事が出来ない。
本当の意味でスザクと再会したのは、彼が学園に転入してくる少し前だった。
軍からKMFと毒ガスを強奪したテロリストの車に閉じ込められ、停車した先のゲットーで逃げ出そうとした時に背後から襲い掛かってきた軍人。
あろうことか、それがスザクだったのだ。
毒ガスだと思っていたカプセルの中から現れた少女ごとルルーシュを庇い、軍に反抗したと見做されたスザクは上官に撃たれた。
恐らく死んだ。そう思っていたスザクは奇跡的に生きていた。
――但し、クロヴィス総督殺害の容疑者として。
二度目の再会を遂げたのは、ゼロとして彼を助けた時だ。スザクはゼロがルルーシュだと知らずにいるが、ルルーシュにとってスザクとの再会は実質三度目になるのだった。
(まあ何にせよ、俺にもまだ打ち明けられない秘密はあるがな)
ゼロがルルーシュだという事は、スザクにだけはいずれ打ち明けるつもりでいる。……その前に、まずは反応を見てからだが。
(言えない事を隠しておきながら、相手にだけそれを尋ねるのもフェアじゃない、か……)
嗽を済ませてから口元を拭い、濡れたタオルをランドリーボックスの中に投げ入れた後、再び部屋へと戻る。
(起きたのか)
開いたドアの向こうには、ベッドの上に座ったままこちらを見ている少女の姿があった。
「おはよう、ルルーシュ」
「…………」
冷たい顔つきでベッド前を素通りし、挨拶してくる少女を無視したルルーシュは、クローゼットの扉を開いて着替え始める。
「今日は学校か?」
「見れば解るだろ」
当たり前の事を聞くなと思ったが、壁に掛けられた時計を一瞥したルルーシュはとりあえず着替えを優先した。
制服の上着に袖を通しながら殊更そっけない口調で答えてやれば、少女は着替えるルルーシュの背中を無言でじっと見つめてくる。
物言いたげに向けて来られる視線が鬱陶しい。思わず舌打ちが出そうになったが、辛うじて出る寸前で溜息に摩り替えた。
見事自制に成功した自分に拍手喝采したい気分だ。
「おい」
「なんだ?」
「俺が学校に行っている間は、絶対外に出るなよ」
バタンとクローゼットの扉を閉めながら、寝起きのままベッドに座っている少女――CCの方へと振り返って警告しておく。
(こいつには前科があるからな)
このCCこそ、スザクが撃たれる羽目になった元凶だった。
ある日突然転がり込まれて以来、仕方なく匿っている。理由は、軍に追われているからだ。
見た目こそ人形めいた造りをしているが、口も態度も最悪な上に素性も正体も不明。只でさえライトグリーンの髪が目立つのに、自分の立場も弁えず学園内を勝手にうろちょろする。
要するにCCは、ルルーシュにとって只の厄介者でしかなかった。
「ふーん? じゃあ、お前が学校から帰ってきた後ならいいんだな?」
加えてこの性格だ。揚げ足取りとしか言いようの無い返事が酷く勘に触る。
(この女……)
みるみるうちに眉間に皺が寄った。
人を小馬鹿にしたような口調に殺意が湧く。からかわれるのは全くもってルルーシュの趣味ではない。
閉めた扉から離した手をゆっくり下ろしたルルーシュは、面白がっているとしか思えない顔でこちらを見ているCCを鋭い目つきで睨んだ。
「バカかお前。帰ってきた後も出るなという意味に決まってるだろう。解り切った事を言わせるな」
「はいはい、解ったよ」
侮蔑混じりな口調の中に潜む本気の怒りを感じ取ったのか、それ以上皮肉めいた台詞は言って来なかったが。……それにしても。
(吹けば飛ぶ程軽い返事だ)
CCに向けられたルルーシュの視線は冷ややかさの度合いを増していた。
生憎ながら、反省しない相手に腹の虫を収めてやろうと思う程親切でもなければ、お手軽な作りもしていない。
「たかが居候の分際で、この俺の手を煩わせようとはいい度胸だな。あまり俺をナメるなよCC。……一つ断っておくが、俺は別に、お前のお友達になってやった覚えはない。口のきき方に気を付けろ」
適当にあしらおうという意図が見え見えだ。そんな返事は却ってこちらの神経を逆撫でするだけに決まっている。
一応まだ我慢してやっているとはいえ、相手が女でなければとっくに張り倒しているところだ。
(こいつは、ギアスの件以外では何の接点も無い女だからな)
今まで他人とどんな付き合い方をしてきたのか知らないが、馴れ合うつもりもない相手からふざけた口のきき方をされる筋合いは無い。
「ふ……つれないな。同衾までしている仲だというのに」
「好きでしている訳じゃない。……それから」
「ん?」
「別の部屋を用意しておいた。今夜はそっちで寝てもらう」
「誰か泊まりに来るという事か?」
「……………」
刺した釘が効いているのかいないのか。偉そうな目つきや態度こそマシになったものの、空々しい馴れ合い口調だけは変わらない。
(何故お前相手にいちいち答えてやらなきゃならない?)
柳に風とはこの事だ。怒りを通り越して呆れてくる。
ルルーシュは顎の下を掠る制服の襟元を荒々しい手付きで引っ張る。些細な事にさえ、今は激しく苛立った。
察しの悪い奴は嫌いだが、察していながら遠慮しない奴はもっと嫌いだ。
(煩わしいんだよ、お前は)
性懲りも無く尋ねてくるCCを視界から追い出そうと、ルルーシュは漏れる溜息を噛み殺して目を瞑った。
「聞かなくても解るだろ。大体ここは俺の部屋だ。何か文句でもあるのか?」
「いいや、別に? お邪魔だというなら、私はおとなしく別の部屋で寝てやるとするさ」
「そうか。そいつは大変残念だ。不満があるなら今すぐにでも出て行けと言えたのに」
皮肉の応酬が続く中、CCは悪戯を思いついた猫のように目を細めた。
「前にも言ったが、今私に出て行かれたら困るのはお前だろう?……それにしても、今日は朝っぱらからやけに絡むじゃないか。お前がご機嫌斜めなのは、もしかして嫌な夢でも見た所為か?」
クスクスと笑いながら尋ねてくるCCに今度こそ舌打ちが出た。わざとらしい指摘に心底嫌気が差す。
「馬鹿を言え。決まってるだろ。俺が不機嫌なのは全てお前の所為だ」
「そうか、図星か」
絵本に出てくる魔女そのものだ。扱いづらい事この上ない。
「口を縫い合わされたくないなら今すぐ黙った方がいいぞ。俺は縫製が得意だ」
「悪くない趣味だとは思うが、それは自慢か?」
「ああそうだ。お望みなら綺麗に縫い合わせてやる。その忌々しい口が二度と開けなくなるようにな」
CCに口を返しながら、ルルーシュは朝食を摂るかどうか思案した。
ナナリーは既に出かけている。身支度は整ったが、馬鹿女に構っていたせいで朝食が胃に入りそうにない。
勿論、時間が無い、というのとは別の意味でだ。
(こんな女相手に、我慢してやろうと思っていた事自体馬鹿馬鹿しくなってくるな)
単なる知ったかぶりなのか、それとも起き抜けに漏れた一言を聞き止めていたのかどっちだ。
(いずれにせよ、わざわざ確認してやる必要などあるものか)
ベッドから降りてきたCCを無視しようと、鞄を取りに踏み出しかけた足が止まる。
「これだろ? お忘れものは」
差し出された鞄を見下ろしてから、満足そうなCCの顔を見た。
本気で礼を言われるとでも思っているのだろうか、この女は。
「別に忘れてなんかいない。……それから」
「ん?」
「勝手に俺の私物に触るな!」
渡された鞄をひったくると、ルルーシュは無言で部屋を後にした。