Dangerous game.(イラスト付) 携帯版

ついったの診断ったーにて、

「24時間以内に10RTされたら『電車でバックなすざるる』を描きましょう。

というお題が出まして。
んで、「電車でバックってなんぞ??^^」と思いつつツイートしてみたらばめでたく10RT↑して頂けたもので、調子に乗って本当に描いてしまいました(`・ω・´)

とりあえず「ドアに押し付け」は実行したよ!
だが残念ながら「痴漢プレイ」ではなく、本当に痴漢です。(※記事タイトルに偽り有)

一応、モノホン感満載の「ルルタン ハアハア」な痴漢にはしたくなかったもので、良心としてついでに年の差スザルル要素もぶっ込んでみました。(つい最近ついったの方で「枢木先輩ネタ」に萌えていたこともあってww)
ということで、ちょう手の早い枢木先輩×行きずり感たっぷりに悪戯されてしまう隙ありランペルージ君ですので、ご了承頂けた方のみどうぞです……。

お話の途中で唐突に絵が出現しますので、くれぐれも 背 後 注 意 。

※追記※
機種によってデータ取得できない場合がありますので、携帯版のみ記事を二つに分けてあります。
この記事のラストに2へのリンクが貼ってあります★(絵が出てくるのは2の方です)


*******



Dangerous game.


 痴漢から助けてくれた奴が痴漢だったなんて洒落にもならない。
 だが「確かに良く聞く話だ」とは思った。……時既に遅く、実際体を触られている最中に思い出したことだが。
 でも、それは大抵二人か三人以上のグループが複数回に渡って計画的な犯行を繰り返している場合。一人がターゲットを見つけて追い詰め、もう一人が実行。見張りがいるケースもある。
 それなのにまさか単独で、しかも相手に不自由などしていなさそうな見目のいい男が、よりにもよって同じ男相手に痴漢をはたらくなど誰が想像するものか。
 甘いマスクに騙された。――確かに、これも良く聞く話ではある。
 遊ばれたと嘆く女の話を聞いて自業自得だと思うことはあっても、そもそも俺は男だ。面食いの女じゃあるまいし、幾ら顔が良かろうと男相手に遊ばれてやる義理など無い。
 勿論、自分が痴漢に勘違いされるケースならともかく、痴漢に狙われる側になるなんて考えたことさえ無かった。
 柔らかな物腰と優しげな喋り方。真昼間から酔っ払いに絡まれていた所を助けられた安心感。それら全てを利用したこの男が狡猾だったのか、それとも俺自身の油断が招いた結果だったのか。
 いずれにせよ年も近く常識もありそうで、しかも丁寧に自己紹介までしてきたこの男に、俺が少々気を許しかけていたことは事実だ。
 状況が状況だったことから……そうだ、正直に言おう。騙された。
 失態だと悔いる俺の耳元で男が囁き掛けてくる。
 荒く、そして熱くなっているのが自分の呼吸なのか、それとも男の息なのか、俺にはもう解らない。


 学校を早退した理由は、言ってみれば只のサボりだ。
 夏季ならば解放されている屋上も冬季の間は閉鎖されている。ドアを開錠する方法なら知っていたが、今日は特別天気もいい。
 まっすぐ帰るよりも気晴らしを兼ねて租界にでも行こうと思い立った俺は、学校を抜け出してから何となく乗り込んだ電車の中で居眠りしてしまっていた。
 旧山手線は今も運行している。平日の昼間なせいか人気もまばらだ。あまり長居も出来ないだろうが、連日夜更かししていた反動でうっかり熟睡してしまった俺は、真横から漂ってくる不快な酒臭さに突然目を覚ました。
 異変に気付いたのは酒臭い呼気のせいだけではない。ほとんど人が乗っていないにも関わらず、何故かがら空きになっている他の席ではなくわざわざ俺の真隣に腰掛けてきた男。
 半覚醒状態だったが元々人の気配には敏感な方だ。最初こそ「何だ?」と思ったが、どこに座ろうとそいつの勝手。とはいえ「他にも空席があるのに」と疑問に感じたのが始まりだった。
 学校をサボっている俺に言えたことではないが、昼間から飲んでいるばかりか強かに酔っていたらしいその男は、何やらしきりに唸っているだけではなく、そのうち俺に向かって訳の解らないことを言い出した。
 ――端的に言えば、絡まれたのだ。
 下手に関わらないよう席を立って逃げ出そうかと思った矢先、腿の上に膝を乗せられて動きを封じられてしまった。
 変質者に遭遇した経験など俺には無い。しかも相手は酔っている。抵抗しようかとも思ったが逆上されるとまずい。
 もしこいつがナイフなどの武器を所持していて、暴れだしたりしたら……?
 人目のある所で騒ぎになって、万一警察に身元確認されるようなことにでもなれば、当然学校をフケていたことだってバレてしまう。
 逡巡する俺を見て調子づいたのか、男は無抵抗だった俺の股座へと手を這わせてきた。
 途端、気色の悪さに全身が総毛だつ。鋭い声で「やめろ」と牽制してみたが、男の手は閉じた俺の足を開かせようとあちこちまさぐるのをやめようとしない。……どころか、酒臭い息を荒げながらじりじりと身をすり寄せてくる。
 車両の中には人が数人。しかし、追い詰められた俺は助けを求めるどころではなかった。
 ――すると。少し離れた所に立っていた別の男が、こちらに向かってつかつかと歩み寄ってきた。
「やめろ」
 俺の足に触れていた酔っ払いの手が捻り上げられ、張り付いていた体が勢いよく引き剥がされる。自由の身になった俺は弾かれたように立ち上がり、慌ててシートの横へと退いた。
「嫌がっているのが解らないのか。さっきからその人に何をしている?」
「なんだよ、テメーに関係ねえだろ! 離せよ、このクソガキがっ……イテテテテ!」
 口汚く罵る酔っ払いの声が悲鳴に変わった。吠えるそいつに構わず片手で難なく腕を押さえていた男が、後ろ手に纏め上げた腕を肩の方へと力任せに捻ったからだ。
 自然と前屈みになった酔っ払いは呻きながら膝を付き、呆気なく床へと崩れ落ちた。男はすかさずその背中に体重をかけ、立ち上がれないよう上から押さえつける。
 その間、ものの数秒。――正に『畳んだ』という表現がしっくりくるほど鮮やかな手並みだった。
「かなり酔っ払っているみたいだけど、何ならこのまま警察に行くかい?」
 言葉遣いは丁寧だが、冷えた声音には迫力がある。
 酔いの回った頭でも言われた台詞については一応理解出来たらしい。警察の二文字に竦みあがった酔っ払いはすぐ大人しくなり、腕を離されるやいなや千鳥足でよろよろと立ち上がった。
「畜生、覚えてろ!」
 ありきたりな捨て台詞が何とも言えず物悲しい。
 力では敵わないと判断したのか、後ずさりした酔っ払いは負け犬宜しくすたこらと逃げていく。
「……君、大丈夫?」
 固唾を呑んで様子を見守るしかなかった俺は、かけられた一言でようやく我に返った。
 助けてくれたその人は心配そうに眉を寄せながら俺を見つめている。……しなやかな細身の割には精悍な印象だ。
 男らしく上がった太めの眉。その下から覗く落ち着いたグリーンの瞳。柔らかそうな栗色の髪はところどころ跳ねていて、健康的に焼けた肌や深緑を思わせる瞳の色によく似合っていた。
 まだ幼さの残る顔立ちに反してかなり大人びた雰囲気のためか、目下という感じはあまりしない。見たところ年は然程離れていなさそうだが、この時間帯に私服でいる辺り、もしかすると大学生だろうか。
「あの……助かりました。有難うございます」
 シートの手すりに捕まったまま呆然としていた俺は、まだ礼の一つも碌に言えていなかったことに気付いて無性に恥ずかしくなった。
 同じ男だというのに、この差は何だろう。
 片や、たった一人きりで痴漢を伸した男。もう一方の俺はといえば、ただ助けられるに任せて今の今まで放心していただけだ。
 いくら突発的な事態に弱いとはいえ、みっともないことこの上ない。
「いいよ、お礼なんて。もっと早く助けてあげられれば良かったんだけど……」
「いえ、そんな……場所が場所ですし、俺もどうしようかと思って」 
 と、そこで。辺りからチラチラとこちらを伺ってくる数人の視線に俺は気付いた。
 男が男に絡まれ、更に別の男に助けられるという光景が奇異に映ったのだろう。興味本位な視線はすぐに逸らされたものの、その場に居づらくなった俺は俯いて黙り込むことしか出来なくなってしまった。
 途方に暮れる俺の気持ちを察したのか、その人は俺の方へと顔を寄せ、小声でひっそりと耳打ちしてくる。
「ちょっと場所、移そうか」
「…………」
 さっさと下車してしまいたい気分だったが、降りる駅など元から決めていない上に、助けられた手前、俺だけそそくさと退散してしまう訳にもいかない。
 こうしてわざわざ気を利かせてくれる辺り、この人はいかにも性格が良さそうだ。……それに、まだ別の車両に例の痴漢がいるかもしれないと思うと少々心細くもある。
 気遣わしく振り返りながら背を向けたその人に続いて、俺は仕方なく乗車口の方へと移動した。
 壁に背を寄りかからせたその人は「ここで知らん顔していよう」と言いながらやんわりと微笑んでくる。
 ……こういうのを人好きする笑顔というのだろうか。どこか人を安心させるその笑みに俺はほっとさせられる思いで一杯だった。
「そういえば、君はどこで降りるの?」
 初対面だというのに砕けた喋り方。やや年上に見えるせいか、敬語でなくても馴れ馴れしいとは感じない。
「えっと……」
 次の駅で、と返すのも白々しい気がして俺は躊躇っていた。別にこの人と接するのが嫌という訳ではないが、出来ることならなるべく早く立ち去りたい。
 咄嗟に返答できず口ごもる俺を見て、彼がふっと息を吐き出す。
「その制服、アッシュフォード学園のだろ。実は僕もソコ出身なんだ」
「えっ?」
 思いも寄らないことを告げられて戸惑っていると、彼はにっこりと笑いながら腕を組み、先を続けた。
「こんな所で名乗るのも変だけど、僕は枢木スザクっていうんだ。アッシュフォード学園卒、今は大学生だよ。……君は?」
 所詮行きずりでしかない赤の他人に身上を述べるのもおかしな気がしたが、こうもさらさらと自己紹介されてしまっては答えない訳にもいかない。
 ……それに、意外にも彼はOBだ。
「俺はルルーシュ・ランペルージです」
「何年生?」
「えっと……今、二年で」
「そう。……でも、今日は休み?」
「――――」
 当然といえば当然の質問に俺は言葉を失った。まさか「サボりです」と打ち明ける訳にもいかず、まちくりと瞳を瞬かせている彼の顔を無言で見上げる。
「……じゃないよね」
 苦笑しながらそう呟いた彼は、今度は悪戯っぽく小首を傾げながら「見かけによらず結構不良なのかな?」と尋ねてきた。
「別に不良という訳では……」
 まるで悪戯を見つかった子供の気分だ。彼に悪気が無いのは解るが、こうも質問攻めにされてしまうとさすがに困る。
 何より、只でさえ痴漢に遭遇した所を助けられているのだから、俺にとってはばつの悪さもひとしおだった。
 困り果てた俺を見かねたらしく、彼は「あはは」と笑いながら眉尻を下げている。
「ごめんごめん。……って言っても、実は最初から気付いてたんだけどね」
「最初から?」
「うん。君さっき熟睡してただろ。制服着てるし、今日は平日だし。あー、これは下りる気無いなって」
「…………」
 前言撤回。
 性格が良さそうに見えて彼は案外人が悪い。まさか寝ていた所から見られていたとは思わなかった。――これは相当気まずい。
「あまりからかわないで下さいよ」
 もっと早く助けてあげられれば良かったんだけど。
 そう言っていた彼の発言に思い至り、そういうことかと口角が下がる。
 さすがにむっとした俺が胡乱な目線を向けると、彼は口元に拳を当ててクスクスと笑っていた。……本当によく笑う人だ。
「ごめんね? 別にからかうつもりじゃなかったんだ。本当はすぐ助けてあげたかったんだけど、さっきの人、かなり酔っ払っていただろ? だから、タイミングを間違えたら却って危ないかと思って機を伺っていたんだ」
「あ……」
 不意に改まった彼の表情に一瞬ドキリとする。
 冗談めかした口ぶりの裏に垣間見える思慮深さ。こういった冷静な所は酷く大人っぽい。
 一見柔和そうな見かけだが、この枢木という男は、そういえばつい先ほど片手で成人男性を伸した人なのだ。
 思わず目を伏せた俺が黙っていると、彼は真に迫った雰囲気をかき消すように真面目な顔つきをふわりと和らげた。
「最初はね、懐かしい制服着た子がすごく気持ち良さそうに眠ってるなぁと思って見てたんだ。そしたら酔っ払いが乗ってきて……。真っ先に君に目を付けて隣に座ったから、これはまずいなと思って勝手に見張ってたんだよ」
 シリアスめいた空気を払拭しようという気遣いだけが伝わってくる。
 事実を事実として述べるだけの声はあくまでも淡々としていて、上手く露骨な表現を避けている割にはちっとも恩着せがましさを感じない。大袈裟に心配しない態度や独白とも受け取れる口調もあいまってか、決してわざとらしい慰めのようにも聞こえなかった。
 ずっと感じていた居た堪れなさを緩和されて漸う気を取り直した俺は、彼に悟られぬようそっと吐息する。
「さっきは本当に助かりました。俺、どうもイレギュラーって苦手で……。ビックリしましたよ。凄く酒臭いし」
 触られた感触が蘇り、俺はぶるりと背筋を震わせた。
 単なる話の流れとはいえ、なるべくならこれ以上蒸し返さないで欲しい。
「僕も結構サボってたよ、高校生の頃は。君みたいに学校早退して電車で寝てたこともあるんだ。……授業、退屈だよね」
 同意を求めるようににっこりと微笑まれ、俺もぎこちなく笑みを返した。又も俺の考えを察したのか、スザクと名乗った彼はさりげなく窓外へと目をやりながら話を逸らしていく。
「そうですね。俺もそう思って抜け出してしまいました」
 嫌なことを思い出させたフォローのつもりかもしれない。内心、さっきの件については深く突っ込まれたくないと思っていただけに、このタイミングで別の話題を持ちかけられたのは渡りに船だった。
 暖かみのある対応に感謝しつつ深めた笑みを向ければ、彼も俺へと戻した瞳を優しげに細めている。
「こんな天気のいい日は特に、どこかに遊びに行きたくなっちゃうよね。僕は体育以外そんなに出来る方じゃなかったから、授業が退屈って思う気持ち、ちょっと解るよ」
 のんびりした話し方に和まされながら、俺は密かに胸を撫で下ろした。
 労わり方が自然というか、とにかく話しやすい。人を安心させる独特の雰囲気に、固く緊張していた気持ちが徐々に解されていく。
 こちらが恐縮してしまわない程度の適度な思いやり――これが大人の余裕というものなんだろうか。
 憐れみも顕な慰め方をする者は多い。下手に同情などされてしまったら、その方が余程立ち直れなくなっていたことだろう。
 ガタンガタンと電車の音が響く中、暫し互いに沈黙する。受身で居続けるのも何だか悪いと思いながら、俺は自分のつま先へと目線を落とした。
 話しかけられるのを待つばかりではなく、俺からも何か切り出したほうがいいだろうか。……でも、何をどう話せばいいのか解らない。人柄の良さそうな相手なので隔意は無いものの、まだ慣れない他人と一対一。しかも先輩だと思うとどうしても気が引けてしまう。
 そもそも、必要以上に俺と関わることを彼は望んでいるのだろうか? そう思いながら隣を見遣れば、ちょうど顔を上げたところで目が合った。
「……屋上とか中庭とか、サボるには絶好のポイントだと思わない?」
 一拍置いてから話しかけてきた彼がニコリと微笑む。どうやらお互いに頃合を計っていたらしい。
「解ります。俺もしょっちゅうそこにいるから」
「そうなんだ? ああでも、今時期は屋上閉鎖してるだろ。もしかしてそれで抜け出してきた?」
「バレました? そうなんですよね。図書室には司書の人が居るし、この季節じゃ中庭も寒くて……」
 他愛ない会話の最中、何となく顔を見合わせながら二人でクスクスと笑い合う。
 学園にも仲のいい友人は数人いるが、俺は元々同世代よりも年上との方が馬が合うタイプだ。そこに持って来て親しみ易い彼の性格に好感が募った。
「サボってる時っていつも何してるの? 煙草吸ってるとか?」
 元々コミュニケーション好きなのか、彼はいちいち興味深そうに訊いてくる。
「まさか。大体寝てますよ。もしくは本を読むとか」
「読書か。どんな本を読むの?」
「色々です。古典文学や歴史ものが好きで……」
 広がりにくい話題だと承知の上で答えを返せば、彼は「へえ」と感心したように目を丸くしていた。
 そんなに驚くようなことだろうかと疑問に感じたが、こういったリアクションを取られるのは初めてではない。
「読書は苦手ですか?」
「うーん……苦手って訳じゃないけど、分厚い本とか読んでると眠たくならない?」
 それは苦手というんじゃないのか? と思ったけれど、俺は敢えて「大体みんなそう言うんですよ」と返した。
 話が合わなければ黙られる。よくあるパターンだと一瞬不安が過ぎったものの、幸い彼に気にした様子は無かった。
「君って凄いなぁ。僕なんか未だに漫画とか雑誌ばっかりだよ」
「勿論、俺も眠る為に読むことはあります」
「あはは。眠い時に文字を見てると覿面だよね。……特に教科書」
 それは本じゃないだろうと突っ込みたかったが、やたらと実感の篭もった言い方がおかしくて噴出してしまう。笑いの隙間に「同感」と挟んでから、俺も軽妙なテンポを崩さぬよう談笑に応じた。
「ブリタニア史の授業中は先生の声がBGMにしか聞こえなくて……俺もしょっちゅう寝てます」
「だよね。ビスマルク先生ってまだいるの?」
「ええ。話長いんですよ、あの先生」
 あ、いるんだ? と呟いた彼は苦手な話題を振られたことなど物ともせず相好を崩している。
 知っている名前が出てきたことで更に話しやすくなった。何にせよ、細かいことには拘らない大らかな性格が羨ましい。
「あの先生、必ず休み時間まで授業長引くよね」
「今もそうですよ。教え方が下手なんじゃなくて、昔話が長いっていうか」
「オレンジ先生は? 数学の。相変わらず熱血?」
「煩いですよ、とても……。大体なんで数学の授業中に『忠義』を連発するんだか」
 高校時代が懐かしいのか、彼は思い出深そうにうんうんと頷いている。
「僕が居た頃からの口癖だよ。まだ直ってないのか。相変わらずだなぁ」
 全然関係ないよね、と笑う彼に相槌を打つ傍ら、俺は「この人がまだ高校生だったとしたらどうだっただろう」と考えていた。
 本当に話しやすい――良い人だと思う。もしこんな人が学園にいたら、毎日退屈しないに違いない。
 勉強苦手なんだよな、とぼやく彼はくるんと跳ねた自分の髪をくしゃくしゃとかき混ぜている。俺よりも大人なのかと思えば、そういう仕草はやけに子供っぽい。
 完全に年下扱いされているのに不愉快でないのは、彼の態度に厭味が無いからだろう。大人びていて頼もしい反面、彼には茶目っ気も可愛げもある。
 変に阿ることの無い気安さのおかげで、俺はプライドを傷付けられずに済んだことに気付いた。あんな現場に遭遇した後だ。普通ならお互いに気まずくなって、さっさと別れてしまいたがるのが当然の心理。こうして後味の悪い気分のまま苛々と午後を過ごさずに済んだのも、全ては屈託なく話を振ってくれる彼のおかげだ。
 ほんの少し前まで早く電車を降りたいと思っていたくせに、俺は第一印象とは打って変わって人懐っこい彼とのやり取りを心のどこかで楽しんでしまっていた。
 ちょっとだけ……ほんの少しだけ、共犯めいたこの空気が楽しい。
「……えっと。枢木先輩は、高校の頃どんな生徒だったんですか?」
「枢木先輩って……なんだかその呼び方くすぐったいな。部活やってた頃以来なんだけど」
 破顔した彼を見た瞬間ドキリと心臓が高鳴った。無意識だろうか。微笑みかけてくる表情や声のトーンがやたらと甘い。
 手すりを掴んでいた後ろ手に力を込めた俺は、ひっくり返りそうになる声を抑えながら「部活?」と尋ねた。
「うん、体を動かすことしか取り得が無くってね。……君は? どんな部活をやってるの?」
 そんなに優しく微笑まれると、俺から話を振られたのが嬉しかったのかと勘違いしてしまいそうだ。
 反射的に「さっきもそんなことを言っていた」と考えたものの、彼の笑顔から意識を逸らす為の思考は結局無駄に終わった。煩く騒ぎ立ててくる心臓は一向に静まらず、戸惑った俺は制服の合わせを弄る手つきに見せかけて自分の胸をそっと押さえつける。
「俺は生徒会です」
「えっ。生徒会って……会長?」
「違いますよ。副会長です」
「そうか。僕は風紀委員をやってたよ」
「風紀委員……?」
 ――聞いたことの無い役職名だ。
「ありましたっけ、そんな役職」
「あったんです。僕がいた頃はね」
 首を傾げる俺に肩を竦めてみせながら彼がはにかむ。唇の隙間からチラリと覗く歯の白さがなんとも言えず爽やかで、清涼飲料水や歯磨き粉のCMにでも出られそうだ。
「じゃあ、他の部と兼任?」
「そう」
「何部だったんですか?」
「えっとー……剣道部と陸上部、あとはバスケと、それから――」
 指を折りながら次々と部活名を挙げていく彼に呆れてしまう。
 生徒会と兼任している生徒は今もいるが、そんな複数もの部活を掛け持ちしている人なんて聞いたことが無い。
「一体いくつ掛け持ちしてたんですか……」
「え? ほとんど全部かなぁ。助っ人なんかもしてたから。……あ。でも、剣道部は主将だったんだよ?」
「主将? じゃあインターハイとか……」
「うん。団体戦、個人戦で優勝したよ? 三年生の時だけどね」
「でも他の部活って」
「ああ、僕、二年までは陸上部だったんだ」
「はぁ……!?」
 ホントにスポーツしか取り得ないだろ、と返してくる言い方は拍子抜けするほど軽かった。
 簡単に言えることではないだろう。大体二年まで陸上部だったくせに、何故三年で剣道部の主将になれるのか意味が解らない。
「いや、そうじゃなく……。あの、まさかとは思うんですが、数年前あらゆる部活で記録を作って伝説になってる人って……」
「え、僕って伝説になってるの?」
 初耳、と呟いた彼はきょとんとしながら訊き返してくる。
「ああ、いや……待って下さい、枢木って――。そういえば聞いたことが……」
 今更気付くのも遅すぎる気がするが、俺は以前耳にした噂を唐突に思い出す。
 滅多にというより、まず聞かない珍しい名字だ。人違いでなければこの人で間違いない。
 俺が口元に手を当てて記憶を検索している間、彼は「うーん」と首を捻りながら苦笑していた。
「枢木っていうなら僕だね。多分一人しかいないと思うし」
「そうですよね? じゃあ陸上部の記録保持者ってのも貴方だったんですか? 確かまだ破られてないって」
「ああ……うん、僕かな。二年の頃までだけどね。部室にまだその時の賞状とトロフィー置いてあるんじゃないかな」
 ――何だ、この人。
 さらりと打ち明けられた事実に心底仰天する。
 高校生にも拘らず、確かこの人はあらゆる大学の運動部のみならず、どこぞの企業やら芸能プロダクションからまでスカウトされていたという話だ。
 テレビ出演や新聞に載った回数も一度や二度ではなく、目立つ容姿だったこともあり、その人気に伴って校内外にファンクラブなんてものまであったと聞く。
 奇妙な縁もあったものだと俺は思った。一体どういう奴なのかと困惑を隠せない。と同時に、道理で腕っ節が強い訳だと納得もする。
 唖然としている俺に向かって、彼は照れ笑いを浮かべながら言った。
「あの学校、お祭り騒ぎ多くて大変だろ」
「そうですね……。大変ですけど楽しいですよ?」
 ……それから暫くの間、学園での催し物の話に花が咲いた。一般レベルからかなり突き抜けている感はあるものの、典型的な体育会系。俺とはタイプが真逆のようだが決して嫌いではない。
 不真面目なように見せかけていても、きっと根は真面目なんだろう。サボりのことについてもそうだが、この人は単に俺の話に合わせてくれているだけで、頭だって自分で勉強が苦手と言うほど悪くはない。
 高校時代への懐古の念からか、彼も俺と同様饒舌だった。ここまで親切にしてくれる理由は正直解らないが、おそらく同校卒業の誼みだろう――どこにでもお人好しというのはいるものだ。
 川の流れの如く話が尽きない中、時々開く間ですら心地いい。感情豊かな声やコロコロとよく変わる表情も俺にとっては新鮮で――でも、決して煩くはなくて。
 程よく緊張感から解放され、同じ学校に通っていたという共通要素もあってか、どちらかというと人見知りする俺は、自分でも驚くほどあっさり彼に打ち解けることが出来てしまっていた。
 ただ、いくら先輩だったことを知ったとはいえ別に知己ではない。適当なところで切り上げて下車するべきか、それとも――と、そこまで考えたところで、俺は「名残惜しい、立ち去り難い」と感じている自分に気付く。
 妙に居心地のいいこの空気。……だから、あと少しだけ。出来ることなら時間の許す限り彼と話をしていたい。
「ねえ、ちょっと変なこと言っていいかな」
「はい?」
 不意に密められた声を聞き漏らさぬよう、俺は笑みの絶えない彼の方へと一歩近付く。向けられた穏やかな視線が面映い。緊張が解け始めた俺の気配に気付いたのか、彼は意外そうに眉を上げていた。
「さっきから思ってたんだけど……君ってさ、どことなく品があるよね」
「?」
 随分唐突に感じられる上、面と向かってそんなことを言われたのも初めてだ。意味を量りかねた俺が彼の顔を見返せば、目と鼻の先にある翡翠色がまじまじと俺を観察していた。
「――品、ですか?」
「うん。なんていうか、他の子とはどこか違ってるよ」
「違う……? 俺、どこか変ですか?」
「いや、変って意味じゃなくて……雰囲気の問題なのかな。上手く言えないんだけど、君って一見上品で真面目そうなのに飄々としてるっていうか。ますます学校サボって外に抜け出すタイプには見えないんだけど」
「そう、ですか?」
「うん。しかも一人だろ? どうせ学校抜け出すなら、普通は仲のいい人と一緒にサボらない?」
「…………」
 言われてみれば、俺は単独で校外に脱走することこそあれ、積極的に誰かと連れ立ってサボったことはあまり無い。
「友達に誘われた時なら。例えば賭けチェスとか」
「へっ!? 賭けチェス?」
「はい」
「え……。君もしかしてカジノとか行ってるの? 制服で?」
「ええ。――って、先輩……」
 プッと噴き出した彼は腹に手を当ててクツクツと笑っている。
「……何笑ってるんですか」
「ああごめん。見かけによらず悪いなぁーと思って。僕、今凄くビックリしたんだけど。さすがに大胆すぎない? 補導でもされたらどうするの?」
「それは、枢木先輩には言われたくないです」
 ぶすっと顔を顰めた俺に「それはそうだ」と答えながらも、ツボに嵌まったらしい彼の笑いの発作は静まらなかった。


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プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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