Lost Paradise 8(スザルル)




「……今も?」
 荒くなりかけた語気を収めて尋ねながら、言われてみればと思い出す。
 再会したばかりのルルーシュは、自分から寄って来た割には積極的に口を開こうとしなかった。
 校内の案内を兼ねて玄関まで送ると言われた時も、二人きりになってからはおどおどした態度をとるばかり。俺との距離を測りかねて何か言いかけては口ごもることの繰り返しだったように思う。
 どうして俺に憧れていたのか話せと迫った時も、最初はすぐに話そうとしなかった。
 初対面という設定上、ただ緊張しているだけ。告白に至ってはほとんど強要するに等しい尋ね方だった為、ああして抵抗を示すのも無理はないと思っていたが……。
 会話の流れが不自然になるほど正直になれと暗示をかけた訳ではないのだから、その時々の感情や心の動きに正直さの度合いが左右されるのは解る。
 この場合も然りと考えれば許容範囲だろうか。元のルルーシュのように演技出来る状態にまで戻っているとは断定出来ない。
「今は……どうでしょう」
 言いながら、ルルーシュは口の前で組んでいた両手をずらして顔を隠した。
 まただ。また顔が赤い。
 何故そこで赤くなるのかさっぱり解らないが、これだけは解る。
「君、まだ俺に何か隠してるだろう」
「……っ」
 口に出さないようにしていても、顔色だけはごまかしが効かない。
 今のルルーシュは書き換えられた記憶の中で『自分は元々好きになった相手に嘘が吐けない』という認識を反復させられ、思い込みを強化されている。
 慣れや癖というものは意識しなければ直せない。当然、何も隠さない自分に慣れているルルーシュは、俺という対象の前で欲求に任せて話してしまいたいと考えている筈だ。
 加えて皇族だった頃の記憶も消されているので捻れたところが無く、かなり素直な性格。余計偽ることには慣れていない。
 喩えるなら、お菓子の隠し場所をついチラチラと見てしまう子供のようなものか。隠したいと思っていることだからこそ自然と頭に浮かび、嫌でも反応として現れてしまうのだろう。
「俺とは普通に話してくれていると思っていたけど、敬語をやめないのも名前で呼ぼうとしないのもそのせいか?」
「……はい」
「そんなに口が悪いようには見えないし、隠さなきゃならないほど性格が悪いとも思わないけど」
「でも、俺には自制が必要なんです。思った通りのことをストレートに言い過ぎてはいけないと解っているのに、無神経だと思うより先に口から出てしまうことが多くて……」
「俺は傷付いたりしないし嫌ったりもしないよ。君が本当はどんな性格だったとしても」
「そんな……出来ません。だって、結構酷いことを考えている時があるんですよ? 本人に直接言えないようなことだって」
「それでも構わない。初めて会った時にも言っただろう? 命令しろと。俺は理屈じゃなく君に惹かれてる。――好きなんだ、君のこと。抱いたことについても説明なんかしなかったけど……君もそれは解っているよな?」
「――――ぁ。…………は、はい……」
 俺が一息に話し切るや否や、しどろもどろになりながら答えたルルーシュは真っ赤になって俯いた。
 元々感情が激しく口が悪いことなどよく知っている。出自のせいだけではなく、幼い頃から聡明であるが故に考え方や物言いにきつい側面があったことも。
 今更見せられたところで動じる訳も無いと思ったが、しかし、傍に置かれたグラスにちらりと視線を走らせたルルーシュは、突然何を思ったのか素早くそれを手に取り一気にシャンパンを煽った。
「あ、おい……!」
 制止しかけた手が宙に浮く。そんな飲み方をして大丈夫なのかと思ったが止める暇も無い。
 喉を潤すためというより、どちらかというとアルコールの勢いを借りようとしているのだろうか。ナプキンで口元を拭ってから息を吐き出したルルーシュは、ようやく意を決したように打ち明けてくる。
「考えていたんです。貴方に会う前から。もし本当に会うことが出来たら、名前で呼び合えるほど親しくなれたら……きっと幸せだろうなと、色々と」
「……要するに、実際に呼び合ってるところを想像してたってこと?」
「っ! そ、そうです……っ!」
「――――」
 やけくそのように言い放ったルルーシュがプイと横を向く。
 ――納得すると同時に気が抜けた。実際に会えるかどうかも解らないうちからあれこれ想像を巡らせていたという訳か。それは知られたくないと思うのも無理はない。
 頭でっかちなルルーシュらしいというか、随分想像力豊かなことだと妙に感心する。まさか今の今まで砕けた態度で接することを必死で回避しようとしていたのが、よりにもよってそんな理由だったとは。……道理で赤くなる訳だ。
「呆れたでしょう、俺のこと。笑わないんですか?」
「いや、可愛いよ」
「……っ!」
 ごく正直に感想を述べたつもりだったが、ルルーシュは余程恥ずかしかったのか、そっぽを向いたまま不満げに鼻を鳴らした。
「どうしたの?」
「男に向かって可愛いなんて言わないで下さいよ」
「変かな」
「変とか変じゃないとか、そういう問題ではなく……」
「いいじゃないか、別に」
 軽く笑いながら答えてやれば、うなだれて溜息を吐いたルルーシュが歯切れも悪く話し出す。
「夢だったんです。ずっと。でも俺は口が悪いし、物言いもきついから……。慣れれば慣れるほど出てしまうんです、そういう所が。だから、どうしても貴方には見せたくなくて」
「…………」
 決して理解出来ない心理ではない。プライドが邪魔をしたのだと思えば何となく頷ける答えでもある。
 どころか、ある意味ルルーシュらしいといえばらしい答えでさえあるのかもしれない。
 俺がそんな風に考えていると、ばつが悪そうにしていたルルーシュが神妙な面持ちになって続けてくる。
「たまに思うんです。俺は本当は冷たい人間なのかもしれないって……。だから、もしかしたら貴方にだって嘘をつくことがあるかもしれませんよ?」
「ありえないよ」
 即答した俺は、心の中で今はまだ、と付け足した。そして、ようやくある推論に辿り着く。
 ……要するに、ルルーシュは学習し始めているのだ。
 僅か一年の間に経験した失敗。何でも話してしまうことによって傷付いた経緯。それらが要因となり、元々の性格――本心を隠そうとする気質を刺激しているのだろう。
 皇帝陛下のギアスには絶対の強制力は無い。
『好意を抱いた相手に嘘が吐けない』という偽の記憶の植え付け。それとて「自分は元々そうだった」という思い込みをさせただけに過ぎず、明確なトラウマを刻み込むことによって発症した女性恐怖症よりも根が浅い。
 完全に解けた訳ではないので何でも話してしまう部分は残っているが、元々の性格を無視した記憶を植え付けられたばかりか失敗した経験までもが重なり、自制する必要に迫られたルルーシュはそのための術を身に付け始めているということだ。
 冷静に考えれば充分すぎるほど予想可能な展開だった。全く本心を偽らずに生きられる者も世の中にはいるが、ルルーシュは元々そういうタイプではない。
「貴方は強い人だ。大切な人に一度裏切られたのに、信じる姿勢を崩さないなんて」
「俺は強くなんかないよ」
 そうかな、と呟いたルルーシュがやんわりと微笑む。
「みんながみんな、貴方のような人だったら良かったのに」
「…………」
 好意が増したとはっきり解る微笑みを向けられ、同じように笑顔で返しながらも俺の気分は沈んだ。
 問い詰めたつもりが却って信頼を深める形になろうとは。意図せず招いた結果とはいえ、どこまでも皮肉なものだ。
 ――今後のことも踏まえて、一応念を押しておくべきかもしれない。
 本心を隠したがる兆候が既に出てきてしまっている。……これは不味い。もし今よりも隠したい欲求が増し、演技することに慣れてしまえば、記憶回復の度合いについて調べることが出来なくなってしまう。
 以前話した友達が君に似ているのだと打ち明けるかどうか、俺は悩んだ。
 下手を打てば隠蔽した記憶を刺激してしまう可能性もある。寧ろ記憶回復の手助けをするようなものだ。
「君に一つだけ頼みがある」
「頼み?」
「ああ。君に言われた通り、俺は以前大切な友達に嘘を吐かれている。――だから、君は決して俺に嘘を吐かないでくれ。もう嫌なんだ、あんな思いをするのは。……だから、俺には本当の姿を見せて欲しい。君の本当の顔を」
 ほとんど無理難題に等しいことを言っている自覚はある。
 この要求を飲めと迫ることは、疚しいことのある無しに関わらず、俺にとって疑わしいことが出てくる度に詰問される関係を受け入れろという意味だ。このまま記憶が戻らなかった場合、ルルーシュにとっては別段痛くもない腹を探られ続けるのと何も変わらない。
「本当の顔、ですか?」
 ルルーシュは案の定、困惑と戸惑いに大きな瞳を揺らしながら遠慮がちに訊き返してくる。
「そうだ。繕っていない君を見ていたい。でないと本当の友達とはいえないだろう?」
「…………」
 黙り込んだルルーシュは俺から視線を逸らさない。
 まるで聞き分けの無い幼子を諭すような眼差しに心がかき乱される。
「スザク様」
「何?」
 敢えて素っ気無く返答してやれば、ルルーシュは漂う拒絶の空気に怯みながらも毅然とした態度で応えてきた。
「本当の顔って、何です?」
「……本当の君自身という意味だけど」
 意思に反することに対して安易に同調しない自意識の高さ。本来のルルーシュの姿を彷彿とさせると思う反面、こうも思う。
 自分で言っておきながら、俺は『本当のルルーシュ』がどんな顔をしているのかなど全く掴めていない。
 見極めようとすればするほど遠ざかる。たとえ「これが本物です」と言われたところで、今更信じることなど出来るのだろうか、と――。
「言っている意味は解ります。間違っていないとも思う。でも俺だって、自分の全てを把握出来ている訳じゃない。人には色々な側面があるでしょう? そのうちのどれか一つだけを本物と決めてしまえる訳でもなければ、もう片方を偽物と判じてしまえる訳でもない」
 理路整然とした反論が続いた。
 口の立つルルーシュを理屈で言い負かすのは俺にとって荷が重い。だが、歪んだ思考の片隅で納得出来る部分があると判じつつも、やはり反発の方が上回った。
「確かにその通りかもしれないけど、裏表を作ることは決して良いこととは言えないよ。君の言い分も解るけど、俺相手に繕う必要はないって言ったよな?」
「それは……」
 俺も引かずに尋ねてやれば、ルルーシュは途端に口ごもる。
 秘密を一切持たない関係がいかに不自然であろうとも、記憶を失ったままなのであれば特に隠さねばならないことなど無い筈だ。
 ルルーシュは暫く眉を寄せたまま考え込んでいたが、やがて長い睫に縁取られた瞳を数回瞬かせてから再び尋ねてきた。
「嘘って、どこからどこまでを嘘っていうんです?」
「……どこまでって?」
「疾しさを感じるかどうかということですか?」
「――――」
 間髪入れずに問いかけられ、今度はこちらの言葉が詰まる。
「疾しさなんて……そんなもの感じずに嘘を吐ける人間だっているよ」
 それが以前の君だ。
 そうだろう? ルルーシュ。
 抑圧していても滲み出る敵意は隠せない。只の質問に対する返答にしてはやや厳しい口調で吐き捨てた俺を、ルルーシュは心の奥底まで見通すような落ち着いた眼差しで見つめていた。
 ややあって、ぽつりと一言だけ返してくる。
「いるんですか? そんな人」
「え……?」
「大切な友達に嘘を吐いて、裏切っても平気でいられるような『人間』なんて」
「――――」
 呆けたように口を開けたまま俺は自失した。
 ただ「それは一体誰の言葉なんだ?」と、再会した時にも感じた疑問を繰り返す。
 出来ることなら今すぐにでも、本来のルルーシュ相手に問い詰めてやりたい。
 ――お前の本音を言えと。今のルルーシュに迫った時のように。
「そうだな。でなければ、最初からその友達というのは、その人にとって『大切な友達』なんかじゃなかったのかもしれない」
「そういう人だったんですか? 貴方の友達は」
「……わからない」
 堆く降り積もった澱を攪拌するようなルルーシュの言葉。
 敢えて考えないよう意識してきた疑問を改めて突きつけられ、無意識下で拒否を示す思考が徐々に硬直していく。
 誰に問えば正しい答えが聞けるというのだろう。
 このルルーシュを抱いた時にも思ったことだ。敵として対峙することになる以上、どうせこの先も叶わぬ望みなのだと知りながら。
 ……それとも、ルルーシュの記憶が戻れば聞けるのだろうか。俺を裏切った彼の本音が。
 聞き出したい。問い詰めたい。
 そんな思いが込み上げると同時に、こうも思う。―――「聞いてどうする」
「もし平気だったんだとしたら、その人はきっと人間じゃない。だから俺はいないと思う。大切な友達に嘘を吐いても平気でいられる『人間』なんて」
 ルルーシュが紡ぎ出したのは、更に胸を抉る言葉だった。
 掌に爪が食い込む感触。テーブルの上で握り締めた拳が震え出す。
 ルルーシュはそのさまをじっと見つめていた。愁いを帯びた紫玉に映り込む純真。混じり気の無い慈しみの色。
 俺がルルーシュを慈しんでいたというのなら、ルルーシュは――本当のルルーシュはどうだったというのだろう。
 心の中で、俺は目の前のルルーシュに問いかけた。今の彼には決して尋ねられない質問を。
 ……俺は一体どうすれば本物の君の声を聴くことが出来るんだ?
 どうすれば本当の君に会える?
 とうとう耐え切れなくなった俺は、大きく深呼吸してから切り出した。
「ルルーシュ」
「はい」
「君はこの間、俺が夢の中に出てくる人に似てるって話をしてくれただろう」
「ええ」
「……実は、君も俺の友達に似てるんだ」

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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