Dangerous game.(イラスト付)

ついったの診断ったーにて、

「24時間以内に10RTされたら『電車でバックなすざるる』を描きましょう。

というお題が出まして。
んで、「電車でバックってなんぞ??^^」と思いつつツイートしてみたらばめでたく10RT↑して頂けたもので、調子に乗って本当に描いてしまいました(`・ω・´)

とりあえず「ドアに押し付け」は実行したよ!
だが残念ながら「痴漢プレイ」ではなく、本当に痴漢です。(※記事タイトルに偽り有)

一応、モノホン感満載の「ルルタン ハアハア」な痴漢にはしたくなかったもので良心としてついでに年の差スザルル要素もぶっ込んでみました。(つい最近ついったの方で「枢木先輩ネタ」に萌えていたこともあってww)
ということで、ちょう手の早い枢木先輩×行きずり感たっぷりに悪戯されてしまう隙ありランペルージ君ですので、ご了承頂けた方のみどうぞです……。

お話の途中で唐突に絵が出現しますので、くれぐれも 背 後 注 意 。




*******




Dangerous game.


 痴漢から助けてくれた奴が痴漢だったなんて洒落にもならない。
 だが「確かに良く聞く話だ」とは思った。……時既に遅く、実際体を触られている最中に思い出したことだが。
 でも、それは大抵二人か三人以上のグループが複数回に渡って計画的な犯行を繰り返している場合。一人がターゲットを見つけて追い詰め、もう一人が実行。見張りがいるケースもある。
 それなのにまさか単独で、しかも相手に不自由などしていなさそうな見目のいい男が、よりにもよって同じ男相手に痴漢をはたらくなど誰が想像するものか。
 甘いマスクに騙された。――確かに、これも良く聞く話ではある。
 遊ばれたと嘆く女の話を聞いて自業自得だと思うことはあっても、そもそも俺は男だ。面食いの女じゃあるまいし、幾ら顔が良かろうと男相手に遊ばれてやる義理など無い。
 勿論、自分が痴漢に勘違いされるケースならともかく、痴漢に狙われる側になるなんて考えたことさえ無かった。
 柔らかな物腰と優しげな喋り方。真昼間から酔っ払いに絡まれていた所を助けられた安心感。それら全てを利用したこの男が狡猾だったのか、それとも俺自身の油断が招いた結果だったのか。
 いずれにせよ年も近く常識もありそうで、しかも丁寧に自己紹介までしてきたこの男に、俺が少々気を許しかけていたことは事実だ。
 状況が状況だったことから……そうだ、正直に言おう。騙された。
 失態だと悔いる俺の耳元で男が囁き掛けてくる。
 荒く、そして熱くなっているのが自分の呼吸なのか、それとも男の息なのか、俺にはもう解らない。


 学校を早退した理由は、言ってみれば只のサボりだ。
 夏季ならば解放されている屋上も冬季の間は閉鎖されている。ドアを開錠する方法なら知っていたが、今日は特別天気もいい。
 まっすぐ帰るよりも気晴らしを兼ねて租界にでも行こうと思い立った俺は、学校を抜け出してから何となく乗り込んだ電車の中で居眠りしてしまっていた。
 旧山手線は今も運行している。平日の昼間なせいか人気もまばらだ。あまり長居も出来ないだろうが、連日夜更かししていた反動でうっかり熟睡してしまった俺は、真横から漂ってくる不快な酒臭さに突然目を覚ました。
 異変に気付いたのは酒臭い呼気のせいだけではない。ほとんど人が乗っていないにも関わらず、何故かがら空きになっている他の席ではなくわざわざ俺の真隣に腰掛けてきた男。
 半覚醒状態だったが元々人の気配には敏感な方だ。最初こそ「何だ?」と思ったが、どこに座ろうとそいつの勝手。とはいえ「他にも空席があるのに」と疑問に感じたのが始まりだった。
 学校をサボっている俺に言えたことではないが、昼間から飲んでいるばかりか強かに酔っていたらしいその男は、何やらしきりに唸っているだけではなく、そのうち俺に向かって訳の解らないことを言い出した。
 ――端的に言えば、絡まれたのだ。
 下手に関わらないよう席を立って逃げ出そうかと思った矢先、腿の上に膝を乗せられて動きを封じられてしまった。
 変質者に遭遇した経験など俺には無い。しかも相手は酔っている。抵抗しようかとも思ったが逆上されるとまずい。
 もしこいつがナイフなどの武器を所持していて、暴れだしたりしたら……?
 人目のある所で騒ぎになって、万一警察に身元確認されるようなことにでもなれば、当然学校をフケていたことだってバレてしまう。
 逡巡する俺を見て調子づいたのか、男は無抵抗だった俺の股座へと手を這わせてきた。
 途端、気色の悪さに全身が総毛だつ。鋭い声で「やめろ」と牽制してみたが、男の手は閉じた俺の足を開かせようとあちこちまさぐるのをやめようとしない。……どころか、酒臭い息を荒げながらじりじりと身をすり寄せてくる。
 車両の中には人が数人。しかし、追い詰められた俺は助けを求めるどころではなかった。
 ――すると。少し離れた所に立っていた別の男が、こちらに向かってつかつかと歩み寄ってきた。
「やめろ」
 俺の足に触れていた酔っ払いの手が捻り上げられ、張り付いていた体が勢いよく引き剥がされる。自由の身になった俺は弾かれたように立ち上がり、慌ててシートの横へと退いた。
「嫌がっているのが解らないのか。さっきからその人に何をしている?」
「なんだよ、テメーに関係ねえだろ! 離せよ、このクソガキがっ……イテテテテ!」
 口汚く罵る酔っ払いの声が悲鳴に変わった。吠えるそいつに構わず片手で難なく腕を押さえていた男が、後ろ手に纏め上げた腕を肩の方へと力任せに捻ったからだ。
 自然と前屈みになった酔っ払いは呻きながら膝を付き、呆気なく床へと崩れ落ちた。男はすかさずその背中に体重をかけ、立ち上がれないよう上から押さえつける。
 その間、ものの数秒。――正に『畳んだ』という表現がしっくりくるほど鮮やかな手並みだった。
「かなり酔っ払っているみたいだけど、何ならこのまま警察に行くかい?」
 言葉遣いは丁寧だが、冷えた声音には迫力がある。
 酔いの回った頭でも言われた台詞については一応理解出来たらしい。警察の二文字に竦みあがった酔っ払いはすぐ大人しくなり、腕を離されるやいなや千鳥足でよろよろと立ち上がった。
「畜生、覚えてろ!」
 ありきたりな捨て台詞が何とも言えず物悲しい。
 力では敵わないと判断したのか、後ずさりした酔っ払いは負け犬宜しくすたこらと逃げていく。
「……君、大丈夫?」
 固唾を呑んで様子を見守るしかなかった俺は、かけられた一言でようやく我に返った。
 助けてくれたその人は心配そうに眉を寄せながら俺を見つめている。……しなやかな細身の割には精悍な印象だ。
 男らしく上がった太めの眉。その下から覗く落ち着いたグリーンの瞳。柔らかそうな栗色の髪はところどころ跳ねていて、健康的に焼けた肌や深緑を思わせる瞳の色によく似合っていた。
 まだ幼さの残る顔立ちに反してかなり大人びた雰囲気のためか、目下という感じはあまりしない。見たところ年は然程離れていなさそうだが、この時間帯に私服でいる辺り、もしかすると大学生だろうか。
「あの……助かりました。有難うございます」
 シートの手すりに捕まったまま呆然としていた俺は、まだ礼の一つも碌に言えていなかったことに気付いて無性に恥ずかしくなった。
 同じ男だというのに、この差は何だろう。
 片や、たった一人きりで痴漢を伸した男。もう一方の俺はといえば、ただ助けられるに任せて今の今まで放心していただけだ。
 いくら突発的な事態に弱いとはいえ、みっともないことこの上ない。
「いいよ、お礼なんて。もっと早く助けてあげられれば良かったんだけど……」
「いえ、そんな……場所が場所ですし、俺もどうしようかと思って」 
 と、そこで。辺りからチラチラとこちらを伺ってくる数人の視線に俺は気付いた。
 男が男に絡まれ、更に別の男に助けられるという光景が奇異に映ったのだろう。興味本位な視線はすぐに逸らされたものの、その場に居づらくなった俺は俯いて黙り込むことしか出来なくなってしまった。
 途方に暮れる俺の気持ちを察したのか、その人は俺の方へと顔を寄せ、小声でひっそりと耳打ちしてくる。
「ちょっと場所、移そうか」
「…………」
 さっさと下車してしまいたい気分だったが、降りる駅など元から決めていない上に、助けられた手前、俺だけそそくさと退散してしまう訳にもいかない。
 こうしてわざわざ気を利かせてくれる辺り、この人はいかにも性格が良さそうだ。……それに、まだ別の車両に例の痴漢がいるかもしれないと思うと少々心細くもある。
 気遣わしく振り返りながら背を向けたその人に続いて、俺は仕方なく乗車口の方へと移動した。
 壁に背を寄りかからせたその人は「ここで知らん顔していよう」と言いながらやんわりと微笑んでくる。
 ……こういうのを人好きする笑顔というのだろうか。どこか人を安心させるその笑みに俺はほっとさせられる思いで一杯だった。
「そういえば、君はどこで降りるの?」
 初対面だというのに砕けた喋り方。やや年上に見えるせいか、敬語でなくても馴れ馴れしいとは感じない。
「えっと……」
 次の駅で、と返すのも白々しい気がして俺は躊躇っていた。別にこの人と接するのが嫌という訳ではないが、出来ることならなるべく早く立ち去りたい。
 咄嗟に返答できず口ごもる俺を見て、彼がふっと息を吐き出す。
「その制服、アッシュフォード学園のだろ。実は僕もソコ出身なんだ」
「えっ?」
 思いも寄らないことを告げられて戸惑っていると、彼はにっこりと笑いながら腕を組み、先を続けた。
「こんな所で名乗るのも変だけど、僕は枢木スザクっていうんだ。アッシュフォード学園卒、今は大学生だよ。……君は?」
 所詮行きずりでしかない赤の他人に身上を述べるのもおかしな気がしたが、こうもさらさらと自己紹介されてしまっては答えない訳にもいかない。
 ……それに、意外にも彼はOBだ。
「俺はルルーシュ・ランペルージです」
「何年生?」
「えっと……今、二年で」
「そう。……でも、今日は休み?」
「――――」
 当然といえば当然の質問に俺は言葉を失った。まさか「サボりです」と打ち明ける訳にもいかず、まちくりと瞳を瞬かせている彼の顔を無言で見上げる。
「……じゃないよね」
 苦笑しながらそう呟いた彼は、今度は悪戯っぽく小首を傾げながら「見かけによらず結構不良なのかな?」と尋ねてきた。
「別に不良という訳では……」
 まるで悪戯を見つかった子供の気分だ。彼に悪気が無いのは解るが、こうも質問攻めにされてしまうとさすがに困る。
 何より、只でさえ痴漢に遭遇した所を助けられているのだから、俺にとってはばつの悪さもひとしおだった。
 困り果てた俺を見かねたらしく、彼は「あはは」と笑いながら眉尻を下げている。
「ごめんごめん。……って言っても、実は最初から気付いてたんだけどね」
「最初から?」
「うん。君さっき熟睡してただろ。制服着てるし、今日は平日だし。あー、これは下りる気無いなって」
「…………」
 前言撤回。
 性格が良さそうに見えて彼は案外人が悪い。まさか寝ていた所から見られていたとは思わなかった。――これは相当気まずい。
「あまりからかわないで下さいよ」
 もっと早く助けてあげられれば良かったんだけど。
 そう言っていた彼の発言に思い至り、そういうことかと口角が下がる。
 さすがにむっとした俺が胡乱な目線を向けると、彼は口元に拳を当ててクスクスと笑っていた。……本当によく笑う人だ。
「ごめんね? 別にからかうつもりじゃなかったんだ。本当はすぐ助けてあげたかったんだけど、さっきの人、かなり酔っ払っていただろ? だから、タイミングを間違えたら却って危ないかと思って機を伺っていたんだ」
「あ……」
 不意に改まった彼の表情に一瞬ドキリとする。
 冗談めかした口ぶりの裏に垣間見える思慮深さ。こういった冷静な所は酷く大人っぽい。
 一見柔和そうな見かけだが、この枢木という男は、そういえばつい先ほど片手で成人男性を伸した人なのだ。
 思わず目を伏せた俺が黙っていると、彼は真に迫った雰囲気をかき消すように真面目な顔つきをふわりと和らげた。
「最初はね、懐かしい制服着た子がすごく気持ち良さそうに眠ってるなぁと思って見てたんだ。そしたら酔っ払いが乗ってきて……。真っ先に君に目を付けて隣に座ったから、これはまずいなと思って勝手に見張ってたんだよ」
 シリアスめいた空気を払拭しようという気遣いだけが伝わってくる。
 事実を事実として述べるだけの声はあくまでも淡々としていて、上手く露骨な表現を避けている割にはちっとも恩着せがましさを感じない。大袈裟に心配しない態度や独白とも受け取れる口調もあいまってか、決してわざとらしい慰めのようにも聞こえなかった。
 ずっと感じていた居た堪れなさを緩和されて漸う気を取り直した俺は、彼に悟られぬようそっと吐息する。
「さっきは本当に助かりました。俺、どうもイレギュラーって苦手で……。ビックリしましたよ。凄く酒臭いし」
 触られた感触が蘇り、俺はぶるりと背筋を震わせた。
 単なる話の流れとはいえ、なるべくならこれ以上蒸し返さないで欲しい。
「僕も結構サボってたよ、高校生の頃は。君みたいに学校早退して電車で寝てたこともあるんだ。……授業、退屈だよね」
 同意を求めるようににっこりと微笑まれ、俺もぎこちなく笑みを返した。又も俺の考えを察したのか、スザクと名乗った彼はさりげなく窓外へと目をやりながら話を逸らしていく。
「そうですね。俺もそう思って抜け出してしまいました」
 嫌なことを思い出させたフォローのつもりかもしれない。内心、さっきの件については深く突っ込まれたくないと思っていただけに、このタイミングで別の話題を持ちかけられたのは渡りに船だった。
 暖かみのある対応に感謝しつつ深めた笑みを向ければ、彼も俺へと戻した瞳を優しげに細めている。
「こんな天気のいい日は特に、どこかに遊びに行きたくなっちゃうよね。僕は体育以外そんなに出来る方じゃなかったから、授業が退屈って思う気持ち、ちょっと解るよ」
 のんびりした話し方に和まされながら、俺は密かに胸を撫で下ろした。
 労わり方が自然というか、とにかく話しやすい。人を安心させる独特の雰囲気に、固く緊張していた気持ちが徐々に解されていく。
 こちらが恐縮してしまわない程度の適度な思いやり――これが大人の余裕というものなんだろうか。
 憐れみも顕な慰め方をする者は多い。下手に同情などされてしまったら、その方が余程立ち直れなくなっていたことだろう。
 ガタンガタンと電車の音が響く中、暫し互いに沈黙する。受身で居続けるのも何だか悪いと思いながら、俺は自分のつま先へと目線を落とした。
 話しかけられるのを待つばかりではなく、俺からも何か切り出したほうがいいだろうか。……でも、何をどう話せばいいのか解らない。人柄の良さそうな相手なので隔意は無いものの、まだ慣れない他人と一対一。しかも先輩だと思うとどうしても気が引けてしまう。
 そもそも、必要以上に俺と関わることを彼は望んでいるのだろうか? そう思いながら隣を見遣れば、ちょうど顔を上げたところで目が合った。
「……屋上とか中庭とか、サボるには絶好のポイントだと思わない?」
 一拍置いてから話しかけてきた彼がニコリと微笑む。どうやらお互いに頃合を計っていたらしい。
「解ります。俺もしょっちゅうそこにいるから」
「そうなんだ? ああでも、今時期は屋上閉鎖してるだろ。もしかしてそれで抜け出してきた?」
「バレました? そうなんですよね。図書室には司書の人が居るし、この季節じゃ中庭も寒くて……」
 他愛ない会話の最中、何となく顔を見合わせながら二人でクスクスと笑い合う。
 学園にも仲のいい友人は数人いるが、俺は元々同世代よりも年上との方が馬が合うタイプだ。そこに持って来て親しみ易い彼の性格に好感が募った。
「サボってる時っていつも何してるの? 煙草吸ってるとか?」
 元々コミュニケーション好きなのか、彼はいちいち興味深そうに訊いてくる。
「まさか。大体寝てますよ。もしくは本を読むとか」
「読書か。どんな本を読むの?」
「色々です。古典文学や歴史ものが好きで……」
 広がりにくい話題だと承知の上で答えを返せば、彼は「へえ」と感心したように目を丸くしていた。
 そんなに驚くようなことだろうかと疑問に感じたが、こういったリアクションを取られるのは初めてではない。
「読書は苦手ですか?」
「うーん……苦手って訳じゃないけど、分厚い本とか読んでると眠たくならない?」
 それは苦手というんじゃないのか? と思ったけれど、俺は敢えて「大体みんなそう言うんですよ」と返した。
 話が合わなければ黙られる。よくあるパターンだと一瞬不安が過ぎったものの、幸い彼に気にした様子は無かった。
「君って凄いなぁ。僕なんか未だに漫画とか雑誌ばっかりだよ」
「勿論、俺も眠る為に読むことはあります」
「あはは。眠い時に文字を見てると覿面だよね。……特に教科書」
 それは本じゃないだろうと突っ込みたかったが、やたらと実感の篭もった言い方がおかしくて噴出してしまう。笑いの隙間に「同感」と挟んでから、俺も軽妙なテンポを崩さぬよう談笑に応じた。
「ブリタニア史の授業中は先生の声がBGMにしか聞こえなくて……俺もしょっちゅう寝てます」
「だよね。ビスマルク先生ってまだいるの?」
「ええ。話長いんですよ、あの先生」
 あ、いるんだ? と呟いた彼は苦手な話題を振られたことなど物ともせず相好を崩している。
 知っている名前が出てきたことで更に話しやすくなった。何にせよ、細かいことには拘らない大らかな性格が羨ましい。
「あの先生、必ず休み時間まで授業長引くよね」
「今もそうですよ。教え方が下手なんじゃなくて、昔話が長いっていうか」
「オレンジ先生は? 数学の。相変わらず熱血?」
「煩いですよ、とても……。大体なんで数学の授業中に『忠義』を連発するんだか」
 高校時代が懐かしいのか、彼は思い出深そうにうんうんと頷いている。
「僕が居た頃からの口癖だよ。まだ直ってないのか。相変わらずだなぁ」
 全然関係ないよね、と笑う彼に相槌を打つ傍ら、俺は「この人がまだ高校生だったとしたらどうだっただろう」と考えていた。
 本当に話しやすい――良い人だと思う。もしこんな人が学園にいたら、毎日退屈しないに違いない。
 勉強苦手なんだよな、とぼやく彼はくるんと跳ねた自分の髪をくしゃくしゃとかき混ぜている。俺よりも大人なのかと思えば、そういう仕草はやけに子供っぽい。
 完全に年下扱いされているのに不愉快でないのは、彼の態度に厭味が無いからだろう。大人びていて頼もしい反面、彼には茶目っ気も可愛げもある。
 変に阿ることの無い気安さのおかげで、俺はプライドを傷付けられずに済んだことに気付いた。あんな現場に遭遇した後だ。普通ならお互いに気まずくなって、さっさと別れてしまいたがるのが当然の心理。こうして後味の悪い気分のまま苛々と午後を過ごさずに済んだのも、全ては屈託なく話を振ってくれる彼のおかげだ。
 ほんの少し前まで早く電車を降りたいと思っていたくせに、俺は第一印象とは打って変わって人懐っこい彼とのやり取りを心のどこかで楽しんでしまっていた。
 ちょっとだけ……ほんの少しだけ、共犯めいたこの空気が楽しい。
「……えっと。枢木先輩は、高校の頃どんな生徒だったんですか?」
「枢木先輩って……なんだかその呼び方くすぐったいな。部活やってた頃以来なんだけど」
 破顔した彼を見た瞬間ドキリと心臓が高鳴った。無意識だろうか。微笑みかけてくる表情や声のトーンがやたらと甘い。
 手すりを掴んでいた後ろ手に力を込めた俺は、ひっくり返りそうになる声を抑えながら「部活?」と尋ねた。
「うん、体を動かすことしか取り得が無くってね。……君は? どんな部活をやってるの?」
 そんなに優しく微笑まれると、俺から話を振られたのが嬉しかったのかと勘違いしてしまいそうだ。
 反射的に「さっきもそんなことを言っていた」と考えたものの、彼の笑顔から意識を逸らす為の思考は結局無駄に終わった。煩く騒ぎ立ててくる心臓は一向に静まらず、戸惑った俺は制服の合わせを弄る手つきに見せかけて自分の胸をそっと押さえつける。
「俺は生徒会です」
「えっ。生徒会って……会長?」
「違いますよ。副会長です」
「そうか。僕は風紀委員をやってたよ」
「風紀委員……?」
 ――聞いたことの無い役職名だ。
「ありましたっけ、そんな役職」
「あったんです。僕がいた頃はね」
 首を傾げる俺に肩を竦めてみせながら彼がはにかむ。唇の隙間からチラリと覗く歯の白さがなんとも言えず爽やかで、清涼飲料水や歯磨き粉のCMにでも出られそうだ。
「じゃあ、他の部と兼任?」
「そう」
「何部だったんですか?」
「えっとー……剣道部と陸上部、あとはバスケと、それから――」
 指を折りながら次々と部活名を挙げていく彼に呆れてしまう。
 生徒会と兼任している生徒は今もいるが、そんな複数もの部活を掛け持ちしている人なんて聞いたことが無い。
「一体いくつ掛け持ちしてたんですか……」
「え? ほとんど全部かなぁ。助っ人なんかもしてたから。……あ。でも、剣道部は主将だったんだよ?」
「主将? じゃあインターハイとか……」
「うん。団体戦、個人戦で優勝したよ? 三年生の時だけどね」
「でも他の部活って」
「ああ、僕、二年までは陸上部だったんだ」
「はぁ……!?」
 ホントにスポーツしか取り得ないだろ、と返してくる言い方は拍子抜けするほど軽かった。
 簡単に言えることではないだろう。大体二年まで陸上部だったくせに、何故三年で剣道部の主将になれるのか意味が解らない。
「いや、そうじゃなく……。あの、まさかとは思うんですが、数年前あらゆる部活で記録を作って伝説になってる人って……」
「え、僕って伝説になってるの?」
 初耳、と呟いた彼はきょとんとしながら訊き返してくる。
「ああ、いや……待って下さい、枢木って――。そういえば聞いたことが……」
 今更気付くのも遅すぎる気がするが、俺は以前耳にした噂を唐突に思い出す。
 滅多にというより、まず聞かない珍しい名字だ。人違いでなければこの人で間違いない。
 俺が口元に手を当てて記憶を検索している間、彼は「うーん」と首を捻りながら苦笑していた。
「枢木っていうなら僕だね。多分一人しかいないと思うし」
「そうですよね? じゃあ陸上部の記録保持者ってのも貴方だったんですか? 確かまだ破られてないって」
「ああ……うん、僕かな。二年の頃までだけどね。部室にまだその時の賞状とトロフィー置いてあるんじゃないかな」
 ――何だ、この人。
 さらりと打ち明けられた事実に心底仰天する。
 高校生にも拘らず、確かこの人はあらゆる大学の運動部のみならず、どこぞの企業やら芸能プロダクションからまでスカウトされていたという話だ。
 テレビ出演や新聞に載った回数も一度や二度ではなく、目立つ容姿だったこともあり、その人気に伴って校内外にファンクラブなんてものまであったと聞く。
 奇妙な縁もあったものだと俺は思った。一体どういう奴なのかと困惑を隠せない。と同時に、道理で腕っ節が強い訳だと納得もする。
 唖然としている俺に向かって、彼は照れ笑いを浮かべながら言った。
「あの学校、お祭り騒ぎ多くて大変だろ」
「そうですね……。大変ですけど楽しいですよ?」
 ……それから暫くの間、学園での催し物の話に花が咲いた。一般レベルからかなり突き抜けている感はあるものの、典型的な体育会系。俺とはタイプが真逆のようだが決して嫌いではない。
 不真面目なように見せかけていても、きっと根は真面目なんだろう。サボりのことについてもそうだが、この人は単に俺の話に合わせてくれているだけで、頭だって自分で勉強が苦手と言うほど悪くはない。
 高校時代への懐古の念からか、彼も俺と同様饒舌だった。ここまで親切にしてくれる理由は正直解らないが、おそらく同校卒業の誼みだろう――どこにでもお人好しというのはいるものだ。
 川の流れの如く話が尽きない中、時々開く間ですら心地いい。感情豊かな声やコロコロとよく変わる表情も俺にとっては新鮮で――でも、決して煩くはなくて。
 程よく緊張感から解放され、同じ学校に通っていたという共通要素もあってか、どちらかというと人見知りする俺は、自分でも驚くほどあっさり彼に打ち解けることが出来てしまっていた。
 ただ、いくら先輩だったことを知ったとはいえ別に知己ではない。適当なところで切り上げて下車するべきか、それとも――と、そこまで考えたところで、俺は「名残惜しい、立ち去り難い」と感じている自分に気付く。
 妙に居心地のいいこの空気。……だから、あと少しだけ。出来ることなら時間の許す限り彼と話をしていたい。
「ねえ、ちょっと変なこと言っていいかな」
「はい?」
 不意に密められた声を聞き漏らさぬよう、俺は笑みの絶えない彼の方へと一歩近付く。向けられた穏やかな視線が面映い。緊張が解け始めた俺の気配に気付いたのか、彼は意外そうに眉を上げていた。
「さっきから思ってたんだけど……君ってさ、どことなく品があるよね」
「?」
 随分唐突に感じられる上、面と向かってそんなことを言われたのも初めてだ。意味を量りかねた俺が彼の顔を見返せば、目と鼻の先にある翡翠色がまじまじと俺を観察していた。
「――品、ですか?」
「うん。なんていうか、他の子とはどこか違ってるよ」
「違う……? 俺、どこか変ですか?」
「いや、変って意味じゃなくて……雰囲気の問題なのかな。上手く言えないんだけど、君って一見上品で真面目そうなのに飄々としてるっていうか。ますます学校サボって外に抜け出すタイプには見えないんだけど」
「そう、ですか?」
「うん。しかも一人だろ? どうせ学校抜け出すなら、普通は仲のいい人と一緒にサボらない?」
「…………」
 言われてみれば、俺は単独で校外に脱走することこそあれ、積極的に誰かと連れ立ってサボったことはあまり無い。
「友達に誘われた時なら。例えば賭けチェスとか」
「へっ!? 賭けチェス?」
「はい」
「え……。君もしかしてカジノとか行ってるの? 制服で?」
「ええ。――って、先輩……」
 プッと噴き出した彼は腹に手を当ててクツクツと笑っている。
「……何笑ってるんですか」
「ああごめん。見かけによらず悪いなぁーと思って。僕、今凄くビックリしたんだけど。さすがに大胆すぎない? 補導でもされたらどうするの?」
「それは、枢木先輩には言われたくないです」
 ぶすっと顔を顰めた俺に「それはそうだ」と答えながらも、ツボに嵌まったらしい彼の笑いの発作は静まらなかった。
 そうこうしているうちに一人降り、二人降り。乗客はいつの間にか俺たち二人を除く一人だけになった。
 いい加減席に座ろうかと思ったところで、ふと気付く。
 ……そういえば、彼は一体どこで降りるのだろう。随分前から乗っていたようだが、目的地を通り過ぎてはいないだろうか。
 仮に降りそびれたとしても、どのみち一回りすれば目的の駅で降りられる――とはいえ、もし引き止めてしまっているのだとしたら原因は俺にあるだろう。
 こんなに長く話し込んでいて大丈夫なのか?
 俺から尋ねようと思ったその時、彼は人目を憚るように周囲へと視線を走らせてから小声で囁いてきた。
「そういえば君、これからどうするの?」
「?」
「学校戻る? それともこのまま帰る?」
「……特に、決めてない、ですけど……」
 すると、彼の唇がゆるゆると弧を描いた。
「じゃあさ、もうちょっと僕に付き合ってよ」
「えっ?」
 身を乗り出した彼が俺の顔を覗き込んでくる。吐息がかかりそうなくらい顔が近い。
「もちろん君が嫌じゃなければだけど……。ご飯がまだなら、僕と一緒にお昼でも食べに行かない? どう?」
「…………」
 突然の申し出に俺が面食らっていると、眉尻を下げた彼は続けざまに「まだ会ったばかりだし迷惑だったかな?」と尋ねてくる。
「迷惑という訳では……。でも先輩」
「ん?」
「何か用事があって電車に乗っていたんじゃなかったんですか?」
 俺は只のサボりだがこの人は違うだろう。そう思って訊き返してみれば、彼は素っ気無く首を横に振った。
「僕は用事が終わった帰り。ちょうど暇だったんだ」
「でも……」
 躊躇う俺を見て気落ちしたように溜息を吐いた彼は、曇った顔をすぐ元に戻してふんわりと微笑む。
「困るよね、会ったばかりの人にこんなこと言われても。……けど何だか面白いんだ、君と話すの。僕の周りにはいないタイプだからさ。このまま別れちゃうのは勿体無いなって思ったんだけど……やっぱり駄目かな?」
「――――――」
 何とも返しようの無い台詞に俺は口を噤んだ。
 自信なさそうに話す彼の姿は動物に喩えれば捨てられた子犬のようだ。実際見える訳ではなくとも頭の上にはペタリと閉じた耳、尻からは垂れ下がったふわふわの尻尾が見える。
 俺のどこを面白いと思ったのかはさっぱり解らない。だが、これは――。
「あの、先輩……」
「うん?」
「それってナンパですか?」
「………………」
 今度は彼が沈黙する番だった。
 はたと動きを止めた彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見つめている……が。俺の一言に反応した彼の耳と尻尾がピョコンと跳ね上がるのを、俺は確かに見た。
「うん。そう。ナンパです」
 瞬く間に元気を取り戻した彼の双眸が爛々と光り輝いている。――凄く凄く、楽しそうだ。
「乗ってくれる?」
 にこにこと満面の笑みを浮かべた彼が上目遣いで訊いてくる。
 ふふ、と漏らされる声にやんちゃな眼差し。拒絶されることなど露ほどにも想像していないどころか、どう見ても俺の答えを確信している態度でしかない。
 ……勿論、この流れで断るほど俺も鬼ではなかった。
「いいですよ」
 俺が答えるなり手すりを握り締めていた彼は無邪気に「やった!」と小さく叫んだ。勝ち誇ったような表情がおかしくて、同じ男なのに少し可愛い。
 ナンパ成功、と口ずさむ彼は歌いだしそうなほどご機嫌だ。そんなに喜ぶようなことだろうかと思ったけれど、こうまで素直に喜色を示されると決して悪い気はしない。
 食事に付き合うくらい良いだろうと考える頭の隅で、俺は誘われたことを喜び、尚且つ歓迎してさえいた。
「何食べたい? 僕が驕ってあげるよ」
「えっ? 悪いですよそんなの……」
 助けてもらった上に驕られるなんてと遠慮していると、やに下がった彼が「まあまあ」と往なしてくる。
「君は可愛い後輩なんだもの。気にしなくていいよ。僕はバイトもしてるし、誘ったのも僕の方だからね」
 昼食くらいご馳走させてよ、と続ける彼の勢いに負けてしまいそうだ。強引と言えるほど一方的ではないにせよ、結構押しが強いように感じられるのは気のせいか。
 相手に事欠く訳でもなかろうに奇特な人もいたものだ。先程の話を思い返す限りでは、暇な時に食事に誘う相手など掃いて捨てる程いそうなものなのに。
「いいんですか? 俺で」
「ん? いいって何が?」
「だから、俺が相手でいいのかっていう意味ですよ」
「どうして?」
「――――」
 予想外の反応に二の句を失った俺はポカンと口を開いた。彼の台詞を要約すると「どうしてそんなことを言うの?」とでもいったところか。省略された部分がそのまま顔に書いてある。
 どうせ誘うのなら面識の浅い後輩相手でなくとも構わないという発想は無いんだろうか、この人には。
「どうしてって……それは俺の台詞ですよ。いくら平日っていったって、先輩なら誘う相手くらい他に幾らでもいるでしょう?」
「…………」
 不満も顕な表情が一瞬でするりと抜け落ちる。
 思ってもみないことを言われた。まさしくそんな反応だ。
 おそらくこちらが素なのだろう。真摯で誠実なのも本当だろうが、裏表が無いというより顔に感情がストレートに出てしまう単純明快なタチらしい。
「枢木先輩……人から天然って言われたことありませんか?」
「えっ。そう見えるかな」
「見えます」
 いかにも心外そうな言い方がおかしくて、たまりかねた俺は悪いと思いながらもつい噴き出してしまった。
 さっき見せた思慮深さは一体何だったのかと改めて問いたい。嘘を吐くのも下手そうだ。
「そんなに笑わなくたって……確かに天然とはよく言われるけど」
 ――やっぱりか。
 口には出さない心の内での突っ込みを知ってか知らずか、ぶつぶつと零す彼は未だに俺の意図を察し切れずに困惑している。唇をへの字に曲げたまま説明されるのを待っているさまが、俺にはどうもイヌ科の動物にしか見えない。
「俺は確かに後輩ですけど、わざわざ同性をナンパしなくたって……。聞きましたよ、先輩の噂。ファンクラブまであるらしいじゃないですか」
 ニヤリと笑いながら指摘する俺に「あ」と漏らした彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「なんだ。そんなこと?……もう。ビックリさせないでよ。遠回しに断られてるのかと思った」
「そんなことって。謙遜ならしなくていいですよ?」
「違うよ。別に謙遜なんかじゃないってば……」
 はぁ、と溜息を漏らした彼は決まり悪そうにしながら至極どうでもよさそうに言い放つ。
 見るからにうんざりしている様子からして、このネタでからかわれたのも今回が初めてではなさそうだ。
「自分のことだろって言われたら返す言葉もないけど、僕その辺のことって関知してないからよく解らないんだよな。大体ファンクラブなんてものが実在するのかどうかさえ知らないのに……あまり本気にしないでもらいたいよ」
 彼はそれが癖なのか、またふわふわの癖っ毛をかき混ぜている。鼻にかけていないといえば聞こえは良いが、面倒くさいのか興味が無いのか判然としない。
 普通なら色惚けたことの一つも言いそうなものなのに、彼は驕ることもなければ煽てられることに慣れている訳でもなさそうだ。先の大立ち周りを見ただけでも凄いと感じたのだから、誉めそやされる機会だって人より多かった筈。それなのに、あれだけ突出した能力を持ちながらこうも気取りがない人物も珍しい。
 人懐っこくて天然なお人好し。加えてルックスもいいとくればさぞかし人気もあるのだろう。実際のところどうなのかは知らなくとも、異性・同性に関わらず慕われているだろうことは何となく想像がつく。
「男の俺から見ても、先輩は格好いいですよ」
「――――」
 何気なく言った一言だったのに、彼は何故か息を飲んだ。続いて点になった目で穴が開きそうなほど凝視され、俺の呼吸も止まる。
「先輩?」
「え? あ、ああ……いや……」
 慌てて目を逸らした彼が物言いたげに俯いた。
 眉間に皺を立て、難しく考え込んでいるようにも映るその素振り。何か変なことを言っただろうかと訝しく思ったけれど、単に褒められたのが恥ずかしかっただけかもしれない。
 拳をぎゅっと握り締めて深く息をついた彼は、盗み見るように俺へと視線を走らせた。具合でも悪いのだろうかと心配になったが、再び視線を余所に向けた彼は何事もなかったかのように落ち着いた声で話し出す。
「あのさ……ランペルージ君、だっけ?」
「ルルーシュでいいですよ」
「ありがと。……その、ルルーシュはさ、いないの? 彼女とか」
「彼女?」
 なんでそんな話になるんだと思いつつ問い返せば、彼はぐっと唇を引き結んでから妙に真剣な表情で言い募る。
「だって、君こそ凄く整った顔してるだろ? 好きな子とか付き合ってる子とか、いるんじゃないの?」
「いませんよ、そんなの」
「ほんと?」
「いませんってば」
「でもモテるだろ」
「…………」
 何なんだ、その詰問調は。
 謎の気迫に圧倒された俺はたじろぎながら彼を見上げた。……なんだか先程までとはずいぶん雰囲気が違うような。
「やめませんか、そういう話は……。俺から振ったことが原因なら謝りますよ」
 今までのやり取りの中で薄々感じていたことだが、彼は温厚そうに見える反面、実はかなり直情的な性格なのかもしれない。
 天然気味な所には慣れつつあるので突飛な話題変換に驚きはしないけれど、そう矢継ぎ早に尋ねてこられると参ってしまう。ハッキリ言って苦手な話題だ。
 とはいえ、先にこの手の話をネタにからかったのは俺なので、そこを突かれるとぐうの音も出ないのだが。
「ストイックなんだな」
 俺から外した視線を窓の外へと向けた彼が茫洋とした口調で呟いた。
「ストイック?」
「うん。――その割には無防備すぎると思うけど」
「え……?」
 車内アナウンスが鳴り響き、僅かな揺れと共に停まっていた電車が動き出す。ドアの開閉音に紛れて聞き取れなかった言葉をもう一度訊き返そうとしたところで、彼が「ルルーシュ」と窓を指差した。
「ちょっと外を見て」
「?」
 彼につられて俺も窓外へと目を向ける。そこには当然、見慣れた租界の景色が広がっていた。
「何ですか?」
「あれあれ、あそこ見てよ」
「? どれ?」
 こそあどで示されても建物を指しているのか風景のことを言っているのか解らない。曖昧な彼の指示を不審に思いながらも、俺はガラスに両手を付いて指差された方向へと目を凝らしていた。
 鏡のように反射するガラスに映っていたのは自分の顔だ。――すると。
「見えた?」
「だから何が」
「何かに似てるよね?」
「似てる……?」
「うん。今の君の体勢」
「……え?」
 俺の顔が何に似ているというのだろう。いや、それよりも彼は今何と言った?……体勢?
 そう思った瞬間、「まだ気付かない?」という呟きと共に背後から圧し掛かってくる気配。ドアに押し付けられた俺が「何を」と振り返る間もなく忍び笑いが耳元で響き、全身が硬直する。
「イレギュラーが苦手っていうの、本当だったんだな……」
 答え解った? と問うてくる声には聞いたことも無いような色が滲んでいた。毒めいた低音に時が止まる。
 ガラスに映り込む彼の瞳に意識を奪われていると、窓に当てたままだった手の甲に指先が触れ、不意に感じる体温に俺は文字通り跳ね上がった。
 間髪入れずに拳ごと握り込んでくる大きな掌。皮膚に擦れる固い感触が竹刀を握る者特有の胼胝だと気付いたのは、既に全身を緩く拘束された後のことだった。
「ホールドアップ。――に、似てるよね?」
 吐息混じりに囁かれ、背筋がゾクリと震えた。本能的に感じる危機感に心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。
 視界に飛び込んできた自分の姿を見た俺は、言われた言葉の意味をようやく悟った。刑事もののドラマなどでよく見る体勢。捕まった犯人が背後から拳銃を突きつけられて取る降参のポーズ。
 悪い冗談だろう。いや、冗談にしてもタチが悪すぎる。だが抗議を訴えようと振り返りかけた瞬間、角度の変わった耳の奥にふっと息を吹き込まれて肩が竦んだ。
「……っ!?」
 縮こまる俺の耳を舌先が執拗に追ってくる。逃れたくても距離が近すぎてどうしようもない。ペロリと舐められた耳朶が乾いていく間も初めて感じた舌の感触だけがしつこく残っていた。
「感じやすいんだ。それも無意識?」
 まさかこんな手に引っ掛かるとは思わなかったな。
 悪びれもしない口調に肝が冷える。まるで他人事のような囁きを遠くに感じながら、俺は軽い混乱に陥った。
 なんだ、これは。嘘だろう? いやまさか。只の悪戯だと思いたい。
「く、るるぎ先輩……冗談は止して下さい!」
 背中の重みを振り払おうと俺は咄嗟に身を捩った。しかし彼は俺の動きを遮るばかりか、素早く両足の間に捻じ込ませた腿でぐいっと股間を擦り上げてくる。
「やめっ……!」
 正気か!? 俺は心の中で叫んだ。まだ乗客がいるというのに、ふざけるのも大概にしろ!
「離しっ……離せ!」
 声量を落としつつ抵抗を試みるも、やんわりドアに押し付けられているだけなのに驚くほど身動きが取れない。
 窓に付いたままの両手を括りつけられ、不自然に反った上半身の自由も利かず、更に脚を割られているせいで片側の爪先だけが浮き上がってしまう。かといって腰を落とせば彼の腿に跨る形になってしまい、尚のこと屈辱的な体勢を強いられる。
「どうして、こんなっ……!」
 漏れた声は逆らう意思に反して酷く情けないものだった。
 痴漢から助けた相手に痴漢をはたらくとは一体どういう了見だ。まさか最初からそのつもりで助けたとでも?
 ――こいつは俺を騙したのか?
 逆上していた俺だが、その考えに至るなりスッと血の気が下がった。同時にズキリと胸が痛む。裏切られた気持ちになることさえ悔しくて、俺は怒鳴り散らす代わりに唇をきつく噛み締めた。
 信じたくない。そう思ってしまう自分自身が一番ショックだ。
 出会ってから一時間も経たないうちにどこまで絆されていたというのだろう。自分でも解らないとは愚かしいことこの上ない。
「ルルーシュ……僕ね、君のこと好きになりそう」
「!?」
 不意に響いた声が首筋にかかり、喉がひゅっと鳴った。
「だから冗談は……!」
「冗談だったら良かったんだけどね。僕もこんなことしたの生まれて初めてだし。最初はこんな場所で仕掛けるつもりなんか本当に無かったんだ。でも嘘じゃない。本気だよ?」
 正直ふざけるなと言いたい気分だった。優しい声音が忌々しい。これもわざとかと思うと余計腹立たしさばかりが増してくる。
「そんな声で話すなっ! どけよ!」
「安心してルルーシュ。僕たち以外には誰もいない。さっき最後の一人が降りたから」
「――――」
 こんな真似を仕出かされて安心出来る奴がどこにいる。
 だが激した俺が反射的に口を開きかけた瞬間、突然顎を掬い取られて唇を塞がれた。
「んんっ……!?」
 瞼に掛かる柔らかな彼の癖っ毛。その感触に俺は大きく見開いていた瞳をぎゅっと瞑った。碌な抵抗すら出来ず固まる俺をドアへと押し付けた彼は、その間も唇を割って侵入させてきた舌で柔く俺の舌先を食んでいる。
 ただ唇を重ね合わせるだけではなく、口内で深く絡め合う大人のキス。こんなキスなんて生まれてこの方したことも無ければされたことも無くて、未知の感覚にショックが先立つあまり俺はほとんど自失していた。
 息が詰まって酷く苦しい。そしてとにかく熱い。濡れた唇、絡んでくる舌や口の中、喘ぐように吐き出される互いの呼吸でさえも。まるで触れ合っている箇所全てが剥き出しの神経に変化したかのようだ。全身の感覚が鋭敏になり、舌を吸い上げられるごとに瞼の裏側に火花が散った。
 腰の奥へと徐々に甘い疼きが堆積していく。気持ちいいとか悪いとか考える余裕すら無く皮膚が粟立ち――「食われる」。酸素の行き届かない頭のどこかでただそれだけを思った。
「こんなことをしてごめんね? でも僕、欲しいと思ったものは奪ってでも手に入れる主義なんだ」
 長く続くキスの合間に彼が囁く。俺と同じように息を乱しているのに、彼の息の荒さはどこか獣めいているように感じられた。
「せん、ぱい……」
「スザクって呼んで?」
 生理的に滲んだ涙で視界が歪む。「泣いてるの?」と尋ねてきた彼に首を振った拍子に、抑え切れなかった雫がぽろりと眦から滑り落ちた。
「唇赤いね……可愛い」
 興奮に上擦る彼の声。揶揄された羞恥で頬がカッと熱くなる。ようやく解放された唇を噛み締めながら思い切り睨み付けると、彼は何故か少しだけ寂しそうな顔をした。
「さっきも言ったけど初めてなんだ、君みたいな子。どうしても欲しい。手離したくないよ。……お願い。僕と付き合って?」
「……っ!」
 希う彼に言い返す間もなく降らされた噛み付くような口付け。時折息継ぎを促すように離されてはまた深く吸い付かれ、舌の表面を擽るようにねっとりと舐られる。
 朦朧とする意識の中、俺は頽れそうになる膝をやっとの思いで支えながらきつく閉じていた瞼をうっすらと開いた。
 ぼやけた視界を占領する彼の瞳。至近距離で瞬く熱っぽい深緑に魅入った俺は、場違いにも「ああ、こいつは髪の毛だけでなく、睫の色も少し茶色がかっているのだな」とズレたことを考えた。
「ルルーシュ……。さっきはどうして僕の誘いに乗ってくれたの?」
 俺へと尋ねながら彼は器用に制服のボタンを外していく。
「ちょっ……おい! 何を!?」
 うろたえる俺に構わず、胸元に出来た隙間から止める間もなく掌が滑り込んできた。薄いシャツ越しにまさぐる手は女性の胸を揉むような動きを見せ、やがて平らな其処で尖っている部分を正確に探り当てる。
「んっ――ぁ!」
 指先でその一点を軽く引っ掛かれた瞬間あり得ない声が出た。くすぐったさの後に訪れる妙な疼きにビクリと全身が痙攣する。
 俺の肩に顎を乗せた彼はその反応を見逃さず、強弱を付けて摘んだ箇所を二度、三度と引っ張った。
「やめっ! や、いやだ……」
 どうにかしてその動きを止めようと、俺も胸元を這う掌へと手を伸ばす。すると彼は、指先から逃れようと丸まっていく背中を押し戻すばかりか、股座に割り込ませた膝で股間をぐいっと押し上げてきた。
「ひっ……!」
 下肢にじんと痺れるような感覚が走る。擦れるズボン越しに伝わる生地の感触。そして体温。背中が反ると同時に自分から胸を突き出すような格好になり、そこですかさず胸の突起をくにくにと押し潰されてますます訳が解らなくなっていく。
 これは果たして現実に起こっていることなのだろうか。それとも悪い夢か。彼が言った『好きになりそう』とはどういう意味なのか……そもそも本気なのか。
 それで――? もし彼が本気なんだとしたら、俺はどう答えるべきなんだ?
 耳元でうっそりと微笑む気配がした。惑う俺の心を読んだかのようなタイミングで彼が問いかけてくる。
「君が断らなかったのは、僕が先輩で断れないと思ったから? それとも、君ももう少し僕と一緒に居たいって思ってくれてたからなのかな……。どっち?」
 答えて、ルルーシュ。
 霞がかった思考の中、腰の奥にまで響く彼の低音。甘く耳朶を打つその声に追い詰められた俺は、心の内側で「解らない」と繰り返しながら弱く首を振ることしか出来なかった。
 彼の言動も意味が解らないけれど、もっと解らないのは自分自身の気持ちだ。行きずりの相手にこんな真似を許すほど安い人間になった覚えは無い。こいつと一人目の痴漢とどう違う? 好意があるか無いか……馬鹿な。あんな台詞をまともに受け取るつもりでいるのか俺は? 本気な訳ないだろう。安易に好きだと言ってきたことにしたって、こうして性的な悪戯を仕掛けてくるための方便に決まっている。
 でも……だけど――。
「可愛いなと思って見てたんだ、君のこと。眠ってた時から何とかして話しかけられないかなって思ってた。実際に話してみて解ったよ。このまま終わりになんかしたくない。君とは只の友達以上の関係になりたいって」
「だからって、なんでこんな真似!」
「君が無防備すぎるから」
「なっ!?」
「言ったろ? こんな場所で仕掛けるつもりなんか無かったって。君さっき痴漢にあったばかりなのに、僕に近付かれても全然警戒しないんだもの。もしかしていつもそうなの?」
「ち、が……っ」
「誘ってるのかって勘違いされること、多いだろ」
「違う! そんなこと……」
「駄目だよ。世の中には悪い人が沢山いるんだから。君みたいに綺麗な子は油断しているとすぐに食べられてしまう。――こんな風にね」
「ぁ……!」
 背後から戯れの如くカプリと項に食いつかれ、立て続けに股間を擦ってきた膝に腰が跳ねる。爪先立ちになったままの足がガクガクと震え出し、仕舞いには彼の腿に跨る内腿まで痙攣し始めた。その間も彼の指先はしつこく俺の胸の突起を弄んでいる。
「ふぁ、あ、あぁ……やめっ……!」
 開いた唇からあられもない声が迸る。恥じる気持ちはあるのにどうしても自制出来ない。尻に当たる硬いものが何であるかも解っていたが、生理的な嫌悪を感じる隙もなく攻め立てられ、じんじんと脈打つような刺激が断続的に襲ってくる。
 次第にゆるゆると前面に熱が集まり出したことに気付いた俺は、それを悟られまいと焦って腰をくゆらせた。クスリと笑う声に顔を上げると、
「乳首いじられて勃ててるの? 本当に感じやすいんだね」
「!!」
 ――気付かれた。
 言い得ようの無い羞恥に襲われ、さりとて思うように抵抗も出来ず。俺は懐に入り込んだ彼の袖を震える手で握り締めることしか出来なかった。


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 突如辺りが薄暗くなり、ちょうどトンネル内を通過しているのだと気付く。黒一色に塗りつぶされた正面のガラス窓に映るのは見たこともないほど淫らがましい自分の顔。直視できずに視線を逸らすと、口元に薄く刷かれた笑みとは裏腹に、濃厚な情欲を滲ませた彼の鋭い瞳と目が合った。
 その刹那、全身が心臓と化した。柔和に見えていたことが嘘に思えるほど、彼が雄の顔をしていたから……。


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 どうしよう。どうすればいい? もうすぐ次の駅に着いてしまう。
 俺は自身の体の変化に惑乱していた。体だけではない。心までもが激しく掻き乱される。幾ら密着した状態で胸をまさぐられているとはいえ、相手は同性。それなのに直接触れられた訳でもない其処がどうして反応してしまっているのか。自分のことながら全く説明がつかない。
 節操のない己の体を恨めばいいのか、それとも彼を? そんな俺の気持ちにはお構いなしに、勃ち上がった部分は尚も硬く張り詰めていく。
 いや、それよりも次の駅で誰かが乗ってきたら……ドアだって開いてしまうのに!
「どうするルルーシュ。次の駅で降りる? それとも、触られて勃ててる所を見てもらう?」
 言いながら彼がぞろりと背中を撫でる。背筋を辿る掌はそのまま下まで降りていき、やがて焦らすようにゆっくりと臀部を撫で回し始めた。身じろぎする度に乳首を引っ掛かれ、痛いくらいの刺激に喉が鳴る。
 冗談じゃないと言い返したかったが、押さえ込むように体重を掛けてくる彼は揉み込むような動きに加えて尻の割れ目から会陰部までもを撫で回し、敏感な耳や首筋に舌を這わせながらどこまでも煽ってくる。縦横無尽に這い回る指の動きに耐え切れず、いつしか唇からはひっきりなしに熱い吐息が零れ落ちるまでになっていた。
「も、やめろ……! このっ、変態!」
 途切れ途切れに訴えてみたものの、それは精一杯の虚勢でしかなかった。彼もそのことには気付いているのだろう。或いは切実さの度合いは俺以上か。荒い息を吐き出した彼は俺の体をかき抱き、耳元へと唇を寄せてきた。
「変態か……そうだな。それでもいいよ、君が僕のことを意識してくれるなら。だって反応してるだろ? 君も」
「っあ! ああぁっ!」
 前面へと回された彼の手が遂に膨らんだ俺の股間へと伸びてきた。電車内に響き渡る自分の声に驚いた俺は慌てて口を塞いだが、彼はただ触れるだけに留まらず上着の裾をたくし上げて上下に擦ってくる。
「あーあ。こんなに硬くしちゃって。君ももう収まりつかないだろ」
 彼の声に滲む欲望。覆った唇の震えが掌に伝わり、早鐘のように鳴り続ける心臓の鼓動に合わせて唇の隙間や指の間から絶えず湿った吐息が漏れ出した。
 ズボン越しに握られた部分は熱く昂ぶり、ガクガクと笑う膝にはほとんど力が入らない。身を縮めながら必死で前を擦る手を止めようと試みたけれど、彼は煽り立てる手の動きを一切止めようとしなかった。張り詰めた性器に押し上げられた下着がうっすら濡れてくる感触。……このままでは制服にもいずれ染みが付いてしまう。
 爪先立ちになった俺は足を閉じて少しでも刺激から逃れようと伸び上がった。しかし彼はそんな俺の抵抗などものともせず、割った両腿を鷲掴んで尚も大きく足を開かせようとする。
「やっ、やめっ……やだ、もう嫌!」
 過ぎる快感に羞恥が入り混じり、錯乱した俺は喘ぎ混じりに「やめてくれ」と幾度も懇願し続けた。
 今まで誰かと性的な行為に至ったことなど一度も無い。普段から自慰もほとんどしない俺にとって、他人の手によって齎される快感は想像を絶するほど凄まじいものだった。
 制御を失った身体。その内側で暴れ狂う熱が出口を求めて上り詰めていく。ぎゅっと目を瞑ってこらえてみるものの、既に限界が近い。……それなのに逃れられず、抗えない。
 その時、真に迫った彼の囁きが耳に届いた。
「僕は君が欲しい。心だけでなく体も。だけど君が生理的に受け入れられないなら、この先どう頑張っても付き合うのは無理だろ? だから、本当に僕のことが嫌かどうか試してみて?」
 ――試す? どうやって? 第一付き合うって何なんだ。俺はそんなこと一言も了承していない!
「ふぁっ……!」
 制服の襟刳りを軽く引いた彼に不意打ちのように顕になった首筋を嘗め回され、俺はとうとうガクリと上体を折った。
 どうにかしてこのはしたない行為をやめさせなければならない。こんなことをしても無駄だ。今すぐにやめろ。お前の主張など到底受け入れられない。――そう、はっきり言わなければならないのに。
「君は賭けが好きなんだろう? だったら僕と勝負しよう」
 崩れた上体を引き起こしてきた彼が、思い惑う俺の心を試すように強く抱きしめてくる。
「……本気か?」
「うん。僕は真剣だし自信もあるよ。でも君が本当に嫌なんだと判断したら潔く引く。この先どこかで君を見かけても絶対に声をかけない。ここで終わりだ。それでどう?」
「――――」
「君が勝ったら諦める。……でも僕が勝ったら、君は僕のものだ」
 真剣だと言った言葉の通り、揺るぎない彼の瞳に射抜かれた俺は暫し絶句していた。
 強引だ。自分勝手なんてものじゃない。こんな一方的な要求を俺が飲むとでも思っているのか。……けれどどの言葉も口には上らなかった。詰まった喉の奥で立ち消えたきり声にならない。
 断れ。俺の脳も理性もそう命令してくる。でも――『ここで終わりだ』。そう言った彼の言葉だけがしつこく心のどこかに引っ掛かっていた。
 終わり? ここで? もう二度と会わないと、お前はそう言うのか?
 ここでこいつを拒絶してしまったら、俺はもう二度とこの男に会うことが出来ないのか……?
「……なあ」
「何?」
「お前、さっき『心も体も』と言ったよな」
「言ったよ」
「でもこうして触ってくるってことは、やはり性的な関係に持ち込むことがお前の目的なんだろう? 本当は誰でもいいんじゃないのか?」
「それは違うよルルーシュ。目的なのは君だ。誰でもいい訳じゃない」
 ずるい。
 卑怯だろ、そんな答え方は。
 俺は混乱する頭の中で自問自答を繰り返した。誘うにしたって今じゃなくてもいいはずだ。例えばもっと段階を踏んでからでも……それなのに何故? 友達じゃ駄目なのか? 一緒に昼食を食べに行こうと言ったじゃないか。
 だがそこまで考えたところで、俺は自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れる羽目に陥った。
 友達? こんなふざけた行為を仕掛けてきた男と、俺はまだ友達として付き合っていけると思っているのか?……そこまでして、この男を繋ぎ止めようと思っているのか?
「後先考えずゲーム気分か? 俺に乗れと」
 上がる息を堪えながら尋ねてみれば、背後からふっと笑う声が聞こえてきた。
「退屈してたんだろう? 学校を抜け出してしまおうと思う程度には。……僕もだ」
「で? お前がその退屈を紛らわせる存在だと?」
「そうだ。いないよ、君みたいな人は。だから断ることだけは認めない。言っただろ? 欲しいものは奪う主義だって」
「ふん、傲慢だな」
「そっちが地なのかい?」
「お前こそ」
「…………」
 口端を緩めた彼がゆっくりと顔を近付けてくる。……ここで受け入れれば、答えは合意だ。
 鼻先が触れ合いそうになった時、彼が一度だけ瞬いた。躊躇いがちに揺れる瞳。あれだけ堂々と捕食宣言しておきながら、少しだけ申し訳なさそうな顔。
 よっぽど言おうかと思った。おい、そこでそういう顔するのは卑怯だろ。
 売られた喧嘩、持ちかけられた賭けや勝負。それらから逃げるのは全くもって俺の趣味じゃない。――勿論、負けるのも。
 重なってきた唇を、俺はもう拒絶しなかった。絡んできた舌に噛み付いてやれば、彼は唇を離さぬまま痛そうに顔を顰めている。
 その顔を至近距離で見返しながら俺は考えた。自信満々なこいつの鼻っ柱をへし折ってやるためにはどうしたらいいか。
 相手も自分も巻き込んで、敢えて追い込もうというその姿勢。むかっ腹は立つが、実は案外嫌いじゃない。とんでもない奴ではあるものの、多分いい暇つぶしにはなるだろう。
 ……だから。
「いいさ、乗ってやる。どうせこのまま俺を逃がすつもりなんか無いんだろ?」
 濡れた唇を拭おうとすると、その手を取った彼が代わりに俺の唇へと指を這わせた。下唇の腹を辿る親指が歯列を割って口の中へと入り込む。噛まれることを警戒していないのか、それとも噛まれたところで別に平気だと思っているのか――こいつの場合、おそらく後者だ。
 そうだ、悪くない。
 こいつの滅茶苦茶な言い分に乗ってやるのも。
「こういう誘い方しか出来なかったのは不本意だけど……君を手に入れる為だから、後悔はしないよ」
 気遣いのつもりだろうか。言いながらシャツを脱いだ彼はそれで隠せとばかりに渡してきたが、俺は必要ないとそのまま突き返した。興奮の裡に切り上げられた名残はまだ身の奥で燻り続けていたものの、外側から見て隠さねばならないほどではない。
「乗ってくれるんだ? 挑戦的だね」
「だから、お前ほどじゃない」
 言い出したのはお前だろ、と見上げれば、彼はその意を汲んだように不敵な笑みを浮かべた。
「君は初めて?」
「関係ないだろ、そんなこと」
「興味が無い訳じゃないってことか。……いいね、そういう所も」
「…………」
 やがて車内アナウンスが鳴り響き、次第に電車の速度が落ちてくる。滑り込んだホームに並ぶ人々を窓から眺めていると、彼が――スザクが、ぎゅっと俺の手を握ってきた。
 繋いだ指同士を絡め合い、暫し見つめ合う。
 大丈夫。誰も見ない。俺たちを見咎める者はどこにもいない。そう目と目で合図して……そして――。
 ドアが開いた瞬間、俺たちは二人同時に雑踏の中へと駆け出した。



プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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