オセロ 第27話(スザルル)

27

 イラク・バクダード。
 ホテルのフロントにギアスをかけて二部屋確保したルルーシュは、C.C.と共に部屋の中にいた。
 黄昏の間を出る時、その場に剣を置いてきたスザクは別室だ。冷却期間として気持ちを整理する時間も必要だろうと判じた為の処置だった。
「今日で三日か。こんな街のど真ん中にあるホテルで……。そろそろ、別の場所に移動した方がいいんじゃないのか?」
 椅子に腰掛けて窓辺から街を二分する川を眺めていたルルーシュへと、テーブルの上に置かれたデーツを物珍しげに摘んでいるC.C.が問いかけた。
「木を隠すなら森というだろう? 追われていることは事実だが、少なくとも今のあいつらにとっては、俺を追いかけることが至上命題にはならない。それより先に、やることがあるだろうからな」
 片手間のように追われたところで見つけられない。
 ルルーシュは続けてそう呟いた。
「だからといって、ここまで追ってこないという保障も無いだろう」
 C.C.は腹でも空かせているのか、干したナツメヤシの実を口に運びながら「甘い」と顔を顰めている。
 腕組みしたまま優雅に足を組んでいたルルーシュは、C.C.に「いや」と返しつつ、この先に成すべきことへと思考を傾けていた。
 進む道はもう決まっている。しかし、先々に必要となるであろう駒をどう扱うべきか。そして、どう動くか。それが問題だ。
 その為にも、まずは敵となる者の心理を読み、今後の動向を把握しておくことが先決だった。
「追われているかどうかという観点で考えることじゃないんだよ。この場合は……」
 思索に耽りながら、ルルーシュが心ここに在らずといった表情で呟く。
 問題は、シュナイゼルに本気で次期皇帝になる気があるかどうかということ。
 これについては、移動中からずっと考えていた。そもそも、本気で捕まえる気があるのかどうかさえ定かではない。
 ――勿論、ルルーシュの読み筋が正しければの話だが。
「俺たちを捕まえたい二国にとって打てる手は、ギアス対策を施した上で、自分たちの直属にいる部下たちを動員して探し出すことだけだ。あくまでも事情を知っている上層部のみで片付けようとするだろう」
 C.C.は「それでも充分まずい状況じゃないか」と返してくるが、対するルルーシュはというと、ごく平然としていた。
 ブリタニアは勿論のこと、超合衆国、及び黒の騎士団側も、ルルーシュが皇帝を殺しに行ったことを知っている。
 神根島へとやってきた時も、ゼロの戦死を公的に発表している以上、何としても見つけ出して始末しなければならないと思っていた筈だ。
 何故なら、皇帝殺しがルルーシュ――ゼロであったとなれば、今後の交渉において、また新たな問題ともなりかねないのだから。
 しかし、皇帝が実際に殺され、ゼロ――ルルーシュも始末し損ねた以上、超合衆国側は皇帝殺しが自分たちの責となることをも回避せねばならない。であれば、ルルーシュがブリタニアの皇子であった事実を逆手に取り、処遇をどうするべきかブリタニア側へと判断を委ねる形を取る――つまり、生きたまま捕らえた上で、交渉材料としてブリタニアに引き渡すという手もあるのだ。
 ならば、現状で取れる手は、捜索しつつの静観。星刻、カグヤ、藤堂辺りならそうするだろう。それに……。
(シュナイゼルは、クーデターの件については厳重に緘口令を敷いている筈だ。そして、ギアスについての詳細も明かさない)
 自分たちも自国の皇帝を殺そうとしていたと知られてしまえば、責任の追及は難しくなり、混乱は必至。当然、言う筈が無い。
 あの時、神根島ではルルーシュのギアスにより同士討ちが発生し、大混乱中だった。
 この連絡は交渉中に入ったものと思われるが、しかし、シュナイゼルも同時にクーデター中。その場に全員が居合わせると、既にギアス済みと知られているスザクが何故加担しているのかということになってくる。
 これが明るみに出ないようにする為には、その場に待機しつつ遺跡に向かわせないよう操作するしかない。
 ルルーシュは思った。皇帝の元にスザクを向かわせたということは、シュナイゼルは皇帝が既に不死であったことを知らなかったのだろうか?
(となれば、倒せるのは俺だけ――いや、違うな)
 シュナイゼルが島へとやってきた本当の目的はゼロの討伐ではない。まず、クーデターの件について他国に知られるのを防ぐこと。
 ――だが。
 決してそれだけが目的ではないと、ルルーシュは敢えて断定する。
(あいつは元々、もっと別の思惑に基づいて行動している。ここに移ってからもう三日。様子見はこれくらいで充分だろう。大方この予想で正解だ)
 ルルーシュはすい、と目を細めてから、おもむろに口を開いた。
「まず、ギアスの件がどこまで漏れているか。これは不確定要素の一つでもあるが、あいつはこの先の交渉時においても、俺がギアスを使えることまでしか明かさない筈だ。お前が不老不死のコード所有者であることや嚮団のこと、皇帝でさえギアスに関わっていたことなどを知られてしまえば、ブリタニアそのものに対する糾弾にも繋がりかねないからな。全国各地に遺跡があり、そこを通して移動出来るということも、当然話さないだろう。……となれば、俺たちが逃げた場所に気付けるのは、たった一人。シュナイゼルだけだ」
 打倒ブリタニアを掲げていたゼロが皇帝シャルルを討ち、自ら作り上げた国と軍隊からも見放された今、一見ゼロにとっての目標は完遂され、この先に成せることなど何も無いように見える。
 そもそも、全てを失ったゼロには反逆を可能とするだけの要素が無い。――その目に宿したギアス以外は。
 シュナイゼルはルルーシュたちの逃亡先を察知し、今後の動きに対する予想も出来ている筈。
 にも関わらず、三日経っても包囲網さえ敷いてこない事実――。
「俺本人の罪状を捏造し、俺の素顔を一般に広く公開して情報提供を呼びかけるという手も無くはないが、ギアスの件もある。特別有効な手段とは言いがたい。今でこそ一国に認められた傭兵部隊となった黒の騎士団とて、元は単なるテロリスト集団。組織における逃亡者を指名手配するというのもおかしいだろう? 仮に、通常の犯罪を引き起こした者として手配するにしても、優先順位は低くなる。奴らなら、そんな意味の無い手など打たないさ。血眼になって探すより、俺を挑発出来る機会でも作って、出てきたところを叩く方がよっぽど早い」
 ルルーシュは、自分で言いながら目を伏せた。
 口ごもったルルーシュに代わって、C.C.が先を引き継ぐ。
「だが、お前をおびき寄せるだけの有効なカードが無い」
「そういう事だ。今のところは……」
 捕まえられる可能性が低いとなれば、ルルーシュの出方を伺うしかない。
 更に、ナナリーですらもう居ないため、人質を取る手も使えないという訳だ。
 唯一人質として使える可能性のあったC.C.はルルーシュと共に逃亡中。スザクはシュナイゼルから皇帝暗殺を命じられただけの行方不明者扱い。
 当然探されてはいるだろうが、ブリタニアに反逆したと断定されているかどうかはまだ不明だった。
(スザクが俺たちと一緒に逃げることなど、奴ならば当然察しているだろうが……。しかし、もし最初から、あわよくばと計算に入れていたのだとしたら……)
 シュナイゼルの思惑。
 その全容が見えてくるに従って、ルルーシュは戦慄にも似た思いが駆け抜けていくのを感じていた。
(チェスと同様、一手につき数駒取れる手を打つのは戦略における基本ではある。だが――)
 悪魔に悪魔と呼ばれる者がこの世にたった一人だけ居るとしたら、それはあの男を置いて他にはいない。
「いずれにせよ、超合衆国との停戦交渉が先だよ。元々、神根島に向かうまではその途中だっただろう。黒の騎士団との条約が一時的に締結されたとはいえ、実際、終戦にまで持ち込む為には……。ブリタニアの皇帝が不在の今、シュナイゼルも下手には動かない。一度皇帝に反旗を翻したとはいえ、戦争を終結させて新しい皇帝となるには、あいつは敵国の人間を殺しすぎているからな」
 ルルーシュは、視線を窓外からC.C.へと移しながら「それに」と続けた。
「今あいつが皇帝になれば、形はどうあれ、奴自身が父殺しの汚名を被ることにもなる……」
 仮に皇帝の病死を発表したとしても、皇帝の責務放棄を理由にクーデターを起こした事実は、他の皇族たちにもすぐに知れ渡ることとなる。
 加えて皇帝直属のラウンズたちは、ほぼ全員がシャルル側。
 つまり、その後の関係構築が困難なのだ。
 シュナイゼルはトウキョウ決戦を読んでいた。それというのも、ルルーシュが政庁目指してナナリーを取り戻しに来ると踏んだからだろう。
 スザクにフレイヤを撃たせ、黒の騎士団を使ってルルーシュを排斥し、更に皇帝の暗殺に走らせ、決して自らの手を直接汚そうとはしないシュナイゼルが、この段階で自ら帝位に就こうとするとは考えにくい。
(それは奴にとって最善の手ではない。とはいえ、ブリタニア国内に、奴の能力に匹敵するだけの有力な対抗馬は居ない)
 C.C.と話しながら、ルルーシュはシュナイゼルの思考をトレースし続けていた。
 これらもまた、予想を確定する事実のうちの一つだ。
 超合衆国連合と交渉中であったとしても、シュナイゼルは恐らく、ダモクレス計画を進める方に重点を置こうとするだろう。
 C.C.は食べ終わった指先をぺろりと舐めてから「それでもだ」と口にした。
「お前は次期皇帝になるつもりでいるんだろう? だったら、あの男に帝位を奪われたとしたら、その先厄介なことになるんじゃないのか?」
「いや、おそらくそうはならない。少なくとも、すぐには」
 物憂げな表情で思案していたルルーシュは、思考の狭間で独白した。
「交渉がそう易々と運ばないということは、奴も重々承知している。今もって領土の拡大を望むなら、星刻辺りは、絶対に首を縦には振らないだろうからな。だったら、わざと交渉決裂に追い込んで、フレイヤを超合衆国に一発撃ち込めば済む話だ」
 交渉などしなくとも、有効かつ手っ取り早い手段はある。あの男、シュナイゼルにとっての、元々の目的を考えれば……。
(だが、あいつはそうしない)
 面倒だと知りながら直接的な手を下さずにいるのも、つまりは大義名分の問題。
 どのみち、いずれは戦争を止めない全国各地に打ち込むつもりだろうが、いきなりフレイヤを使う訳にもいかないということか。
 だとしたら――。
(やはり誘われている。表舞台に出て来いと)
 ルルーシュがそれだけは確かだと結論づけるまでに、然程、時間はかからなかった。
(奴らが本気を出せば、俺たちを見つけられないまま終わるということは絶対に有り得ない。だが、俺がこのまま身を潜め続けていれば、あいつは皇帝にならざるを得なくなる、か……)
 充分な猶予があるとは決して言いがたいが、どうやら考える時間は予想よりも多く残されているらしい。
(奴が動くとしたら、俺が皇帝になった後。ダモクレス要塞の最終ロールアウトが済んでからだ)
 それも、おざなりな捜査によってルルーシュたちが捕まり、シュナイゼル自身が皇帝にならざるを得なくなった場合はということ……。
 ルルーシュが丁度そこまで考え終えた時、手持ち無沙汰になったらしいC.C.がベッドに横たわってから尋ねてきた。
「それはそうと、ルルーシュ。お前、本当にいいのか?」
「何がだ」
「スザクのことだ。あいつは、お前に言い訳されることを望んでいるんじゃないのか?」
「――――」
 突然スザクの名を出され、ルルーシュは一瞬、自失した。
 これから皇帝になる道を選ぶということは、当然、騎士となる者が必要になるということ。――しかし。
「事実に補足が必要か? それは只の蛇足だろう」
 ルルーシュは強張りかけた顔を取り繕いながら、敢えて無関心そうに答えた。
 隣室にいるスザクとは、丸三日、顔さえまともに合わせていない。
 C.C.はルルーシュへと向けていた背を起こし、ベッドの縁に腰掛けてから向き直ってくる。たった一つだけ、クラブハウスに居た頃から、決して手放そうとしなかったぬいぐるみをその腕に抱えて。
「言い訳というのは自分の為ではなく、相手の為に必要な場合もあるだろう? それとも、言い訳されない人間がどう苦しむのか見たいのか? それなら別に、止めはしないが」
「…………」
 ルルーシュは皮肉を交えたC.C.の台詞に眉を顰めた。
『シナリオが必要だ』
 スザクにそう言った後、必要最低限の情報については既に説明してある。
 シュナイゼルの目的を知り、Cの世界で得た答え――人々が明日を望んでいることについても知ったスザクは、単にエリア11を間接統治する道へのみ進むだけでは済まないことをも理解した筈だ。
 スザクもまた、世界の明日を背負ってしまった。
 そして、今のルルーシュは『俺』から『僕』へと変貌せざるを得なかったスザクと、同じ道を辿っている。
 そのルルーシュが求める結果の為にどんな道を選択し、どういった結論を出そうとするのかは、スザク本人が一番よく解っていることだろう。
 ユーフェミアに許されることによって生きてこられたスザクだが、ルルーシュにはギアスがある。
 移動の間も、スザクはほとんど無言だった。今後のことについて話し合えるようになるまで――ルルーシュの読み筋(シナリオ)が完成するまでは、別段、話すことも無い。それもまた、部屋を分けようと判断した理由でもあった。
 スザクは今、何を想っているのか。
 ここへ来て以降、ずっと一人きりで部屋に閉じこもったままだ。
「あいつはもう、俺に言い訳されることなど望まない。俺がスザクにとっての贖罪の道を絶ったことは、紛れも無い事実だ」
 同じことを何度も言わせるなと思いながら、ルルーシュは渋々口を開いた。
「でも、スザクだって気付いている筈だ。お前なら、もっと別の手段を講じることも出来た筈だと。あいつが聞きたがっているのは、信じたがっているのは、実際殺すという行為に及ぶまでのお前自身の気持ちについてであり、悪意や殺意の有無なのだろう? スザクはお前が嘘をついたと言っていたが、あの皇女の件に関してだけは、故意ではなかったとは解らない筈だ。ギアスが暴走したことだけでも、何故伝えてやらない?」
「…………」
 ルルーシュは沈黙した。
 真実を知っても苦しむ。知らされなければもっと苦しむ。
 そんなことは、わざわざ言われずともルルーシュにだって解っていた。ルルーシュにとってもそうであったように、真実など、人を傷付けるものでしかないのだから。
 好きで殺した訳ではないことくらいスザクとて察しているだろう。それも解っていながら、ルルーシュはやはり、C.C.の言い分に耳を貸そうとは思わなかった。
 大体、故意であるのとないのとでは、スザクにとって、どちらがより残酷だというのだろうか。
「具体的に命令しなければ、ギアスにはかからない」
 日本人を殺せ。
 明確な言葉で、はっきりと口にしない限りは。
「だから、」
 咎めるような口調で食い下がってくるC.C.を、ルルーシュは無表情で一瞥する。
「お前も知っている筈だろう、C.C.。ユフィを殺した俺が、その後何をしたのか……」
 ユフィの死を、徹底的に利用した。
 その事実がある限り、抗弁の余地などない。どころか、どんな言い訳をしようが所詮は無意味だった。
 ルルーシュは弁解しない理由を端的に説明したものの、C.C.は沈痛な面持ちに非難の色を浮かべて尚も言い募ってくる。
「お前の被虐趣味に付き合わされるあいつの身にもなってみろ。罰を受けるつもりでいるのだとしたら、それこそ欺瞞に過ぎないぞ。お前にとって、唯一残されたあいつの苦しみを見ることこそが――」
「C.C.」
 ルルーシュは続きを聞く気はないとでも言いたげに、台詞の先を遮った。
「あいつのことが気に入ったのなら、本人に直接言ってやれ」
 不敵な笑みを浮かべてみせながら、ルルーシュは「好みじゃないと言っていたくせに」と続ける。
 しかし、そんなルルーシュの台詞をどう受け取ったのか、あるいは只の強がりだと思ったのだろうか。C.C.はただ、何かを訴えるように、もどかしげな眼差しを向けてくるだけだ。
「私は……お前の為に言っている」
「俺の為? お前が?」
 笑みを下げたルルーシュに切り返された途端、僅かに目を見開いたC.C.は無言で俯いた。
 自分がルルーシュに何をしたのか。そして、ルルーシュが今もそのことに対して、どう感じているのかということに思い至ったのだろう。
 足を組み替えたルルーシュはC.C.から目を逸らし、静かな声で尋ねた。
「C.C.。俺は誰だ?」
「……ルルーシュだろう。人間の」
「違うな」
 再び窓外へと視線を移しながら、ルルーシュは即座に否定した。
 以前、まだゼロであった時ほど鋭くなく、寧ろ穏やかで優しいとさえ受け取れそうな声音ではあったが、ルルーシュの話す声には隠し切れない疲労が濃く滲み、また、酷く乾いている。
 打ちひしがれつつも余力を振り絞って立っている者特有の、どこか達観した風情。
 ルルーシュの内側では今、一つの覚悟が固まりつつあるのだろう。ルルーシュが黒の騎士団を放逐されたと知った時から、何となくルルーシュの思い描くだろう未来を予感していたC.C.は、わざとそれに気付かぬ振りをしながら会話を続けた。
「なら何だ? 帝国に捨てられし皇子。枢木の、アッシュフォードの囲われ者。仮面を被ったテロリスト・ゼロ。それとも……」
 C.C.へと振り返ったルルーシュは、緩く首を振った。
「解らないなら質問の仕方を変えてやる。――C.C.。お前は何だ?」
「…………」
 C.C.は答えられずに俯いた。
 ルルーシュは椅子の背に凭れ掛かり、目を閉じたまま語り続ける。
「悪魔とは、災厄そのもの。悲劇を撒き散らす存在。人を苦しめ、貶め、私欲のために屠るもの。例えそれが肉親であろうと、嘗ての友であろうと、今を共にする共犯者であろうともだ。……いや、これから俺は、正真正銘の魔王になる訳だが」
 以前お前にも言った通り、と続けながら、薄く目を開いたルルーシュは、口元に淡い笑みを浮かべて天井を眺めていた。
「お前に、諧謔というものを理解する日が来るとはな」
「諧謔じゃない。これも事実だ」
 俯いたままぽつりと呟くC.C.をルルーシュは見ない。ごく淡々とした口調で応えを返してくるだけだ。
 C.C.はルルーシュに聞かれないよう小さく溜息を漏らしながら、平静を装って話しかけた。
「それでリアリストぶっているつもりか? それもまた仮面だろう? 言っておくが、お前ほど壮大な夢を抱くロマンチストもいないと思うが」
「いいや? 俺の夢とは、現実の企画書のことだ。世界を壊し、世界を創る為の――」
「悪魔らしくない夢だな」
「そうだな。……だが」
 ようやく向き直ってきたルルーシュは、もう笑ってはいなかった。
「魔王とは、最後に必ず倒されるものだ。世界を救う、英雄の手によって。――それまでに、俺はあらん限りの悪を為す。壊されたものは、喪われたものは、決して元には戻らない……。だからこそ、やったもの勝ちだろう?」
「…………」
 透徹された眼差しで世界を俯瞰するルルーシュの眼差しを見ていられず、C.C.は再びルルーシュに背を向けてベッドへと横たわった。
 聞こえていても、いなくてもいい。ただ、この想いさえ届けば。
 C.C.はそう思いながら、一切の感情を交えぬ平坦な声で呟く。
「お前たち二人はそっくりだ。全て自分のせいにしてしまう所も、強情で意地っ張りで、頑固で、情の深さ故に互いを赦せず、憎み合うところも」
 C.C.の後ろで、ルルーシュが低く笑いを漏らした。
「俺はあいつほど堅物じゃない」
「よく言う」
 慈しむような声音に口を返しながら、C.C.はルルーシュが座る窓辺の方へと体を捩らせる。
「あいつと二人きりになりたくないからといって、私を使うな」
「……別に、そんなことは言ってない」
 ルルーシュはムッとしながら押し黙った。
 C.C.と同じく、スザクもまた、ルルーシュが皇帝になろうとしていることを知っている。しかし、目的そのものは一致していても、即、仲直りとはいくまい。
 成り行き上、一応は双方とも和解の方向へと傾きつつあるものの、これまでずっと嘘と裏切りばかり重ねてきたのだ。スザクの辿った経緯を思えば、その心境がいかに複雑であるのかなど改めて問うまでもなかった。
 ……思えば、あまりにも色々なことがありすぎた。それも、身に余るであろう悲劇ばかり。
 その二人が「共謀・共闘・共犯」という関係を構築していくということは、両者の個人的感情を一度全て封殺、ないしは完全に白紙化し、関係性そのものを根底から変えてしまうことでもある。
 それが果たして、和解といえることなのかどうか。……いや、言えはしまい。
 そもそも、この二人を隔てる切り立った崖のような因縁は、和解出来る段階やレベルなど疾うに超えている。だから、この「共犯者」という形式もまた、ルルーシュの言う「壊すこと」に該当しているのかもしれないが。
 しかし、真の意味で「赦し合う」とは、本来そういうことではないのか。
 和解とは、過去を振り返る行為だ。和解の先に続くものは、以前と何ら変わりの無い関係。
 そこにあるのは理解ではなく、只の協調でしかないのかもしれない。
 理解や赦しは、和解とは違う。過去を断ち切り、未来へと続く行為のことだ。
 さながら、変わり続ける明日のように。
 関係性そのものを根底から変えることで、共に明日を見据えようと、壊れたものを基にして新しく創り変えていこうとするならば――あるいは、この二人が、より深く溶け合うことが出来るとするならば。
 それこそ、和解を超えた理解であり、赦しだ。
 互いを繋ぐ、確かな絆。
 朽ちていったルルーシュの両親。そして、V.V.にも成し得なかった、人類の夢……。
 ルルーシュの言葉を聞いて納得し、同意もしているからといって、スザクはまだ、ルルーシュの騎士となることを正式に受け入れた訳ではない。
 けれど、今もスザクが閉じこもっているのは、すぐには答えを出せずにいるからこそではないのか。
 どんな経緯を経ていても、たとえ一度壊れていたとしても、まだ互いを想い合う心だけは死んでいないのだから。
 それならば、いっそ――。
 互いの行く末がどうであろうとも、形式に答えなど要らない二人であればいい。
 寧ろ、超えていくことが出来れば。
 そう思いながら、ルルーシュの顔をじっと見つめていたC.C.は、唐突にぽそりと呟いた。
「腹が減った」
「……はぁ?」
「ピザが食べたい」
「ピザ? 言っておくが、ここにはお前の好きなピザハットは……」
「ピザであればいい」
 C.C.の突飛な要求に眉を寄せたルルーシュが、緊張感の無いことだと呆れたように嘆息する。
 この地における主要穀物は、乾燥地帯でもよく育つ小麦と大麦。農産においてはトマト、そしてナツメヤシ。ちなみに牛乳を飲む風習もある。
 それなら、メニューにピザを置く店くらいはあるだろう。
「お前の為にあるような国だな」
「何か言ったか?」
「別に、何でも? デーツは口に合わなかったんだろ?」
「黒砂糖の塊だ。あれは」
「カロリーの高いものばかり……」
「何か言ったか?」
「太るぞ」
「太る訳ないだろう。この私を誰だと思っている」
 暫し軽口を叩き合う中、ルルーシュがどうでもよさそうに鼻を鳴らした。
 ついさっきまでは大丈夫なのかとごねていたくせに、相も変わらず、状況を全く無視した傍若無人さだ。
(食に関する人の嗜好についてどうこう言うつもりは無いが、こいつの偏食ぶりは相変わらず異常だな)
 出会った頃からのことだから、もう慣れてはいるものの。
 内心、付ける薬が無いとさえ思っていたルルーシュに向かって、C.C.が不意に「なあ」と声をかけてくる。
「ん?」
「お前も腹が減っただろう? 何か入れておいた方がいい」
「……そうだな」
 食欲があるのか無いのか自分でもよく解らないと思いながら、ルルーシュは答えた。
(確かに、何か胃に入れておいた方がいいんだろうが……)
 趣味と実益を兼ねて調理も嗜む割に、ルルーシュは食に対するモチベーションが低い。
 潜伏してからずっと、ルームサービスで適当にやり過ごしていたが、今日も朝から何一つとして胃に入れようとしていないルルーシュを気遣っているのだろう。こんな時にまで食の心配をしなくてはならないのかと自嘲していたルルーシュに向かって、C.C.は「なあ、ルルーシュ」と呼びかけてくる。
「何だよ」
「お前は、食べておいた方がいいぞ」
「? どういう意味だ」
 妙に真摯な顔つきで改めてくるC.C.へと訝しげに尋ねてみれば、C.C.は瞳に憂いを秘めたまま答えた。
「私は食べなくても死にはしない。だがお前は、食べなければ死ぬ。私と違って、お前は人間なのだから」
「…………」
 ルルーシュは複雑な思いを抱えたまま、心の中で「難儀なものだ」と独白した。
 人間として生きる道を模索し、歩んだ末に人としての全てを否定され、悪魔に成り果てたかと思えば、今度は人間だと言われる。
 果たして、天邪鬼なのは世界の方か。それとも、自分の方なのかと。
 ルルーシュは無心の仮面を被り、C.C.へと素っ気無く言い放った。
「では、ご所望通りデートに連れて行ってやる。寝転がっていないでさっさと支度しろ」
 C.C.は「坊やが何を偉そうに」とぼやきながら立ち上がり、絹糸のように長く美しい髪をさっと後ろに払った。
「心配しなくても、お前たちが話す時には、きちんと席を外しておいてやるよ」
 積もる話もあるだろうしな、と続けたC.C.から目を逸らしたルルーシュは、遠い過去か、それとも近い未来か、そのどちらともつかないどこかへと想いを馳せるように目を眇めた。
「懲りない女だ」
 そして、一言だけ呟いてから、ふんと笑った。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

感想・連絡等ありましたらばお気軽にどうぞ★ メルアド記入は任意です(返信不要の場合は文末に○入れて下さい)

Twitter

現在諸事情につき鍵付となっております。同士様大歓迎。

義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして

月別

>>

ブロとも申請フォーム