Lost Paradise 6(スザルル)




「それで、どうして俺を?」
 一年前から取り立てて変わらないリビングの光景を見渡していると、エプロンを身に付けたルルーシュがテーブルに料理を並べながら振り返ってきた。
「引越し祝いです。俺も一人ですし、寮で食事を摂られないなら一緒にどうかと思って」
 クラブハウスに越してきた俺の部屋へと挨拶にやってきたルルーシュは、夜になってから夕食をご馳走したいと俺を呼び出した。
 テーブルに並ぶ料理はどれも凝っていて豪華だ。手間隙掛けて作られたものなのだとよく解る。
 おそらく歓迎するつもりで前々から準備していたに違いない。――ただ。
「どんなものが好きなのか解らなかったので……お口に合えばいいんですが」
 記憶の無いルルーシュに俺の好物など解るはずも無い。一年前ここに招かれた時には大抵俺の好きな料理ばかり作ってもてなそうとしていたのを思い出すなり、皮肉な思いに捕らわれて口端が歪んだ。
「それはそうとルルーシュ。そろそろ敬語、やめないか?」
 ルルーシュは相変わらず敬語を崩さない。一つ屋根の下で暮らす仲になったとはいえ、立場の違いを明確にしておこうという心積もりも解らなくはないが、いい加減変な気分だった。
「出来ませんよ、ラウンズ相手に。皇帝陛下直属の騎士様が何言ってるんです」
「俺が落ち着かない。それでも駄目なのか?」
「…………」
 すると、ルルーシュはエプロンの裾を握り締めながらぎこちなく目を逸らした。
「あまり困らせないで下さいよ……。スザク様だって、本国での生活で慣れているでしょう?」
「だから、その様っていうのも勘弁して。学校始まってもその呼び方で通すつもりなのか?」
「それは……。これからも呼ばれるに決まってるじゃないですか」
「君以外にもだろ?」
「多分」
「だったら余計、君にそう呼ばれる続けるのはちょっと。幾らなんでも他人行儀すぎないか」
「それは……」
 溜息をついたのが良くなかったのか、ルルーシュは少々困り顔だ。
「とりあえず、食べましょう」
 どうとも答えようがないといったところか。気まずい沈黙の中、エプロンを外したルルーシュが話を逸らそうと席に着く。
「じゃあ練習だ、ルルーシュ。一回だけ呼んでみて」
「えっ?」
「俺の名前。君だけ呼んでくれないなんてずるいだろう? 俺はルルーシュって呼んでるのに」
「――――」
 もう受け流せたものとばかり思っていたのか、ルルーシュが解りやすく固まった。
「改まって呼べと言われると、ちょっと」
「そんなに嫌なのか?」
「別に、嫌とかそういう訳じゃ……」
「だったら何?」
 立て続けに尋ねてやれば、ルルーシュが恨めしそうに俺を見上げてくる。
「俺は貴方に憧れていたんですよ? それなのに、急に名前で呼べと言われても」
「急って程じゃ無いだろ。公の場所でならともかく、プライベートでそれだと堅苦しいよ、お互いに」
 俺に引く気が無いと察したのか、ルルーシュは視線を逸らして躊躇いがちに口を開いた。
「……解りました。じゃあ、後で」
「え?」
「後で呼びます。だから今は――」
「…………」
 俺から顔を背けたまま目を泳がせていたルルーシュが、ぽそりと呟いたきり黙り込む。熟れたトマトとまではいかないものの、その頬はほんのりと赤く染まっていた。
 照れ臭がる気持ちも解らなくは無いが、そんなにも性急だっただろうか。
「解った。じゃあ慣れてからでいい。せっかくだから頂くよ。冷めてしまったら悪いしな」
「はい」
 あまり追い詰めすぎるのも良くないかもしれないと判断し、俺も合わせて椅子を引く。
「それにしても、随分と奥ゆかしいんだな」
「?」
「そこまで知らない仲ってほどでは無いと思うけど」
「―――!」
 何気なく口にした一言を聞きつけるなり、ルルーシュの動きがピタリと止まった。大きく見開いた瞳で俺を凝視したまま、再び頬を紅潮させていく。
 露骨な表現は避けたつもりだったが、思い当たる節など一つしか無いだろう。少しばかり配慮に欠ける発言だったかと素直に反省する。
「ごめん」
「い、いえ……」
 瞼を伏せたまま答えるルルーシュの声は蚊が鳴くような小ささだった。動揺を押し隠す為なのか、「これを」と言いながらおずおずとナプキンを差し出してくる。
「ああ、ありがと」
 内心、気を使いすぎるのも疲れてしまうと思いつつ受け取った俺は、敢えて砕けた口調で語りかけた。
「料理上手いな。これ、全部君が作ったんだろう?」
「はい。スザク様は?」
「え?」
「料理、されるんですか?」
「うん、俺もするよ。こう見えても一人暮らし歴長いんだ」
「なんだか意外ですね」
「そう?」
「ええ。貴方がキッチンに立っている姿を想像するのは少し難しいです」
 ルルーシュが目を丸くしてからクスッと笑う。
「えっと……おかしいかな」
「いえ、そんなことは」
「一体どんな想像してるの、君?」
 口では否定しておきながら、ルルーシュの話す語尾が僅かに震えている。気付いた俺が怪訝に思って尋ねてみれば、ルルーシュは先に言っておこうとばかりに「すみません」と謝ってきた。
「ラウンズの格好のまま、キッチンに立っている貴方の姿が浮かんできてしまって」
「……普段着だよ」
 ムッとしながら答えると、「解ってますよ」と言いつつ口元を押さえたルルーシュは控えめながらもまだ肩を揺らしていた。
 どうやら軽口を言える程度には慣れているということらしい。それならば名前の一つくらい呼べそうなものだが、まだ照れ臭いのだろうか。
 いつまでもぎくしゃくした態度を取られるよりはマシだと思う反面、胸に苦い思いが込み上げる。
「俺、機嫌を損ねてしまいましたか?」
「怒ってないよ。ただ、今だって普通の服着てるのにって思っただけだ。まあイメージの問題なんだろうけど、騎士だって料理くらい……あ、言っておくけどエプロンはしないよ?」
「えっ!?」
 一瞬ポカンとした顔をしたルルーシュが、次の瞬間口元を押さえて噴き出した。
「エ、エプロンって……」
「何?」 
「だって……何故です? あれは便利だ。水場にいれば、濡れることだってあるし……!」
「…………」
 別に笑わせるつもりで言った訳ではなかったのだが、ツボにはまったらしいルルーシュは目尻に涙を浮かべながら笑っている。
「君は似合ってる」
 意趣返しのつもりで言ってやれば、ピクリと反応したルルーシュは面白くなさそうに唇を曲げていた。
「それ、褒めてるんですか、けなしてるんですか?」
「勿論褒めてるよ」
「本当ですか? 光栄と言っていいのかどうか判断つかないな」
「そうかな」
「そうですよ。だって俺、男ですよ?」
「まあ、確かにそうだけど。失礼だったかな」
「いいえ。でも、ちょっと意外だ」
「え?」
「スザク様って、案外天然なんですね」
「…………」
 思わず溜息が出た。――脱力を禁じえない。
「あの、それ言わないでくれるかな。っていうか、最近は言われなくなってたんだけど」
「いいじゃないですか。俺は好きです」
「っ! 君ね……」
「?」
 自分の言ったことに関して特に何の疑問も抱いていないのか、ルルーシュはきょとんとしながら俺を見ている。他意が無いのは解るが、眩暈を覚えるのは気のせいだろうか。
 あまりのストレートさ加減に頭を抱えたい気分だ。以前のルルーシュに比べて口が軽くなったとはいえ、とにかく無防備にも程がある。
 からかってくるにしても、以前のような皮肉っぽさや不遜さも感じない。本来のルルーシュならもっと……と思いかけてから、俺は覚えた違和感に無理やり蓋を閉じた。
 初対面として再会した以上仕方の無いことだと解ってはいても、交わす会話は既に知っていることばかりになるのだと思っていた。……退屈よりも虚しさが勝るのは否めないのだろうと。
 今のルルーシュが知らないことを俺は知っている。共有されない記憶が会話に反映されれば、噛み合わない部分が出てくるのは当然のことだ。
 一年前と何も変わらないリビングの光景を目にした時だって、一つだけ違うことはこの場に彼の妹――ナナリーの姿が無いことだけだと割り切っていた。
 ……それなのに、俺は何故こうして彼と笑い合えているんだろう。
 ルルーシュは綺麗な手つきでステーキを切り分けている。
 人格や性格を捻じ曲げられていても、動作や仕草、長年の間に染み付いた習慣や元々の特徴というのはそう易々と変わらないものらしい。
 彼の言動について見定める中、徐々に言い得ようの無い不安がせり上がってくる。
 もう幾度目のことだろう。変わらない部分を見出しては安堵し、違う箇所を見せつけられては落胆のようなものを感じるのは。
「切り分けましょうか?」
「え?」
「いえ、何なら貴方のもついでに。……見てたから」
「あ、ああ……」
 そういうつもりじゃなかったんだけど、と思いながら、気を許した相手に対して過保護になるところも相変わらずだと何となく思った。
 ――そして唐突に気付く。元のルルーシュと今のルルーシュとを見比べている自分に。
 その間にもそこはかとなく漂う育ちの良さや品のある所作、洗練された物腰などには一切変化が無いと観察し続けている。
 ルルーシュが浮かべているのは心からこの場の雰囲気を楽しんでいるらしい穏やかな微笑みだ。嘗て向けられていたものと全く同じ笑顔につられて、俺の口元もつい綻んでしまっている。
「自分で出来るからいいよ」
「そうですか?」
「そうですかって……子供じゃないんだから」
「それもそうですね。じゃあ、サラダを」
 ふっと笑ってからトングを手にしたルルーシュが、取り皿に彩り豊かなチキンサラダを手際よく乗せていく。
 俺の前に皿を置く際にも、手が届きやすい位置にドレッシングを寄せてくるという細やかな心遣い付きだ。
「有難う。気が利くんだな」
「どういたしまして。一応今日のホストは俺ですから」
 軽く肩を竦めたルルーシュの笑みは深まるばかりで絶えることが無い。
 続いて、シャンパンの注がれたグラスが目の前に置かれ、自分の分も注いだルルーシュが乾杯を求めてグラスを傾けてきた。
 かつん、と高い音を立てたグラス越しに顔を見遣れば、彼は酷く幸せそうに目をそばめている。
「スザク様は、何か好きな食べ物はありますか? 好みの味付けとか」
「好きな食べ物?」
「はい。さっき訊きそびれたから」
「…………」
 それを訊いてどうするつもりだ、と俺は心密かに呟いた。
 自分でも矛盾していると解っていながら、元の君なら知っていることだろうとか、また以前と同じものを作るつもりでいるのかとか、苛立ち任せに詰りたい気持ちが次々と湧いてくる。
 優しくしたいのか。それとも手酷く扱いたいのか。一体どちらを選べば落ち着くというのだろう、この心は。
 乾杯してからずっと手にしたままだったグラスをテーブルに置いた俺は、気乗りしない質問に対する本音を隠して応えを返した。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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