夏風邪のルルーシュ 3

 けほ、と小さな咳の音が響いた。
 と、同時に、ルルーシュの瞼がゆうるりと見開かれていく。
「あ、起きた?」
「…………」
 現れた菫色は、天井を向いたまま心許なく揺れていた。まだ熱に浮かされているせいか潤んではいるけれど、呼吸の方は少し寝たこともあってか、さっきより幾分落ち着いている。
「大丈夫か?」
 椅子に座ったまま屈んだ僕は、足元のバスケットからミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「喉渇いてるだろ。下から持ってきたんだ」
 まだぼんやりしているルルーシュの目前でボトルをかざしてやれば、視線をさ迷わせていたルルーシュの瞳がボトルを捉えてから僕の方へと向けられる。
 キャップを空けて「飲める?」と差し出してやると、ルルーシュはこくんと素直に頷き、布団の中から気だるげに手を伸ばしてボトルを受け取った。
「薬もあるから」
 ベッドからのろのろと起き上がったルルーシュは、ごくごくと喉を鳴らしながら水を飲んでいる。よっぽど喉が渇いていたのだろう。みるみるうちにボトルの中身が少なくなっていく。
 常の彼らしくもなく、今にもえずきそうな勢い。僕が大丈夫かなぁ、と見守っていると、ちょうどボトルの半分あたりまで一気に空けたルルーシュは、案の定口を離すなり「ぷはっ!」と息を切らしていた。
「ちょっとルルーシュ。慌てて飲まなくても、水は逃げないよ?」
 笑いながら言った僕に、はぁ、と重く息をついたルルーシュは、濡れた唇を手の甲で拭いながらようやく顔を向けてくる。
「お前……まだ居たのか」
 まだ居たのかって……。居たに決まってるだろう。
 ばつが悪そうなルルーシュに向かって、僕は肩を竦めながら言った。
「そりゃあね。だって、このまま帰るわけにはいかないじゃないか」
 拭ってもまだ湿り気の残る口元や手の甲が気にかかるらしく、ルルーシュは何かを探すように緩慢な動作で辺りを見回している。
 僕は「あ、タオル」と言いかけてから、テーブルにティッシュの箱が置かれていたことを思い出し、反射的にそこから一枚抜き取ってルルーシュに渡した。
「あ、ああ……。悪い」
 受け取ったティッシュで口元を拭い、手の甲をぽんぽんと叩いていたルルーシュは、くしゃりと丸めたそれをどこへやるともなく握り締めている。
 ゴミ箱、ちょっと遠いな。
 そう思うなり、僕は無言でルルーシュへと手を差し出していた。
「ちょうだい」
「えっ?」
「それ」
「でも――」
「いいから」
 僕はまごついているルルーシュから使用済みのティッシュを奪い取り、後方へと振り返ってゴミ箱に放った。
 固く丸めたそれは、綺麗な放物線を描きながらシュートインだ。
「相変わらず器用だな」
 驚いたルルーシュは目を白黒させている。君はまあ、こういうのは下手そうだよね――とは、さすがに口には出せないので、僕は正直に答える代わりに軽く笑っておく。
 体を起こしたせいか、ルルーシュの額に貼ってあった冷却シートの端が少しめくれかけていた。気付いた僕が貼り直してやろうと手を伸ばしたところで、ルルーシュは何故か遮ってくる。
「ルルーシュ?」
「後は自分でやるから、お前はそろそろ帰れ」
 ルルーシュはそう言いながら、自分で額のシートを貼り直している。
 まだ熱あるくせして何言ってるんだか。またいつもの強がりかと思ってルルーシュを見ていると、ルルーシュは額を押さえたまま「明日仕事だろ」と素っ気無く言い放った。
「無理だよ。だって君、まだそんな状態なのに」
「俺はもう大丈夫だ」
「…………」
 ああまた……。はっきり言って根拠ゼロだよ。
 どこが大丈夫なんだか、と思いながらも僕は黙った。そうやって、いつもやせ我慢ばっかり。まるで弱っているところを見せたがらない猫みたいだ。
 僕が強引にルルーシュの手首を掴んで引き寄せると、ルルーシュは口を小さく「あ」の形にしながら非難がましい目つきで僕を睨んだ。
 掴んだ手首からルルーシュの体温が伝わってくる。――まだ、かなり熱い。
「あっ……」
 汗で粘着力の落ちたシートが再び剥がれそうになり、押さえようとしたルルーシュが一瞬手を引きかける。
 でも、僕は離さない。めくれてきたシートの端を代わりにさっと押さえてやれば、ルルーシュは拒むだけ無駄だと諦めたのか、今度は大人しく目を閉じてされるがままになっていた。
「それ取り替える前に、まず薬飲もうか」
 手首を離してやると、ルルーシュは戸惑いを隠し切れない表情のままおずおずと腕を引き、僕に掴まれていた部分を押さえながらこっちを見つめている。
 まだ、決して納得し切れてはいないようだ。
「ほら、飲んで」
 僕は構わず薬のシートからぷつん、ぷつんと二錠取り出し、広げたルルーシュの掌へと乗せてやった。
 薬嫌いかどうかはわからないけれど、ルルーシュは受け取った薬をすぐに飲もうとはせず、掌に落ちた白い錠剤をほんの少しだけ見つめてから拳を作り、ほどなくしてまた僕へと尋ねてくる。
「だから、お前仕事は? 明日もあるんだろ?」
「言い忘れてたけど、実は明日休みなんだ」
「休み?」
「そう。メディカルチェックでね。明日までっていうか、検査結果が出るまでなんだけど」
 ルルーシュは不審そうに眉を寄せている。というより、いっそあからさまなほど露骨に顔を曇らせた。
 ――ナリタでのことは、ルルーシュには言えない。
 思い出すなり心の壁が分厚く目の前に立ちはだかるのを他人事のように意識しながら、僕は凝視してくるルルーシュから目を逸らした。
 すると、ルルーシュが急に改まったような声で「なあ」と呼びかけてくる。
「ん、何?」
「お前、もしかしてどこか悪いのか?」
「……え?」
 僕は思わず「突っ込んできて欲しくない所にばかり突っ込んでくるんだから」とぼやきそうになった。
「そうじゃなくて、定期検査だよ」
 軍のね、と続けながら、平静を装った僕はそ知らぬ顔をして明るく振舞っておく。
 新しい冷却シートを取り出してフィルムを剥がし、受け取ろうとしたルルーシュの手を避けて「今貼ってるやつ剥がして」と指示すると、ルルーシュはこれもまた大人しく額のそれを剥がした。
 ぺとり。
「――っ」
 ルルーシュが、また冷たさに首を竦めて息を飲む。さっき寝ていた時は、瞼を痙攣させていただけだったけど。
「薬、飲んだ?」
 まだルルーシュが握り締めたままなのを知っていながら僕はわざと訊く。すると、ルルーシュはむっと顔をしかめてから薬を口の中へと放り込み、水と一緒に流し込んだ。
 唇から離れたボトルの水が、中でたぷん、と音を立てる。
「はい、キャップ」
 短く告げて蓋を渡してやると、ルルーシュは一時困惑したように目を泳がせた。蓋を締めてからもボトルを持ったまま、どこに置こうかと枕元を見渡している。
「水、もういいならこっちに置いとくよ」
「…………」
 僕が手を差し出すと、ルルーシュはだんまりしたままボトルを渡してきた。僕は「それも」と、剥がした後の冷却シートも指差し回収にかかる。
 ルルーシュは面白くなさそうな面持ちのまま、指先で摘んでいたシートを僕の掌にぽとんと落とした。僕は受け取ったボトルをバスケットの中に落とし、剥がしたシートはティッシュと同じく手首のスナップを利かせてゴミ箱へと投げ入れる。
 向き直ったそこには、不満も顕にむう、と唇をへの字に曲げているルルーシュがいた。
 人の世話をすることはあっても、自分が世話されることには慣れてないって顔だな、これは。……まあ、僕は結構、君の面倒見てると思うけどね。
「ねえ、ルルーシュ」
「? なんだ」
「いつも思うんだけどさ」
「ん?」
「君、どうしてそういう顔するの?」
「……はぁ?」
 ほら、そのポカンとした顔も。……って、まあ、この顔はそこまででもないか。
 普段学校でつんと取り澄ましている時とは違って、僕と二人きりでいる時のルルーシュは、実はすごく表情が豊かだ。
 どんなアングルから見ても、どんな表情の時でも、確かにルルーシュの造作はずば抜けて整ってはいる。別にいつも繕ってろって言いたいわけじゃないし、ルルーシュにとってはこれが普通なんだってことも、一応は解ってるつもりだ。
 でも何故だろう。時々、とても残念な感じがするのは。
 なまじっか造りが綺麗なだけに、そう思うのかな。――やっぱり君、ちょっとガサツだよ。
 どうやら少しご機嫌斜めらしいその頬を、僕は冗談交じりにちょん、とつついてやった。
「何をする!」
「眉間に皺寄ってるぞ」
「……だから?」
「僕に看病されるのは嫌かい?」
「べ、別に、そういう訳じゃない……。ただ、俺は……」
「移すのが心配?」
 どもるルルーシュにクスリと笑いながら尋ねてやれば、ん、と言葉を詰まらせたルルーシュはむっつりしながら口を噤んだ。
 どう見ても図星だね、という言葉を、僕は喉の奥へと仕舞い込む。
 ……正直に言っちゃうと、そこで遠慮するくらいならもっと違う所でして欲しいかな。ねえ、ルルーシュ。
 常々感じていたことだけど、ルルーシュは遠慮の仕方がすごく変だ。
 人格自体ちょっと捻じれているから仕方ないと思うし、単なる感覚の相違と言ってしまえばそれまでなのかもしれないけど、僕はルルーシュからことごとくピントのズレた配慮をされることが多い。
 そう。例えば、今みたいに。
 というか、どうやら僕たち二人は感覚が真逆だ。僕にとって遠慮して欲しい時には全く遠慮してこないくせに、こうして遠慮して欲しくない時には遠慮する。……ほんとに、君ってややこしい奴だよ。
「それもあるが……定期検査って、具体的にどんなことを調べるんだ?」
「え?」
 突然訊いてきたルルーシュに、そんなの決まってるじゃないか、と返しかけた僕はなんとなく口ごもった。
 どうしてそんなことを訊くんだろう。具体的にって、何?
 ――けど、僕がそう思う時っていうのは、大抵相手に知られたくないことがある時なんだよな。
「本当に、どこか具合が悪いとか、そういうことは無いのか?」
 ルルーシュはぼそぼそと聞き取りづらい声で尚も尋ねてくる。
 やけに真剣な顔で訊いてくるなぁ。どうしたんだろう?
「具合が悪いのは君だろ? 僕はなんともないから、変な心配するなよ」
 なるべくあっさりした口調を選んで言ってやれば、ルルーシュは物言いたげでありながらも一応黙った。
「それならいいが……」
 ふっと目線を下げたルルーシュが、布団の上で組んだ自分の手を見ながら肩を落としている。
 なんだよ、もう。いじらしいなぁ……。
 自分の具合が悪い時にまで僕のことを本気で気遣っているらしいルルーシュの様子に、つい苦笑が漏れてしまう。
 本来なら、男が同性の友達に心配されたり気遣われたり、あれこれ過剰に世話を焼かれるのって鬱陶しいことでしかない筈なんだけど、ことルルーシュを相手にしている時にのみ、僕のそういった基準は若干の誤差修正を強いられる。
 それは一言で言ってしまえば、ルルーシュがルルーシュだからだ。
 身内に対してハッキリと過保護で甘いところのあるルルーシュは、特にそういう傾向が強い。そんなルルーシュからすれば、修正前の僕の感覚は「個人主義」に分類されてしまう訳だけど。――でも多分、僕の感覚は普通だ。
 だからこういう時、僕はやっぱり複雑な気分になるし、考えすぎとは思いつつ警戒もしてしまう。
 ……ルルーシュ、気持ちは有難いけど、君、僕を抱え込んでるような気になってやしないか?
 勿論これは只の勘でしかないけど、ルルーシュを相手にしてる時の僕の勘って、あまり外れたことは無いような気がする。
 それにしても、つくづくルルーシュは「相手イコール自分」になっちゃう奴なんだな。愛情深いというより、きっと情が深いんだろう。
 でも、いつもつんけんした態度ばかり取ってくるくせに、やっぱりこういうところは変わってないんだよな、と思うと、僕はその度にいつもルルーシュに絆されてしまう。
 とてもじゃないけど、ルルーシュ相手にすげない態度なんか取れないよ。
 本当は、人が僕のことを気にかける必要なんて無いと思うのに……。たとえ、それが友達であっても。
 それなのに、どこか捨て置けないほどの可愛らしさやいじらしさに、僕は結局負けてしまう。とにかくこう、根が優しいっていうか、健気っていうか……。
「心配しすぎだよ、ルルーシュ。僕のことより、今は自分の体調のこと考えなってば」
 自然、声音も優しく甘いものになってしまって、僕はまるで女の子と話す時みたいにルルーシュと接してしまっている自分自身に酷く戸惑うことになる。
 けれど、言いながら、心配しすぎなのは僕の方だと少し思った。……ルルーシュが、ナリタでのあの出来事について知っている筈もないのに。
 ナリタで僕は、父さんを見た。
 錯乱してヴァリスを暴発させた僕の様子に、特派の人たちもびっくりしたようだ。
 今回のメディカルチェックは通常の身体検査とは異なり、主にカウンセリングや心理テストを中心としたものになった。身体的なことではなく、心の方に問題があるのではないかと疑われたせいだ。
 でもこれは、ルルーシュにだけは絶対に知られたくない。寧ろ、ルルーシュにだけは絶対知られる訳にいかなかった。
 ――だってこれは、僕にとって最大の秘密なんだから。
「なあ、スザク」
「ん?」
「お前、やっぱり今日は帰れ」
「…………」
 僕はなんともないと言ったのに、ルルーシュは思いつめたような顔を向けてくる。……やっぱりね。引く訳ないか。
 全くもう。言い出すと思った通りのことを言ってくるんだから。
「どうして?」
 目を平たくした僕を見て一瞬はっとしていたルルーシュは、けれどすぐに真顔へと戻ってから言い募ってくる。
「どうしてって……どうしてじゃないだろ。宿題見てやるって話だったけど、それも出来そうに無いし……。それに、お前に移すのだけは絶対に御免だ。俺は、お前にそういった迷惑は、その――」
 一言区切る合間ごとにちらちらと僕の様子を伺いながら、ルルーシュはいかにも言い辛そうにぽつぽつと話した。
 どうしてそんな態度なんだろう?
 と、台詞の裏にあるルルーシュの気持ちを察した僕もまたはっとなり、そして同時に気付く。
 ……あ、そうか。
 気にしてるんだ。さっき僕が言ったこと。
「ルルーシュ」
「え?」
「僕が居たら、休めない?」
「いや、別に……」
「それとも、僕がここにいちゃ何かまずいことでもある?」
「いや、それも特に無いが――って、そうじゃない! まずいに決まってるだろ」
「何が?」
「何がって、お前な……」
 疲れ切ったとも困っているともつかない顔をしたルルーシュは、気まずそうに僕から目を逸らしたまま、頻りに何かを訴えかけては唇を閉ざす。
 その様子は、僕を後悔の渦へと巻き込むのに充分な威力を持っていた。
 言わなきゃよかった。あんなこと。頼ってるとか、甘えてるとか……。だって、ルルーシュはこんなにもプライドが高いのに。
 僕は昔から、腹を立てている時に上手く言葉を選ぶことが出来ない。行動だってそうだ。いつも思い浮かんだまま衝動的に口に出したり振舞ったりしては、こうして失敗する。
 僕は自分のそういうところが大嫌いで、でも、直せない。本当は、もっと思慮深くありたいと思っているのに。
 ルルーシュに捲くし立てた僕は、内心ひどく焦っていた。でも、なんでこんなに必死になっているんだろう?……自分でもよく解らない。
 ただ、断られたらどうしよう。ルルーシュに拒絶されたら――。
 僕の中は、その思いだけで一杯だった。さっきまでの余裕なんかとっくに吹き飛んでいる。……とにかく、不安でたまらない。
「だったらいいじゃない」
 焦燥を隠してあっけらかんと言い放つ僕に、ルルーシュは呆れた声で「はぁ?」と漏らしてきた。
「あのな、そういう問題じゃ……」
「そういう問題なんだよ。だって――」
「……だって、何だ?」
「僕は迷惑じゃない。相手は君だ。そうだろ?」
「――――」
 僕は、強引な理屈だと承知していながら駄目押ししてみる。それも、なるべく優しそうに見える笑顔付きで。
 知ってる。ルルーシュは昔から、こんな風に僕から押されると弱いんだ。
 いつもなら、大体これで負けてくれる。……ところが。
「――っ、駄目だ!」
 ルルーシュは頑として首を縦に振ろうとしなかった。それどころか、まるで聞き分けの無い子供を見るような目つきで僕をじっと見据えている。
「ええ? どうして!?」
 つい情けない声が出た。なんで今日に限って……。
「咲世子さんだって、夜中寝てなきゃ昼間は動けないだろ? 第一、君が早く良くならなきゃナナリーだって心配する!」
 僕は次第に焦れてくる気持ちをなんとか抑えて更に言い立てた。
「それはそうだが……。でも、お前は――」
 ルルーシュは矢継ぎ早に話す僕の勢いに困惑しているのだろう。若干たじろいでいて引き気味だ。
 口ごもりつつもなかなか折れてくれないルルーシュを前に、僕は苛々しながら尚も押そうとしていた。
 ここまでくると自分でも疑問に思えてくる。どうして僕はここまでムキになってるんだろう。別にいいじゃないか。ルルーシュが帰れって言ってるなら、それで――。
 ……いや、解ってる。
 これは、ルルーシュの気持ち云々の問題じゃない。――僕が、帰りたくないんだ。
 結局こうなるのか。そう思いながら、僕は自分自身に呆れたように嘆息した。要するに、また惑わされるんだ。こうやって。
 薬が効き始めているとはいえ、澄んだルルーシュの菫色はまだ少し熱で潤んでいる。線の細い肩だって余計頼りなく見えるし、夜中になったらもっと具合悪くなることだってあるかもしれない。
 複雑な事情を抱えているルルーシュは、そう簡単に病院に行ったりすることもないんだろう。だって、この辺は政庁とも近いから、病院には軍関係者の人間だってよく出入りしているんだし。
 無理して気を使ってまで僕を帰そうとしているルルーシュを放っておくことなんか、やっぱり僕には出来ない。
 さっきは色々ときついことも言ってしまったし、それに……。
「解っているだろ? ルルーシュ。僕相手に変な遠慮なんかしないでよ」
「スザク……」
 しゅんとなったルルーシュは、正に触れなば落ちなんという風情だ。……よし。多分、あと一押し。
 強がっていたって解る。ルルーシュは、本当は僕に帰って欲しいなんて思ってない。
「本当は君、ちょっと気にしてるんだろ。君が僕に頼ってるとか甘えてるとか言ったこと。だからこうやって遠慮しようとしてるんじゃないのか?」
「なっ! 俺は別に、そういうつもりじゃ……!」
 ルルーシュは気色ばんでみせはしたものの、後ろめたそうに瞳を瞬かせながらへどもどと言い訳している。
 やっぱりか、と思った僕は、黙ってルルーシュの鼻を摘んでやった。
「ぶっ、何をする!?」
「隠すなよ、ルルーシュ。君は僕に嘘なんかつけないよ」
「離せ、この馬鹿っ!」
 ルルーシュは怒りながら僕の手をぺしんと叩き落とした。でも、そうやって誤魔化してみたって態度は正直なものだ。
 それに、目は口ほどにものを言う。
 実際口にすれば反発して余計言うことなんか聞かなくなるかもしれないとは思ったけど、こうして正直に自分の気持ちを言うことにしておいて正解だったと僕は思った。
 ルルーシュは頭がいい反面、計算外のことやイレギュラーには極端に弱いから、下手に取り繕ったりするよりも、いっそズバリと本音を言い当ててやった方がよっぽど効果的なような気がしてたから。
「君は遠慮するところを間違ってるよ。こういう時はいいんだ」
「…………」
 無言になったルルーシュが上目遣いで見上げてくる。それに僕がにっこり笑いかけてやると、ルルーシュはとうとうため息を漏らしたきり沈黙した。
 これで、僕の勝ちだ。ルルーシュ風に言えば、チェック・メイト。
 僕は一息つきながら、ルルーシュが眠っていた時に考えていたことについて猛省していた。
 そうだよな。いくら頭が良くたって、ルルーシュが僕相手に隠しごとなんか出来るわけがないんだ。身内に対してはどこまでも甘い、このルルーシュが……。
 一瞬でも疑いを抱こうとした僕が馬鹿だった。――と、僕が思った時、ルルーシュは。
「いや、やはりお前に移したくない。気持ちは有難いが今日は帰れ」
「………………………」
 きっぱりした口調で、信じられないことを口にした。
 どうして君ってそうなんだ? 忍耐力を総動員したとしても、これは、ちょっと、さすがに……。
 ――なんていうか、それはないんじゃないかな。
 僕は何となく自分の目が据わっていくのを感じながら、椅子の横に置かれていたバスケットの中へとおもむろに手を突っ込んだ。
「ルルーシュ。そういえば君、まだ胃薬飲んでないだろ」
「胃薬?」
「うん。市販薬は刺激が強いから、胃薬と一緒に飲んだ方がいいんだ」
 とか何とか言いながら、実はあんまりよく覚えてないんだけど。
 僕はさっき開けたパッケージとは別の薬の箱を開封し、取り出した錠剤を手にしたまま立ち上がった。
「……? 何だ?」
 急にベッドの上へと乗り上げてから腰掛けてきた僕を、ルルーシュは不思議そうな顔をして見上げてくる。
「どうした? スザク」
「うん? いや、別になんでもないけど」
 僕は至近距離からまじまじとルルーシュを観察していた。間近で顔を覗き込まれたルルーシュが、困惑したようにじり、と腰を引く。
 気付けば僕は、そんなルルーシュを更に追い詰めるかのように、無意識にルルーシュとの距離を詰めていた。
「おい……?」
「ん、何?」
「なんだ、これは?」
「うん。何だろうね?」
 僕は、これもほとんど無意識のうちにルルーシュの体の両側を腕でホールドする。ベッドに座っているルルーシュもこれはさすがにおかしいと思ったらしく、どこか怯えたような顔をしながら尋ねてきた。
「お前……。何だろう、じゃないだろ……」
「そう?」
「ふざけてるのか?」
「さあ。どう思う?」
「…………」
 そして、僕はというと。
 ルルーシュの反応を余所に「逃げられないよね、これなら」と、頭のどこかで冷静に考えていた。
 視点が合わないほど近くから見つめていると、アメジストのように光る綺麗な紫色の瞳がぱちぱちと瞬く。宝石っていうより、なんだか飴玉みたいだ。
 ――うん。とりあえず、大丈夫そう。
「ルルーシュさ、彼女いるよね?」
「はぁ?」
 真正面で話しているせいで僕の吐息がかかったらしく、ルルーシュは一度だけ固く閉じた瞼を大きく見開いた。
「か、彼女……?」
「うん。いるだろ? この間いるって言ってたじゃないか」
「……?」 
 記憶検索中なのか、それとも言ったことを覚えていないんだろうか。まあ、ルルーシュに限ってそれはないか。
 ……どっちでもいいけど。
「安心して、ルルーシュ。これは、浮気には入らないから」
「は?」
 ルルーシュにそう言い置きながら、僕はルルーシュの口ではなく、自分の口の中へと錠剤を放り込む。
「おい、お前何して……」
 僕の手が口へと運ばれる所をつぶさに見ていたルルーシュが、驚いたように僕の目を見る。
 弾かれたように顔を上げたその瞬間を、僕は狙った。
「―――っ!?」
 喋りかけていたルルーシュの声は、僕の口腔へと吸い込まれて消えた。
 顎を捕らえて重ねた唇を深くしながら、僕は心の中で呟く。
 そう。簡単なことだ。
 ……移すのがどうしても嫌だっていうんなら、もう、移ること確定にしてしまえばいいんだろう?

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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