男前なジュリエット ~君の愛はワールドワイド~

 電話の前で悩んでいる一人の青年がいた。
 名は枢木スザク。十七歳。この寮から僅か数百メートルほど離れた学園内クラブハウスに住む幼馴染に片思いしている高校生。兼、職業軍人。
 経験値はそこそこ。いや、むしろ豊富。――だが、ここに来てスザクは大変な事実に気がついた。
(僕、自分から告白したことって無いんだよな。そういえば)
 下は5歳から上は40代、もっと言えば高齢すぎて年齢不詳なおばあちゃんまで。
 物心ついてから好感度の高い笑顔の仮面を身につけることが板についていた所為か、今までありとあらゆる女性にモテてきたスザクである。
 しかし……。
 彼は言い寄られることはあっても、自分から告白したことは一度もなかったりする。
(困ったな……)
 かの幼馴染はスザクにとって初恋の人。しかも同性。
 加えて、既に廃嫡しているとはいえ、元は世界の三分の一を占める超大国・神聖ブリタニア帝国のれっきとした皇子である。
 そういうスザク自身も実は元王子だ。敵国の軍に入った今は離縁してしまっているとはいえ、帝国に滅ぼされた元日本首相の息子。だったりする。
(茨の道ってこういうことなのかな)
 まるでロミオとジュリエットだ。
 ……そういえば、スザクの想い人であるルルーシュ・ランペルージは、シェイクスピアの著書をよく愛読していた。本来理系なのだろうが、古典文学も好きなのだろう。空き時間を見つけてはしょっちゅう紅茶のカップ片手に読書している。
 知的で博識。物静かに見える反面性格は情熱的で、一見冷たく見えるのに暖かい。ルルーシュはそういう人だった。
 家事全般が得意という家庭的な一面があって、特に料理の腕前はプロ級だ。和洋中コンプリート。お菓子作りも凄く上手い。
 スコーンやクッキー、ケーキに美味しい紅茶。……これははっきりと自慢なのだが、バレンタインデーに手作りのチョコレートトリュフをもらったことだってある。
 ちなみに強請ってはいない。だからこそ誇らしくもあり、こうして自慢も出来る訳なのだが。
 スザクはルルーシュ宅のティータイムやディナーに呼ばれるのがとても楽しみだった。ごちそうになる度舌鼓を打っているが、ルルーシュ本人は自分のために作るより人に食べさせるために作る方が好きなのだそうで、スザクが行く時は必ず腕を奮って美味しいものを用意してくれている。
 元々私物の少ない部屋は常に掃除と整理整頓が行き届いており、常にごったがえしているスザクの部屋と違って小奇麗で清潔だ。
 裁縫も業務用のミシンを使いこなすほど色々作ることが出来、ピアノだって弾けてしまう。……まさに完璧、としか表現しようが無い。
 しかし、冷静で隙など一切無くて近寄りがたくも見えるくせに、どこかヌケていて運動音痴。そういうギャップでさえ、非常に保護欲をそそられる。
 気が強くてプライドも高くて気まぐれな猫みたいな性格だけれど、どこか危なっかしくて守ってあげたくなる。
 ルルーシュは、スザクにとってそんな存在だった。
(いやいや……。それは今考えることじゃないから!)
 スザクはぶるぶると頭を振って余計な思考を追い出した。
 ルルーシュの良さについて考え出すときりが無い。何故なら学園はそんなルルーシュに魅了された人々で溢れ返っているし、非公認とはいえ推定・会員100名以上のファンクラブまで存在する。
 同じ生徒会役員に至ってはルルーシュと共にする時間が多いこともあってか、ニーナを除く全員がルルーシュにノックアウトされている状態だ。
 あのリヴァルでさえ、ルルーシュ用のサイドカーまでバイクに付けて特別扱いしている始末。猫のアーサーも飼い主であるスザクよりルルーシュに懐いている……ように見える。
(異常だよ! ルルーシュ!)
 スザクも一応アピールはしてきたつもりだった。それも、ありとあらゆる方法で。
 しかし、ルルーシュという男は色事というかソッチ方面には超が付くほどのニブさを発揮する純情かつ奥手な人なので、たとえ肩に腕を回そうが抱きつこうが冗談めかして頬にキスまでしようが、今の今まで徹底してどスルーされ続けている。
(スキンシップに抵抗は無い……どころか、結構好きな方だと思うんだけどな。ルルーシュって)
 シスコンと言ってしまってもいいほど溺愛している妹のナナリーを除いて、あまりプライベートゾーンに入れないイメージのあるルルーシュだが、彼は意外と気安く触れてくれる気がする。
 勿論、それはルルーシュがある程度自分の懐に入れた相手に限定されることではあるが、彼は高嶺の花には全く見合わぬ気安さも持ち合わせている男だった。
 特に、宿題を見てもらっている時なんか「よく出来ました」と言わんばかりに頭をポンポン撫でてくれたり、寝不足で具合が悪そうにしていると、額と額を合わせるように易々とくっつけて熱があるかどうか確かめようとしたり、あのひんやりとした白くて細長い指先を首に当てたりしてくる。
 その度に、スザクがどんなにドキドキしているのかも知らないで……。
(あのルルーシュに触れられて、嫌な気持ちになる人なんかいるもんか)
 よく今の今まで、あんな無防備のままでいられたものだといっそ感心する。
 髪フェチの気があるスザクが「ちょっと伸びたね」とか言いながら、あのさらりとして触り心地の良い艶やかな黒髪に触れている時でさえ、ルルーシュは特に避けようともしないのだから。
 どころか、少し馴れ馴れしい女子に腕などをベタベタ触られていても、ちょっと困った顔をするくらいでやはり避けない。その態度が相手の勘違いを助長させているとも知らずにだ。
 ――そう。つまり、ルルーシュは案外ボディタッチが多く、人に触られるのも決して嫌いではなさそうなのだ。いっそあざとくさえ思えるほどに。
 全国共通、男子はおしなべてボディタッチに弱い。無論スザクとて例外ではなかった。
(小さい頃から綺麗だったけど、成長した今なんか、もう……)
 七年前に離ればなれになって以来、スザクの脳裏に焼きついて離れないルルーシュの姿。
 元々お人形のように整った容姿をしていたが、成長後に再会してからは外見的な美しさにも磨きがかかっていた。(しかも、何故か近寄るだけで脳髄が痺れるような、甘くて爽やかな良い匂いがする)
 整った顔貌は美人通り越してド美人だ。最早綺麗とか可愛らしいとかいう域を軽く超越している。
 手足もすらりと長くて顔が小さく、等身が高い。全身のバランスも含めた立ち姿でさえ、怜悧で高雅な印象だ。
 モデルのように足を組む動作など一枚の絵画のようで、育ちも良いせいかひとつひとつの所作でさえ優美かつ品がある。
 中性的な外見のルルーシュだが、では女っぽいのかというと決してそうではなく、寧ろ男であるからこそあの常人離れした美貌が引き立つのだろう。
 抜けるように白い肌にはくすみなど一つも無く、化粧もしていないのに刷毛で粉を刷いたようにさらりとしている。
 近くで見れば見るほど解ることなのだが、汗一つかかないのではないかとさえ思えるほど毛穴が見当たらず、肌理も細かく整っていて、ただ眺めているだけで吸い付きたくなってくるくらい柔らかそうだ。
 それでいて、時折見せる隙や幼さはあどけなく、特に気を許した相手に見せる優しい笑顔などは絶品だった。
 普段つんと取り澄ましている顔が笑みを浮かべるその様は、はらりと綻ぶ真っ白な花弁を見ているかのよう。でなければ、口の中でほろりと蕩ける砂糖菓子だ。
 甘く美しいその笑顔に、一瞬で心を奪われる。
 毒をも含んだ性格から滲み出る妖艶さとはまるで裏腹な純粋さ。スザクが何より一番好む清楚さと慈愛さえ持ち合わせているというのだからたまらない。
(全く。普段は毒舌家で皮肉屋なのに……あれは反則だと思うよ。ルルーシュ)
 憎まれ口ばかり叩く可愛げの無い奴から、守ってやりたい初めての友達に変わったのも、思えばルルーシュの笑顔を初めて見た瞬間からだった。
 思わず見惚れるほど綺麗だったのだ。口をあんぐり開けてぼうっと見つめてしまうほどに。
 幼少時の刷り込みが効いているのか、それとも元々の好みの問題だったのか、スザクは今でも並以上のルックスを持つ女性を前にする度、ついルルーシュの綺麗さと比べてしまう。
 ファンデーションの塗られた肌やルージュの引かれた唇を見ても、やはり加工された美なのだとしか感じられない。化粧を落とした素顔はどうなのだと反射的に考えてしまう。
(絶対にルルーシュのせいだよ。何もかも)
 女性的でまろやかなラインを描くスタイルの良い肢体を目にしても、細い骨格に薄く膜を張ったようなルルーシュのボディラインと比較してしまうのだ。
 言わずもがな、より綺麗で洗練されていると感じられるのはルルーシュの方だった。
(男としてどうなんだろう。それは……)
 綺麗慣れしている。明らかに。……しかも、慣れたその対象がルルーシュという時点で、並み居る女性では到底太刀打ち出来ないほどレベルが高すぎた。
 つまり、本来男性を惹きつける為の女性らしい美しさでさえ、スザクにとってはその辺に転がる石ころ程度にしか思えなくなっているのだ。
(この間泊まった時はヤバかったな……。本気で)
 スザクは電話の前に座り込みながら、つい先日ルルーシュの部屋に泊まった時のことを思い出していた。
 てっきり狭いから嫌だとか男と一緒に眠るなんてごめんだとか言い出しそうだと思っていたのに、さらりと『一緒に寝ればいいだろう』とか言い出したルルーシュと同衾してうっかり死にそうな目にあった。
 一応『嫌じゃないのかい?』と訊いてみたが、返されたのは『相手はお前なんだから、別に嫌だなんて思ったりしない』という、殺し文句もかくやという犯罪級な台詞だった。
 どころか、逆に『お前は嫌なのか?』と尋ね返されてしまえば、スザクに否やなど言える筈がない。
 一緒に寝る前まではうきうきしていたスザクだが、ベッドに入った後が地獄だった。
 触れ合った箇所から伝わってくる体温だけに留まらず、眠る前に入浴したルルーシュの髪からほんのり漂ってくるシャンプーの香り。そして、寝返りを打った顔がスザクの方に向いた時、薄く開いた形良い唇から漏れ出してくる健やかな寝息……。
 その全てにことごとく五感を刺激されまくって悶々としていたスザクは、もう夜中じゅう頭がくらくらしっ放しだったのだ。
 ちなみに、その時のスザクの思考は以下の通りだった。

 ヤバい……すっごい良い匂い。フローラルブーケの香りかな……。なんか花の香りがする。
 なんてシャンプー使ってるんだろうルルーシュ……。それともルルーシュだからこんな良い匂いがするとか? ありえないよこの香り。それになんかあったかいし、柔らかい……?
 はっ! これはもしかしてお尻!? なのかな……。だったらどうしよう。
 ん、なんか丸い……? ってことは! やっぱりそうだ。触っちゃってるよ僕! 手をずらそうか……いやでもどうしようかな。……いいか、このままで。
 うわっ! いきなりこっち向かないでくれよルルーシュ。疚しい思考に気付かれたのかと思ったじゃないか。――ちゃんと寝てる? 寝てるな……。はぁ……良かった。気付かれたかと思った。
 ……あ、睫長い。あと唇とか。―――綺麗だな。
 ルルーシュって寝顔は結構幼いんだ。ちょっと……可愛いかも。男なのに……。っていうか、寝顔まで整ってるってどういう事? 異常だよルルーシュ。すごい……綺麗なんだけど。
 やばいな……ドキドキする。小さい頃はこんなこと思ったりしなかったのに。大人になるって嫌だな。だってこういう時すごく困るよ……。
 うわっ。どうしよう……勃ってきた!……最悪だ! ああああ駄目だってば! 今すぐ別のこと考えなきゃ!
 ……っ。無理。抑えようとするだけでもう無理。全然無理。限界。
 ああーーーーーーーもう! 一体どうなってるんだルルーシュは! はっきり言って無意識に誘惑しているとしか思えないよ! 出来ることなら今すぐ襲ってしまいたい……。
 はぁっ。もういいかな。食べてしまっても……! いいや。やっちゃえ俺! 大丈夫。ルルーシュなら絶対許してくれる! 相手が僕なら絶対!……いや、多分だけど。
 ―――ハッ!! いやいや駄目だ! 相手はルルーシュなのに、僕はなんて事を……。そんなこと考えちゃ駄目だって。それは犯罪だから! 僕たち友達なんだし、だから絶対に駄目だ。強○なんて!
 ああっ……。でも、ちょっと、ホント、限界……。いや、かなり限界。朝まで持つのかな僕。それともおとなしくトイレ行った方がいいのか? 起こしちゃったりしないだろうか。
 だってこんな状態……ルルーシュに見られたら自殺して詫びるくらいしか僕には出来ない!

 ――いかに煩悶していたか、お解り頂けただろうか。
 そんな風に振り切れそうになる理性を何とか維持するのに必死すぎて、翌朝のスザクは寝不足通り越してほぼ完徹だった。
 勿論、俺の部分が一時暴走しかけたことにより、脳内は自己嫌悪で一杯だ。
 これは苦行なのか。それとも僕が罪人だから? と自問しながら仕方なしに起きていたスザクの横で、やがてまどろみから目覚めたルルーシュは寝ぼけながらこしこし目を擦っていた。
 真横にいるスザクの下半身が、現在進行形で半勃ちどころか全勃ちでいることも知らずに……。
 普段きびきびしているルルーシュの動作は眠気につられてとろとろしており、日頃凛としている筈の表情でさえぼーっとしていた。
 やや舌ったらずな口調で『ん、おはようスザク……』と呟く声もどこか甘ったるくて、向けられたぽやんとした笑顔は既に罪の領域に達している。
(『あと五分……』じゃないよ……)
 その後、朝の弱いルルーシュは件の台詞と共にぽすんと音を立てながら枕へと突っ伏した。
『ほら、起きなよルルーシュ』と言いながら揺り起こそうとしたスザクの方へ仰向けになって向き直ってきたルルーシュは、こともあろうに『ん』と言いながら甘えるようにスザクの方へと片手を突き出し、起こしてもらおうとする。
 その瞬間、スザクの頭によぎったのは『殺される』という一言だった。
 ルルーシュに殺されるならある意味本望だが、まかり間違えば、うっかり犯罪に走る可能性さえある。
 友人を手篭めにする恐れがあるというのは、どう考えても精神衛生上よろしくなさすぎる。
 一向に萎える気配の無い己の下半身を理性で押さえつけながら、スザクは身が持たないと本気で思った。

 ―――そこで、話は冒頭に戻る。


☆★☆


 呼び出し音に気付いたルルーシュは、携帯の画面に表示された見慣れない番号に首を傾げてから電話を取った。
『ルルーシュ。僕だ。スザクだ。電話で悪いけど、君にどうしても言っておきたいことがある』
 いつも通りの偉そうな声で「誰だ?」と電話に出た途端、真剣な声で矢継ぎ早に切り出してきたのは何とスザクだった。
「ああ、スザクか!」
「誰かと思った。何だ急に」と続けながら、ルルーシュは内心酷く驚いていた。
 携帯を持っておらず、すぐ近所に住んでもいるスザクが、直接家へ来ずに電話をかけてくるなんて珍しい。……どころか、多分初めてだ。
 きっとすぐに済む用件だったのだろうと勝手に納得しながら、相手がスザクだと解るなりあからさまに優しげな声へと切り替わったルルーシュは「どうした?」と先を促した。
『あのね、ルルーシュ。……好きだよ』
「―――。……ん?」
 スザクに好きだと言われた瞬間、ルルーシュはR2第2話でヴィンセントに遭遇したと連絡を受けた時のような顔をした。
 よく解らないことが起きている。そんな気がする。
 ……スザクは今、何と言ったのだろう?
 ワンモア。
(好きだよ……?)
 ――何が?
 ルルーシュは、はて、と首を傾げた。
 一体、何がどう好きなのだろう? 主語が抜けているのでいまいち理解出来ない。
「ええと……。悪いが何のことを言っている? よく解らなかったんだが」
『うん。だから、君のことが』
「――――」
 間髪入れずに『僕は君が好きなんだ』と続けてきたスザクの言葉に、ルルーシュの思考が一時停止する。
(何を言ってるんだ? こいつは?)
 思わず「はぁっ?」と口から出そうになった。
 友達なのだから、互いを好きだと思っているのは当然のことだ。それをいきなり、何故こうも改まって言ってくる必要がある?
 しかも、電話をかけてまで。
「……ああ。それは俺もだが。それがどうかしたのか?」
『えっ?』
 電話の向こうにいるスザクが一瞬言葉を詰まらせる。
『ルルーシュ。――それは本当?』
「ああ、本当だ。なに当然のことを言ってるんだ? お前は」
『当然って……それは嬉しいけど、僕は君に告白してるんだよ?』
「……はぁっ?」
 なんだ告白って。
(常識的に考えておかしいだろ。スザク)
 それは普通、女に対して使う言い回しだと思うが……。
(ああ。友達として、という意味か?)
 ルルーシュは携帯を耳に当てたまま訝しげに眉を寄せていた。……が、それならまあ、解らないでもない。
 変な言い方をする奴だと呆れそうになりながらも、ルルーシュは勝手にそう解釈することに決めた。
「まあ、解ったが……。しかし何だいきなり。そんなに改まって電話してくるようなことなのか?」
 スザクは『ええっ?』と叫んでから再び無言になった後、いかにも怪しんでいる声で確認してきた。
『………えっと。君、ホントに意味解ってる?』
「当たり前だろう。何を言ってるんだお前は……」
 スザクのことは好きだ。ナナリーに次ぐほど大切な存在であり、人生に欠くことの出来ない親友。
 そして、基本的に人を頼らないルルーシュにとって、唯一頼ることの出来る大事な幼馴染でもある。
『そうか。ありがとう。……なら、いいんだね?』
「は? いいとは?」
『君に会いたいんだ。今からそっちに行くよ!』
「ああ。俺は別に構わないが……」
『わかった。じゃあ待ってて、ルルーシュ!』
 プツッ! 
 ツー、ツー、ツー……。
「……………………」
 謎めいた通話はそこであっさり途切れた。
「? ? ?」
 ルルーシュは携帯片手に唖然としながら、頭の上に疑問符を沢山貼り付けたまま固まっていた。
(い、意味がわからない!)
 何度考えても駄目だった。
 スザクが何を言いたくてわざわざ電話をかけてきたのか、さっぱり解らない。
(何だったんだ。今のは?)
 まあ、スザクは天然だから仕方が無い。とりあえず今から来るというなら尋ねてみようと思いながら、ルルーシュはぐるりと自分の部屋を見回した。
 スザクに見られてはまずいものをクローゼットの奥へと隠し、部屋でごろごろしていたCCも追い出して、片っ端から証拠を隠滅し始める。
 コロコロローラー片手に「これで良し」と呟いたルルーシュは、ひとまずお茶の用意をしに足取りも軽く階下へと降りていった。
(何だかんだ言いつつ浮かれているな。俺も……)
 ティーカップを湯に浸して暖めていたルルーシュは、ふっと笑いながら心の中で呟いた。
 スザクのためにお茶の用意をしているだけで、つい口元が緩んでしまう。
(絶対見せられないな。こんな俺の姿は)
 特に、スザクが泊まりに来る日など目も当てられない。たった今もCCに「にやけすぎだぞお前」と突っ込まれたばかりだが、どうも露骨に喜んでしまっているらしい。
 どころか、スザクが来ると伝える度に、目の不自由なナナリーにまで「お兄様、今日は何だかとっても嬉しそうですね」と言い当てられてしまっている。
 ――そう。ただスザクに会えるだけで嬉しいのだ。
 ルルーシュ自身、もう認めざるを得なかった。
 枢木スザク病・末期患者。CCには、そう罵られたことさえある。一応「おかしな言い方をするな」と怒ってはおいたが、説得力など一欠けらさえも無いらしい。
 くそ真面目で頭が固くて苛々させられる時もあるが、スザクは今時珍しいくらい心根が優しくて、純粋に他人を思いやることの出来る性格で、その上、バカが付くほどのお人良しで……。
 ――つまり、ルルーシュはスザクのことが大好きだった。
 掛け値なしに、傍に居続けて欲しい存在でもある。
(君が好きなんだ、か……)
 面白いことを言う奴だと思いながら、ルルーシュはもう一度ふっと笑った。
 あくまでも友達としてという意味だと解ってはいるが、言われて悪い気など全くしない。……いや、するものか。
 茶葉の缶を開けながら、ルルーシュはふと、そういえば今日はどうするのだろうと考えた。
(今夜は泊まっていくのか? あいつは……)
 仕事の都合上、突然来ると言い出すこと自体珍しいが、もしスザクが泊まっていくのなら夕食の支度もしておかなければ。
 別に義務でも何でもないのに、ねばならない的に考えてしまう。
 そして、それが実は少しおかしいことなのだということにも、ルルーシュは全く気付いていなかった。
(泊まりに来られる度に、毎回寝付きが良くなりすぎてしまって困るんだがな)
 本当はもっと色々話がしたいのに、体温の高いスザクに寄り添っていると、普段あまり寝付きがよろしくないルルーシュはすぐにとろとろと眠りに落ちてしまう。
(俺専用の抱き枕にでもしてやりたいくらいだ。特に冬は!)
 あいつは一応男だが……と付け加えながら、それでもルルーシュは、きっと毎晩快眠出来るに違いないと思っていた。
 さすがに抱き付くのはどうかと思って遠慮しているが、寒い夜には是非とも一緒に寝て欲しい。
 ちなみにルルーシュは、スザクはとても可愛らしい顔をしていると幼い頃からずっと思っていた。
 元々、愛らしいものやふわふわしたものを好むルルーシュにとって、仔リスのような小動物を彷彿とさせるスザクのクリクリした瞳や癖のある髪の毛など、外見的にも好きだと思えるパーツが非常に多い。
 そして、貧弱な自分の体とは違うしなやかで筋肉質な手足も、実はルルーシュにとって密やかな羨望の対象になっていたりもする。
 頑固に思える性格だって、考えようによっては一本筋通っていて潔いと好感を覚えるし、対等に接して来られる機会のあまりないルルーシュのことも、必要とあらば時にはきちんと叱ってもくれるし助けてもくれる。
(それから、こればかりは絶対あいつに言えないことではあるが……)
 料理の腕を上げる度、これでもかと言わんばかりに褒めちぎってくるスザクを思い出しながら、ルルーシュはほんのり頬を赤らめた。
 実は、作ったものを美味しそうに食べてもらうのが好きだから料理を作っているなんて、スザク本人にだけは絶対知られたくない……。
(『男にしとくの勿体ないよ。僕のお嫁さんになって!』だと? お前それ、どういう意味だ……? スザク)
 ――どういう意味だもクソもない。
 俺は女じゃないと思いながらも、ルルーシュは思い出すだけで耳まで真っ赤になりそうだった。
 ……実際、既に真っ赤なのだが。
(これではCCにからかわれるのも無理はないな)
 自分の考えながら、さすがに少し気色が悪い。
 恋愛などしたこともなければ興味もないが、スザクとなら出来れば一緒に暮らしたいとまで思ってしまう自分は、やはり少々異常なのだろうかとルルーシュは思う。
(なにバカなこと考えてるんだ。俺は……)
 スザクのことを考え出すときりがない。もう会えないと思っていたけれど、無事再会することが出来て本当に良かった。
(もう二度と離れたくないし、失いたくもない……)
 ちょうど一通りの支度を終えてから再び自室へと戻ったところで、下から呼び鈴の音が聞こえてくる。
 さすが近所なだけあって着くのが早い。スザク自身が俊足なせいもあるのだろうが。
 ややあって、ノックの音と共に「入るよ、ルルーシュ」とドアの向こう側から声がする。
「ああ、開いてる――って、またお前は……」
 返事も聞き終えぬうちにズカズカと部屋へ上がりこんでくるスザクに呆れながら、机の上に広げていたノートパソコンを閉じたルルーシュは「せっかく今から降りようと思っていたのに」とぼやいた。
「相変わらず、いつ来ても片付いてるよね。君の部屋って」
 室内を見回しながら感心したように呟くスザクへと椅子を勧めながら、ルルーシュもベッドの縁へと腰掛ける。
「そういうお前こそ。返事も待たずに入ってくる所は相変わらずなんだな」
「ああ。ごめんね、ルルーシュ」
 スザクは椅子に腰掛けながら一応は謝ってくるものの、実際大して悪びれてはいない。
「ところでどうした。何だったんだ? さっきの電話は」
「え――?」
 ルルーシュが尋ねた途端、スザクの顔から表情が全て抜け落ちた。
 顔色を変えたスザクの様子を不審に思いながらも、ルルーシュは「何か急用でもあったんだろう? 電話をかけてくるなんて初めてだったんじゃないか?」と続ける。
「急用かって……。何言ってるんだよ君。急用も何も、さっきの電話の続きに決まってるじゃないか」
「ああ。俺もお前に訊こうと思ってたんだ。さっきのあれは一体何だったんだ?」
「は……?」
「は? じゃないだろ。あれは一体どういう意味だったんだ?」
 重ねて問いかけたルルーシュを信じられないとでも言いたげな面持ちで凝視したまま、スザクは今や完全に絶句していた。
「スザク……? どうかしたのか?」
 ルルーシュが不思議そうに尋ねた瞬間、すくっと立ち上がったスザクの背後でガタンと音を立てながら椅子が倒される。
「どうかしたのか、って……。君、まさか――」
「……?」
 豹変したスザクの様子に何事かと戸惑いながらも、ルルーシュは明らかに何も解っていないのが丸解りな顔つきでベッドに腰を落ち着けていた。
「君はっ……!」
「えっ!?」
 くわっ! と効果音が付きそうな表情で睨みつけられ、あまりの迫力に青ざめたルルーシュは思わずじりっと後ずさる。
(おい! なんで怒ってる!?)
 仁王立ちしているスザクの眉間に、みるみるうちに皺が寄せられていく。
「君は、僕が真剣に言ったことを、そうやって茶化すつもりか!?」
 いきなり険悪化したこの空気をどうすればいい。
 多分誰に尋ねても答えが返ってこなさそうな問いを脳内で巡らせながら、混乱したルルーシュは慌ててスザクを取り成しにかかった。
「ちょ、ちょっと待て! お前……何を怒ってるんだ?」
「怒るに決まってるだろ!!」
 焦ったルルーシュが問いかけた瞬間、容赦なく浴びせられた怒声が部屋の空気を劈いた。
 落雷したのかと思えるほど大きなスザクの声に、ルルーシュの鼓膜がキン、と鳴っている。
「……はあっ!?」
「だからさっきもちゃんと確認しただろ! ホントに意味解ってるのかって! 君だって『当たり前だ』って言ったじゃないか!!」
「―――!!」
 もしや、好きだと言われたことについてだろうか。
(えっ……?)
 まさか、まさか。
(もしかして、本気で……?)
 つまり、告白していると言ったあの台詞も、もしやそういう意味で――だったのだろうか。
(嘘だろ?)
 大混乱しているルルーシュの脳裏に、走馬灯のように今までのスザクの態度が蘇った。
 そっちの意味だったと解釈しようと思えば、出来ないこともない。
 そして、思い当たる節が全く無い……訳でもなかった。
 そもそも、場所が頬だったとはいえ、スザクにはキスまでされている。
(やけにスキンシップの激しい奴だと思ってはいたが、もしかしてそういうことだったのか!?)
 ―――本当に?
(だとしたら、俺はっ……!)
 鈍いの上に超が付くルルーシュにも、ようやく状況が読めてきた。
 ……だが、ちょっとどころか、かなり遅すぎた。
「だから……ちょっと待てと言ってるだろ。落ち着いて聞いてくれスザク! 俺はっ……」
 慌てふためきながら言い募ったルルーシュだが、驚きすぎて腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ない。
「いいや、もういい! 君には付き合いきれない! 僕は帰る!」
 今まで散々アピールしても総スルーされてきたのだから無理も無いが、スザクはとうとう心が折れたようだ。
 怒ったというより、一世一代の告白までスルーされ、実際かなり傷付いたのだろう。
「ス、スザク……」
 これはまずい展開だ。それも最大級に。
 ようやく全てを理解したルルーシュはよろよろとベッドから立ち上がりかけたが、ほんのり涙目になったスザクはルルーシュを待たずに脱兎の如く部屋の外へと駆け出していく。
「おい待て! スザク! どこへ行く!!」
 おたついたルルーシュは出て行ったスザクを追いかけようと一旦ドアの外に出てみたが、当然、足の速いスザクの姿はとっくに廊下から消え失せていた。
「ちょっ……! 待てと言ってるだろ!」
 なんだこの怒涛の展開は。
 ついさっきまでのんびりとパソコン前でブリタニアをぶっ壊す計画を立てていたというのに!
(くっ……! スザクめ! 男のくせに逃げるんじゃない!!)
 これでは言い逃げだ。
 どころか、ここで逃がせば今後一切、もう二度と顔さえ合わせてもらえなくなる危険性さえある……。
 一方、何事かと驚くナナリーの静止さえ振り切って一気にリビングを駆け抜けたスザクは、玄関の扉を開け放って外へと続く階段を三段跳びで駆け下りていた。
(君は酷いよ……! ルルーシュ!)
 瞳一杯に涙を溜めながら「しかも追ってさえ来ないなんて!」と思っていたスザクだが、ルルーシュでなくともスザクに追いつける者など誰一人居ないという事実にさえ気付けないほどこちらも混乱していた。
 バン! と何かを叩くような音が響き、その直後、スザクを呼び止めようとするルルーシュの声が外へと響き渡る。
「ちょっと待て! スザク……!」
 開け放たれたのはルルーシュの部屋の窓らしい。反射的に立ち止まってしまったスザクは、それでも振り返らずにじっとその場で佇んでいた。
(今更何だ! それはっ……!)
 追われたいと思っていなかったとは言わないが、呼ばれたところで振り返ってやりたくなどない。
 そして、そんな女々しい気持ちが自分の中にあるのだとも認めたくなかった。
「こっちを向けっ! スザク! まだ話は終わっていない!」
「何だ!」
 カッとなったスザクは振り返らぬまま叫び返した。
「よく言うよ! 君と僕との話なら、もうとっくに終わってる筈だ!」
「だからっ! まだ終わっていないと言っているっ……!!」
 頑ななスザクの台詞にも動じることなく、ルルーシュも負けじと怒鳴り返してくる。
 スザクはまだ涙目のままだったが、いきり立つ勢いに任せてようやくキッと振り返った。
「いいや! 終わってる!! それでもまだ何か言いたいことがあるっていうんなら、そこから言えばいいだろ!!」
「―――――っ!!」
 ムカァッ……! とでも背後に書かれていそうな勢いで、ルルーシュがとうとうキレた。
「ああ! だったら言ってやる! よく聞け! この馬鹿がっ!」
「うるさい! さっさと言えって言ってるだろ!!」
 スザクが怒鳴りつけた瞬間、思い切り深く息を吸い込んだルルーシュは、下から見上げているスザクに向かって大音量で叫んだ。


「―――愛してる!! スザク!!!」


(!!? 言った!……君が!?)
 ぎょっとしたスザクの方が派手にうろたえ、思わず辺りに人が居ないか憚るように周囲を見回した。
 だが、本当に憚らねばならないのは屋外ではない。寧ろ室内に居るナナリーと咲世子に対してである。
 朗々と響き渡る大告白が自分の兄の声だと気付いた瞬間、リビングにいたナナリーは血相を変えて叫んだ。
「お兄様! 丸聞こえです……!!」と。
 妹に聞こえているとは露知らず、というより、完全に頭へと血が上っていてそれどころではなかったのだろう。
 ルルーシュは尚も止まらず、あらん限りの大声で気持ちをぶつけてくる。


「お前を愛してるんだ! スザク! それも! お前が俺を想う気持ちなんかよりも、ずっと、ずっとだ!! 解ったか……!!」


 ルルーシュはもう一度「この馬鹿がっ!」と言い残してから、勢い良く叩きつけるようにバンッ! と窓を閉じた。
 閉め切られた窓を呆然と見上げていたスザクの顔が、羞恥にカーッと染まっていく。
(どうしよう! 嬉しい!!)
 スザクは手で口元を覆いながら赤面していた。
「ルルーシュ……!」
 やっぱり君は、僕のジュリエットだ!
 心の中でそう叫びながら、スザクは元来た道へと一気に引き返した。
「えっ? スザクさん……!?」
 動揺しているナナリーと咲世子の前を突っ切り、スザクは一直線にルルーシュの部屋へと駆け戻っていく。
「ルルーシュ!!」
 自動ドアが開くスピードさえ無視して部屋の扉をこじ開けたスザクは、窓辺に佇んだまま入り口に背を向けているルルーシュの方へツカツカと歩み寄った。
「戻ってきたのか……スザ、」
 ルルーシュが皆まで言い終えるのを待たず、スザクは背後から思い切り強くルルーシュを抱きしめた。
「!?」
 硬直したままスザクに抱き上げられ、ドサリとベッドへ下ろされたルルーシュがうろたえたような声を上げている。
「っ! おい……!?」
 ルルーシュの静止も聞かずに押し倒したスザクは、目を丸くしているルルーシュを真上から見つめながら、真剣な表情で一息に言い放った。
「僕も愛してるよ、ルルーシュ。君のことが大好きだ! 君が僕を想うよりも、ずっとずっと深く君を愛してる。……多分、七年前から!」
「………………」
 今度はルルーシュが呆然とする番だった。
 思いの丈を打ち明け切ったスザクが、涙の滲んだ仏頂面から満面の笑みへと変わっていく。
 ルルーシュは心の中で弱り切ったように呟いた。
(どうしよう……)
 ――嬉しい。それも、どうしようもなく。
「スザク……」
「ルルーシュ……」
 互いにぎゅーっと抱きしめ合う中、スザクがゆっくりと唇を寄せてくる。
「! ちょ、ちょっと待て!!」
 唇の前で遮るように掌をかざしたルルーシュへと、スザクが不審な眼差しを向けてきた。
「……何? まさかこの期に及んで……」
「だからそうじゃなく!」
「じゃあ何?」
「……………俺が下なのか?」
 ぽかんと口を「あ」の字に開けたスザクは、ちょうど漫画で言うならたっぷりと三コマ分ほど使って沈黙している。
「―――はぁ!?」
「それはそうだろ」と当たり前のように続けてきたスザクに、ルルーシュは「ありえない!」と叫んだ。
「ええっ? どうして?」
「お前の方が童顔だろ!」
 だから何なのだ。
 スザクは無言だったが、顔にはハッキリとそう書いてあった。
「僕の方がテクニックは上だ。問題ないよ」
「なっ……! だから有り得ない! 問題など大アリだこの馬鹿! 俺とお前なら誰がどう見たって……!」
「それは君の思い違いだよルルーシュ。誰がどう見たって君が受けるのが自然だ」
「はぁっ……!?」
「経験値も体力的にも、僕の方が勝ってる」
「!!」
 それを言われるとぐうの音も出ない。
 反論を封じられたルルーシュは、ベッドに横たわったままむっつりと黙り込んだ。
「君はただ、僕に任せてじっとしててくれればいい。……大丈夫。優しくするから」
「ちょっ……! バカっ! やめろスザク!」
「うん。君がすごく男らしいってことなら良く解ったよ。……だから、もう黙って? ルルーシュ」

 ルルーシュを男らしいと判じたスザクの目の色こそ、ルルーシュが今まで出会った誰よりも男らしかった。
 にっこり笑ったスザクの言葉を最後に、ルルーシュは諦めたように目を閉じる。
 これまで境の無かったルルーシュの愛のカテゴリに、この日を境にして新しい仕切りが生まれたことは言うまでもない――。


 ……エンドレスエンド。


★☆★


スザ誕小説です。
当日は連載をアプしたのですが、やはり読み切りも書きたいなと。
そんな訳で、一日アプが遅れてしまいましたがおめでとうスザク!
初めてラブラブバカップルが書けてたのしかったです。


※追記 2010.9.3 サーチ登録作業に伴い、本文内のリンク(「R2第二話でヴィンセントに遭遇したと連絡を受けた時のような顔」に貼ってあった画像)を下げました。

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夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
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