オセロ 第14話(スザルル)

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 衣擦れの音と共にベッドの軋む音がして、ルルーシュはゆるりと瞼を開いた。
 いつの間に眠ってしまったのだろう。閉まったままのカーテン越しに差し込む陽の光と、窓の外から聞こえてくる鳥の囀りが朝の訪れを告げている。
「あ、起きた?」
 隣からかけられた声に顔を向けてみれば、起き上がったスザクがこちらを見下ろしながら緩く笑みを浮かべていた。
「おはよう」
「…………」
 今何時なのだろう。
 ぼんやりと霞む視界の中で、ルルーシュは無意識に時計を探して視線を彷徨わせた。
 起き抜けで全く思考が定まらない。異常な程疲労した全身が、鉛の様な重みと共に各間接の軋みを訴えてくる。
「まだ眠い?」
 柔らかい声で問いかけられて、ようやくこくんと頷いた。
 少しでも気を抜こうものなら、すぐにでもとろとろと眠りの中へ落ちて行きそうだ。今こうして瞼を開けているのでさえ、正直やっとの状態だった。
(何故、こいつは裸なんだ……?)
 上半身裸のスザクを不思議に思いながら、寝落ちるまでの出来事を反芻する。
 夜中の嬌態にまで記憶が及んだ所で、見事に脳がフリーズした。
「……あ、」
 下肢の奥に残る違和感。その原因に思い至り、ようやくこれが夢では無いのだと正しく認識する。
 さして時間も経っていないのに、かなり間の抜けた事を考えていたらしい。昨日見た夢も相俟って、記憶そのものがごちゃ混ぜになってしまったかの様だ。
 大きく見開いた瞳を揺らしたまま顔面を紅潮させていくルルーシュを見て、スザクも「あ」と呟いた。 
「あの……。そういう反応される方が、逆に照れるんだけど」
「う、るさい……。言うな……」
 弱々しく呟いたルルーシュは、気まずげに視線を逸らしてから瞼を伏せた。
(本末転倒とはこの事だな)
 シーツで顔を覆ってしまいたくても、指先一本動かすのも億劫だ。
 朝起きた時に顔を合わせ辛くなるのは嫌だと思って行為に踏み切ったのに、結局どんな顔をすればいいのか解らない。
 耳まで赤く染めたルルーシュの様子に苦笑していたスザクが、困ったように目を泳がせてからチラリとこちらを見た。
「しちゃったね」
 ぽそりと呟かれて、思わず沈黙する。
「後悔してない?」
「……していない。一体何度同じ事を言わせれば気が済むんだ、お前は」
「そうだったね」
 まだ体の奥に残る異物感に眉を顰めたまま、それでも『只の友達』では無くなった事に悔いは無いと本音を漏らせば、くすりと笑ったスザクは何か考え込むように俯いていた。
「君は……男らしいんだかそうじゃないんだか、よくわかんない奴だな。時々すごく驚かされるよ。……でも、これで僕達、普通の友達……では、なくなっちゃったんだよね」
 なんだその口ぶりは、と思ったが、ルルーシュは敢えて口を噤んだ。
「後悔してるのか?」
 話しているうちに、段々思考がクリアになっていく。まごついた口調を揶揄するようにわざと意地悪く尋ねてやれば、スザクは緩く首を振った。
「いや、そうじゃないよ」
「そうか」
 そいつは良かった、と言いかけてやめておく。ここで否定されなければ恐らく殴っていただろう。 
「それより、どうしてこんなに違和感が無いのかなって、思って……。そっちの方に、驚いてるんだけど」
 途切れ途切れに、かつ慎重に言葉を選びながら話すスザクが、「考えてもしょうがない事なんだけどね」と続けてくる。
「初めてでも無いくせに、そんな事を俺に訊くのか?」
 寝転がったまま、ルルーシュは呆れも隠さず呟いた。
 この行為に違和感が無かったというのなら、今までしてきた相手とはどうだったというのか。
 今までどんな相手と、どの程度行為を重ねてきたのか知らないが、さすがに一度や二度の経験で済まない事くらいは察している。
「違和感が無いのは俺も同じだが、この行為に違和感しか感じないのだとしたら、する意味も必要も、最初から無いに等しいだろうな」
 巧妙に核心を避けた答えを返すルルーシュは、向けられたスザクの表情を見て口を閉ざした。
 真摯な反面、惑う心を隠し切れていない、どこか思い詰めたような顔。
「どうしてなのか、訊いていい?」
「……は?」
「だから、随分と思い切った事したよね。……どうして、僕に抱かれようって、思ったの?」
 尋ねたくなるのは尤もだが、それはあまりに無粋な質問だ。
 意図を図りかねたように、ルルーシュも問い返した。
「どうして、とは?」
 この段になって何故かなど、潔くない事を訊く。
「言っただろ。お前になら任せても後悔しないと」
「そういう意味じゃなくて」
 懲りずに尋ねてくるスザクに溜息が出そうになった。
(答えられて困る事になるのはお前だろ)
 墓穴を掘るのが趣味なのか。こんな尋ね方をするなんて、らしくもない。
 思い切って仕掛けた行為に同調した上、既に行き着く所まで行き着いておきながら、事に及んだ理由にだけ都合良く知らん振りを決め込むつもりなのだとしたら、随分ムシのいい話もあったものだ。
(解っていて受け入れたくせに、よく言う)
『只の友達では無くなる』と、最初に言っていたのはスザクの方だ。
 真に迫った回答がお望みならくれてやってもいいが、物事の決定において必要不可欠な好機などとっくに逸している。
「何だよ。もしかしてお前、俺に抱かれたかったのか?」
「だから、そうじゃないって」
 焦れたスザクが睨んでくるのを平然と見返しながら、ルルーシュは毒食わば皿までだと、温く思った。
(お前を失くさなくて済んだ事には心から感謝しているが……もう遅いんだよ、スザク)
 拒否出来ないよう仕向けた自覚は充分ある。――断るならば、その先は無い、と。
(だが、気付いた上で一線越えてきたのなら、お前も「受け入れるしか無い」と腹を括るべきだろう?)
 勝手な事だと解っていても、謝るつもりなど微塵も無い。
 Alea jacta est.――賽は投げられた。
 投げたのはルルーシュだ。それに気付くも、気付かないも、スザク次第。
「一番違和感の無い方法を選んだだけだ。お前に怪我させるのは拙いと思ったからな。だったら、俺が抱かれる側に回った方が合理的だろ?」
 冗談めかしてピントのずれた答えを返し続けていると、表情を消したスザクが無言で視線を向けてくる。
 ようやく黙り込んだスザクに悪戯っぽく笑いかけながら、ルルーシュは言葉を続けた。
「言っておくが、まだチェックはかけていないからな」
「さあ、どうだろうね」
 不貞腐れたように呟くスザクの様子に、ルルーシュはいたく満足した。
「しらばっくれても無駄だ。……確か、ちょっとハマりそう、だったか?」
 思い出した台詞を口にしてやれば、スザクがうっと口ごもる。
(ざまあみろ)
 精々煩悶すればいい。改めてそう思った。
 だが、スザクはさすがに少し機嫌を損ねたようだ。
「大したギャップだな。どっちがホントの君の顔?」
「俺は俺だ。別に裏表など作った覚えは無いな」
「そうか。……だったら、君には絶対、近いうちに、もう一回泣いてもらう」
「悪趣味だな」
「その方が早そうだからね。それに、悪趣味なのは君だろ」
「逆にその気が失せるかと思ったんだが……まあ、そうだな。否定はしない」
 今の発言に関してだけはな、と付け加えながら、ルルーシュは戯れのように繋ぎ合わせたスザクの手の甲へと口付ける。
「だが、そうだな。こんな事でさえ、俺はお前相手じゃなきゃ出来ないんだよ。……そう言ったら信じるか?」
 流した視線の先にあるスザクの口元を眺めながら、一応ご機嫌を伺ってやる。
 唇が開くのを待っていたが、スザクは何も言わなかった。ただ、返事の代わりだろうか。繋いだままだった手の甲を、もう一度自分からルルーシュの唇にくっ付けてくる。
 かなり上等な返事だ。現時点では。
 但し「チェックをかけていない」という台詞については、残念ながら大嘘なのだが。
(一々待ってなどいられるものか)
 内面に深入りされる事を拒むスザクが、自分から心の裡を話してくる日などきっと来ない。
 それは、理屈云々を越えた部分で得た確信だった。
 いつか手遅れになる日が来そうで怖いのだ。大体、何らかのトラウマさえありそうな様子なのに、人一倍怖がりらしいスザクが自分から話せる訳も無い。
(それに、悠長に打ち明けられる日を待っている訳にもいかないんだよ、俺は……)
 ならば、例えどんなに進みの悪い駒だとしても、一歩でも多く先に進めておくしか無いではないか。
 防御よりも攻撃を選ぶ。それもまた本性だというのなら。
 そもそも、いつまで学園に居続けられるのかさえ解らないのだ。ゼロの仮面を被り、選んだこの道を進み続けている限り――そして、スザクが軍に留まり続けている限りは。
 軍属など辞めてしまえばいい。ルルーシュはこの時、心の底からそう思った。
「それより、今何時だ?」
「学校ならとっくに遅刻だよ」
「ナナリーは?」
「もう出たみたいだよ。良かったね、部屋まで入って来られなくて。咲世子さんに呼ばれた時、一応答えてはおいたけど?」
「何て……」
「ん? ルルーシュはまだ寝てるから、後で学校連れて行きますって。僕だって何度も起こしたのに……相変わらず、君は朝が弱いんだな」
 はぐらかされた苛立ちか、それとも単なる腹いせか、むっとしていたスザクが上掛けをべりっと剥ぎ取った。
「な、何をする! ―――……っ!」
 隠すものが無くなったルルーシュが慌てて体を起こした瞬間、あらぬ所に鈍痛が走る。
 体の奥からとろりと流れ出す昨夜の名残。内腿へと伝う濡れた感触があまりにも不快だ。
 恥じ入ったルルーシュは自分の体を抱きかかえるようにして蹲りながら、端正なその顔を盛大に歪めた。
「……ごめん。今のは僕のミスだ。一応言っておくけど、そんなつもりじゃなかったよ」
 屈んで突っ伏したルルーシュの様子に何かを悟ったのか、スザクは決まり悪そうに視線を逸らした。
「謝るくらいなら最初からするな!」
「それ、謝らない君には言われたくないかな」
「スザク!」
「わかったよ。ごめんごめん」
 スザクは降参するようにホールドアップの姿勢をとっていた。
 ぞんざいに謝られると余計腹が立つ。行為中にも思った事だが、紳士的な反面、スザクは時々やけに動作が乱暴だ。
(やはり変わっていないな。そういう所は……)
 お互い様かも知れないが、随分と難解な性格に育ったものだ。
「本当に悪いと思ってなければ謝らないよ」
「どうだろうな。ごめんで済むなら警察は要らないと思うが」
 ついでに軍も消えて無くなればいい。出来れば国ごと。
 心の中でひとりごちたルルーシュは、憤然と嘆息した。
「もういいから、さっさとシャワーを浴びて来い」
「君は?」
「後から行く」
 言い切った所でスザクに手を引かれ、何事かと驚いたルルーシュが繋がれた手へと目を向ける。
「なんだ?」
「なんだじゃないだろ。君も一緒に行くんだよ」
「何故一緒に入る必要がある」
「……いいのかい? 中のそれ、処理しなくても」
 露骨な表現にルルーシュの眉が寄った。
「じ、自分で出来るからいい!」
「ああ、それは無理だ。手伝うよ」
 全力で抗議してみたものの、さっくりと言い切ったスザクに聞く耳を持てと言った所で、大人しく聞き入れる気など更々無さそうだ。
 慌てて振り解こうとした手はしっかり握り込まれ、押しても引いても離して貰えそうにない。
「この、怪力がっ……!」
「何で逃げるの……。ほら、行くよ、ルルーシュ」
 どうしてこうも強引なのか。
 腕を引くスザクに腰まで抱えられ、ルルーシュはよろよろと立ち上がった。
(ちょっと待て。手伝うって……具体的に、何を、どうするつもりなんだ?)
 はた、と気付いて青ざめる。手伝うと言うからには、ただ流すだけでは済まないのだろう。
 不穏な表現に、嫌な予感を隠せない。
「お前は学校に行くんだろ? だったら先に入れよ」
「え、君は休むの?」
「まあな」
 休まず行けと言うのなら、もっと加減というものを覚えるべきだ。
「うーん……まあ、初めてじゃ仕方ないと思って、かなり加減はしたんだけど……そんなに、体きつい?」
「……見れば解るだろ」
 天然過ぎる答えに脱力を禁じえない。
(加減していたのか、あれで……)
 聞き間違いだと思いたいが、今「かなり」と言わなかっただろうか。
 痛みこそ無かったものの、濃厚過ぎる上に初っ端からあれこれと無体を働かれたような気もしていた為、全くもって信憑性に欠ける台詞なのだが。
 しかし、比較対象の居ない現状では比べようも無い。
 心配そうに尋ねてくるスザクに初めてで悪かったなと思いながら、ルルーシュは往生際悪くバスルーム連行を阻もうと抗い続けた。
「いいから、お前だけ先に行け」
「そういう訳にはいかないよ。何の為に君が起きるの待ってたと思ってるんだよ」
 もしかして、この為だったとでも言うつもりだろうか。
 こうして拒まれる事自体心外だとでも言いたげなスザクの台詞に、ルルーシュは危うく、今まで一体何人と寝てきたんだと怒鳴り付けそうになった。
 全ての行為に関して言える事だが、手慣れているにも程がある。
「スザク、気を回してくれるのは有難いんだが……その、本当に、自分で出来るから結構だ」
「何言ってるんだよ。本当に意地っ張りなんだから。今更遠慮なんかしないでよ」
「だから、そうじゃなく……!」
「ああ、もう。いいってば」
 遠慮しているのではなくハッキリと拒否しているのだが、それ以上言うのも面倒くさくなったのか、スザクは引けたルルーシュの腰を抱えるなり、ぐいっと片手で持ち上げてくる。
「なっ……!!」
 よっ、という掛け声と同時に横抱きにされ、ふわりと体が宙に浮く。
「……っ、おい! よせ! 何をする!!」
「そのままじゃ歩けないだろ? この方が早いかなって思って。君、軽いし」
「そういう問題じゃないだろ! 下ろせ、今すぐに!」
 腕を突っ張ってじたばたと暴れてみたが、つい先程払い除けられた上掛けをばさりと被せられ、有無を言わさず室外へと連れ出された。
「ほら、暴れちゃ駄目だってば。舌噛んじゃうよ。落とされたくなかったら黙ってて」
 誰かに見られたらどうするのかと思ったが、幸い廊下は無人だった。
 下半身にだけ寝巻きを身に着けていたらしいスザクを見て、あの女よりは遥かに慎みがあるのだと妙に感心する。
(待て。それは本来当然の事だろう)
 貞操観念に関しても言える事だが、破綻しつつある倫理に頭が痛くなる。
 すたすたと歩を進めるスザクにそのままバスルームまで運び込まれ、脱衣所でようやく下ろされた。
 数回泊まった経験があるからか、バスタブに湯を張る動作に慣れが見える。
「お湯溜まる前に、体、洗っちゃおうか」
「ああ」
 天井に反響したスザクの声が耳を打つ。もくもくと立ち込める湯気が足元に漂ってくるのを見つめながら、ルルーシュは纏っていた上掛けを床に落として躊躇い無く全裸になった。
 ふと視線を感じて顔を上げれば、戸口に立つスザクに一連の動作を見られていたらしいと気付く。
「何だよ。……何見てる」
 問いかけてみても、スザクは凝視するのをやめようとしない。
 昨夜あれだけの事をしておいて、今更物珍しげに見るものでもないだろう。不審に思って尋ねてみれば、スザクは「ここ」と言いながら、トントン、と指先で自分の首筋を示していた。
「跡、残っちゃったね」
「!」
 晒された首から鎖骨にかけて散った赤い点について指摘され、ようやく見られていた理由を悟った。
 咄嗟に首筋を覆って鏡を見ようとしたが、それも今更だと思って手を外す。
「偶然付いた、みたいな言い方だな。……これは、自然に付くものじゃないんだろ?」
 問いかけながら、ルルーシュは思案した。
 一日二日で消えるだろうか。リヴァル辺りに見られたら何を言われるか解ったものではない。
 制服の襟で隠せればいいが、残念ながら、目敏い者が他にも約一名同居している。
 残ったのではなく残したんだろうと暗に指摘してやれば、言い回しの意味に気付いたスザクは意外にもこくりと頷いた。
「それに関しては、謝らないよ」
 所有印だとあっさり認めたスザクにおいでと手招きされ、ルルーシュはバスルームへと踏み込んだ。
 見慣れている筈の浴室が、やけに明るく感じられる。
 横を通り過ぎる時に息を飲む気配が伝わってきたが、わざと気付かぬ振りをした。


プロフ

夕希(ユキ)

Author:夕希(ユキ)
取扱:小説・イラスト・漫画

スザルル大好きサイトです。版権元とは全く関係ないです。初めましての方は「about」から。ツイッタ―やってます。日記作りました。

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