5月23日の惑乱




 朝から溜息ばかりついていたら、五限の美術の授業で絵画のモデルにされてしまうことが決定してしまった。
 俺にだってアンニュイな日はある。といったって、元々夜行性なんだから朝は苦手だし常に憂鬱だ。その話をリヴァルに振ってみたら、「ルルーシュって高校卒業したら裏稼業でのし上がったりする訳?」と訊かれた。お前に俺の将来の心配をされる筋合いはない。ことあるごとに「社長にでもなりたい訳?」とか色々訊いてはくるが、俺には今それより重大な悩みがあるんだよ、察して放っておいてくれないか。

 全ての悩みの元凶は三つ上の幼馴染、枢木スザク。
 俺が生まれた時あいつは三歳。当時は近所に住んでいて、俺が赤ん坊だった頃はなんと湯浴みまで手伝われているという隠す部分のなさすぎる間柄。ゆえにあいつが何くれと面倒見よく年上ぶるのは幼い頃からで、スザクにとって俺は年の近い弟のような存在なんだろう。
 昔は親同士の仲が良かったことからしょっちゅう一緒に遊んでいて、今も昔ほどではないが頻繁に……というよりマメにうちまで会いに来る。
 あいつは大学生、俺は高校生。昔は手の付けられない乱暴者だったが、小学生から続けていた剣道で頭角を現し、全国に出場するようになってからスザクは異様にモテるようになった。
 本人に自覚があるかどうか定かではないが、性格が丸くなったからという理由もある。同時に、俺に対する接し方にも変化があった。昔から異性にやたら親切で律儀な奴だったが、だんだん俺にもそのフェミニズムを向けてくるようになったのだ。
 ……そんなスザクには今、付き合い始めてそろそろ一カ月になる彼女がいる。大学に進学してからは一駅離れたマンションであいつは一人暮らしだ。
 なのに――それなのにだ、土日になるとスザクは必ずうちに遊びに来て夜になると帰っていく。一体どういうことなんだ。彼女とのデートは? 付き合い始めて一カ月といったら、大変遺憾だが女性経験のない俺でも普通は一番楽しい時期だろうと思うし、幼馴染の俺より彼女を優先するべきだということくらい解る。
 時々電話はしているようだが何を話しているのかは一切聞かせないようにしてくるし、週末に彼女がバイトをしているのかというとそれも違う。こともあろうに俺が帰さなければ、土曜に遊びに来てゲームをしていて夕食まで食べてから俺に帰れと言われるまで一緒にいようとするし、俺に予定がないなら泊まっていったって構わないだろうなどと言い出す始末。泊まりセット持参で来る上、土曜に帰しても日曜の午前中から平然と会いに来る。しかし、これはフラれるのも時間の問題だろうとあいつのtwitterを見ていると、彼女とはどうやら平日仲睦まじく関係を続けているようなのだ。
 土日に必ず幼馴染の家に遊びに行ってしまう大学生の彼氏。やはりスザクの彼女は土日にバイトを入れているのか、それについては書かれていないから解らない。
 そしてLINEが来るんだ、週末に。壁から猫が覗いているスタンプと一緒に、当然俺の予定は空いているものという想定なのか余裕なのかよく解らない具合で「明日のおみやげ何がいい?」とか「新作ゲーム買ったから一緒にやろうよ」とか「明日の昼ごはんと晩ごはん、材料買っていくから作ってくれないかな」とか!!
 今日もそろそろLINEが入る。それを心待ちにしてしまう自分自身にも非常に戸惑う。五限終了のチャイムが鳴り、囲まれていた席をよけて椅子から降りると、俺の机の上で携帯のランプがチカチカと明滅していた。
 案の定、スザクからだ。「今日バイトの給料日なんだ。明日ルルーシュの好きなプリン買っていくから待っててね♥」
 何だ! 何なんだよそのハートマークは!! 毎回毎回子供扱いしやがって、この馬鹿スザク!!
 しかも何だあいつ、平日もバイトを入れているだと? じゃあ一体彼女とはいつ一緒に会っているんだ、バイト先が同じなのか?
 気になって気になってどうしようもなくて、今日も携帯でスザクのアカウントを見る。あいつは鍵にしていないから、アカウントを持っていない俺でも呟きを見ることが出来るんだ。
「あれっ、これ私も知ってるー!」
「ちょっとルルーシュ君に似てない?」
 は……? と思って画面を覗き込んでくる女子二人の方へ顔をあげると、彼女たちは楽しそうにリツイ―トで回っていた「海外版壁ドン」の話をし始めた。
「twitterで数日前から流れてるRTで、これ、ルルーシュ君がよく壁にもたれかかって話してるポーズに似てるよねって話になって!」
「そうそう、ヤバいよね! ねえルルーシュ君、試しに他のクラスの子にやってみてよ」
「え……、あ……。はぁ?」
 海外版壁ドンとやらがよく解らず、クエスチョンマークを飛ばしている俺に、女子たちはわらわらと群がり懇切丁寧に――有難迷惑なまでに――説明してくれた。なんでも、その壁ドンで落ちない相手だけを誘うという新手のゲームかナンパ方法らしい。
 ――フン、馬鹿らしい。なんでこの俺が。大体ナンパにひっかかる女も、すましてかわすひねくれた女も別に好みじゃない。というか! 何故やることになっているんだ勝手に!! と思ったが女子の勢いというのは恐ろしい。
 しつこくそそのかされているうちに断わるに断れない状況になってしまい、仕方なく廊下で話し込む女子たち相手に実行してみたところ、事情を知らない誰もが俺と話し込み、デートの約束を取り付けようとしてきたので慌てて断る羽目に陥った。
 ところが、たぶん知っていたのだろう。何かに勘付いた顔をしてツンとよけた女が一人だけいた。実際避けられると多少気まずいものがあったが、俺にだって面子はある。やってみると疲れるものの、まあ存外面白い――とまではいかないが、気丈なタイプを落とすという経験は男としてはなかなか悪くなかった。逃げられると追いたくなるのは男の本能というものだろう。
 事情は話したが囃し立てられた流れで後日その子とデートすることになってしまったのは誤算だった。しかし、その女子も実のところは満更でもないようで、彼女に恥をかかせないようどう断ろうかと悩む反面、半ば乗りかかった舟だと諦めるしかなさそうな状況、それが今だ。


「――という流れでな。来週の土日は彼女とデートに行くことになりそうなんだ」
「土日って、どっちも?」
「それはまだ決まっていない」
 リビングのテーブルでスザクは「ふうん」と頷いていた。「これから相談するんだ?」と俺に言っているのか独り言なのかぶつぶつ呟きながら、ケーキのクリームを掬って口に運んでいる。俺もお土産に持ってきてくれたプリンをつついているうちに、スザクは「LINEはもう交換した?」などと根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた。
「ああ、一応ね」
「要するにナンパで女の子を引っ掛けちゃったってことか。で、どんな子?」
「どんなって。まあ、普通に」
「可愛い子?」
「大人っぽいタイプというか……、実は一学年上でな。先輩なんだよ」
 断わりづらい理由を端的に告げると、スザクは「ルルーシュって年上好みだっけ?」などと的外れなことを尋ねてきて、「それはお前の方だろう」と突っ込みたくなった。年上キラー枢木スザク。俺にとっては無意識で歯の浮くような褒め言葉を連発する一級フラグ建築士にしか見えない。
「別のクラスの女子と一緒に話してた相手が偶然先輩でさ。それにしても、最近の女子って積極的だよな。何の話をしているか訊いただけなのに、いつの間にか一緒にデートに行くって話にされそうになるんだから」
 スザクは困った顔をして、「まあルルーシュはモテるから、気持ちは解るよ」などと相槌を打っている。そういうお前にだって彼女がいるくせに、と少しムッとした。
「で、どうするの彼女とは。付き合うの?」
「そんなの解らないだろ……。でも、そうだな。俺もこの機に彼女が出来るかもしれない」
「好きなのか? 彼女のこと」
「そうなるかもな」
 まだ解らないと言っているだろうが、とは思ったが、いつも年下扱いしてくる上に「たとえ同い年だったとしても僕の方が半年お兄さんだよ」なんて言ってくることもあるスザクに当て付けのつもりで言い足すと、スザクは感慨深そうに「ルルーシュに彼女か~」と言いながら俺の頬についたクリームを指先で掬ってぺろりと舐めた。
「おい……」
「いいからいいから。いい年して頬にクリームなんて付けてるルルーシュが悪いんだろう?」
「だからって舐めるな、恥ずかしい奴だな。それはそうと、お前こそ彼女とはどうなってるんだ。俺に関わってばかりじゃそのうちフラれるぞ」
 スザクは深々とお辞儀をし、「御心配有難うございます」などといつも通り茶化してみせる。
「お前、俺に女のことを話さないのは――」
「ん?」
「だから、俺に恋愛経験がないからって馬鹿にしてるのか、それとも遠慮してるのかどっちなんだ」
 するとスザクは急に真顔になり、続けてゆるりと相好を崩した。フォークを皿に置き、片肘をついて俺に視線を向けてくる。
「じゃあさ、ナンパの後にすること解ってるのか、ルルーシュ?」
「え?」
 どこに行くのかもこれから相談して決めるつもりでいたが、こういう場合、普通は誘った側の男がプランを考えて女性をリードするものなのかもしれない。一瞬、経験豊富そうなスザクに質問してみようかと思ったが、そういえばスザクはナンパしたことがあるんだろうか?
「お前、ナンパ経験もあるのか」
「えっ? ああ……。まあ、友達に勝負を持ちかけられたっていうか、巻き込まれただけ」
「ふぅん……」
「それで?」
「だ、だから……デートだろ?」
「うん」
「雰囲気のいいカフェにでも行って、食事をして……、あとはウインドウショッピングをしたり、何かプレゼントをしたり」
「それから?」
「……っ、後は、家まで送る!」
 まあるく瞳を見開いてぽかんとしていたスザクは続けてプッと噴き出した。
「なっ、何も問題はないだろう、何故笑う!」
 また子供扱いか! と屈辱を感じつつ怒っていても、スザクは「ごめんごめん」とクスクス笑いながら悪びれない。彼女との話を頑なに秘密にされている苛々もあいまって、俺は自分で思っている以上に腹を立てていた。
「お前な、いつもそうやって俺を年下扱いして……! だったら彼女を作ればいいんだろう、やってやるさそれくらい!」
 夕食前だろうと構うものかと思い、「もう帰れ!」と追い立ててやれば、スザクは意外なほど素直に「はいはい」とあっさり玄関に向かった。
「恋人になったら、付き合ってすることはたくさんあると思うけど……一回目のデートだったら、そうだなぁ」
「まだ何か言うつもりか」
「ルルーシュ」
「ん……?」
「付き合いたい子と別れ際にすることって、何か知ってる?」
「別れ際に、すること……?」
 次のデートの約束とか、握手とかだろうか?
 そう思っていると、玄関で靴を履いたスザクが悪戯っぽく微笑む。
「ちょっと耳貸して」
 言うなり俺の肩にスッと腕を回して上体を引き寄せ、同時に瞬きする間もなく、スザクは俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
 そして、密やかな声で囁く。
「こうやるんだよ」
 呆然としている俺の頬にチュッと音をたてて再び唇を寄せ、スザクは「また明日ね、ルルーシュ」と、今まで見たこともないような優しく甘い笑みをこぼして帰っていった。
 呆然が混乱に変わり、アンニュイな冒頭から更なる煩悶が始まるまで五秒前。
 その時の俺はただ、口元を押さえて玄関で立ち尽くしていることしか出来なかった。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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