オセロ 第26話(スザルル)

26


「ルルーシュはユフィの仇だ」
「……だから?」
 振り返ったルルーシュは、剣を構え直したスザクに向かって冷然と問い返した。
 長い沈黙。そして訪れた対峙の時。
 所、黄昏の間。舞台へと残されたのは、たったの三人。
『神』に迫り『神』を殺す世界のプログラム――『アーカーシャの剣』を破壊し、実の両親を自らの手で討ったルルーシュと、皇帝暗殺の命を受けて神根島へとやってきたスザク。そして、C.C.。
 今ここに居る三人は、人類滅亡から世界を救った英雄だ。
 だが、嘘の無い世界――騙し合い、裏切り合い、争い合うことのない世界を創るという、ある意味では高尚な野望を阻止したこの者たちの間にも、未だ深い因縁が残されていた。
 睨み合う二人から離れたところに一人座るC.C.は思う。
『ラグナレクの接続』の阻止。人類の意思そのものにかけたギアス。……しかし、この結果が現実世界での総意であるとは到底言い切れまい。
 世界とは所詮、一部の人間の我侭によって創られてゆくもの。
 ――だが、今この、互いを敵として、仇と判じて憎み合う子供たち二人に、果たしてその資格があるのだろうかと。
 問いかけられたスザクが口火を切った。
「ルルーシュ。君は何故、僕を責めない? 君にもその権利があるだろう。俺はナナリーを殺した。君が嘗て、僕の生きる理由を奪ったのと同じように。だからこそ、けじめが必要な筈だ。俺たち二人の間にも」
「だから、この場で決着をつけようというのか? お前は俺のかけたギアスに翻弄されただけだというのに」
 ルルーシュは無表情で答えた。
 剣の柄を握る手に力が篭もるのを感じながら、スザクが叫ぶ。
「違う! 人を殺めるのは俺自身の業だ。僕もそれを受け入れた。父殺しもまた、他ならぬ僕の十字架であったのと同じように!」
 目を閉じたルルーシュはスザクの答えを聞きつけるなり、ふっと笑った。
「何がおかしい?」
 すかさず怒気を強めるさまにも怯まず、スザクを一瞥したルルーシュが答える。
「お前は相変わらず、俺を侮る癖が抜けないな」
「何っ?」
「何が僕の十字架だ。この俺を差し置いて皇帝を殺そうとしたお前が、それを言うのか?」
 表情を改めたルルーシュを見て、スザクがはっとしたように息を飲む。
「C.C.だけならともかく、何故お前がここに居る。俺を追ってきた訳ではないんだろ?」
「…………」
 まだ剣を構えたままとはいえ、黙り込んだスザクの顔に浮かんでいるのは明らかな苦渋の色だった。高まる葛藤の中で憔悴し、やつれているようにさえ見える。
 元々の事情がどうであったのか、察しはつく。
 皇帝は言った。『ゆえに枢木よ。ここまで追ってきても意味は無い』と。
 枢木神社での裏切りはスザクの咎ではないのだと、ルルーシュは気付き始めていた。……いや、たった今スザクが口にした一言で、スザクが裏切ったのではなかったのだとはっきり気付いた。
(馬鹿だ、お前は)
 剣の柄を握るスザクの手を見つめながら、ルルーシュは思った。
(真っ先に刃を向けるべき相手を、守ろうとしてどうする)
 反射的な行動とはいえ、まるで犬だ。
 スザクは皇帝からルルーシュを守ろうとした。それは決して、ルルーシュの為だけではなかっただろう。寧ろ、喪われた者たちの尊い想いを穢さぬ為に。
 トウキョウ決戦の最中、スザクが蜃気楼の通信へと割り込みをかけてきた時の会話を、ルルーシュは唐突に思い出した。
『答えてくれ、ゼロ! 自分が原因でこの戦いを始めたのだとしたら……!』
『自惚れるな! お前は親を、日本を裏切ってきた男だ! だから友情すら裏切る……ただ、それだけの!』
 重戦術級の兵器を搭載していると、予め聞かされていた。
 警告を信じず、突っぱねたのはルルーシュだ。
(父殺しの真相を知らされた上で裏切った俺を受け入れ、挙句、フレイヤまで使わされたというのに、それも全て自分のせい、か……)
 ルルーシュに父殺しの罪を背負わせまいと皇帝暗殺に走り、結局、その想いですらこうして裏切られたというのに。
(俺もなめられたものだな)
 この男は、スザクは。……一体どこまで。
 そう思いながら、ルルーシュは俯きかけた顔を上げてスザクを見た。
「俺たちは真実を知ってしまった。だったら、まだやるべきことがあるだろう。違うか?」
 スザクの顔つきは険しいままだった。
「それは共闘しようということか? ゼロの仮面を失った君と?」
「…………」
 どうやって? と言わんばかりに睨まれ、ルルーシュは沈黙した。
 公的には、ゼロは戦死したことにされている。シュナイゼルの命を受けて来たのであれば、黒の騎士団内部で勃発したクーデターの顛末についてもスザクは知っているだろう。
 一時的に停戦条約が結ばれているとはいえ、戦争そのものが終わった訳ではない。
『ゼロにしか出来ないことだ』とスザクは言った。しかし、ギアスの件について知られ粛清を受けた今、現時点で新たなるゼロとして復活するのは不可能。かといって、今から別の組織を立ち上げるなど論外。スピードの問題として遅すぎる上、死亡が確認されていないルルーシュは未だ追われる身。いずれにせよ、どう動こうが余計に混乱が増すだけだ。
 つまり、完全なる手詰まりだった。
「シュナイゼルが何をしようとするのかはお前にも解っているだろう。それでもナイトオブワンを目指すのか?」
「いいや。もう無理だ」
 スザクは悔しげに顔を歪めた。剣を構える腕が震え、力なく肩が落ちる。
 地面へと下がった切っ先を見下ろしながら、ルルーシュは無理もないと思っていた。皇帝が崩御し、次期皇帝となるであろうシュナイゼルにも付いて行けないと悟った以上、嘗てスザクがユフィと共に歩もうとしていた贖罪の道は、今度こそ完全に絶たれてしまったのだから。
「それとも、何か他に手はあるのか?」
「……。無いこともない」
 暫し黙したルルーシュは、苦渋の色を滲ませるスザクから目を逸らし、曖昧に言葉を濁した。
 皇帝の死を知った時点で、シュナイゼルは例の計画を実行に移そうと考えるだろう。
(フレイヤが完成し、量産態勢に入った今、奴が皇帝の座に着くと同時に全てが終わる。シュナイゼルが向かうとしたらカンボジア。まずはダモクレスの進行状況を確認しに行く。だとすれば、奴にチェックを打たれる前に……)
 ルルーシュはすい、と瞳を細めた。
 全ての条件をクリアする為に残された手段は、ただ一つ。……ブリタニアそのものを、乗っ取るしかない。
(だがそれは、俺がブリタニアの皇帝になるということだ)
 それしか手が無いと、解ってはいる。考える為の猶予など、ほとんど残されていないということも。
 スザクは沈痛な面持ちで俯いていた。ルルーシュは気付かれないよう、ちらりと視線を走らせる。
 この場で全てを見届けた自分たちにしか出来ないことだ。それも解っている。
(だが、スザクは――)
 これからどう動くにせよ、想像を絶する険しい道のりとなるだろう。
 世界を壊し、世界を創る。到底、一人きりで成し得ることではない。
(多分、お前とでなければ出来ないことなんだ。スザク……。俺とお前の二人でなければ)
 スザクにとっての、贖罪の道を閉ざしてしまった責任がある。
 自分にそう言い聞かせながら、ルルーシュは躊躇う気持ちを押してスザクへと問いかけた。
「スザク。お前に一つ、確認しておきたいことがある」
「何だ」
「お前は俺を皇帝の前に突き出した時、あいつが予め俺のギアスについて知っていたと教えられていたな」
「そうだ」
「では、奴がユフィを見殺しにしたと知りながら膝を折った時の気持ちは、今でも変わっていないな?」
「? どういう意味だ」
 スザクは訝しげに眉を寄せてから、はっと目を見開き「まさか」と漏らした。
「ああ。それしか手は無い。……だが」
 スザクに答えながら、ルルーシュは一人地面に座り込み、今まで無言を貫いていたC.C.へも目をやった。
「C.C.。お前はこいつに、どこまで話したんだ?」
 二人共に視線を向けられ、膝を抱えていたC.C.は後ろめたそうな表情でルルーシュを見てから手元へと目をやった。
「既に察していることを、訊く必要があるのか? 勿論全て話した。……それより、いいのか?」
「何がだ」
 訊き返すルルーシュの声は鋭い。
 永遠の命を終わらせるという目的を遂げる為に、利用しただけならば良い。ルルーシュとて、契約にアンフェアな部分もあると知った上で受け入れている。
 だが八年前、出会って契約するずっと前から、C.C.はマリアンヌらと結託していた。その事実を隠し、全てを知りながら何一つ明かさなかったのだ。――ルルーシュの、反逆の動機さえ知りながら。
 自身の意思が及ばぬところで踊らされることを最も嫌うルルーシュの怒りは察しているのだろう。不遜な調子を常とするC.C.の声には覇気が無かった。
「私に解り切ったことをあれこれ訊くよりも、まず、お前たち二人の対話が先だろうと言っているんだ。いい加減、お互いに腹を割って話したらどうだ?」
「…………」
 ルルーシュは無言でC.C.を睨んでいたが、スザクが割って入った。
「C.C.、僕も君に訊きたいことがある」
「何だ?」
「君は、僕にもここへ来る資格があると言ったな」
「ああ」
「その資格とは何なのか、説明して欲しい」
「言っただろう。お前は守護者だと」
「守護者……? おい、待て。それは……」
 今度はルルーシュが割って入った。
 ルルーシュにとっても初耳だ。単に関わってしまったのとはまた別の意味で、スザクもギアスの関係者だったというのだろうか。
 驚きを浮かべた顔でスザクを見れば、続く台詞を待っているスザクに代わってC.C.が答えた。
「ブリタニア皇族に連なる者が『王の力』を受け継ぐ一族であるならば、スザク、お前の中に流れるそれは、『守護者の一族』としての血だ」
「守護者の、一族……?」
 スザクが呆然と呟く。
 C.C.はそんなスザクを一度だけ見やってから、また自分の手元へ視線を落とした。
「そうだ。王の一族と違ってギアス資質こそ持たないものの、無関係ではない。お前たち二人が巡り合ったのも、また運命。元々、対となるべくして生まれついた存在――」
 一度言葉を切ったC.C.は、困惑している二人へと、憂いを含んだ眼差しを向けてくる。
「八年前に、引き離されたりしなければ良かったんだ。お前たち二人は」
 その場に、しんとした静寂が満ちた。
 C.C.はスザクがやるせない顔をしていると思ったのだろう。立ち尽くすスザクの様子を伺うように顔を上げかけたが、すぐに伏せた。
「過ぎたことを言っても始まらないだろう」
 今更と思ったルルーシュは、沈黙を破るために、わざとぶっきらぼうに呟いた。
 仕えるべき主君を失い続けている今のスザクには、正直知らせたくないし聞かせたくもない事実だ。
 スザクの気持ちが今どうであるのか、ルルーシュには、はっきりとは解らない。しかし、最後の一言は特に、これまでのスザクにとっての想いを代弁するような台詞ではあっただろう。
(八年前に守る対象……俺を失っていなければ、こいつはおそらく、軍に入って償いの為に死を望んだりはしなかった)
 スザクは自らの贖罪を果たす道だと判ずれば、傅く対象を選ばない。
 とはいえ、それでもスザクにとってユフィが別格であり、ナナリーを殺して尚ユフィの名を口に出すのは、彼女がスザクを理解し、スザクの望む理想の形に最も近い道を示した人間だったからだ。
 八年前にルルーシュを失ったスザクが贖罪のために祖国を裏切り、更にユフィまでもを喪い皇帝に付き従うことになったのは、スザクにとっては正に不本意の極みであったことだろう。
 それでもスザクが皇帝側に付いたのは、贖罪の手段を獲得すること優先と割り切ったからに違いなかった。
 ルルーシュ――ゼロを憎むが故でもあっただろうが、スザクにはどのみち、それ以外に取るべき選択肢など残されていなかったのだから。
 皇帝も、スザクがいずれ裏切ると知っていて取り立てている。そして、その時が来るとしたらいつなのかということも。
 ルルーシュを突き出したあの時、スザクは既に皇帝がギアスを使えることも、C.C.やV.V.に深く関わる人物であることも知っていた。
 C.C.を釣り出す餌にする為に、ルルーシュの記憶を書き換える。
 その理由について説明するということは、要するにそういう意味だからだ。
 だとしたら当然、皇帝は元々、ルルーシュとC.C.が共犯関係にあったことを知っており、ルルーシュがゼロだったことも知っていたことになる。
 全てを知っていたのであれば、ユフィが特区日本にゼロを参加させるつもりでいると知った時点で、ゼロが何をするかということも予想出来た筈。
 ――つまり、最悪の悲劇が起こる前に、止めることも出来た。
 その事実に、スザクが気付かない訳が無い。
 だからこそ、スザクは不敬と知りつつ自ら出世させろと皇帝相手に進言出来たのだ。
 スザクは皇帝の前で『中からブリタニアを変えていく』と明言している。
 いわば一種の開き直りともいえるだろうが、忠誠があるから従っている訳ではないと気付かれたとしても、スザクにとっては構わなかったのだろう。
 手段の獲得という目的がある以上、従う理由があるうちは裏切らない。
 皇帝もそう判断したからこそスザクを取り立て、ルルーシュとナナリーをV.V.から遠ざけるために、スザクごとエリア11に送り込んだのだ。
 ルルーシュが記憶回復し、再びゼロとして活動し始めれば、スザクにとっての贖罪の道は振り出しに戻る。
 ナナリーの存在はルルーシュ鹵獲の為の人質だっただけではなく、いずれ裏切るであろうスザクに対する牽制でもあった。
 皇帝がスザクに対してギアスのことを打ち明けておきながら、ラグナレク計画のことは秘密にしておいたのも、ギアスの存在そのものを憎むスザクにそれを知られれば、容易く造反するだろうことは目に見えていたからだ。
(最初は俺、次は祖国、ユフィ、ナナリー、皇帝、シュナイゼル。そしてまた、俺はこいつを……)
 ルルーシュは心密かに苦悩した。
 スザクにとって既に従うべき存在ではなくなっていたとはいえ、ルルーシュが両親を葬ったのは、あくまでも私怨だ。
 それに、ひいては自分たちブリタニア皇族の存在そのものが、よってたかってスザクを苦しめているといっても過言ではないだろう。
 守る対象が無ければ、傅く相手が居なければ、スザクは生きることさえ出来ない。『俺』としての自分を許せない。
 それなのに、またしても奪ってしまう形となった。――自分のせいで。
 ルルーシュが眉を寄せたまま思案していると、それまで沈黙していたスザクがルルーシュの方へと向き直ってきた。
「ルルーシュ」
「何だ」
「君はあの時も、僕に嘘を吐いたな」
 一瞬、いつのことかと思ったが、すぐに解った。
「嘘じゃない……。全て俺のせいだ。それにお前も言ったじゃないか。『人間じゃない』と。その通りなんだよ」
 弁明を求められていることは言われずとも解った。
 ルルーシュが結果論しか口にしていないことに、スザクは気付いた。決して、自ら故意に手を下した訳ではないのだと。
 だが、真実を打ち明けた上で謝った訳でもない。だからスザクも、ナナリーの件について謝らないのだ。
 お互いに頑固なことだと思いつつ、ルルーシュにも解ってはいた。
『許しは請わないよ』と。皇帝に売り払われた時、スザクが謝らなかったのと同じ理由なのだと。
(俺が謝らない限り、こいつも俺に謝ることが出来ない。……だが、俺は人間じゃない。悪魔なんだよ)
 悪魔が本当のことなど、口にする筈も無い。許しを請うことなど無い。
 そして、口から出るのは嘘だけだ。
(俺が頭を下げたのは、こいつに身勝手な願いを託したことについてだけだ)
 結局、そうなった。そして、その道を選んだのは自分だ。
 あの時、ルルーシュは言った。『ナナリーさえ守ってくれるなら、他には何も要らない。ギアスだって』
 スザクにそこまで言っておきながら、ルルーシュはその後もギアスを使い続けた。
 ギアスによって、ルルーシュによって命を落とした者たち――ユフィやシャーリーにも軽蔑されるだろうとさえ思いながら、結局使った。申し訳ないと思って口にした、自身の言葉さえ踏み躙って。
 だからこれは、単に嘯いているのではない。
 スザクに頭を下げ、一度口にした言葉でさえ、やはり嘘になったのだから。
(本当に悪いと思って頭を下げた奴が、その後も自分の目的のためにギアスを使い続けたりするものか)
 正に、悪魔の所業。
 ルルーシュは心の中でそう呟きながら、結局ロロの墓に十字を立てなかったことを思い出した。
 拾ってきた二本の棒を前にして、悪魔が十字を作り死者を悼むのかと。
(まさかその俺が、神に願うことになるとはな)
 幼い頃から、神など居ないと思っていた。居るところには居たとしても、自分たち兄妹の傍にはいないのだと。
 それなのに、運命というのは随分皮肉なものだと思いながら、ルルーシュは自嘲した。
「殺して殺して、殺し続けてきた。全て無駄だったがな。何もかもお前の言う通りだ。俺は道を誤った。大切なのは手段……。ゼロとして盤上に上がったことも、そして、俺自身の存在すらも――」
『お前の存在が間違っていたんだ』
 ブラックリベリオンで撃ち合った時、スザクに言われた言葉だ。
 たった今、ルルーシュの両親との会話を全て目撃していたスザクは、痛ましげに眉を寄せていた。
 ルルーシュの両親がルルーシュに対して行った仕打ちは、存在全否定に等しいことだ。
 スザクにとっては只の言い訳にしか過ぎないとはいえ、ナナリーの為と信じていた反逆でさえ、只の茶番だったと明かされたのだから。
「八年前のままだね」
「何が?」
 スザクは何を言わんとしているのか。ルルーシュはスザクの顔も見ずに素っ気無く言い捨てた。
 対話といっても、何を話せばいいのだろう。
 今更、弁解などするつもりはないというのに。
「君はいつだって、僕の気付けないことを僕より先に理解してしまう。ユフィやナナリーが創ろうとしていた『優しい世界』の意味も、『嘘と仮面』の本当の理由も」
 スザクは真紅に染まったルルーシュの両眼を見つめたまま言葉を紡いだ。
『明日が欲しい』と願った瞬間、それまで左目だけに見えていたギアスの証――鳳の紋章は、とうとうルルーシュの両目へと侵食していた。
 エビル・アイ。悪魔の瞳。
 これまでギアスを呪いとしか思っていなかったスザクにとって、ギアスを使ってルルーシュが欲した願い。
 それは……。
 スザクは僅かに目を伏せてから、再び話し出した。
「ギアスという罪に手を染めていても、ルルーシュ、君は人間だよ。人数の問題じゃないと解っているけど、フレイヤを使ってしまった僕に、君の人殺しとしての罪を責める権利は無い。でも、本心を言わずに隠しておくことだって嘘なんだと、今の僕には解る」
 それは悪い嘘なのかと、スザクの瞳が問うていた。
 スザクが口にしたのは、嘗てスザク自身がルルーシュにしてきたことだ。
 そのお前が言うのかと思う反面、今このタイミングだからこそ解ることもあるのだろうと気付きながらも、ルルーシュは押し黙った。
「シャーリーも、ユフィも、君がゼロだとは言わなかったよ。ギアスのことも」
「だが、お前は気付いていたんだろう。シャーリーの記憶が回復していたことに」
 枢木神社で問い詰められた時、スザクはルルーシュの予想していた通り、ルルーシュがシャーリーを殺したのだと疑っていた。
「ああ。シャーリーに訊かれたんだ。君のことが、嫌いなのかって」
「え……?」
「君を好きだったからこそ気付けたんだろうな。『許せないことはない。許したくないだけ』だと。それから、『私はとっくに許した』と。彼女はそう言ったよ」
「――――」
 シャーリーの死に際を思い出したルルーシュは絶句し、スザクから苦しげに目を逸らした。
 今でも、最期に言われた台詞を覚えている。忘れたことなど無い。
 謝るだけで済むなどとは思わない。奪った命の重みと、同等の結果を残さなければ。
(だが、命の重みと同等の結果とは、何だ?)
 背負った命がある。道を誤ったと知ったところで、今更後には下がれない。ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。
 たとえ、個人として生きるための理由すら全て失い、実の両親に存在そのものを否定されたのだとしても。
(初めてCの世界に触れた時、俺はあいつに『ゼロという仮面で何を得た』と訊かれた)
 その時に、目を逸らし続けていた自身の本音も知ってしまった。
 思わず『違う』と叫んだ。けれど知っていた。……本当は、ずっとずっと前から。
 本当の自分を解って欲しい。理解されたい。それなのに、さらけ出せずに仮面を被る。
 ――本当の自分を知られるのが怖いから。
(だとしても、俺は……)
 辛い顔など見せまい。一番辛い思いをしてきたのは誰だと思っている。
 そう思いながら、ルルーシュは毅然とした表情でスザクへと語りかけた。
「人が何故嘘を吐くのか。本当は、俺は疾うにその理由を知っていた。いや、今ようやく本当の意味に気付いたと言うべきかもしれない……。皇帝は俺に言った。『仮面を被り、嘘ばかり吐いてきたお前が、人には真実を求めるのか』と。……だがそれは、俺という名の猛毒から、他者を守る為でもあった。お前自身が、抜き身の剣である己自身から他者を守り、遠ざけておこうとしていたのと同じように」
「…………」
「毒のビンに蓋が必要であるのと同じく、人には仮面が、嘘という名の優しさが必要なんだ。人が、個を保とうとする生き物である限り……。だが、それと同時に、人は自身の本質を他者と共にし、一つになりたいと願う業からも逃れられない。俺が嘗てお前に仕掛けたゲームでさえ、元を糺せばその想いが動機だったと言ってもいい。俺を遠ざけようとしていたお前の『僕』という仮面が、お前自身の優しさであったとも知らずに、仮面を剥ぎ取り、暴きたて、ただ一つになろうと……」
 スザクは静かに息を潜めたまま嘆息し、辛そうに目を細めた。
 ルルーシュはそんなスザクから顔を背け、尚も語り続ける。
「お前も知っての通り、ギアスとは、人の精神に干渉する力だ。他者と溶け合い、誰かの内側に触れたいと願う想いが力となって発現するもの。それがギアス……。お前も笑えよ、スザク。俺のギアス資質はな、現存するブリタニア皇族の中でも随一だったそうだ。お前も災難だったな。そんな俺に見入られ、人生を狂わされ、矜持でさえも捻じ曲げられ、こうして真実という名の境地にまで辿り着いてしまった。今から八年も前に、お前はもう、俺によってとっくに狂わされた道を歩かされていたという訳だ。……そしてスザク。俺も知った。お前と同じ苦しみを。そして罪を、背負ってしまった。お前の想いを知りながら」
 スザクと同じ位置に到達したルルーシュは、今、スザクの全てを理解していた。
『俺』としてのスザクの苦しみ。
 ルルーシュは今でも覚えている。一年前、まだ再会したばかりの頃、『なぜ俺を頼らない』とスザクに訴えた時の、スザクの愕然とした反応を。
 いつ死んでも構わない。そう思いながらも誰かに庇われ、守られることの辛さ。
 守る立場でありたいにも関わらず、喪っていく現実。悲哀。失意。絶望。――そして孤独。
 激しくこの身を焼き続けるのは、罪悪感という名の、地獄の業火。
「……それでも、真実はそんな俺たち二人を求め続けた。だが、最早そんな真実になど興味は無い。ただ、優しい嘘があればいい。それが世界というものだ。お前も、そうは思わないか?」
 ナナリーが死に、一人きりになり、守る者を喪ったルルーシュ。
 スザクはそんなルルーシュをひたと見据えながら、こくりと頷いた。
 人を殺すのが『僕』の業と認めたスザクもまた、今のルルーシュがどういう状態に在るのか完全に把握しているのだろう。
 ユフィを喪い、守る対象としてのルルーシュをも、数度に渡って失い続けてきたスザクだからこそ。
 真実はルルーシュを求め、そして、ルルーシュ自身を酷く傷付けた。
 ルルーシュは再び自嘲した。
「皮肉なものだ。誰よりも自分たちに優しい世界を創りたがっていたあいつらを否定しておきながら、俺は心の底で、そんなあいつら以上に、人と、そして世界と、一つになりたいと願い続けていた訳だ。人の仮面を無作為に突き破り、嘘を廃し、思う侭に支配して……。そう。誰よりも強く、心の奥底にその想いがあったということだろう。ギアス資質が高いとは、本来そういう意味なんだからな」
 認めざるを得ない。親を否定し、殺してまでおきながら、自身もまた、嫌になるくらいその親たちにそっくりだったのだと。
「あいつは言った。ナナリーの笑顔を誤魔化しだと。人が人である限り、いくら互いの間にある嘘を無くし、優しくあり続けようとしてみたところで、所詮善意と悪意は一枚のカードの裏表。それが真実であり、現実なのだと。……だが、確かにその通りなのだと知っていても、俺はそんなものは認めない。やらない善よりやる偽善だと高みから見下ろし、侮るようなそれを許しはしない。それは、真の意味での優しさとはいわない。例え仮面の裏側がどうであろうと、他人に優しくあり続けようとする心。それこそが嘘と仮面の真実だ。――そうだろう? スザク」
 お前は誰よりも、その意味をよく知っている筈だ。
 そんな想いを込めて、ルルーシュはスザクに問いかけた。
「ああ。その通りだ」
 答えたスザクの瞳は潤んでいた。
 相変わらずの泣き虫だと思ったが、涙を拭ってやっていいのか解らない。
「だからこそ、人には嘘が必要。仮面が必要。――けれど、それでも人々は真実に抗い、他者と解り合いたいと望み、明日を求め続ける……。ならば、その為にも世界はまず、『対話』という名の、一つのテーブルに就かなければならない。今の俺たちのように。だが、シュナイゼルの持つ仮面は強靭だ。恐怖による支配。奴の創る世界では、人はすべからく優しさの意味を履き違えていくだろう。必ずそうなる」
「そうかもしれない」
 スザクは決然とした面持ちで頷いた。
 しっかりと目を合わせてきたスザクに、ルルーシュはふっと微笑みかける。
「僕の十字架か。それもいいだろう。それとてお前の優しさだ。つくづく、侮られているとは思うがな」
 思えばスザクは昔からそうだった。自分より弱い誰かを守ろうと、いつだって呆れるほど一生懸命に、ルルーシュたち兄妹を守ろうとし続けてきた。
 道を違え、互いに裏切り合い、手酷く想いを踏み躙られた後でさえ、ただ、ひたむきだった。
(今更こいつに謝ってやることは出来ない。最善手も選べない。ならばせめて、今口にした言葉だけは本当にしてみせる。俺の全存在を賭けて、やってやる)
 ――但し、悪魔らしく。
 ルルーシュは本当の自分を知った。だから嘘とは言わせない。嘘にはさせない。決して。
『俺』という本質を隠し続ける道を歩もうとした、スザク自身の優しさも。
 ルルーシュはC.C.へと振り返り、語りかけた。
「なあ、C.C.」
「……うん?」
「お前は俺に『死なない積み重ねを人生とは言わない。それは只の経験だ』と言ったよな」
「ああ」
「俺もそう思う」
 ルルーシュは言いながら、口元に薄い笑みを浮かべていた。
 人には、この世に生まれた理由や意味がある筈。そう訴えたルルーシュに、C.C.は言った。
『知っているくせに。そんなものは只の幻想だと』
 ――そう。無いのだ。最初から。
 誰かに存在を否定される前から、誰しもが生きる理由や意味などを持って生まれてくる訳ではない。
 人生は罫線のみ引かれた、只の白紙。だから、人一人生まれてくるのに、理由や意味など最初から無いのだとはっきり気付いた。
 ただ、この世に発生しただけだ。……何故なら、生きる理由を獲得するため、生きる意味を見つけるために、人には『明日』があるのだから。
 一度だけ顔を伏せたC.C.は、太股の裏を手で払いながらゆっくりと立ち上がった。
「ルルーシュ」
「ん」
「時間が無い。ここにはもうじき、黒の騎士団やブリタニア軍が大挙して押し寄せてくる。アーニャがモルドレッドに乗って神根島へ向かったことを知っているシュナイゼルもだ」
「解っている」
「この遺跡の位置を知られている以上、真っ先に乗り込んで来るとしたらあいつだぞ。……どうする?」
「…………」
 ルルーシュは少し思案してから口を開いた。
「ブリタニアと超合衆国、EUの間にある緩衝地帯に潜伏する。移動の手段は――」
「ある。ここから行けなくもない。お前たちなら可能だろう。別の出口を張られていなければの話だが」
「俺たちが移動するスピードの方が速いか?」
「多分」
 こくりと頷いてから、付いて来いと促すように先を歩き始めたC.C.の背中を見やり、ルルーシュはスザクへと振り返った。
「ここから先は、お前にも来てもらうことになる。共犯となる以上、話し合う時間が要るだろう。それから……」
 続く言葉を待つスザクが、ルルーシュの瞳を見る。
 最後に顔を合わせたのはそう遠いことではないというのに、何だか懐かしくさえ思える。互いの間に嘘など一つも無いとは言わないが、嘗て無く、偽らずに向き合えているからなのだろうか。
 澄み切った深緑と目が合った瞬間、ルルーシュは思った。
 ――スザクに対しても、もう二度と、愛しているとは口にするまい。
 自分にそんな権利は、資格は、きっと無いのだと。

「シナリオが必要だ」

 暫し見つめ合った後、真剣な口調で呟いたルルーシュの瞳は、どこか遠かった。
 まるで世界の果てにある、彼岸の先を見据えるように。

プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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