99% (スザク幼少)
ゼロバレ前のスザク独白。
幼少スザルル回想。
大分前に書いてから、ずっとUPし損ねてたものです。
99%
昔から、真っ白な雪道があれば、まずそこを踏み荒らすような子供だった。
理由はわからない。もしかすると、ただ面白かったからなのかもしれない。
僕は、昔からそういう子供だった。
勿論、僕はそんな嘗ての自分を恥じているし、生まれ持ったこの本性ほど疎ましいものは無いとさえ思っている。
「俺」がこんな醜い人間でさえなければ、こんな悲劇が起こる事は無かった筈だ。だから、突きつけられたこの現実は、紛れも無く「俺」自身の業なんだろう。
優しくならなきゃ。いつだってそう願ってる。
あの時、それまでの「俺」という呼び方から「僕」に変えようと思ったのも、今思えば極々自然な流れだったのかもしれない。
でも何故だろう。その時目の前に居た彼を模倣しようとでも思ったんだろうか? 無意識のうちに縋ってしまったんだろうか、僕は?
多分、そうなんだろうな。
俺は「俺」のままでいてはいけない。「僕」になれるよう、自分自身を変えていかなければ。……そう思った事だけは、事実だから。
全く価値の無い人殺しとしての生を生きる罪人の僕には、人として正しい生き方を選ぶ事など、もう出来ない。
だけど僕は、7年前に止まったままの時の中で、今もこうして生きてしまっている。
僕みたいな人間は、本来なら、もう生きていてはいけないんだろう。
だからせめて、正しい死に方を選ぶ事で償いたいんだ。
自殺なんて間違った方法を選ぶつもりはないけれど、どうせ死ぬなら、僕は正義に殉じて死にたい。
それこそが僕にとってふさわしい罰で、今の僕に出来る精一杯の、唯一の償いだと思うから。
勿論、死んだ方がいい人間がいるなんて、僕は思わない。生まれてきた時から悪人だった人間も。
でも、生まれてこない方が良かった人間なら、もしかするといるのかもしれない。たまに、そんな風に思う時がある。
どうすればいい? どうすればいいのかわからないんだ。
生きるという事がどういう事なのか、僕にはよく解らない。
僕に必要なのが人としての価値なんかじゃなく、ルールでしかない事が解ってしまった以上、それを決めたり求めたりする権利も、もう僕には無いと思うから。
ただ、これ以上人が死ぬ事の無い世界を創る責任が、僕にはある。
自分が引き起こした、この悲劇を収める責任が。……だから僕は、まだ死ねない。
僕は一生自分を許せないし、許す訳にはいかない。それが人殺しの生き方だから、個人である事はもう放棄しようと決めた。
いっそ機械のようになってしまえたら。心の無い人形のように扱ってもらえたら。
でもそれは、命令されなければ何も解らない人形であってはいけないんだ。
死に方ならとてもよく解るのに、生き方だけが選べない僕にはマニュアルが必要なんだろう。
今の僕は、命令されていなければ生きていけない人間だ。
だって、これが正しいと思っている僕の考えでさえ、結局は罪に足掻く醜い個人の考えでしかない。
間違ってるものは、正されなきゃいけない。
今の世界が平和になる為に必要なものは、正義に基づく規範だと思う。
だから、僕に必要なものは生きる権利なんかじゃなくて、義務と責任だけでいい。
それこそが、僕の求めるべきものだ。
でも、正しいって、一体どういうことを正しいっていうんだろう。……もし、間違ってしまったら?
ただ、これだけは確かだと思う事なら、僕にもある。
少しでも気を抜けばすぐに力を行使しようとする人殺しの「俺」を、「僕」は生きている限りずっと、戒めておかなきゃいけない。それだけは確かだ。……だから僕は、軍にいる。
一時の感情に任せて行動する事は、人として間違った結果しか生み出さない。例えその感情の裏に、如何なる理由があろうとも。
怒っちゃいけないし、憎んじゃいけないんだ。「生きて」いたいなら。
ましてや、戦うことや争うことを肯定するなんて……。
心無き力は只の暴力だというけれど、目的の為に手段を選ばず力を行使するというならば、例えそこにどんな理由や矜持があろうとも、それは紛れもない悪だ。
肯定出来ない。絶対に駄目だ。
何故なら、僕がそれを自分に許してしまった時から、力という名の手段を求めて刃を抜いたその時から、全ての悲劇は始まってしまったのだから。
間違った手段で得た結果は、やがて途方も無く大きな罪として返ってくる。
巻き込まれるのが自分だけならいい。でも、齎される結果は、その被害を被るのは、絶対に自分だけではない。
……それが、現実だ。
だからゼロ。
お前みたいな奴は邪魔なんだ。
お前のような奴は、世界に必要ないんだ。
君のやり方は、間違っている。嘗ての僕と同じように。
――だから、僕が。
俺が。
君を、終わらせるよ。
遠く広がる雪原は、僕の原初の風景のうちの一つだった。
匂い立つような緑の雑木林も、長く続く階段も、そこを汗まみれになって登ってくる、幼く美しい兄妹の姿も。
それ以前の記憶は、不思議とあまり無い。
毎日の稽古で叩き合う竹刀の感触以外は、きっと、どうでもいいような事ばかりだったせいだろう。
ねえ、ルルーシュ。君は覚えているかな。あの夏の日を。頭の良い君の事だから、きっと忘れる事なんか無いだろうけど。
決して良い事ばかりではなかったし、僕にとっては最後に赤く染まってしまった記憶でもあるけれど、僕も一応、まだちゃんと覚えている。
でもどうしてだろう。
一つ残らずあの頃の事を覚えておきたいと思っているのに、日々、掌から零れ落ちるように色褪せていくのは……。
あの頃は良かった。いつか君たちと、そんな風に笑い合えたらと思った事もあったのに。
たとえ、そんないつかが決して訪れはしない事を知っていても。
それでも僕は忘れない。――忘れられないんだ。
あの日に見た君の笑顔と、まるで灰色の空を舞うひとひらの雪のように、切なく眩しいまでの、尊い優しさを。
ブリタニアにも、雪は降るのだろうか。
そんな疑問を口にしてみれば、年齢に見合わず博識だった黒髪の少年は当たり前だと言いながら笑っていた。
その年の冬は殊更に寒くて、珍しく雪まで積もっていたから、僕は屋敷の離れと言えば聞こえがいいだけの土倉で暮らす兄妹が、たった一晩の間に凍え死んでしまわないだろうかと随分気を揉んだものだった。
車椅子無しでは移動出来ない彼の妹は、ひ弱にしか見えない兄と同じく体が弱くて。
だからその日は彼と――ルルーシュと二人きりで、買い物に行った。
「おいルルーシュ、大丈夫か?」
「別に、これくらい……平気、だっ!」
見渡す限りの雪原。一面の白。
ちらちらと粉雪の舞う雪原の真ん中をショートカットすれば、目的の店への近道になる。
そう言ってやれば、出来る限り人目を避けたがる事が常なルルーシュは、しぶしぶながらも僕の後を付いて来た。
白く煙る息を荒く吐き出しながら、足場の悪さにモタモタと歩を進めている彼へと呼びかければ、いつも通りの強気な答えが返ってくる。
「そんなトコ歩いてるからだろ? うっかりしてたらコケるぞ」
せっかく歩きやすいように、わざわざ雪をこいで道を作ってやってるのに。
僕はそう思いながら、柔らかい新雪が薄く積もった浅い道を選んで器用に歩いていく。
強がってはいるけれど、膝丈にまで届く雪の深さに足を取られて上手く歩けないんだろう。中途半端に作られたでこぼこ道の方が雪の深い場所と浅い場所があってかえって歩きにくいのに、ルルーシュは何故か僕が作る新しい道ではなく、わざと獣道のような場所ばかり選んで歩いていた。
「しょうがない奴だな。待っててやるから、早く来いよ!」
「うるさい! 別に待ってなんかいなくていいから、さっさと先に行けばいいだろ!」
慣れない足取りで歩くルルーシュは、ひっくり返りそうになりながら憎まれ口を叩いている。離れた場所を歩いているせいか、少しだけ声が遠い。
遠目から見ていると、その様はまるで酔っ払いの千鳥足のようだ。
「買い物に行くのお前なのに、俺が先に店着いたって意味ないだろ? いちいちそんな遠回りなんかしてないでこっち歩けばいいじゃん。なんでこっち来ないんだよ?」
ぐっと言葉を詰まらせたルルーシュは決まり悪そうに黙り込んだ後、一瞬言葉を返す事を躊躇うように瞼を伏せた。
「だって、そんなの……」
「なんだよ?」
「綺麗なものは、綺麗なままでいて欲しいって思ったからに決まってるだろ!」
心持ち頬を膨らませながら、むっとしたように言い返してくる姿は気丈というか、頑固というか。
夏に海に行った時の事を思い出し、何となく笑いが漏れる。釣りの時には「網を使った方が合理的」とか散々風情の無い事を言っていたくせに、この不器用な友人は、自分が不便な思いをしてまでも、新しく雪の積もった綺麗な場所を踏み荒らしたくないと言うのだろうか。
「バカだな」
「なんだと!? バカとはなんだ!」
つい反射的に貶してしまったけれど、少し離れた所を怒ったようにざくざくと歩くルルーシュの言葉は、なんとなく面映くて、微笑ましくて。
けれど、それと同時に、何かどうしようもなく、そして途方も無いものが心の奥底で僅かにざわめく。
自分でも訳の分からないそんな気持ちを、その時の僕は、特に意識もしないまま飲み込むしかなかった。
元々は近道の筈だったのに、足の遅いルルーシュを待つ度に立ち止まってばかりいた所為か、雪原を抜けるまでの時間は途方も無く長く感じられた。
けれど、ようやく追いついてきたルルーシュに向かって笑いかけてやれば、彼はいかにも得意気な顔つきで誇らしそうに笑っている。
視界を埋め尽くす雪に雲間から差し込む光が反射して、その時の世界はまるで、真っ白な光だけで作られているかのようだった。
光の中で、ルルーシュが笑う。
凍った空気の欠片にキラキラと彩られながら、どこまでも白く。美しく。
その彼が、かの帝国に捨てられた「要らない子供」だったなんて、一体誰に想像出来たというのだろうか。
僕は今でも、そう思っている。
99%黒。残る確立は、僅か1%
……それでも、僕は信じていたい。
雪のひとひらなんて、触れれば容易く溶けてしまうのだと解っているのに。
君の本質を羨ましいだなんて、思いもしなかったあの頃。
幼いがゆえに感じていた理由も根拠も解らない好意と、まるで、伸ばした指先から何か大切なものがすり抜けていくような、あの感じ。
今なら解る。それは「羨望」
自分には決して届かない、触れられないものに対する「憧憬」
「綺麗なものは、綺麗なままで」
だからこそ。
僕は、当り前のようにそう言った君を、守る自分でいたかった。
幼少スザルル回想。
大分前に書いてから、ずっとUPし損ねてたものです。
99%
昔から、真っ白な雪道があれば、まずそこを踏み荒らすような子供だった。
理由はわからない。もしかすると、ただ面白かったからなのかもしれない。
僕は、昔からそういう子供だった。
勿論、僕はそんな嘗ての自分を恥じているし、生まれ持ったこの本性ほど疎ましいものは無いとさえ思っている。
「俺」がこんな醜い人間でさえなければ、こんな悲劇が起こる事は無かった筈だ。だから、突きつけられたこの現実は、紛れも無く「俺」自身の業なんだろう。
優しくならなきゃ。いつだってそう願ってる。
あの時、それまでの「俺」という呼び方から「僕」に変えようと思ったのも、今思えば極々自然な流れだったのかもしれない。
でも何故だろう。その時目の前に居た彼を模倣しようとでも思ったんだろうか? 無意識のうちに縋ってしまったんだろうか、僕は?
多分、そうなんだろうな。
俺は「俺」のままでいてはいけない。「僕」になれるよう、自分自身を変えていかなければ。……そう思った事だけは、事実だから。
全く価値の無い人殺しとしての生を生きる罪人の僕には、人として正しい生き方を選ぶ事など、もう出来ない。
だけど僕は、7年前に止まったままの時の中で、今もこうして生きてしまっている。
僕みたいな人間は、本来なら、もう生きていてはいけないんだろう。
だからせめて、正しい死に方を選ぶ事で償いたいんだ。
自殺なんて間違った方法を選ぶつもりはないけれど、どうせ死ぬなら、僕は正義に殉じて死にたい。
それこそが僕にとってふさわしい罰で、今の僕に出来る精一杯の、唯一の償いだと思うから。
勿論、死んだ方がいい人間がいるなんて、僕は思わない。生まれてきた時から悪人だった人間も。
でも、生まれてこない方が良かった人間なら、もしかするといるのかもしれない。たまに、そんな風に思う時がある。
どうすればいい? どうすればいいのかわからないんだ。
生きるという事がどういう事なのか、僕にはよく解らない。
僕に必要なのが人としての価値なんかじゃなく、ルールでしかない事が解ってしまった以上、それを決めたり求めたりする権利も、もう僕には無いと思うから。
ただ、これ以上人が死ぬ事の無い世界を創る責任が、僕にはある。
自分が引き起こした、この悲劇を収める責任が。……だから僕は、まだ死ねない。
僕は一生自分を許せないし、許す訳にはいかない。それが人殺しの生き方だから、個人である事はもう放棄しようと決めた。
いっそ機械のようになってしまえたら。心の無い人形のように扱ってもらえたら。
でもそれは、命令されなければ何も解らない人形であってはいけないんだ。
死に方ならとてもよく解るのに、生き方だけが選べない僕にはマニュアルが必要なんだろう。
今の僕は、命令されていなければ生きていけない人間だ。
だって、これが正しいと思っている僕の考えでさえ、結局は罪に足掻く醜い個人の考えでしかない。
間違ってるものは、正されなきゃいけない。
今の世界が平和になる為に必要なものは、正義に基づく規範だと思う。
だから、僕に必要なものは生きる権利なんかじゃなくて、義務と責任だけでいい。
それこそが、僕の求めるべきものだ。
でも、正しいって、一体どういうことを正しいっていうんだろう。……もし、間違ってしまったら?
ただ、これだけは確かだと思う事なら、僕にもある。
少しでも気を抜けばすぐに力を行使しようとする人殺しの「俺」を、「僕」は生きている限りずっと、戒めておかなきゃいけない。それだけは確かだ。……だから僕は、軍にいる。
一時の感情に任せて行動する事は、人として間違った結果しか生み出さない。例えその感情の裏に、如何なる理由があろうとも。
怒っちゃいけないし、憎んじゃいけないんだ。「生きて」いたいなら。
ましてや、戦うことや争うことを肯定するなんて……。
心無き力は只の暴力だというけれど、目的の為に手段を選ばず力を行使するというならば、例えそこにどんな理由や矜持があろうとも、それは紛れもない悪だ。
肯定出来ない。絶対に駄目だ。
何故なら、僕がそれを自分に許してしまった時から、力という名の手段を求めて刃を抜いたその時から、全ての悲劇は始まってしまったのだから。
間違った手段で得た結果は、やがて途方も無く大きな罪として返ってくる。
巻き込まれるのが自分だけならいい。でも、齎される結果は、その被害を被るのは、絶対に自分だけではない。
……それが、現実だ。
だからゼロ。
お前みたいな奴は邪魔なんだ。
お前のような奴は、世界に必要ないんだ。
君のやり方は、間違っている。嘗ての僕と同じように。
――だから、僕が。
俺が。
君を、終わらせるよ。
遠く広がる雪原は、僕の原初の風景のうちの一つだった。
匂い立つような緑の雑木林も、長く続く階段も、そこを汗まみれになって登ってくる、幼く美しい兄妹の姿も。
それ以前の記憶は、不思議とあまり無い。
毎日の稽古で叩き合う竹刀の感触以外は、きっと、どうでもいいような事ばかりだったせいだろう。
ねえ、ルルーシュ。君は覚えているかな。あの夏の日を。頭の良い君の事だから、きっと忘れる事なんか無いだろうけど。
決して良い事ばかりではなかったし、僕にとっては最後に赤く染まってしまった記憶でもあるけれど、僕も一応、まだちゃんと覚えている。
でもどうしてだろう。
一つ残らずあの頃の事を覚えておきたいと思っているのに、日々、掌から零れ落ちるように色褪せていくのは……。
あの頃は良かった。いつか君たちと、そんな風に笑い合えたらと思った事もあったのに。
たとえ、そんないつかが決して訪れはしない事を知っていても。
それでも僕は忘れない。――忘れられないんだ。
あの日に見た君の笑顔と、まるで灰色の空を舞うひとひらの雪のように、切なく眩しいまでの、尊い優しさを。
ブリタニアにも、雪は降るのだろうか。
そんな疑問を口にしてみれば、年齢に見合わず博識だった黒髪の少年は当たり前だと言いながら笑っていた。
その年の冬は殊更に寒くて、珍しく雪まで積もっていたから、僕は屋敷の離れと言えば聞こえがいいだけの土倉で暮らす兄妹が、たった一晩の間に凍え死んでしまわないだろうかと随分気を揉んだものだった。
車椅子無しでは移動出来ない彼の妹は、ひ弱にしか見えない兄と同じく体が弱くて。
だからその日は彼と――ルルーシュと二人きりで、買い物に行った。
「おいルルーシュ、大丈夫か?」
「別に、これくらい……平気、だっ!」
見渡す限りの雪原。一面の白。
ちらちらと粉雪の舞う雪原の真ん中をショートカットすれば、目的の店への近道になる。
そう言ってやれば、出来る限り人目を避けたがる事が常なルルーシュは、しぶしぶながらも僕の後を付いて来た。
白く煙る息を荒く吐き出しながら、足場の悪さにモタモタと歩を進めている彼へと呼びかければ、いつも通りの強気な答えが返ってくる。
「そんなトコ歩いてるからだろ? うっかりしてたらコケるぞ」
せっかく歩きやすいように、わざわざ雪をこいで道を作ってやってるのに。
僕はそう思いながら、柔らかい新雪が薄く積もった浅い道を選んで器用に歩いていく。
強がってはいるけれど、膝丈にまで届く雪の深さに足を取られて上手く歩けないんだろう。中途半端に作られたでこぼこ道の方が雪の深い場所と浅い場所があってかえって歩きにくいのに、ルルーシュは何故か僕が作る新しい道ではなく、わざと獣道のような場所ばかり選んで歩いていた。
「しょうがない奴だな。待っててやるから、早く来いよ!」
「うるさい! 別に待ってなんかいなくていいから、さっさと先に行けばいいだろ!」
慣れない足取りで歩くルルーシュは、ひっくり返りそうになりながら憎まれ口を叩いている。離れた場所を歩いているせいか、少しだけ声が遠い。
遠目から見ていると、その様はまるで酔っ払いの千鳥足のようだ。
「買い物に行くのお前なのに、俺が先に店着いたって意味ないだろ? いちいちそんな遠回りなんかしてないでこっち歩けばいいじゃん。なんでこっち来ないんだよ?」
ぐっと言葉を詰まらせたルルーシュは決まり悪そうに黙り込んだ後、一瞬言葉を返す事を躊躇うように瞼を伏せた。
「だって、そんなの……」
「なんだよ?」
「綺麗なものは、綺麗なままでいて欲しいって思ったからに決まってるだろ!」
心持ち頬を膨らませながら、むっとしたように言い返してくる姿は気丈というか、頑固というか。
夏に海に行った時の事を思い出し、何となく笑いが漏れる。釣りの時には「網を使った方が合理的」とか散々風情の無い事を言っていたくせに、この不器用な友人は、自分が不便な思いをしてまでも、新しく雪の積もった綺麗な場所を踏み荒らしたくないと言うのだろうか。
「バカだな」
「なんだと!? バカとはなんだ!」
つい反射的に貶してしまったけれど、少し離れた所を怒ったようにざくざくと歩くルルーシュの言葉は、なんとなく面映くて、微笑ましくて。
けれど、それと同時に、何かどうしようもなく、そして途方も無いものが心の奥底で僅かにざわめく。
自分でも訳の分からないそんな気持ちを、その時の僕は、特に意識もしないまま飲み込むしかなかった。
元々は近道の筈だったのに、足の遅いルルーシュを待つ度に立ち止まってばかりいた所為か、雪原を抜けるまでの時間は途方も無く長く感じられた。
けれど、ようやく追いついてきたルルーシュに向かって笑いかけてやれば、彼はいかにも得意気な顔つきで誇らしそうに笑っている。
視界を埋め尽くす雪に雲間から差し込む光が反射して、その時の世界はまるで、真っ白な光だけで作られているかのようだった。
光の中で、ルルーシュが笑う。
凍った空気の欠片にキラキラと彩られながら、どこまでも白く。美しく。
その彼が、かの帝国に捨てられた「要らない子供」だったなんて、一体誰に想像出来たというのだろうか。
僕は今でも、そう思っている。
99%黒。残る確立は、僅か1%
……それでも、僕は信じていたい。
雪のひとひらなんて、触れれば容易く溶けてしまうのだと解っているのに。
君の本質を羨ましいだなんて、思いもしなかったあの頃。
幼いがゆえに感じていた理由も根拠も解らない好意と、まるで、伸ばした指先から何か大切なものがすり抜けていくような、あの感じ。
今なら解る。それは「羨望」
自分には決して届かない、触れられないものに対する「憧憬」
「綺麗なものは、綺麗なままで」
だからこそ。
僕は、当り前のようにそう言った君を、守る自分でいたかった。