Lost Paradise 1(スザルル)
※はじめに。
・ルルーシュ記憶喪失IFネタです。
・ルルーシュくんが、完全なるお花ちゃんです。
・しかもスザク様ファンな上に女性恐怖症でオドオドしています。
・スザクさんの一人称は、常時「俺」です。
・子スザの時みたいな喋りになる上に基本俺様で僕成分に著しく欠けています。
・人格・設定捏造っぷり半端ないので、ご注意下さい。
Lost Paradise.
1
ルルーシュが俺の記憶を無くした。
皇帝と俺との間で交わされた密約。残る他の記憶についても改竄されている。
ただ、文書で報告されている情報についてしか知らされていない俺は、丸一年ほど会っていないルルーシュが以前とどう違っているのか具体的には知らない。
――だから、一年ぶりに再会したルルーシュの激変振りには言葉も出なかった。
「ナイトオブセブン、枢木スザク様……ですか?」
「――――」
今、なんと言った? この男……。
再会早々、俺を様付けで呼んできたルルーシュに絶句し、俺は思わず歪みそうになる顔を押さえるのに数秒分の労力を要した。
一方、生徒会室に入ってくるなり俺の姿を見とめて「えっ!?」と叫んだルルーシュは、件の台詞を口にしてからというもの、ずっと入り口で棒立ちになったまま硬直し続けている。
呆然としながら俺を見つめる眼差しには傍から見てもそれと解るほどの高揚と歓喜が浮かんでおり、剣が無く年相応に表情豊かなそのさまは、洗練された高雅さよりも幼さをより強く連想させた。
「そうよー。一目見ただけでよく解ったわね。さすがだわ、あんた」
場に居合わせたミレイ会長に呆れた声で呟かれたルルーシュは、そこでようやく我に返ったのか、驚きにあんぐりと開けていた口を慌てて引き締めた。
「そんな偉い方が、どうしてここに……?」
「来週からこの学園に入学されることになっているの。その前に一応挨拶をってことで、わざわざこちらまで足を運んで下さったのよ」
俺の紹介も兼ねて、ミレイ会長がルルーシュに事情を説明する。ルルーシュと同様、彼女を始めとする生徒会や学園の面々も一年前の記憶を既に改変されていた。
「ルルーシュとも同じクラスになるから、ご挨拶しておいた方がいいと思って今日は呼んだの。あ、席もあんたの隣になるからね?」
「えっ!? そ、そうだったんですか……。驚いたな」
ルルーシュはまだ驚きが覚めやらないのかどもりまくっていたが、俺がちらっと向けた視線に気付くと「あ」と声を漏らし、少しはにかむような笑みを浮かべながら「ルルーシュ・ランペルージです。初めまして」と手を差し出してくる。
「初めまして。枢木スザクです。よろしく」
「こちらこそ……。よろしくお願いします……」
握手した瞬間、俺に手を握られたルルーシュは、いっそ見事なほどあからさまに頬を赤く染めていた。
語尾に向かうに従って小さくなっていく声。握った掌越しに伝わってくる緊張。――照れているのが丸解りだ。
手を握ったまま笑いかけてやると、ルルーシュはハッとしたように目を泳がせてから、かあっと染まった頬を更に赤くして俯いた。
「その、お会い出来て、とても嬉しいです。まさか帝国最強の十二騎士である枢木卿と、俺なんかがクラスメイトになれるなんて……すごく光栄だ。あ、俺は、一応生徒会で副会長をやっています。学園のことで何か質問があったら、いつでも俺に訊いて下さい」
見る者全てを魅了するような、柔らかく甘い微笑み。
過去の軋轢やわだかまりの全てが一瞬で吹き飛びそうになるのを辛うじて防ぎながら、俺はルルーシュに頷いた。
「わかった。では、何かわからないことが出来たら君に聞かせてもらう」
「!……はい!」
申し出に了解の意を返されたことが余程嬉しかったのか、ルルーシュが心底幸せそうに破顔する。
俺への好意と敬意全開のとろけるような笑顔。憧れの存在と懇意になれる喜びに満ちたその表情は、皇族としての記憶があった頃とは打って変わって警戒心の欠片も無い。
――これは本当にルルーシュか?
あまりの変貌振りに内心唖然としていた俺がそう思うのも無理はなかった。
報告書に記載されていた情報について知っていたとしても尚、驚きと困惑の方が上回る。それどころか、少しでも気を抜こうものなら今にも顔面が引き攣りそうだった。
このルルーシュに対する強烈な違和感を払拭するほどの質問など瞬時に思い浮かぶ筈もないと解っていながら、俺は更なる反応を色々と引き出してみるために幾つか質問しようと試みる。
「君はすごく頭がいいそうだな。今度俺に勉強を教えてくれないか?」
「えっ? 俺のことを知って……?」
「ああ、さっきミレイ会長から」
何か、なんでもいい。以前のルルーシュと共通する反応を見せたりすることはないだろうか。そう思って、以前のルルーシュなら「当然だ」とでも言いそうな質問を選んではみた。
しかし、ルルーシュはただ目をぱちくりとさせただけで、俺と接する上での低姿勢ぶりについては相変わらず変えようともしてこない。
それどころか――。
「でもその、勉強って……俺が、ですか?」
「駄目かな」
「い、いえっ! そんな……俺で良ければいつでも」
「君がいい」
「――――」
握手した手を離さずに真っ向から目を合わせてそう言ってやると、ルルーシュは無防備そうな顔に朱を乗せたまま大きく見開いた瞳を黙って揺らしていた。
嫌悪の色でも僅かに浮かべば、俺としてもまだ救いがあったものの……。けれど、穴が開きそうなほど熱心に見つめてくるルルーシュの顔は、やがて俺にぼうっと見惚れるようなものへと変わっていく。
どぎまぎしていることを隠しもしないその態度は、まるで恋する対象と相対しているかのようだ。――とても演技とは思えない。
「良かったわねー、ルルーシュ」
赤面するルルーシュの様子をにやにやしながら眺めていたミレイ会長が、即座に横槍を入れてくる。
「な、何がですか……」
「あんた、前から憧れてたんでしょう? 枢木卿に。大ファンだったんですよー、この子。テレビにスザク様の姿が映るたびに全機能停止して魅入っちゃうくらいに!」
「なっ……!」
え、と呟いた俺を一度だけ見遣ったルルーシュは、一気に狼狽しながら必死で会長を往なし始めた。
「や、やめてくださいよ、何言ってるんです会長! よりにもよってスザク様の前で……」
「なーによー。照れることないじゃない。ホントは枢木卿に誘ってもらえて嬉しいんでしょう?」
「―――っ! いい加減にしてくれないと本当に怒りますよ!?」
からかわれたルルーシュは俺に向かって「すみません」と訴えながら、ミレイ会長にあたふたと言い返している。
なんだろう。物凄く複雑な気分だ。
いっそからかわれているのは俺の方なんじゃないだろうかとさえ思いながら、何とか平静を装った俺はルルーシュへと尋ねた。
「憧れだなんて……俺の方こそ光栄だ。君、それは本当?」
「い、いや俺はっ……そのっ!」
ぼわぼわと顔を赤くしてうろたえるルルーシュの様子は、ルルーシュに思いを寄せていたシャーリーの姿そのものだ。いつもつんと取り澄ましている顔以外碌に見せようとしなかったルルーシュが、まさかここまで開けっ広げな性格になるなんて。
本当に呪わしい力だ。――ギアスとは。
心の中で苦々しく呟きながら、俺はゆっくりと席を立つ。間が抜けていると言い換えてもいいくらい和やかなこの場の空気に、そろそろ本気で耐えられそうにない。
「それじゃ、俺はまだ仕事が残っていますので。今日はもうこの辺で……」
「あ――」
すると、会長と言い争いを続けていたルルーシュが俺の方に振り返ってきた。
まだ仕事が残っているというのは当然嘘だったが、明らかに落胆しているその顔には「もう行ってしまうのか」とハッキリ書いてある。
「あのっ……スザク様!」
「何?」
「俺、途中までご一緒してもいいですか?」
名残惜しい。まだ話していたい。少しでも一緒にいたい。
でも、しつこくするのも気が引ける。
そんな感情の全てを惜しげもなく俺へと晒しながら、ルルーシュがおずおずと尋ねてくる。
「その……ご迷惑じゃなければですけど。玄関までお送りします」
「…………」
これからのことを考えれば、わざわざ拒絶するのも面倒だ。
前へ前へと出て行こうとする積極的なところは一応変わってないんだな、と少し安心にも似た感情を芽生えさせながら俺は鷹揚に頷いた。
「いいよ。出来れば帰りがてら、校内も少し案内してくれないか?」
まだ色々と聞いてみたいことはある。
そう思っての俺の提案に、しかしルルーシュが示した反応は予想以上のものだった。
「はい! 喜んで!」
ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せたルルーシュは、ぱたぱたと俺の傍まで駆け寄ってくる。
……こんな人懐っこいルルーシュなんて見たことが無い。
皇族という出生の頚木から解放されるとこうなるということは、元々簡単に人慣れするような素質があったということなんだろうか。
それとも、対象が俺だからこそ、こういう態度になっているだけなんだろうか……。
他人に対して警戒や注意を向ける反面、無関心でもあったルルーシュは、一度好意を抱いた相手に対しては甘いと言っても過言ではないほど優しい部分を持っていた。
ただ、俺の記憶の中にいるルルーシュは自分から積極的に友人を作りに行くタイプでもなく、外面は良くても本質的には内向的な性格だ。
よっぽどのことが無い限り、決してこんな風に面識の浅い他人に対して心を開くような人間ではない。
けれど――。
確かに、ルルーシュは人間の醜い部分に対して激しい拒絶反応を示すことはあっても、決して人嫌いではなかったのだと俺は不意に気付く。
同時に、ズキリと胸が疼いた。
生まれに関する悲劇さえなければ、ルルーシュもこうして自分から好意を抱いた相手に歩み寄ろうとすることもあったのだろうか、と。
何だか少し不憫に思えてきた俺は、憐れみとも慈しみともつかない感情に翻弄されるまま、気付けば自然とルルーシュに微笑みかけながら切り出していた。
「君とはほんの少ししか話せなかったから丁度いい。席も隣になるみたいだし、来週登校してくる前に、是非交流を深めておきたい」
仲良くしよう、という意図を込めてやんわりと微笑んでやれば、ルルーシュは俺を見上げたまま、またほんのりと頬を染めていた。
信じられないくらい正直で素直な反応だ。
しかも、今度は耳まで赤い。
「あの……俺も実を言うと、もう少し貴方とゆっくりお話がしたくて。本当にご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんてとんでもない。俺も君と話をしたいと思っていた。嬉しいよ」
「それ、本当ですか?」
「ああ、有難う。言い出してくれて」
「――っ!」
きゅっと唇を噤んだルルーシュが、はぁっと安堵の溜息を漏らす。次いで、またはにかむような淡い笑みを浮かべながら上目遣いで俺を見上げてきた。
きらきらした瞳に僅かな興奮と期待の色を乗せているさまは、完全に恋する乙女の様相だ。記憶を無くす前のルルーシュがこんな自分を見たら、おそらく卒倒するか憤死するだろう。
ルルーシュに対する怒りや憎しみを忘れた訳ではない。
俺は自分にそう言い聞かせながら、内心傑作だとルルーシュを敢えて嘲弄し、事の成り行きを見守っていたミレイ会長へと頭を下げる。
「じゃあ、来週から宜しくお願いします、ミレイ会長」
「こちらこそ歓迎させて頂きますわ、枢木卿。それじゃあルルーシュ、後は頼んだわよー。くれぐれも失礼の無いようにね!」
「わかってますよ、言われなくても!」
むっと膨れながら言い返すルルーシュをじっと見下ろしていると、ルルーシュは俺の視線に気付いたのか慌てた素振りで取り繕おうとする。
まるではしたないところを俺に見られるのが嫌だったとでも言いたげなルルーシュに「じゃ、行こうか」と声をかけると、ルルーシュは愛くるしい笑みを浮かべながら「はい」と素直に頷いた。
・ルルーシュ記憶喪失IFネタです。
・ルルーシュくんが、完全なるお花ちゃんです。
・しかもスザク様ファンな上に女性恐怖症でオドオドしています。
・スザクさんの一人称は、常時「俺」です。
・子スザの時みたいな喋りになる上に基本俺様で僕成分に著しく欠けています。
・人格・設定捏造っぷり半端ないので、ご注意下さい。
Lost Paradise.
1
ルルーシュが俺の記憶を無くした。
皇帝と俺との間で交わされた密約。残る他の記憶についても改竄されている。
ただ、文書で報告されている情報についてしか知らされていない俺は、丸一年ほど会っていないルルーシュが以前とどう違っているのか具体的には知らない。
――だから、一年ぶりに再会したルルーシュの激変振りには言葉も出なかった。
「ナイトオブセブン、枢木スザク様……ですか?」
「――――」
今、なんと言った? この男……。
再会早々、俺を様付けで呼んできたルルーシュに絶句し、俺は思わず歪みそうになる顔を押さえるのに数秒分の労力を要した。
一方、生徒会室に入ってくるなり俺の姿を見とめて「えっ!?」と叫んだルルーシュは、件の台詞を口にしてからというもの、ずっと入り口で棒立ちになったまま硬直し続けている。
呆然としながら俺を見つめる眼差しには傍から見てもそれと解るほどの高揚と歓喜が浮かんでおり、剣が無く年相応に表情豊かなそのさまは、洗練された高雅さよりも幼さをより強く連想させた。
「そうよー。一目見ただけでよく解ったわね。さすがだわ、あんた」
場に居合わせたミレイ会長に呆れた声で呟かれたルルーシュは、そこでようやく我に返ったのか、驚きにあんぐりと開けていた口を慌てて引き締めた。
「そんな偉い方が、どうしてここに……?」
「来週からこの学園に入学されることになっているの。その前に一応挨拶をってことで、わざわざこちらまで足を運んで下さったのよ」
俺の紹介も兼ねて、ミレイ会長がルルーシュに事情を説明する。ルルーシュと同様、彼女を始めとする生徒会や学園の面々も一年前の記憶を既に改変されていた。
「ルルーシュとも同じクラスになるから、ご挨拶しておいた方がいいと思って今日は呼んだの。あ、席もあんたの隣になるからね?」
「えっ!? そ、そうだったんですか……。驚いたな」
ルルーシュはまだ驚きが覚めやらないのかどもりまくっていたが、俺がちらっと向けた視線に気付くと「あ」と声を漏らし、少しはにかむような笑みを浮かべながら「ルルーシュ・ランペルージです。初めまして」と手を差し出してくる。
「初めまして。枢木スザクです。よろしく」
「こちらこそ……。よろしくお願いします……」
握手した瞬間、俺に手を握られたルルーシュは、いっそ見事なほどあからさまに頬を赤く染めていた。
語尾に向かうに従って小さくなっていく声。握った掌越しに伝わってくる緊張。――照れているのが丸解りだ。
手を握ったまま笑いかけてやると、ルルーシュはハッとしたように目を泳がせてから、かあっと染まった頬を更に赤くして俯いた。
「その、お会い出来て、とても嬉しいです。まさか帝国最強の十二騎士である枢木卿と、俺なんかがクラスメイトになれるなんて……すごく光栄だ。あ、俺は、一応生徒会で副会長をやっています。学園のことで何か質問があったら、いつでも俺に訊いて下さい」
見る者全てを魅了するような、柔らかく甘い微笑み。
過去の軋轢やわだかまりの全てが一瞬で吹き飛びそうになるのを辛うじて防ぎながら、俺はルルーシュに頷いた。
「わかった。では、何かわからないことが出来たら君に聞かせてもらう」
「!……はい!」
申し出に了解の意を返されたことが余程嬉しかったのか、ルルーシュが心底幸せそうに破顔する。
俺への好意と敬意全開のとろけるような笑顔。憧れの存在と懇意になれる喜びに満ちたその表情は、皇族としての記憶があった頃とは打って変わって警戒心の欠片も無い。
――これは本当にルルーシュか?
あまりの変貌振りに内心唖然としていた俺がそう思うのも無理はなかった。
報告書に記載されていた情報について知っていたとしても尚、驚きと困惑の方が上回る。それどころか、少しでも気を抜こうものなら今にも顔面が引き攣りそうだった。
このルルーシュに対する強烈な違和感を払拭するほどの質問など瞬時に思い浮かぶ筈もないと解っていながら、俺は更なる反応を色々と引き出してみるために幾つか質問しようと試みる。
「君はすごく頭がいいそうだな。今度俺に勉強を教えてくれないか?」
「えっ? 俺のことを知って……?」
「ああ、さっきミレイ会長から」
何か、なんでもいい。以前のルルーシュと共通する反応を見せたりすることはないだろうか。そう思って、以前のルルーシュなら「当然だ」とでも言いそうな質問を選んではみた。
しかし、ルルーシュはただ目をぱちくりとさせただけで、俺と接する上での低姿勢ぶりについては相変わらず変えようともしてこない。
それどころか――。
「でもその、勉強って……俺が、ですか?」
「駄目かな」
「い、いえっ! そんな……俺で良ければいつでも」
「君がいい」
「――――」
握手した手を離さずに真っ向から目を合わせてそう言ってやると、ルルーシュは無防備そうな顔に朱を乗せたまま大きく見開いた瞳を黙って揺らしていた。
嫌悪の色でも僅かに浮かべば、俺としてもまだ救いがあったものの……。けれど、穴が開きそうなほど熱心に見つめてくるルルーシュの顔は、やがて俺にぼうっと見惚れるようなものへと変わっていく。
どぎまぎしていることを隠しもしないその態度は、まるで恋する対象と相対しているかのようだ。――とても演技とは思えない。
「良かったわねー、ルルーシュ」
赤面するルルーシュの様子をにやにやしながら眺めていたミレイ会長が、即座に横槍を入れてくる。
「な、何がですか……」
「あんた、前から憧れてたんでしょう? 枢木卿に。大ファンだったんですよー、この子。テレビにスザク様の姿が映るたびに全機能停止して魅入っちゃうくらいに!」
「なっ……!」
え、と呟いた俺を一度だけ見遣ったルルーシュは、一気に狼狽しながら必死で会長を往なし始めた。
「や、やめてくださいよ、何言ってるんです会長! よりにもよってスザク様の前で……」
「なーによー。照れることないじゃない。ホントは枢木卿に誘ってもらえて嬉しいんでしょう?」
「―――っ! いい加減にしてくれないと本当に怒りますよ!?」
からかわれたルルーシュは俺に向かって「すみません」と訴えながら、ミレイ会長にあたふたと言い返している。
なんだろう。物凄く複雑な気分だ。
いっそからかわれているのは俺の方なんじゃないだろうかとさえ思いながら、何とか平静を装った俺はルルーシュへと尋ねた。
「憧れだなんて……俺の方こそ光栄だ。君、それは本当?」
「い、いや俺はっ……そのっ!」
ぼわぼわと顔を赤くしてうろたえるルルーシュの様子は、ルルーシュに思いを寄せていたシャーリーの姿そのものだ。いつもつんと取り澄ましている顔以外碌に見せようとしなかったルルーシュが、まさかここまで開けっ広げな性格になるなんて。
本当に呪わしい力だ。――ギアスとは。
心の中で苦々しく呟きながら、俺はゆっくりと席を立つ。間が抜けていると言い換えてもいいくらい和やかなこの場の空気に、そろそろ本気で耐えられそうにない。
「それじゃ、俺はまだ仕事が残っていますので。今日はもうこの辺で……」
「あ――」
すると、会長と言い争いを続けていたルルーシュが俺の方に振り返ってきた。
まだ仕事が残っているというのは当然嘘だったが、明らかに落胆しているその顔には「もう行ってしまうのか」とハッキリ書いてある。
「あのっ……スザク様!」
「何?」
「俺、途中までご一緒してもいいですか?」
名残惜しい。まだ話していたい。少しでも一緒にいたい。
でも、しつこくするのも気が引ける。
そんな感情の全てを惜しげもなく俺へと晒しながら、ルルーシュがおずおずと尋ねてくる。
「その……ご迷惑じゃなければですけど。玄関までお送りします」
「…………」
これからのことを考えれば、わざわざ拒絶するのも面倒だ。
前へ前へと出て行こうとする積極的なところは一応変わってないんだな、と少し安心にも似た感情を芽生えさせながら俺は鷹揚に頷いた。
「いいよ。出来れば帰りがてら、校内も少し案内してくれないか?」
まだ色々と聞いてみたいことはある。
そう思っての俺の提案に、しかしルルーシュが示した反応は予想以上のものだった。
「はい! 喜んで!」
ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せたルルーシュは、ぱたぱたと俺の傍まで駆け寄ってくる。
……こんな人懐っこいルルーシュなんて見たことが無い。
皇族という出生の頚木から解放されるとこうなるということは、元々簡単に人慣れするような素質があったということなんだろうか。
それとも、対象が俺だからこそ、こういう態度になっているだけなんだろうか……。
他人に対して警戒や注意を向ける反面、無関心でもあったルルーシュは、一度好意を抱いた相手に対しては甘いと言っても過言ではないほど優しい部分を持っていた。
ただ、俺の記憶の中にいるルルーシュは自分から積極的に友人を作りに行くタイプでもなく、外面は良くても本質的には内向的な性格だ。
よっぽどのことが無い限り、決してこんな風に面識の浅い他人に対して心を開くような人間ではない。
けれど――。
確かに、ルルーシュは人間の醜い部分に対して激しい拒絶反応を示すことはあっても、決して人嫌いではなかったのだと俺は不意に気付く。
同時に、ズキリと胸が疼いた。
生まれに関する悲劇さえなければ、ルルーシュもこうして自分から好意を抱いた相手に歩み寄ろうとすることもあったのだろうか、と。
何だか少し不憫に思えてきた俺は、憐れみとも慈しみともつかない感情に翻弄されるまま、気付けば自然とルルーシュに微笑みかけながら切り出していた。
「君とはほんの少ししか話せなかったから丁度いい。席も隣になるみたいだし、来週登校してくる前に、是非交流を深めておきたい」
仲良くしよう、という意図を込めてやんわりと微笑んでやれば、ルルーシュは俺を見上げたまま、またほんのりと頬を染めていた。
信じられないくらい正直で素直な反応だ。
しかも、今度は耳まで赤い。
「あの……俺も実を言うと、もう少し貴方とゆっくりお話がしたくて。本当にご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんてとんでもない。俺も君と話をしたいと思っていた。嬉しいよ」
「それ、本当ですか?」
「ああ、有難う。言い出してくれて」
「――っ!」
きゅっと唇を噤んだルルーシュが、はぁっと安堵の溜息を漏らす。次いで、またはにかむような淡い笑みを浮かべながら上目遣いで俺を見上げてきた。
きらきらした瞳に僅かな興奮と期待の色を乗せているさまは、完全に恋する乙女の様相だ。記憶を無くす前のルルーシュがこんな自分を見たら、おそらく卒倒するか憤死するだろう。
ルルーシュに対する怒りや憎しみを忘れた訳ではない。
俺は自分にそう言い聞かせながら、内心傑作だとルルーシュを敢えて嘲弄し、事の成り行きを見守っていたミレイ会長へと頭を下げる。
「じゃあ、来週から宜しくお願いします、ミレイ会長」
「こちらこそ歓迎させて頂きますわ、枢木卿。それじゃあルルーシュ、後は頼んだわよー。くれぐれも失礼の無いようにね!」
「わかってますよ、言われなくても!」
むっと膨れながら言い返すルルーシュをじっと見下ろしていると、ルルーシュは俺の視線に気付いたのか慌てた素振りで取り繕おうとする。
まるではしたないところを俺に見られるのが嫌だったとでも言いたげなルルーシュに「じゃ、行こうか」と声をかけると、ルルーシュは愛くるしい笑みを浮かべながら「はい」と素直に頷いた。