Lost Paradise 2(スザルル)



 生徒会室を出た後も、ルルーシュは俺の隣に並んで歩こうかどうしようかと微妙な距離を取り続けていた。
 それに気付いた俺が背を軽く押すことで隣に来るよう促してやれば、ルルーシュが「あっ」と小さな声を漏らして足を縺れさせる。
「おっと」
 咄嗟に腕を差出し、前につんのめりかけたルルーシュを支えてやると、腕にしがみついたルルーシュは「すみません」と言いながら胸元を軽く押さえて俺を見上げてきた。
 不意の接触にもいちいち過敏な反応を示すそのさまですらいじらしく、そして初々しい。
「ごめん、転ばせるつもりじゃなかったんだ」
「いえ、別に! だ、大丈夫です」
 自分から送ると言い出しておきながら、何を話せばいいのかわからないのだろう。ルルーシュは先程から口を開きかけては閉じるというもじもじした態度を崩せずにいるようだった。
「まだ緊張しているのか? 俺と君は同学年だろ」
「そうですね……初対面の方に対して人見知りしてしまうのは、俺の昔からの悪い癖で」
「そうなのか?」
「はい。それに、本当は俺なんかがお会い出来るような方ではないと思うと、つい……。お恥ずかしい限りです」
 常に物怖じしない尊大な態度で人と接していた頃が嘘のように、今のルルーシュは萎縮していた。
 原因は言わずもがな、この俺だ。
 今のルルーシュは、俺に関する記憶の一切を失っている。幼馴染だったことも、嘗て友人同士であったことも、そして敵として互いに対峙し合っていたことも。
 しかし、ルルーシュの態度を見ていても解るとおり、ルルーシュが俺に対して抱いているのは明らかに通常、他人に対して抱く範囲を遥かに超えた好意――つまり、憧憬に基づく恋心だった。
 とはいえ、皇帝は「枢木スザクに恋焦がれろ」などという馬鹿げたギアスは勿論かけていない。
「それより、さっきは会長が変なことを言ってすみません」
「変なことって?」
「だからその、俺が貴方に憧れていたとか……。嫌ですよね、男の俺なんかからそんなこと言われても」
「…………」
 俺が黙っていると、それを肯定と受け取ったらしいルルーシュは途端にしゅんとなったように表情を曇らせる。
 ルルーシュは先程から、既に三回ほど自分を卑下する発言を連発していた。
 言うに事欠いて「俺なんか」とは。
「そんなことを言うものじゃない。君みたいな人から憧れていたと言われて、不快に感じる人なんかいないよ」
「え……?」
 俺の発言に戸惑ったのか、思いつめた顔で俯いていたルルーシュが揺れる瞳で俺を見た。
「さっきも会長に聞いたけど、君は成績も優秀だし容姿も端麗で、生徒たちからとても人気があるんだってな。けれど、そんなに優れたところを持っているのに、なんだか君は自分に自信が無いみたいだ。それは何故?」
「そんな……」
 恐縮です、と呟いたきり、ルルーシュは俺の質問にすぐには答えず黙り込む。
 しかし、ずっと黙っているのも失礼だと思ったのか、やがて言いづらそうに口を開いた。
「実は俺、女の人が少し苦手で……」
「苦手? 会長とはあんなに親しげに話していたのに?」
「はい。会長は俺が昔からお世話になっている人なので大丈夫なんですが、面識の無い女性との接触がとても怖くて……。頭では平気だと解っているんですけど、どうしても駄目なんです。もしかすると、知らず知らずのうちにそれがコンプレックスになってしまっているのかもしれませんね」
「女性が、怖い?」
「はい」
「学園の生徒たちは? たとえば、君と同じ生徒会の人たちとか」
「それはまだ、何とか……」
「そうか」
「いえ、でも、やっぱり女性は……その……」
「…………」
 ルルーシュの性格が大きく変わってしまったのには訳がある。
 皇帝がルルーシュにかけたギアスは三つ。
 一つ目は、皇族だった事実に関する記憶、ギアスに由来する記憶についても全て失くすこと。
 二つ目は、女性との接触を怖がるようなトラウマの植え付け。
 そして三つ目は、好意を抱いた相手に嘘がつけなくなるという偽の記憶の植え付けだった。
 皇帝のギアスはルルーシュのギアスとは違って、絶対遵守の命令は下せない。あくまでも、その効果範囲は対象の記憶を改編するのみに留まっている。
 だが「自分は元々そうだった」という記憶を強く刻み込むことによって、対象の性格そのものを変えてしまうことは可能だ。
 一つ目のギアスによって、ルルーシュはC.C.とのことは勿論、嘗て日本へと送られ俺と友人になった記憶をも失くし、俺とは初対面だと思い込んでいる。
 問題は二つ目からだ。C.C.を釣り出す餌にするためとはいえ、ルルーシュにはゼロとしてブリタニアに反逆していた頃の記憶を思い出させる訳にはいかない。そして、ギアスのことも。
 これは、俺から皇帝へと直接進言したことだった。ユフィを失った今、ルルーシュがゼロとして再び活動を始めてしまえば、贖罪のためにブリタニアへと忠誠を誓った俺の道は今度こそ完全に閉ざされてしまう。
 かといって、皇帝が自身の目的を遂げるためには、ルルーシュをC.C.と接触させぬままにしておく訳にもいかない。
 ……ゆえに、皇帝はルルーシュがC.C.と接触した際、自分に寄って来る見知らぬ女性を怖がって誰かに助けを求めるよう、面識の無い女性との接触を恐れるギアスをかけたのだった。
 今学園にいる生徒はブリタニアの息がかかった監視員でもある。もしルルーシュがC.C.と接触するようなことがあれば、女性を恐れるルルーシュは間違いなく逃げた上で身近な相手にC.C.のことをすぐに話す。
 そうすれば、C.C.が余程強引な仕掛け方でもしてこない限りルルーシュが記憶を取り戻すことは無く、C.C.と接触したことについても、監視として学園に送り込まれている生徒を通じて、即、報告されるという訳だ。
 そして三つ目。
 どこまでもオープンな今のルルーシュは、俺への好意を隠しもしないどころか、普通の感覚の持ち主であっても易々とは話さないであろう自身の秘密についてまで簡単に打ち明けてくる。
 しかしながら、ルルーシュは元々、自分の気持ちを他人に対して率直に打ち明けるような性格ではない。ましてや、初対面の人間相手に自分のコンプレックスについて話すという愚かな真似など絶対にしなかった。
 ルルーシュは徹底した秘密主義者な上にプライドが高い。自分の弱味を他人に握らせるようなヘマを踏むことなど死んでも拒もうとする難しいタイプだ。
 何か悩み事がある時にもたった一人きりで抱え込み、決して人に話すことは無い。たとえ、それが好意を抱いている友人相手であっても――いや、関係の深い友人であればあるほど、ルルーシュは心配をかけまいとして尚のこと口が堅くなる傾向にあった。
 ……だが、ことC.C.と接触してもらう上では、それだと少々困るのだ。そして勿論、ルルーシュの記憶回復具合を調べる上でも。
 本来俺は、ここエリア11へと送り込まれる予定ではなかった。監視に当たっている他の生徒のうちの誰か――例えば、親しくしている友人相手にあれこれ話すようにでもなってくれれば、それで全てことは済む筈だったのだ。
 ところが、ここで予想外の事態が発生。
 機情から上げられてきた監視報告によって明らかになったのは、なんとルルーシュはこの俺、ナイトオブセブン・枢木スザクに尋常ならざる想いを抱くようになっているということで……。
 これでは、並の好意を抱いている相手よりも好意の度合いが上の相手、つまり、俺にしか悩みが出来た時に話さなくなるのではないかという可能性が出てきたのだった。
 全くもってイレギュラーにも程がある話だが、ルルーシュが一体何故そうなってしまったのかは今もって謎のままだ。
 しかし、ルルーシュと実際に再会してみて解ったことは、女性に対する恐怖心から男性としての自信が少々欠如しているということ。
 更に、好意の対象は当然異性ではなく同性――つまり、男性へと向かうようになったということだ。
 俺は思った。
 それで、よりにもよって何故その対象が俺なのかと。
 確かに、一年前のルルーシュと俺は「そういう関係」ではあった。でも、今のルルーシュにその頃の記憶は無い筈だ。既に記憶が戻っているのかと疑ってもみたが、演技にしてはやりすぎな上、実際再会してからのルルーシュの態度は明らかに度を越えている。
 それに、ブラックリベリオンでの顛末を考えれば、あのルルーシュがわざわざこんな屈辱的な設定を自らに課してまで俺に仕掛けてくる筈が無い。
 にも関わらず、ルルーシュが何故「こう」なってしまったのか、俺は結局探りに来ざるを得なくなったという訳だ。
「言い辛いことを言わせてしまったみたいだけど、打ち明けてくれて嬉しいよ。これからは友人同士になるんだ。君の相談についても乗らせてもらう。どんな些細なことであっても聞くよ。だから、何でも隠さず俺に打ち明けてくれ」
 出来るだけ優しく見えるよう微笑んでやれば、ルルーシュもようやく緊張がほぐれてきたようだ。心なしか潤んだ瞳を俺へと向け、本当に嬉しそうな表情でうっとりと微笑み返してくる。
「あ、有難う……ございます」
 そんなルルーシュの様子に、俺は思わず苦笑した。……だから、なんで俺なんだ?
 幾ら記憶が抜けているからといって、腑に落ちないことこの上ない。
 もし、これが演技だったとしたら――。そう考えるだけで俺は肝が冷える思いだった。
「ちょっと、いいかな」
「何でしょう?」
「敬語はやめだ。ルルーシュ」
「えっ?」
 ルルーシュはポカンとした顔で俺を見た。
「だって、さっきも言ったが俺と君は同学年だろう? 部屋だって君と同じ所に住むことになるんだ。それだとおかしいだろ」
「同じ!?」
 ルルーシュは初耳だったのか、心底驚いたように目を丸くしている。
「ああ、聞いてなかったのか。俺は君と同じようにクラブハウスの一室を借りて住むことになっている。学校でも、プライベートでも、君は俺とほとんど一緒だ」
 すると、ルルーシュは手で口元を押さえてかあっと赤くなった。
「えっ――? え? スザク様と、俺が……ですか?」
「そうだ、ルルーシュ。俺と一緒は嫌か?」
 俺が畳み掛けながらニコリと微笑みかけると、困惑したルルーシュは「違います!」と叫んでから首を振り、紅潮した顔を俺から覆い隠そうと頬に手の甲を当てていた。
「そんな……。だって俺……嘘でしょう?」
「嘘なもんか。寮に空き部屋が無かった訳じゃないけど、あそこはクラブハウスの部屋と比べて決して広くはないし、俺を他の生徒と同じ扱いにする訳にはいかないって会長が……。それに、君は生徒会副会長だろう? クラスも同じになる訳だし、俺の世話をするにはその方が何かと都合がいいんじゃないかって彼女が言ってくれたんだ。実際通学するようになるのは来週からだけど、実は三日後には越してくることになっている」
「三日後!?」
 思いも寄らない告白に動揺したのだろう。挙動不審に陥ったルルーシュはへどもどと言葉を返していたが、三日後にはほぼ同居になるという事実を聞かされて完全に気が動転したらしい。
 真っ赤になって口をぱくぱくさせているルルーシュに苦笑を浮かべた俺は、少し申し訳なさそうな顔を作りながらルルーシュへと問いかけた。
「急な話で悪いが、迷惑かな。俺もその方が助かるんだけど、君は嫌か?」
「い、いえっ! 嫌とか迷惑だなんてそんな……。決してそういう訳では……」
「じゃあ、緊張する?」
「……は、はい……」
 困り果てたように瞼を伏せたルルーシュだが、それでもとろん、とした顔つきで俺を見上げてくる。
 こうまで明け透けな態度をとられるのも、好意を抱いた相手には嘘が吐けないというギアスの影響なのだろうか。
「実を言えば、俺もずっとこの学園に居続けられるかどうかは解らない。陛下からの召集があれば、すぐ本国に戻らなければならなくなるしな」
「そ、そうなんですか?」
 居なくなるかもしれないということを匂わせてやれば、ルルーシュは「それは嫌だ」と言わんばかりにすぐ眉を寄せて考え込んでいた。
 思考が全部筒抜けだ。……本当に、解りやすいことこの上ない。
 ずっと一緒に居られないのなら、せめて共に居られる間だけは一緒に居たい。
 おそらくはそういう結論に達したのだろう。まだ俺に対する緊張を隠し切れてはいないようだったが、ルルーシュは突然意を決したようにパッと顔を上げてきた。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

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